Peace Maker   作:柴猫侍

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№70 Peace Maker

「くっ、くそっ!」

 

 目の前に居る鯨の化け物目掛け、手に持っていた拳銃の引き金を引く警官。

 しかし、撃鉄が鳴るとともに放たれる弾丸は、敵の皮膚を貫通することなく、ダメージを与えることはほとんどと言っていい程に与えられなかった。

 

 敵にとっては些細な―――それこそ、蚊に刺された程度の不快感しか覚えない攻撃だ。

 それでも不快感は覚える。故に、彼は自分に無様な面を浮かべて発砲する警官目掛け、二トントラックよりも太く巨大な尾ヒレを振るった。

 地面を抉り、瓦礫を弾き飛ばす一撃。

 人間が喰らえば、体中の骨が粉々に砕けるのは想像に難くない。

 

 迫る尾を目の前に、残弾が無くなった拳銃を下ろし、走馬燈が脳裏を過る警官は逃げる事さえしない。

 

「ずりゃあああああああ!!!」

 

 だが、命が一つ儚く散るよりも前に、山のような巨体が警官と尾ヒレの間に割り込んだ。

 割り込んだ巨体が尾ヒレを受け止めてくれたことにより、大事には至らなかった警官だが、攻撃の余波の旋風で後ろへ転がって行ってしまう。

 

「ま、Mt.レディ!」

「銃効かないなら……ケーサツは後ろにすっこんでて! って、きゃあ!?」

 

 歯を食い縛り、鬼気迫る表情で尾ヒレを受け止めていたのはMt.レディである。

 だが、化け物鯨―――否、キュレーターは忌々し気に目を細め、体を支えるべく地面に突き立てている腕に力を込めれば、その力を抑えきれなくなったMt.レディの体は宙に浮く。

 そのまま尻もちを着けば、砂煙が巻き上がると共に、地震と間違ってしまうほどの振動が辺りに伝わっていった。

 

「イタタッ……! んのォ……鯨だかなんだか知んないけど、女には優しくしなさいよね!」

「若手実力派Mt.レディか……」

「さっさとお縄につけェー!!」

 

 諦めず、再度立ち上がってキュレーターへ特攻を仕掛けるMt.レディ。

 そんな彼女へ、キュレーターは鎚のように巨大でやや角張ったおでこを突き出した。

 

―――頭突き。

 

 自分の頭を相手に打ち付ける至ってシンプルな技。

 主に額を打ち付ける場合が多いが、額は肉が薄く、頭蓋骨への反動もある為、今は廃れてしまった様々な格闘技においても禁止技に指定されている。

 逆を取れば、これはMt.レディの好機。

 ここで一発強烈な一撃をカウンター気味に浴びせれば、相手のダウンを奪えるかもしれない。

 

 ほくそ笑むMt.レディは、ほぼ反射的に固く握った拳を、突き出された額のど真ん中目掛けて突き出す。

 

 だが、

 

「っ―――カッタぁぁぁい!?」

 

 額にインパクトした瞬間、己の拳の骨に罅が入ったかのような感覚を覚え、思わず拳を引いてしまう。すれば、拳を引き無防備になった彼女の腹に、キュレーターによる痛恨の一撃が入った。

 堪らず後ろへ倒れるMt.レディ。

 その光景を前に、周りで屯していたヒーロー達は頬に冷や汗を流す。

 今作戦において、最も重量級ヒーローであるMt.レディさえ押し負けてしまうとなると、パワーで勝てる者は誰も居ないということになる。

 更に、拳銃でさえ通用しないとなると、相手へダメージを与える手段はかなり限られてしまう。

 

(こんなの、一体どうすりゃ……!)

 

 七転び八起きと言わんばかりに、倒されてはまた立ち上がり、再び吹き飛ばされるMt.レディによる激闘を背中越しに見る拳藤。流石に分が悪いと、彼女は倒れて動けない者達―――ヒーローや敵関係なく―――を、その巨大な手で抱えてその場から離れる。

 戦況は絶望的だ。場にも、敗北濃厚な空気が漂っている。

 

 しかし、そのどんよりとした空気を切り裂かんばかりに、一本の炎の槍が宙を閃き、寸分の狂いもなくキュレーターの瞳に突き刺さった。

 

「っ……あああぁ!!?」

 

 片眼を焼かれる痛みに、思わず反り返って咆哮を上げるキュレーター。

 一方で包囲班は、その化け物に一矢報いた攻撃を放ったヒーローへ、一斉に視線を向ける。するとその場に立っていたのは他でもない、フレイムヒーローことエンデヴァーであった。

 

「何故固まって突っ立っている!? 敵は一人だ! まずは包囲しろ!」

 

