狸とグルメ 作:満漢全席
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木ノ葉の外れにある山中にて。
外套を目深に被ったサツキは、素早く印を結んだ。
「……磁遁、砂金結集の術」
サラサラと黄金の粒子がサツキの手の平に集まっていく。それが硬貨ほどの小さな山になったところで、術の発動を止めた。
磁遁による砂金の収集。これがサツキの主な収入源だ。金はこの世界でも鉱物として重要視されているらしく、常に安定した額を得ることが出来る。
サツキの親父は色々と問題のある御仁であるが、この金属を自在に操る磁遁の能力を授けてくれたことにだけは感謝しても良いと常々から思っていた。
「おいサツキ、あっちに狐が居たんだ! 狩ろうぜ! 根絶やしだ!」
「お前さぁ、どんだけ狐が嫌いなんだよ」
山を散策していた砂狸が、突然戻って来たかと思うとギャアギャアと騒ぎ立てる。サツキは溜息を吐いた。
狐なんて煮ても焼いても獣臭くて食えたものではないので、わざわざ狩っても仕方がない。
「砂鉄大葬を使うぞサツキ! 山ごとまるっと潰すんだ!」
「まるっとしてるのはお前の体だけで充分だよ」
それだけ言って尾獣封印式を弱から強に。するとチャクラの供給を断たれて形を保てなくなった砂狸の体が、ぬいぐるみサイズから手の平サイズにまで縮んだ。
「おいコラ、サツキ! どういうつもりだ!」
「お前がバカなこと考えてるからだよ、狐狩るくらいで砂鉄大葬なんて使えるか」
ちなみに砂鉄大葬とは砂瀑大葬の砂鉄版である。砂よりも重量がある分かなりチャクラ消費は激しいが、その代わりに威力は比にならないほど高い。
それに消費が激しいとは言っても、人柱力であるサツキと尾獣である砂狸のコンビにしてみれば砂鉄の波で山一つを覆うくらいは朝飯前だったりする。
しかし本当に砂狸の狐嫌いには困ったものだ。それが九尾の狐に対する悪感情に由来するものだということは理解しているが、どうにも最近は度を越しているように思う。
「くそぅ! 狐なんてのは滅びればいいんだ!」
そんな捨て台詞を残して砂狸は砂になり、サラサラと風に流され消えた。封印式を最大にしたのだ。サツキは溜息を吐く。
こんなことを言い出すようになったのは、ハナビからナルトの話が出始めた頃からだろうか。本人ならともかく、その人柱力が話題に出てくるだけで腹を立てるとは中々に末期だ。
九尾だけならともかく、関係のない狐にまで八つ当たりをするようなザマでは天下の守鶴の名が泣いてしまう。
「つってもなぁ……言葉で解決するようなタイプじゃねぇもんなぁ……」
人にしても尾獣にしても、感情というのは本当に難しい。特に砂狸のそれは凡そ千年単位で拗らせているアレだから尚更に手に負えない。
このままだと皆が寝静まった間に九尾の人柱力であるナルトを始末しに行きそうな勢いだ。人柱力を殺すと封印された尾獣も一時的にではあるが死ぬので、九尾に関することになると途端に思考が短絡的になる砂狸ならやりかねない。
どうにかしてガス抜きさせられないものかと、サツキは頭を悩ませるのだった。
昼過ぎになってハナビがやって来た。サツキ、ハナビ、砂狸の順番で店の裏にある縁側に座り、ずずっと茶を啜る。
穏やかな時間だ。こんな時間が延々と続けばいいとサツキは常日頃から思っている。一度完全封印されて少し頭が冷えたのか、朝は暴れていた砂狸も大人しいものだ。
「そーいやサツキ、アレ渡さなくて良いのか?」
「ん? ああ、忘れてた」
砂狸に言われて思い出した。
「実はな、今日はハナビにプレゼントがあるんだ」
「私にプレゼント?」
「確かこの辺に……ああ、あったあった」
サツキがハナビに渡したのは、デフォルメされた砂狸の装飾がついたヘアゴムだ。装飾のデザインは無駄に精緻で、眩く黄金に輝いている。
金の狸とはあまり趣味が良いデザインとは言えない気がするのだが、砂狸がこのデザインにすると言って聞かなかったのだ。結局サツキが折れてこれで通すことになった。
「わぁ! 金ピカの師匠だ!」
受け取った本人であるハナビは意外にも嬉しそうだった。ちなみにハナビは根っからの砂狸ファンである。不気味可愛いというやつらしい。サツキにはわからない世界だ。
もしかしたらグッズとして販売すればそれなりの流行になるのかもしれない。絶対にやろうとは思えないが。
