ゼロの狩人   作:テアテマ

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11:疑惑

 朝もやの中で、ジェヴォーダンとルイズとギーシュは馬に鞍をつけていた。ジェヴォーダンはすっかり完全装備の狩人装束に、後ろ腰には銃とデルフリンガーをぶら下げている。ルイズは制服姿だったが、長距離を馬で移動するため、乗馬用のブーツを履いていた。

 そんな風に出発の準備をしていると、ギーシュが困ったような口調で言う。

 

「お願いがあるんだが……」

「何だ?」

 

 ジェヴォーダンは馬の鞍に荷物をくくりつけながら訊ね返した。ギーシュは少し萎縮気味に答える。どうやらやはり少しジェヴォーダンが怖いようだ。

 

「ぼ、僕の使い魔を連れて行きたいんだ」

「……? 好きに連れて行けばいいんじゃないか。どこにいる?」

「ここにいるよ」

 

 ギーシュが地面を指差した。

 

「いないじゃないの」

 

 ルイズがそう言うと、ギーシュはにやっと笑って足で地面を叩いた。

 すると、モコモコと地面の一箇所が盛り上がり、茶色の大きな生き物が顔を出した。

 

「うおっ……!?」

「ヴェルダンテ! ああ! 僕の可愛いヴェルダンテ!」

 

 ギーシュはすさっ! と膝をつくと、地面から出てきたその生き物を抱きしめた。

 

「な、何だそれは」

「何だそれは、などと言ってもらっては困る。大いに困る。僕の可愛い使い魔のヴェルダンデだ」

「あんたの使い魔、ジャイアントモールだったの?」

 

 ギーシュの使い魔は、子グマほどもある巨大なモグラだった。

 

「そうだ。ああ、ヴェルダンデ、君はいつ見ても可愛いね。困ってしまうね。どばどばミミズはいっぱい食べてきたかい?」

 

 ギーシュの言葉に答えるように、ヴェルダンデはモグモグモグと嬉しそうに鼻をひくつかせる。

 

「そうか! そりゃ良かった!」

 

 ギーシュはヴェルダンデに頬を擦り寄せた。その様子を見て、ルイズが呆れたように言う。

 

「ねえ、ギーシュ。ダメよ。その生き物、地面の中を進んで行くんでしょう?」

「そうだ。ヴェルダンデはなにせ、モグラだからな」

「そんなの連れていけないわよ。わたし達、馬で行くのよ」

「結構、地面を掘って進むのも早いんだぜ? なあ、ヴェルダンデ」

 

 ヴェルダンデがうんうんと頷くが、ルイズは困り顔になった。

 

「わたし達、これからアルビオンに行くのよ。地面を掘って進む生き物を連れていくなんてダメよ」

 

 ルイズの言葉に、ギーシュはよよよと地面に膝をついた。

 

「お別れなんて辛い、辛すぎるよ……ヴェルダンデ……」

 

 その時、巨大モグラが鼻をひくつかせ、くんかくんかとルイズに擦り寄る。

 

「な、何よこのモグラ!」

 

 ルイズが思わず叫んだ直後、ヴェルダンデは何故かルイズを押し倒し、鼻で体をまさぐり始めた。

 

「や! ちょっとどこ触ってるのよ!」

 

 ルイズは体をヴェルダンデの鼻でつつきまわされ、地面をのたうち回った。スカートが乱れ、派手にパンツをさらけ出しながら、ルイズは暴れ続ける。

 ジェヴォーダンは、付き合っていられないとばかりに馬の準備を再開した。

 

「……君、使い魔なんだよな? 一応」

「一応な」

「一応でも使い魔なら助けなさいよ! きゃあ!」

 

 ヴェルダンデはルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけ、そこに鼻を擦りよせた。

 

「この! 無礼なモグラね! 姫様に頂いた指輪に鼻をくっつけないで!」

 

 すると、ギーシュが頷きながら呟いた。

 

「なるほど、指輪か。ヴェルダンデは宝石が大好きだからね」

「ほう?」

「ヴェルダンデは地面に潜って貴重な鉱石や宝石を僕のために見つけてきてくれるんだ。『土』系統のメイジの僕にとって、この上ない素敵な協力者さ」

「……!? 素晴らしい! 最高だ、最高の使い魔じゃないか!」

 