 指示を出すや否や、筋骨隆々の肉体に似合わず軽やかな走りを見せるエンデヴァーは、牽制の炎を放ちながら、暴れるキュレーターの下へ向かう。

 

「遠距離持ちは牽制を。近接向きの“個性”の者は腕や足を狙って、体勢を崩してやれ。だが中途半端な距離をとると逆にやられる。遠距離攻撃で怯むまでは攻撃圏内から離れ、隙を見せ次第肉迫しろ。いいな?」

「ニセモンで儂踏みつけやがって! 今度こそ、一発やり返したらぁぁあ!!」

「……アレは攪乱に向かっている。間違って当ててやるなよ」

 

 更にエンデヴァーに続き、瓦礫が積み上がっている水族館の出入り口からギャングオルカが姿を現し、ヒーローらに詳細な作戦を伝えた。

 その際、彼の横から飛び出てきたディレクターが、作戦もクソもなくキュレーターの下へ突っ込んでいき、キュレーターの巨体の周りをチョロチョロ動き回る。

 

 巨体故、鈍重な動きになってしまっているキュレーターの攻撃をスイスイ掻い潜って躱しているところは流石だ。しかし、“個性”発動に伴う変化とトリガーの服用により、彼の皮膚は異常に頑強なモノへと変貌している。例えるならば、旅客機などに用いるタイヤだろうか。硬さは勿論、かなりの弾性も備えている。並みの打撃では傷一つ与えられないということだ。

 

 相手の“盾”を貫くに足りる“矛”が無い。

 

 外部からの打撃によるダメージがほとんど望めない以上、戦いは長期戦となるだろう。

 そんな考えを頭の片隅に置くヒーロー達は、地道ながらも、トリガーによってパワーアップしているキュレーターの討伐を開始する。

 

「ギャングオルカ! じゃあ、私も―――」

「いや。お前はいい、バトルフィスト。流石に相性が悪すぎる。建物の裏口から搬出されてくるだろう者たちを手伝ってやれ」

「え? あ……押忍!」

 

 自分もと一歩踏み出しかけた拳藤であったが、ギャングオルカに制止されてしまう。

 実力不足と判断されたか。それともインターン生だから、不用心に前へ出すことが憚れたのだろうか。どちらにせよ、ここぞという時に戦線に加われない現状に、拳藤は悔しそうに唇を噛んだ。

 

 しかし、ここでクヨクヨと立ち尽くしている時間など無い。

 ギャングオルカに指示された通りに、度重なる爆発で見るも無残な廃墟となった建物から搬出される怪我人を救けに行く。それが今彼女にできる唯一の任務だ。

 胸の内に湧き上がる義憤を抑え、他数名のヒーローと共に出入り口へ向かう。

 キュレーターが屋上から無理やり降りてきた為、山のように瓦礫が積もり、建物自体も今にも崩れそうだ。

 加えて背後では、激戦が繰り広げられている。戦いの余波で、いつ倒壊してもおかしくない状況で、怪我人の搬出にも人員を割くのは当然の事だったと言えよう。

 

「こりゃ酷いな……大丈夫ですか!?」

「す、済まない……少し肩を借りるよ」

「はい!」

 

 頭から血を流す警官の肩を持ち、最悪建物が崩れても大丈夫な安全圏へ連れていく拳藤。

 次から次へと、負傷したヒーローや警官、そして拘束された敵が搬出されていき、その凄惨さに顔から血の気が引く思いをする。

 それから、かなりの人数が搬出された後だった。

 蛍のように淡い光が無数に暗がりより現れ、タイミングよく戻って来た拳藤と鉢合わせたのは―――、

 

「っ、おまっ……!?」

「Hi、BATTLEFIST(バトルフィスト)。お元気そうで何より……♪」

 

 頭部に血塗れの包帯を巻く熾念だ。

 どことなく脱力した彼は、隣で肩を抱えてくれている轟に支えられ、なんとか歩いているといった状態である。

 

「血みどろ……ってか、死に……!?」

「あっあわわ慌てるな、一佳。き、傷はまだ浅い」

「お前が慌てるな」

 

 搬出された者達の中で、かなり深手を負っている様子の知り合いに思わず取り乱してしまう拳藤に、熾念もまた苦笑を浮かべ、震えた口調で応えてみせる。

 そんな彼を轟が落ち着くよう窘めるが、どうやら軽口を叩ける所を見れば、大事には至っていなさそうだ。

 

 彼がこうなった経緯には、地下最深部でキュレーターを取り押さえてから説明する必要がある。

 あれからギャングオルカがやって来て、キュレーターも万事休すであるとばかり思っていた熾念であったのだが、実は取り押さえていたキュレーターは偽物。トゥワイスが複製したコピーであったのだ。

