獅子王、ハルケギニアへ行く   作:強欲なカピバラ

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第二話 始めの一歩

 ルイズは自室のベッドの上で目を覚ました。

 既に夜中だということに気がつき、目をこすって天蓋を見上げた。

 

「……なんで私、横になってるんだっけ……」

 

 どうも意識がハッキリとしない。寝起きはあまりよくないほうだから仕方ない。

 さっきまで昼だった気がするのに、なぜ自分の部屋で眠っていたのか判然としない。何か大切な出来事があった気がして眉根を寄せて記憶を呼び起こす。

 徐々に頭が覚醒すると共に今日の出来事が少しづつ脳内再生させれいく。

 

「んー………………っっ!! そうだ! 私の使い魔!!」

 

 ガバッと勢いよく体を起こした。

 そうだ、儀式の途中で倒れてしまったのだ。使い魔召喚の儀はどうなったのか。いったい、自分の扱いはどうなっているのか。ルイズは焦った。

 

「目を覚まされましたか。マスター」

 

 その凛とした声に心臓が跳ね上がるほどに驚いた。慌ててそちらを向くと、そこには貴族のような服を着た女性──両の瞳は金色の輝きを湛えている──がいた。

 

「と、う、うぇぇ!? ア、アンタ誰よ!?」

「失礼しました」

 

 すっと屈んで、ベッドの中のルイズに視線を合わせるよう、女性は居住まいを正す。

 つい、その美しさに見惚れてしまう。

 公爵家の娘として、式典などでの騎士の礼儀作法を見たことは少なからずあった。それと比べてもその所作は見事なもので、知らぬうちに溜め息をついてしまうほどのものだった。

 

「貴女の声に応え、使い魔(サーヴァント)となるべく馳せ参じました。私のことはセイバーとお呼びください」

 

 ……しばし思考が停止する。やがてゆっくりと騎士の言葉を反芻し、噛み砕いていく。

 

 ──馳せ参じた? 使い魔になるべく? 誰の? 私の? ああそうだ、そう言えば召喚したんだった。誰を? この人を? たぶん、そうだ。甲冑とか脱いでるけど、あの獅子面の騎士? 輝くような美しさだけは覚えている。デカイ。じゃあやっぱり? そうだ、きっとそう。召喚は成功した。やっと、やっとゼロと呼ばれ続けた自分が、魔法を成功させた──

 

「いやっっ……たぁー!」

 

 ばんざーい! と両手を上げた。

 やっと、やっと魔法が成功したのだ。しかもこんなに美しい女性を呼び出した。願った通りの、自分にふさわしい高貴な使い魔を──

 

 ……使い、魔?

 

「その……、ええっと……セイバー?」

「はい」

「え、そう。変な名前ね……あの、おかしなこと聞くけどアナタ、人間?」

 

 って言うか貴族? と伏し目がちに訊ねてみる。

 まさか使い魔召喚の儀式で人間を呼び出すなど考えもしなかったのだ。というか、人間の使い魔など聞いたことがない。見た目はヒトに見えるが実は亜人だったりするのかもしれないと聞いてみるものの、恐らくその可能性は低い。

 一番の懸念は、セイバーが纏う雰囲気が貴族を越えて王族のソレに似ているということだ。騎士、ということは恐らくメイジ。平民が騎士の位についたとはこの気品からは考えづらい。よもやどこか遠い国の王族を呼び出したんではなかろうかと恐ろしい想像をしてしまった。頭に外交問題という言葉がよぎる。

 

「マスターが疑問に思うのも仕方ありません。人間が使い魔として召喚されるなど前代未聞の出来事であると聞きました」

「聞いたって、だれに?」

「教官のジャンにです。召喚の儀式がどのようなものか、すでに詳しい説明も受けています」

 

 ジャンて誰だ? と一瞬悩むも、そう言えば召喚の儀に立ち会ったミスタ・コルベールのファーストネームだったかとすぐに思い出す。

 そう言えば呼び出すことを成功させたまではいいが契約も済ませていない状況だった。さすがに進退は保留状態であって留年決定ということは無いと信じたいが、短気なルイズはすぐに確認に行こうとする。

 

「召喚を成功させたことはジャンとご学友が確認しています。あとは使い魔契約の手順さえ終えれば進級は認められるとお墨付きも頂いています」

「そ、そうなの。よかった……」

「ええ。貴女が倒れてしまったのは強力にすぎる召喚を行った影響です。いかに召喚者に見合った者が呼び出されるとはいえ、ランダム性の強い術式でその状況になったのなら、マスターに責任はありません」

 

