獅子王、ハルケギニアへ行く   作:強欲なカピバラ

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第一話 召喚の儀式

「ふざけるなゼロのルイズー!」

「失敗するならまだしもこっちにまで迷惑かけてんじゃねえー!」

 

 広場に飛び交う怒号。

 トリステイン魔法学院で学ぶ生徒たちの怒りの声がそこかしこから聞こえてくる。

 この場にいる大多数の者は憤慨した様子で、一部の者は呆れ顔で、元凶となる少女に野次を飛ばしている。

 

 対象となる渦中の人物──ルイズ・フランソワーズは動かずまっすぐ前を見つめていた。

 

 魔法学院の落ちこぼれたる彼女は、『魔法』学院に所属していながら、一度も魔法を成功させたことのない生徒だった。

 ここトリステイン王国において貴族とは魔法を使う者(メイジ)であり、その素質は血統にのみ宿るとされている。ルイズはトリステインを代表する公爵家の生まれ──王室の血を引くヴァリエールの三女である。この国で最も由緒正しい名家の生まれ。ハルケギニアの常識で言えばこの上ない才覚を有していてもおかしくない。

 なのに、魔法の成功率はゼロ。何度やっても本来の効果ではない爆発を引き起こすのみ。

 つけられた二つ名は『ゼロ』のルイズ。

 貴族の家に在りながら、貴族の証である魔法が使えない面汚し。

 今回の必須授業、使い魔召喚の儀も失敗に終わるだろうと誰しもが思っていた。ルイズ自身、表には出さないものの不安と恐怖でいっぱいだった。

 いくら練習を積んでも上手くいかないのだから、失敗を恐れるなというほうが無理だ。

 これまで何度枕を濡らしたか、何度唇を噛んだか数えきれない。できることならば逃げ出してしまいたかった。

 

 それでもと臨んだ召喚の儀式。

 メイジとしてやっていくためには使い魔は不可欠であり、この儀式には進級すらかかっている。ただでさえ実技の成績が芳しくない彼女では、やり遂げなければ落第や退学といった措置は避けえず、どこにも逃げ場は用意されていない。なによりも高いプライドを持つ彼女には、出来ないからと言って背を向けることは選択肢になかった。

 普通のメイジには軽く行えることも満足にこなせないルイズにとって、今回の儀式は戦地に向かうも同じくらいの一大事。気分は必勝を命ぜられ死地に赴く兵隊も同然だ。

 結果は予想された通りの大爆発。魔法を成功させたことのない少女は、皆の期待を裏切ることなく同じことを繰り返した。

 もう一度、今度こそはと、担当の教官に頭を下げ続け、そのたびに失敗を積み重ねた。

 

(このままで終われるもんですか……! 私は、絶対に立派な貴族になるって誓ったんだから……!!)

 

 思い返すのは幼い頃に友人と交わした大切な約束。

 かならず公爵家に相応しい素晴らしいメイジとなって現トリステイン()()の力となる。ルイズの努力の源流にあるものがプライドなら、今その誇りを支えるのは誓いだった。

 であればこんなところで諦めるわけにはいかない。この学院を追い出されることになれば後は政略結婚の道具となる道しか残っていない。それでは約束を果たすも何もない。

 

 もはや両手では数え切れない回数の挑戦を終え、最後のチャンスを得たルイズは泣きの一回に全力を込め──やはり、爆発を引き起こした。

 

 そのあまりの威力と爆風に何メイル先も見えぬほどの土埃が巻き起こった。既に儀式を終え、安全な距離まで下がって笑いながら観戦していた同級生たちのところにまで衝撃が届いたほどだった。

 幸いにも怪我人は誰一人として出ていないものの、一歩間違えれば大惨事。あわやの事態に、ニヤニヤと眺めていた生徒らは顔を怒りに歪めて罵声を投げかける。劣等生を肴にしていたというのに、自分たちに危険が及ぶとなれば怒りだすのだから勝手なものである。

 

 ──だが、ルイズにとってそんなことはもはやどうでもよかった。

 

(これってもしかして……もしかするんじゃ……!)

