Peace Maker   作:柴猫侍

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№66 トラジエント

 数分前、寂れた水族館の地下二階から地上五階は、キュレーターが仕掛けた罠による爆破された。

 その時、ディレクターやウワバミ、シンリンカムイなどがいる突入班の一つは、地下二階を散策していたのだ。まさか爆破されるとは思っても居ない彼ら。故に、突然の爆破に為す術なく爆撃された―――と思いきや、

 

「あ……危なかった。爆炎は我の苦手とするところだが、致し方なし……くっ!」

「大丈夫ですか、シンリンカムイ!?」

 

 樹木の腕を伸ばせるシンリンカムイが、ウルシ鎖牢で味方を覆ってバリケードを作ることにより、爆破の直撃を喰らうことは免れていた。

 しかし、無傷で済むハズもなく、爆炎を四肢に受けたシンリンカムイは、苦痛に顔を歪めている。そんな彼を、索敵役として付いて来ていたウワバミは気に掛ける。

 

「さーてっ、そんな痛がっとらんで探索続けるぞぅ」

「鬼かよ、てめぇは」

 

 一方で、シンリンカムイのおかげで助かったディレクターは、あっけらかんとした態度で探索を続ける旨を口にする。怪我人を労う訳でもない彼の言動には、流石に彼の事務所にインターン生として来ているレオキング―――本名『獅子戸(ししど)王我(おうが)』も、鬼畜の所業と表した。

 その後も、『儂ぁ兎じゃ!』と的から外れた返しをディレクターがするなどのやり取りもあったが、このような会話もできるのも全員無事だからこそ。

 

 しかし、そんな彼らへまた一難。

 

「園長! 後ろから!」

「むっ?」

 

 声を荒げ、ディレクターの背後へ指を指すゴリラコング。

 言われるがままに振り向けば、なんと巨大な鯨のレプリカが倒れてきているではないか。

 

 先程の爆発の拍子にレプリカを吊っていたワイヤーが緩まり、今となって外れ、そのまま彼らが居る場所へ落ちてきたのだろう。

 かなりの大きさだ。この場に居る者達を圧し潰せる程度の大きさはある。

 

 だが、そう易々と二次災害に巻き込まれるようなヤワなヒーローは、この場に居ない。

 近くに居たディレクターとレオキングが真っ先に動き、落ちてくるレプリカ目掛け、全力の掌打を叩き込む。

 

 ラビットピース!!

 

 ライオンハート!!

 

 二人の必殺技を受けたレプリカは、大きく弾き飛ばされ、そのまま向かい側に合った壁に叩きつけられる。

 

「あの細腕で、どうやったらあんなパワーが……」

「いや、そんなことよりも負傷者の手当てと搬出が先だ。ヒーローは引き続き捜索を! 警察は、今の爆発で負傷した者達を看ます!」

 

 一部の者達が、彼らの腕力に唖然とする中、ライオットシールドを携える警官の一人が声を上げる。

 今の爆発で負傷した者はシンリンカムイのみならず、他にも数多く居るのだ。怪我の程度に差異はあれど、万全でない状態で敵と相対しても逆に邪魔になるだけ。

 

「おうよっ、任せた。ウワバミ!」

「はい! ……って言いたいんですけど、火薬の所為でうまく臭いが嗅ぎ取れないんですよねぇ……」

 

 負傷した者達を後にし、引き続き捜索に動くディレクターたち。

 班を率いるディレクターは、索敵に長けているウワバミにキュレーターの居所を探るよう、端的な指示を出す。

 

 だが、地下ゆえに外へ流れ出ることのない黒煙が充満することで、ウワバミは『蛇髪』による索敵が使えなくなってしまっていた。

 蛇には、ヤコブソン器官という嗅覚を司る感覚器と、赤外線を感じ取るピット器官があるのだが、前者は火薬の臭いによって潰され、後者は爆炎による空間内の気温上昇に伴い、ロクに機能しなくなってしまっている。

 

「っつーか、敵の根城っつった癖に敵全然出てこねえじゃねえか。場所間違ってんじゃねえのか?」

「……信じたくはないわね」

 

 敵の少なさに、どうやら不服なレオキング。

 彼の言葉に神妙な面持ちになるウワバミは、もしや嵌められたか? と嫌な想像が脳裏を過ってしまう。もしそうだとしたら、拉致された華の奪還は絶望的。ヒーロー的にも、個人的にも看過できない事態である。

 

 冷や汗が頬を伝う。

 