 そんなコピーは、あろうことか時限式の爆弾を懐に抱えており、頃合いが来たら自滅できるように仕込んでいたらしい。

 

 熾念は、彼が自滅用に携えていた爆弾の余波を喰らった訳であるが、ここで体育祭でのVS爆豪の経験が生かされ、何とか爆炎や霧散する破片をある程度防ぐことはでき、致命傷を防いでみせたのだが、

 

「バイザーが無かったら即死だったかもなっ、HAHA」

「割とシャレにならねえからやめろ」

 

 熱と衝撃は防げず、装備品の一つであったバイザーが壊れてしまった。

 余裕ありげに思い返す熾念であるが、轟は至って神妙な面持ちで、彼の発言を窘める。それだけ傍から見れば、絶体絶命且つ肝を冷やすような瞬間に見えたのだ。

 一方で本人は自分の安否を知らしめるべく、冗談を交えてHAHAHAと笑ってみせるばかり。

 

 しかしそこへ、不意のビンタが一発飛んでくる。

 

「Oops!?」

 

 乾いた音が鳴り響く。

 中々キレのいいビンタを喰らった熾念は、阿修羅にも似たオーラを背負う拳藤を前に、紅葉が刻まれた頬を擦りながら、ダラダラと滝のような汗を流す。

 そんな彼氏へ、彼女が一言。

 

「そういう不謹慎な事言うの良くないぞ」

「イ……イエッサー」

 

(怖ぇ)

 

 想うが故の一撃。それを真横で眺めていた轟は、一撃のかなりの重さに戦慄していた。あの轟がだ。

 

 それは兎も角、熾念は退避ついでに念動力で持ってきた敵たちを一旦置く。

 そして絶え間なく続く激震の発生源となっている戦の場へ、スッと目を遣った。ヒーローが束になって掛かっているのは、非人道的な薬を自ら投与し、溢れ出る力のままに暴虐を尽くす一体の化け物だ。

 

「……別に俺ら居なくてもなんともなんだろ」

「Huh?」

 

 思う所があるように目を細めて戦いを眺めていた熾念に、ふと轟が囁いた。

 

「あんなんでも№1なんだ。出しゃばる方が邪魔になっちまうかもしんねえ」

 

 彼が口にするのは他でもない、自身の父であり№1ヒーローであるエンデヴァーだ。

 確かに彼ほどの実力者であれば、学生如きが居なくても、時間があればあのような規格外の化け物も倒せるだろう。

 

―――しかし、しかしだ。

 

「ま、って言うけど行く気満々なんだろ?」

「……まァな。この前ので、いい加減不完全燃焼もいいとこだったからな」

「げっ、まだ根に持ってるのか? Hey, Hey……いつから焦凍はそんなに姑臭くなっちまったんだっ、Huh? 初老の馬場臭さなんて、トイレん中にちり紙と一緒に流してくれよなっ」

「なんだその例え」

 

 敵を前に動けずに居る者を、誰をヒーローと呼ぼうか?

 

 神野の時とは違う。

 今、自分たちは確かに“資格”を持っているのだ。

 

 救けるべき者を救けんと―――正義を為さんが為に動く“資格”を。

 

「さてとっ! どんな相手にもお節介を掛けたがるヒーロー見習い、隙を見て援護に向かうとしようか!」

「おう」

 

 方針が決まるや否や、派手にキュレーターが暴れている方へ体を向ける二人。

 そんな彼らに目を点にする拳藤は、慌てた様子で熾念の肩を掴んだ。

 

「ちょ、待てよ! 轟の方は兎も角として、熾念……お前血塗れなんだぞ?」

「Never mind♪ 案外傷は浅いしさっ」

「自分の体大事にしろって。行き急いで死んだら元も子もないだろ」

「あららっ。こんな心配してくれる幼馴染が居るなんて、俺はなんて幸せ者なんだか」

「ふざけんな。今、そういう時じゃ―――」

 

 再び余裕綽々と言った様子で軽口を叩き始める熾念に、とうとう拳藤が堪忍袋の緒が切れると言わんばかりの形相を浮かべ、一歩前へ踏み出した。

 しかし、熾念が人差し指を立てると同時に、自身の唇が開かなかくなった―――念動力で閉じられ、思わず硬直してしまう拳藤。

 

―――口うるさいから口を閉じた。

 

 もし、彼がそういった魂胆でやらかしている所業なら、迷わず鉄拳制裁を加えていた所であったが、熾念の真摯な眼差しを前に口だしも手だしを許されなくなる。

 

「俺さっ、後悔しない生き方したいんだ」

 

 何回も聞いた。

 そう応えようとしても、依然口は閉ざされたまま。

 

