Peace Maker   作:柴猫侍

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№64 突入開始!

『―――このように、統計をご覧になられると分かるように、“個性”犯罪においては異形型の“個性”を持つ人々が、発動型や変形型に比べて犯罪を起こしている割合が大きいんですね』

『これは一体、どういった理由からでしょうか?』

『要因は様々でしょうね。ですが、人と姿形が変わっている事により、子供時代にマイノリティとして扱われてしまうケースが多い理由なんですね』

 

 時刻は夕刻。場は寮の共有スペースのテレビ前。

 夕食をとった後の男子たちは、持ち合わせた菓子などを口にしながら、テレビ観賞に勤しんでいたのだ。

 

 題材は、増え続ける“個性”犯罪。そこから見えてくる、異形型の者達が犯罪に至る場合が多い理由というものである。

 異形型と言えば、A組では蛙吹や障子が挙げられるだろう。

 特段、異形型が“個性”犯罪を行うに至るとは思えないが、それぞれ発動型・変形型・異形型に分けた場合に、最も種類別における合計人口に対しての犯罪者の割合が高いのが、今言った異形型なのだと、ニュースでは言われていた。

 

 過去には同調圧力が酷かったと言う、日本の学校教育。

 しかし、今の時代は“個性”を尊重する余りに生まれてくる弊害もあるということだ。

 

 ニュース曰く、まだ精神年齢が低い幼稚園・小学校低学年の段階で、恐い見た目―――要するに敵然とした姿―――の子供が、マイノリティとして扱われやすいとのことだ。

 自分は何も悪くない。

 しかし、他人は見た目だけで自分を恐れ、決めつけ、悪く扱ってくる。

 そのような経験を小さい内に味わうことで、やがて性格が拗れてしまい、“個性”犯罪に至る場合が多いのだ。

 

 しかも、しかもだ。

 異形型は、発動型や変形型に対して、常時“個性”を発現しているのだから、少しでも他人に暴力を振るった時点で、表面上は“個性”犯罪として扱われるのだ。他の“個性”の者はそうでないのに対し……。

 

「っはー、異形型も色々大変なんだなー」

「……この姿は、命を授かりし時既に与えられた運命(さだめ)のようなものだ。例え、偏見の目に晒されようとも……」

「いや、常闇は頭だけだしなぁ。障子の方が割とインパクトあっぞ?」

 

 ポッキーをポリポリ食べ進める男子の中、上鳴、常闇、切島がニュースの話題に対し声を上げる。

 切島の言う通り、常闇の異形型としての部分は頭部のみ。

 千手観音のように腕が多数ある障子と比べると、人にもよるが、やや印象が弱い気もする。

 

 そうだなー、と同意する声に対して若干常闇が落ち込む。

 すると、ソファの上で丸まっていた熾念が勢いよく上体を起こした。

 

「HAHA! イマドキ、見た目で差別するなんて考え方自体古いのさっ! 見た目は怖くても、心がHotなヒーローとか最高にCoolじゃないか!」

「そうか。そう言われると、少し照れるな」

「……ふっ」

 

 満更でもない障子と常闇。

 特に常闇は、熾念が今言ったような所謂ダークヒーローのような存在が琴線に触れるのだろう。他の者達には、彼の嘴の口角が若干吊り上がったように見えた。

 

「あっ、女子の皆の場合はCuteだぜっ!」

「あら、ありがとう波動ちゃん」

「イェーイ! この褒め上手ー!」

 

 気づいたように、テーブルを囲って椅子に座っていた女子たちにも、サムズアップで声をかける熾念。

 そんな彼のノリに乗っていくのは、蛙吹と芦戸だ。

 比較的人の要素が残っている蛙吹に比べ、全身ピンクの芦戸は中々初見の衝撃が強いだろう。しかし、それでも友達が多いのは、偏に彼女の明るさ故だろう。

 

 因みに余談だが、先程熾念が丸まっていたのは、“個性”で浮かせて遊んでいたポッキーの列を、蛙吹の伸ばしてきた舌によって掻っ攫われてしまった為に、落ち込んでいたからだ。