 上げかけた腰をベッドに降ろした。少しみっともないところを見せてしまったかとちょっとばかり後悔。公爵家の令嬢としては恥ずかしい粗相をしてしまった。

 

「まず、貴女が気にしていた我々の種族ですが、人間で間違いありません。正確には元、とつきますが」

「元?」

「我々は既に死した過去の存在……いわゆるゴーストと呼ばれるものと考えていただければよろしいかと」

「はぁ!? ゴーストって、幽霊!?」

 

 真顔で言い出されてつい声を荒げる。冗談を言っているようには見えないが、それにしたって信じられない。

 ジッと真剣な目でこちらを見つめてくるセイバーに──綺麗な人なので、少し照れる──近づいて、無遠慮かなと思いながらも手に触れてみる。

 

「足もあるし、体にも触れるじゃない。そんなこと言われたって信じられないわよ」

 

 もしかしたら爆発に巻き込んでしまって、死んだものと誤解させてるんだろうか。まさか自分が原因で頭でも強く打ったのでは。

 

「ははは、マスターはセイバーの言をお疑いですかな? それも無理はありますまいが」

 

 耳に馴染みのない男性の声がする。ルイズは驚きに飛び上がりそうになりながらもそちらを見る。なんだかビックリしてばかりな気がする。

 そこには二人の男がいた。

 手に本を持ったダンディな胡散臭い男と、戦人のイメージが強い全体的に青い男。どこかで見たような気がしたが、こんな知り合いがいた覚えはない。

 

「しかしながらご安心を。主を騙すような不誠実なまねをセイバーはいたしませんからな。なにを隠しましょう、セイバーこそは──」

「ちょっとアンタたちどこから入ったのよ! ここは男子禁制の女子療よ!?」

「あ? どこって、ついさっきそこの窓からだよ。そこしかねーだろ」

「おお、失礼いたしました。吾輩はキャスター、しがない作家にございます。あなたのしもべたるセイバーの配下というか、言わば付き添いですな。従者の従者もまた己のしもべと考えていただいて結構ですぞ。お近づきのしるしに、後で直筆の詩を送らせていただきましょう。

 あ、ちなみに吾輩は先ほどから机をお借りして執筆活動をさせていただいておりましたぞ。むろん疲労困憊のマスターを起こすわけにはいきませんので、気づかれぬよう最大の配慮をいたしましたが」

 

 大仰な態度で一礼してみせるキャスターを名乗る男。芝居がかった口調は歌劇の演者か何かのよう。

 青い男はあっさりと非常識な答えを返してくるしで、ルイズは呆気にとられるばかりである。その隙にセイバーは彼らと向き合っていた。

 

「どうだランサー。首尾の方は」

「ちょいと拍子抜けしたっつーのが正直なとこだな。魔術師の名門なんて言うんで期待したんだが、この学園に通ってるのは術も心も未熟な雛鳥ばかりときたもんだ。ザッと周って見たが周辺にゃさしたる脅威もない。少し先の森には魔物やら確認できたけどよ、サーヴァントの敵になるようなのはとりあえずいねえな。

 ま、しばらくは様子見だな。いまアサシンのねーちゃんとライダーのおっさんが街の方まで足を運んでるが、情報収集と合わせて戻るのは明日になるだろうぜ」

「そうか、では引き続き周辺を頼む。貴公ほどの英霊には退屈だろうが」

「請け負った仕事くらいはキッチリ果たすっての。なんせ異世界だ。こっちも初っ端から好き勝手できるとは期待してなんざいねえよ」

 

 話を終えたらしく、青年はキャスターを脇にどけて再びルイズに目を向けた。

 

「名乗るのが遅れて悪かった。オレのことはランサーとでも呼んでくれや。槍にはちょいと自信がある。立場上はセイバーの食客ってことになるが、扱いとしちゃメイジ(アンタ)を護衛する使い魔ってことで異論は特にないぜ」

 

 ルイズはここでようやく広場で召喚した者がひとりではなかったことを思い出した。セイバーを含めて数はたしか七人。その中に、今この場にいる二人の男たちもいたのだった。

 なぜ一人一体の使い魔を複数召喚してしまったのか。座学はトップ成績のルイズでも聞いたことのない事態に今更ながら混乱していた。そのためにランサーの態度が貴族に対するそれでないことを気づいていながらスルーしてしまった。……彼の人柄なのか、そんな態度でも不思議と不快に感じなかったというのも大きい。

 

 一方、キャスターはと言えばセイバーに叱られていた。

 

