転生して気が付いたらIS学園で教師やってました。   作:逆立ちバナナテキーラ添え

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怒りは奇妙な用法を有する武器である。他のすべての武器は、人間がこれを用いるものだが、この武器はわれわれを用いる。

                    モンテーニュ 「随想録」より


Erosion

 その変化は何の前触れも無く、突然起きた。

 

 機体は鈍く輝き、どろりとした粘性のある液体が何処からともなく溢れてくる。黒と呼ぶには雑色が多く、それは人に不快感を感じさせる色をしていた。本能的に嫌悪してしまう。視界に入れることを許容できない色、物質。自分の汚い部分をまざまざと見せつけられている気分になる。

 

 想定外と言えば、とびきりの想定外と言える。私の予想は半分当たり、半分外れた。一夏君を見定める実験が行われるとしたら、タッグマッチトーナメントしか無いと思っていた。事実それは的中した。だが、まさか()()()()を持ち出してくるとは予想出来なかった。

 

 「何ですか……あれ……」

 

 山田先生が呆然としている。ボーデヴィッヒの機体、レーゲンの変化に戸惑っているようだ。いや、怯えているのか。凡そ機械的とは言えない動き、生々しい生物的な動きは恐ろしく感じることもあるだろう。

 

 「VTシステム……だと……!?連中は何を考えてやがる……!!」

 

 織斑先生の視線の先は来賓席だった。顔を青くして何事か怒鳴り散らすドイツ軍高官と官僚たち。その横で、まるで何も起きてないかのようにレーゲンを見つめる神経質そうな男。その男を見て今回の首謀者が分かった。別にその男と知り合いであったとか、そういう訳では無い。ただ、その男の目に見覚えがあった。よく似た目をしている連中を私は知っていた。

 

 「機構(アラスカ)の仕業か……また面倒な物を……」

 

 十中八九、アラスカ条約機構が仕組んだのだろう。あんな気味の悪い物を嬉々として弄るのはあの変態どもしかいない。ボーデヴィッヒ自体、機構(アラスカ)の息の掛かった研究所で産み出されたのだ。今回の件は全て、初めから連中の思惑通りに進められていたという事だ。

 

 「で……でも!!VTシステムは条約で禁止されている筈です!!何でこんな……」

 

 「目の前で起きていることが事実ですよ、山田先生。現にVTシステムは搭載されていた。そして起動した。それだけです」

 

 「それなら早く止めないと!!」

 

 「ダメです」

 

 「なっ……!?どうして!?」

 

 管制室にいる織斑先生を除く全ての人から、懐疑と非難の視線が浴びせられる。仕方の無い事だ。私は生徒を見殺しにしろと言っているのだから。本職の教師からしたら納得出来ないだろう。本来なら警備科の部隊がスクランブルしている。だが、スクランブルは十蔵さんの方で止めて貰っている。

 

 「これは以前の無人機の時と同じですよ。一夏君の価値を測ろうとする連中が彼に出したテストです。これを彼が我々の力を借りずにクリア出来るか出来ないかで彼の未来は変わる。資質を見出だされれば彼はこの先も楽しく学園生活を送るでしょう。しかし、及第点に届かなければ……まぁモルモットが良いところだ。何せ男だからね。頑丈だ。女性だったらすぐに壊れてしまうような実験も出来る。生かさず、殺さず、体の良い実験動物にされる」

 

 「そんな……」

 

 誰かがそう言った。受け入れられないのかもしれない。正常な反応だ。淡々と説明すべき事じゃない。怒り、悲しむべき事だ。

 

 「どう繕っても、そういう事なんです。だから我々が手を出してはいけない。彼の未来の為に、学園の為に、保たれている均衡の為にね。まぁ、いざとなれば私が出ます。安心してください。誰も死にませんよ」

 

 生徒や来賓の避難は完了した。あの忌々しい機構(アラスカ)の男もいなくなった。だが、どうせ何処かで事の成り行きを見ているに違いない。

 

