獅子王、ハルケギニアへ行く   作:強欲なカピバラ

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第三話 失敗魔法(前)

 自分が召喚した七人はゴーストであるらしい。

 とりあえずのルイズの認識はそんなものだった。

 

 それぞれに役割があるらしく、クラス……いわゆる役職名で互いを呼び合うのだそうだ。

 

 自称、女神だという生意気な女。常に巨大な弓(本人曰く舟)に腰かけている少女、アーチャー。恰好があまりに煽情的なので、娼婦か何かかと皮肉で問うたら何がツボにハマったのか大爆笑された。

 

 見るものすべて珍しいとばかりにフラフラとして落ち着きのない駄犬。ルイズからの叱咤を受けてばかりのいかにもな蛮族、アヴェンジャー。

 

 紳士然とした立ち居振る舞いながらどこか胡散臭い、口を開くとだいぶうるさいキャスター。いまは人間観察と称してそこらの生徒に声をかけている。

 

 槍使いだというランサー。粗野な態度が多いが貴族への対応は弁えているようなので、元は傭兵か何かだったのだろうというのがルイズの予想だ。

 

 いまだ言葉を交わしていない、街まで探索に行っているというライダーとアサシン。話を聞くところ人格者らしいので会えるのを楽しみにしていた。

 

 そして……彼らの統率役の女性騎士、セイバー。

 

 この七人がルイズの使い魔となった。

 正確には、正式な使い魔となったのはセイバーのみであり、他六人を学院側はヴァリエールの従者というカタチで迎え入れてくれた。彼らにしてみれば自分たちはセイバーと契約関係にあるという認識らしいのだが、主の主ということで召喚者であるルイズもまた主人として扱われていた。

 

 昨夜、彼らの素性などを説明してもらったが、大雑把に元戦士だとか元作家の幽霊……が、肉を得た存在だというところしか理解できなかった。聞いたことのない国や常識が彼らの説明には混じっていたので上手く呑み込めなかったのだ。

 ハルキゲニアに異世界という概念は存在していない。そのため異世界についての概要と、使い魔たちの特技などの簡単な要点だけを抑えるに終わってしまった。

 

 彼らの待遇は召喚の儀を担当したミスタ・コルベールと相談して決めたことでもあった。

 使い魔召喚は神聖な儀式。ならば召喚者であるルイズが責任をもって彼らを従えるのが当然だと言う帰結である。もちろん七人の使い魔というのは前代未聞であるので、とりあえず代表者と契約をするということに落ち着いたのだった。先に済ませてしまったことを伝えた時は、教師の前で契約を行わなかったことにちょっとばかりお小言をいただいた。

 疑うわけではないがルーンを見せてくれないかと言われた時は焦った。なにせルーンはアヴェンジャーに刻まれたのだから、嘘をつかないにしても説明がしづらかった。これはセイバーが「女の肌を晒せとおっしゃいますか?」と凄んで見せたおかげで事なきを得た。

 

 召喚の儀式をダシにして荒稼ぎしたキュルケ・ツェルプストーにも自慢した。あちらも火竜山脈のサラマンダーという希少な使い魔を召喚していたので、人と竜とでどちらが上かと喧嘩にもなった。

 この時点でルイズは非常に天狗になっていた。

 誰もやってのけたことのない人間(幽霊だが)複数人を従える功績。成績優秀者がサラマンダーや風竜の幼体を召喚したことに比べたら劣るかもしれないが、少なくともセイバーやアーチャーそれにランサーが劣っているなどルイズは微塵も思っていない。

 これで召喚したのがどこぞの田舎平民であれば嘲笑を集めていたことだろう。元の期待値が低いものだったルイズにとって、そうでないだけでも無い胸を張るには十分な成果だった。儀式直後に倒れてしまったということで陰口を叩く者や、召喚がうまくできなくて人を雇ったのだと揶揄する生徒もいたが、その手の手合いはルイズが怒りに任せるよりも先に、常に傍に在るセイバーがにらみを利かせて黙らせていた。つい沸騰しそうになった年若い主にもしっかり注意するのも忘れない、できた使い魔であった。

 そんな風に、ルイズの新学期はおおむね順調な滑り出しを見せていた。

 毎日のように馬鹿にされてきた少女からすれば、多少の陰口で済むくらいなら上々である。このままの調子が続いていれば、しばらくはルイズの鼻は高いままだっただろう。

 

