IS―審判の時― 作:Vシネ面白かった丸
短くて申し訳ない。
また、負けた。なんの文句も浮かばないほど、綺麗に叩きのめされた。もはや一分の隙もない完璧な敗北、それは自らの力の無さを露呈させ、自分の心を深く深く沈めていく。
俺では勝てないのか。檀正宗に、クロノスに、ゲンム・コーポレーションに。
檀正宗の戦闘センスは本物だ、しかもクロノスにはポーズという強力な力があって、それを率いるゲンム・コーポレーションは世界を牛耳る企業となりつつある。
どうすれば勝てるのか、どこを攻めれば俺は野望を阻止できるのか。分からないことは目の前の視界を黒く染め上げ、進むべき道を淡々と塗りつぶしていく。
いや、そうじゃない。
どうすればとか、なにをすれば、じゃない。これはゲームではなく、用意された攻略法なんて存在しない。道は自分で作るしかない、塗りつぶされた道を自分の色で染め上げて、己の道としなくてはならないんだ。
弱音なんて吐いてられない、少しでも前に進まなくちゃならないんだ。
そうでもしなければ、俺は……。
「……一夏?」
「っ。な、なんだ鈴?」
少し、深く考えすぎてたかもしれない。こちらを覗きこむ鈴の表情は、どこか心配しているように見えた。
「なんだ、じゃないわよ。そっちが急に黙りこんだんじゃない。……前の一戦のこと、まだ気にしてるの?」
「そんなんじゃないって。皆それぞれ協力してくれてるんだ、落ち込んでる暇なんかないしな」
クラスの半数は檀正宗に味方している。それはアイツが持つ類い稀なる才能である、カリスマってやつを存分に発揮しているからだろう。現に、何人かはゲンム・コーポレーションでもう働き始めてるって聞いたこともある。
価値があればどんな人物であろうと別け隔てなく採用し、さらにカリスマの力でどんな問題児であろうとも統率し一流の社会人に育て上げる。ここだけ見れば、檀正宗は社長として理想的であるように見える。
けど逆に言えばそれは、価値のない人間に対しては容赦なく在るってこと。あいつの前に出た価値のない人間がどうなったのか、それはオルコットさんと前の大会で檀正宗に敗れた二人がそれを証明している。
ボーデヴィッヒさんもその一人だった、そして俺もまた敗れた一人。どうしてか俺たちは生かされている、いやボーデヴィッヒさんはもう生きてはいないのかもしれない。
男子三日会わずしてなんとか、そんな感じ諺があるけど、あれはそんなものじゃなかった。憎悪をぶつけれた俺だから分かる、あれは外面の名前がボーデヴィッヒであるだけで中身はまるで別物だ。
まるで、感情データをまるごとフォーマットしたかのような……これもアイツの言っていたリプログラミングの効果なんだろうか。今の俺には何も分からない、ただ分かることがあるとすればこれも全部檀正宗がしでかしたことってぐらいだ。
閑話休題。
でも、クラスのもう半数は俺を味方してくれている。皆でクロノスの対処法や弱点なんかを調べあげてくれていて、その中には上級生なんかも含まれている。本当に有り難いことだと思う、皆俺がクロノスを倒せると信じて動いてくれているんだから。
だから、増々弱音なんて吐いてられない。廊下を進む足取りにきちんと力を入れる。
「だったら、辛気くさい顔してるんじゃないわよ。確かに今のところお先真っ暗だけど、折れる理由になんてならないわ。暗いこと考えてる暇があったら、私から一本でも多く取ってみなさい!」
「……鈴って、発破かけるの下手だよなぁ」
「んなっ!? 人が折角心配してやったのに……!」
「心配してくれたのか?」
「~~~っ! 知らない!」
怒ってしまったからだろうか、鈴は顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。
発破が下手だ、なんて言ってしまったけど鈴はすごい。ほんの少しの言葉で、こんなにも俺の気を楽にしてくれる。
鈴の言う通りだ、現状が辛くたって折れる理由になんてならない。結局は自分にどう打ち勝つのか、それが一番の問題だ。
あぁ、頑張らないといけないよな。本当に。
「でも、それじゃあ彼に勝つことはできない」
振り向くと、知らない女性が壁に体を預けて立っていた。その髪は世にも珍しい水色で、手には今時持つのは珍しい扇子、制服の学年カラーは二年生のものを示している。しかも、とびきりの美人だ。
鈴は近くに来ると耳元まで顔を近づけてきた。
「……誰?」
「……いや、俺も知らない」
「本当でしょうね? あんたの女の知り合いが出来る速さが異常なのは知ってるのよ、それこそ足りてるぐらいには」
「速さが足りてるってなんだよ。じゃなくて、本当に知らないって」
確かに話しかけてきたのは向こうだけど、だからって知り合いとは限らないだろ。俺を集客装置かなにかと勘違いしてるんじゃないか?