 思わずジェヴォーダンはギーシュの肩を掴む。一瞬こわばったギーシュだったが、すぐに意味を理解してパアッと顔を明るくした。

 

「わかるか!? わかってくれるのか!」

「あぁ! こいつがいれば、もうデブどもの臓物を嫌という程見なくても済むじゃないか!」

「え、なんて……?」

「ちょっと! いい加減! 助けなさいよぉ!」

 

 2人をよそにルイズが暴れていると……突然、突風が吹き荒れ、ヴェルダンテを吹き飛ばした。

 

「だれだっ!」

 

 ギーシュが叫ぶと、朝もやの中から1人の長身の男が現れた。羽帽子をかぶったその男の姿に、ジェヴォーダンは見覚えがあった。

 

「貴様、ぼくのヴェルダンデに何をするんだ!」

 

 ギーシュが薔薇の造花を引き抜く……が、それよりも早く羽帽子の貴族が杖を振り抜き、その造花を散り散りに吹き飛ばした。

 

「僕は敵じゃない。姫殿下より、きみたちに同行することを命じられてね。きみたちだけではやはり心もとないらしい。しかし、お忍びの任務であるゆえ、一部隊つけるわけにもいかぬ。そこで僕が指名されたワケだ」

 

 長身の貴族が、その羽帽子を取り一礼する。

 

「紹鴎陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」

 

 文句を言うため口を開きかけたギーシュも、さすがの相手の悪さにうなだれる。魔法衛士隊といえば全貴族の憧れであり、ギーシュも例外ではない。

 ワルドはギーシュの様子を見ると首を振った。

 

「すまない、婚約者がモグラに襲われているのを見て見ぬふりはできなくてね」

「……なんだと?」

 

 驚きのあまりジェヴォーダンはルイズを見やる。まさか、本当に婚約者だったとは。

 

「ワルドさま……」

「久しぶりだな、ルイズ! 僕のルイズ!」

 

 ワルドは人懐っこい笑みを浮かべながらルイズに駆け寄り、その体を抱え上げた。

 

「お久しぶりでございます」

「相変わらず軽いなきみは! まるで羽のようだね!」

「……お恥ずかしいですわ」

「彼らを、紹介してくれたまえ」

 

 ワルドはルイズを下ろすと、再び羽帽子を目深にかぶった。

 

「あ、あの……ギーシュ・ド・グラモンと、使い魔のジェヴォーダンです」

 

 ルイズは交互に指差しながら言う。ギーシュは深々と頭を下げ、ジェヴォーダンもそれに習う。

 

「きみがルイズの使い魔か? 人とは思わなかったな」

 

 気さくにそう言いながら、ジェヴォーダンに近づくワルド。

 

「ぼくの婚約者がお世話になっているよ」

「……えぇ」

「しかし、すごい重装備だな? 顔もほとんど見えないじゃあないか」

 

 口髭と帽子の僕が言えたことじゃないがな、と高笑いする。ジェヴォーダンはといえば……正直なところ、ワルドを見定めかねていた。

 上から下までその貴族を見る。ぱっと見、人当たりの良さそうな顔をしているが……この男は、その身振り手振り、口調、表情、何もかもに、嘘が紛れている。

 当然、それを詮索しようとする者にもいち早く気づけるような、防衛線を張った上である。おそらく自分の嘘を暴こうとするものが現れれば、その時点で完全に全てを閉ざしてしまうだろう。

 もっとも、それに気づいたことを悟られるようなジェヴォーダンではないが。ワルドはこれまでと変わらぬ様子でジェヴォーダンの肩をぽんぽんと叩いた。

 

「どうした、もしかしてアルビオンに行くのが怖いのかい? なあに、何も怖いことなんかあるもんか。君はあの『土くれ』のフーケを捕まえたんだろう? その勇気があれば、なんだってできるさ!」

 

 ジェヴォーダンは、悟られないようクスリと笑った。

 

「……『土くれ』を捕らえたのは、俺ではありません。ルイズたちですよ」

「ん? そうなのかい? しかし確か君が……」

「使い魔の功績は主人のもの。大々的に報じられたのも、『トリステイン魔法学園の生徒3人がお手柄』、『生徒にシュヴァリエの称号授与』という話だったはずですんでね……公には」

