インフィニット・レギオン   作:NO!

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邂逅

 あれから四時間後――ここはロシアの首都、モスクワ。今の時間帯は朝日が昇り過ぎているが沢山のロシア人が街を歩いていた。

 大抵は出勤や通学する者達で別れており、何時もの日常としても見られる光景でもあった。

 そんなモスクワにある、とある五階建てアパートの一室にあり、壱夏と伍が住んでいる部屋。

 

「……良し」

 

 壱夏は今、台所に立って朝食の準備を料理をしていた。台所には包丁やまな板等の調理器具があり、隣には冷蔵庫――コンロや水道等が設けられているが必然な事だろう。

 近くにはテーブルと二つのイスがあり、テーブルの上にはハムエッグ、レタスやトマト等の彩りのサラダ、主食でもあるトースト等の朝に良く見かける料理がずらりと並べられていた。

 一つずつではない――何方も二人分なのか二つずつ並べられていた――二人前を意味している。しかし、これだけあるにも関わらず、壱夏は台所に立っている――理由は、スープを作っていたからであった。

 彼が作っているのは何種類もある野菜を使った温かいスープ――人参、玉葱、馬鈴薯等の野菜を使っているが大きな鍋の中にあり、彼はお玉を持っており、お玉を使ってスープをかき混ぜていた。

 が、テーブルの上に並べられている朝食やスープは彼の手作りであり、何れも下を唸らせる程美味しい。彼が料理を作っているのは趣味ではなく、ある人物の為に作っているからであった。

 刹那、台所に一人の子供が近づいて来る――壱夏は気配を感じ、コンロの火を止めると、後ろを振り返る。そこに立っていたのは、伍であった。

 伍の着ている寝間着であるが置き上がりなのか皺苦茶であり、当人も未だ眠たそうなのか目を擦っていた。

 

「おはよう、伍」

 

 壱夏は伍を見て微笑みながらそう言う。それを聞いた伍は眠たそうに「おはよう……」と答えた。

 

「未だ眠いのか? まあ、一回三時に起きたからな?」

「うん……でもお兄ちゃんと一緒に寝たから別にいいよ……」

「ふっ……それよりも朝食の準備は出来たから、顔を洗って、私服に着替えてきなさい」

 

 壱夏がそう言うと、伍は「は〜〜い」と言った後、身体を翻し、洗面所へと向かった。それを見た壱夏は微笑むと、再びスープをかき混ぜる為に火を点けた。

 

 伍が顔を洗ったり、着替えている間、彼はスープをかき混ぜていた。が、彼の表情は険しい。スープが不味い訳でもなく、自分が認めた味にたどり着けない事に苛立っている訳ではない。

 彼は、伍が見たある夢を気にしていた。

 

『お兄ちゃんが皆を裏切って、アイゾーを纏って、アイエルを纏った男の人達に挑んでる夢を見たの……』

 

 伍の口から語られる衝撃かつ悍ましい出来事。自分に関係しているとは言え、信じたくもない出来事。もし裏切るとなれば、仲間を裏切るかつ全ての男性を敵に回す事にも等しい。

 が、それ以前に裏切る経緯が判らない――伍は自分が裏切る前提での出来事を話した。しかし、裏切る要因が判らない。夢とは言え、その原因が分からぬ限り、自分は裏切る事は未だ無いだろう。

 ――もしも、もしもだ? 何れそうなる事も有り得なくはない――例え話とは言え、そうなる時が来る。壱夏はそう思うのと同時に、伍の事も気になってしまった。

 自分が裏切れば伍はどうなる? 奴等に殺されるではないか――そうなれば自分は伍を見殺しにする行動にも等しい。壱夏はそう思うと歯を食いしばる。

 

「お兄ちゃん、終わったよ〜」

 

 刹那、後ろから声が聞こえた。壱夏は歯を食いしばるのを止め、後ろを振り返る。そこに居たのは、私服姿の伍であった。さっきの眠たそうな顔は嘘の様にも思え、代わりと言える程の元気な表情を浮かべていた。

 壱夏は伍を見て微笑むと、彼に言う。

 

「もうそろそろ朝食だ――皿とか、コップとかを準備してくれないか?」

 

 壱夏はそう言うと、伍は「は――い!」と言った後、皿を出す為に動き始めた。壱夏は伍を見て微笑んだ後、鍋を温めている鍋の火を止めた。

 

 

 あれから一時間後、壱夏と伍は朝食を摂り終えると、後片付けしていた。伍は皿を片付け、壱夏は皿を洗っている。

 

「そう言えば伍」

 

 壱夏は皿を洗いながら、片付けの手伝いをしている伍に訊く。

 

「なにお兄ちゃん?」

「俺さ、壱夏お兄ちゃんさ、これから用事で出掛けなきゃならないから、一緒に来ないか?」

「えっ、お出かけ!?」

 

 伍は嬉しそうに言うと、壱夏は皿を洗う手を止め、伍を見る。

 

「ああ、今日は公園で肆狼さんと待ち合わせをしているから、そこで色々な話をしなきゃならないんだ――勿論、お前が来ないなら、一人で留守番する事になるかも知れないけど、お前はどうする?」

