Peace Maker   作:柴猫侍

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№76 夕焼けの頬

 文化祭一日目は、大きなトラブルもなく、熱狂の下に幕を下ろした。

 1年A組の面々も、無事に発表を終えることができ、ホッと一息吐く。

 

 しかし、文化祭には二日目がある。

 

「昨日あんまり遊べなかった分、はしゃぐぞぉおおお!!!」

「FOOOOO!!!」

「うっさ」

 

 二日目の朝、皆が開店準備に勤しむ中、上鳴と波動が校舎中に響きわたりそうな声で雄叫びを上げた。昨日、彼らはメイド喫茶だったり、出店の宣伝だったり、バンドのセッションや裏方の仕事で大いに働いていた者達だ。

 発表についての緊張や出店の忙しさで、思う存分文化祭を楽しめておらず、『今日こそは!』というその意気ごみも分からない訳でもないが、耳を劈くような雄叫びに耳郎は苦笑を浮かべた。

 

「羽を伸ばすのは構いませんけれども、午後にはしっかり戻ってきてくださいね?」

「そうそう。メイドのしーちゃんには頑張ってもらわないと!」

 

 シフトについて釘を刺す八百万の隣で、葉隠が悪戯っ子のようにクスクス笑いながら、昨日の熾念の姿について言及する。

 一クラス20人。全員が文化祭を楽しむために各々の休憩時間を考慮すると、割とスケジュールはぎゅうぎゅうになってしまう。

 メイドのしーちゃん。今日の入りの時間は午後からだ。見ている方も疲れるあのキャラを維持するのは、相当なものだろう。

 

「I know!」

 

 だがしかし、熾念は何事も全力で楽しむパーティピーポーだ。

 その為には共に学校を巡る友人が必要。

 シフトの入っていない者に片っ端から声をかけ、彼らの文化祭二日目は始まるのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「そして我らが佇むは彼のB組が前」

「何言ってるの、波動くん?」

 

 腕を組んで仁王立ちする熾念に、冷静なツッコミを緑谷が入れる。

 緑谷の他に熾念と共に居るのは、飯田と轟の二人だ。奇遇にも、以前縁日を訪れた際のメンバーになっている訳だが、そんな彼らが佇むのは『奇々怪々 お化け屋敷!』と血が滲んだようなおどろおどろしい文字が描かれる看板が立てられる、B組教室前である。

 

 そう、物間が学校中に宣伝している通り、B組の出店はお化け屋敷。

 文化祭の出店としては定番と言えるものだが、仕掛ける側が、“個性”を使うエキスパート養成科のヒーロー科だ。凡そ、普通のお化け屋敷とは違ったものであるに違いない。

 やや怯える緑谷に対し、熾念は目をキラキラと輝かせている。熾念は、洋画のゾンビ系やホラー系を観慣れているため、ホラーにはある程度免疫がついているのだ。

 と言っても、緑谷もそこまでホラーが苦手な訳ではない。そもそも、仕掛ける側が人間と始めから分かっているのだ。怯える要素としては、そこはかとなく漂っている雰囲気と、突然飛び出てくるかもしれない、驚かす系の仕掛けだろう。

 

「Oh! A組のミナサン! ワタシたちのお化け屋敷ヘヨウコソ!」

 

 受付には、凡そお化け屋敷には縁の無い角取が居た。

 『Welcome!』と招き入れられ、暗幕カーテンが吊るされ、青色の蝋燭型電球の仄かな光しかない教室―――否、お化け屋敷に誘われる四人。

 

「お化け屋敷と言えば、小さい頃行った限りだからな……うむ! 楽しみだ」

「俺は初めてだ」

「へぇ、轟くん初めてなんだ。僕は、小さい頃一回行ったキリだよ。波動くんは?」

「俺か? Hmm……小学校はよく行ってた―――Oops!?」

「「波動くん!?」」

 

 突如、何もないところで何かにぶつかったように、鈍い音を響かせ、痛そうな声を漏らす熾念に、緑谷と飯田の二人は心配する声をかける。

 

「てててッ……What`s up? 見えない壁か?」

「これはまさか、B組の円場くんの“個性”『空気凝固』!?」

 

 見えない壁をコンコンとノックする緑谷は、見たことのある“個性”の名を口にする。

 

 円場硬成:個性『空気凝固』

 吹き出した空気を固めて、円型の透明な壁を作り出すことができるぞ! 範囲は、肺活量に比例だ!