 

 

 

 

 ……そう。

 最初の授業で、ルイズが実践役に指名されていなければ。

 

 

 

 

 

「ほーんと。呆れてものが言えないわね」

 

 言葉とは裏腹に楽しそうに、アーチャーが雑巾片手に埃まみれとなった窓を拭いていた。

 ルイズは応えることをせず、半壊した教室で箒を握っていた。

 

 土の魔法による錬金の授業だった。

 授業に同席したのはセイバーとアーチャーだ。ルイズの護衛として常に傍にいると宣言したセイバーと違い、アーチャーは好奇心と探求心から授業内容を聞きにきたという。狭い教室に入るためわざわざ舟から降りたのだとネチネチ言っていたが、そんなのは知ったことではないとちょっとばかり口論になった。やはりこれもセイバーが止めた。

 そんな寸劇があっただけで特に問題は発生しなかった。普通に授業は進行し、普通に実技の段階で生徒が指名され、それが偶々ルイズであり、皆が止める中でルイズは錬金を発動させ──いつもの失敗をして、そして今に至る。

 ルイズが引き起こした爆発によって内装はメチャクチャになっていた。セイバーは応援として他の者たちを呼んだが、アヴェンジャーは面倒くさいと逃げ出したのか、いつの間にやら消えていた。あとでお仕置きコースである。

 すべて私たちがやりましょう。と主を気遣うセイバーの言葉に何の反応も返すことができないまま、ルイズは黙々と掃除を進めていた。キャスター、ランサーらは机を運んでいた。

 

「むう。肉体労働など作家系キャスターの仕事ではないのですが」

「か弱い女神が力仕事してんだから文句言ってんじゃないわよ」

「お前はそれなりに筋力あるだろーがアーチャー。筋力Dの赤いのが文句言いに飛んでくるぞ」

 

 キャスターが呟き、アーチャーがそれを拾う。聞いていたランサーが合いの手を入れる。

 

「あら、会いたいのランサー?」

「言葉のアヤだっての。あんな面倒くせえヤロウとやり合うなんざ二度とごめんだ」

「そ。じゃ期待に応えてあげなさいよキャスター。貴方の宝具って昔の知り合いを再現できるんでしょ?」

「おお、我が舞台をご所望ですかな! 〝愛が病み衰えるときは、大げさな儀礼がなされるものだ。平明率直な友情には技巧など必要はない〟それでは皆様ご照覧あれ。『開演の刻は(ファー)……』」

「するな! あのヤロウの精神攻撃とか嫌がらせすぎるだろうが!」

 

 使い魔たちはよくわからないことを言ってじゃれ合っていた。今のルイズにはそんなことはどうでもいいことだった。

 

「ってかよ、詳しく聞いてねんだが、なんでマスターが片付けさせられてんだ?」

「ルイズがへっぽこだったからよ。ほんとう呆れるわ。なんだって私が無能の後始末をつけなければならないのかしら」

 

 聞こえてくる会話に、ルイズは肩を震わせた。

 

 無能──

 それはルイズの胸に最も突き刺さる言葉。

 

 ゼロのルイズ。

 魔法成功率『ゼロ』の落ちこぼれ。それが彼女に与えられた二つ名だったのに。

 どうして勘違いしてしまったのだろう。

 どこかで自惚れがあった。

 どこかで、必ず成功するという余裕があった。

 だって使い魔はこんなに素晴らしい者たちを召喚できたのだ。召喚はこれ以上ないカタチで成功したのだから、魔法が失敗したら嘘だろう。もう自分はゼロじゃないはずだ。これからはちゃんと、魔法が使えるはずだ──

 心の中の何かがガラガラと崩れていく音がする。崩れて壊れてグチャグチャにかき乱れ、もう自分が悲しんでるのか恥じているのか、怒っているのか落ち込んでいるのかさえわからない。

 

 ここハルケギニア大陸において魔法の使えない貴族などいない。没落した家もあるし、跡継ぎ以外が野に下ったケースもあるので、必ずしも魔法を使える者すべてが貴族ということはないが、貴族ならば魔法が使えるのが常識だ。

