「ところでメイジって杖がないと魔法使えないんだっけ。ちょっとその杖見せてみなさいよ」
再び話を切り出したのはアーチャーだった。
室内の掃除は完璧に終わっていた。動揺するルイズの横で、ランサーとキャスター……主にランサーが動いていたおかげだった。
「私の失敗の原因がわかるの?」
「わかるわけないでしょ。違う世界から来た私たちは、こっちの技術なんて門外漢なんだから」
期待させておいてシレッと言ってのけるアーチャー。ちょっとだけ殺意が湧く。
「なんにせよ判断材料がもうちょっとほしいのよ。いいから貸してごらんなさい」
「……いいけど、杖には何も問題ないわよ。これまで他の杖だって試してみたけど何も変わらなかったし」
持っていた杖を手渡す。アーチャーは受け取った杖をクルクルと回しながら杖先から取っ手部分までシゲシゲと眺める。
「んー……あ、あーあー、なるほどね。肉体への負担を軽減するんだコレ。発動媒体となる外付け魔術回路……切り替えのスイッチでもあり着火材でもあるワケか。これなら回路のない人間が持っても無意味、と。へー、コレ最初に考えたのって天才ね」
「なにか分かったかアーチャー」
「なんにも。杖には問題なさそうってことだけね」
「だからそう言ったじゃないの!」
やはり馬鹿にしてるんじゃないのかと怒鳴りつけ、杖をひったくるように奪い返す。
「でもあの爆発の原因の予想くらいはできるけどね」
「ほんとに!? そういうことは早く言いなさいよアンタ!」
幻滅したような顔から一転、期待に目を輝かせる。
手のひら返しとも取れる反応。みっともないと気にする余裕がないくらいルイズは必死だった。予想だとは言え、誰も理解できなかった失敗の原因が解明されるかもしれないのだ。藁にも縋る想いだった。
「さすが。魔術師の
「こっちの仕組みに明るいわけじゃないけどね。ってゆーかアンタたちも薄々気づいてたでしょ。魔力の流れにフタがされてる状態なんだって」
「まりょく?」
聞いたことのない言葉だった。この使い魔たちは会話の中でルイズの知らない言葉を度々使うが、これは聞き流していい単語ではないような気がした。
「あんだよ、こっちにゃ魔力の概念自体が無いってのか」
ランサーが面倒そうに頭をかく。
「感覚に……いや逆か、技術に頼りすぎて力の流れを捉える感覚を忘れたのかしらね。『やればできる』ものの仕組みを解明しようとするのは
「なるほど。パソコンが簡単に手に入るなら、どうすれば電源を入れ文字をタイプできるか、そのやり方を学べばいい。わざわざ中の仕組みや電気の流れを把握するのは不要ゆえ忘れ去られた、ということですかな」
「パソコンったらあのよくわかんねーヤツか。なんでお前さん知ってんだ?」
「いやなに、以前どこかの聖杯戦争で触れる機会があったようでしてな。よく覚えてはおりませんが」
また使い魔たちがよくわからない話をする。ルイズは「ぱそこん?」と首を傾げた。
「今それは重要じゃないから忘れなさい。話を戻すけど、要するに魔力っていうのはアンタたちで言うところの魔法を使うエネルギーのことよ」
「なにそれ。私たちは精神力を消費して魔法を使ってるのよ」
ハルケギニアの常識に魔力などという言葉は存在しなかった。
授業においても魔法は精神力によって行使されるものだと習っていたし、ルイズが読み漁った文献にも全てそのように書かれていて、それ以外の力など可能性にも挙がらないものだった。
「その認識は改めたほうがいいわね。アナタたちハルケギニアの人間は私たちの知る人間とあまり変わりないみたいだし、なら私たちの知識が該当するはずよ。肉体を動かすにも体力を使うでしょ? 魔法を使うにも、肉体に対する体力に相当するエネルギーが必要なのよ」
「だからそれが精神力じゃないの」
噛みつくようにルイズ。これまでの常識を〝無知〟と覆すようなことを言われれば当然の態度だろう。
アーチャーはどこから取り出したか黒縁のメガネをかけた。妙に似合うと言うかサマになっていた。
「意志や感情に基づく精神力は、それ単体では物質界に干渉することのできないものよ。だって実態がないんだもの。極端な話、感情をモノに変えるようなものだし。だから現実世界に干渉する魔術……もとい魔法へと変換されるエネルギーは観測しづらくとも実態を持つものでなくてはならないの」
「それがまりょくだって言うの?」
「ええ。ヒトの肉体で生み出しうるもので、そういう現象に加工できる力だもの。