 数多くのポッキーが犠牲になった証に、蛙吹のほっぺにはチョコがちょこっとだけ付いている。具体的に数で言えば、一袋分が蛙吹の胃袋に収まったのだが、食されたポッキーはもう過去の話。若干熾念の眼尻に涙が滲んでいるように見えるが、過去の話ったら過去の話なのだ。

 

 閑話休題。

 

 その後も他愛のない話題で談笑していた面々であるが、ふと鳴り響いた電子音に熾念が反応し、怪訝な顔つきでポケットに入っていた携帯を手に取った。

 

(……これってまさか)

 

 先程までケタケタ笑っていた様子とは裏腹に、一瞬にして神妙な顔つきになり、男子棟へ早足で向かっていく。

 すると、ちょうどエレベーターの扉が開き、携帯を携える轟と鉢合わせたではないか。

 どうやら、考えていたことは同じ。

 

「焦凍も呼出か?」

「ああ」

 

 軽く問答し、お互いの用事が同じであることを把握した後は、『そっか』と一笑し、そのまま明日に備えるべく、自室へ向かう熾念。

 彼がその行動に至った理由―――それは……

 

(根城見つけるの早かったなぁ……さっすがプロ♪)

 

 

 

 ☮

 

 

 

 ヒーロー連続行方不明事件・その犯行の主犯者とされるキュレーター。

 彼の根城と断定されたのは、数年前に廃業して以来放置されている、海沿いの辺鄙な土地にある水族館であった。

 

 廃業した理由はさだかではない。

 しかし、今は“平和の象徴”が引退したことによる混乱に乗じ、悪を働こうとする者達を捕らえることが重要だ。

 

「っとまぁ、こんだけ辺鄙な土地となると……俺たちが来たことバレやすいんじゃないですかね?」

「だからこそ迅速に行動せねばならん。現場に到着した時点で、既に作戦は始まっているんだからな」

 

 囁くような声で問いかける熾念に対し、普段の二割増しで炎が猛々しく燃え盛っているエンデヴァーは、不敵な笑みを浮かべて応えた。

 

 根城が判明したことで、突入作戦についての会議をしたのが二日前。

 そして今日は、作戦の決行日だ。

 

 天気は生憎の小雨。だが、此処までやって来た大人数の者達の足音を僅かでも消せるという点では、好都合だったかもしれない。

 だが、熾念は雨に打たれることを風流に思うほど、風流な人間ではない。

 外の気温と、コスチュームのバイザー内の気温差で、若干視界が曇ってしまっていることも相まってか、彼の気分は些かよろしくないようだ。

 

(改良の余地あり、ってトコだなっ……)

 

 帰ったら、また発目に世話になってもらおう。そう誓う熾念だった。

 

 水族館まで到着する間、相手に到着を悟らせない為、移動手段は途中から徒歩だ。それも鬱蒼と生い茂る林の中を抜けて。

 真正面から行くなど、相手に『来ましたよ。さあ、逃げて下さい』と言っているようなものである。

 故に、突入班と地上包囲班は、今言った陸路を通っての移動だった。

 

 今回の作戦は、主に三つの役割に分かれて行動する。

 

 一つ目は突入班。これは言わずもがな、キュレーターとその仲間たちが潜んでいると思しき水族館内に突入し、敵たちと逮捕するという役目を担っている。

 最重要と言ってもいい役割故、割り当てられているヒーローはエンデヴァーやギャングオルカを始めとした実力派ヒーローや索敵に長けているヒーロー達だ。一方で、インターン生については、インターン先のヒーローの判断に沿って動く手筈となっている。

 熾念や轟については、対敵戦闘において有効と判断されている為、エンデヴァーの後を追う形で付いて行く予定だ。

 

 二つ目は地上包囲班。水族館内から逃走した敵、若しくは水族館内へ入らせぬべく門番としてやって来た敵を相手する班である。これについては、Mt.レディを始めとした、屋外戦に長けている者達や警察などだ。

 

 そして三つ目に、海上包囲班。主犯者のキュレーターは鯨に変化することができる。その為、逃走経路に海という選択肢が出てくるのだ。故に、ギャングオルカの相棒やセルキーなどといった水場で力を発揮できるヒーローは、この班に加わって海路を逃走に用いる敵を捕らえるという算段になっている。

 

