「済まない、朝食の後とはいえ、基地まで送ってくれるのは、感謝する」
「別に良いんですよ? 買い物もしたいから、ちょうど良かったですし」
日本より八時間遅れながらだが、ここはドイツ。玖牧はラウラを基地まで連れて行った。理由は簡単、ラウラが久しぶりに帰っておらず、心配されているのではないかと、玖牧は思ったからだ。
大牧師に許可は貰い、更には子供達を乗せる大型バスを運転している。街は少しつづだが変わりつつ有る。良い意味でもあり悪い意味でもあるが、玖牧は普通に運転している。ラウラは制服を着ており、ISも返してもらったのだ。
ラウラは基地に帰る事を嬉しいとは思っていないが、一つ気になる事があった。それは……玖牧が教えてくれた。
「ボーデヴィッヒさん、私に訊きたい事が有るみたいですね?」
彼の言葉にラウラは目を見開く。彼は寂しそうであるが何処か悲しい笑みを浮かべていた。ラウラがその事を訊ねたい、と。理由としては感でもあるが、力に溺れる危険を感じている自分がどうして力が有りながら恐れているのかをだ。
ラウラはその事を知りたかった。本当ならば教会でも、と考えたが子供達が居る手前、言い出せないでいた。少しであるがラウラも変わっていたのだ。子供達と戯れ、遊んでいるうちに楽しいと感じたからだ。
玖牧の言葉にラウラは困惑する中、玖牧は。
「何れ知るかもしれないので、気にしないでください……」
「……玖牧、すまないが、頼む」
ラウラの言葉に玖牧は軽く頷くと、口を開く。
「私は昔、貴女が思えるとは思えない程、心が荒れていました」
「何っ? お前がか?」
ラウラの問いに玖牧は軽く頷く。運転しているが為に深く頷けれないのだろう。しかし、運転を自覚しているがために最前な行動としか思えなかった。
事故を起こしたら元も子もない——玖牧はそこを理解しているからだろう。ラウラの言葉に玖牧は言葉を述べる。
「はい、私は生前、両親を亡くし、酷く荒れていた——世の中を酷く憎んでいました。ISが有るから、こうなったんだ、と」
「…………全く、そうに見えないぞ」
「自分で言うのも変ですが、そうかもしれませんね——ある日、暴力事件を起こし、警察の世話になった——身元引き受け人は居ない為に牢屋の中で反省、なんてできなかった——親が居ない、それだけの理由で私は酷く憤りを感じていた」
「…………では、何故そうなったのだ? 親が居ないだけで、何故、そこまで心が荒れたのだ?」
「……した」
「なんと?」ラウラが訊ねると、玖牧は辛そうな表情で口を開いた。
「実は、姉もいたのですが……姉が、ある事件で自殺してしまった」
「!?」彼の言葉にラウラは絶句した。自殺した? 何の理由で? ラウラは彼の言葉に疑問を抱く。何故自殺したのか? どういった経緯でそうなったのか? と。ラウラは気にする中、玖牧は語る。
「私には慈母のように優しい姉も居た——両親を早くに亡くし、女手一つで私を育て、愛情を注いでくれた——しかし、ある事件で姉は自殺した——否、殺された、と言い換えれば良いですかね?」
「!? な、なんだと!?」
ラウラは更に驚く。しかし、玖牧は驚きもせずに、静かに語った。
「姉は何時ものように仕事場に向かった。飲食店でした——だけど、ある日、クレームがありました。女性客でしたが、その人は姉を詰ったり、貶したりしていました。一方的に、です。他の店員さんたちが止めても、止まる気配はありませんでした」
「……それが、自殺とはどういった関係が?」
「その女性はでっち上げをしてクレームをした。それも、八つ当たりのように、姉を詰った——姉にはショックでしたが気にもしませんでした。しかし——その女性はISができた事で偉いと感じていた。それだけじゃない……姉を自殺に追いやるように殺した……」
「!!? こ、殺した!? ど、どういう事だ!?」
ラウラは詰め寄ろうとした——何故かできなかった。理由は、玖牧が運転しているのと、玖牧の邪魔をした場合、事故が起きるからだ。玖牧の事前注意がなければ、大惨事になっていただろう。
ラウラは何とか落ち着く中、玖牧は更に言葉を続ける。
「姉が自殺したのは森の中でした。首つりでした。姉を発見したのは、近くを通りかかった散歩をしていた老人でした。警察の見方では、そう判断しても可笑しくなかった——でも……姉はあの日、女性に逢っていた! その女性に殺されていた」
「それって!?」
ラウラは戦慄した。玖牧の姉は女性に唆されたように殺された。それがどういった経緯で、自殺と関係するのか? 玖牧は何故、そうなったかは判らない。また、どうしてそうなったのかを知りたかった。ラウラは玖牧の言葉を待っていた。
知りたい——また、彼の事を考えて、止して欲しいとさえも思った。ラウラは葛藤する中、玖牧は言葉を続ける。止してもいい中、彼は言葉を続ける事にしていた。
何れ判る事であり、隠す意味も無いからだ。彼はそう受け止めているからだ。
「あの日、女性は数人の男を使って、姉を凌辱した——所謂、レイプです。姉の身体には暴行された後が有り、下腹部を、酷く傷をつけられていました。強姦されていたのです」
「…………」
「首を吊られたのも、首を絞められたからです——自殺に見せかけて殺すように……」
「し、しかし、証拠が無いではないか? それが本当かどうかは……」
「……あるのです、ここに。部屋から持ってきました」
信号でバスが止まると、玖牧はそれを利用して、懐からある物を取り出し、それをラウラに差し出す。それは、一つの録音機だった。少し古いがまだ使える物だ。
ラウラは恐る恐る受け取ると、玖牧は「ボタンを押して下さい」と促す。ラウラはビクッとする中、手が震えていた。それでも、震える手でボタンを押すと、ラウラは戦慄した。
そこには、男達の喜ぶ声、女性の高笑いと玖牧への侮辱。玖牧の姉の悲痛な泣き声と喘ぎ声。それを聴くだけでも恐怖し、戦慄する。ラウラはこれを持っている玖牧にも恐怖と疑問を感じる中、玖牧は悲痛の表情で口を開く。
「それを送られた時は酷く狼狽した——腸が煮えくり返る程だった……女性に殺意を抱く中、私には無力だった。ISができたせいで女尊男卑が生まれ、女性が偉いとか言う人が続出した——男性は何もできない」
「……玖牧」
「本当ならば、それをテレビ局や新聞記者、警察や動画などで流す事もできました……でも……!」
「流す事は、出来なかった」
「……ええ、それを流せば、姉の事を傷つけ、姉の喘ぎ声や悲痛の泣き声が曝される。それだけは出来なかった——姉を侮辱させる思いに駆られる——だから、それを私が受け止めるしかなかった、耐えるしかなかった」
「……では、女性は兎も角、ISとはどういった関係があるのだ?」
ラウラはその事を指摘する。確かにラウラの言う通り、女性がISが有るだけで女性が偉いとかの理由で、姉を詰るのも八つ当たりのようも感じる中、ISとはどういった関係があるのかは判らない。
ISの権力者か、その娘かもどうかも判らないのだ。ラウラの問いに玖牧は運転しながら、言った。
「姉を追い込んだ奴らを殺した——その為に力に溺れ、そして、恐れたからです」
「……恐れた?」
「ええ——ですが、これ以上は止しましょう、近いですよ?」
「えっ?」玖牧の言葉にラウラは恍ける中、ある場所へと辿り着いていた。そこは、ラウラが属している基地であり、彼女が属する部隊が所属している所でもあったからだった。