ゲス提督のいる泊地   作:罪袋伝吉

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 フリーダムなのが川内型。ニンジャハラキーリゲイーシャスシテンプラ、オーイェーッ!

 今回はちょこっとゲス提督と扶桑の過去が……。


フリーダム川内型と提督と扶桑のストレス。

 ズゴン!!

 

 川内がいきなり現れ、そしていきなり轟沈した。いや、川内が何者かによってシバかれてぶっ倒れただけなのだが、その後ろには神通が刀を抜いてちょうど川内の頭があったところで残心していた。

 

 神通が川内の頭を刀でぶん殴ったのである。

 

 無論、峰打ちである。

 

「またつまらぬ姉をぶったたいてしまいました」

 

 チン、と鍔を鳴らし刀を鞘に納める。

 

「って、つまらぬ姉ってなんだよ?!仮にもお前の姉だろ?!というか物凄い音したぞ?!川内、大丈夫か?!」

 

 突然の事だったので霧島も目を見開き、口に手を当てて驚いている。

 

 扶桑は全く動ぜずにカタカタカタカタっとPCのキーボードを叩いている。

 

 ゲシュペンスト提督は慌ててデスクから身を乗り出して川内を見る。しかし、そこにあったのは川内の服をつけた丸太棒であった。

 

「ちっ!!変わり身の術っ。変な技ばかり研鑽してっ!!出てきなさい!!提督の御前ですよっ!!」

 

「やーだよっ!!出てったらまたしばくでしょ!!」

 

 ああ、なんというか話が進まない。ゲシュペンスト提督はうんざりしつつ、センサーを起動、川内の位置を確認しつつ事務用ボールペン(100均)を指で摘まみ、ダーツの要領で壁に向かっておもむろに放りなげた。

 

 ズビシッ!!と音がなり、隠れている川内の頭に命中。司令室の壁と同じ柄の隠れ身の布がめくれて、川内が後ろに倒れる。

 

「そこっ!!」

 

 すかさず神通が平突きの構えを取ろうとして、そこへゲシュペンスト提督はもう一本ボールペンを投げた。

 

「お前もやめろっ!!」

 

 ボールペンは神通の頭に命中。結構痛かったのか神通は頭を押さえてうずくまった。

 

「ああああっ、もうっ!!おまえ等はっ!!司令室で騒ぐな遊ぶなっ!!」

 

 今日一日のストレスマッハな様々な展開に思わずどなってしまうゲシュペンスト提督。普段は温厚な性格であるが、どうも怒りやすくなっているようである。

 

「うううっ、提督が怒ったぁ……」

 

 頭を押さえつつ川内が涙目になる。

 

「すみません、提督……」

 

 神通も涙目で謝る。

 

と、カメラ、すなわち視界の端に何故か長くてデッカい、主砲らしきものがうつる。

 

 カメラを横に動かして、ゲシュペンスト提督は秘書艦デスクの向こうに41センチ砲を展開している扶桑を見つけた。

 

「あの、扶桑さん?あの、何で主砲出してルンディスカ?」

 

「いえ、つい出してしまいました。ふふふ、空はあんなに青いのに、ちょっと、うふふふ」

 

「いや、もう夕日出てます。というかお願い、艦砲しまって?ね?ね?」

 

 笑顔が怖かった。主砲はピッタリと川内と神通に向けられ、よく見ればどさくさに紛れて副砲が霧島に向いている。

 

 多分扶桑は忍耐の限界に来つつある。アカン、これはアカン。

 

「……提督。では後でお話があるのですが、聞いていただけます?」

 

 ゲシュペンスト提督は扶桑の言葉にうんうんうん、と何度も頷いた。たとえ重装甲とグラビティウォールを持ち、ル級フラッグシップやダイソンの主砲を何発受けてもなんともないゲシュペンスト提督であっても、この今の扶桑にかなう気がしなかった。

 

「うふふふふ、約束、ですよ?」

 

 扶桑はすっ、と音もなく艦装をしまうと、また秘書艦デスクに座った。

 

 ガクガクブルブルと川内、神通、霧島は震えていた。

 

 (おまえ等のせいだからなっ!!)