 

「こっちの道はハズレってことか」

「むむっ、これは一本取られたな!」

 

 早々に別の道へ進む轟の横で、飯田はその“個性”の扱い方に感心している。

 そんな四人が次に通りかかったのは、ボロボロな障子が左右に取り付けられている直線の道だ。別に、目蔵の方の障子が居る訳ではない。

 

「ね、ねえ……これってぜっぴゃあッ!!?」

 

 『絶対来るよね?』。

 そう口にしようとするや否や、障子に空いていた小さな穴から、無数の棘付きの触手のようなものが飛び出て、向かい側の障子へと突き立てられた。

 余りにも唐突な仕掛けに、緑谷は素っ頓狂な声を上げ、地面に突っ伏しながら制服の胸の当たりを掴んでいる。相当堪えたようだ。

 

「し、塩崎さんの“個性”……『ツル』……!」

「ホラー映画より、ゾンビ映画の方がこういうビックリ系は来るなっ」

「そうなのか?」

「お化け屋敷ではこういう直接的な仕掛けはこないからな……新鮮な気分だ!」

 

 心拍数が上がって具合が悪くなりかけている緑谷を介抱しつつ、次に辿り着いたのは、日本人形やこけしが散乱する、井戸のある場所だ。

 只ならぬ雰囲気。

 無造作に散乱している人形らが、これまたいい味を出している。

 

 何か来る。何か来るとは分かって身構えていても、恐いものは恐い。

 恐怖と期待を抱きつつ、熾念が一歩踏み出す。

 その時だった。

 

 カタカタ。

 

「……ん?」

 

 何かが小刻みに動く音。

 思わず全員が辺りを見渡す。

 

 カタカタ、カタカタ。

 

「……なにか……動いてるよね?」

「Yeah」

「みてぇだな」

 

 絶え間なく響いてくる音は、次第にその音を大きく響かせていく。

 

 するとどうだろうか?

 天井より吊るされている暗幕カーテンが、風に晒されているが如く粗ぶり始め、唯一の光源であった蝋燭型電球も、不規則に点灯と消灯を繰り返す。

 

「みんな、後ろだ!」

 

 飯田の声に、三人は振り返る。

 するとそこには、先程まで無造作に置かれていた人形たちが、あろうことか宙にフヨフヨと浮いているではないか。

 さらに、人形は徐々に四人の下へ近づいてきている。

 これには流石の熾念や轟も動揺を見せ、後ずさりながら出口を目指す。

 

 刹那、カッと四人の背後から青白い光が漏れだした。

 反射的に四人が振り返れば、そこには白蝋の肌に血化粧を施し、片目をその銀髪で隠す白い着物を着た女が、井戸の底より漏れだす光に照らされながら、こちらの方を睨みつけていたのだ。

 

「うぅぅううらめぇしやぁぁぁああ……!!」

『わぁー!?』

「お」

 

 余りの迫力に、轟を抜いた三人は声を上げ、轟も思わず心の声が漏れだす。

 

 

 

 柳レイ子:個性『ポルターガイスト』

 ポルターガイストっぽいことなら大抵できるぞ!