それに、友達が増えるのは良いことだろ。
「安心して。少なくとも私は味方のつもりだし、どちらかと言えば君の方が好みね」
「はぁ……?」
「がるるるっ!」
あぁ、さっきまで警戒止まりだった鈴が急に敵意を剥き出しに。というか犬かお前は。
犬耳……尻尾…………はっ、いやいや変なこと考えてる場合じゃない。
「一夏っ! こいつは敵よ! 絶対向こうのスパイとかそんな感じよ!」
「んー、まぁそう呼ばれるのも仕方ないとは思うのだけど……かといってスパイでないことの証明も難しいし」
向こう、つまり檀正宗の側の人間であると言うことを示す言葉。今の学園の状況を考えたらそう思うのも仕方ないかもしれないけど、俺はそれに疑問を抱いた。
「いや、きっとこの人はスパイじゃないよ」
「ふぅん? 参考までに、どうしてそう思ったのかを聞いてもいい?」
手に持った扇子を広げて、『釈明余地』の字を見せてくる。それ、もしかしてずっと用意してたのか……? あぁいやいや、今はそうじゃない。
「単純に、最初にかける言葉としては間違ってるなーと思ったから、かな。じゃなくて、です」
「そう思わせる手口なのかもしれないわよ?」
「それだったら、素直にすごいなって思います」
彼女の目が細くなる。なんだか力強く睨まれてるような、何かを見定められているような……少なくとも居心地がいいようには感じられない。
そうしていると鈴が俺の前に立って、庇うように片腕を横に広げる。俺には感じられないのだが、そんな剣呑な雰囲気なのだろうか。なんだか場に取り残されているような……。
しばらくすると女性は笑みを溢して、扇子を閉じた。そうしてまた扇子を開いて、『サプライズ!』の字を見せてくる……って、なんだそれ! あの一瞬で文字が変わったぞ!?
「ごめんなさい、ちょっとからかいすぎたみたいね」
「え、えっと……」
「信じられないほど真っ直ぐね、こっちが馬鹿らしくなっちゃうぐらい」
「それ、褒めてる?」
「もちろん、手放しで称賛してます」
朗らかな笑みを浮かばせる彼女には、先程までの冷たさは感じられなかった。鈴も場の空気がわかったのか、さっきまでの敵意を潜ませている。
「自己紹介が遅れたわね。私は更識楯無。気軽に楯無お姉ちゃんと呼んでちょうだい」
「けっ、何がお姉ちゃんよ。でかいだけのくせに」
「ん~? お子様にはこれが羨ましくてたまらないのかな~?」
そう言うと更識さんは胸を手で上げて"ゆさっ、ゆさっ"と揺らしている。
……すごい。あの大きさ、柔らかさ、そして形の良さ。どれを取っても箒に全く劣っていない。まさに二強だ、おっぱいだけに。
山田先生はプレミアム殿堂入りだからランクに入っていない。
「シッ!!!」
「い゛っっ!?」
鋭いローキックが、俺の泣き所を襲う! 鈍重な音が中にも響き、同時に絶叫したくなるほどの痛みが体中を駆け抜ける。こんなの弁慶でなくとも泣ける。
「随分と仲が良いのね?」
「今現在の状況が見えてないんですか…っ!?」
「それを踏まえた上での感想よ」
更識さんは扇子で口元を隠し上品に笑う。すごい、なんて高級感溢れる仕草なんだ。鈴なんて腹を抱えて仰け反って馬鹿笑いするのに。男子かよ。
「……」
「待て、待って鈴っ! 頭部に回し蹴りは俺じゃなくとも死ぬ!」
良くても昏倒する。どちらにしろ、保健室行きは免れない。
「あっ、自己紹介の途中でしたよね!? 俺は……」
「織斑一夏くんと、凰 鈴音さん、よね。……お約束通りの驚いた顔ありがとう織斑くん。一度受ける立場になってみたかったのよね」
「一夏、あんたも私もクラス代表なんだから、知られてて当然でしょ」
そ、そうだった。それに俺はこれでもISを動かせる男子の一人だ。世間を大いに賑わせたこともある、そこそこな有名人だった。政権交代なんかもあって一瞬で収まったけど。
「それもあるけど、私の立場もあるからね」
「つまり……?」
「ごめんなさい、実はあれで自己紹介は終わってないの。私は更識楯無、このIS学園では生徒会会長をしていて、最強の名を欲しいがままにしている者よ。ねぇ一夏君――」
その手の扇子が今一度広げられ、そこには『新規歓迎』の四文字
「――生徒会で、私と特訓してみない? もちろん、打倒檀正宗くんを目指して、ね」
更識さんはそう、妖しく笑った。
長い間放置しててすいません。
やっぱり本編放送による執筆欲ブーストは偉大だな、と実感していた次第であります。地雷認定されたのを見てしまったり、エグゼイドが完結してしまったり、なんだかんだ劇場版を見逃してしまったりと散々ではありましたが、完結ぐらいはしないと申し訳が立たないと思い、恥を忍んでの投稿と相成りました。
偉いRTA走者様は言いました。「あなたの妄想を形に出来るのは、あなたしかいないのです」と。
それに加え、オルガ・イツカ所長団長の言葉も胸にわっせわっせと頑張りたいと思います。
だからよぉ……クロノスを題材に書いてた執筆者の皆々様……
止まるんじゃねぇぞ……
次回投稿は未定です。