 

 と、ゲシュペンスト提督は川内達を睨むと……というか表情が変わらないので伝わってはいないが……咳払いをし、震えている三人に大声で言った。

 

「きをつけっ!!横隊に整列っ!!」

 

 その言葉のみで、三人はビシッと直立し、そして横に一斉に並んだ。

 

「川内、神通に任務を与える!!川内型軽巡、川内と神通はこの霧島を旗艦とする護衛小隊に加わり、パラオ泊地の視察に来られる土方歳子中将の護衛監視任務を遂行せよっ!!なお、小隊は五人で結成され、まだ来ていないが他に白露型二番艦時雨、四番艦夕立が加わる!!」

 

 それを聞いて川内と神通がげげっ?!とした顔をする。

 

「え?土方提督、くんの?」

 

「あ、あの、その……お断りしても、よろしいでしょうか……」

 

「……お前ら、ここでフリーダムにいろいろかましてくれて、で、俺のストレスマッハにしてくれて、まさか断るなんてしねぇよなぁ?つか、俺には後がねぇんだよ、後が。いろんな意味でよぉ」

 

 ガシコン、ガシコン、ガシコン、とゲシュペンスト提督の左腕のプラズマステークが前に突き出す。もちろん、タイプSの必殺技にはジェットマグナムは無い。これはゲシュペンスト提督の怒った時の癖で、プラズマは出ないが、ついつい動かしてしまうのである。

 

 あわわわわわ、と川内型姉妹はお互いに抱き合い、震えつつ、うんうんうん、と何度も頷いた。

 

「わかればいいんだわかればな。っと、しかし、夕立と時雨、遅いな」

 

 と、ドアがノックされ、夕立と時雨がドアを開けて入ってきた。

 

「提督、お説教は終わったっぽい?」

 

「来てたんだけど、なんだか取り込み中だと思って、ドアの前で待ってたんだよ」

 

 二人は困ったような顔でそう言った。

 

「あ~、逆にお前達には気を使わせて待たせてしまったか。すまんすまん」

 

 カション、カション、カション、とステークをしまいつつ、ゲシュペンスト提督はデスクのPCモニターを確認する。

 

 扶桑の秘書艦デスクのPCからすでに作成された書類は送られて来ており、それを人数分プリンターで印刷すると、五人に渡し、サインをさせた。

 

 また、憲兵隊隊長に出すための要請書類もまた印刷しパラオ泊地提督の印を押すと、霧島に渡した。

 

「では、五名は明朝1000時、憲兵詰め所に行って、あちらの警護班と打ち合わせだ。霧島、要請書類は憲兵隊隊長のブルーノ大尉に提出してくれ。では、解散!」

 

 ようやく、終わった。

 

「はぁ……。なんだろうなぁ、こう、どっと疲れた」

 

 五人が出て行ったのを確認し、肩を落としてゲシュペンスト提督はため息をついた。

 

 後は今日出撃した艦娘達の報告書類をチェックし、業務は終わり……って、あれっ?

 

 ぐいっ。

 

 気がつくとゲシュペンスト提督の右腕は扶桑に掴まれていた。

 

 センサーやレーダー、アイカメラにも捉えられなかっただとっ?!

 

「提督、では、参りましょうか?」

 

「えっ?でも、まだ報告書の確認……」

 

「もう私がしておきました。第一から第三まで、こちらに損害無し。撃破したハグレの数は全部あわせてイ級53、ロ級20……」

 

 すらすらと綺麗な声が歌うように敵の撃破数を諳んじて報告する。

 

 強いが、やんわりとした力でゲシュペンスト提督は引き上げられ、200㎏オーバーの重量が易々と立たされ、にこやかな笑みに宿る怪しい光にゲシュペンスト提督は見つめられ、固まった。

 

「提督、名前を呼んでもよろしいですか?」

 

「な、なっ、ななっ?!名前?!」

 

「はい、提督のお名前です。私だけが知ってる、提督の人としての、お名前。大事な、お名前」

 

「あ、ああ。それぐらいなら、いいぞ?しかし何でまた……」

 