 そんな時だった。このフロアの中央に堂々と佇んでいる水槽から、ドンドンと叩くような音が聞こえてくる。

 この水族館には、二階から四階と地下一階から地下二階に、複数の階層を貫くような形の水槽があるのだ。現在、ディレクターの突入班が居るのは最下層である地下二階なのだが……

 

「ん? って、ギャングオルカじゃないですか! なんで泳いで!?」

「お、逆俣じゃん」

『―――』

「下?」

 

 何故か水槽で悠々と佇まっているギャングオルカに、ウワバミは思わず仰天してしまう。

 一方でディレクターは、ギャングオルカの床を指し示すジェスチャーに、首をコテンと傾げてみせる。

 そんな様子を前に、ギャングオルカは水槽の底面部分―――その角にあった網を蹴り破り、なんとその中へ潜っていくではないか。

 

「っ! まさか……“まだ下の階がある”……ってことですかね?」

「成程! 通りで他の班からもキュレーターの発見報告が無い訳っスね」

 

 ギャングオルカの行動で見えてきたモノ。

 それは、事前に調べ上げた建物の階層のほかに、秘密裏に造り上げられたフロアがあるのではないか? というモノだ。

 もし事実であれば、館内においての会敵が少ないコトに理由がつく。

 

 真に賢しい敵は闇に潜むとは言ったものだ。

 

「ほー。なら、話は早いの」

「「「はい?」」」

 

 徐に屈むディレクター。

 謎の行動を前に目を丸くするヒーロー達であったが、彼らに目を向けることなく、ディレクターは頑強そうな鉄の床にピースサインを作った手を叩きつける。

 直後、鏜鑼を打ったかのような轟音が、フロア一杯に響き渡った。

 余りの音量に空気は震え、近くに居た者達も顔を歪め、耳に手を当てる。

 

「ちょっ、園長、何を……」

 

 奇行を前に狼狽するウワバミであったが、それでもディレクターの動きは―――攻撃は止まらない。

 打撃に続く打撃。

 激しい乱打は鉄製の床を徐々に凹ませていく。

 

 

 

 ラビットミリオンピース!!!

 

 

 

 地震と間違う程の振動の後、最後の一撃が床にトドメを刺す。

 するとどうだろうか? 見事に拉げた床は枠から外れ、重力に従って更なる下層へ―――。

 

 勿論、味方ごと。

 

「落ちああぁぁぁああぁあぁあ!!?」

「てめェ、クソ兎ィ!!」

「まさか鉄の床を……流石園長っス! 自分、一生付いて行くっス!」

 

 巻き込まれる形で落下するヒーロー達。各々の反応は見せつつも、しっかりと受け身はとろうとしている所は流石と言ったところか。

 それでも数メートルの高さから落ちた衝撃は中々のモノだったらしく、地下三階に落下したウワバミ達は、全身に響く衝撃に苦悶の表情を浮かべている。

 

「お、なんじゃ! 地下三階あんじゃん! ようし、さっさと敵共を凹ましに行くぞッ! ウワバミ! 案内!」

「園長。まずそれよりも、ここのコトを……」

「あぁ、それなら自分が連絡するっス」

「あら、そう? じゃあよろしくね、ゴリコン」

「了解っス」

 

 新たなフロアの存在を他の班に伝えるべく、ゴリラコングは先行するのをディレクター達に任せ、一旦その場に留まることになった。

 そして、ディレクター達は最低限の電灯しか灯っていない通路を、全速力で駆け抜けていく。

 

「むむっ、臭うわね。この辺りは、色んな人の出入りがあったようだわ」

「なんだ。じゃあ、上の水族館は囮だったつー訳かよ。しゃらくせえな」

 

 ウワバミの残留臭気による推測に対し、文句を吐くレオキング。

 

 現時点で、地下三階を駆ける戦力は、ディレクター、ウワバミ、レオキング、加西ことライノス、そして『アフリカゾウ』の“個性”を有すエレファングの五人。

 無論、彼らのみならず、警官らもちらほら後を追って来ているが、身体能力という観点から若干遅れをとっての突入だ。

 

「……と言うか、ここまで用意周到なのを見ると、向こうは色々と用意してくれてるんじゃないですかねぇ?」

「ム? 用意しとるとなんなんじゃ。どのみち、敵は凹ますだけじゃぞ?」

「いや、一応慎重に行かなきゃ、またさっきみたいな罠が仕掛けられてるかもしれませんし……」

「関係ない! バレとんなら、尚更脱兎のごとく進まなきゃイカンじゃろうが!」

「……うふふっ、それもそうですね」

 