「キャスター、あまりマスターを困らせるな。執筆も夜だから許すが、日が昇ったなら貴公も与えられた役目を果たすがいい」

「英国紳士といたしましては、まさかまさか貴女様に逆らうなど出来ようはずもありますまい。しかしながらセイバー、しょせん物書きである吾輩に間諜の如き役目は不適切であることをお忘れなく」

「ああ。だが異郷の地で頼れる味方もいない以上、すべきことは我々で手分けするしかあるまい」

 

 セイバーは窓の外に視線を移す。

 釣られてそちらを見るルイズ。見えるものは学院を照らす青と赤の双つの月。ハルケギニアに生きる者にとって当たり前の光景だった。

 

「それにこれは、()()の作家としての観察眼を見込んでのものだ。ここの景色、この学院に集う者を情緒的に観るということに関しては貴方がもっとも信頼がおけると踏んだ。

 ブリテン島が誇る詩人よ。どうかその慧眼を貸してほしい」

「……っ!」

 

 晴れやかな笑みを浮かべるキャスターの肩が僅かに震えたのをルイズは見た。

 

「ははははは!! 〝この世は舞台、男も女もみな役者である〟ああ、まことその通り! よもや我らが大英霊からお褒めの言葉を賜る日がきましょうとは! よろしいでしょう赤き竜よ。貴女のご期待に必ずやお応えいたしましょう!」

「もういいか? んじゃ、オレは行くぜ」

 

 笑い続けるキャスターを置いて、ランサーはバク転の要領で窓を抜け、部屋の外へ飛び出していった。

 

 ルイズはここまでの流れをポカンとした顔で見送ってしまった。開いた口が塞がらない。まさに台風一過、どこからツッコんでいけばいいのか見当もつかない。

 いやいやこのくらいは許容しなければ、と自分を納得させる。ゴーストだ、などと無茶苦茶なことを言い出す者たちだ。この程度の無礼やトンデモくらい流さなければ身がもたない気がする。

 大きく深呼吸。そうだ、せっかく予想外の使い魔を召喚したんだから、細かいことは置いておこう。今は他に訊ねるべきことが沢山ある。

 

「ねえ。私が召喚した他の……アナタの仲間たちはどこにいるの?」

 

 他の使い魔、と言いかけたのを修正する。まだ契約を果たしていないのに使い魔と呼ぶのは躊躇われた。

 

「いえ、彼らは周囲の探索と防衛の準備を行っています。我々は、あなた方からすれば遠き地よりやって来た異邦の者。この地に詳しい者はおろか信頼できる協力者もいないので、自らの足を使うしかありませんでした。マスターの安全確保のためとは言え勝手な行動を取ったこと、なにとぞご容赦を」

「あ、そ、そう。ならいいのよ。謝らないで」

 

 頭を下げるセイバーにルイズは少し慌てる。

 彼らは彼らなりに使い魔としての役割を果たすべく尽力してくれているらしい。それはそれでうれしいが、命令も無しに動かれてはどうにも身の置き場がないように感じられてよろしくない。これでは自分がいる意味が──

 ぶんぶんと首を振って頭を切り替える。普通に考えたらトンデモない当たりなのだ。

 さっきのキャスターも自分を主と呼んだ。ランサーも使い魔として扱えと言った。使い魔となることを受け入れているように思える。ルイズとしては願ったりかなったりだ。

 ……だが、本当にいいのだろうか。

 

「じゃあアナタがゴーストだって信じるなら……使い魔になっても、何かその、外交とか、そういう問題になることはないのね?」

「ええ。細かいところは省きましたが、ジャンにもそういった問題が発生することはない伝えてありますので、その件で追及が来ることはありません」

「……アナタはそれでいいの? 身分ありそうなのに私の使い魔になるだなんて……」

「ルイズ。私は使い魔となることを承知で召喚に応じました。そこに私の以前の立場だとか、そういったものは関わる余地がありません。どうか御身が望む通りにしてほしい」

 

 セイバーも使い魔として扱ってほしいのだとハッキリ言う。であらば本格的に主従の契りを果たして立場を明確にさせておくべきか。相手のほうがここまで潔いと抵抗も薄れるというもので、ルイズは自身も覚悟を決めることにした。

 ンン゛、とひとつ咳払い。すっかり忘れ去っていた威厳を纏う。本人は纏ったつもりである。なにも取り繕えていないけれど。

 

「それじゃあ使い魔契約をしたいんだけど、いいわね?」

「ハイ。すでにパスは繋がれていますが、マスターがそれを望むならば」

「おっと、コントラクト・サーヴァントというヤツですな。吾輩、非常に興味がありますゆえ、ここでマスターのお手並みを拝見させていただきましょう」

 