「うん行く行く!! 肆狼おじさんがいるなら、僕は行くよ!!」

 

 壱夏は伍に訊ねる。それは伍への気遣いでもあった。何故なら伍とは三年前にある事件で出逢い、そして自分が保護者と言う名目で預かる事になったのだが当初の伍は酷く怯えていた。

 彼は三年前――否、これ以上は言わないでおこう。彼自身が抱えるトラウマを引き起こす行為にも等しい――壱夏はそれ以上は言わずに彼に言葉を続ける。

 壱夏の問いに伍は嬉しそうに答えるが壱夏は敢えて再び訊ねる。

 

「勿論、お前の自由だ――お前が来るか来ないかはお前の自由だ。俺は強制はしない――伍、お前が決めろ」

「えっ、お兄ちゃん?」

 

 壱夏は伍に訊ねるが伍は壱夏の顔を見て少し驚く――気遣いや微かに哀しみが孕んでいた。伍が何をするのかを壱夏は気にしていた。一方、伍は首を傾げながらキョトンとしていた。

 壱夏の言葉には何処か寂しさが孕んでいる。が、伍の仕草は子供らしい可愛らしさが見て取れる――否、彼自身が子供である為褒めても意味ないだろう。壱夏の問いに伍は何も答えないが、壱夏は水道の水を止める意味でも蛇口を捻ると、彼と目元を合わせる様に屈む。

 

「伍……俺はお前と一緒に居て三年の月日が経った――辛い事や楽しい思い出が遭った」

「――お兄、ちゃん?」

 

 壱夏の様子に伍は少し驚くが壱夏は微笑むと、伍の頭を撫でる。

 

「否――ちょっと思い出しただけだぜ? ――それよりも準備しろ、肆狼さんを待たせると悪いからな」

「うん! じゃあ早く終わらせて肆狼さんがいる――あれ、肆狼おじさんは何処で待ってるの?」

 

 伍は首を傾げるが、壱夏は言った。

 

「……アレクサンドロフスキー公園だ」

 

 

 

 

「公園、公園、お兄ちゃんと楽しい公園〜」

 

 三十分後、壱夏と伍はアレクサンドロフスキー公園近くを歩いていた。彼等は自分達が住んでるアパートからはバスを使って来た為に少し時間が掛かってしまったのだ。

 彼、肆狼との約束の時間は九時であるが未だ時間は少しだけあり、問題は無かった。

 

「お兄ちゃんと公園〜嬉しいな〜嬉しいな〜」

「こらこら伍、恥ずかしいから止めなさい」

 

 伍は楽しそうに歌う様にも思える言葉を発しながら歩いているのと対照的に、壱夏は溜め息を吐く。二人は手を繋いで歩いているが何処か兄弟にも思える。

 証拠に周りからは微笑ましそうに見られているのと同時に注目の的にもなっている。因みに二人は、伍は何時もの彼等らしくも活発的な服を着ており、壱夏は黒いコートを羽織り、黒い鍔付き帽子を被っている。

 二人は公園近くまで来ていたが伍が壱夏に言う。

 

「ねえお兄ちゃん?」

「うん? どうした伍?」

 

 壱夏は伍を見ると、伍は嬉しそうに答えた。

 

「先に行って良い? 僕、早く肆狼おじさんに逢いたいから!」

 

 伍はそう言うと、壱夏の手を放し、駆け足で公園に向かう。――あっ、こら伍!? ――。壱夏は伍を追いかけようとして走ろうとした。が、伍は左へと曲がる。

 ――痛っ! ――。刹那、伍の声が聞こえた。壱夏はそれを聞いて驚くと「伍!?」と困惑しながら走ると、伍が曲がった道へと曲がる――そこに居たのは、尻餅をついた伍と、それを心配そうに見ている少女がいた。

 その少女は壱夏とは同い年ぐらいで、凛々しくも可愛らしく整った顔立ちに一部が外側に跳ねている空色の長髪、紅くも何処か綺麗な瞳。

白の長袖のブラウスに上には水色の上着を着て、女性用のジーパンを穿いている。

 何処か可憐で何処か凛々しい――誰もがそう言うが日本人の様にも思えた。――伍!? ――。壱夏は少女よりも伍を心配し、伍の元へと駆け寄り、屈む。

 

「伍!? どうしたんだ?」

 

 壱夏は伍を抱き起こす。

 

「あっご免お兄ちゃん――僕、そこにいるお姉ちゃんとぶつかっちゃったの」

 

 伍は少女を見ると、少女は伍に対して申し訳ない様に少し困惑していた。

 

「それよりも君は大丈夫なの? それにぶつかってご免なさいね」

「ううん、此方こそごめんなさい」

 

 伍は少女に謝る。が、壱夏は少女を見ていた。

 

「貴女は大丈夫なのか? それに済まなかった――伍に非はあるからな」

 

 壱夏は少女に謝るが少女は壱夏を見て少し微笑んでいた。しかし、壱夏は彼女が何者で、彼女は壱夏が何者なのかは未だ気付いていない――そして、二人は再び出逢う事を二人は未だ知らなかった……。

 それも最悪な形で……だが……。




 次回、家族

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