話は数分前に戻る。
ちょうど爆豪と轟が建物の中に入っていく直前辺りで、熾念はオールマイトに一つ質問を投げかけた。
「Hey、オールマイト」
「ム? なんだい、波動少年」
「潜入って言ってましたけど、屋上とか窓から潜入したりはアリですか?」
「成程、良い質問だ!! それは勿論アリだ! 他にも建物の外壁に穴を開けたりしても大丈夫だが、あくまでも『潜入』!! 静かに忍びこむことを念頭に置いていれば、基本方法は問わないぞ!!」
「Thank you so much! ……だとさ、出久」
念動力で自分や誰かを浮かばせて飛行することができる熾念は、一先ず屋上からの潜入を認められてホッと一息吐いた。大抵の者であれば一階から侵入するのであろうが、飛行手段を有しているのであれば話は別。
浮かしている間、特に騒音を立てる訳でもなく、僅かに緑色の光に包まれるという程度の弊害しかない“個性”であれば、味方を浮かせて屋上から潜入する手段を念頭に置くのは妥当と言えよう。
「そうか、波動くんが居れば基本的にどの階層からでも潜入は可能になるね。見る限り外からカーテンの類いは見えないし、入る前に核兵器の場所も把握できる……うん、凄いよ!」
「ま、発動時間がネックだがな、HAHA」
顎に手を当て思慮を巡らす緑谷。そんな彼の分析に対し、軽快に笑いを飛ばす熾念は、ほどよく彼の緊張を解きほぐしてくれる。
敵チームとは裏腹に、相性がいい組となっていた。
「よし、じゃあまずお互いの“個性”を把握しようか! 僕は昨日のテストで見てたかもしれないけど、増強型の“個性”。でも、まだ調整が上手くいってないから、人に向けて撃ったら多分、大怪我しちゃうと思うんだ……」
「Ah……指一本であれだもんな?」
「うん。本気で殴り掛かれば、多分建物も壊しちゃうし、それだと核兵器を傷付ける可能性も……」
「All right。じゃあ、次は俺だな。俺の“個性”は『念動力』。触れずに物を動かせるぜ! ただ、今んところ最大十二秒で、使った後はインターバルを挟まなきゃいけない。ま、それを超えても使えるっちゃ使えるんだが、鼻血やら血涙やらで大変なことになる」
「そ、そうなんだ……」
自分ほどではないが、彼もまた凄惨なことになるのだと思い、顔から血の気が引く緑谷。
しかし、これで大体の作戦は立てられたと言わんばかりに顔を上げる緑谷は、声を震わせながら喋り始める。
「じゃあ、僕から作戦を提案してもいいかな?」
「OK」
「まず、波動くんに核兵器の場所を確認してもらいたい。それから把握できたら、屋内から僕が、建物の外から波動くんが潜入して、同時に襲撃をかける!」
「I see。速攻ってことだな? 確かに、相手の“個性”もそんなに把握できてなきゃ、短期決戦が合理的か」
「うん……あ、かっちゃんの“個性”は『爆破』で、ニトロみたいな汗を爆発させれるんだ! 汗だから、戦闘が続けば続くほど攻撃の威力が増していく……!」
「Wow……じゃあ、やっぱり速攻が一番か」
流石幼馴染。向こう側の爆豪の“個性”は把握しているようであった。
昨日の体力テストを鑑みるに、逆に爆豪の方は緑谷の“個性”をほとんど把握していない。
となれば、必然的に情報アドバンテージはこちらにある。
「もう一人は……焦凍か」
「轟くんだね? 昨日見た限りでは、氷を出してたけど……」
「『氷を出す・作る』か『触れた部分を凍らせる』かで、大分違ってくるな」
「うん。でも、多分轟くんの方は核兵器の防御に回ると思うんだ」
「どうしてそこまで言い切れるんだ? やけに自信満々に見えるな」
「あくまでこれは予測なんだけど……―――恐らくかっちゃんは、真っ先に僕を狙って来ると思う。だから、かっちゃんが攻めに出ている間、核を手薄にするわけにもいかないし、轟くんは防御に……」
ほぼ断定していると言っても過言ではない雰囲気を醸し出す緑谷に、熾念も思わず『
Umm』と唸り始める。
当人たちは兎も角、第三者である熾念には彼等の関係が如何なものなど知る由もない。
「あ、ごご、ゴメン! 波動くんには訳わかんないよね!?」
「……いや、その可能性が高いってんなら、それに準じて動いた方がいいだろうなっ」
「え?」
思わぬ言葉に、緑谷の目が点となる。
熾念はそれを見て『どうした?』と軽く笑い飛ばしながら、少し身長が低い緑谷を見下ろしながら、作戦の続きへと戻った。
「勝己が出久を狙うとして、まずどこに来ると思う? 俺としては、まず一階に向かってって時間を潰して欲しいと思ってるんだが……」
「あ……僕もそうだと思う。波動くんの“個性”を使わない可能性も考えて、一階を虱潰しに回ると思う。もし居なければ、すぐに上を戻りながら僕たちを捜索すればいいし……」
