Peace Maker   作:柴猫侍

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№68 弱きを救け、強きを挫く

 熾念と轟が合流する数分前、ディレクター達は最深部に潜んでいると思われるキュレーターを捕らえる為、ウワバミの案内の下に道を前へ前へと進んでいた。

 延々と続く無機質な道。さらには、その薄暗さや頬を撫でる空気の冷たさも相まって、長居しないのに越したことはない場所ではあるが、それでもヒーロー達は前へ走る。

 

「けっ、辛気臭ェし同じ景色ばっかりだ。時間の感覚狂うっての」

「無駄口叩かない。表じゃ、なんでか拉致されたヒーローが洗脳されて包囲班とバトってるっらしいけど、その元凶になった敵がこの先に居るかもしれないんだから」

 

 愚痴を零すレオキングを窘めるウワバミ。

 ギャングオルカに伝えられた情報の中には、行方不明となったヒーローが操られて戦闘員にされていると言ったモノが含まれている。

 

 十中八九“個性”によるものと考えているウワバミであるが、ならば、ヒーロー達を洗脳した張本人は一体どこに潜んでいるのだろうかと考えた時に、真っ先に浮かび上がってくるのは最深部。それこそ、キュレーターが居るであろうフロアに等しい区域だ。

 

「どんな罠や敵が待ち構えていたって、そんな壁は乗り越えていかなきゃいけない。それがヒーローなのよ」

「……ふんっ」

 

 ウワバミの説教を受け、フンと鼻を鳴らすレオキング。

 

「それより……大分臭いが近くなってきたわ。この扉の先……プンプンと臭ってくるわね―――敵の臭いが」

 

 しかし、続いて発せられた言葉に、彼は好戦的な笑みを浮かべる。

 やはり“個性”柄、獣の血が騒ぐとでもいうのだろうか―――バトルジャンキーな気質があるのだ、レオキングは。

 

 腕っぷしがある分、まだ敵退治に意欲的であると済ませてあげられるが、これがもし敵だったらと思うと、彼の事務所の先輩は気苦労が絶えないことだろう。加えて、事務所のトップであるディレクターが、それを良しとしている事が、彼のジャンキーっぷりに拍車をかけていることを、ウワバミはまだこの時知らなかった。

 

 それは兎も角とし、ウワバミの口振りから敵が待ち構えている事が確実とされている扉が、目と鼻の先にまで迫ってきている。

 ここがまだ営業中の店や建物であれば、多少の躊躇はあっただろう。

 だが、今は閉館。そして敵が秘密裏に造った地下空間とあって、ウワバミの前へ繰り出すディレクターとレオキングの挙動に迷いはなかった。

 

「邪魔っ!!」

「ぶっ飛べぇッ!!」

「うわぁ、鉄の扉を蹴り破るなんて凄いゾウ」

 

 ついでに言えば、鉄製の物体に生身で打撃を与えることにも迷いがなかった。

 

 常人が行えば、まずその扉の強度に体の方が負けるだろうが、生憎彼らは身体能力が突出している異形型の“個性”持ちだ。

 鍛え上げられた肉体から放たれる攻撃はまさしく凶器。

 放つ拳は弾丸の如く、振り払う脚は鎌の如し。

 

 二人が放った足は、扉を呆気なく蹴り破り、奥に広がる広大な空間を後に続いていたウワバミ達へ望ませる。

 

「っ……嘘!?」

 

 通路とは打って変わって明るい空間に一瞬目が眩んだウワバミであったが、次第に明るさに慣れていく中、彼女は信じられない人物を見つけた。

 

「華……ちゃん……?」

 

 虚ろな瞳を浮かべ、黒かった髪の毛は真っ白に染まってしまっているが、見間違えるハズがない―――彼女こそ、ディレクター事務所に世話となっていたインターン生・蒼井華その人だった。

 だがしかし、感動の再会の余韻に浸っている暇などない。

 

「……誰じゃ、おまえら」

 