 更なる罠の存在を示唆するウワバミであったが、関係ないと一蹴するディレクターの言葉に、思わず笑みが零れてしまう。

 そうだ。罠があるからと、ビクビクしながら進んでいては、救けなければならない者達へ手が届かなくなってしまうかもしれない。しかも、相手がこちらの侵入を想定しているのならば、尚更迅速な行動を心掛けなければならない。

 

 適当で我儘で自己中な男であるが、不思議と物事の核心を突いて動くのが、この英雄・ディレクターだ。

 

 己の進む道にトラバサミがあれば、彼はそれを踏みつぶして進んでいく。

 その無鉄砲さは危うさでもあるが、一方では後ろを進む者達に勇気を与える。

 実力に裏打ちされた猪突猛進な行動は、“無謀”ではなく“勇気”だ。力も無くキャンキャン泣き喚くことしかできない小動物と、彼の行動が有す意味は、一味も二味も違うという訳である。

 

「ようしっ! そう言われたら、一層頑張るしか―――」

「ここに居たか、お前たち」

「ぎゃあああ!? 床からギャングオルカが!!」

 

 暗がりの中、ディレクター達の前方でグレーチングを取り外し、海坊主よろしく水を滴らせて飛び出てきたギャングオルカ。

 そんな軽くホラーな登場をしでかした彼に、通路の中で悲鳴が上がる。

 加えて、よく見てみれば片脇に伸びて白目を剥いている敵らしき者を抱えているではないか。

 

 そんな複数の要因と、生来の強面を有すギャングオルカの登場は、恐らく明日辺りに夢に出てきそうな程インパクトがあった。

 

「はぁ……し、心臓が縮む……」

「済まないな。驚かすつもりは毛頭なかった」

「それはいいんですけど、なんだってそんな床から……」

「ああ。この水族館、あちらこちら改修されている名残がある。手が加えられたのはここ最近のようでな、迷路のような水路が張り巡らされている。俺はそこを通ってきたんだ」

 

 どっこいしょ、という掛け声が聞こえてきそうなモーションをしてみせながら、水路を探索していた途中に出会った敵を、通路に放り投げ、手慣れた動きで拘束するギャングオルカ。

 

 彼曰く、水族館が爆破する前に、館内の大水槽に満ちている水が綺麗なことに違和感を持ち、相棒と共に軽い調査をしたらしい。

 その時、水槽内に不自然な水の流れが出来ていることに気が付き、その元となっていた蓋を外し、更にはそこから繋がっている水路を通って、ここまでやって来たとのことだ。

 

「反響定位で調べたが、かなり広大だ。恐らく、本命はもっと下の階層に潜んでいると見て間違いないだろうな。今は、外の海上包囲班にも連絡して、海中に不自然な穴がないかなども探してもらっている」

「ほー、つまり儂らはもっと下に行けばイイっちゅー話じゃな?」

「簡潔にまとめればそうだな」

「なら話ァ早い! 行くぞ、おまえら!」

 

 話を聞くや否や、つむじ風のように通路を真っすぐ疾走していったディレクター。最早、止めるだけ無駄だと悟った相棒たちは、深いため息を吐いてから、情報を伝えに来てくれたギャングオルカと再び別れ、去っていった者の後を追う。

 

「……さて」

 

 彼らを見送ったギャングオルカは、再び水路の中に潜り込み、反響定位を元に水路からの探索を始める。

 

(エンデヴァーからの連絡では、突入班に含まれていた雄英生が居なくなったとのことだが……敵側にワープ系の“個性”を持つ者が居て、連れ攫われたと見るのが妥当か)

 

 ここまでやって来る間に伝えられた情報を整理する。

 先程の爆破では、負傷者こそ出たものの死者は出なかった。しかし、一方で雄英生二名が突如として居なくなったらしい。

 エンデヴァーが傍に付いて居ながらも、連れ攫われた理由―――エンデヴァーの証言を頼りに推測すれば、

 

(敵連合が一枚噛んでいるか……)

 

 目撃情報には、荼毘と黒霧の姿が確認されたと言う。

 もし、キュレーターと敵連合に関係があるとするならば、連れ攫われた二名の捜索・救出も行わなければならない。

 

―――敗北は許されない戦いだ。

 

「居たっ、ギャングオルカめ!」

「ム?」

 

 ドルフィンキックで水路を泳いでいたギャングオルカの前に立ちはだかるは、クラゲのような見た目の男。

 恐らくは、通路を通りかかった者を襲う為に待機していたか、ヒーロー側も水路に気づき、利用すると考え待機させていた者だろうか。

 

