「Toot♪」
陽気に口笛を吹きながらアメコミ読書に耽る熾念。緑谷と連絡先を交換した後は、その後やって来た飯田と麗日と少しばかり話し、彼等とも連絡先交換をし、駅まで一緒に帰った。
結果的に、お昼を少し過ぎた頃には家に着き、配布された書類も一通り目を通した為、今は絶賛暇を満喫中ということだ。
ちょくちょく送られてくる切島や上鳴の連絡にも応じながら、ソファの上で寝転び、サイダーとアイスを完備しつつ、録画したテレビ番組を垂れ流す。これこそ至福の時間。これから始まるであろう地獄の学校生活の前に英気を養うには、これぐらいのことをせねばなるまい。
雄英高校は月曜日から土曜日まで、みっしりと授業が詰まっている。午前中は必修科目、午後はヒーロー基礎学といった具合だ。
そして高校には珍しく単位制であり、科目の中でも最も単位数の多い科目は、ヒーロー科ならではのヒーロー基礎学である。これは緑谷の言った通り、対人戦闘から救助訓練、ヒーローに関する法律などといった、ヒーローに関する知識・技術を学ぶ科目なのだ。
次の日には筋肉痛が必至の授業―――今から熾念は楽しみとしている。
「……B組と合同授業ってあるのか?」
「ねえねえ、後期からならあるよー?」
「Uh!?」
独り言のように呟いた瞬間、背中に乗りかかってくる柔らかい物体を感じた。育ちざかりのマシュマロが無造作に背中に圧しつけられる感覚は中々だが、一応姉弟であるので欲情したりなどはしない。
そう、ねじれが帰宅していたのだ。
……自宅なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが。
「……Hey, so heavy」
「えー! 重くないよー? ね?」
「どれだけ少なく見積もっても四十キロはあるだろ? 2Lペットボトル二十本分さ。重いに決まってるだろ? HAHA」
「ムッ……えい!」
「!? Wait! なにしてるんだ!?」
「お姉ちゃんは重くないよーだ。ね?」
「Hey! リモコンplease!」
甲羅干しする亀のように熾念の上に乗っかっていたねじれは、頬を膨らませてリモコンを手に取り、別の番組に切り替えた。
楽しんで観ていた熾念は、姉の横暴に焦ってリモコンを取り返そうと憤慨するが、上に乗っている者のリモコンを取り返すことは至難の業であり、中々取り返すことが叶わない。
奮闘するも、重いと言われた女の執念は凄まじく、普段の様子からは考えられない程俊敏な動きで、リモコンをとられまいと熾念の腕を掻い潜る。
その際、ねじれはテーブルに置かれていたサイダーに目を付けた。
「えい」
「あ゛ぁッ、My cider!?」
「んー、おいしっ!」
氷と共にコップを満たしていたサイダーは、ねじれによってグビグビと飲み干された。氷以外、なにも入っていない容器。外側に張り付く結露が、好物を飲み干された熾念の胸中を体現するかのように、虚しく滴り落ちる。
完・全・敗・北。
「Holy shit……!」
「んふふ。あ、ねえねえ熾念くん。そこのアイスも―――」
「NOOO!!!」
被害がアイスにまで及びそうになった時、咄嗟に念動力で浮かせて退避させる。
すると、『あー』と赤子のように手を伸ばすねじれ。その隙をつき、ねじれ本人も浮かせて脱出を図った。
最初から“個性”を使えばよかったのでは? と訊いてはいけない。あくまでも“個性”は最終手段。
であったのだが、浮かばされているねじれは器用にアイスを手に取る。
「ちょ……!」
「ねえ、これ食べてもいい?」
「ダメダメダメ!」
「ん~、流石に酷いし食べてあげない! ねえねえ、私偉い?」
「Yes! だから俺のアイス返してくれ!」
「ほい」
というような一連の流れを経て、アイスを取り戻した。
その後、仲良くソファに並んで座り始めた二人は、互いに用意した菓子や飲み物を口に含みながら、明日から本格的に始まる授業について語り始める。
「Oh……そう言えば、
「ヒーローコスチュームのこと? ねえ聞いて。それならねー、最初のヒーロー基礎学の時に渡されると思うよー」
「じゃあ明日にはもう渡されるのかっ」
「そうだねー。ねえ、熾念くんはどんなコスチュームにしたの?」
ヒーローコスチューム―――ヒーローがヒーロー足り得る重要な要素の一つだ。