「もし俺達が核兵器前で焦凍と戦ってれば、挟撃もできる訳だしな」
「うん。かっちゃんの“個性”は核兵器を巻き込む可能性も高いから、部屋でじっとしてるより、そうした方が断然いいしね。……挟撃しに来た時、被害を考えないで“個性”を使った時が怖いんだけど」
引き攣った笑い声を上げる緑谷に、つられるよりも熾念も頬を引き攣らせる。
爆豪は、まだ二日目であるがクラスの中でも『最悪』という印象を与えて回っているのだ。その口調の悪さもさることながら、不良染みた態度、気の短さも、周囲に与える印象の悪さを一役買っていた。
緑谷の言葉を聞き、爆豪が核兵器(ハリボテ)の前で盛大に爆破する姿が、安易に想像できる。
「Ah……出久。言い辛いんだけど、少しいいか?」
「え、どうしたの?」
「俺、火が苦手なんだ」
「えぇっ!?」
突然のカミングアウトに、思わず声を上げてしまう。
火が苦手―――それはつまり、爆豪の“個性”が苦手と同義である。正確には爆豪のは『爆破』であり爆炎なのだが、火であることには変わりない。
「えっと、どうして……?」
「小さい頃、火事に遭ってな。それからトラウマなんだ」
「っ! ご、ゴメン……無神経なこと聞いちゃって」
「Don`t worry。言いだしっぺは俺だしな。まあ、何を言いたいのかって言うと……もし予想通り、爆豪が挟撃に来た時は任せていいか?」
「っ……うん! 任せて!」
一見、放任ともとりかねられない発言ではあったが、緑谷は力強く頷いてみせる。
『ヒーローチーム、あと十秒ほどで五分経過だ! そろそろ、準備は大丈夫かい!?』
そこへ、建物地下に存在するモニタールームに居るオールマイトの声が、小型無線を通して響いてきた。
「よしッ……じゃあ気張っていこう!!」
「OK!」
☮
と、いうような会話を経て、開始直後に屋上へ上ってきた二人。
ここで一番大切であるのは、熾念が建物の外周を敵にバレないように飛行し、核兵器の場所を把握することだ。
もしバレてしまえば、折角の屋上からの潜入という作戦が水泡に帰す。
しかし、幸いにも発見されることもなく、熾念は核兵器があるであろう場所を見つけるに至った。
「氷?」
「Exactly。建物の一部分だけコチコチに凍ってる場所があった。多分そこだろうな」
「轟くんの個性か……建物自体が凍ってるとなると、氷を作るっていうよりは、凍結とか氷結とかの類いだね」
「ああ。窓の方も氷で補強してたな」
「えぇっ!? それじゃあ、波動くんが外から入るのは……?」
「いや、大丈夫だろ。コスチュームありきなら、勢いつけて蹴破れる……はずだ」
「そう? よしッ……じゃあ、早速その部屋に向かうよ」
「OK。着いたら連絡してくれ」
それじゃあ、と手を振り合って別れる二人。
ここからは時間との勝負。爆豪がどこをどの程度捜索しているかは分からないが、轟との戦闘が始まれば、否応なしに音や敵チーム間の無線で気付かれる。
そうなれば挟撃は必至。爆豪が核兵器を前にして臆し、“個性”を使うのを憚ればまだしも、遠慮なしにバカスカ撃たれてしまっては元も子もない。
それは約一分後、プツンという音と共に、無線から囁くような緑谷の声が聞こえてくる。
『波動くん、着いたよ』
「All right。じゃあ、早速……」
『あ、待って。こっちの状況なんだけど、ドアもカチンコチンに凍っちゃってて、普通に開けれそうにないんだ』
どうやら轟は、部屋全体を凍らすことによって、侵入者を阻む氷の牙城を形成しているらしい。
唯一のドアを開けにくくして居れば、ガチャガチャとドアノブを弄る音で敵の接近を把握し、入った途端に攻撃を仕掛けるのも可能ということだろう。
「Huh? じゃあ、無理やりこじ開けるか吹き飛ばすしかないだろうが……もし、そうした場合の懸念は?」
『うん、ドアをぶっ飛ばした先に核兵器があったら大変だよね……』
「だな。じゃあ、隣の部屋とを隔てる壁辺りを吹き飛ばして入るのはできそうか?」
『それならできるよ。じゃあ、可能な限り轟くんの真正面と真後ろから仕掛けた方がいいと思うから、お互い自分から見て右側から突入……でいいかな?』
「OK。爆豪は来そうか?」
『まだ音は聞こえてこないっ』
「じゃあ、五秒後突入だ!」
『了解!』
手短に、迅速に。
スピードが命のこの作戦。ミスは許されない。
屋上に佇んでいた熾念は、突入三秒前になったタイミングで飛行を開始し、先程発見した部屋へ向かう。
そして、アイアンソールを装着している足を突出し、ドロップキックをするような体勢で、窓へ滑空していく。
「行くぞッ!」
「
始まりのゴングが、部屋に轟き渡った。
☮
(ッ……緑谷と波動か?