「言い換えれば、未来の自分に恥じない生き方さ。確かに、このままノコノコ怪我を理由に安全な場所まで逃げるのもOKなんだろうけど……俺は、少しでも皆の力になりたい。救けに行きたい」

「っ……!」

「だって、ヒーローだからなっ! 痛くても辛くても苦しくても、さらにそこを一歩超えていかなきゃな!」

 

 満面の笑みを浮かべる熾念に、拳藤は暫し言葉を失う。

 それから熱が伝播したかのように、彼女もまた柔らかい笑みを浮かべた。

 

「……そこまで言われちゃ、止めるのも無粋ってモンだよなぁ。バカに付ける薬は無いっちゅーか……」

「Huh!?」

「でもまぁ、雄英生らしいバカやってきて度肝抜いてやれよ」

「……All right!」

 

 徐に突き出された拳藤に拳に対し、熾念もまた応えるように拳を突き合わせた。

 

 雄英生―――それ即ち、将来有望であるヒーローの卵。鶏が生んだ卵からバジリスクが生まれるような超常社会から、ヒーローに為り得ると判断された、言うなれば選ばれた卵たちだ。

 『Plus Ultra』。その言葉を校訓とする彼らは、先入観に囚われた者達の予想を裏切り、それから社会の期待を裏切らないトップヒーローに育つだろう。

 

 若さ、正義感、そして生来より持ち合わせた“個性”。彼らの成長はまさしく日進月歩。

 さらに向こうへと留まることを知らない彼らが生み出すエナジーは、時に想像の殻を破る程に強大なモノとなる。

 

 ならば、今こそ見せてやろうではないか。

 “平和の象徴”が居なくなり、我が物顔で社会を闊歩しようと企んでいる敵に、これからの社会を担っていく若者の力を。

 

「ようしっ、そうと決まったら……」

「あ、あのっ!」

「バトルフィスト! と、男子の皆!」

「Huh?」

 

 意気十分にキュレーターの下へ赴こうとする熾念であったが、そんな彼を制止する声が背後から響いてきた。

 徐に振り返れば、そこにはウワバミに背負われた一人の少女が、やや上気した頬を浮かべ、尚且つ脱力した様子にも拘わらず、何とか彼らを引き留めようと手を伸ばしていたのだ。

 

 何事かと唇を尖らせれば、少女は熾念らが問いかけるよりも前に、続きの言葉を紡ぎ始める。

 

「私っ……蒼井華って言います……ちょっとここ最近の記憶が曖昧なんですけど、ひっ……この度は救出に一役買って頂きありがとうございます……んぁ!」

「? いや、まぁ……その節はどうも?」

「いえいえ、こちらこそ……じゃなくって! あなた達は、あの鯨敵を倒しに行くんですよね……? ひゃうんっ!」

「!? ん……まぁそだけど」

「だったらぁん……! 教えておいた方がイイことがあるんじゃないかって……きゅっ! こう見えて私、動物詳しいんで……はぅ……」

「……I see」

 

 彼女―――蒼井華は、めでたく洗脳も解けて自我を取り戻した訳だが、どうやら戦いに出向く二人に、選別として情報を与えてくれるようだ。何故か、合間合間に恍惚とした声を上げているようだが。

 

 どうやって洗脳が解けたかは甚だ疑問だが、その問いかけを許さぬようなウワバミの視線が男子勢を射抜いている。どうやら、ウワバミの後に続いているレオキングやライノスたちも、得も言えない表情を浮かべている事から、流石の熾念も空気を読んでそっちの話題には触れぬよう口を噤む。

 それから一拍呼吸を置き、息を整える華。

 

「て……手短に話すと……―――」

 

 

 

 ☮

 

 

 

「脱兎のごとく跳ねる!!」

 

 振り払われる尾ヒレを避けるべく、ディレクターが跳躍する。

 

「転がる!!」

 

 そのまま唸りながら振るわれる尾ヒレに飛び乗り、受け身をとるべく転がる。

 

「走る!!」

 

 そして、唯一打撃が通るであろう側頭部目掛け、山のような巨体を全力で駆けていく。

 

「チョロチョロと……目障りなウサギだっ!!」

「うぉっと、あぶね」

「ぶわっ!?」

 

 体の上を跳ねるように疾走するディレクターに不快感を覚えるキュレーターは、大きく体を揺るがし、その巨躯に比べて大福程度のディレクターを振り払う。

 しかし、直前で跳躍してMt.レディの顔面に着地する彼は、躊躇なく麗しの女性の顔面を踏み台に、矢の如くキュレーターの頭上へ移動する。

 

「ずおりゃ!!」

 

 そして、お返しにと全力でストンプを、出っ張った頭部に叩き込む。

 