「お前を倒せば、俺も幹部に昇進だァ!」

 

 私欲を丸出しに、触手を繰り出してくる敵。

 クラゲの触手には毒がある。もし触れられでもすれば、今後の動きに支障が出てしまうことだろう。

 だが、この時は相手が悪すぎた。

 

「フンッ!」

「おびゃあ!?」

「……雑魚に構っている暇はない」

 

 これまでも、数多の敵を倒してきた超音波アタックによって、ものの数秒でクラゲ敵を下して見せるギャングオルカ。

 痙攣して水中を漂う相手を後にし、彼は凄まじい勢いで水路を泳ぎ抜けていく。

 本来、事前に班編成している以上、独断行動はご法度なのかもしれない。しかし、ギャングオルカは新人時代、相棒を一人も雇わずに数多くの凶悪敵を下した功績がある。

 

 その様を比喩し、人々は彼を『一匹鯱(トラジエント)のギャングオルカ』と呼んだ。

 

 重ねた実績。確かな実力が備わっていることを理解されているからこそ、彼の相棒は『シャチョー』と敬意を表し、緊急事態での彼のワンマンプレイに全幅の信頼を置き、自分達の役割を果たそうとする。

 ギャングオルカもまた、そのような相棒達の信頼を理解しているからこそ、最大限の作戦の能率化を図るべく、行動するのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「ふぃ~……大事な一張羅がずぶ濡れの上にタコ墨塗れだ。洗濯でどうにかなるのか、コレ?」

 

 深いため息を吐く熾念。

 彼の視線の先には、タコ墨が滲むことによって若干黒く染まっているコスチュームがあった。元々白色寄りのコスチュームだ。黒い液体に浸れば、生地が変色してしまうことは想像に難くない。

 

 だが、最悪コスチュームは改良ついでに新調してもらえばいい。熾念は、自分に強くそう言い聞かせた。そうでもしないとやってられないのだ。

 

「さ・て・と……Where am I? 迷っちゃったなっ」

 

 ぐるりと辺りを見渡す。

 最低限の電灯しか付いて居ない通路と思しき空間に出た熾念だが、一切の心当たりがないことに、若干の不安を覚える。

 そんな彼の手には、たった今焼き切った鉄板が握られており、背後には触手でグルグル巻きにされているデビルフィッシュの姿があった。

 

 結局、彼は宣言通り、水が満ちていく空間からの脱出に成功したのだ。人に使うなと念押しされた技であったが、バーナー代わりに鉄板を焼き切れた所を見る辺り、割と対人戦以外では実用性があるらしい。

 

「Hmmm、適当に歩いて回るしかないか?」

「いえいえ、その必要はありません」

「Wow、そうかっ! わざわざ教えてくれてThanks!」

 

 背後から聞こえてくる声に、満面の笑みを浮かべながら振り向き―――『発火能力』の炎を纏った全力の回し蹴りを繰り出す熾念。

 背後に佇んでいた靄は、即座に回し蹴りを回避しようと後退るが、突如として体を覆う緑色の光に身動きが取れず、真面に喰らってしまうこととなった。

 

「ぐっ!?」

「Huh! さっきと違ってよく見えるんでねっ! 不意打ちなんてさせると思ったかァ?」

「っ、これはこれは……少し誤算でした」

 

 不敵な笑みを浮かべる男・黒霧は、熾念の言葉に対し、挑発的な声色で返答する。

 しかし、黒霧は立ち上がる間もなく、再び念動力で体を縛られ、熾念の眼前へ引き寄せられた。

 そして、青く煌々と照る掌を眼前に翳される。

 

「ここはどこだ? エスコートしてほしいし、答えてもらおうじゃないか。他にも色々なっ♪」

「……ふふっ、将来有望なヒーローの卵……いや、仮免はとっているのだから、雛と例えるのが正しいのでしょう。そんな生徒に熱烈なアプローチを受けるとは……」

「ホントに燃えるような思いさせてやってもいいんだぜ。精魂尽き果てて、真っ白な灰になっちゃうような……な?」

 

「―――それは怖いですね」

 

「っ!?」

 

 ふと響く黒霧の声。

 しかし、たった今熾念の鼓膜を揺らしたのは、目の前に居る黒霧が発したものではない。後ろから―――バイザーに映るモニターには、闇から滲み出すように姿を露わにする、二人目の黒霧が通路に立っていた。

 

(二人……!?)