「……!」

 

 ワルドの表情が、わずかに硬くなる。ジェヴォーダンはその鋭い視線をさらりとかわし、斜に構えてワルドを見やった。

 

「流石、魔法衛士隊の隊長ともなればお耳も早い。ですが、そのネタはルイズを褒めるのに取っておくのが得策です」

「ふふふ、やるなぁ君は! こりゃあ一本取られた! なるほどルイズ、面白い使い魔を召喚したものだね」

「お、お恥ずかしい限りですわ」

 

 ワルドに悟られないよう、ルイズがジェヴォーダンを睨む。サラリとそれをかわしたジェヴォーダンは、再びワルドと向き直った。

 

「君とは仲良くなれそうだよ、ジェヴォーダン君」

「……それはどうも」

 

 ワルドが口笛を吹くと、朝もやの中からグリフォンが降り立った。ワルドはひらりとそれに跨ると、ルイズに手を伸ばす。

 

「おいで、ルイズ」

 

 そして、恥ずかしがるルイズをグリフォンの上へと抱え上げると、手綱を握り、杖を掲げ叫んだ。

 

「では諸君! 出発だ!」

 

 

 

 

 

 魔法学園を出発してから、ワルドはグリフォンを疾走させ続けた。ジェヴォーダンたちは途中の駅で馬を交換していたが、ワルドのグリフォンは疲れを見せずに走り続けていた。

 

「ちょっと、ペースがはやくない?」

 

 抱かれるような格好でワルドの前に跨るルイズがいう。

 

「ギーシュもジェヴォーダンも、へばってるわ」

 

 ワルドが後ろを向くと、たしかにギーシュは半ば倒れる様な格好で馬にしがみついているし、ジェヴォーダンも何やら恐ろしい目つきでこちらを睨んでいる気がする。

 

「ラ・ロシェールの港町まで、止まらずに行きたいんだが……」

「無理よ、普通は馬で2日かかる距離なのよ」

「へばったら、置いていけばいい」

「そういうわけにはいかないわ」

「どうして?」

「だって、仲間じゃない。それに……使い魔を置いて行くなんて、メイジのすることじゃないわ」

「やけにあの2人の肩を持つね。どちらかが君の恋人かい?」

 

 ワルドが笑いながら言う。ルイズは頬を赤らめた。

 

「こ、恋人なんかじゃないわ」

「そうか、ならよかった。婚約者に恋人がいるなんて聞いたら、ショックで死んでしまうからね」

 

 そう言いながらも、ワルドは笑っていた。

 

「お、親が決めたことじゃない」 

「おや? ルイズ! 僕の小さなルイズ! 君は僕のことが嫌いになったのかい?」

 

 昔と同じ、おどけた口調でワルドが言った。

 

「も、もう小さくないもの。失礼ね」

「僕にとっては、まだ小さな女の子だよ」

 

 小さい頃。ルイズは先日見た夢を思い出した。生まれ故郷のラ・ヴァリエールの屋敷の中庭。忘れ去られた池に浮かぶ、小さな小舟……。

 ルイズは、はっと息を飲んだ。あの夢のあと。ジェヴォーダンが出てきたその夢の内容が、チラリと頭の中に蘇ったのだ。

 

「……ん? どうしたんだい、ルイズ?」

 

 突然押し黙ったルイズを不思議に思ったのか、ワルドがそう聞く。

 

「い、いえ! なんでもないわ、なんでも……」

 

 そう言ってルイズは前に向き直る。あとは1人ごちるワルドの言葉も、ルイズの耳には入ってこなかった。

 

 

 

「もう半日以上、走りっぱなしだ。魔法衛士隊の連中は化け物か」

 

 ぐったりと馬に体を預けたギーシュが呻くように言う。

 

「君も君ですごいな、平気なのか」

「そうでもないぞ……さすがに、これは堪える」

 

 乗馬慣れしていないジェヴォーダンにしてみれば、体力がある分まだマシであるが、感じている苦痛そのものはギーシュと同じだ。苦々しい思いで、前を走るグリフォンを睨みつける。

 

「それにしても驚いた、まさか婚約者がいたとはな」

「おや、意外かい? 貴族だからね、そう珍しいことではないだろう。あ、ぷぷ、もしかしてきみ……やきもち妬いてるのかい?」

「そうではない。むしろ逆だ」

 

