IS―審判の時― 作:Vシネ面白かった丸
毎度誤字脱字報告をしてくださってる方々、ありがとうございます
※この小説の主人公はあくまでオリ主です。今回はその要素が多分に含まれています。お覚悟を。
あの時の僕は、あの言葉に対して疑いを持っていた。当然だ、受けとる直前であんな罠を張られてしまってはそのまま鵜呑みにしろという方が無理があると思う。何があってもいいように、とナイフやら銃やらを隠し持ち、何があってもISの装着前に攻撃をし自分の身はなんとしてでも守って見せる、と意気込んでいた。
まさか、思いもしなかった。このお茶会が、そんな。
『なるほど、そういう観点もあるのか。いや、君の意見は実にためになる』
『僕みたいな一ファンの感想が役に立ったのならこれ以上に嬉しいことはないよ』
――――本当にただお茶を飲んで会話するだけだなんて……!
いや、いやまだだ。まだ警戒を解いてはいけない。これはまだ前座だ、所謂牽制しあうべき場。こんなところで挫けてはいけない、どんな罠があっても負けたりなんかしない!
『さてシャルルくん、君の意見には本当に助かったよ。その仕事に見合った報酬として"マイティアクションX"の新作、の試作品を是非プレイしてもらいたいのだが、どうだろう?』
『是非お願いしますッ!』
ゲンム・コーポレーション製のゲームには、勝てなかったよ。
いやだって、しょうがないよ。こんなの誰だって頷いちゃうし引っ掛かっちゃうよ! だってあの不朽の名作、世界で最も遊ばれたゲームのギネス記録を塗り替えたマイティアクションXの新作だよ! こんなの頷かないなんて、それこそファンとして失礼というべきじゃないかな!
『くくっ……あぁ、いや失礼。君の熱意が、製作者の一人としてあんまりにも嬉しくてね。つい』
『い、いやぁ……あはは……』
そこで、僕が思わず身を乗り出して彼に顔を近すぎるほど寄せていることに気がついた。嬉しかったとは言え、勢いに任せて僕はなんてことをしているんだ。正宗の態度が思ったよりフランクだったのもあるかもしれないが、いくらなんでも心を許しすぎている気がする。
いけないいけない、自制自制。僕がこの場にいるのはスパイとしてなんだから。
とりあえず落ち着くために、紅茶を一口。
『――美味しい』
色々と紅茶を飲んできたつもりだったけど、ここまで美味しいのに巡りあったのは初めてだ。僕の反応を見ると、正宗は自慢する子供のような表情で語り始める。
『あぁ、それは私のお気に入りでね。我が社でブレンドしたものなんだ』
『ゲンム・コーポレーションって思ったより手広いんだね……いくらぐらいするの?』
『数千万』
『嘘っ!?』
そ、そんなことを知ってしまっては勿体無くて飲めなくなってきちゃった……! どうしよう、舌が肥えてしまったら紅茶が飲めなくなってしまう。ああでも美味しいからもう少しのみたい……! どうしようこの二律背反!
『ジョークさ』
『ジョーク!?』
正宗はくつくつと笑いながら、ゲームの準備をしてこよう、と言って自身の机の方に向かっていった。
そ、そうだ、からかわれたのは恥ずかしいけれど、この後には新作ゲームが待ってるんだった。βプレイヤーとしてプレイできるんだからこれぐらい我慢我慢。
………………それにしても、まだかな。いやいや、試作品と言っていたし、完成していないそれを準備するのにきっと色々と手間がかかっているのだろう。それに、彼は社長だが独善的な王様ではない。だから何をされても許されるわけではないのだ、会社からのお許しを待つ必要もあるかもしれない。
…………まだかな。いやダメだダメだ。きちんと自制しないと。
そこでふと、床に一枚のコピー用紙が落ちていることに気づいた。何かの資料かもしれないのに、こんな雑な管理方法でいいのだろうか。いや、正宗も案外人間だったりして。とりあえず本人に渡そう、とそんな軽い気持ちで手に取ったのが、間違いだった。
『…………。んんっ……!?』
こ、この紙……これからのゲンム・コーポレーションのゲーム開発の予定表だ!?
う、うわぁ……すごい、そうか、マイティアクションXの次のDLCはそれぐらいに配信されるんだ……。楽しみだなぁ……。あぁっ!? た、タドルクエストがリメイクされるって噂、本当だったの!? うわぁ、どうしよう、お小遣い足りるかな……中古を待つのも手だけど、手放す人なんているわけないよね……うーん、正宗になんとか融通出来ないかって聞いてみようかな……ダメだ、頷く姿が想像できない。うぅ、バイト探そう……。ど、ドラゴナイトハンターZってなに? もしかして完全新作!? う、うー! どうしてこう欲しいものって被るのさぁ!