ヒーローは敵を退治したりするにも、治安維持のために町をパトロールする。その際、『ヒーローが居る』という事実を周囲に知らしめることにより、犯罪を抑止するという役目を担っているのが、このコスチューム。大よそ一般人は着ないだろうという風貌となることで、効果的に周囲に存在を報せることができる。
逆に一般人がヒーロー然とした服装で町を歩けば、警察等に注意を受ける事もあるほどだ。
ヒーローもれっきとした仕事。とどのつまり仕事服であるのだから、関係のない人間がコスチュームを着ても紛らわしいだけだ。もっと踏み込めば、ヒーローを標的にしている敵も居ないとは限らない為、そんな者達に襲われないようにという配慮もなくはない。
そんなコスチュームだが、人によれば傍目から見れば分からない程のハイテク機能を備えている場合がある。
これはヒーローの“個性”を補助するという意味がほとんど。なんの装備もない者より、ヒーローが戦闘力を発揮できるのは、コスチュームの恩恵を受けているからといっても強ち間違いはない。
熾念は、雄英に入学するに当たって、『個性届』と『身体情報』を記述した書類を学校側に提出した。これにより、学校側が生徒に見合ったコスチュームを作ってくれるのだ。
事前にデザインの画像やイラストを添付して送れば、ほぼ要望通りに仕立ててくれるのも嬉しいところ。
彼はこの『被服控除』というシステムを存分に活用するため、ない画力を最大限に使って描いたデザインを添付した。もし要望通りにできているのであれば、子供の頃から夢見ていた自分に一歩近づけそうなコスチュームが出来上がっているだろう。
「俺は……coolな感じのかな」
「それじゃわかんなーい。ねえねえ、私のコスチュームみたいなの?」
「あんなピッチピチなのは流石に……」
「えー」
一度、ねじれのヒーローコスチュームを見たことのある熾念は、あのピチピチスーツが脳裏を過り、頬を引き攣らせた。
全身タイツのような彼女のコスチュームは、豊かな肉付きの彼女の体に張り付き、あられもない姿を魅せつけてくる。試着会と題して自宅で披露された時は、流石に家族全員が絶句した。
言ってしまえば、№1ヒーローのオールマイトも全身ピッチピチスーツのようなものだが、彼にはMUSCLEという男性的な肉体美があるからこそ、老若男女に受け入れられているようなものだ。
ねじれの場合、アレはある意味肉体美であるが、『扇情的』と言った方が正しい恰好だった。
だが扇情的と言えば、既に一度ヒーロー界が騒然とした18禁ヒーロー『ミッドナイト』の件があるため、彼女と比べてしまえばねじれもまだ常識的な範疇に入る。
閑話休題。
「俺はとりあえず、
「そっちの意味でクールなんだねー」
英語は難しい。『カッコいい』の意味だと思っていたら、『冷たい』という意味の方であったということなど、ざらにあるということである。
それは兎も角、熾念の個性は複雑だ。
『念動力』と冠されている“個性”であるが、デメリットと言うべき反動において、脳に余剰エネルギーと思われる“熱”が溜まる。これが脳のオーバーヒート、及び流血を招く原因。しかし、“個性”を使えば使うほど溜まっていく“熱”は中々冷めにくく、更には“熱”がある間は“個性”の発動限界時間も刻々と減っていくのだ。
つまり、熾念の“個性”は速攻型。長時間戦闘には向いていないのである。
その要因となっている“熱”を少しでも冷まそうと、冷却装置を組み込むよう要望に描き出しておいた。その他、武器やインナーのデザインという、画力が追いつかない部分は文字で書き出しておいたが―――。
「ま、明日になれば分かるさっ!」
☮
「わーたーしーがー!! 普通にドアから来た!!!」
本格的に授業が始まった日の午後一番、HAHAHAと高らかな笑い声を上げてやって来たのは、誰もが知る№1ヒーロー・オールマイトであった。
ヒーロー基礎学の記念すべき第一回目にオールマイトを当ててくれるとは、中々粋な事をしてくれると、熾念も思わず頬が緩んでしまう。
そしてオールマイトは、『BATTLE』と書かれたプレートを手に納めるようにして掲げてみせる。
「早速だが今日はコレ!! 戦闘訓練!!!」
更には、恰好から入ることも大事と謳いつつ、壁から出てくるという無駄にハイテクなロッカーに納められている各個人のコスチュームを指差した。