 少し緊張してしまう。もしも失敗などしたらどうしようか。不安を訴える心に無理やり蓋をして呼吸を整える。凝視する見物人がちょっとうっとおしいが、陰口叩く生徒たちの前でやるのに比べたら幾分マシだと視線を無視するよう努める。

 目を瞑って手に持った小さな杖を振り始めた。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の「使い魔」となせ」

 

 呪文を唱えてから額に杖を置き、ゆっくり顔を近付け……やはりすごい美人なので気おくれしてしまった。これから自分がすることを意識してしまうと顔が熱くなっていくのを感じる。このままでは固まって動けなくなりそうだ。ええい、ままよと勢いで口づけをし、全く動じていないセイバーから顔を離した。

 これで使い魔契約のルーンが騎士に刻まれるはずだ。

 ……はずなのに、しかし何の変化も現れることはなく──

 

『ぅあぢいいいいいいいい!!?』

 

 屋根の上から声が聞こえてきた。

 

『ちょおおおおお!? なんだこれ! いて、いてててあつ、あついてえええええ!!』

 

「……アーチャー、アヴェンジャーを連れてきてはくれないか」

 

 ゴロゴロと屋根を何かが転げまわる音と、絶叫が響いてくる。眉間に皺をよせてため息をついて、セイバーはここにいない誰かに声をかける。

 何がなんやらわからないルイズの前に二人の人物が現れた。窓から。

 

「ハーイ。ご注文の品、お届けに参りましたー」

「もうちょい優しく運んでくれてもいいんじゃないですかねえ」

 

 一人はにこやかに笑う華やかな美少女だった。金糸の衣を着て、宙を浮遊する巨大な弓に跨っている。驚くことに疲れていたルイズもこれにはギョっとした。

 もう一人は真っ黒な肌の少年。体中には気味の悪い文様が描かれていた。少年は片腕を掴まれてぶら下がっていた。それを為す少女の筋力もまた気になるところである。細いようで案外力持ちなのか。

 

「あらマスター起きてたの。思ってたより早いじゃない。望み薄かと思ったけど、これはけっこう将来性アリかしら」

 

 少女は少年を「えいやっ」と文字通り室内に放り込むと、巨大な弓を窓の外に停泊?させて自分も入室する。窓が完全に出入り口扱いである。

 

 騒ぎを聞きつけたか廊下の外がざわついていた。屋根の上から男の声が聞こえたのだから当然か。だがすぐに収まった。どうやら隣人がまた男を連れ込もうとして問題を起こしたものと思われたらしい。持つべきものは淫らな宿敵か。

 

「さすがに看過できないぞアヴェンジャー。学生寮であのように騒いで、大事にでもするつもりか」

「仕方ねえだろ! なんか熱いわ変なもんが浮き出てくるわ、不意打ちすぎて大変だったんだよ!」

 

 ほらぁ! と自分の胸を指さして見せる黒い少年。全身を埋め尽くした模様の上にハルケギニアのルーン文字が浮かび上がっていた。

 

「ってかアンタの仕業だろセイバー。アンタから力が流れてきたと思ったらこうなったんだぞ」

「マスター、彼の胸の文字について覚えはありますか?」

「聞けよテメェ」

「え……っと、それ、たぶん使い魔のルーンよ。見たことないカタチだけど、間違いないと思う。メイジと契約した使い魔は体にルーンが浮かぶものだけど……」

 

 なぜ少年の胸にルーンが刻まれているかわからなかった。誰かの使い魔にでもなったのか?

 いや、絶叫で流してしまっていたが、そんなどうでもいいことよりもどうしてセイバーには使い魔のルーンが刻まれないのだろうか。そっちの方が重大だ。すわ失敗かと落ち込みかけた時、今度は少女が口を開く。

 

「ちょうどマスターとその契約をしている最中だったわけ?」

「ああ。恐らくはアーチャーが考えている通りだろう」

「ほう? お二方にはこの現象がおわかりで?」

「つまりセイバーに宿るはずだったものが、アベンジャーに流れてしまったのね」

「私の対魔力か変則的ながら重複契約となってしまったことに起因するのか、意識していなかったので原因はわからないが」

「ああん? つまりアレか、お嬢ちゃんの使い魔の証ってやつがオレについちまったってことかよ」

 

 うへぇ落ちねえぞこれぇ、と情けない声を出しながら、外したバンダナで少年が胸のルーンをこする。

 