 

 

 

 “個性”盛りだくさんのお化け屋敷を、四人は存分に楽しんだのだった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

お化け屋敷を堪能した四人は、その後普通科C、D、Eを順々に巡った。

手品や縁日など、これまた気色の違った出店に満足した四人が、次に赴いたのは……

 

「サポート科……かぁ」

「Hmm……どんな感じなのかさっぱりだな、HAHA!」

「サポートアイテムの展示でもしてんじゃねえのか?」

「百聞は一見に如かず! とりあえず、寄ってみるに越したことはないな」

 

 中々曲者な出店が揃っていると予想されるサポート科。そこに立ち寄ろうとする面々の面持ちは、どこか神妙だ。主に、とあるサポート科の生徒一人の顔が脳裏を過ったのが理由である。

 しかし、そんな彼らの心を読んだのかと言わんばかりのタイミングで、彼女は姿を現した。

 

「やや、あなた方は!」

「あ……君は、発目さん!」

 

 現れたのは、制服姿の発目だった。

 彼ら四人は、夏休みにコスチューム関係でよく彼女と会っていたが、こうして制服姿を見るのは初めてかもしれない。

 どこか新鮮な感覚を覚えながらも、首からプラカードをひっさげる発目は『ちょうどよかった!』と、四人―――特に今名前を言った緑谷に詰め寄り、あろうことか手を握る。

 

「へ、へぁっ!?」

「今、我がクラスでは文化祭用に作った遊戯目的のドっ可愛いベイビーたちを展示しているのです! ささっ、遠慮せずこっちへ!」

「え、えええっ!?」

 

 そのまま手を発目のたわわな胸に抱かれるよう拘束され、緑谷はサポート科の教室へと引きずり込まれていく。これが性の暴力。最早、拉致以外のなにものでもない。

 茫然と立ち尽くす他三人であったが、このまま緑谷だけが犠牲になるのは忍びないところだ。

 発目と緑谷の後について行くようにして教室に入る三人。

 彼らが目にしたのは、机の上に展示されている様々なメカニックな玩具と、実際にそれらを用いて遊んでいる生徒たちの姿だ。

 

「文化祭は、本来サポート科にとって体育祭以上に各々の発明技術を大企業にアピールできる場でした。しかし今年はトラブル続き。これでは3年の方々だけではなく、2年、そして我々1年もアピールの機会を失い、就職難に陥ってしまうのではないか!? そんな我々の想いを汲み取って下さった先生方は、校外で展示会を開く他、このように遊戯用の発明品を作っておくよう伝えてくれました!」

「そそそそ、それが一体……!?」

「フフフフフ。教室内の展示品を見てもらった後、良かった発明品に投票していただくんですが、票の多かった品物は、実際に先生が企業に案として持ち寄ってくれるとのこと! 企業側が採用してくれれば、めでたく商品化という訳なのですよ!!」

 

 つまり、こうして緑谷を拉致してきたのは、あわよくば自分の発明品に票を入れてもらうためという訳だ。

 商品化も夢ではない企画。

 このように、病的なまでに自己中心的な性格の発目が、あの手この手で人を呼び込むのは、なんら不思議ではないという訳である。

 

「そんな私が今回あなた方に紹介するのはこちら!!」

 

 ドンッ! と効果音が着きそうな身振り手振りを見せる発目は、自分の机の上に展示されている、大きな銀色の樽を指し示す。

 巨大とは言っても、精々人の頭程度の話。では、なぜ巨大かと一度形容したかと言えば、樽の天辺に差し込まれている海賊風の人形が理由だ。

 

「これって……」

「Wow。黒ひげ危機一髪」

「そりゃあなんだ?」

「樽におもちゃの剣を刺していって、天辺の海賊を飛び出させてしまった者が負け、あるいは勝ちというゲームだ」

「古き良きパーティゲーム!! 私は今回、その黒ひげ危機一髪をパワーアップさせてみましたよ!!? さあ、付属の剣を手に取って、おひとりずつ私のベイビーの穴に刺しちゃってください!!」

 

 『はい!』と手渡される小さな剣。

 半ば強制的に黒ひげ危機一髪をやらされることになった四人は、仕方ないと言わんばかりの様子で、遊ぶことに決めた。

 

「これこそ小さい頃以来さっ。どれどれ……」

 

 苦笑を浮かべ、早速穴に剣を穴に刺す熾念。

 次の瞬間、バリバリと電光が瞬き、熾念の身体はとてつもない痺れに襲われる。

 

 予想だにしていなかった電撃に、熾念は思わずその場に崩れ落ちる。

 