 水族館の間取り図を参考にし、練った配置と役割だ。

 ワープ系の“個性”でもなければ、逃走を図るのは至難の業だろう。

 

「Hmmm……緊張してきたなっ」

「……お前でも緊張するのか」

「Hey、焦凍。意外と辛辣なコメントだな。流石に俺でも傷つくぜ?」

「……悪ィ。なんでもかんでも楽しむ人間だと思ってたからよ」

「TPOは弁えるさ。ほどほどになっ」

 

 轟の天然ながらも棘のある言葉に、笑って応える熾念。

 

 緊張や焦燥は、人の心の弱い部分を浮かばせるものだ。

 人によって、心の弱い部分を隠す手段は様々である。オールマイトならば笑顔、爆豪なら怒りなど。

 オールマイトリスペクトの熾念は、言わずもがな“笑顔”が、負の感情に押しつぶされそうになった時に被る仮面と言ったところか。無論、笑顔を浮かべる理由はそれだけにとどまらないが。

 

「ショート、ピースメーカー。お喋りはそこまでにしろ。―――そろそろだぞ」

 

 少しばかり和らいだ空気が、威厳ある面持ちで言い放たれたエンデヴァーの言葉によって、再び引き締まり、更にはピリピリと張り詰めていく。

 

 エンデヴァーが率いる突入班は、正面入り口ではなく裏の出入り口の一つから突入する。

 他数班も、ある合図を境に各々の担当する入り口から突入することだろう。

 

 その合図とは―――

 

 

 

 ☮

 

 

 

 正面入り口前。

 現在ここには、ディレクター率いる突入班と、地上包囲班の二つが準備していた。

 嵐の前の静けさ。これから始まる激闘を前に、ヒーローや警察たちは緊張した面持ちのまま、生唾を呑み込む。

 

 一秒が長く感じられる。

 

 皆がそう思った時だった。

 不意に、ディレクターが携えていた無線から、声が聞こえてくる。

 

『―――全員配置についた』

「……おうっ!」

 

 端的に、それでいて力強く応えるディレクターは、『漸くか』と言わんばかりに肩をグルグル回す。

 そして、錆び付いて固く閉ざされているシャッターを前に、地面に罅が入るほど踏みつけ、ピースの形をした手を前へ振りぬいた。

 

 

 

 ラビット突入ピース!!

 

 

 

 けたたましく鳴り響く破砕音。

 シャッターは大きく拉げて室内へ吹き飛んでいき、同時に周囲のガラスも何枚か砕け散った。

 

「ぎょえッ!!?」

「ぐわばらっ!!」

 

 更に、シャッターの陰に隠れていたと思しき男共も、シャッターに押される形で飛んで行くではないか。

 

―――成程、向こうはもうこちらの動きに気づいている。

 

 暗に、ヒーロー&警察の動きをある程度把握されていることに気が付いたディレクターであったが、フンッと鼻を鳴らし、首をボキボキと鳴らしてみせる。

 彼の背後では、ディレクターによる突入が合図だと知らせられていた警察が、他の班に向けて突入の連絡を送っていた。

 

 後方が慌ただしくなる中、前方の通路からもワラワラと『敵襲だ!』や『ヒーロー共が来たぞ!』と騒ぐ敵が現れる。

 しかし、見るからに雑兵だ。

 取るに足らない者共の登場に、一番槍を突いたディレクターは、吐き捨てるように呟く。

 

 

 

「そんじゃまあ……脱兎のごとく、敵共をぶっ凹ます!!!」

 

 

 

 作戦開始。

 

 

 

 しかしそれは、ヒーローに限る話ではなかったということを、この時はまだヒーロー達は知らない。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「地上五階の地下二階建て……Toot♪ 水族館の中じゃ、割と大きい方なんじゃないか、っとォ!」

「さぁな」

 

 エンデヴァーが吹き飛ばした敵に対し、トドメの一撃を加えてダウンさせる熾念と轟の二人。気絶させた敵は、付いてきたエンデヴァーの相棒の一人である鎖を出せる“個性”のヒーローが、随時拘束してくれている。

 それを警察が確保するという手順を踏み、ここまでやって来た訳だが、皆がどこか違和感のようなモノを覚えていると言わんばかりに、眉を顰めていた。

 

 少し、順調過ぎやしないか?