 

私たち(敵連合)が居るならば、このくらいの事態は想定してもらわねば……ふふふッ」

 

 熾念が驚く間もなく、新たに現れた方の黒霧は、その靄のような腕を広げて新たな敵を二名投入してくる。

 暗所の為、すぐには全貌を把握することができない。

 

 どのような相手が来るのだろうか―――神経を研ぎ澄ませ、熾念は後方からの攻撃に備えようとする。

 すると、暗闇を引き裂くかのように、巨大な鋏が熾念の背中へと振りかざされた。

 

「ッぶないなっ!」

 

 無骨且つ重厚な鋏による攻撃を前に、熾念は咄嗟に持っていた鉄板を手裏剣よろしく放り投げた。

 見た目はボロボロでも、鉄は鉄だ。牽制程度にはなるだろうと踏んでの投擲であったが、振りかざされた鋏は、鉄板を挟むや否や、その万力のような力を以て真っ二つに千切った。

 

「イぃ!? 嘘だろ!」

「ギシシ……次は避けさせないぞ」

 

 軋むような笑い声を背に、即座にその場から飛びのける熾念。

 黒霧は念動力で拘束したままだ。“個性”的にも、どのような業界からでも重宝される人材である為、相手も手を出し辛いだろうと、盾のような扱いをしてみせる。

 だが、またもや予想は外れ、二撃目はあろうことか味方の黒霧の体を挟み、そのまま両断したではないか。

 良い子は見てはいけない18禁の光景に、熾念の顔からは血の気が引く。

 しかし、通常真っ二つにされたら噴出するであろう血も出さない黒霧の体は、謎のドロドロとした液体に変貌し、床にぼたぼたと零れ落ちる。

 

 ここで初めて、自分が拘束していた黒霧が偽物であったことに気が付いた熾念は、苦々し気に顔を歪めた。

 

「Fake!?」

「ふふッ、あとは任せました」

「ギシシ……」

「フンッ! こんな小僧一匹の捕獲、お茶の子さいさいじゃ!」

 

 フェードアウトするように去っていく本物の黒霧の一方で、床を響かせながら歩み寄ってくる二名の敵。

 一人は、重厚な赤い甲殻を有した蟹のような男。

 もう一人は、天井に頭が付いてしまうほどの巨体を揺るがし、セイウチにも似た立派な牙を生やす男だ。

 

「これは……逃げるが勝ちってね!」

「どこに逃げるって言うの!?」

「おぉ!?」

 

 数の上で負けている中、真面に相手するのは悪手と考え背を向けた熾念であった、彼のすぐ目の前にあったグレーチングが外れ、床下を流れていた水路から一人の人魚が姿を現す。

 魚の骨を被り、ピンク色の髪を靡かせるいたって可愛らしい女性だ。

 上半身は中々ローライズな服装で、熾念の視点からは胸の谷間がハッキリ見えるものの、敵に挟まれた熾念はそのような余所の女の胸に釘付けになるほど、おめでたい頭はしていない。

 

(……あれれ~? これって、割りとピンチな感じかな~?)

 

 狭い通路。

 前方には、好戦的な笑みを浮かべる人魚。後方には、えげつない握力をした蟹男と、凄まじい図体のセイウチ男。

 

 若干、詰んだのではないかという考えが脳裏を過り、どこぞの歩く死亡フラグの声が脳内再生される。

 しかし、すぐさま頭を左右へ振った熾念は、ネガティヴな思考をリセットし、普段通りのポジティヴ思考へ切り替えた。

 

「Huh! 数で叩きのめそうって考えてるなら……それすらも超えてくだけさっ! Plus Ultraってね!!」

 

 逆境こそ、雄英生が華の道。

 

 そう言わんばかりに、熾念は己の闘志を蒼い炎で示してみせるのだった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 ポタポタと、雫が零れ落ちる音が鳴り響く。

 

「……成程。君の正義とやら、確かに見届けさせてもらった」

「……」

 

 どこまでも続いていそうな空虚の中、サーベルの先からは真紅の液体が、紅玉の如き輝きを放って滴り落ちていた。

 その液体の源は、他でもない。目の前で両膝をついて崩れ落ちている轟のモノだ。

 

「その上で言わせてもらおう。君の正義では……―――私の“誇り”打ち砕くに至らなかったと!!」

 

 

 

 刹那、鮮血が迸る。

 




オマケ(熾念を死穢八斎會編に連れて行かなかった理由が集約されているイラスト)


【挿絵表示】

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