異世界転生して調子に乗ってるやつがうざいから、ちょっとボコしてくるわ   作:おおっさん

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第1話

 

雨が降って来た。

「そういえば、あの時もそうだったな…」

就活に失敗した俺は今途方に暮れている。大学受験の時も失敗して途方に暮れていた。その時も雨が降っていた。

その日から、俺は現実逃避がしたくなって、ネット小説を読み始めるようになった。ジャンルは異世界転生もの。ネットで連載されているこれらの小説は非常に非現実的だ。読んでいるこっちが恥ずかしくなってくる。地味なネクラとかオタク、ただの一般人がトラックにひかれて転生する。転生した彼らは、ヒーローとなって無双するのだ。なんの努力もなしに、彼らは強力な力、名声、富を得るわけだ。別に赤の他人がどうなろうが、私には関係のないことだが、人の足を引っ張りたくなる気持ちはどうしようもない。

「ちょっとあいつらボコしてくるか」

と思ったが、どうすれば異世界に行けるのか見当がつかない。異世界へ行くのには、トラックにひかれたり、ビルから落ちたりと中々ハードルが高い。簡単に言えば、命を落とさないと異世界へは行けないということだ。どうでもいいことにムキになっていることに気づいた俺はとりあえずその日は寝ることにした。

翌日、目が覚めると俺の隣で誰かのうめき声がした。アパートの隣人がまた何か騒いでいるのだろうと思っていたが、どうやら違うらしい。部屋の隅で誰かがうめいていた。就活のショックで反応が鈍くなっているのか、部屋に知らない人がいようが俺は落ち着いていた。

「どちらさまですか?」

「オブセリア王国の魔王じゃ」

就活のショックでとうとう俺の頭は狂ったか。それとも、こいつが狂っているのかわからない。角を二本生やして、黒いマントを羽織ったおっさん。姿だけなら魔王に見える。まあ、普通に考えたら、ジョークだろうと思いつつ会話を続けることにした。話を続けていくといろいろなことがわかってきた。この人はオブセリア国の魔王であり、勇者に倒されたんだそうだ。そして、なぜこの部屋にいるのかというと、私を異世界転生させて勇者を倒させる依頼に来たらしい。あきれている俺に魔王は言った。

「お前、私の話を信じてないじゃろ?」

もちろん信じていない。苦笑いをするしかない。続けて魔王は言った。

「とりあえず、行ってこい!」

しかし、行き方がわからない。俺が行き方を聞く前に魔王は契約書のようなものを出してきて、俺にサインと捺印をするように求めてきた。怪しい契約書に勢いで必要事項を記入した。

すると、何もない空間にワープ穴的なものがでてきた。

「おお…」

すごく驚いたが、まだ就活のショックには及ばない。魔王に背中を押されて俺はその穴の中へと入っていった。

穴に入ると、入ってきた穴は消えてしまった。ここで、穴に入る前に魔王に言われたことを思い出す。

「いいか、よく聞け。お前の目的はオブセリアの勇者を倒すことだ。私がいなくなって、やつは今国王になっているだろうから、出てすぐ右に見えるお城を目指せ。それと勇者はお前の世界から転生したやつだ。チート能力を持っているから注意するんじゃぞ」

右側を見るとかなり遠くにお城が見える。何キロかはわからないが、めちゃくちゃ遠いと思う。お城へ進もうと足を踏み込んで三歩ぐらい歩いた時、どこからともなく魔王の声がきこえた。魔王が言うには、テレパシーで向こうの世界から話しているそうだ。異世界に来た実感が段々と湧いて、わくわくしてきた。

「これを忘れておったわ」

魔王が何かを差し出す。ターゲットのデータと異世界転生チケットと書かれたカードを渡された。

「このカードをわしのカードリーダーにスキャンして、能力を決定するんじゃ。これは契約内容で決められていることだから、負担は依頼者側にあるから安心せい」

「だいたい理解することができた。俺も今から異世界転生ライフの始まりか」

「馬鹿者!お前の目的は勇者を倒すことじゃ!二度言わせるな!!」

「はいはい、わかってますよ~」

チケットをスキャンして、ゲームのキャラクタークリエイターの画面になるが、容姿だけがどうしても変更できない。能力は強くすることができるが、容姿がどうにもならないのだ。自分が異世界転生する目的が勇者の討伐だということを改めて実感し、能力を選んで勇者の討伐に向かう。今回俺が選んだ能力は、アサシンの能力。陰から一矢で勇者の命を奪う作戦だ。加えて、チート能力という項目で一つだけチート能力を得ることができる。

「今回の相手のプロフィールじゃ」

相手の本名は小野勇樹(おのゆうき)、彼が異世界転生をした理由は、小・中・高でいじめを受けたのち踏み切りに飛び込んで、異世界転生を果たした。しかし、この世界ではディースという名で通る剣の使い手だ。彼のチート能力は神速の剣術、神剣を使う。彼の剣は神の剣で、神聖な力を得ており、ありとあらゆる精霊の力を使いこなす。必殺技は全ての精霊の力を宿した一振り、その名も『ゴッドジャッジメント』。どうでもいいことだが、可愛い国王の娘と結婚して、幸せなんだそうだ。

「このチート能力に対抗するには…これだ!」

精霊を仲間につける能力を選択した。これでいけるはずだ、そう確信する。俺はオブセリアへ足を進めた。

 

 

翌日の昼頃になり、ようやくオブセリアへ到着した。近くで見ると、より一層立派な城だ。城下町では商店が立ち並び、とても賑やかだ。しばらく歩いていると、突然遠方から声がした。