 扉を蹴り破った際、自然と突入班の先頭に立っていたディレクターが、待ちかねていたと言わんばかりに胡坐をかいていた者へ声をかけた。熊の“個性”持ちだろうか。かなりガタイが良い。鋭い犬歯や爪、体を覆う焦げ茶色の毛皮。数多くみられる特徴の中、特に目を引くのは丸太のように太い腕だ。

 

「……樋口(ひぐち)士久万(しくま)、敵名『ベアヘッド』。強盗致傷8件、殺人5件、殺人未遂35件。まさか、キュレーターと組んでいたなんてね……」

「おぉ、良く知ってるな。俺も有名人になったモンだな……」

 

 この場に居るヒーローの中で、請け負う仕事柄、指名手配犯の情報に詳しいウワバミが、目の前で佇む敵の詳細を口にした。

 数多くの凶悪事件を起こし、尚もその実力からヒーローや警察の手から逃れているネームドこそ、感慨深けに呟いている『ベアヘッド』である。

 

 国内で指名手配にされている敵の中では、かつて茶の間を賑わせた血狂いマスキュラーに匹敵するほどの危険度だ。思わぬ敵の登場に、ウワバミはゴクリと生唾を呑み込む。

 

 しかし、ウワバミが緊張しているのは彼だけが理由ではない。

 

「あのトラとウマと白塗りは誰じゃ?」

「……えぇっと……トラの方は『ビャッコフ』、ウマの方は『ロデオ』です。いずれも、何度も“個性”犯罪を犯して敵認定を受けている奴らですね。白塗りは……ごめんなさい。心当たりがないですね」

「そうか」

 

 ベアヘッドと組んでいると言わんばかりに、殺る気満々で並び立っている謎の三人。

 ホワイトタイガーのような姿形をし、ベアヘッドに比肩するほどのガタイを持つ男の敵名は『ビャッコフ』。荒々しい息遣いと、口の端から垂れている涎が、彼の正気が疑わしうことを否応なしに匂わせている。

 一方、中々整った馬面と程よく引き締まった肉体を持つ男の敵名は『ロデオ』。ビャッコフと違い、凛とした佇まいだが、それが逆に不気味な雰囲気を漂わせている。

 最後に、長いムチを携えるピエロのような化粧を施した男だ。彼だけは異形型に見えないものの、この場に居る以上、何かしらの“個性”を持っていることは想像に難くない。

 

 一人を除き、それなりの粒ぞろいだ。

 

 溢れ出る威圧感に冷や汗の止まらないヒーロー勢であったが、ここで恐れを知らぬディレクターが一歩前へ出ていく。

 

「まぁ、立ち話もなんじゃ。まずは蒼井華返してもらおうか」

「蒼井……? あぁ、そこの小娘か。いいぜ。オイ、クラウン」

「オォ、なんじゃ。話の分かる奴じゃな!」

「はぁ!?」

 

 ものの十秒で終わったディレクターとベアヘッドの会話、その内容にウワバミは思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。

 

―――罠に決まっている。

 

 地上で戦っている味方が、洗脳された者達と戦っているのだから、眼前に居る華も何かしらの洗脳を受けていると考えるのが妥当だ。

 しかし、そんなウワバミの心配を余所に、『クラウン』と呼ばれたピエロ男はベアヘッドの指示通り、華にディレクター達の下へ戻るよう指示を出す。

 

 すると、華はたどたどしい足取りながらも、在るべき場所へ向かい足を動かし始めた。

 

 一歩、また一歩。

 

 残る距離が少なくなっていく。

 

 十メートル、五メートルと……そして、後一メートル程に距離が縮まった時だっただろうか。

 

 

 

 徐に懐から取り出されたナイフが閃いた。

 

 

 

 ナイフを固く握りしめた華が、躊躇なくディレクターの胸元を狙って手を突き出した。

 完全に不意を突く形で繰り出された刺突。このままいけば、彼の心臓はブスリと一突きされ、直後には真紅の液体がとめどなく床に零れ落ちることとなるだろう。

 