 

 それは少女がはじめて味わう感覚だった。

 

 魔法を使ったとき、どこか遠くにいる誰かにまで声が届いたような確信があった。

 いつも以上に疲労感の伴う全力。そのためか爆発の規模はいつもより大きく、それが逆に成功の証であるような気がした。

 そう、確かな手応えを感じたのだ。

 目の前は粉塵に覆われて何も見えない。だがルイズは何かがそこに居るのだと直感した。

 

「ミス・ヴァリエール。残念ですが……」

 

 家名で呼びかけてくる担当教官の声も今のルイズの耳には入っていない。傍目にはショックで呆然としているように見えたかもしれない。

 周囲の怒号と悲鳴を聞き流しながら、ルイズは目の前の土埃がが晴れるのをじっと待った。

 時間にして十秒あったかもわからない。永遠の時間だったように錯覚した。

 

 そして──

 視界が回復するに連れて、徐々に爆心地の様子が見えてくる。

 そこにはやはり、何者か人影があった。

 

「おい、なんかいるのか!?」

「ルイズが召喚に成功したってのか!? 嘘だろオイ!」

「誰かいるのか成功するのに賭けてた奴! ……ツェルプストーの総取り? マジかよチクショウ!」

「待て、なんか多くないか……?」

 

 周囲の野次馬たちも状況を把握し、今度は混乱からざわざわと騒ぎ出す。

 土煙も完全に晴れ、ルイズが召喚した者()()の輪郭がはっきりと見えるようになると、皆一様に言葉を失った。

 

 

 

 そこには七人の男女がいた。

 

 

 

「へえー……魔力(マナ)は大分濃いわね。魔術が日常と同化してる世界かしら」

 

 フワフワと浮遊する巨大な弩に腰かけた露出過多な美少女。

 

「なるほど、空気からして違いますね。ここに良い被写体(モデル)があれば良いのですが」

 

 竜を模した赤銅の鎧、白いマントをつけた長髪の男。

 

「おや気が合いますな聖人どの。何を隠そう吾輩もまた良き題材(モデル)を求めての旅路でして」

 

 片手には開いた本を持ち、黒の外套を肩にかけた壮年の男性。

 

「オレとすりゃ満足いく相手がいればそれでいいんだがな」

 

 体に張り付くような青い装束に身を包んだ、青い長髪を束ねた筋肉質な青年。

 

「ゲッ、一人でやってくれや戦闘狂。最弱の身としちゃ、アンタとやり合えるようなのがいたら堪らねえよ」

 

 どこかの蛮族なのか、体中に異様な文様を刻んでいる腰布だけを纏った少年。

 

「ふふ、それは私もよ。別のことならお役に立つ自信はあるけれど、ね」

 

 妖しい笑みを浮かべる踊り子のような装束の艶めかしい美女。

 

 そして──銀の鎧を纏い、獅子を思わせる鉄仮面をつけた白馬の騎士が、代表であるかのように雑談を交わす彼らの前に立っていた。

 本来は一人一体の使い魔を呼び出す儀式で、あろうことかルイズは複数の人間を召喚してしまったのだ。

 

「──召喚に応じ、参上した」

 

 声は意外にも女性のもので、少しドキッとした。

 

「問おう──我々を呼びしたマスターは貴女に相違ないか」

 

 ルイズの小さな胸は歓喜で満たされた。

 初めて魔法が成功した、使い魔の召喚に成功した、しかも高望みしていた美しさと高貴さをも兼ね備えている──!!

 

 ゴクリ、と唾を飲む。

 目じりに涙が浮かぶ。嬉しさでむせび泣きそうになる。

 だが今そんな無様は晒せない。これから自分は彼らの主となるのだ。公爵家の令嬢として威厳は保たねばならない。

 隣では先ほどまでルイズを慰めようとしていた監督役の教師が硬直していた。宿敵であるツェルプストー家のキュルケもまた、こちらに近づこうとしていたのか他の生徒たちよりも近い位置で、息を飲んで立ち尽くしていた。

 この反応も仕方がない。使い魔召喚で人間を大勢、それも王侯貴族の佇まいすら感じさせる者を召喚するなど、前代未聞の事態であるのだから。

 そんな事実は感動で胸がいっぱいのルイズの知ったことではなかった。どのような扱いになるかなど後回しだ。いまは自分の成功を誇るように……実際、自分が誇らしくて、慎ましい胸を張って問いに応えようとする。

 

「そ、そそそ、そうよ! 私があなた達…………を………………」

 

 そこから先は舌が動かなかった。

 何故かうまく言えない。全身から力が抜けていくような気がする。瞼が重い。

 

 ──アレ? どうして地面が傾いているんだろう……?

 

 そんな思考を最後に、ルイズは気を失い地に倒れた。

 














アサシンで七夜を出してもいいものか否かで三日悩んだ

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