「痒いなぁっ!!」

「ちッ!」

 

 だが、やはり硬い皮膚を前に打撃は有効打にはならず、只いい音を辺りへ響かせるだけに留まった。

 追撃を喰らわぬ為にストンプの反動で翻り、一旦相手との距離を測るディレクターの顔は苦虫を嚙み潰したように歪んでいる。

 

「つまらんっ! 凹ませられん!」

「そう言うな、ディレクター。お前の攪乱のお陰で、他の者達の攻撃が捗っている」

 

 文句をブー垂れる彼の横に並び立つのは、共に前線に立って攪乱に徹しているギャングオルカだ。

 怒り心頭のディレクターに対し、ギャングオルカは冷静沈着を保ったまま、暴虐の限りを尽くそうとしているキュレーターへ睨みを利かせていた。

 

「他がどーこーなど関係ないわっ! 単純に儂がアイツを凹ませられんことが気に入らん!」

「……現状はどうしようもない。異常な体の大きさは十中八九トリガーだろうが、暫く様子を見ても効果が切れない所を見ると、米製などの品質が高い代物を使っているハズだ。だとすると、少なくとも小一時間はあのままだ」

「なにィ!?」

「ここは素直にエンデヴァーに譲るのが得策だという事だな」

「ぐぬぬぬぬぬぬぅッ……!」

 

 鼓膜に不快感ダイレクト。ディレクターの唸り声と共に、歯軋りが辺りに響きわたる。これには流石のギャングオルカも顔を歪ませ、『歯軋りを止めろ』とディレクターを窘めた。

 そんな二人の下へ、振り下ろされる巨腕。

 鈍重な動きであった為、回避するにはさほど苦労しない二人であったが、そこから反撃に出ることができないのがもどかしい所だ。

 

 だが、代わりと言ってはなんだが、彼らの義憤を体現せんとエンデヴァーが業火を放ち、着実にキュレーターにダメージを与えていた。

 体のあちこちに残る火傷痕。見るだけで痛々しい生傷であるが、あれでもキュレーターは苦に感じていないようであり、その皮膚の厚さを周りの者達へ知らしめていた。

 

 状況としては、ヒーロー勢が攻めあぐねていると言ったところか。

 あの巨体だ。近付けば、巨体に圧し潰される危険性のみならず、攻撃範囲の広まった超音波攻撃を喰らい、無防備になった所をやられる可能性も出てくる。

 粗悪品ではないトリガーも使って、理性は比較的保たれている為、中々隙を見つけ出すことも叶わない。

 

(むぅ……ならば少し攻め口を変えるか)

 

 そろそろ痺れも切れ始めたエンデヴァーは、手っ取り早く自分が前へ出て、炎の槍を敵へ突き立てる戦法に移ろうかと思案し始める。

 以前、保須市において翼の生えている脳無にも使用したことがある炎の槍は、射程は少々短くなってしまうが、只放つ炎に比べて貫通力が生まれるのだ。相手の皮膚が厚いのであれば、それを貫く攻撃を―――という訳である。

 

 様子見は済んだ。攻撃パターンも大体把握できた。今から前に出ても、何の問題もない。

 そう自分に言い聞かせて一歩前へ踏み出したエンデヴァーであったが、ふと自分に掛かる影に気が付き、何事かと空を見上げた。

 

「これは……」

 

 宙を漂っていたのは―――ギュウギュウに固くまとめ上げられた瓦礫。

 その仕業は無論、Peace Makerこと熾念による犯行だ。キュレーターの巨躯に対抗せんとまとめ上げられた瓦礫はかなりの大きさであり、民家一軒程度であれば易々と潰せそうなモノであった。

 

「ほう……」

 

 面白いと言わんばかりに振り返れば、シアン色の炎を纏い、宙にフヨフヨと漂う熾念の姿が窺えるではないか。

 血を流しながら、尚も一切の陰りを感じさせぬ笑みを浮かべる彼は、自分の方に目を遣るエンデヴァーに対し、鼻の下を指で擦って笑って見せる。只の強がりか、はたまた勝算があるからこその余裕か。

 

「エンデヴァー」

「む?」

 

 熾念の真意を探っている途中、滑走するかのようにやってきた轟が、端的にエンデヴァーの名だけ呼ぶ。

 その際、僅かな時間だけ瞳を交わす二人。

 何かを訴える息子の目。余所の子供ならまだしも、自分の愛息子であれば次に起こす行動は容易に想像がつく。

 だからこそ、

 

「いいだろう。やってみせろ」

「あぁ」

 

 息子の背中を押し、前へ進ませた。

 轟は再び足裏に氷を連ねる移動方法で駆け出していき、ぐんぐんキュレーターとの距離を詰めていく。

 

「Hey、キュレーター!!」

 

 その間にも、熾念は敵の気を自分に引かせるべく、仰々しい身振り手振りを加えて高らかな声を上げる。

 

「こんな言葉聞いたことあるか!? 更に向こうへ……―――」

「あぁ?」

「Plus Ultra!!!!!」

「っ!!」

 

 

 

 METEO SMASH!!