 しかし、『ウサギ』という“個性”を存分に発揮するかの如く飛び跳ねるディレクター。それに伴い、華のナイフも空を切る事となった。

 

「―――!」

「ほいっと」

 

 能面のように表情は変わらないものの、驚いたかのように華の息を飲む音が部屋中に響きわたる。それほどの静寂が、今の一瞬を支配していた。

 だが、今度は直後に床に降り立ったディレクターの怒気に場は支配される。

 

「オイ……―――儂の仲間に何した?」

 

 腹の底に響くように、鈍くドスの利いた声が、この場に居る者達の鼓膜を揺らす。

 そして彼の放つ怒気は、噴火一歩手前の火口付近にグラグラと煮えたぎっているマグマを思わせる。

 

「……はっ! 今の動き、まるでそいつがお前に攻撃を仕掛けると思ってたみてぇな速さだったな。酷ぇ野郎だ。敵の中でビクビクと子犬みたいに怯えてた女を避けるような真似するとはなぁ」

「儂が聞いとんのは、蒼井華に何したって話じゃ!!」

「聞いてみたらいいんじゃあないか、そのお仲間さんになッ!!」

「てんめっ、このクマッ!!」

 

 ベアヘッドの物言いに堪忍袋の緒が切れたディレクターは、ウサギらしからぬ肉食獣の如き表情で、ベアヘッドへと立ち向かっていく。

 すると両者、集団の首領とも言うべき者達の激突を前に、戦いの鐘が鳴る。

 

「ウ゛ル゛ルルッ! もう我慢の限界! 砕き殺す!!」

「んァ!?」

 

 真っ先に、猛々しい咆哮を上げてレオキングに襲い掛かるのは、丸太のような太い腕を振るおうとするビャッコフだ。

 その腕から放たれるのは、喰らえば一たまりもないであろう重い一撃。

 しかし、体がビャッコフよりも小さい分、機動力で勝っているレオキングは、横に振るわれた一撃に対し上体を反らすようにして躱し、そのまますれ違いざまに顔面へ一撃叩き込んだ。

 

「はっ! 俺に対してケンカ売るたぁ……それって、俺に噛み殺されてェってことだろ!?」

「ウ゛ゥっ! ウ゛ゥル……!! 割るル゛ル゛……頭蓋割るル゛ル゛ッ!!」

 

 凡そヒーローが口にしていはイケない単語を言い放つレオキングに対し、ビャッコフは殴られた部位を爪で掻きながら、鋭い眼光をレオキングへ向ける。

 人を二、三人殺していそうな血走った瞳だが、同じ肉食系であるレオキングは、萎縮することなくビャッコフの攻撃を避けつつ、反撃を繰り出すというカウンター戦法で打って出た。

 

 一方でウワバミ、ライノス、エレファングの三人は、ロデオ、クラウン、そして洗脳されていると思しき華を交えて乱戦を繰り広げる。

 元来補助寄りの“個性”であるウワバミは、ジャグリングに使うようなナイフを振りかざす華相手に、護身用に体得していた体術で何とか対抗していた。

 

「華ちゃん! 私の声聞こえる!?」

「……」

「お願い! 正気に戻って!」

 

 必死の形相で自我のない華に呼びかけるも、その甲斐はなく少女は刃物を振り回す。

 これが只の一般人の身体能力であればすぐさまナイフを取り上げられただろうが、生憎相手はヒーローだ。

 日々、上司の理不尽に付き合わされたことによって鍛え上げられた身体能力は、肉体の若さもあるのか、ウワバミと互角に渡り合うに至っていた。いや、“個性”を存分に用い、周囲を滑走するという変幻自在な動きをする相手に、索敵以外の能力が長けてないウワバミが互角であることを称えるべきだろう。

 

 蒼井華:個性『掃除』

 磨いた場所が、ピッカピカのツルッツルのキレイキレイになる! 一家に一つは欲しい“個性”だ! “個性”の応用で、モノを磨いてカーリングのように地面を滑らすことや、自分自身がスケートのようにして滑走できる!!