突如として砕け飛ぶ部屋の壁と、甲高い音を奏であげて飛散する氷と硝子片に、轟は眉を顰めた。
轟が立っているのは、核が置かれている場所と同じ部屋の中央。どの方向から敵が来ても対応できるようにという判断の下での配置だ。
ハリボテの下部は氷結で凍らしておくことによって、熾念の念動力でも持っていかれないようにという工夫をしているが、実際どの程度効力を発揮するかハッキリしない。それでも、しないよりは断然よい小細工だ。
(前から緑谷……後ろから波動だが、まず止めるべきは―――)
「お前だ、波動……ッ!」
「ッ―――
回れ右をして振り返る轟は、右脚を一歩踏み出し、凄まじい勢いで床を凍結させていき、津波のように迫りいく氷を放つ。
予想以上の攻撃速度に目を見開かせる熾念は、すぐさま回避行動をとるように飛行しようとするが、如何せん場所が悪かった。轟の『半冷半燃』の氷結は、右半身に触れた場所から凍結させていくというもの。それ故、反時計回りに回避されるのを苦手とするのだが、代りに余りある範囲攻撃があった。
屋外であれば兎も角、この部屋の広さ程度の屋内であれば、一瞬の内に氷壁で覆うことができるほどの範囲攻撃だ。
一方熾念は、まず核兵器を。動かないと知るや否や、轟を浮かせようとするが、それぞれ足元を凍らせている彼等を動かすことはできなかった。
そして遂には、部屋の半分を覆い尽くすほどの氷壁が熾念の逃げ行く先さえも凍てつかせ、呑み込まれるようにして熾念は凍りつかせられる。
「波動くん! くッ……!」
様子を窺う限り、熾念は手足と胴体を氷で覆われている状態。
あれでは満足に動くこともできぬのに加え、無理に動かせば皮膚や肉が剥がれ、時間が経過すれば最悪壊死する状態だ。
核兵器の下へ一直線に疾走していた緑谷は、彼の犠牲を無駄にせぬためにも全力で駆け抜ける。
が、
「やらせねえよ、緑谷……!」
「うわぁッ!?」
核兵器を回収するべく全力疾走していた緑谷であったが、熾念の処理が終わって振り返る轟が振り下ろした拳を前に立ち止まった。
触れた瞬間に天井を衝くように生まれる氷柱。
(こんなの……少しでも触れたら終わりじゃないかッ!?)
反則過ぎる! と口にはしないものの、内心毒づく緑谷は、一旦距離を置くべく数歩後ろに下がる。
あとちょっと―――あと少し手が届けば、自分たちの勝利だったのにと歯噛みした。
だが、完全に勝機が潰えた訳ではない。ここから巻き返してこそヒーロー。相手が幾ら推薦入学者の実力者であったとしても、決して諦めては……
『デェエエクゥゥウウッ!!!』
「やっと来やがったか……」
(ッ……なんていう最悪なタイミングなんだ!?)