 

 

 

 気迫の籠った一声が蒼天に轟いた瞬間、キュレーターの頭上に移動していた瓦礫の塊がシアン色の炎を上げ、轟々と唸りながら敵目掛けて落下を始めるではないか。

 その様はまさに流星。

 彼の化け物を倒してくれと願う無辜の民たちの願いを叶えるべく、昼間の空に流星が煌いたのだ。

 

「こんなモンで……俺を倒せると思わないことだな、雑魚が!!!」

 

 しかし、自身へ向けて垂直落下する流星に対し、真っ向勝負を仕掛ける様子のキュレーター。

 その鎚の如き頭部を大きく振るい、

 

「はああっ!!!」

 

 落下する流星を砕き割ってみせた。

 破砕された塊は、再び瓦礫へと戻っていき、シアン色の炎の尾を引きながら地面へ降り注いでいく。

 

 渾身の一撃であろう攻撃も破壊したキュレーターは、下卑た笑みを浮かべてみせる。

 いい気分になっていただろう者の気分を下げるのは、実に面白い。モノは、上げてから落とした方が壊した時の爽快感がある。

 虚仮威しの必殺技を繰り出した程度で有頂天になっていた学生を突き落とすには、このくらいやってみせなければ面白くないだろう。

 

「―――どこ見てんだ?」

「な……にっ!?」

 

 しかし次の瞬間、蒼天を仰いでいたキュレーターの体に、途轍もない冷気が襲い掛かる。

 轟の仕業だ。体育祭や期末試験で見せたことのある大氷壁を、上を向いて注意が疎かになっていた敵の懐に潜り込んだ上で放ったのだ。

 その規模は、ビルを容易に超える体躯を持つキュレーターを、いとも容易く覆いつくす程。

 

 流石のこの氷結にはキュレーターも焦っているのか、上ずった声を上げながら、自身の真下で無表情を貫いている轟を睨みつける。

 

「この……雑魚がァ!!」

 

 そのまま全身の筋肉に力を込め、体を呑み込む氷を砕き割ろうと試みるキュレーター。

 軋む音を奏で、次第に氷には亀裂が入っていくが―――隙は出来た。

 

「波動!」

「Leave it to me!!」

 

 刹那、両腕を前に突き出す熾念の掌に、煌々と光が収束し始める。

 じわりじわりと、されども確かに高まっていく熱を感じ取りながら、氷で動けない敵へ狙いを定める熾念は、つい先ほど与えられた情報を脳内で反芻していた。

 

『―――“個性”で変化しているなら、きっと変化後の体構造は鯨のソレとおんなじ……の、ハズ! 見る限りキュレーターが変化している種類―――マッコウクジラは、潜水の為に脳油っていう頭の油を固めたり液体にします。あの頭突きの威力は、多分脳油を固めているからこそ……』

『……In short(つまり)?』

『どんな方法でも脳油を抜いてやれば、武器を奪うだけじゃなくって、頭部の防御力を奪うことだってできるっていうコトです!』

 

(狙うは……あのデコ!!)

 

 照準が定まった。

 同時に、掌に収束させていた発火能力のエネルギーも溜まり切った。

 残すは放つだけ。エクトプラズムから対人用に用いることは控えるよう忠告された必殺技であるが、あれだけの図体をした敵の、貫いたとしても大事に至らない部分に穴を開けるだけならば話は別だ。

 

 敵は、ヒーロー勢に一人でも多くの犠牲を出せば勝ちだと言っていた。

 しかし、例え亡くなった者が自分に直接関係のない人間であったとしても、その者は誰かにとってはかけがえのない一人。誰がやられて、誰がやられてはいけないなど、そのようなことは決してあってはならない。

 

 救けるのだ、全員を。

 

 綺麗事だと言われようとも、それだけの気概なくしてヒーローでは在れない。

 

 貫くのだ、信念を。

 

「―――Take this!!!」

 

 カッと見開かれた瞳。

 

 刹那、流星に見間違うような一条の光線が、キュレーターの額を貫き、そのまま空へと消え入るように去っていった。

 

「馬鹿っ……な……!?」

 

 余りにも一瞬の出来事に、数秒呆けていたキュレーターであったが、突如として皮膚に奔る灼熱が如く痛みに意識が覚醒する。

 彼自身の目には見えない。しかし、他の者達にははっきりと見えていた―――キュレーターの肥大化した頭部に、風穴が空いているのが。

 