「波動くーん!?」

「発目くん、これは一体!?」

「残念ですね! 実はこの黒ひげ危機一髪は、ハズレを引く度に違った罰ゲームが課される仕様になっています!」

「っつーと、黒髭を出したやつが勝ちなのか?」

「そのとーり! 被りは無し! 何度遊んでも、自分がどの罰ゲームを引いてしまうのか、はたまた勝ってしまうのか、ハラハラドキドキのパーティゲームとなっております!」

 

 今度は緑谷に介抱されて立ち上がる熾念。彼としては『パーティゲームってレベルの罰ゲームじゃねーぞ!?』とツッコみたいほどの威力だったわけだが、今まさにその電撃の余韻で、まともに喋れなくなっていた。

 制止することもままならいまま、次は恐る恐る緑谷が剣を樽に刺す。

 すると、樽から何故かアームが飛び出て、穴に剣を刺し込んだ緑谷の腕に、思いっきりしっぺをぶちかましたではないか。

 

 スッパァン! と乾いたいい音は、教室中に響きわたる。

 

 不意の一撃に、緑谷は喰らった部位を抑えて身悶えた。

 

「っつ~~~……!?」

「どうです!? 定番のビリビリに加え、しっぺ機能まで搭載! 他にもくすぐりやわさびを口に入れたり、胡椒を鼻に振りかけたりなどの様々な機能もあります! 私のドっ可愛いベイビーが商品化された暁には、パーティ大盛り上がり間違いなし! どうか、この発目明。発目明に清き一票を!」

 

 選挙のウグイス嬢よろしくなセリフを口にする発目。

 だが、こんな危険な代物を世には出せないと、四人は彼女の発明品には投票すまいと心に誓う。

 

 才能あれど、実用的な物を作れることとイコールではないとシミジミ感じる時間を過ごす、四人なのだった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 その後も、校舎の外にある経営家の出店にも立ち寄った四人。

 経営科は、他の学科とは違い、販売のシミュレートという目的の下、実際に物を売ったりする出店が許されている。

 主に売られているのは、焼きそばやクレープ、フライドポテトなどだ。

 昼食ならばランチラッシュの食堂でも済むが、折角の文化祭の雰囲気を楽しむ意味で、四人は経営科の運営する店で食べ物を購入し、それを昼食として食べた。

 

 そして午後は、あのメイドの時間だ。

 3年生の発表の時間も重なっていることもあって、一日目より客足は少ないが、それでも訪れる者はそれなりに居り、メイドとなった熾念たちはてんてこ舞いになって動き回ることとなる。

 

 そして、心より楽しんだ文化祭も終わりの時間を迎えようとしていた。

 

 滞りなく運んだスケジュールの下、発表に用いられた大ホールに召集された生徒。

 まだ興奮と熱気冷めやらない中、校長の根津は、横に佇む彼の豪華賞品を横目で一瞥してから、優良だった発表と人気を集めた出店の発表を行う。

 こういった場面で、まず一番に発表されるのは1年生。

 その例にもれず、『今年の1年生の発表の金賞は……』と、根津が口にすると、1年生の誰もがゴクリと生唾を飲む。

 

 誰もが自分のクラスの優勝を信じている。願っている。

 もし、優勝すればただでさえ楽しかった文化祭が“最高”へと昇華し、それこそ最高の思い出となるのだから……。

 

『―――サポート科、H組だよ!』

 

 根津の発表を受け、H組の者達がワッと湧き上がる。因みに、H組はあの発目の居るクラスだ。

 見ていなかった者から『どんな発表だったのだろうか?』と疑問があがる一方で、内容を知っている側からは『確かに……』と納得する様子も、大ホールの雰囲気から見て取れた。

 

「なあ、鋭児郎。H組の発表ってどんなんだったんだ?」

「H組はさぁ、なんか有名なロボットがメッチャ出てきてさぁ!」

「メッチャキレッキレなダンス踊ってたよな?」

「Really!?」

 