背後の通路から響いてくる、聞き慣れた怒声。
戦闘の騒音を聞き、一目散に駆けつけてきたのだろう。
状況は最悪。一人は既に戦闘不能であり、相手は二人共健在。しかも、相手はどちらも自分の格上ときた。
―――詰んだ
『―――!』
「えッ……? ……うん、分かった!」
しかし、途切れ途切れな無線から聞こえてきた声に、緑谷の瞳に闘志が戻る。
「……なにするか知らねえが」
「SMASH!!!」
「ッ!」
後退しようとしていた緑谷へ向けて氷結を繰り出していた轟であったが、氷結が届く直前で、緑谷が折れていない指でデコピンを放ち、その衝撃であろうことか氷結による浸食を食いとめた。
その際、わざと飛び退くようにジャンプしていた緑谷は、自身の前を突っ走る衝撃の反動で、元居た通路の方へと吹き飛んでいく。
だがその時、通路の奥から閃光と一つの影が垣間見える。
「デクゥ!! ここに―――!?」
「わッ、かっちゃ―――!?」
ばったりと出会ってしまった二人。
爆豪は思いもよらぬ体勢で襲いかかってきた緑谷に反応することができず、そのまま緑谷のヒップアタックを喰らう形で通路に戻された。
「痛ッ!」
「ッ……クソがぁッ!!」
「わぁ!?」
そのまま爆豪に乗りかかるような体勢で着地した緑谷は、すぐさま逆鱗に触れられたかのように怒り狂う爆豪に投げ飛ばされ、不恰好な体勢で壁に叩き付けられてしまった。
続けざまに爆破を起こす掌が迫るが、紙一重の所で飛び退いて回避する。
「う゛ぅ……!」
「待てや、デクゥ!!」
怒号を上げながら迫る爆豪は、核がある部屋から離れるよう逃げていく緑谷を追う。
「使ってこいやぁ!! “個性”をよォ!!」
BBB! と断続的に爆発する炎は、爆豪の心境を顕著に表していた。
―――君は……やっぱり凄いよ
「楽しかったか!? クソナードの癖に、俺を騙しておいてぇ!!」
『爆破』の応用で通路を飛び回り、じわじわと緑谷を追い詰めていく。そしてギリギリまで近づいた時に、手榴弾風の籠手を装着する右腕を振るう。
だが、徐に振り返った緑谷が右腕を掴み、折れた指の痛みを我慢しつつ、一本背負いで爆豪を床に叩き付ける。
「がぁッ……!?」
―――粗野で乱暴でとても嫌な奴だけど、やっぱり凄いんだ
爆豪を叩きつけた後は、再び核がある部屋から離れるように逃げ去る。
「ごほッ……オイこら待てやぁ!!! “個性”も使わず闘り合おうなんざ、舐めてんのかァ!!」
「はっ……はっ……!」
―――凄い人だから……だから今は、君を超えたい! どんな形でも勝ちたいんだ!
「デェェエクゥウウウ!!!」
立ち上がり、咆哮を上げて接近してくる爆豪に、緑谷は再び振り返った。
鬼、般若、悪鬼羅刹―――この世の恐ろしいものを数個混ぜたかのような形相をする爆豪を前に臆していないといえば嘘になろう。
しかし、振り返らなければ相手を見る事はできない。今迄は、背中しか見ることができなかった相手の顔を。
どんな手を使ってでも、時間を稼がねば。
「でやぁッ!」
「喰らうか、クソがッ!!」
「ぎっ!?」
今度は拳を振るおうとしたが、寸前の所で爆破することにより方向転換と目くらましをした爆豪が、緑谷の背後をとる。
そのまま掌を翳し、背中へ向けて爆炎を放てば緑谷は衝撃でよろける―――筈だったのだが、
「―――あ゛ぁッ!!!」
「んなっ……!?」
突如轟音が響いたかと思えば、一陣の風のような速さで飛び込んできた緑谷が、爆豪の体をがっちり抱え込む。
床の一部が突き抜けるほどの力で飛び出した緑谷のタックルを諸に受けた爆豪は、そのまま二人でゴロゴロと通路を転がっていく。
「っの、クソナードが!! 放しやがれっ!!」
「放して……たまるもんかっ!!」
「んの野郎がぁ!!!」
転がり終えた後も取っ組み合う二人。
単純な膂力では爆豪に軍配が上がる。現在、『ワン・フォー・オール』の反動で指二本と足の骨が折れている状態の緑谷であれば尚更だ。
しかし、痛みで目尻に涙が浮かびつつも、気力だけで爆豪を取り押さえる。
「どんな形でも……君を超えて、一歩前に進むんだぁ!!」
「その面ッ……止めろや、ク―――」
『ヒーローチーム……WIIIIIN!!!』
「ソナー……ド……?」
「やっ……た」
無線のインカムを通して聞こえるオールマイトの声に、二人の動きがピタリと止まった。
爆豪は何が起こったのか理解できず茫然とし、緑谷は緊張の糸が切れて、ばったりとその場に崩れ落ちる。
拘束がなくなり動ける筈であるにも拘わらず一向に動かない爆豪は、目線だけを動かして、自分に覆いかぶさるようにして気を失っている緑谷を見つめた。
「負け……俺が、デ、クに……?」
☮
時間は少し遡る。
ちょうど、緑谷がSMASHの反動で吹き飛び、爆豪にヒップアタックをしたくらいの頃。
(アレだと、爆豪が緑谷の相手をするか……なら、さっき緑谷に開けられた壁の穴を補強―――)
熾念を氷結し、僅かに気が緩んでいた轟。
その為数秒の間、熾念に背を向けてしまっていた。
「……っ!?」
開いた穴を氷で防ごうと一歩踏み出した途端、後ろからテープが飛来し、クルリと轟の胴体に巻き付いた。
(これは、確保テープ……?)