簡単に言うと、アナタたちは精神によって肉体に魔力を生み出すよう命令して、生み出した魔力で魔法を使っているのよ。その観測ができないまま精神を疲弊させているから「精神力を消費して魔法が発動している」と認識されて来たんでしょうね」
「……言ってることはなんとなくわかったけど、」
釈然としない。そう思った。
理解できないのではない。仮にそれが正しい知識だとして、なぜ魔法学院の教師たちもそれを知らなかったのか。
「まあ、今は単純に言葉を置き換えてるだけだと考えてくれていいわよ。重要なのは『魔法を発動するための力』の流れを把握することだから」
アーチャーが黒板になにやら描き始める。
出来上がったのはデフォルメされたルイズと何層もの壁の絵だった。壁にはそれぞれ小さな穴もある。
「で、その魔力の流れを私たちはある程度感覚的に捉えることができるの。さっきの授業を見てた私とセイバーの見解だとルイズの爆発の原因は大きく二つ。一つは魔力が大きすぎること。もう一つは魔力の流れにフタがされていることね。後者は多分貴女の系統が目覚めてないのが邪魔してるんだろうけど」
「マスターよぉ。普通のメイジってのは、どうやって自分の魔法を使うんだ?」
適当なところに腰を下ろして解説を聞いていたランサーが問いかけてくる。
「それは……お母様やお姉様が言うには、得意な系統の呪文を唱えると、体の中に何かが生まれて、それが体の中を循環する感じがするらしいわ。それがリズムになって、そのリズムが最高潮に達したとき呪文は完成するって」
「その『何か』にもうちょっと着目してほしかったわね……ちゃんと魔力の把握ができてるんじゃないの。ルイズはそういうの感じたことある?」
「体に何か生まれてるような感覚はあったけど、循環することはなかったわ。どこかでせき止められてるような──」
「しっかり捉えてるじゃない。ソレよソレ。ルイズの場合は文字通り壁にぶつかってしまって流れが止められてるのよね」
黒板に描いた絵に、ルイズから壁に向けて大きな波が流れていく様が追加される。壁を通過したところで、波は小さな穴を抜ける極小の矢印の絵に変更された。矢印の先で更に爆発が加えられた。
「最初は行き場を失ったエネルギーが暴発しているかと思ったけど、たぶん体が無理やり適した魔法のカタチに押し込もうとして、結果的に爆発に変換されてるわね」
次々と黒板に書き足されていく、ルイズから発せられる波。それが壁に到達すると矢印に変えられ、四方八方に散っていく図が出来上がっていく。
「爆発を引き起こした貴女はこれじゃいけないと力を籠めて、さらに余剰な力が穴から漏れ出して爆発に変換される悪循環になってるわ。根本的な解決じゃないけど、とりあえず力を籠めるのを抑えれば爆発の規模はグッと狭まるでしょうね」
「じゃあ、私の爆発は、才能がないんじゃなくて」
「魔術回路……魔法の才能の衰退・枯渇であるならばそもそも爆発自体が起こってない。ルイズだけなんでしょ魔法が失敗して爆発するの。つまり、それ自体が貴女には特殊な才能があるって証拠なのよ」
ルイズは呆然とした。
これまで多くのメイジが匙を投げ、長年悩まされ続けた失敗魔法。それにアッサリと答えが出てしまったのだ。それも良い方向に解釈されて。もちろんアーチャーの説明が正しい保障などなかったが、それでもルイズは一歩前に進めたと拳を握った。
「これで使えるようになれば文句はなかったけど……さすがにそれは贅沢よね」
「あら。私ならその壁に邪魔されず魔法を使えるようにしてあげられるけど?」
「うそ!? そんなことできるの!!?」
「本当よ。私たちが元いた場所では、その杖の役目を自分たちで果たす技術があったんだもの。アンタの体を通して、貴女たちの言う〝魔法〟に近い力を無理やり行使することで、その体の寝ぼけた部分を叩き起こすくらいワケないわ。ただし最初は死ぬほど痛い思いするわよ。慣れても魔法使うたびに気持ち悪い感覚はあるでしょうね。素でおすすめできないけど、それでもやる?」
「やるやる! やるわ!! どんなに痛くたっていい、魔法が使えるようになるんなら──!!」
興奮するルイズに待ったをかけたのはセイバーだった。
「ルイズ。アーチャーの言っている意味が理解できていますか?」
「え?」
「貴女たちの魔法体系には存在しないモノを与えると言っているのですよ」
その意味に敬虔な信徒でもあるルイズは気が付いた。気が付いてしまった。アーチャーの話の中には聞き逃してはいけない言葉が多数あったということに。
例えば杖の役目を果たす技術があったという話。つまり杖なしで魔法が使えた?
──先住魔法?