 

 本来はモップという長物を用いるのが、本来の彼女のスタイルであるが、今回に限ってはネットショップにありそうなモップ靴を履いて、“個性”を用いているようだ。

 いつも通り、モップを用いての攻撃であったならば、回避した際に柄を掴むなどしてで無力化を図れただろうが、ナイフではそういかない。

 

(くっ……数は同じだけど……!)

 

 蒼井を相手する傍ら、他の敵と激突している味方を見遣る。

 エレファングはロデオと、ライノスはクラウンと戦っているようだ。

 

 しかし、戦況は芳しくないように見える。

 前者は、鈍重な動きの隙を突かれ、ウマの脚力を存分に生かした蹴りを喰らっており、後者は実戦経験の少なさも相まってか、ムチを自分の手足のように操るクラウン相手に苦戦を強いられていた。

 

 そして、ある時を境に一人の動きが止まる。

 

「っ……!」

 

 ここまで、その頑強な皮膚で攻撃を耐え凌いできたライノスが、突然崩れるように倒れ込んだのだ。

 そんなライノスの様に、歓喜にも似た狂気じみた甲高い声を上げるのはクラウンだ。

 

「ハイ、キタコレ!! サイの君、俺の指示聞けちゃうようになっちゃったよね!? お座り! 簡単だよな、なぁっ!?」

「ライノス、どうしたの!?」

 

 崩れ落ちたライノスへ、クラウンはここぞとばかりにムチを打ち始める。

 何とか頭部を守るように腕を頭上で組んでムチを防ぐライノスだが、痛々しい破裂音のような音は幾度となく響く。

 その様を前に、苦心に満ちた表情を浮かべるウワバミだが、予想以上に華の攻撃が激し過ぎる為に応援へ向かうこともできない。

 

「ヒーローさんも知りたいってか、ええ!?」

「はっ……あ!?」

「なら教えてやる! 痛みこそが成長の近道だってね! 愛のムチって言葉知ってる!? 知らない!? じゃあ今知れ!!」

「くっ!?」

 

 口角泡を飛ばす勢いでまくし立てるクラウンは、膝を着くライノスを後に、ウワバミの下へムチを振るいながら歩み寄ってくる。

 背後ががら空きだ。これほどの隙があれば、ライノスも立ち上がり不意を突いてくれるだろう。

 

 二人分の攻撃をなんとかいなしてみせるウワバミは、攻勢へ転じれる絶交の機会に、焦燥に満ちた表情の奥でほくそ笑む。

 

―――しかし、ライノスは動かない。否、動けない。

 

「っ……ライノ……加西!?」

「彼にナニ言ったって無~駄無駄ァ! 今は血肉湧き踊るエンターテインメントの途中。劇の名前はそうだなぁ……『仲間の毒牙に掛かる英雄』っていうのはどうだィ!?」

「まさか! あんたの“個性”が……!」

「喰らってみれば分かるよ! 愛のムチ!!」

 

 何かに気が付いたウワバミ。

 だがハッとするも束の間、完全にライノスから手を引いて自分を仕留める行動に移り、攻撃を仕掛けてくるクラウンに、ウワバミは只々躱し続けることしかできない。

 

(こいつ……こいつが洗脳の根源!!)

 

 ムチが嵐のように荒れ狂う視界の中、表で奮闘している者達と戦う洗脳されたヒーローらと、今この場に居る華が我を失っている“個性”が誰のモノか目途がついたウワバミ。

 あくまで彼女が立てているのは予測。

 しかし、特別な加工がなされていないと見えるムチで、岩石のように硬い皮膚を持つライノスを倒すには、“洗脳した”という事実があればしっくり来るのだ。

 

―――そして、実際にウワバミの予想は外れてはいない。

 

 クラウン:個性『調教』

 相手の痛覚を刺激することによって、自分の指示や命令を聞くように洗脳できる! 痛めつければ痛めつける程、洗脳の度合いはどんどん高まっていくぞ!!

