ゲス提督のいる泊地   作:罪袋伝吉

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 提督二人羽織り。

 赤城さん慢心無し。

 お艦の帰還。

 やまちゃん(南方棲戦姫)

 


輸送機護衛作戦・前編

 提督が迫地で淹れるコーヒーは苦い(深炒りローストの濃いめ)。

 

 提督の執務室で、コポコポと音を立てながらドリップしているのはお気に入りの工具メーカー謹製の充電池式コーヒーメイカーである。

 

 なんというかもんのすごい目で扶桑姉妹に睨まれている玄一郎は、もうすでにゲシュペンストの中にいた。

 

「へい、コーヒー二丁、おまちっ!」

 

 明るく言いながらドリップしたてのコーヒーを出してやる。二人に出した朝食は伊良湖ベーカリーで買ったパンだ。

 

「「じぃぃーーーっ」」

 

 二人は口でそう言いながらゲシュペンストを睨んでいるが、大丈夫、睨んでいる対象はゲシュペンストではなく中の人である。

 

 女の股(又)に心と書いて『怒』りとは良く言ったものであるが、扶桑と山城はその通りな理由で非常に怒っていた。

 

 とは言え激怒までは行って居ないのでまだなんとかできる。多分。

 

 玄一郎は伊良湖ベーカリーで「そういや二人の朝飯、用意してなかったな」と、はたと思いだし、律儀にも二人のパンを買って帰って行ったわけだが、待ちかまえていた二人に再びベッドに連れ込まれそうになって迷わずパイルフォーメーション的にコールゲシュペンストをやったのであった。

 

〔私を貞操帯代わりにするな〕

 

(うるせい、つか装着者の貞操を売るような貞操帯なんざあるか!)

 

 とはいえ、久々のゲシュペンストである。やはりしっくり来るあたり、長年使い続けた身体な事はある。

 

 とはいえ、前は身体無し、今は身体有りなので多少の違和感はあった。動きに僅かなタイムラグ……と言っても極々僅かなのだが……がある。これは慣れていくしか無いだろう。

 

 玄一郎はゲシュペンストのハッチを開けて、パンの袋を開けた。

 

 伊良湖ベーカリーで食べた量では実は足りなかったのである。

 

 扶桑達から見れば今の玄一郎は、ゲシュペンストの腹の辺りから顔を出しており、あたかも二人羽織りをしているかのような感じである。もっとも二人羽織りのように変なところにパンを押し付けたり、コーヒーを鼻に流し込んだりとかはない。キチンと口に、危うげもなく持っていく。それどころか器用にひょいひょいとこなすため、余計にそれは異様な光景であった。

 

「うげ、なんか変な光景」

 

 山城が微妙な表情を浮かべてそう言った。

 

「はぁ、でも玄一郎さんのお顔が出せるようになってるのですね。……お顔が見れてちょっと安心」

 

「あの、ねぇさま、私達怒ってたはずなんですけど、忘れてます?」

 

「つか、前は顔さえ無かったんだけどな」

 

 玄一郎は自分の顔を鏡で見たときの事を思い出した。

 

 なんというか、これが俺かっ?!という感じだったのである。いや、確かに自分の記憶にある、自分の顔を再現したとゲシュペンストは言っていたし、その面影はあった。だが、どうやらゲシュペンストは加齢までも考慮して再現したらしい。

 

 最後の時の記憶の年齢からこの世界で過ごした年月を加えてシミュレートして作られた顔はどうも少し渋い感じであり、鏡でいろいろ表情を作ってみて、顔をしかめてみれば記憶にある自分の父親の顰めっ面に似ていた。

 

 知らない間に歳を取ったような、複雑な心境ではある。

 

 ま、顔はそのうち慣れるだろ。

 

 玄一郎はそう思いつつ、今日の出撃のプランを確認した。トラブルで医務室のお世話になった2日間の間に、ゲシュペンストがしっかりと軍務をこなしていたので特に問題らしい問題はなく、作戦プランも相互リンクのおかげで齟齬もなく円滑に進んでいた。

 

 艦隊もすでに今朝未明にはそれぞれの海域に到達しており、敵の襲撃部隊をあぶり出しに掛かっている。

 

 もっとも、今回のトラブルを作ったのはゲシュペンストなのだが肉体を得た喜びは何物にも代え難く、玄一郎は不問にした。まぁ、扶桑姉妹の自室侵入に関してまでは不問にするつもりはないが。