『百面相をして、随分と楽しそうじゃないか』
『ひゃわぁ!?』
驚いて振り向くと、正宗が苦笑いを浮かべて立っていた。もしかして、全部見られてた? こ、これは……相当、恥ずかしい……! と、そこまで考えて頬に帯びた熱がさっと引いていく。
これ、もしかしなくても機密文書なのでは……? そ、そうだとしたら、僕は取り返しのつかないことをしてしまったんじゃないだろうか。
『あ、あのっ、これっ、見ちゃったんだけど……』
『ん、あぁ、どこに行ったかと思ったらこんな近くにあったのか。いや助かったよ、ありがとうシャルルくん』
『……せ、責めたりしないの?』
『リークさえしなければ、私は君に何かしたりなどしない。この情報は君の胸に、そっとしまっておいてくれ』
それよりも準備ができた、と彼は手を引いてテレビの前まで連れていってくれる。
もしかして、これが彼の素なのだろうか、となにとなしに思う。
そうだ、考えてみれば当たり前なのだ。
彼は世界に誇る大企業、ゲンム・コーポレーションのCEOなのだ。ただの学生だけが集まる場所ならばまだしも、IS学園は良くも悪くも国の手が入り込んでいる。僕のようにデータ収集のためにスパイをするような人間だっているのだから、どんな人間がどこから自身に干渉してきてどのような影響を会社に与えるかなど分からない。もしあの素っ気ない態度と冷血にも思える企業主義が会社を守るための方法だとしたら、どれだけの人が見方を変えるのだろう。
少なくとも、僕は変わった。確かにオルコットさんの件は畏怖すべきことだ、けれど彼女にだって悪いところはあった。クラスメイトに色々と聞いてみると、最後には正直スッキリしたとも言っていたし、やり過ぎは否めないが彼が全部悪いと思うのは間違いだと思う。
それに、こんなにも柔らかく笑うことが出来る人間を、僕は悪だとは断定したくなかった。
新作、"マイティブラザーズXX"は試作品であるというのにも関わらず素晴らしい出来だった。前作であるマイティアクションXでの評価点を最大に活かし、尚且つそれは今回からの新要素、別々の能力を持った二人マイティを操るというものだが、それらを評価点で潰していない恐るべきバランスの元に成り立っているゲームだった。まだ1ステージしか出来ていないというのが残念でならないけど、逆に言えば1ステージだけでも十分ゲームをしたという満足感を得ることが出来るまさに名作になるであろうゲーム。
けれど不満点がないわけではない。試作品であるから仕方がないかもしれないが、新要素に対するSEが前作の応用、所謂使い回しされているものであるという点。そして新要素のせいでスピード感が損なわれているという点だ。
マイティアクションXはギミックがあっても本来のスピード感を損なわせないもので、無駄に足止めをされたりして不愉快にならずに勢いのまま進めるゲーム。その点がマイティブラザーズXXの交代システムやギミックで少し損なわれているのが残念だった、という由を正宗に伝えてみると彼は真摯に受け止めてそれらを改善することを約束してくれた。
『君ほどのファンの言葉だ、一攫千金よりも価値があるのは間違いないだろうからね。それに、美人の言葉はまず信じろ、と祖父もよく言っていた』
とまで言ってくれた、ファンとしてここまで嬉しいことはない。でも、もう少し言葉は選んだ方がいいと思うんだ、スケコマシ扱いされちゃうかもしれないし。
『本当に楽しかったよ、ありがとう。お母さんとプレイしていた頃を思い出したよ』
『ほう、評価の方を聞いても良いかな?』
『うん。とっても面白いって言ってたよ。お母さんは箱入り娘だったみたいだから、ああいう娯楽には目がなかったんだけど、まさか夜更かししてまでプレイするとは思わなかったよ。僕がそれを怒ると、「ごめんねシャルロット、面白くてつい」って……』
『――シャルロット?』
瞬間、全身の熱という熱が引いた。
『君の名前は、シャルル・デュノアではなかったかな?』
その時、僕は取り返しのつかないことをしてしまったことを悟り、口を滑らした己を呪った。
『――シャルルくん、いやラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。先の言葉を説明してもらおうじゃないか』
まるで別人のように刷り変わった冷たい眼差しが、愚かな僕を射し貫いた。
◆◆◆
そうして僕は、洗いざらい全て吐かされた。愛人の子であることも、IS学園にはスパイとしてやってきたことも、そうしてバレたあとはもう消される未来しかないことも。
そこまで知った上で、彼はこう言った来た。「右腕として雇いたい」と。
「右腕って、どういうこと? 正宗は、もう僕を許す気はないでしょ?」
「では一つ聞こう、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。君は、クロノスのデータを本社に送ったのかな?」
その答えは、Noだ。そもそも今日彼の部屋に来たのはそのデータを送るための収集をするためだったから。何一つとして解析出来ていないのに送れるわけもない。そう、隠さず正直に言うと、彼のなんの熱もこもっていない瞳と目が合った。
まるで幾万の真実の中にある砂粒ほどの嘘すらも見抜くのではないかと思えるぐらいに、澄んだ眼をしていた。体が恐怖で震えるのを感じた。おかしい、何故僕は恐れているんだろう。嘘なんて、もうどこにも隠せやしないというのに。
「では、私は君を許すことも許さないこともできない」
「えっ?」
「どうやら君はとことん出来ていないらしいな、いやスパイに堕ちた程度だから、か」
どうして、そんなことを言うのだろう。僕にはもうスパイであるという事実しか残っていないと言うのに!