 魔法とは偉大なりし始祖ブリミルがもたらしたもの。貴族は魔法の恩恵を民にもたらすもの。魔法をもって平民たちを導いてきたのだ。ゆえに貴族たちは魔法使い(メイジ)である証を立てなければならない。なのに、ルイズ一人がこの様だ。誰しもが大なり小なり持っていて当たり前の力を使う中で、彼女一人がそれを使えない。容姿が母親の若い頃に生き写しでなかったら、拾われたか貰い子だと使用人たちが噂するのを否定できなかったかもしれない。

 自分だけ、無能。

 使い魔が素晴らしいからこそ余計自分に嫌気がさす。

 何が神聖で美しく、そして強力な使い魔よ我が導きに応えよ、だ。召喚の時の口上が滑稽に思えてくる。確かに望み通りの使い魔を召喚したのだろうが、それを使役する立場の自分はいったいなんなのか。まるで釣り合いが取れていないではないか。

 どうしようもない使い魔だったら当たり散らせた。下賎な相手だったら怒鳴りつけることもできた。だけどここに至るまで彼らに欠点らしい欠点は見当たらない。強いて言えばアヴェンジャーだけが格落ちだが、彼という汚点を差し引いてもお釣りが来るほどに完璧な使い魔たちだ。主だけが出来損ないだという事実に、ルイズは心底から打ちのめされていた。

 

「ねえルイズ。貴女、この学園はふさわしくないんじゃない? 言いたくないけど、通う意味がないわよ」

 

 アーチャーが告げる残酷な真実。わなわなと震える主の小さな肩に手を置き、セイバーが反論をする。

 

「アーチャー、言い過ぎだ。その地にはその地の秩序(ルール)がある。貴女の言いたいことはわからなくもないが、異邦人たる我々が口を出していい話ではない」

「あら貴女だって同意見でしょうセイバー? ルイズのへっぽこさ加減をどうにも矯正できないんじゃあ時間の無駄でしょ」

 

 セイバーの言葉は何もフォローになっていないどころか追い打ちだ。アーチャーを諌める以外に意味を持たない言葉の羅列は、ルイズの心に暗いモノを落とした。せっかく召喚をした使い魔たちにも散々たる様を見せてしまい、完全に呆れられてしまっている。そう、思い込んでしまうのも無理からぬ話である。

 

「……なによ文句あるの。いいえ、あるんでしょうね。こんな、魔法もまともに使えない〝無能〟に召喚されて、不満がないわけないものね」

 

 強い口調に使い魔たちの視線が集まる。

 頭に血が上ったルイズの顔は朱に染まっていた。

 

「ええそうよ。私、失敗ばかりの魔法成功率『ゼロ』よ。いつも爆発が起こるだけ……。まともに魔法を成功させたこともない、出来損ないよ」

「ですがルイズ、貴女はまだ学生の身の上だ。失敗など、あって当たり前のことではありませんか? それに召喚の儀式は成功させているではないですか」

 

 セイバーの慰めめいた言葉は疑心にかられたルイズに届かない。どうせ心中では馬鹿にしているくせに。そんな想いばかりが先立つ。なまじセイバーが主を立てる騎士だったからこそ、そのように誤解してしまった。

 

「他のみんな一度で成功させる中、何度も挑戦してやっとね。何度も何度も失敗した。何度も何度も努力した。何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も!! 私は! 普通に魔法を成功させたことなんて一回もない……っ!!」

 

 話しているうちに激情が抑えられなくなった。ルイズは手にもった箒を力いっぱい握りしめ、家族相手にすら吐露したことのない弱音を吐き出していた。この場にいる使い魔たちは、皆黙って召喚主の言葉を聞いている。

 

「失敗の原因なんて誰にも何もわからなかった……! みんな才能がない、落ちこぼれと嗤うだけ! 召喚だって何かの間違いだったかもしれない……ううん、きっとそうなのよ……!! 少なくとも貴方たちはそう思ってるでしょうね! しょせん私はゼロなんだから、使い魔なんて召喚できるはずがなかったんだ……!!」

 

 悲痛なる絶叫。本来は内気だった少女は、心に巣食った闇によって歪められていた。

 自信の喪失。度重なる自己嫌悪。無様な姿は見せまいと決意して接していたはずの使い魔たちに自己否定をぶつける、完全な八つ当たり。これで本格的に見捨てられたかもしれない。だがもう、蔑まれることに耐えられなかった。下手に気を使われるくらいなら独りになったほうがいい。