 

 洗脳系の“個性”―――世間では敵向きと言われているが、実際に敵の手に渡っているとなると、これ以上厄介な代物はない。

 自分が喰らってしまうのも勿論そうだが、味方である人物を洗脳され、敵として立ちはだかれた場合、ヒーローとしてはいつになく苦戦を強いられてしまうことになる。相手が元は味方だという意識、必要以上に傷つけてはいけないという萎縮効果、単純に自分の手を相手が把握している場合もある等、どの理由をとっても嫌らしいものばかりだ。

 更には、その洗脳の“個性”を持つ相手も一緒になった場合、発動条件が分からないと慎重にならざるを得ない。

 

(やり辛いこと、この上ないわ……!! ……あれ? 不味い!)

 

 乱撃の中、一つの影の行先に目が行ってしまったウワバミは、息を飲んだ。

 

 

 

―――自分に、躱しきれぬ速さと軌道でムチが迫っていることに気づかぬまま。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「んにゃろ……ッ! 武器使うなんざっ、しゃらくせえ野郎だ!」

 

 目の前に居るビャッコフへ吐き捨てるように呟くレオキング。彼の言う通り、ビャッコフは戦闘開始直後とは違い、とある武器を使っていた。

 その武器の正体とは、50㎝ほどの木の棒に対し、握りになるよう垂直に棒が取り付けられているトンファーだ。攻撃は勿論、防御にも使えるトンファーは、扱う者の技量にもよるが、かなりトリッキーな間合いで戦うことを可能とする。

 

 変則的な間合い。インファイターであるレオキングにとっては、非常に戦いづらい相手だ。

 その端的な事実を如実に表さんが如く、彼の体には痛々しい痣が、既に無数に出来てしまっている。

 

(ちっ、なんとか距離を詰めて一発……一発ぶち込む!!)

 

 流れは向こうに出来てしまっている。

 この劣勢を覆すには、反撃の狼煙としてまず一撃を叩き込みたい所。

 

 レオキングは意を決し、圧倒的にパワーの勝っているビャッコフの懐へ飛び込んでいく。彼もバカではない。何度もトンファーによる攻撃を喰らったことから、ある程度の間合いは把握し始めている。

 どのような攻撃が来ても、全て避けて攻撃に繋いで見せる―――獅子の威圧感を放つレオキングは、鋭い爪を立てて突進していく。

 

「ウ゛ゥっ……今度こそ、砕き殺すう゛う゛!! 破壊イ゛イ゛イ」

「出来るモンなら……―――やってみやがれェ!!」

「ウ゛ウ!?」

 

 トンファーの柄を握り直し、馬鹿正直に突進してくるレオキングを叩き潰さんと、その凶器を振るうビャッコフ。幾ら、回避に神経を注いでいると言っても、反撃しようという魂胆自体は見え見えなのだ。ならば、攻め込んでくるルートは限られている。

 相手が突進してくるルートを読み取り、躱しきれぬようにトンファーは振るわれた。

 

 だがレオキングは、大きく開かれたビャッコフのガニ股を潜るようにスライディングすることで、その一撃を躱すことが叶う。

 

(何度も前から突っ込んでって、『前からしか仕掛けてこねえ』っていう考えを染みつかせた! だから、まさか股潜って背後から攻撃するなんざ、考えてなかったろうなっ!!)