 

「ま、ちゃっちゃと飯食って仕事に掛かろう。今日はまた『VIP』が来る予定だ。ゲシュペンスト、輸送機の状態は?」

 

〔現在、着実にこちらに向かって高高度を保ち航行中だ。本日の昼過ぎには着く予定だ。あの高度に到達出来る深海側の戦闘機も兵器も無い〕

 

「オーケーだ。ステルスドローンの方は?なにかとらえたか?」

 

〔AからDの全範囲に敵影は無い。ソナーにも潜水艦等の反応も無い。だが、襲撃は必ずあるはずだ。警戒を密にしよう。篩(ふるい)の網の目を細かく、だ〕

 

「ああ。で、AからD班は?」

 

〔航空部隊をいつでも発進出来る体制になっている。掛からなかった地点の艦娘も、この陣形ならば包囲へと向かえる。中東でさんざん政府軍にやった手だ〕

 

「懐かしいな。あれからもう六年か。早いな」

 

 かつてゲシュペンストと玄一郎は世界のあちこちを旅した。自分達の世界へ帰るために次元転移の方法を探し、世界各地の研究所や学者、研究家を訪ねてほうぼうを回って、そして中東では研究者達を守るために、独裁政権の軍を相手に、反政府ゲリラを束ねて戦ったのである。

 

 結局、研究者達を解放して独裁政権を打ち倒す事は出来たが、肝腎の元の世界に帰る為の方法は入手出来なかった、という結末に終わった。

 

そこから次の科学者に会うための旅路で榛名を拾って、行き先が日本になったりもしたが、それはまた別の話である。

 

〔では空港へ向かおう〕

 

「ああ。じゃあ、扶桑さん行ってくる。山城、今日も新入り戦艦達の指導を頼む。レポート宜しく」

 

 玄一郎はゲシュペンストのハッチを閉めると、部屋を出て行った。

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 空港である。

 

 空港に空母が立って艦載機を飛ばしている、というのはやや不思議な気がする。

 

 赤城がコンクリートの上に弓道衣のようないつもの格好できりりと表情を引き締め、集中し、その手に持つ弓で艦載機を矢の形でを発進させている。

 

 一つの矢がいくつもの艦載機となり、そして飛ぶその姿は美しい。 その打つ艦載機は、ぶれもせずに真っ直ぐに飛んでいく。空へ空へ、高く、そして速く。

 

 赤城のその艦載機を打つ姿は、鳳翔のそれと重なる。この赤城はパラオ泊地にいた鳳翔が教えた最後の赤城であり、そしてその技の美しさはどこか華があった。

 

 とは言え、見とれている場合ではない。

 

 玄一郎はゲシュペンストの中で、ドローンから送られてくる海域全ての情報をとらえつつ、各海域に展開中の部隊からの報告を全て統合し、指揮を執っていた?

 

 人間の身体と頭脳を持った今でも、前と同様に情報処理が出来ているのは彼の頭脳に組み込まれているサブブレインとゲシュペンストがリンクしている為である。これにより、以前までゲシュペンストと玄一郎の二人ぶんの情報処理をゲシュペンストの頭脳でやっていたのが、それぞれの脳で行え、さらにリンクする事によって高速化でき、さらに役割分担をする事で分析も多角的にできるようになったという点である。

 

「赤城、間もなく輸送機が高度を落とす。空に問題はないか?」

 

「敵機は見えません。今日は雲一つ無く、視認性高し。未だ敵機確認出来ず、です」

 

 赤城の艦載機は敵を未だ捉えられてはいない。無論ゲシュペンストの探索用のステルスドローンもだ。

 

「……解せない。レーダー、センサー、それにドローンも敵影を感知していない」

 

 レーダーの画像をタブレット端末を見ながらチェックしていたあきつ丸がその後ろから言う。

 

「敵は、来ないのでありましょうか?」

 

 確かに、この状況ではその可能性もありうる。だが、赤城はそれを否定した。

 

「慢心はいけません。確実に、空に重圧のようなものを感じます。すでに敵意を感じます。提督、限界高度まで上昇して索敵行います」

 

 赤城は静かに目を閉じてそう言った。彼女の目は艦載機の目となり、その意思は機体と一体となって敵意を探っているのだ。

 

「赤城、頼む。こちらでも範囲を広げる。予想外の何か……。嫌な予感がする。航空機に対して深海棲艦が攻撃するにしても、届く範囲には何も確認出来ないが……」

 

