異世界転生して調子に乗ってるやつがうざいから、ちょっとボコしてくるわ   作:おおっさん

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第2話

俺は今森の中を疾走している。歩いても歩いても延々と続く森の道。そこらじゅうから悪口が聞こえてくる。

「なんかきもいやつ歩いてね?」

「うわ!まじじゃん!!うけるwww」

これらの声は、そこらへんの木や草が思っていたり、感じていることだ。なぜそれがわかるのかは、後で説明していこう。精神的にダメージを受けながら、変わらない道を進んでいく。歩くのもさすがに疲れてきた。こんなことになっているのも、もちろんあの魔王のせいだ。

 

数時間前、俺は魔王の紹介で依頼を受けた。依頼主は魔王のお友達であり同期の魔王。面倒くさいので、以下「友魔王」ということにする。今回の依頼はまたもや異世界転生者を退治して欲しいという主旨のものだった。現在、友魔王の住む城には異世界転生者が迫りつつある。彼はチート能力を使い驚くべき速さで友魔王を打ち取らんとしているらしい。

「サイクロプス草原係長と、メデューサ火山課長、リヴァイアサン海部長もやられた。残るは暗黒の森副社長の君だけだ」

「異世界でも仕事はたいへんなんだな」

いつの間にか魔王側の悪者サイドに配属されていることが遺憾にたえない。だが、報酬を貰える以上、汚い仕事をやるのが俺の役目だ。だんだんと悪に染まってきたと思いつつ仕事に精を出す。そして今、ターゲットである異世界転生者は暗黒の森に差し掛かるところだ。その異世界転生者を森で始末してくれという依頼である。なぜ森で倒してほしいのかと言えば、下手に城で暴れられると、城が壊れて奥さんに怒られるかもしれないからという、魔王らしくない家庭的な理由だ。

「それじゃ頼んだぞ」

と魔王。

「魔王の見込みのある新人らしいからね。期待しているよ」

と続けて友魔王が言う。こいつらは自分でなんとかしようと思わないのか?

今回のターゲットのデータと異世界転生チケットを渡され、ワープゲートから押し出されて、今の状況になっているわけだ。

 

今回のターゲットはルクサント国の騎馬隊長。向こうの世界では突然現れた世界の救世主なんだとか。プロフィールをざっくりと説明していこう。向こうでの名前はアラン、真の名前、真名は高橋洋一(たかはしよういち)。歳は20歳で以前は精肉工場で勤めていた小太りの若年労働者である。彼は工場の事務の若い女性に思いを寄せ、彼女の思わせぶりな態度にメロメロになってしまった。思い切ってデート、デート、デート、からの告白というプロセスを踏み、なんと交際に発展するという快挙を成し遂げる。しかし、事務の女性には既にイケメンでDQNの彼氏がいることが発覚する。今までさんざんATMとして扱われた上、最後には浮気されていたという絶望を味わったのだ。彼のすごいところはその後に相手のDQNから物理的大ダメージを受けたことだ。それに耐えられなくなった彼は、自分の職場である工場で、自ら製品になるという社畜っぷりを発揮し、無事に異世界転生を果たした。壮絶な過去を送って来ただけあって、今回のターゲットは一筋縄ではいきそうにない。今回の相手は国最強の騎馬兵。彼がなぜ最強になったのかというと、その秘密は彼の馬にある。

「馬は俊足で目にも止まらぬ速さで移動する。その突進は巨人をもなぎ倒す…か」

これだけだとなんとも言えない。しかし、ここは異世界であり、相手は転生者だということを考慮するとこのデータもあながち嘘ではないことがわかる。そしてもう一つは彼が使う槍だ。彼の槍は投げると、まるで意思を持つかのように動く。所有者を守り、敵を貫くという史上最強の槍だ。必殺技は馬・槍・体全てを融合させ解き放つ突進攻撃「神を貫く一撃」。これが出ると対峙した者は必ず死ぬそうだ。しかし、これを発動できるのは一日に一回のみらしい。今回はここが重要なポイントになってくるだろう。

俺が今回選んだ職業はエルフだ。もちろんエルフのように美しくなれることはない。ただ単にエルフの能力のみを得た、就活に失敗したおっさんである。今回のフィールドは森。そして、エルフの能力、植物の声を聴いたり、身軽な動きができたり、視力がめっちゃよかったりと、普通の人間に比べたら割と強い部類に入る。選んだチート能力は、今は秘密にしておこう。

「ようやく森をぬけられそうだね」

友魔王のテレパシーが聞こえてくると、前方に光が差し込んでくるのがわかった。

 

森をぬけると目の前には海が広がっていた。通常の人間には見えないと思うが、エルフの俺には見えた。遥か遠方から馬に乗った誰かがこちらへ向かって来ていると。

「データには記載されていたが、ここまで速いとは。しかし、槍はどこだ?」

彼の馬の速度に焦りを隠せない。それもかなりの速さであるため、こちらに到着するのも時間の問題だろう。加えて、槍も見当たらなかった。俺は急いで森へ戻った。今だから思うことだが、チート能力をもう少し慎重に選んでくるべきだったと思っている。とりあえず、今回の作戦の概要を簡単に説明していこう。今回は馬の大好物であるニンジンを持ってきている。まずはやつの進行方向にニンジンを設置し、馬の動きを止める。馬の動きが止まったことを確認したら、この弓矢で一撃で仕留めるというわけだ。