 

 内心ほくそ笑みレオキングは、見事空振りして隙だらけのビャッコフの背を取った。

 速さはこちらの方が上。ここから立て直し、相手に一撃加えるなど造作もない。

 

「俺をいたぶってくれた礼……百倍にして返してやらぁぁあああ……―――あっ!!?」

 

 しかし、レオキングの目論見は崩れ去ることとなった。

 

 

 

―――自分とビャッコフの間に割り込んだ、華の存在によって。

 

 

 

 クラウンがライノスを下し、そのままウワバミを相手取ることによって、手が空いてしまった華。彼女は、実にタイミング悪く、洗脳によって味方だと思い込まされているビャッコフの下へ応援に来てしまったのだ。

 だが、レオキングにとってそのような事情など知ったことではない。

 

 固く握られているナイフの切っ先はこちらを向いている。

 既に駆け出してしまっているレオキングは、そんな彼女の攻撃を躱しきることは難しい。

 

「―――ぁぁああああ!!!」

 

 だからこそ、彼は向けられたナイフの刀身を握ることで、彼女が自分を刺すことに抵抗した。

 気合いの雄叫びを上げ、素手で刀身を握り、刺突の勢いを衰えさせる。

 その間、刀身を握っている方とは逆の手で、華の腕を掴み―――投げ飛ばし―――彼女の背後から迫っていたビャッコフの攻撃から逃がしてあげた。

 

「間合い゛ゼロはあ゛ぁ!!」

「ぐっ!?」

「俺の゛間合い゛!!! 割れろぉぉぁア゛ア゛!!!」

 

 ラリアットされる形で首へ腕を掛けられたレオキングは、ビャッコフが振り返る勢いのまま、

 

 

 

 虎式裏投(ティーグル・チェリス・グルーチ)!!!

 

 

 

 床に叩きつけられた。

 刹那、鮮血が舞う。

 

「っ゛……あ゛ぁっ!!!」

 

 鉄製の床がいとも容易く凹む勢いで叩きつけられたレオキングは、苦悶の声を上げ、血が滴り落ちる後頭部を抑える。

 今の衝撃で頭が割れてしまったようだ。

 本当ならば、意識を失ってもおかしくはないほどの重傷。それでも彼が意識を保っているのは、偏に培ってきたタフネスによるものだろう。

 

 だが、そのタフネスだけで状況が覆るハズはない。

 

「眠れる獅子はあ゛あ゛、起きることなくここでえ゛え゛!!!」

 

 現に、ビャッコフはトドメの一撃を放たんと、両腕を振り上げているではないか。

 あんな丸太のような腕を振り落とされでもしてみろ。骨は砕け、肉は裂け、内臓は風船のように破裂してしまうことだろう。

 

(―――アイツは……)

 

 そのような絶体絶命の中、レオキングは朦朧としてくる視界の中で、先程救け出した少女へ目を遣った。

 ここに来てから、心がないような顔をしている彼女。

 

 尻もちを着いている今も、何処を見ているかも分からないような焦点を定まらぬ目で―――レオキングのことを見ていた。

 

 片方の目は、依然としてハイライトのないまま。

 もう片方の目は、眼尻に玉のように実っている涙が、ハイライトがあるかのように煌いている。

 

 泣いていた。

 洗脳されているのに、いっちょ前に自我があるかのように―――心が戻ってでもいるかのように、涙を零していたのだ。

 

 

 

 瞬間、朦朧となっていた意識に光が差したような気がした。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 きっかけは些細なモノだったのかもしれない。

 

 実際どうあれ、獅子戸王我という少年が、学校というコミュニティで孤立するのには、そう時間がかからなかったというのは事実だ。

 

 クラスで一人だけの異形型。

 暴力的な言動。

 すぐ手が出る。

 短気でガキ大将のような性格等々……いわばハブられるのには、十分過ぎる条件が揃っていた。

 

 もし、彼が気弱な人間だったのならば、どこかの無個性少年のようにいじめの対象とされていたかもしれない。

 だが、彼は性格相応に腕っぷしが立っていた。

 だからこそ、自分が気に入らない相手は徹底的に叩き潰した。服従させるように力を振るった。善悪など関係なしに。それが自分を孤立させることに拍車をかけることとも知らず。

 

 周りの人々は、彼を忌避した。触らぬ神に祟りなしと言わんばかりに。だが、己の口に戸口を立てることはやめなかった。

 

『聞いたか? シシドの奴、まだ校外で問題起こしたみたいだぜ?』

 

―――うっせぇ。

 