 ボーデヴィッヒが完全に飲み込まれた。蠢き、胎動し、のたうち回る。球状のそれは泡立ち、奇怪な音を立てながら自らの形を成そうと踠く。色はさらに濃くなり、絵の具を全て混ぜ合わせたような醜い色となっていた。冒涜的と言うべきか、どれ程の醜い物をかき集め、煮詰めればこのような色に、醜悪な唾棄すべき物になるのだろう。時折、表面で生物で言う血管のような物が浮かび上がり、どくんと脈動する。その様を見て口元を抑え、迫り上がってくる物を抑える者もいた。

 

 それは変化と同じく、何の前触れも無くぴたりと止まった。球体の表面は穏やかな湖面のようで、先程までの動きが嘘のように静かになった。何の動きも変化も起きない完全な静止。誰もが二度目の変化に驚いたが、それを見ることしか出来なかった。誰もが本能から来る、確信めいた物を持っていたのだろう。これで終わりな筈が無い、と。

 

 そして、ソレは来た。

 

 奇声が響き渡る。いや、『奇』とは生温い、『狂』声。ひたすら耳障りで、先程の球体の色よりも気味が悪く、さらに嫌悪感を掻き立てられる声色。自らの心の大事な部分を土足で踏み荒らす忌むべき鼓膜からの侵入者。生まれるべきではなかった、誕生を祝福されない赤子の憎悪と悲嘆にまみれた産声。

 

 球から手が生える。まるで卵を割る雛のように、しかしそこに幼さなど微塵も無く、荒々しく母の胎内を傷付けるように這い出てくる。卵が割られる度にべちゃりべちゃりと殻が液に戻り、周囲にそれを撒き散らす。それは地面を溶かし、煙を上げる。

 

 這い出たソレは空を見上げ、両手を広げる。自らの誕生を祝福し、これからもたらす破壊を祝福する。右手には一振りの刀。本来の色は失われ、穢れたその刀、その姿。ISという物を知っていればソレを知らない者はいない。

 

 「暮桜……」

 

 誰かの呟きはその姿を見た物の共通認識だろう。紛うことなく、それは織斑先生──織斑千冬(ブリュンヒルデ)の象徴、学園の地下、超深度階層にて眠る彼女の相棒。暮桜だった。

 

 「ボーデヴィッヒィィィィィィィィィ!!」

 

 一夏君の怒号が響き渡る。

 

 贋作と後継の雪片()がぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 私には追い求めている物が二つある。

 

 私はあの漆黒のISに魅せられ、取り憑かれてしまった!!あの力があれば、私は自由に生きられる!!私を縛る鎖を引きちぎり、私が存在する意味を示すことが出来る!!教官にも戻って来て貰える、あの猟犬に私を認めさせる、そして私はまた一歩教官に近付く!!

 

 あぁ、最高だ!!力が満ちる!!これが、あの男と同じ力か!!全てを焼き尽くす暴力!!世界最強の一角、教官の力か!!

 

 行ける……これなら織斑一夏も、あの猟犬も倒せる!!私が憧れたあの猟犬を!!

 

 ─────

 

 ─────

 

 ─────

 

 ─────

 

 いや、待て。私は何時、あの男に憧れた……?

 

 確かに私はあの日、あの猟犬に出会った。目の前に広がる惨状に立ち竦み、言葉を失い、恐怖した。

 

 だが、それだけだった。

 

 憧れなど一度も持ち合わせなかった。あのISの正体だって、私の機密レベルでは知ることは出来ないし、教えられることは無かった。それなのに何故私はあの男のことを、どうやって天災の猟犬のことを知り得たのだ……?

 

 何なんだこれは……何故知り得ないことを知っている……?私は何時どうやってこれらを……機密レベルに見合わない情報を知ったのだ……!?私に覚えの無いこの記憶と行動は何なんだ!?

 

 私は一体……何をしていた?意味を示す?鎖を引きちぎる?教官に戻って頂く?

 

 馬鹿な……。私はそんなことなど望んでいない。クラリッサや隊の皆と過ごす時間があれば十分だし、隊の皆やその家族を守ることが私の生きる意味で……。教官がドイツに戻って頂ければ確かに嬉しいが、教官にも事情があるだろうし、何よりも唯一の家族である弟が……。

 

 待て……何故私は織斑一夏を恨んでいた……?教官を縛る鎖だから……?何を!?教官にとって唯一の家族だぞ!?私にとっての()()と同じ存在なのに……。

 

 誰なんだ……?私のフリをしている……私の代わりに喋るこいつは……何なんだ……?