「全身ボディペイントみたいな恰好のくせに今更なに気にしてんのよ」

「どこぞの金ぴかやケルトと一緒にするんじゃねえ。なんかヤな雰囲気するんだよコイツ」

「気になるようなら後で封印でもしておくがいい。キャスター……はアテにならないな。アーチャー、あとで処置を。ライダーの手を借りてもいい」

「おお、本人を前にしてこれは手厳しい。事実ですがね!」

「いいけど、そこまで上手くいくかわかんないわよ。私、どっちかって言えばそういうのブチ破る側だし」

 

 話を進めていく使い魔たち。

 ルイズは頭を抱えて叫んだ。

 

「ちょっと待ちなさいよ! それじゃあなに、使い魔をみんなに見せるとき、コイツを紹介しなくちゃいけないわけ!?」

 

 せっかく凛々しく美しい使い魔を得たのに、こんな蛮族丸出しの少年に自分の使い魔の証が刻まれてしまった。これではセイバーと契約したと言い張っても疑いの眼差しで見られかねない。

 彼女と契約ができなかったから蛮族相手で妥協したなどと揶揄されてしまうのではないか。これまで散々馬鹿にされてきたので、そんな想像をしてしまう。

 

「さっきからなんなのよワケわかんないことばっかりで! 私を置いてけぼりにしないでよ!」

 

 もうルイズの処理能力は限界だった。

 意味の分からない会話。全く自分が主導権を握れていないこの状況。悪意あってのものでないことはわかっているが、寝起きで上手く働かない頭は、目まぐるしく変わる室内の空気についていけない。新たに現れた二人にだって、空飛ぶ弓が一体どんなマジックアイテムであるかとか、少年は一体どこの部族なのかとか色んな疑問もあったのだが、もはやそれどころではなかった。

 もともと沸点は低い方なのだ。普段ならば既に当り散らしていた。ヴァリエール三女の日常を知る者なら、むしろここまでよくもった方だと評価するかもしれない。

 少年は迷惑そうな顔になり、キャスターは楽しげ、バツが悪そうだったのは美少女だけ。

 ルイズは周りに無視されるということを嫌う。ただでさえ常日頃から周りに馬鹿にされている分、他者に「軽んじられる」ということには敏感だった。平時であらば気にも留めないフリをするが、せっかく召喚できた使い魔と話が通じないなど我慢できるものでなかった。

 お前などいなくとも構わない──そう言われているような気分になるのだ。ひねくれた捉え方だという自覚はある。

 目元には涙が滲みだしていた。威厳をもって使い魔と接しようと決めていたのも頭からすっ飛んで、メイジでも貴族でもない、他人より悩み多き16歳の彼女の素が顔を見せ始めていた。

 

 ──頭を誰かに抱きしめられた。

 

「申し訳ありませんマスター。私たちにも未知の事柄が多かったので浮かれていたようです。配慮が足りていなかった」

 

 いきなり主人の頭を抱いた犯人はセイバーだった。割れ物を扱うような優しい手つきで、あやすようにルイズの髪をなでる。

 豊満な胸に顔が(うず)まって、むきゅうと変な声が出る。

 

(なんだかちぃ姉さまに抱きしめられてるみたい……)

 

 脳裏を掠めるのは二番目の姉と過ごした記憶。姉の慈愛と、いま向けられている慈しみが何となく重なって感じられた。そのためかスタイルへのコンプレックスが刺激されることはなく、安らいだ気持ちになる。

 

「落ち着きましたか?」

「……ちょっとだけ」

「では改めましてルイズ。私と、そして彼ら。それが貴女が召喚した者です。あと二人いますが追々紹介いたします。

 今日この日より私たちが貴女の剣となり盾となる──貴女にはご迷惑をおかけするかもしれませんが、これから、よろしくお願いします」

 

 腕の中の主人の顔を覗き込んで、薄く微笑んでみせる騎士。表情から思い遣る気持ちが伝わってきた。どこか、幼少期から大人びた雰囲気を纏っていた幼馴染みを思い起こさせる穏やかな笑みだった。

 

 たったそれだけのことであったが──ああ、この人を呼べてよかったと損得抜きに思えた。

 

「わかったわよ……」

 

 感情が表に出ないよう、照れ隠しでそっぽを向く。

 

「それじゃあ、まずは私が満足するまでアンタたちのことを聞かせてもらうからね! って言うかそっちの二人! まだ私、名前も何も聞かされてないんだけど!」

 

 なんだかもう吹っ切れた。とりあえずさっきから湧き上がる疑問をぶつけまくることにする。

 自己紹介の後、男は出て行けとアヴェンジャーとついでに隅にいたキャスターを部屋から追い出して、再び眠りに落ちるまでセイバーアーチャーと女同士の雑談(ガールズトーク)に花を咲かせるのだった。

 














会話させだすと止めどころがわからないままめっちゃ長くなるなった。

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