「起こっていないことを、証拠もなく君の口から語られただけのことを、許すも許さないもないということだ」
何を、言っているんだろうか。彼は。
「"走れ、メロス"という文学作品があるが、私はあれがヘドをはくほど嫌いだ。
最後にメロスがセリヌンティウスに許しを乞い自己満足のためだけに他人に自分を殴らせるという行為をするが、その後にセリヌンティウスもメロスに同じことをさせる。
言葉だけのそれを、彼らは容易く信じるのだよ。
全く理解に苦しむ、口から出ただけの物を伴わない真実など、なんの利益にもなりはしない。なんの証明にもなりはしない。
私はそれが嫌いなのではなく、商業でもない場所でそれを行うその精神が嫌いなのだ。証明できず、起こりもしなかったことに対して許しを乞う。そんなことをしようとも分からなかった側は許そうとも許さずともその人材を無駄にするだけに終わることに、何故気づかないのか。
だから私はこう思うのだよ、未遂で終わったことに許しを乞うぐらいなら、その時未遂で終えてよかったと清々と思えるほどそれに対しての行動をするべきだとね」
「……は、はは。あはははっ!」
長々とまどろっこしく語っているが、要は彼はこう言いたいのだろう。
特に不快に思っていなければ怒ってもいないのに、しかも実行に移す前の段階で終わったこと謝られても困る。許されたいと思うのなら、まずは君自身の行動で示してみるべきだ。その道は、私が指し示してあげよう。と。
もっと簡単に意訳すると、君がほしいのだけどついてくる気はないか? 席は用意しているぞ! だ。
なんて、なんて口下手で不器用で、優しい人なんだろう。
そうだ思えば、ゲーム一つであれほど語り合えたのは彼が初めてだ。冗談を言われてからかわれたのも、間違いを優しく許されたのも。
こうして、全力で誰かに必要とされたことも。
「……私は答えた。次は君が返答する番だと、そうは思わないかね?」
皮肉げに笑うこの姿も、今ではなんだか愛嬌すら感じてしまう。あ、そう思うと正宗って色々と可愛いかもしれない。大事な資料を無くしちゃうし、口下手だし、不器用だし。
うん、答えはもう決まってる。
「――――履歴書は後日でいいですか?」
「……くっ、ははっ。いや、必要ない。私の方でもう作ってある」
そう言うと彼はご丁寧に僕の証明写真まで張られた履歴書を取り出す。というか、どこから回収してきたんだろう、証明写真。
「仕事は追って伝えるとしよう。今日はもう帰るといい、時間も時間だ。それと、学校にいるときに敬語は不要だ」
「うん、わかった。……ねぇ正宗、きっと救ってね?」
「ゲンム・コーポレーションは、商品価値のあるものを絶対に無駄にはしない。約束しよう、シャルロット」
そう言ってくれるのがなんだか恥ずかしくて、思わずはにかんだ笑顔で彼と別れてしまった。
帰り道、月が優しく微笑んでいるように見えて、なんだかとてもおかしくなってしまった。だって今の僕も、きっと同じような表情をしているから。
今日は、よく眠れそうだ。
その後、最初から男装スパイだとバレていたのではないかと気づいて、かなり頭を抱えてしまったことは、内緒にしたい。
◆◆◆
「ということは、やるんですね社長」
「ああ、君には待たせて申し訳ないと思っているよ」
「いえ、いいんです。社長なら必ずやってくれると信じてましたから、待つのは苦じゃありませんでした」
「そうか。……予定では買収するつもりだったのだが、状況が変わった。やはり彼女の商品価値は素晴らしい」
「じゃあ、私の望み通り買収じゃなく」
「あぁ。デュノア・コーポレーションは本日を持って、」
「――絶版だ」
次回は番外編です。絶版待ちの人は申し訳ないんですがもうしばらくお待ちください。
そういえば、なんか気づいたら日間ランキングで六位になってしました。これも仮面ライダー、IS、そしてエグゼイドファンの皆様のおかげです。本当にありがとうございます。どこまで筆者のやる気が続くかはわかりませんが、長い目で見てやってくださると幸いです。