 

 当初想像していたよりも、敵の抵抗は少ない。

 そのお陰で、エンデヴァーが率いる班は既に三階まで辿り着けているのだが、それにしても敵の数が少なすぎる気がする。

 それに、捜査段階ではこの水族館に居ると推測された拉致されたヒーローらの姿も見えない。

 

 どこか別の場所に居るのだろうか?

 

 もっと上の階か?

 

 いや、上の階はイーグルアイを始めとする飛べるヒーロー達が侵入している為、見つけたならば既に連絡が入るハズ。

 となれば、残るは地下しかない。

 

 願わくば無事で居て欲しいと思う熾念。

 

「Huh?」

「……電気が?」

 

 しかし、そのような思案も突如として点灯した建物内の電灯により、一旦途切れさせられることとなった。

 先程まで電灯の一つも点いておらず薄暗かった空間が、一瞬にして青が映える幻想的な空間に早変わりだ。

 

 同時に、鼻を刺すような刺激臭が上から臭ってきた。

 違和感を覚えるがままに上を向けば、どうやらスプリンクラーから橙色の液体が噴出し始めていたようだ。

 

 不快感を露わとする面々であったが、その液体が何なのかいち早く感づいたエンデヴァーが普段決して消さない髭の炎を収めつつ、声を荒げる。

 

「ガソリンだっ!!! 火器は控えろ!!!」

「なッ……ガソリン!?」

「俺が止める!!」

「焦凍!」

 

 狼狽する警察を前に、咄嗟に天井目掛けて冷気を迸らせる轟。一瞬の内に、スプリンクラーの噴出口は凍り付き、ガソリンが噴き出すことはなくなる。

 その迅速な対処があってか、この場に居る面々はガソリンを被るか被らないかの微妙なラインでの被害に留めることができた。

 依然としてガソリン臭さは拭えぬ空間だが、これで一安心―――とイケるハズがない。

 

「チッ! 敵は俺たちの面子を把握しているぞ! 気を抜くなっ!!」

「……あからさまに炎熱による攻撃を控えさせるような手口。そう考えるのが妥当だろうな」

 

 苛立たし気に叫ぶエンデヴァーに続き、轟が言葉を紡ぐ。

 

 そう、本来火災などによる火の被害を抑えるべく設置されているスプリンクラーから、逆に被害を拡大させるようなガソリンが噴出されたのだ。これを敵の仕業と考えずして、どうするのか。

 

「What!? なんだ、向こうも迎え撃つ準備万端ってことかっ!」

「情報が洩れてた……って、今考えても仕方ねえか」

 

 動揺が奔るが、優先事項を再確認し、今自分が為すべきことに心血を注ぐべく、意気を改める熾念と轟。

 立ち振る舞いを崩さぬ№1。

 闘志を燃やす学生。

 彼らを見て、共に市民を守るべく此処に赴いている警官らも奮い立たぬ訳がなく、一層顔を険しくして周囲へ警戒を向ける。

 

「あっ……エンデヴァー! 上ですっ!!」

「むっ!?」

 

 その甲斐あってか、警官の一人が天井辺りに浮かぶ不自然な黒い靄に気が付いた。

 しかも、よく見れば靄からは人間の腕が伸びているではないか。ツギハギだらけで、皺が多く刻まれている紫色の皮膚は、見るに堪えないの一言に尽きるが、問題は見た目ではない。

 今にも炎が噴き出さんと、プスプスと黒煙が皮膚から滲むように噴き出ていたのだ。

 

 刹那、エンデヴァーの目が開かれる。

 

「爆発に備えろォッ!!」

 

 怒号にも似た声が、建物内に響きわたる。

 そんなエンデヴァーが必死の形相で言い放った一言に、ライオットシールドを構える警官は身構え、熾念は念動力の壁を作り、轟もまた氷結で氷壁を作った。

 

 次の瞬間、天井付近で迸ったどす黒い炎を皮切りに、薄暗かった通路が紅蓮に染まりいく。

 爆炎と衝撃、そして黒煙が辺りに広がる。皮膚が露わになっている部分が焼かれたのではと錯覚してしまうほどの爆発だった。

 

(Hey, Hey, Hey! あの腕、炎……しかもあの黒い靄は!)