〔玄一郎、嫌な予感がする。ガンファミリアを射出して輸送機の護衛として貼り付かせる〕

 

(了解だ。やってくれ)

 

 ゲシュペンストは背部からリヴォルヴァー銃に特殊なフィンを生やした無人攻撃機を幾つか出した。それは素早くその場を飛び去り、輸送機へと向かった。

 

「赤城、こちらからも無人攻撃機を輸送機に張り付かせる。索敵の網の目が広がっちまうが、とにかく範囲を広げ探索しよう」 

 

〔玄一郎。場合によってはここを離れて出張らねばならんかも知れん〕

 

「ああ。念の為、加速ブースターを出してくれ。俺も何か、こう、予測が足りない気がしている。見落としのような……」

 

 考えれば考えるほど、敵が自分達の予測を上回る手段で輸送機を狙っているように思えた。だが、それは何であるのかわからない。わからないからこそそれが恐ろしかった。

 

「提督、南南西、海域を遥かに越えた地点に通常艦船と思われる船影を発見。あれは……かなり遠くて細部がわかりませんが、なんというか嫌な予感がします。通常、この位置は船舶が運行する航路ではありません。確認お願いします!」

 

 赤城がそういい、座標を示す。

 

 ゲシュペンストがドローンでその船舶を捉え、その画像を拡大、玄一郎が現在この海域を航海中の船舶全てを照会する。

 

 ゲシュペンストが画像を映し、玄一郎の照会がほぼ同時に終わった。

 

〔イージス艦だ!深海棲艦に占拠?いや、鹵獲されたのか?!甲板に人型深海棲艦多数確認!〕

 

「全空母に通達!南南西の小群島に敵の通常艦船確認、これを迎撃せよ!敵はイージス艦だ!ミサイルを積んでいやがる!!」

 

 やられた!と玄一郎はギリッと歯噛みした。相手が深海棲艦だと高を括って侮っていた。

 

 艦娘や深海棲艦に対して人間が作った通常兵器は効かない。故にどちらも人間の兵器を使うことは無いし、持つことすらも無い。自分達の艦装こそが互いに互いを傷つけ、そして倒せるのだから。

 

 だが、今回、向こうから見れば輸送機は『人間が作った飛行機』なのだ。つまり、それに最も有効かつ天敵とも言える人間の兵器が人間の兵器、ミサイルなのである。

 

 輸送機が高度を下げるだろう位置、すなわち艦娘が待ち構える海域にわざわざ行って手勢を減らす事もなく、高度など関係なく、遠距離から一度補足して撃てば自動的に、そしてほぼ確実に撃墜出来る兵器、ミサイル。

 

 今まで数で押すような戦い方しかしていなかった深海棲艦が、まさかこのような戦法をとるなど、誰も考えはしなかった。

 

 盲点どころか、奴らにそんな頭があるなど予想だにしなかった。第一、どこからイージス艦を鹵獲したというのだ。

 

「だめです!距離が遠すぎてまだ艦載機では届きません!目視、敵イージス艦、ミサイルサイトを全門開けました!!目標、輸送機!!」

 

 最も距離が近い蒼龍が叫ぶように報告してきた。

 

 玄一郎はクソっ!と吐き捨てるように言うとガンファミリアに意識を集中した。

 

「イージス艦、シースパローを発射、その数12発!くっ、ダメです!!」

 

「こうなりゃ、撃ち落とすっ!赤城、お前の方はやれるか?!」

 

「なんとかやってみます!撃ち漏らしはお願いします!」

 

 二人は射出されたミサイルを迎撃するために艦載機と無人攻撃機を操った。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 ロックオンアラートがけたたましく鳴る、輸送機内。

 

「パラオ管制っ!こちら日本空軍所属C-2-008っ!!シースパローにロックオンされている!!何でイージス艦に狙われなきゃいけないんだ?!」

 

「んなこと言ってる場合ではない!副機長、チャフとフレアをいつでも射出出来るようにしろ!必ずVIPをパラオに下ろすんだ!!」

 

 操縦席は混乱していた。

 

 深海戦争勃発から30年。戦争形態は変わった。通常兵器が効かない深海棲艦に対して人類はその戦いの表に出ることは無くなり、戦闘は艦娘に依存するようになった。

 

 そのため、空軍もその形態を変えた。

 