『お前みたいな問題児が、将来敵になって犯罪を起こすんだ!』

 

―――いつだってそうだ。

 

『ヤダヤダ。さっさと退学にでもなって、どっか行ってくんないかな。アイツ近くに居ると、気が滅入るんだよ』

 

―――心無ェ言葉が。

 

『ああいうのを、敵予備軍って言うんだよな』

 

―――俺を……悪者にすんだよ。

 

 彼は、中学に上がっても独りだった。

 

 スレてスレて―――ズレてズレて―――グレてグレて―――拗れて拗れて―――キレてキレて―――気に入らない者を片っ端から叩き潰そうとする彼に、安心できる居場所など無かった。

 誰も認めてくれない。

 認められようと行動することすら認めてくれない。

 故に、彼の中にはどうしようもない苛立ちと虚無感しかなかった。

 

―――俺、きっとこのまま敵にでもなって、有耶無耶でクズな人生送るんだろうな……。

 

 時折将来を想像してみても、晴らしようのない暗雲だけが立ち込めて、明るい未来など想像できなかった。

 

 だが、そんな彼に一筋の光明を導き出したきっかけも、また些細なものだったのかもしれない。

 

 家にも学校にも居場所を見つけられない彼が、苛立ちを発散せんが為に街に繰り出した日のことだ。

 世間では、とある敵に襲われた中学生が奮闘したことがお茶の間で賞賛されていた時期。

 

―――あのくらい、俺にもできる。

 

 半ば、自暴自棄だった。死に急ごうとしていると言ってもいい。

 どのような形であれ、人に認められているという実感が欲しかった。渇望していた。自分という存在が居ると、周りに知らしめたかった。

 

 だから彼は、街中で暴れている敵へ無謀にも立ち向かっていったのだ。

 結果は惨敗。孤軍奮闘するも、襤褸雑巾のようにいたぶられてしまった。

 

 朦朧とする意識の中、胸倉を掴まれて宙づりにされた彼が見た景色は、自業自得だと呆れている者、面白そうに携帯で写真を撮っている者、腫物を見るかのような目つき眺める者などなど……。

 

 救けを呼んでいる者は、誰一人としていなかった。

 

 だが―――、

 

「一般人。邪魔。見せモンじゃないんじゃぞ」

 

 自分を散々いたぶった敵を一蹴し、十人十色な反応を見せていた野次馬を追い払うようなヒーローが来た。

 そして、惨めな思いで歩道に倒れ込む彼に向かって、ヒーローは手を差し伸べる。

 

「お前、中々タフで面白い奴じゃな。気に入った! 儂の事務所来い!」

「……は?」

 

 思いがけない誘い。

 それが、彼の人生を変えるターニングポイントだ。

 

 半強制的に面倒を看られることになった彼は、理不尽の塊とも言えるヒーローの事務所で、バイトという形でヒーロー的活動に加担するようになった。

 

『世の中、楽しんだモン勝ちじゃ!』

『中々の腕っぷしだ。君はきっと、良いヒーローになれるだろう』

『シシド君のパワーを見込んで、ちょっと手伝って欲しいんスけど……』

『はぁ~、アンタって本当に悪ガキね。ま、でもそんなこと許されるのは若い頃だし、色々試してみるのもいいんじゃない? ホントに間違えた時に道を正してあげれるように、大人は居るんだからね』

 

 個性的な面子の中に面倒を看られる中、彼のスレた心は次第に潤いを戻していった。

 生来の性格や気質は治らないものの、何かに情熱を注げるようになったという事実は、彼の人格形成に大いに役立ったのだ。

 そして何より、

 

『シシド君ってさ……結構優しいトコあるよね』

 

 

 

―――対等な仲間(友達)が、漸く出来た。

 

 

 

 するとどうだろうか。今まで傷つける為だけに振るってきた爪が、何か別の事を為すためにあるのだ、という風に思えるようになってきた。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「破壊いいイ゛イ゛ッッッ!!!!!」

 

 ビャッコフの咆哮が轟く。

 依然としてレオキングが避ける様子は見えない。

 

「ム! シシド!」

「おっと、ウサギさんよ。相手は俺だ!」

「邪・魔っ!」

「なら、無理やりでも退かしてみせろっ!!」

 

 すぐさま救援に向かおうとするディレクターであったが、不敵な笑みを浮かべるベアヘッドに阻まれ、救援に向かうことができない。

 

 やられる!