「キャー泥棒よ!」

向こうを見ると、10数人の盗賊がこちらへ走って来る。騒ぎには巻き込まれたくないので、その場を離れ様子見をしていると、白馬に乗った二人の男女が颯爽と現れた。彼らは盗賊の前に立ちはだかった。

「なんだおめぇは」

「国王の顔も知らないのか」

金のラインが入った黒い鎧を着た黒髪のイケメン。腰に携えた剣は存在感を放っている。次の瞬間、盗賊が一人やられた。周りには、何が起こったかわからなかったが、俺には見えた。あの男が剣を抜いて、戻すまでを。

「なんだあいつは!」

「貴様ら、ここで大人しく捕まれば手荒なことはしなくて済むぞ」

「なめてんのかぁ!お前らやっちまえ」

何人かの盗賊が一斉に男に向かって飛び掛かる。すると、彼の剣から火が燃え上がり盗賊たちを燃やした。ぼさぼさ髪の盗賊たちは、熱くてのたうちまわっている。しばらくすると、彼の剣から水が出て、盗賊たちの炎を消した。

「まだ続けるか?」

男はそう言うと、一人の盗賊の首に剣を突き付けた。

「ひ、ひぃ!命だけはお助けを!」

先ほどまでの威勢が嘘のように盗賊たちは怯えている。そして我先に逃げ出していった。

「キャー!ディース様ステキー!」

「さすが魔王を倒した勇者様だ!」

盗賊が逃げるとあたりが歓声に包まれた。民衆たちの賞賛の声に思わず嫉妬してしまいそうだ。しかし、俺は聞き逃さなかった、奴の名前を。そして確信した、やつが小野勇樹という今回のターゲットだということを。

「キャー、キャー騒がれている今がチャンスだ。最高の屈辱を味合わせてやる」

先手必勝、俺は弓を引きターゲットに矢を放った。だが、矢は彼の剣によって弾かれてしまう。この出来事に、場が一瞬にして静まり返る。俺は民衆をかきわけて勇者に近づいた。

「おい、ディース!いや、小野勇気よ。俺と勝負だ」

ディースはとぼけようとしているが、表情と反応から、彼が小野勇気だと確信した。

「俺によく勝負を挑んでくる奴がいるんだよねぇ。やめときなよ、そこにいる盗賊のようになりたくなかったら、お家に帰りな」

「いじめられっ子がでかい口をたたくようになったか。滑稽だな」

ディースの表情が崩れる。表面では何事もなく振る舞っているが内側ではかなり動揺しているようだ。

「なんのことだかわからないけど、そこまでいうなら少し痛い目みてもらうよ」

彼の剣に炎が宿り、飛び掛かって来た。ここで俺はチート能力を発動する。すると、彼の剣から炎が消えた。ディースは驚いた様子だが、次は水を宿らせる。それも、俺の能力によって消える。今度は剣をかかげ、空から雷を落としたが、精霊を仲間にする能力を得た俺に雷は当然当たらない。勇者の攻撃はほぼ全てが精霊の力を借り、それを操るというものだ。これに俺のチート能力は相性抜群だ。勇者は自分の繰り出す攻撃がことごとく無効にされることに、焦りを見せ始めた。

「くそ!なんで無効になるんだ」

「おいおい、もう終わりかよ」

「まだだ、次で終わらせてやる!」

勇者が剣を大地に突き刺す。そして叫んだ。

「喰らえ……、『ゴッドジャッジメント』!」

しかし、なにも起こらなかった。それは当然のことだ。なぜなら勇者の剣に宿る精霊は既にこちらの仲間になっているからだ。俺は精霊どもに指示を出し、勇者を攻撃させる。勇者も剣で応戦するが、明らかに盗賊を倒した時とは剣速が鈍っている。悲しきかな、彼の剣術の腕は精霊の力を借りて作られたものであり、本当の実力ではなかったのだ。

「年貢の納め時のようだな、勇者様」

優越感と哀れみを混ぜたような声でそう言い、精霊たちに一斉攻撃の命令をした。精霊たちの攻撃は凄まじく、爆発によってあたりに砂ぼこりが舞った。煙が消えた後、そこに勇者の姿はなかった。と思ったがよくよく見てみるとディースは遠くで無残にも横たわっていた。

剣を杖にし立ち上がろうとしているがもう彼にはそれだけの力はに残ってないようだ。

「倒したようじゃな、その場所から離れろ」

魔王からテレパシーで声が聞こえてきた。俺はあっけにとられる民衆に背中を向け、その場を後にした。

 

 

しばらく歩き広い草原に出るとまた魔王の声が聞こえてきた。

「でかした。またそっちにゲートができるからそこから帰って来るんじゃ」

すぐにゲートが現れ中に入ると自分の部屋についた。部屋には魔王がいて、俺の胸に束になった金をあてがう。

「これは報酬じゃ」

「こんなに貰えんのかよ?」

「当たり前じゃ!下手したら、お前は今死んでるかもしれんのだぞ」

魔王の言葉に背筋が凍った。俺はたんなる遊びかと思っていたが、自分のしていたことがあまりにも危険だったことに。

「まあ、これぐらい出さんとやつらに文句言われるしな」

「やつらって?」

「そのうちわかるじゃろ。それよりお前、中々見込みがあるな。どうじゃ?わしと組んでみんか?」

「わかった、いいだろう。よろしく頼むよ、魔王様」

俺は魔王と固い握手を交わした。

 


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