「よし」

これ以上の言葉はいらないと思い、俺はニンジンの配置に行動を移した。配置の途中で森の木々の声が聞こえてくる。

「おい、なんか馬が水の上走ってんぞ!」

「は?まじで??うけるwww」

「どうやらターゲットが近づいてきたようだな」

 

もう一度海の見える場所まで出ていくと、ターゲットはすぐそこまで来ていた。森は広く、ニンジンに引っかからずに、足を止めない可能性もあったが、この森は攻略上必ずしなければいけないことがあるから問題ない。それは、森で迷わないように、途中にある固定されたランタンに明かりを灯していくことだ。俺はエルフだから、森で迷うことはない。しかし、彼は異世界転生者といっても所詮は人間。こういうところで差が出るのだ。つまり、そのランタンの近くにニンジンを置いておけばやつは必ず足を止めるのだ。ランタンの前でターゲットを待った。そしてやつは来て、思った通りニンジンに足を止めた。

「ブルルルルルルルルッ」

「どうした相棒?」

今がチャンスだ。俺はすぐさま弓を放った。すると、どこからともなく槍が飛んできて、矢を弾く。

「誰だ!!!」

俺は息を潜めた。もしかしたら、時間稼ぎにしかならないかもしれない。槍を投げられたら一巻の終わりだ。絶体絶命の状況に俺は死を覚悟した。次の瞬間―――。

「やあアラン。久しぶりだね」

友魔王が現れた。俺の状況を察したのか、なんと駆けつけてくれたのだ。

「魔王か。ここで終わらせる!これでもくらえ!!」

神を貫く一撃だ。アランが必殺技を使い、魔王もこれで終わりだ。

「友魔王…」

「あとは頼んだよ、副社長」

テレパシーでそう告げると、魔王の姿はもうそこにはなかった。自分のために身を呈して守ってくれた友魔王のためにも、ここで諦めるわけにはいかない。魔王を倒して満足したのかターゲットは、少し油断している。そして、馬の鞍(くら)に腰をかけたとき、俺はチート能力を発動した。今回のチート能力は「対象を太らせる能力」。その名の通り、視認できる者を太らせることができる能力だ。ターゲットはみるみるうちに太っていき、馬もその重さに耐えきれなくなったのか、足を折り押しつぶされてしまった。みっともなく太って、動けなくなったターゲットに悠々と近づき、いつものように煽りタイムを始める。

「よ~、洋一君。無様な姿だね」

真名を言われて、戸惑っている彼にはもうなにも怖いものはない。必殺技である「神を貫く一撃」も封じ、馬の動きも封じた。

「じゃあ、このまま太らせて破裂させてあげるね」

俺はチート能力を全開にして、彼をどんどん太らせていく。この戦いに決着はついたように見えたが―――。

「みろよ。槍がひとりでに動いているぜ」

「は?まじで??うけるwww」

木々のその言葉で、後ろから槍が来ていることに気づいた俺は、間一髪で避けることができた。槍は俺の頭をかすり、頭からは血が出たが、その槍はターゲットに刺さってしまった。

「あ、危なかった」

あと少しで死ぬところだったが、安心している時間はない。ターゲットは次の攻撃の準備に差し掛かっている。ターゲットは自分の体から槍を抜いたが、その穴から勢いよく空気が吹き出した。

「やなかんじ~~!」

これがターゲットの最後の言葉だった。ターゲットははそのまま大空の彼方へと飛び立ちお星さまになった。馬は彼を追うようにどこかへ走って、消えてしまった。槍は彼の後を追うかのように空へ消えてしまった。

「任務達成だね、副社長」

「そうだな」

ところで、お前生きてたのか…。

 

魔王の城に戻り、ゲートを通って自分の部屋に戻ると魔王と友魔王がいた。

「危なかったのぉ~、もう少しで死ぬとこじゃったな」

魔王の言葉で出血した部分を手で触ってみたが、血はついていない。念のため洗面所の鏡で確認したが、かすり傷ひとつなかった。治ってるのか?

「心配はいらんよ。傷・病気の手当はこちらの負担だからの。だが、命は別じゃ。まあ気をつけてくれや」

続けて友魔王が言う。

「今回の報酬だよ。ありがとね。また何かあったら頼むよ」

そう言うと、友魔王はゲートから自分の世界へ帰っていった。疲れた俺はベッドに横になりスマートフォンを見る。メッセージアプリからの通知には同期が就職したという連絡で埋まっている。

「まあ、俺も一応就職したしな」

多くのメッセージに劣等感は感じたものの、就職している自分を肯定しつつその日は眠りについた。

 


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