無念のうちに沈められた艦娘は深海棲艦に変わる。ならば、多くの艦娘を沈めてきた白鳥万智子中佐の基地はどうなのでしょうか。
今、沈められた艦娘達の復讐の百鬼夜行がはじまる。
深海棲艦の大軍が、扶桑と睦月の前方に現れた。
扶桑は美しい顔を歪めていた。
この海域はすでに解放済みの基地周辺に近い、比較的に安全な海域だったので油断した。というよりも山城の身を案ずる余り、彼女は失念していたのだ。
これらの深海棲艦はハグレやマヨイと呼ばれる物である。
ハグレは元々別の海域にいた深海棲艦が仲間から群れを追われたり、文字通りハグレたものだが、これはおそらくマヨイ、すなわち無念のうちに沈んだ『艦娘』が深海棲艦化したものだ。すなわち、今二人の前にいるのは『迷える艦娘達の怨霊』なのである。
小島基地はこれまで数多くの艦娘達を死なせ過ぎた。いや、白鳥万智子中佐は、と言うべきだろうか。
あの女提督は就任してから多くの艦娘達を飢えさせ、苦しませ、そしてわざと艦娘達を沈めさせて来たのだ。目の前の深海棲艦達の姿には、かつての仲間の面影が伺えるものも少なからずいた。
あのレ級は、扶桑によく懐いていた雷によく似ている。あのヲ級は雲龍に、あのチ級二人は大井と北上に、あの軽巡ト級は……。
「……みんな、苦しんで逝ったのですね。そんなに……」
かつての仲間達の怨霊を前に、扶桑の両の目から涙がこぼれた。しかしこぼれる涙を拭う事もせず、目を離しはしない。
「睦月。あなたは基地に戻りなさい。非常事態です。あれらのマヨイはおそらく……いえ、必ず基地に『帰還』しようとするでしょう。数は……20、50……100隻以上、まだ増えてます。はやく帰ってみんなに知らせて下さい」
「ふ、扶桑さんはどうするの?!扶桑さんも戻ろう?!」
「二人で撤退したなら、あの子らはすぐさま私達を追うでしょう。足の遅い私は逃げる足手纏いになります。私が囮になって引きつけます。だから早くいきなさい!」
扶桑は砲を構えた。決死の覚悟を決める。
「いけっ!!早くっ!!私の身を案ずるなら、早く増援を寄越すように、みんなに伝えてっ!!」
鋭く叫ぶように扶桑は睦月に言った。睦月はその言葉を聞いて基地へと向いた。
「か、必ず助けを連れてきます!!扶桑さん、その、ご無事でっ!!」
睦月が駆けると同時に、扶桑の主砲、副砲が火を噴いた。
「……山城、もう会えないかも知れないわね」
撃ちながら、扶桑は覚悟する。あの司令官が増援など送ることなどあり得ない。むしろあの司令官なら基地の守りを固めさせて引きこもるだろう。
それは悪手なのだ。こうして扶桑が何体も同時に撃破していても、何度命中させて沈めても、減りはしない。むしろ海の中から続々と湧いてくる怨霊達。
あの司令官は果たして何人沈めた?何十人?何百人?それらが数を増やし、マヨイではない周りの深海棲艦も巻き込み、引き連れて基地に殺到するのだ。
あの基地はもう終わり。みんな、怨念に取り込まれて壊滅するだろう。
撃つ手を砲を止めず、狙いもそこそこに素早く撃っては装填、撃っては装填を繰り返す。まだ深海棲艦の射程圏外のうちに数を減らそうと撃つ。
かつて雲龍であったヲ級を撃破。かつて大井と北上であったチ級、多くの知己、仲間の成れの果てを撃ち、後退しつつ再び沈めていく。
対空に難がある扶桑はまず空母達を沈める。航空機は早く、易々と距離を詰めてくる。発艦してしまう前に早く撃破する。さらに足の速い重雷艦の魚雷は脅威だ。肉薄される前にそれも合わせて沈める。
かつての仲間とはいえ、扶桑はためらわず撃ち続ける。彼女達はすでに死んでいった者達であり、そして再び沈めねばその怨念は晴れる事無く人に災いをなして多くの命を奪って行くのだ。
前に出てきたル級がじれたのか、射程圏外からイラ弾(イライラして狙いも付けずに撃ってくる弾のこと。当たりを期待しない、戦術としても効果が特にない)を撃ってきた。
「当たるものですか。遠距離砲撃はこうするのです、霧島さん!」
かつて霧島だったと思われるル級の頭を扶桑の副砲は吹き飛ばした。その横の、おそらくは榛名だったと思われる艦も合わせて吹き飛ぶ。
「かつて艦隊の頭脳と言わしめたあなたも、怨念となっては……」
悲しそうにつぶやくも、悲しみにとらわれず、次、次と撃破していく扶桑。後退しては狙撃、後退しては狙撃を繰り返すが、それにも限界がある。
何より砲の残弾はあとわずか。それでもまだまだマヨイは湧き出してくる。そのほとんどは駆逐艦だが、速力は扶桑よりも早く、そして扶桑を取り囲むように展開して来ている。
扶桑は主砲の弾種を切り替えた。