「だいぶ髪も伸びてきただろ? 修行の時に纏めとくのに良いかと思ってな」
「ありがとう、サツキ兄様!」
ちなみに素材はサツキが磁遁で集めた金であるため、デザインを抜きにすればそれなりの価値がある。とはいえその事実をハナビが知ることは暫くないだろう。まさか純金製だとは思うまい。
ハナビは早速とばかりに長い髪を結ってポニーテールにする。武力極振りとはいえ、その辺は流石に年頃の女の子と言うべきか。髪を結ぶ動作はとても慣れた手つきだった。
「どう、サツキ兄様、似合う?」
「ああ、似合ってるよ」
いつものストレートロングもキュートだが、一纏めにしたポニーテールもとってもキュートだ。サツキが自作した守鶴ヘアゴムは二つセットなので、今度はツインテールなども試して頂きたい。
ところで幼女に金のアクセサリーを貢いでいると考えると、そこはかとなく背徳的な気分になるのは何故なのか。なんだかとてもイケナイことをシている気がする。
「サツキ兄様は女の子の髪は長いほうが好き? それとも短いほうが好き?」
「そうだなぁ……長いほうが好きかな」
ショートもショートで良さがあるのだが、サツキ的にはストレートロングがジャスティスである。具体的には翻った時の美しさと、ふんわりと髪から漂う清潔な女の子の香りがたまらない。
そういう意味だと、髪が伸びてきた今のハナビはサツキの好みにど真ん中だ。癖がなく艶のある黒髪はいっそ尊いとすら思う。
「んー……サツキ兄様がそう言うなら、もうちょっとだけ伸ばそっかな」
「おう、それがいい。むしろそうしてくれ」
可愛らしい幼女の黒髪ロング。
砂狸からどことなく白い視線が飛んできているような気もするが、あえて無視した。
「それじゃあ、色々と髪型でも試しててくれよ、俺は昼飯作ってくるから」
「俺様は手伝わなくていいのか、サツキ」
「今日はいいよ、だからハナビと遊んでろ」
少しだけ訝しそうに首というか体を傾げた砂狸であったが、なにも言わずにハナビの髪型をいじる遊びに興じ始めた。
キャイキャイと遊ぶ砂狸とハナビを居間に置いて、サツキは一人で厨房へと向かう。
「……上手く誤魔化せたみてぇだな」
実は今日の昼飯は朝からこれにしようと決めていた。
ずばり、狐うどんである。狸蕎麦ではなく、あえて狐うどんだ。
砂狸が聞けば猛反対したことだろう。だから連れて来なかった。
「さて、調理開始といきますか!」
まずは、うどんのスープ、いわゆる“麺つゆ”作りだ。
これには色々と流派があって、鰹出汁派やら昆布出汁派、関東風やら関西風があるのだが、今回は出汁のパンチが効いた鰹と昆布の合わせ出汁にしよう。
「まずは昆布から、だな」
棚から鰹節と昆布を取り出す。昆布の白い付着物は旨み成分なので、それを落とさないように軽く汚れだけをふき取る。
ふき取れたら鍋の中に醤油、みりん、酒を入れ、そこに昆布を沈めてから火にかける。可能なら事前に昆布を水に漬けておいたほうが良い出汁になるのだが、今回は省略する。
「さぁて、鰹節の出番だ」
棚から鰹節の削り器を取り出す。最近は砂狸に削らせていたので、めっきり出番が少なくなってしまった。しかし手入れは欠かしていないので、切れ味は充分だろう。
鰹節を削る際は力を入れすぎると分厚くなってしまうので、鰹節を軽く刃の表面に当てて優しく削るのがコツだ。削りたての鰹節はとても良い香りがする。手に取って少しだけ口に含む。
「うん、良い鰹節だな」
削り終わった頃には、ちょうど鍋が良い感じに煮立っていた。昆布を取り出してから強火に。わずかに残っている醤油や酒のアルコール分を一気に飛ばす。
アルコールが飛んだら火を止めて、削りたての鰹節を投入する。ここで火を止めるのは沸騰させないためだ。鰹節の旨みが出るのは沸騰一歩手前の温度で、沸騰させると雑味が出てしまう。
入れた鰹節が鍋底に沈むまで煮出し、こし布を使って出来上がったつゆをこす。ザルを使ってこしても良いが、布を使ったほうが不純物の少ない綺麗な麺つゆになる。
「麺つゆはこれで良いとして、次は油揚げか」
鍋に水を入れて火にかけ、沸騰したところで油揚げを投入。暫く茹でてから上げる。俗に言う油抜きというやつだ。