 ほのかに身を傾け、耳打ちにはなっていないもののジェヴォーダンは内緒話のようにギーシュに語りかけた。

 

「あんな猛獣を嫁にもらってみろ、正気でいられんぞ」

「……君、言う時は本当言うな。自分のご主人様だろ?」

 

 

 

 馬を何度も替え飛ばしてきたので、一行はその日の夜中にラ・ロシェールの入り口についた。ジェヴォーダンは怪訝そうに辺りを見渡した。

 

「港町なのだろう? どう見ても山岳地だが……」

「えっ、まさか君アルビオンを知らないのか?」

 

 ギーシュが呆れたように言う。ジェヴォーダンは正直、海を見るのはあまりいい気がしないので構いはしなかったのだが。

 その時だった。ジェヴォーダンはいち早く気配に気づき、ギーシュの頭を手で押さえつけた。

 

「伏せろっ!」

「な、なんだ!?」

 

 不意に、崖の上から松明が何本も投げ込まれた。赤々と燃える松明が渓谷を照らし、戦の訓練を受けていない馬を驚かせる。

 暴れる馬から素早く降りたジェヴォーダンは、振り落とされたギーシュを引きよせた。と同時に、何本もの矢が闇夜から飛んでくる。

 

「き、奇襲だ!」

「そのようだ。ギーシュ、隠れていろ」

 

 ジェヴォーダンはデルフリンガーを引き抜き、飛んでくる矢を打ち払おうとする。と、一陣の風が舞い上がり、小型の竜巻が矢を巻き込んで弾き飛ばした。

 

「大丈夫か!」

 

 ワルドの助太刀だ。ジェヴォーダンはワルドへ向け軽い一礼で返すと、矢が飛んできたであろう崖の上を見やった。

 

「野盗か山賊の類か?」

「にしては数が多い……ワルド子爵、ギーシュとルイズを頼みます」

「何? お、おい君!」

 

 ワルドが呼び止めるのも聞かず、ジェヴォーダンは軽くなった身体を跳ね上げ、崖を登って行く。スサっと飛び上がり崖上に着地すると、その場に立っていた男たちから驚きの声が上がった。

 

「こ、こいつ登ってきやがった!」

「馬鹿野郎が、袋にしてやれ!」

 

 激昂した男たちが襲いかかってくる。ジェヴォーダンの目が、いびつに歪んだ事にも気付かずに。

 

 

 

 崖の上から男たちの悲鳴が聞こえてくる。どうやらジェヴォーダンは派手に暴れているようだ。暗闇に弓矢が飛んでいくのも見える。

 

「たいした男だ、こんな崖をあぁも軽やかに登っていくとは」

 

 ワルドが呟いた。ルイズは不安そうに、崖の上へ視線を送っている。ワルドはそんなルイズの様子を見て、ふむ、と頷いた。

 

「少し様子を見てくる。助けが必要なら加勢してくるとしよう」

「あ……ワルド、お願い」

「うむ。ルイズたちはここで待っていてくれ」

 

 ワルドがグリフォンに跨り、そのまま崖上へと飛び上がる。

 その状況が目に飛び込んできた瞬間、ワルドは絶句した。

 

「ひぃっ! ひぃぃぃぃ!」

「あが……ごぁ………」

 

 死屍累々。まさに、そう呼ぶのがふさわしい、燦々たる状況。20人かそこらはいたのであろう曲者たちは、ほとんど皆殺しにされていた。

 死にかけてうめき声をあげる1人に、ジェヴォーダンがとどめを刺す。うずくまるその体に深々と剣を突き立て、尻餅をついて涙を流す生き残りに見せつけるように、さらに剣を突き刺す。

 ジェヴォーダンは立ち上がると、股間を濡らした最後の生き残りへ歩み寄った。

 

「ひぃ! 助けてくれ! く、くるな!」

「……お前たちは何者だ」

「ただの、物取りだ! そうさ、身なりの良さそうな連中をここで襲ってたんだ……!」

「そうか、少し喋りやすくしてやろう」

 

 左手に握った散弾銃を横向きにして引き金を引く。強烈な衝撃を伴う散弾が、男の腹に対し横に向けて放たれた。散弾の何発かは腹をかすめ、食い込み、肉の中にこびりつく。

 