 切島の言葉に続けて話す瀬呂の言葉に、熾念は目が天になる。

 瀬呂曰く、ガン〇ムやエヴ〇ンゲリオン、イ〇オン、マジンガー〇など、スーパーロボット大戦ができるんじゃないかという数のロボットが、ダンス部顔負けのダンスを披露したとのこと。

 これは後に配布されるDVDが楽しみであると、熾念はA組が優勝に選ばれなかった残念もサラリと流し、胸に期待を抱く。

 

 その間にも、出店の方の人気一位が発表された。

 一位は普通科のクラス。内容は、面白い科学の実験だ。とあるソフトキャンディをコーラに入れると、何故一気にコーラが噴き出すのかを丁寧に解説してくれたりと、目の前で解説しながらの実験が好評だったらしい。

 

「あ~あ! どっちも優勝できなかったなぁ~!」

 

 その後、文化祭の閉会宣言を受け教室に戻った面々は、出店の後片付けに精を出していた。

 しかし、発表と出店、どちらも優勝できなかったことを残念がる芦戸は、ブー垂れて机に突っ伏している。

 

「仕方ありませんわ。でも、楽しかったから私はよかったですわ。耳郎さんに爆豪さん、上鳴さん、常闇さんとのセッションも楽しかったですもの」

「普段ならば想像できない面子での調和……中々興味深い時間だったな」

「だよなー! あんだけ演奏できんだったら、有志とかでも全然いけたって!」

 

 芦戸に寄り添いながらほほ笑む八百万に、常闇と上鳴が賛同する。爆豪は現在備品を置きに行っているため、この場にはいないものの、居たら反発するに違いないだろう。

 だが、小さい頃音楽教室に通っていた彼の力なくば、ドラムを叩ける者が居らず、演奏も上手くいかなかったハズ。

 今回の発表は、誰一人欠けてもならなかった。

 それを成功させただけで、十分充実して楽しい文化祭だったと言えよう。

 

「まあ、来年に向けての志は兎も角……」

『相澤先生!?』

「ほら、合理的にさっさと片付けろ。柄にもなく差し入れ持ってきてやったんだからな。あんまり遅いと配ってやらないぞ」

『相澤先生ェ!!』

 

 突如教壇に現れた相澤に驚く面々であったが、彼が教卓の上にドシンと置いたジュースの入った段ボール箱に、一同歓喜する。

 俄然やる気が出た芦戸は、先程の落ち込みはどこへやら。凄まじい速度でカーテンを畳んで箱に入れ、ちょうど手持ち無沙汰になっていた熾念へパスする。

 

「よっろしくゥ! 遅いと、波動の分私が飲んじゃうよ! ほら、ハリーハリー!」

「All right」

 

 触覚をピコピコ動かす芦戸に促され、カーテンの入った段ボールを携えた熾念は、元々あった倉庫のような備品室へ向かう。

 もう夕暮れも近い時間帯。

 普段ならもう下校し、寮に居る時間帯ではあるが、こうして片付けのために遅くまで学校に残るのも文化祭の醍醐味だろうか。

 

 持ってみると意外と重いカーテンに、少し猫背になる熾念。

 だが、そんな彼の尻をパーンと叩く者が現れた。

 

「Oops!?」

「腰痛くすっぞ」

「これはこれは、拳藤さんじゃないですか……」

「なんだ、その言い方」

 

 蹴り上げた足を下ろし、痛む尻に涙目となる熾念に悪戯っ子のような笑みを浮かべるのは拳藤だ。

 彼女もまた備品を戻しに行くのか、段ボールを抱えている。

 あれだけ暗幕カーテンを使っていたB組だ。片付けるのも中々労力が居ることだろう。

 

 自然と平行になって歩いていた二人であったが、熾念がここぞとばかりに彼女が携える段ボールに目を遣る。

 

「それ持つか?」

「いいよ。私の分は私が持つ」

「遠慮しなくていいぜっ」

「……いいったらいい」

「Don`t worry。二つくらい持つのなんて簡単……―――った!?」

「何回も同じこと言わせんなよ」

 

 厚意故、段ボールを持とうと申し出た熾念であったが、どうやら拳藤の癇に障ってしまったようだ。

 再度尻を蹴られ、熾念はクエスチョンマークを頭上に浮かべることになった。

 

―――そこまで癇に障ることを言ってしまっただろうか? 