次に油抜きした油揚げを先程の麺つゆと砂糖で味付けして煮込む。この時に油揚げの中に餅を入れると餅巾着になって美味しいのだが、今回はオーソドックスな油揚げで行こうと思う。
ちなみにこういう煮物系を作る時は、完成した後に必ず一度鍋を火から下ろして冷ましたほうが良い。味というのは冷める時に具材にしみ込んでいくからだ。二日目以降のおでんの味が染みて美味しいのはそういう理由なのである。
「今のうちに麺のほうを切っておくか」
生地は朝、山から帰って来た時にあらかじめ作って寝かせておいた。うどんの麺は薄力粉、水、塩だけで作られる。具材がシンプルだけに、かけた手間の差が露骨に出る難しい料理だ。
打ち方にも地方によって色々と流派があるらしいのだが、サツキは足踏みをしてコシを出す、いわゆる讃岐うどん派である。この世界における讃岐がなんなのかは深く考えてはいけない。
寝かせておいた生地に打ち粉をまぶし、麺棒で伸ばしてから畳み、うどんらしい分厚さで均等に切り分けていく。サツキも忍者の技を駆使する端くれであるからして、刃物の扱いは手慣れたものだ。まるで機械のような正確さだった。
「で、沸騰したお湯に麺を投入!」
この太さなら茹で時間は十分強といったところだろうか。
どんな麺を茹でる時にでも言えることだが、大き目の鍋で、たっぷりの水を使って茹でるのがコツである。
「さて、そろそろ茹で上がったかな」
大き目のザルに茹で上がったうどんを上げ、冷たい流水で洗う。洗うことによって、つるりとした喉越しと強いコシが生まれるのだ。
洗い終わったら麺を丼に盛り付け、そこにアツアツの麺つゆを投入。
もう一度麺を温めるのもアリらしいのだが、ここは本場の讃岐にならい冷たい麺に熱い汁をかける、いわゆる“ひやあつ”という食べ方で頂きたいと思う。
「コシのある麺! たっぷりの鰹と昆布が香る麺つゆ! トッピングに甘辛い油揚げをドーン!」
ついでに薬味のネギを添えておく。完璧な狐うどんである。それでは実食タイムに移りたい。
例の如く居間に集まって、三人でちゃぶ台を囲む。
「それじゃ、いただきます」
「いただきまーす」
早速とばかりにサツキとハナビは狐うどんに箸を沈める。香るのはパンチの効いた鰹と昆布の合わせ出汁、それに絡むのはコシのある麺。甘く煮込まれた油揚げは噛む度に出汁がじゅわっと溢れ出す。
そんな中、砂狸は目の前に鎮座する狐うどんをジッと見つめながら尋ねた。
「で、こりゃなんだサツキ」
「なにって……狐うどんだよ」
「違ぇだろ、ここは……ずずっ……狸蕎麦を出す……んぐんぐ……ところだろ!」
「そう言う割には吸い寄せられるように食ってんなぁ……」
食の魔力というべきだろうか。言動と行動が全く一致していない。一心不乱に麺をすすり、つゆを飲む。それはもう脇目も振らない勢いで食べ進めている。
砂狸専用に用意された七味唐辛子を時折振りかけ、またずるずるとうどんをすする。そして油揚げを齧りながら唸っている。
「くそっ……この甘辛い油揚げがたまらねぇ……それで、なんで狐うどんなんだサツキ?」
「お前があんまりにも狐、狐ってうるせぇからよ、ここは一つ“狐”でも食わせて憂さ晴らしさせようかと思ってな」
「……そんなうるさかったか」
少し思うところでもあったのか、食べる手を止める砂狸。
むぅ、と唸る声が聞こえる。この丸い体のどこから声が出ているのだろうか。
「なぁサツキ……俺様は九喇嘛の野郎が大っ嫌ぇだ」
「ああ、知ってる」
「でもよ、この狐うどんに罪はねぇよな」
そう言って砂狸は残っていた油揚げを口の中に放り込んだ。その表情は憑き物が落ちたかのように、どこか晴れ晴れとしていた。
「おかわりだ、サツキ。“狐”を食いつくしてやるぜ!」
「ああ、その意気だ」
ニッと口の端を吊り上げた砂狸の前に、追加の狐うどんを置いてやる。すると無我夢中でそれを平らげ始める。
「今度は狸蕎麦も作るんだぜ、サツキ!」
「わかったよ、腕によりをかけて作ってやるからな」
それ以降、砂狸は狐を前にしても不機嫌そうに鼻を鳴らすだけで、やたらめったに当たり散らすことはなくなった。
人だけではない、尾獣もまた成長していくのだと思い知らされる一幕だ。
今日も大満足の一品であった。
ただでさえ丸い守鶴さんを、さらに丸くしていくSSです。
皆さんのところの出汁は関東風でしょうか、関西風でしょうか。
うちは関西風の合わせ出汁で作ることが多いです。