己が夢に描いた形を実際に身に纏うことで、より強く未来のヴィジョンを―――ヒーローの卵であることを自覚せよ。つまりはそういうことだ。
嬉々とした表情でコスチュームの入ったケースを手に取り、颯爽と更衣室へ向かうA組の面々。
「わぁ……もしかして波動くんのコスチュームって、オールマイトの銀時代コスチュームのオマージュ!?」
「Huh、分かるか?」
緑色を基調としたジャンプスーツを慣れない手つきで着込む緑谷は、熾念のコスチュームを見て興奮した様子で声を上げる。
彼の言う通り、熾念のコスチュームはオールマイトのモノを踏襲していた。
まず、トップスのインナースーツとして通気性のよい生地を使用した、銀時代オールマイトの戦闘服デザインのモノ。本来赤色の部分である所は銀色へ、白いラインは緑色へと染色されており、更には胸の中央に堂々と刻まれている円は、ピースマークへと変更されていた。
その他の装飾を挙げるとすれば、まず目元を覆う赤いバイザー。これは“個性”の都合上、長い時間緑色の光を見る事への配慮だ。
次に、首元、腕の付け根、手首などに燦然と輝くリング。これは前日口に出していた冷却装置の役割を担っているとのこと。
最後に下半身だが、スパイク兼アーマーのアイアンソールが鈍い烏羽色の輝きを放っている。それ以外は奇をてらってはおらず、少しダボついた黒色のズボンを穿く他に、足首までが隠れる銀色のマントを腰に巻いていた。
更に、マントの裏には手錠が六つほどぶら下がっている。
これは単純に敵を拘束するための武装。何故わざわざ手錠なのかというと、手っ取り早く相手を拘束できる道具が何かと熾念が考えた時、パッと頭に浮かんだのが手錠だったからである。そこまで深い意味はない。
しかし、緑谷はと言うと……
「確か波動くんは念力みたいな“個性”だったよね? でも、足にも装備を着けてるってことは足技にも精通してるのかぁ。あ、だからマントで足回りを覆って、足の動きを読まれないようにしてるんだね! 体力テストも見た限り、自分自身を浮かせられてたみたいだし、普通じゃ考えられないような動きもできると思うし……」
「Hey、出久。皆もう行っちゃうぜ?」
「え? う、うん!」
熾念のコスチュームについての考察を述べる緑谷であったが、途中で熾念本人に遮られ、大慌てで彼の背を追うこととなる。
「―――さあ!! 始めようか、有精卵共!!!」
オールマイトにそう言われて赴いたのは、入試の際、実技試験で訪れた市街地の演習場であった。
これから始めるのは屋内での対人格闘訓練。
敵退治を目にすることが多いのは屋外であるが、統計で言えば、屋内の方が凶悪敵出現率は高いらしい。
これもまた、超常社会においてヒーローという職業が人気を博し、果てには『ヒーロー飽和社会』と呼ばれるほどにヒーローの数が増えたのが原因だ。それはつまり、犯罪に目を光らす者達が増えたと言う事。
そのような状況の中で、わざわざ人目に着く場所で罪を犯す馬鹿は居ない。よって、賢しい敵は
「君らにはこれから『
「基礎訓練もなしに?」
「その基礎を知る為の訓練さ! ただし今度は、ブッ壊せばオッケーなロボじゃないのがミソだ」
カエル顔の女子生徒―――
だが、
「勝敗のシステムはどうなります?」
「ブッ飛ばしてもいいんスか」
「また相澤先生みたいな除籍とかあるんですか……?」
「分かれるとはどのような分かれ方をすればよろしいですか」
「出久の耳のヤツ、ウサ耳みたいだな」
「え? ち、違うんだけどなァ……」
「んんん~~~、聖徳太子ィィ!!!」
新米教師オールマイト、悪戦苦闘の巻。
次々と投げかけられる質問に、拳を握って悶える姿は得も言えない初々しさがある。
その後、小さい紙切れのようなカンペを、肩を竦めるような体勢で読み上げるオールマイト曰く、
・『敵』がアジトに核兵器を隠している。
・『ヒーロー』がそれを処理しようとしている。
・『ヒーロー』の勝利条件は、『敵』を二人とも捕縛するか、『核兵器』を回収すること。
・『敵』の勝利条件は、同じく『ヒーロー』を二人とも捕縛するか、制限時間まで『核兵器』を守り切ること。
・捕縛に用いるのは事前に配布された『確保テープ』。これを相手に巻きつければ、捕えたことになる。
・制限時間は15分。
―――これが大体のルール。
そしてコンビはクジで決めるらしく、和気藹々としながらクジ引きをした結果が、以下の通りだ。