「ああ、良かった。呼んでも、いいのですね?」

 

 扶桑から発せられていた絶対零度にも似た、なのに超高熱の炉の中で煮えたぎる鋼鉄のごときプレッシャーが消えた。

 

 はにかむような笑みを浮かべ、扶桑はその朱を引いた唇を動かし、ゲシュペンスト提督の目を見つめて言った。

 

「玄一郎さん」

 

 そして、ゲシュペンストを正面から抱きしめる。玄一郎、それがゲシュペンストタイプSになった青年の、人間だった頃の名前、そしてこの姿になってからは使うことの無くなった名前である。

 

 その名を扶桑は愛しそうに呼ぶ。

 

「玄一郎さん」

 

 この名前は扶桑しか知らない。初めて出会った時に扶桑に名乗ったが、とりわけ誰かに進んで教えていないだけの名前なのだが。

 

 扶桑は何故かそれを特別なもののように、自分以外の誰にも教えないで欲しいと、かつてゲシュペンスト提督に懇願したのだ。

 

「ぎゅーっ、です」

 

 ゲシュペンストに、いや玄一郎の鋼鉄のボディを抱きしめ、扶桑はその美しい顔を埋める。

 

 扶桑は艦娘になる前、そして艦娘になった後でも不幸であった。

 

 日本の為、お国の為。身を削るような思いで尽くした。それを知るが故に、かつて日本海軍に『アンノウン』と呼ばれていた頃のゲシュペンストは彼女に同情した。

 

 初めて出会った時。

 

 彼女は、たとえ欠陥戦艦でも人々を助けられるならば、と大破しかけの身体に鞭打って戦い続けようと必死だった。

 

 彼女は捨て艦、それも釣り艦戦法と呼ばれる、敵をおびき寄せる為の捨て駒にされ、沈んでこいと言われて、それでもその命令に従い、それでも諦めずに、まだ幼い姿の少女達、駆逐艦を庇って生き残らせようと砲弾を受けて、血を流し、涙を流して。

 

 ゲシュペンストははじめ、彼女を救うために戦ったのではない。

 

 彼女の想いなど知らず、訳も分からずに深海棲艦に自分でも訳の分からぬ怒りを感じて全滅させた。

 

 彼女の戦いにゲシュペンストは無関係だった。

 

 

 なのに次は彼女を助けようと思った。

 

 ゲシュペンストの中の、黒田玄一郎は。

 

 無関係のはずだった黒田玄一郎は。

 

 気がつけば彼女を守りたいとねがった。

 

 そして、怒りのままに戦って。

 

 彼女の敵と、彼女の所属する鎮守府とかいう拠点を焼き払っていた。

 

 おそらくは、彼女の仲間ごと。敵ごと彼女の部隊を囲み、砲撃を加えていた全てのものを。

 

 そして、彼女の言う提督ごと、島一つ残さず、胸部に搭載されたメガブラスターカノンで跡形無く。全て吹き飛ばし、塵にしてしまっていた。

 

 彼女を縛る全ての不幸を焼き尽くすように。

 

 これは、負い目だ。

 

 ゲシュペンストタイプSではなく、黒田玄一郎という男の、彼女、扶桑に対する。

 

 彼女が、自分の人間としての名前を他の者に告げるなと言うならばそれを守ろう。彼女がその名前を呼びたいならば、呼ばせよう。

 

 そして。

 

 抱きしめたいというならば。

 

 ゲシュペンストは、ゲシュペンストタイプSは。『アンノウン』だった大罪人は。黒田玄一郎は。

 

 黙って扶桑の気が済むまで、抱きしめられていた。

 

 ずっと、ずっと、立ち尽くして。

 

 

 

 




 ゲシュペンスト提督の負い目と、扶桑の過去。

 ゲシュペンストは怒りに任せて暴走し、深海棲艦もろとも小島にあった鎮守府をメガブラスターで焼き尽くし、人や艦娘、島までも消滅させています。

 全てを焼き尽くし、彼は海軍から『アンノウン』の敵と認定される事となりましたが。

 その話はまた、別の機会に語られるべきでしょう。

 ちょいと、重いですかねー。

 

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