「Hey,Hey,Hey,焦凍。俺の“個性”……手足封じたくらいじゃ止められないぜ?」
「ちっ……!」
確保テープを巻かれ『捕縛』判定を喰らった轟は、これ以降動くことができない。
振り返れば、凍らされながらも瞳を緑色に輝かせている熾念の姿が目に入る。
成程、緑谷が血相を変えて逃げていったのは、彼を狙う爆豪を核がある部屋から離す為。そして同時に、逃げていく緑谷を確認させることによって、事前に外に浮かばせておいたテープを時間差で部屋の中へ侵入させ、こっそりと轟の下へ―――。
「……だがよ、凍った体じゃロクに動けねえぞ?」
例え自分を捕まえたとしても、動けない熾念では、凍結で固定している核兵器を触れることはできない。
勝利する為には、核兵器を触れるか相手二人を捕縛すること。
残る緑谷と爆豪では、後者に分があると言う様な口ぶりをしてみせる轟。
「HAHA! だったら、融かすまでだ……!」
「なに……?」
一層、輝きを増す熾念の瞳。
すると、彼を覆い尽くす氷が震え始める。
「オイ、やめとけ……無理に砕いたら、最悪四肢持ってかれるぞ」
「Hmmm……だから言ってるだろ? 融かすってな!」
「?」
轟に窘められながらも、依然念動力を氷に働かせ続ける熾念。
すると、三十秒ほど経ったところで、熾念の体から白い湯気が立ち上り始める。
「
更に湯気が立ち上り始めて数十秒後、顔面血まみれになっても“個性”を使い続けていた熾念は、気合いの一声を上げて氷を砕き割った。
「はふぅ……」
「……おい、大丈夫か?」
だが、砕いて解放された熾念は、顔から血の尾を引かせながら前のめりに崩れる。
轟にとっては相手チームだが、流石に心配になって声を掛けて安否を確かめた。すると熾念は、脱力した腕をなんとかピースサインを掲げる。
そして、そのまま熾念は足をもがれたゾンビの如く、床に真っ赤な線を描くようにしながら第五匍匐前進で核兵器の下へ向かう。
彼が行ったことは至極単純。
“個性”の反動である“熱”。主に脳を中心に溜まっていく熱ではあるが、体温の方も地味に上昇していく。
それ故、夏は“個性”の発動時間が自然と減ってしまうのだが、今回はそのデメリットを逆手にとって、轟の氷を地道に融かしたのだ。そして砕けた際に四肢を持っていかれない程度に体表面を凍らす氷を融かした後は、強引に念動力で体を覆う氷を破砕した。
これにより、緑谷に任せた爆豪の妨害を受けず、二人を捕縛するよりも比較的安易な勝利条件である核兵器確保ができるという訳だ。
……代わりに、流れ出る鼻血や血涙で顔面が悲惨なことになったが。
「おい、本当に大丈夫か?」
「……オーケーイ。これで……俺達の勝ち、だ」
匍匐前進で近寄り、核兵器に手で触れる。
傍から見れば殺人現場にしか見えない光景に、敗北を喫することとなった轟は、なんともいえない気分で熾念の姿を見つめるのであった。
『ヒーローチーム、WIIIIIN!!!』
そして、勝利を報せるオールマイトの声に、本当に死んだかのように、熾念は手をバタリと床につけた。
「……大丈夫なんだな?」
「……アイス食べたい」
「氷ならあるぞ?」
「No thank you」
「……そうか」
訓練が終わり、確保テープを自ら解いた轟は、地に伏せる熾念に手を差し伸べつつ、近くに転がる氷を差し出す。
緑谷と爆豪たちとは違い、こちらは緩い雰囲気のまま訓練を終えるのであった。