A:『
B:『
C:『
D:『
E:『
F:『
G:『
H:『
I:『
J:『
「Toot♪ なにかと縁があるな、出久」
「う、うん! よろしく、波動くん!」
「続いて最初の対戦相手はこいつらだ!! Aコンビが『ヒーロー』!! Dコンビが『敵』だ!!」
軽い挨拶を交わしていると、アルファベットが書かれているボールをオールマイトが高々と掲げる。
その瞬間、緑谷と爆豪がなにかを思ったのか、ハッと顔を上げつつ互いを一瞥した。
なにやら因縁めいたものを感じさせる二人だ。
「仲でも悪いのか?」
「えっ!? あ、えっと……仲が悪いというかなんというか。昔馴染みではあるけども、それほど……うん、仲は良くないよ」
「Hmmm……ま、気楽にやってこうぜ!」
「うん、お互い頑張ろうっ!」
☮
敵チームは、先にビルの内部で待機し、セッティングを行う手筈となっている。
ヒーローチームがやって来るのは、敵チームが入ってから五分後。五分間ではできることも限られてしまうが、まずやることは一つだろう。
荒い息遣いの爆豪に歩み寄るのは、右側が白髪、左側が赤髪のクールそうな男子生徒―――轟焦凍だ。彼は、四枠しかない推薦入学で雄英に入ってきた実力者である。
初日はそれほど他人と喋らず、無愛想という印象を持たれてしまっているが、強ち間違いではない。
しかし、味方チームの勝利を掴みとるにはコミュニケーションが必要だと理解しているのか、迷うことなく爆豪の隣に並んだ。
「……おい、爆豪。作戦立てるぞ」
「あ゛ぁッ!!?」
「……なんでそんなにピリピリしてるかは知らねえが、訓練やるんだろ。俺の“個性”は『半冷半燃』……要するに―――」
「んなモン関係ねえんだよっ!!」
「……なに?」
「俺がデクともう一人をブッ潰す!! それでシメーだッ!!」
傲岸不遜。
そう言わざるを得ないほど、爆豪は相手チームを見下しているかのようなきらいがあった。確かに爆豪は入試一位通過の実力者であり、そのような態度をとれることにも裏打ちがあると言っても過言ではないが、それでも浅慮だ。
轟は、相手チームの“個性”は客観的な予想しか立てられていない。
一人は、指一本でボールを遥か彼方へ投げ飛ばすほどの『超パワー』。もう一人は、自由自在に物を動かせるであろう『念力』の類い。
前者は単純にパワーが。後者は、応用性といった面で驚異的だ。
無論、轟自身己の“個性”に対しては絶対的な自信があるものの、『万が一』ということがある。その万が一を阻止する為にも、内輪で情報の共有は必須なのだが―――。
「おい、爆豪……人の話を」
「てめェは核兵器のハリボテ守るなりなんなりすりゃいいだろッ!! 俺は前出てブッ潰す……徹底的になッ!!!」
「……」
我が道を行くと言わんばかりの物言いしか口にしない爆豪に、思わず轟の眉間に皺が寄る。
話にならない。
それが轟の率直な感想であった。
「……なら俺も勝手にやらせてもらうぞ」
「あぁ!! そうしろッ!!」
ならば、無理に言い聞かせるよりも遊撃兵として先行させた方が良い。
自身は氷結の“個性”を用いて、この核兵器がある部屋の護りに徹すればいい。それが最善だと自分に言い聞かせた轟は、呆れが混じった息を吐いて近くの柱に凭れ掛かる。
すると、ちょうどその時インカムにオールマイトの声が響く。
『敵チーム! 五分経ったぞ!! これより、屋内対人戦闘訓練開始だ!!』
「っしゃぁぁあ!!!」
「……」
始まりのゴングが鳴った瞬間、一目散に掌で爆破を起こしながら飛び去っていく爆豪。
その後ろで轟は、柱に手を着けてじわじわと室内を凍てつかせていく。ビキビキと音を立てて氷結していく部屋は、数十秒もすれば一面銀世界となる。
轟焦凍:個性『半冷半燃』
右半身で凍らし、左半身で熱する! 範囲も温度も未知数の化け物だ!
(さあ、どう来る……?)
☮
その頃、ヒーローチームはと言うと……
「―――All right! じゃあ出久、始めるか!」
「うん! 作戦開始……だッ!」
建物の見取り図をポケットにしまう緑谷は、強張った表情のまま、自身を浮かばせて共に屋上まで連れてきてくれた熾念の顔を見つつ、力強く頷いた。
緊張は解れないが、真っ直ぐな瞳は闘志に満ち溢れている。
「狙うは―――速攻だよ!」
「OK!」
こうして訓練は開始する。