「ぐ、ぅぅううおおお!!?」

 

 頭部の大半を占めている脳油器官を右から左へと貫かれたキュレーターは、開けられた風穴からぼたぼたと多量の液体を零す。それこそが脳油だ。固まらせることで、マッコウクジラの矛にも盾にもなり得る重要な代物。

 これまでヒーロー相手に猛威を振るっていた頭突きであるが、脳油さえ抜けば、攻撃力と防御力の多大な低下を望める。

 

 脳油を抜かれたこともだが、皮膚を熱線で貫かれたキュレーターは、余りの激痛に咆哮を上げた。

 一方で、彼の分厚い皮膚を貫いてみせた熾念はというと、西部のガンマンのように指先をフッと吹く。

 

「Toot♪ どうだっ? おれの必殺技のお味は。キクだろ~?」

 

 そう言い放ち、一旦地に降り立つ熾念は『SUPER NOVA MODE』を解除する。

 

 今の流れから分かる通り、熾念がエクトプラズムに対人への使用制限を課せられた技は、一定の条件下でしか繰り出せない。

 念動力により軌道補正やエネルギーの収束。

 そして鉄さえも焼き切り、貫くだけの熱量を放つ発火能力。

 両方が共存してこそ放てる技の名は―――『ECLIPSE SMASH(エクリプススマッシュ)』。

 

 威力はご覧の通りだ。代わりに、一発放つだけで集中力がキレてしまうが。

 

「クソ、雑魚がっ……粋がりやがって……潰す……潰す、潰すっ! 潰すゥッ!!」

 

 精魂尽き果ててしまった熾念とは反面、頭部に奔る痛みに伴って湧き上がる激情がままに吼えるキュレーター。

 同時に、彼を拘束していた氷がとうとう砕け散ってしまう。

 普通の人間相手であれば、自ら氷を砕こうものなら肉や骨まで破砕してしまうことだろうが、この時ばかりは相手が大きすぎた。薄皮一枚はがれる程度での脱出を許してしまう結果となる。

 

 しかし、十分な隙は作れた。

 その証拠に、キュレーターの頭上へ一人のヒーローが駆け出している。

 

「よくやった、()()()()()()()!!!!!」

 

 これだけお膳立てされた上で動かない程、ディレクターは気が長くはない。

 そして礼を言わぬほど、非常識な人間でもなかった。

 

 渾身の一撃を放たんと、彼は防御力がゼロになった頭部目掛け拳を振るう。

 

 

 ラビットピース!!

 

 

「ぐゥ!?」

 

 鈍く重い音が奏でられたと思えば、キュレーターの頭部は目を疑う程に凹み、開けられた穴からは多量の脳油が噴水のように噴き出す。

 会心の一撃だ。

 これだけでもかなりのダメージを与えることが叶った事だろう。

 

 しかし、依然と反抗の意志を崩す姿勢を見せず、寧ろ眼前に佇むディレクターを潰さんと両腕を振るおうとするキュレーターに、ディレクターはピースを作った拳を―――、

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

 

 

 ラビットミリオンピース!!!

 

 

 

 気迫の籠った雄叫びと共に、残像が残るほどの速度で何度も叩き込んだ。

 十秒過ぎる頃には、キュレーターも白目を剥き、最早意識が朦朧となってしまうほどのラッシュ。

 

「心身共に……凹めっ!!」

 

 そして、トドメの一発と言わんばかりの大振りな一撃が、凹みに凹んだ頭部に突き刺さった。

 

「うっ……」

 

 全身全霊を込めた攻撃を前に、その巨体も後ろのめりに倒れていく。

 激震を熾しながら地に落ちる巨体。一切の挙動を見せぬ敵は、次第に鯨の姿から人間のモノへと変貌していき、それからはピクリとも動かなくなる。

 

 現場に暫しの静寂が訪れた。

 ここから、まだしぶとく立ち上がり、自分達に襲い掛かるのだろうか。張り詰めた緊張は容易に解けるものではない。

 しかし、だ。

 

「捕縛に移れ!!」

 

 やや腰が引いていた者達へ喝を入れんと、エンデヴァーの指示が飛ぶ。

 すると指示を受けるや否や、捕縛に適した“個性”のヒーローらと、少し離れた場所で待機していた警官らが、倒れるキュレーターへ駆け寄っていく。

 

 勝利だ。

 

 長く身を削るような激闘に今、終止符が打たれた。

 途端に歓喜に沸き立ち、ホッと安堵の息を漏らすヒーロー達は、勝利の余韻も十分に味わうよりも前に、新たに負傷した者達に手を貸すべくテキパキと動き始める。

 

