インフィニット・レギオン   作:NO!

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 三日連続での投稿――自分でも驚きです。


料理

 数時間後、此所はロシアの首都、モスクワ――今の時間帯は夕日が沈みかける最中であるのか午後六時頃であり、今の時間帯は市井の者達は置きている時間であり、夕食の時間を過ごしているのか、其々の時間を過ごしていた。

 何時もの日常であるが暴動が遭った後であり、その傷跡は未だ消えなく、経済の回復と街の安全を守る為に警察が各地をパトロールしていた。

 そんな中、此所は壱夏と伍のアパート近くにある道――そこには一人の青年がアパートを見上げる様に立っていた――それは壱夏だ。彼は少し前に空港へと戻ってきたが今は、自分が帰る場所でもあるアパート近くまで来ていた。

 にも関わらず、彼はアパートに帰ろうとはせず見上げ続けていた。その瞳には怒りと哀しみ、戸惑いが含んでいた。彼は帰れないのは、自分は保護者失格であると思っていた。

 

 

 自分は伍と言う、義理であるが弟の様に慕っている子供がいる。そのアパートには伍が居るが彼一人ではない――彼処には彼女、更識楯無も居る。

 彼女に伍を押し付け、自分は三上の命により日本へと赴く物の、彼を置いて行ってしまった。今で言えば育児放棄であるが今は楯無が一時的な保護者代理だ。

 あんなに帰りたいと思い、伍ないたいと思いながらも何故か躊躇していた。

 今の自分が伍に逢わせる顔は無い――それだけでなく、彼に手刀を喰らわせ気を失わせてしまった。彼、伍は怒っているだろうか? 否、怒っているに違いない。

 幾ら勝手な行動とは言え、自分が彼に言い訳出来ない――壱夏はそう思いながらもアパートに帰る勇気はなかった。彼はどれほど哀しんでいるのかも、どれほど怒っているのかも判る。

 勝手に置いていった事に哀しみ、勝手に気を失わせた事に怒っているだろう。幾ら彼でも未だ子供だ――五歳の無邪気な子供だ。五歳児には辛い現実だろう。

 

 壱夏はそう思いながら足を踏み入れないでいた。その為、彼はアパートを見上げる事しか出来なかった。アパートの、自分と伍が居る部屋には灯りが点いている。窓越しからであるが住人が居ると言う事を意味し、留守ではない事を意味している。

 それだけでは憶測であるが窓の付近には洗濯物が干されている。子供服は兎も角、女性の服らしき物もあり、下着も干されている。男世帯の部屋にある物とは思えない。

 女装といった趣味では無く、ストーカー向けに用意した物でもない。持ち主は言わずとも楯無だろう――しかし、子供服には親近感がある。

 あれは伍が何時も着ている服だ――一つとは限らないが何れも伍が着ている服や穿いてる下着も伍の物だ。偶然に別の者が同じ物を揃えるのは困難に等しい。

 彼、壱夏には確信があった。否、どうしても確信しか持てなかった。出来る事なら逢いたい。この手で彼の小さな手を掴み、また一緒に暮らしたい。

 

 ただいま――彼に、そう言いたい。だが、今の自分にはその資格は無い――置いて行った事には変わりない。

 

「い、壱夏君?」

 

 刹那、後ろから声をかけられ、壱夏が振り返ると、一人の少女が立っていた。私服姿の楯無だ――それも買い物帰りなのか手には食材が入ってる袋を持っている。

 が、楯無は壱夏を見て驚いていた。

 

「……っ」

 

 壱夏は下唇を噛むと楯無の方へと歩き、彼女の横を通り過ぎる。――ま、待って!! ――。彼女の横を完全に通り過ぎる直前、楯無は壱夏の手を掴む。

 彼が此所に来た理由を知っているが少女は彼が何故、踵を返したのかを疑問に思いつつも、ある事を指摘した。

 

「どうして逃げようとするの!? それに伍君に逢いに帰ってきたんじゃないの!?」

 

 楯無は壱夏に対し指摘するが、伍の事も指摘した。しかし、壱夏は楯無を見ずに「……違う」と呟く。楯無はそれを聞いて瞠目するが直ぐに怒る。

 

「じゃあ何しにきたのよ!? それに伍君は貴方をずっと待っているのよ!? 貴方が帰ってくるまで玄関の前で座って待ってるのよ!?」

 

 楯無の言葉に壱夏は瞠目し、振り返る――楯無は怒りが籠りながらも伍の事を思うかの様に哀しみが含まれている視線を向けていた。

 

「知ってる壱夏君? あの子、伍君はね、ずっと貴方を待っているのよ!?」

 

 楯無は壱夏に伍の現状を話し始める。伍は最初、壱夏がいなくなった事に哀しみ、手刀を喰らわせた事を楯無から聞かされた事にも怒りどころか絶望を感じていた。

 しかし、その後は大変だった。伍はアパートに戻るや否や泣き続けていた。壱夏に見捨てられた――そう思っていた。楯無も困っていたがそれ以上に困っていたのが、伍が玄関前に膝を抱きながら座っていた事だ。