 捨て鉢に叫ぶルイズを見て、ハァ、とため息をついたのはアーチャーだった。

 

「これちょっと重症ねえ。あれを単純に失敗だと思ってるだなんて。まったくもう、これだから無能が教育者なんてやるべきじゃないのよ。教師も生徒もルイズほどの才能を前にして、慄くでも忌避するでもなく見下すだけって何考えてるのかしら」

「仕方ないことだ。その地の基準がある以上、マスターがどれだけの才を秘めているとしても評価されずに終わる場合もあるだろう」

 

「…………え?」

 

 アーチャーとセイバーの言葉に激情が収まる。

 二人の会話の意味がわからなかった。まるで、アーチャーの言う無能とは、自分でなく学院の者たちに対する批評であるかのような──

 

「騎士として主の名誉を不当に貶める者たちに怒りはわかないのかしら?」

「ないと言えば嘘にはなる。だが現状のルイズは潜在能力の高さを示しているにすぎず、然るべき結果を出せなかったことは事実。である以上、この罰則が彼らの指導方針であるなら言えることは何もない」

「こんなの指導って言わないでしょ。やったことの片づけなんて当然だし。ルイズのは不注意や不真面目のミスでなく明らかな気負いすぎなんだから、力をコントロールする(すべ)を教えなきゃ意味ないじゃないの。理解できないものをただ理解できないものとして処理してるから無能って言ってるのよ私は」

「アーチャー、貴女も理解しているだろう。何の準備もなくその文化(ちしき)を誤りと指摘するのは、ただ(いたずら)に彼らの誇りを傷つけ、ルイズの立場を悪くするだけとわかっているからこそ──」

 

「あ、あの!!」

 

 白熱する二人に割って入る。

 ルイズは使い魔たちが何を言っているのか理解ができなかった。沸騰していた頭は困惑に取って代わられた。

 自分のことを罵っているのだと思った。だが違った。二人は、教師や生徒にこそ問題があり、自分は強い力を持っていると言っている。信じられなかった。

 

「あなたたち、私が魔法を失敗したこと……どう思ってるの?」

「どう?」

「どう、とは?」

「な、情けない主人だとか、普通のこともできない落ちこぼれだとか……」

「そんなの何回も言ってるじゃない。へっぽこよ、へっぽこ」

「う、うるさいわね!」

 

 自己分析でわかっていることもストレートに言われるとそれはそれで腹が立った。

 

「でもそのへっぽこさは教育者に恵まれていないせいよ。原石はしょせん原石。宝石のように輝くなら研磨しなくちゃいけない。磨き方を教えられる人間がいなかったんなら石を蔑んでも仕方ないわ」

「で、でも言ったでしょ! 私だけ普通と違うんだって……! 普通にみんなと同じ教えを受けて、私だけが失敗続きだったのよ? だから……」

「だから無能だってのよ。無知の罪はもちろんルイズのものだけれど、克服はできる。なのに指導者の立場にある者が何も出来ずその機会を奪い続けたんなら、それはもう悪と呼べるものでしょうよ」

 

 アーチャーの目には想像していたような冷たさはなかった。ただ純粋にルイズを見極めようとするだけで、失敗を理由に見下すつもりなどないのが見て取れた。そんな風に失敗魔法を通さずに見られたのは初めてのことだった。

 

「ルイズ、貴女の失敗魔法は決して意味のないものではありません。私たちはそこに貴女の才を見ました。自らを蔑む必要など無いのです」

 

 セイバーが己の主を正面から見据える。

 

「大丈夫。私はたしかに貴女の声を聴いてここにやって来たのですから。この出会いは間違いなんかじゃありません」

 

 あなたの魔法に間違いなんてないのだとセイバーは言った。失敗だらけの魔法モドキを嗤うでも貶すでもなく、ただ主を信じての発言だった。

 

 〝大丈夫ですルイズ。アナタの魔法にはきっと意味がありますよ──〟

 

 一度だけ、友人に失敗ばかりだと涙を零した時に言われたことを思い出す。セイバーの言葉はいつも幼馴染みを彷彿とさせる。

 ……もう少しだけ使い魔たちの言葉を信じよう。ルイズは思った。

 













落として、上げる。がやりたかっただけの回。

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