「HA、HAHA……はぁ~……」

「大丈夫か、波動? お前そろそろ限界だろ」

「いつもに増して、早めに眠りにつける程度にはなっ」

「そうか」

 

 そんな状況の中、熾念は疲労で憔悴し切った様子で倒れ込みかけたが、何とか直前で轟が腕を抱え上げるように支えてくれた。

 今回の作戦、彼ら二人は他の者達とはまた違った苦労を被った訳だが、無事こうして生還しているのが何よりである。

 

 作戦は遂行した。

 これで、少しばかりではあるが安寧の時が訪れるだろう。

 

 そう思った時だった。

 

「エ、エンデヴァー!! 大変です!!」

「何だ!」

「キュ、キュレーターの体が……!」

「っ!?」

 

 焦燥の混じった声に、エンデヴァーのみならず他のヒーロー達―――無論、熾念も轟に連れられて、キュレーターが倒れている場所へ向かった。

 確かに彼は倒したハズ。

 となればこの時、一部の者達に嫌な予感が奔るのは致し方ないことだったのかもしれない。

 

 すぐさま駆けつけ、敵用の拘束器具を着けられるキュレーターを見遣る。

 だが、彼の体は血と肉にミックスされたかのように、赤黒くドロドロとした液体に変貌しかけているではないか。

 

 その様子に『やはり』と鼻を鳴らすエンデヴァー。

 

「コピーか」

「そ、そんな……」

 

 にべもなく言い放つエンデヴァーに、共にキュレーターを倒す為に奮闘していた一人のヒーローが、心底残念がった声を上げた。

 地下最深部でコピー体が待ち受けていた時、若しくは敵連合がキュレーターと手を組んでいると分かった時に、既に予測をつけておくべきことだったのかもしれない。

 

「くっ、くくく……言ったハズだ。お前らに勝ちなんて与えねえとな。勝ったと思い込んでアホ面晒して喜ぶ様は滑稽だったなぁ……」

 

 主犯を捕らえる事が出来ていないことに暗いムードが漂う場に、コピー体であるキュレーターが、ボロボロの顔面を醜く歪ませた。

 今すぐにでも崩れ、地面に染み込んでいきそうだ。

 トゥワイスが作るコピー体は、ある程度のダメージを受けると崩壊する。情報だけなら知っていたが、いざ強敵を倒してからソレがコピーだったと知ると、精神的なダメージはかなり大きい。

 

 現に、こうして多くのヒーローらは意気消沈としてしまっている。

 

 そんな彼らを見上げるキュレーターは、実に愉快そうに嘲笑してみせ、冥途の土産と言わんばかりに饒舌に語り始めた。

 

「悔しいか? そうさ、俺はまたお前らの前に現れるだろうよ。敵が社会に仇なす! だが、国家の治安組織は敵を取り逃がす! お前らが無様を為す度に、社会には不信の芽が伸びていく! 今までの怠慢が、今! 今だ! 今になってお前らに返ってくるんだよ!」

 

 既に半身まで崩れてきている。

 ここで呪詛を吐くように喚き立てる彼に対して、ヒーロー達はどうすることも可能だ。しかし、道徳や倫理、募る正義感ゆえにヒーローは只々口を噤み、せめてもの抵抗に消え行くキュレーターを睨みつける。

 

「―――関係ないさ」

「は……?」

 

 しかし、轟に肩を借りている熾念が一歩前に出てくる。

 血濡れ、疲弊を隠せぬ面持ちだが、消えかけの悪党に有無も言わさぬ気迫を背負っていた。

 

「アンタがまた襲いに来ようとも、迫ってくる壁は超えるだけだからなっ」

「……若いだけが取り柄の餓鬼が強がった所で」

「HAHA! 未来に物申せるのは、今を生きてる人間だけさ。今の社会を、ヒーローを、俺をどーこーしようって言うなら……Bring it on(かかってきな)。今すぐにさ」

「この雑―――」

 

 挑発的な言動に憤慨したキュレーターであったが、最後の呪詛を吐こうという時に限界が訪れた。一定のダメージを負ったコピー体は、余りにも呆気なく血に沈んでいく。

 残る赤黒い液体は、今消えていった男の負の感情を現しているかのようで、長く眺めていると悪い気が憑きそうに思えてしまう。

 

 大団円な訳ではない。

 有終の美を飾られた訳ではない。

 

 只々後味の悪い空気が流れる中、熾念は自分たちの気も知らず、青々と澄み渡る空を見上げ、明日への思いを馳せる。

 

 こうして、ヒーローとキュレーターの闘争には、一旦の終結が訪れるのであった。

 


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