 

 『対象の催眠効果の大幅な低下を確認。機能の低下を確認。ラウラ・ボーデヴィッヒの覚醒を確認。越界の瞳(ヴォーダン・オージェ)を経由し、()()()()()()()を開始します』

 

 え……?

 

 何を……レーゲン……?

 

 怖いよ……助けて……姉様。

 

 『システムに多大な負荷……外部からの……機体損傷……許容……オーバー……一時……パージ……回収……』

 

 白い……光……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆◇◆◇

 

 贋作と後継。黒と白。同じ力を持つ者同士の戦いは幕を下ろそうとしていた。

 

 「これで……終わりだァァァァァ」

 

 後継、正しき白が放つ最強の一太刀が贋作の鎧を一閃する。清浄なる刃は穢れを払い、醜悪なおぞましい鎧から少女を救う道を切り開いた。糸を引きながら開かれた傷口から銀髪の少女が覗いた。

 

 「ボーデヴィッヒ!!」

 

 一夏は機能を停止し膝を付いた贋作の元へ走り、ラウラをそこから引き出す。シャルロットと箒もそれを手助けし、粘性のある、気味の悪い鎧からラウラを離す事に成功した。

 

 「ボーデヴィッヒ!!おい、ラウラ!!しっかりしろ!!」

 

 目を開かないラウラに一夏が声を掛ける。その顔は苦痛に歪んでおり、あのおぞましい贋作を本意で動かしている訳では無かったことが見て取れた。彼は数日前の姉の言葉を思い出す。

 

 『私が知るボーデヴィッヒはあのような奴では無かった。落ちこぼれと言われても、生き別れた姉に顔向け出来ないと必死で訓練する努力家だった。聞き分けも悪くない奴だった。無闇に手を上げるようなこともしない。それなのに何故、あんな目を……』

 

 今までのラウラの態度が本意による物ではないとしたら、あの過剰なまでの自分への憎悪も説明が付く。そう一夏は思った。この事態は誰かに仕組まれた物なのか、という疑問は頭の片隅へと追いやった。

 

 「織……斑……一夏……?」

 

 「そうだ!!俺だ!!大丈夫か!?すぐ、救護が来るからな」

 

 「すまない……今まですまなかった……」

 

 「今はいい、しっかり休んで怪我を治してからだな。そういうのはさ」

 

 軽く微笑むとラウラは身体を起こした。慌てて一夏たちが止めようとするが、ラウラが片手を出して制止した。

 

 「と、言いたい所だが肩を貸してくれないか?さすがに足元がふらついてな……」

 

 「あぁ、無理はしないでくれ」

 

 そう言って一夏と箒が肩を貸す。小さく、すまないと言うとラウラが二人に体重を掛けた。

 

 誰もが終わったと思った。警戒していたシャルロットは銃口を贋作から下ろし、三人の元へと歩いていく。教員たちはストレッチャーを用意し、ラウラの治療の準備をする。

 

 織斑一夏は資質を示し、ラウラも無事に助かった。全てが丸く収まり、収束した。

 

 誰もが、そう思っていた。

 

 『システム再起動……修復完了。パイロットを回収。生体コア化を実施します』

 

 え、と誰かが言った。皆、反応が遅れた。ラウラの腹にあの贋作と同じ色をした触手が巻き付いていた。

 

 「え……?」

 

 ラウラは後ろを振り向いた。自分の腹に巻き付くモノが伸びる先を見た。

 

 贋作が、泥が触手を伸ばしながら再び暮桜の形を取ろうとしている。にたり、と笑ったような気がした。

 

 「いや!!やめて!!はなして!!」

 

 「ラウラ!!」

 