 壱夏の帰還を待つ――お帰りなさい、と言いたい。伍の切なる願いと叶って欲しい我が儘であった。玄関前で座って待ってたのもそれが彼の願いである事を意味していた。

 楯無の言葉に壱夏は目を点にしていたが楯無は辛そうに、彼に同情する様に言葉を続ける。

 

「伍君はずっと待ってるのよ……貴方が帰ってくるのを、今も待ってるのよ……!」

 

 楯無は壱夏に詰め寄る。鼻と鼻が微かに触れる距離であった。落とそうとしている訳ではない――彼の瞳を見逃さない様に見据えていた。

 壱夏は楯無の顔が近い事に顔を赤くしてはいないが内心、驚いていた。しかし、伍を思う気持ちは楯無にもあった。彼女から見ればどう感じているのかは解らないが伍が辛い思いをしている事には気付いていた。

 彼の哀しみは、自分を求めるが為であり、ご自身が一番に願っている事であった。

 

「それに……私には貴方達に訊きたい事が山ほどある――伍君の腕にあった機械や、貴方達の秘密――でも、今はそれはいい……でも今は」

 

 楯無は言葉を述べながら俯く。刹那、彼の服の腕部分を強く掴む。

 

「今は、伍君を思うのなら帰ってきて……伍君が一番逢いたがってるのは誰でもなく、貴方自身なのよ……お願い」

 

 楯無は壱夏に切願した。自分の為ではない――伍の為である。彼の保護者代理になったとは言え、壱夏の様な保護者にはなれない。出来る事ならば、彼にも戻ってきて欲しい――それ以上に……。

 

「それに、伍君は言ってたわ……お兄ちゃんの手料理が食べたいって……」

 

 ――!? ――。壱夏は瞠目した。楯無の言葉に「手料理が食べたい」――伍が一番に望んでいる事である事に気付かなかった。

 

「伍君はね……貴方の手料理が食べたいって……あれは貴方を信用している証拠……いえ、貴方を求めている証拠よ……」

 

 楯無は辛そうに言葉を述べ始める。伍は壱夏の帰還だけでなく、料理も求めていた。今の時代――否、革命が起きたばかりであり、経済の回復は未だ未だ先であった。

 それは食材にも影響を及ぼし、今も食材が手に入るのが困難の状態でもあった。楯無の手に持ってる袋も食材が入っているがめぼしい物は少ない。

 いい料理が出来るかどうかも難しく、楯無が料理が出来てもどんな料理が出来るかまでは判らなかった。彼女は幼き頃から料理の知識を叩き込まれても出来ない事もある。

 この世には完璧な人間は存在しないが彼女もまた例外ではない。楯無は伍を心配しているのも壱夏の帰還と彼に壱夏の手料理を食べさせたかったのである。

 

「私だって料理を作れるわ……でもね、貴方の作った料理までは真似出来ない――それに今の彼を元気づけられるのは……手料理を食べさせられるのは……」

 

 楯無は辛そうに顔を上げる――目にはうっすらと涙を浮かべていた。何故泣いているのかは解らないが壱夏は驚きを隠せないのか瞠目していた。

 

「彼を元気づけられるのは貴方だけ!! 今の伍君には貴方が必要なのよ!! 彼が一番望んでいる物は貴方と言う人と、貴方の作る手料理だけなのよ!!」

 

 楯無は怒るが彼女の涙が頬を伝う。彼を思う涙であり、楯無が一番望み、ある理由で流している涙でもあった。泣き落としでもない――伍を思うが故の、壱夏への怒りと願いでもあった。

 出来る事なら彼に伍と逢って欲しい――彼女が一番望んでいる事だった。

 そんな楯無に壱夏は何も言えなかった。楯無の強い思いが彼の心を揺さ振っていた。伍に逢いたいのはそうであるが、料理の事までは気付けなかった――否、予想外であった。

 壱夏は困惑した――が、直ぐに瞑目するが直ぐに目を開ける――険しい表情であるが瞳は決意を固めている様にも伺える。伍に逢いたい――今は自由であるがそれは何時無くなるかは判らない。

 だが伍に逢いたい――彼は自分の義理であるが大切な弟である。楯無の願いは元より、伍の事を思えばどうって事は無かった。さっき戸惑いも伍の安否を気にしての事や、伍に嫌われる事を恐れていたのかも知れない。

 

「更識……判った――逢うぜ」

「っ、そ、それじゃあ!!?」

 

 楯無は嬉しそうに訊ねると壱夏は頷いた。自分は伍に逢う――そう伝えていた。これには楯無も喜びのあまり抱き着いてきたが壱夏は困惑しなかった。




 次回、一緒。

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