己の知識に沿ってそんな連想をする。
そんな単純なものでないにせよ、そうでなくとも魔力という聞いたこともなかった知識を使って魔法を起こすと言われたのだ。学院の教師たちも、魔法を使うため座学トップにまで上り詰めたルイズも知らなかった知識。つまりこの考えは、始祖ブリミルの教えに存在して「いない」ものを元にしている。
目の前が白一色に染まる。それはつまり、ルイズが16年の歳月で培った常識で言うならば、その考えは。もし仮にルイズがそれを受け入れ、その魔法に染まってしまったのなら。
──異端の謗りは免れないのではないか。
ゾッとした。
系統魔法は神と同義たる始祖がもたらした力だと信じるハルキゲニアの人間にとって、異端認定を受けるということは、自分の存在すべてが否定されることに他ならない。
しかも公爵家の自分が異端認定など受けようものならば、家族のみならず多くに迷惑がかかる。最悪お家取り潰し……とまでは家柄の関係上ならないだろうが、万が一、下手を打てばそれほどの事態になることだってあり得るのだ。
「…………ま、強制はしないから、気が向いたら言いなさいな。望むならいつでもやってあげるから」
「え……あ……私、は…………」
「そんなに悩む必要ないわよ? 単にアンタの系統が目覚めてないのが原因ってだけだから、私の手助けなしでもいつか魔法使えるようになるでしょ」
「嬢ちゃんに才能があるって確認できただけよかったじゃねーの」
「なにもショートカットする必要はありませんぞ。〝険しい丘に登るためには、なだらかな歩みが始めに必要となる〟ものであります。マスターの至る頂きが他者より高いものでありますれば、道程もまた長いものでありましょう。されど逆もまたしかり、長く苦しい道のりであればあるほどより輝く丘へと上り詰めましょう」
「貴公はずいぶんとマスターの道行きが険しく長いものであることを望んでいるようだなキャスター?」
「ギク。いや何をおっしゃいますかなセイバーよ」
「嬢ちゃんのこと、いいネタがありましたと言わんばかりに熱い目で見つめてれば誰でもわかるぜおっさん」
「予め言っておく。マスターで悲劇は書くな」
「なんと!? それは酷い! あんまりですぞセイバー!! そも吾輩から筆を取り上げて一体何が残ると申されるか!?」
「筆を置けとは言っていない。ただマスターに対し四大悲劇を顕現させようものなら我が剣をもってでも全力で阻ませてもらうだけだ」
「なんだか吾輩、最近は悲劇が書けない現界ばかりな気がいたしますな……」
想像に震える主と違って使い魔たちは平然としていた。彼らにとって、先のアーチャーの説明はなんでもないものだったのだと、嫌でも思い知らされることになった。
すなわち彼らが『異端の智慧』をもたらす者なのだということを。
ルイズは彼らにほんの少しの恐れを抱いた。
それでもルイズは使い魔たちを危険な存在だとは思わなかった。否、思いたくなかった。
初めて自分に道を示してくれた者たちだった。家族以外で、親友以外で初めてルイズを抱きしめた相手だった。そんな彼らのことを異端だと嫌悪するようなまねはしたくなかった。
精神的に幼いルイズには、どうするべきなのか答えはでない。いまは主人として使い魔たちのことをもっと知らねばならないと、漠然と思った。
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(わかったのはうちのマスターが特殊っぽいってことだけかしらね……)
アーチャーはメガネを外しながら考えていた。
自分の系統を理解しなければ上手く魔法が使えない。似たようなケースは魔術師の世界にもある。特別な属性に偏ってしまい魔術の発動自体がそれに流されてしまうパターンや、あまりに特異な魔術回路をもって生まれたために普通の魔術が上手く使えなかった魔術師もいると、この
……そこが問題だ。ルイズはすべての系統を試したと言った。あれだけ努力家の彼女のことだから、文字通り知りうる全ての術式を試したのだろう。
では、それでも目覚めない、魔法をすべて爆発へと最適化するルイズの系統とはなんなのか。
爆発と言えば、この世界の四代系統だと『火』に分類されるものと思える。だが神霊であるアーチャーとセイバーだから気づけたが、ルイズの起こした爆発は単純に火力めいたものではなく……極小規模ながら核融合に近いものではなかったか。
だとすれば、破壊に限定されるがルイズの秘めたる才能の大きさは──
やはり判断材料が乏しい。そう結論せざるをえない。
(やっぱこっちの技術もうちょっと調べないと駄目かも)
かつて人々の狼狽を眺め愉しんだ女神は、マスターのために動こうとしている自分がいることにハタと気がつく。
我ながらお人よしになったものだ。アーチャーは苦笑を浮かべた。
ゼロ魔世界はファンタジック世界観なんで、理屈の方は型月風に擦り合わせてく感じですよという話。