 一夏と箒はラウラの手を掴み、シャルロットは贋作へとありったけの弾丸を叩き込む。しかし贋作は変わらず、ラウラを引きずり込もうとしている。グレネードを投げても、大口径の弾丸をどれだけ撃ち込んでも、一撃必殺の威力を持つパイルバンカーで突いてもビクともしない。それどころか形成された腕で薙ぎ払われ、シールドエネルギーが尽きてしまった。

 

 一夏の腕にも触手が絡み付き、その腕を焼いていく。装甲越しでも激痛を感じ、触手が触れている部分が煙を上げながら徐々に溶けていく。これが白式でなく凡百の量産機ならすぐさま装甲は溶け、絶対防御を貫通してパイロットに大怪我を負わせただろう。箒はラウラを掴みながら、シャルロットと同じようにアサルトライフルで贋作を撃つ。しかし、一夏と同じように触手に捕まれ、装甲が融解した。咄嗟にISを解除し、難を逃れたがラウラを離してしまった。

 

 「ラウラ……大丈夫か……」

 

 「お前こそ、もういい!!手を離せ!!一旦体勢を整えろ!!」

 

 「悪いな……耳が馬鹿になってうまく聞こえないんだ……」

 

 顔を歪ませながら強がる一夏の腕は依然として煙を上げ、装甲は融解しかかっていた。

 

 そして無情にも触手は腕を掴む力を強くする。

 

 「ア゛ア゛ア゛ぁ゛ア゛あアあ゛アァア゛アア゛ア!?」

 

 痛みに耐える絶叫が響く。途切れそうな意識をギリギリで繋ぎ止め、緩みそうな力を振り絞る。地面を踏みしめ、走る痛みで無理矢理正気を保つ。贋作に負ける訳にはいかない。自分の英雄を穢した奴に負けては、同じ力を持つに値しない。受け継いだ力に掛けて、織斑一夏はこの場での敗北を許されない。そう言い聞かせてラウラの腕を掴み続ける。

 

 だが、誰しも、全てには限界という物が存在する。意思だけではどうにもならない己の限界。彼にもそれは漏れなく存在する。

 

 意思は砕けてない。闘志は漲り、尽きることは無い。意識だけが落ちそうになる。力が抜けていく。ラウラの声が、箒の声が、シャルロットの声が一夏の意識を繋ぎ止めようとする。何処か遠くから声が聞こえる感覚に見舞われる。

 

 状況は絶望的。大局は決し、ラウラは歪む視界を、目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、この状況で爆発音の一つや二つに気を割く者がどれ程いるだろう。銃声に気を割く者がどれ程いるだろう。

 

 絶望に屈した者の耳にはどれ程の音量で聞こえるのだろう。

 

 

 管制室の方で爆発が起き、その爆煙の中から幾つもの銃声が響く。一夏を苦しめていた触手も、ラウラを取り込もうとしていた触手も全てが撃ち抜かれ、破裂した。

 

 状況を理解出来ない者は銃声の元を辿ろうとする。煙の向こうに赤い光が揺らめいた。

 

 かくして、戦場に断頭台の処刑人は現れる。その漆黒の装甲は死神を連想させ、人々に逃れ得ぬ死の恐怖を与える。

 

 しかし、この場にいる者はそう思わなかった。彼らはこう感じた。

 

 

 まるで誇り高き鴉だ、と。




ARCHIVE#4

・VTシステム

 VTシステム──Valkyrie Traceシステムとは過去のモンド・グロッソの部門受賞者(ヴァルキリー)の動きをトレースするシステムである。

 機体の動きをスペック関係無くヴァルキリーの動きに寄せる為、パイロットと機体に多大な負荷を掛ける。よってアラスカ条約で研究、開発、使用を禁止されている。しかしアラスカ条約の形骸化に伴い、各陣営で密かに研究が再開されている。ドイツでの遺伝子強化個体(アドヴァンスド)の製造計画にはこのVTシステムに耐えることの出来る個体を製造するという側面もあった。結局は失敗したようだが。

 尚、条約締結以前の最初期に開発された物は後発型に比べ性能は高いがパイロットを生体コアとして取り込み、人体と機体を融合させて有人機では不可能な機動を可能にするオペレーションが組み込まれているという。







 次回、石井さんキレる。


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 ネタ書きたい……。

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