 この30年間、新型戦闘機などは全く作られず、むしろ哨戒機や輸送機などに空軍はその技術を費やし、偵察屋、航空運送屋などと揶揄される存在となっていた。

 

 30年の間にかつての戦闘機乗りやベテランパイロット達は年齢で次々と引退した。当然、今の世代は、近代兵器同士の戦闘やミサイルによる攻撃など想定もしたことのないもの達ばかりになっており、このような状況にあって当然、パニックを起こしていた。

 

「嘆かわしいな。空軍に兵無し、か?」

 

 軍刀を杖のようにして着き、座席に座っている憲兵服の男が静かに言った。まるで他人事のような口振りである。

 

「致し方ありません。彼らもこのような事を想定してませんもの」

 

 私もおもってもみませんでしたわ、とその憲兵の横にいる和服の女性がやはり静かに言った。

 

 この二人は全く慌てている素振りもない。実に自然体であり、全く恐れも何もないようにみえる。

 

「……スミマセン、コンナ事ニナッタノモ、元ハと言えバ、私ガ……」

 

 背の高い深海棲艦、おそらくは大型戦艦級がその女性に頭を下げつつ、そう言った。

 

「……やまちゃん、大丈夫よ。なにがあってもパラオの子達が助けてくれるわ。ほら、窓の外をご覧なさい?」

 

 輸送機の機外に、赤城の放った艦載機と、そして異形のリヴォルヴァー銃に羽が生えたようなものがいた。

 

「アレは艦載機?……シかしナニカ奇妙ナノモ混ザッテ?!」

 

「それに。私もおります。噴進弾など、何するものぞ、よ?」

 

 女性は長身の深海棲艦の頭に手を延ばし、愛しげに撫でて、それが終わるとどこから取り出したのか弓矢の矢をいくつか取りだして左手に持った。

 

「では、あなた。ちょっと席を外してまいります」

 

「ああ。君の事だ。案じはしないが、無茶もほどほどにな。『鳳翔』」

 

「ふふっ、少しは心配してくださいな、あなた」

 

「それだけ信頼しているのだ。頼んだぞ」

 

 鳳翔は軽やかに微笑みながら、輸送機の後部へとまるで散歩にでも行くかのような足取りで進んで行った。

 

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

 

 

 

「ガンファミリア、ミサイルを撃ち抜けっ!!」

 

「ミサイル迎撃っ!!」

 

 ゲシュペンストのガンファミリアが輸送機の後部に迫りくるシースパローに弾をバラまいて撃つ。赤城が戦闘機を操り、その機関銃で迎撃していく。

 

 最初に発射されたミサイル12発は輸送機に到達する前に迎撃出来たが、しかし。

 

『第二射、発射されました!!シースパローまた12、深海棲艦が、携行対空ミサイルランチャーを持って甲板上にっ?!対空ミサイル、10、発射されました!!』

 

 蒼龍の通信が入った。

 

「蒼龍、まだイージス艦に着かないのか?!」

 

『雷撃出来る距離まで、まだ到達出来ず!あと10分、いや8分!』

 

「くそっ、ゲシュペンスト、ガンファミリアを頼む!俺はイージス艦攻撃に向かう!赤城、まだいけるか?!」

 

「いけます!いかしてご覧にいれます!!」

 

 赤城が叫ぶように答えた。その言葉は何より信頼できる。

 

「蒼龍、聞こえるか?今から俺がイージス艦に向かう!逃がさんように補足し続けろ。出来るか?!」

 

「おまかせください!死んでも食いついてみせます!雷撃の一撃も入れずしてなんの空母かっ!!」

 

「あきつ丸、最悪の事態に備えろ。救護班、準備させろ!!」

 

「了解であります!」

 

「では行く、離れてろ!ブースターに巻き込まれねぇようにな!!」

 

 玄一郎は背面の加速ブースターを展開させた。

 

 キュウウウウウウウウン、と唸り、そしてゲシュペンストは同時に滑走路を走り、飛び、一気にブースターを点火させた。

 

 ズドン!!

 

 爆発するように一気に加速した。

 




 次回、和服美人が輸送機後部から艦載機を放つ!!お艦が帰って来た!!これでかつる!?

 南方棲戦姫の正体とは!?

 そして深海棲艦達はどこからイージス艦を鹵獲したのか?!

 という引きで終わり。

 大空に笑顔でキメッ!!

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