 

 味方の誰もが、レオキングの敗北を悟った―――その時だった。

 

「SMASH!!!」

「っ!!?」

 

 突如、扉のない鉄の壁が赤熱に染まり、数秒後には壁が破れ、奥から二人のヒーローが赤と青の炎を背負いながら姿を現した。

 誰もが予想外の人物の登場に目を丸くする。尤も、扉のない場所を無理やり吹き飛ばして登場してくれば、誰でも驚くと思うが。

 

「俺、トージョ―――ッ!!!」

「隠密行動って知ってるか、波動? ……まあ、こんな真似して俺も言えた義理じゃねえが」

「ガぁ゛?」

 

 派手な登場をしながら大声を上げる熾念を窘めつつ、彼に手を貸して壁を破った轟は、スッと周りを見渡す。

 そんな彼らに、今まさにレオキングを仕留めようとしていたビャッコフの目が逸れる。

 

 その瞬間を、レオキングは覚醒した意識の中で見逃さなかった。

 

「ガアアアッ!!!」

「ア゛ァ゛……ウ゛ゥァア゛!!?」

 

 ネックスプリングで起きたレオキングは、起き上がった勢いのままに、『ライオンハート』をビャッコフの胴に叩きこむ。

 その一撃によって怯む相手。しかし、この程度の攻撃でやられはしない。

 すぐさま態勢を立て直し、今度こそトドメを……と腕を構えるビャッコフ。ゼロ距離は彼の間合いだ。レオキングが攻撃を叩き終え、隙が出ているならば絶交の攻撃チャンス。

 

 攻撃が終わっているならばの話だが。

 

「ァァアアアアッ!!!」

「ヴゥゥゥゥウウウ!!?」

 

 一発目の掌打を叩き込んですぐ、もう片方の手で掌打を叩き込む。

 片方を叩き込み終えたら、もう片方。単純な連撃を加え始めるレオキングに対し反撃を試みようとするビャッコフであるが、

 

「アアアアアアアアア!!!!」

「反ッ、撃ッ、出来な……ヴゥゥァァアア!!!?」

 

 終わりの訪れぬ連撃を前に、攻勢へ転じることが出来ない。

 襲い掛かる掌打の嵐は、ガタイやパワーがはるかに上の相手にさえ、反撃の余地を与えないほどに激しいものであったのだ。

 仕方なしに腕で攻撃を防ごうと試みても、すぐさま弾かれて胴体が露わになり、何度も掌打が叩き込まれる。

 

 それが何発も、何十発もビャッコフの全身を打ちのめしていく。

 

 一打、二打、三打、四打、五打六打七打八打救打獣打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打打ッ―――……

 

「ROAAAAAAAARRRRRRRRR!!!!!」

 

 機関銃に撃たれたようにボロボロになったビャッコフへ、咆哮するレオキングが、トドメの一撃を―――獅子の覇気を纏った両手の掌打をぶち込んだ。

 

 

 

 

 

 ダンデライオン!!!!!

 

 

 

 

 

 締めの一撃は儚く、それでいて雄々しく決まった。

 

 渾身の一撃を受けたビャッコフは宙を舞い、力なく床に落下する。そしてそれから彼は、ピクリとも動くことなく、戦線離脱したことを周囲へ暗に知らしめた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ゛~~~……!! オォラァッ!!!」

 

 そして、勝利を掴んだ獅子を猛々しく吼える。

 

 その姿はまさしく、弱きを救け強きを挫く、正しく正義であるヒーローそのものだった。

 

 

 


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