 

 自分の言動を省みる熾念は、『馬鹿……』と小さく呟く拳藤の声も、赤らんできた空と日に照らされて同化する彼女の頬に気付かぬまま、それ以降特に会話が盛り上がることなく、備品室まで辿り着いてしまった。

 部屋にはすでにほかの生徒も片付けのために居り、ここも教室と同じく、忙しない空気が漂っている。

 

 えっさほいさと大きな器具を運ぶ生徒たちを横目に、カーテンの入った段ボールを、元の場所に置く熾念。

 自分の持っていた分を置くや否や、チラッと一度拳藤の様子を窺い、空いた手を彼女へ差し伸ばす。

 

「ほら。ここまで来たなら別にいいだろ?」

「ん。サンキュ」

 

 これには応える拳藤。

 いじらしい笑みを浮かべ、持っていた段ボールを落とさぬよう細心の注意を払いながら、熾念へ手渡そうとした。

 

 その時だった。

 『あっ!』と不意を突かれたように焦燥を含んだ声と、何か物がぶつかる大きな音が部屋に響く。

 視界の端で揺れる物体。

 自然と二人の視線は、彼らの真横にあった大きな棚へと向けられる。

 大きく二人の方へ揺れる棚は、そのまま前後に揺れてその場に留まるかと思いきや、一度静止したかのように止まった後に、二人へ倒れかかって来た。

 

 『危ない!』や『避けて!』と声が響く中、拳藤はヒーロー科で培った反射神経の下、手渡そうとした段ボールを放り、“個性”を発動させて棚から身を守ろうとする。

 

―――が、それよりも“彼”は早かった。

 

 拳藤を庇うように覆いかぶさり、そのまま倒れる棚から距離をとるように壁まで迫る。

 尚且つ彼女を圧し潰さぬように、突き出した腕で自重を支えた。

 そして空いた手は倒れる棚へ向け、同時に彼の瞳には優しい緑色の光が灯る。刹那、緑色の波動は部屋全体に広がっていき、唯一二人へ倒れてきた棚だけが、彼の“個性”―――『念動力』によって抑え付けられ、ゆっくりと元の位置まで戻っていった。

 

「ん……ぷはぁっ! はっ!?」

 

 棚が元の位置に戻るまで呼吸を忘れていた拳藤。

 大きく口で息継ぎしてから、高鳴る鼓動を元に戻そうと深呼吸するも、眼前に迫る熾念の香りが鼻を擽る。

 

(こ、これは俗に言う……壁ド―――!?)

 

「一佳、Are you ok?」

「お……おおう!?」

 

 まさか、文化祭の余韻が残る中、一時期世間を賑わせていたシチュエーションに遭遇するなど思っていなかった拳藤は、至って普通に安否を確認する熾念を前にして、現実世界に引き戻される。

 この時、幸いだったのは、窓から漏れる夕焼けの紅い光に照らされていたことだろう。

 そうでもなければ、凡そ人前には見せられぬ頬の紅潮を見せていたハズだ。

 

「あ、さ、サンキューな! じゃ、私片付けあるから! それじゃっ!」

「ん? ……あっ」

 

 逃げるように備品室を去る拳藤の背を見届け、茫然と立ち尽くす熾念。

 無心で救けた彼であったが、場に残る僅かな彼女の色香にハッとし、辺りを見渡す。放られた段ボールもそうだが、人目が気になってしまった。

 だが、彼の目に付いたのは床に転がる携帯電話だ。

 

(……急いでたから落としていったのか? 後で届けに行ってやらないとなっ)

 

 埃を被った拳藤の携帯電話を手に取る熾念は、その埃を払いつつ、一先ず放られた段ボールを片付けるのだった。

 




次回、最終話です。

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