「がぁぁぁっ! うぐ……!」

「本当のことを言わんのなら次は貴公の脳液の色を調べるとしよう。さぁ……」

 

 もがき苦しむ男の額に、散弾銃の銃口が押し付けられる。まるで感情のない冷たい目が、男を刺すように見下ろした。

 

「貴公らは、何者だ」

「ひぃっ! や、雇われた! 貴族派の連中に雇われて、ここでお前たちを迎え撃てと言われてたんだ!」

「では、傭兵か」

「そう、そうだ……でも、でも、俺は違う! 俺はあいつらに命じられるままやっただけだ! それに、あんたらまだ生きてるじゃないか! そんなもん、ノーカウントだろっ!」

「どんな奴らだ、貴様らに依頼をしてきたのは」

「ぐ……! み、緑髪の女メイジと、仮面の男だ! 貴族派を名乗ってたこと以外は知らない!」

 

 ジェヴォーダンはふぅとため息をつくと、右手に携えていたデルフリンガーを鞘に収める。

 

「ひ、ひひ、話したんだからよぉ、見逃してくれるんだろう?」

「いや、だめだ」

 

 瞬間、ジェヴォーダンは男の腹、先ほどの銃弾でついた傷に、その右手を躊躇なく突き入れた。男の口からくぐもった声と鮮血が吹き出す。

 そのまま男の身体を持ち上げるように突き上げ……勢いそのままに、腕を引き抜いた。

 男の身体は血を撒き散らしながら転がっていき、一瞬でもの言わぬ肉塊と化した。そしてゆっくりと顔を上げたジェヴォーダンの右手には……腸だろうか、細長い臓物がだらりとぶら下がっていた。

 そしてそれを、まるで興味のない玩具を手にした子供のように、乱雑に打ち捨てた。

 

 ワルドは思わず胃の中身を戻しそうになるのを必死で抑えた。目の前で繰り広げられたあまりに壮絶な光景に、自分の目を信じる事ができない。

 この男は、崖を駆け上っていき、自分がグリフォンで到着するまでのほんのわずかな時間のうちにこれだけの死を振りまき……あげく1人の男の、体の中身を引き抜いて殺すなどという、あまりにも残虐な真似をしてみせた。

 コートの袖を使って刀剣の血を拭う、返り血にまみれたその姿は、おおよそ人のようには見えなかった。まるで……悪魔か、死神のようだ。

 ジェヴォーダンは呆然とするワルドに気がつき、その恐ろしい気配を消して近寄った。

 

「……子爵、まずいことになった。今回の任務、すでに貴族派に漏れている」

「は、いや、なんだと?」

「奴らは物取りではない、貴族派に雇われた傭兵だと語った。手紙の事は知られてはいなかったようだが、ルイズたちにアルビオンにたどり着かれると困るようだ……守りを固めるという事は、そこが最も脆いということでもある」

 

 そしてジェヴォーダンは、先ほどの男に向けたほどではないにしろ、冷たい視線をワルドに浴びせかける。

 

「この任務の概要を知る者はごく少ない。子爵、敵は内側にいる可能性が高まった」

「なっ、ぼ、僕を疑っているのかね!」

「あぁ、全員を均等に疑っている。子爵も、ギーシュも、ルイズでさえ。誰もが有力貴族に通じている。俺は……平民であり使い魔なので関係ないが」

 

 ワルドはぐっと言葉に詰まりながら、精一杯の威厳を込めた声で言い返した。

 

「……僕がこの任務について知ったのは出発の前日だ。王女様から直々に勅令があった。それから朝からは、君の知る通り行動を共にしていた」

「では、子爵はほとんど疑う余地はない。敵の目はどこか他にある。警戒するとしましょう」

 

 そう言いながらも、ジェヴォーダンは語気を全く緩める事はなかった。崖をサクサクと降りていく背中を見て、ワルドは静かに歯噛みした。

 

 




水銀弾

獣狩りの銃で用いられる特殊な弾丸。
触媒となる水銀に狩人自身の血を混ぜ、弾丸としたもの。

その威力は血の性質に依存する部分が大きいため
血質の優れていないものが用いても大きな効果は期待できない。
様々な意味で、血は抗えないものだ。

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