上空に向かって約60度。もうすでに中距離になりつつある駆逐艦との間合いにそれを四発ぶちかます。
駆逐艦の上空から、火炎をまとったバラ弾が降り注ぎ、次々と誘爆するかのようにマヨイの駆逐艦は数を減らした。
「……数は少ないけれど、三式弾、効くでしょう?」
しかし、数を減らしたとは言え、もう駆逐艦による包囲網は完成してしまっていた。
その中で扶桑は観念する。
レ級が、かつて扶桑によく懐いていた雷が、その輪を割って扶桑の前に進んで来た。赤く光る目と漆黒と血の如き紅い怨念を纏って、ゆっくりと扶桑に迫る。
「……雷、あなたも苦しんだのね。そんな姿になってしまって」
砲を向け、扶桑はその美しい顔を歪めた。
ギシャッ、と歯を向いてレ級は笑った。
雷は明るく活発で気丈な、それでいて優しい子だった。暁、響、電、雷の四人は基地ではいつも一緒で扶桑や山城、それに他の艦娘には妹のように愛されていた。
敵であっても救いたいと言う電の言葉に雷は笑ってそれを否定せず、その思いを共有していた。
レ級は首を傾げて扶桑を見ている。昔のように「何を言ってんのよ、扶桑さん!」とでも言っているかのように、手を横に広げて攻撃の意志などまるでないかのように。
「ギ、ギギッ、ガッ……。助ス……助スケル……ミンナ……」
レ級は口を開き、言葉を発した。
扶桑は目を見開いて驚く。このレ級は、いや、この雷だったモノは、記憶を保っている?!
「フソウ……サン、ミンナ……タスケ……ル。アイツカラ……アイツ、イナクスル……」
そう言うとレ級はギシャッと笑い、扶桑の横をすり抜けて、行こうとした。
「雷、あなた……」
「……フソウ……サン。ダイ……スキ……」
扶桑は行こうとするレ級、いや、雷に手を伸ばした。しかし、届かない。バチン、と怨念のオーラが扶桑の手を弾いて届かない。
「……ィク、ネ、ダイジョウブ、ワタシニ、マカセ……テ……」
「ああっ、ああっ、雷っ、いかづちぃぃっ」
レ級は周りの駆逐艦や軽巡、重巡を引き連れて扶桑の元を去った。
扶桑はそれを見ているだけしか出来なかった。
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マッハを超えて飛び、玄一郎が扶桑の元へたどり着いたのは、レ級達が去って行った後だった。
扶桑は膝をついて泣き崩れていた。
「扶桑さん、大丈夫か?!」
玄一郎はうつむく扶桑の顔を覗き込んだ。
「扶桑さん山城達は無事だ。とりあえずワタヌシ島に……」
玄一郎は扶桑が泣いているのは山城達が死んでしまったと勘違いしているのだろうと思っていた。しかし、どうやらそうではなく、まったく違うようだった。
(そういえば、艦娘の反応は2つだった。もう一人の子は、間に合わなかったのか……)
そうも思うが、ゲシュペンストがそれを否定した。
〔レーダーでは扶桑の戦闘前にこの海域を離脱した模様。死んではいない〕
(なら、一体何があったんだ)
〔不明。深海棲艦の群れも彼女に攻撃はあまりしていない。素通りしていたようだ〕
「扶桑さん、何があったんだ?一体……」
「……玄一郎さん、私、どうすれば良いのか、もうわからなくなりました。あの子が、あの子が……みんなを助けようと、ああっ、あの優しい子が、雷がっ……!!」
大粒の涙をながし、はらはらと泣き崩れる扶桑。玄一郎はオロオロしながらそれを見ているしかできない。
だが、ゲシュペンストがそれに口を挟んできた。
〔この先の軍事基地に先ほどの深海棲艦の群れが向かっている。その数、おおよそ100以上。玄一郎、どうする?〕
「扶桑さん、扶桑さんのいた基地に深海棲艦の群れが向かっている。ヤバい状況だ。扶桑さん、どうするんだ?」
「……わかりません。どうすればいいのか、私には、もう」
「くっ、こうしてても仕方ない。何があったかはわからんけど、一旦ワタヌシ島に連れて行く!」
玄一郎は扶桑を無理矢理抱えると、その場を離脱する事にした。なにより扶桑と出会って日が浅い自分よりも、妹の山城や他の艦娘の方が話を聞き出せるかもしれない。
他力本願だが、情報が乏しい自分には全く状況がわからないのだ。
ブースターを噴かして玄一郎は扶桑を抱えて飛んだ。
レ級って、駆逐艦じゃねーよなぁ、とか言うツッコミはさておき。
強い怨念が雷をレ級へと変貌させて、全ての怨念が小島基地に還ろうとしています。
マヨイはこの世に迷った元艦娘達の怨念が深海棲艦化した存在ですが、ある種ゾンビ的なもので、進む速度は通常の深海棲艦達よりも遅い、という設定です。
白鳥万智子さんの命運や如何に?(どう転んでも破滅ですが)