 

「敵連ご―――」

「大正解だ」

「う゛ッ……!?」

 

 襲来した敵の正体を察し、声を上げようとした熾念の腹部に奔る衝撃。

 衝撃のままに体をくの字に折り曲げた熾念は、張っていた念動力の壁の内側に現れている黒い靄―――そこから飛び出している脚を睨みつけた。

 

(コイツ……あの炎使いの!)

 

 靄が次第に狭まり、目の前の景色が遠のいていく。

 すぐ近くで爆発を防いだ轟も、黒い靄に呑まれていく熾念の姿に目を点にし、咄嗟に腕を差し伸ばしてきたが、時既に遅し。

 熾念の姿はあっという間のその場から消え失せ、轟は只虚空を掴むだけの結果に終わってしまった。

 

「波動!!」

「他人の心配してる場合か?」

「っ!」

 

 横に目を向けていた轟であったが、ふと頬に伝わる異様な熱に気が付き、正面に顔を向けた。

 目の前には、爆風を防ぐために出した氷壁だけがあるハズだが、実際そこに居たのは、全身ツギハギだらけの青年―――荼毘が佇んでいる。背後を見るに、黒い靄―――黒霧のワープゲートを用いて参上したのだろう。

 不敵な眼差しで、身構える轟を見下ろしながら、黒煙が滲み出ている右腕を突き出す。

 

「哀しいなあ―――……轟、焦凍」

「くっ!」

 

 今まさに爆ぜようとする炎を前に、すぐさま左の炎熱を放って相殺しようと試みる轟。

 次の瞬間、両者が放った炎が衝突し、先程の爆発に負けずとも劣らない爆炎が室内を紅蓮に染め上げていく。

 しかし、後手に回ってしまった轟は、衝撃を完全に打ち消すことができず、そのまま後方に向かって吹き飛んでしまった。

 

 そこに在ったのは、獲物を捕らえるべく用意されていた罠だ。

 

 しまった。

 そう言う暇もなく、轟もまた黒霧のワープゲートの中に呑まれていく。

 

「さて……」

 

 インターン生二人をワープさせることに成功した荼毘は、満足気に自分も逃走用のワープゲートの中へ入っていく。

 味方ながら、黒霧の利便性には驚嘆するしかない。

 こうして少し場の視界を悪くし、混乱させるだけで奇襲が上手くいってしまうのだ。

 合宿襲撃の際は、大々的に襲撃したという事実を世間に伝えねばならぬ為、あのように派手な襲撃になったが、人を拉致するという点においてはこれ以上便利な“個性”は無い。

 そもそも、戦力を分断するという使い方の実績は、USJ襲撃で明らかになっている。

 

 戦力の分断は戦術の基本。

 それはヒーローも然り、敵も然りだ。

 

(基本には忠実に……さてと)

 

 暫し、暗黒の中を移動した荼毘は、鉄製の壁や床で覆われている無機質な空間に足を踏み出した。所々錆び付いており、更には潮臭さが鼻に突く場所だ。

 数本の頑強そうな柱がそびえ立つ空間の中央。そこに、キュレーターとトゥワイス、そして()()の黒霧は佇んでいた。

 どこを見ているかも分からない虚ろな目は、一先ず役目を終えた荼毘と黒霧―――正確にはトゥワイスの“個性”でコピーされた個体だが―――を捉える。

 

「来たか」

「ああ。言われた通り、雄英生を分断してやったぞ」

「そうか」

 

 さも当然と言わんばかりに素っ気ない態度をとるキュレーター。

 そもそも敵連合とキュレーターの間柄は取引相手なのだから、現段階では必要以上に与する必要もないのだが、それを差し引いたとしても、一歩間違えれば相手の癪に障ってしまうような態度だ。

 もしこの場に居るのが死柄木だったら、どうなっていたことだろうか。

 ヒーロー殺しの一件以来、精神的な成長が垣間見える彼であるが、未だ危ういところがある。保護者のような立場である黒霧(この場に居るのはコピーだが)にしてみれば、胃痛に悩んでしまう要因の一つと言えよう。

 

「それにしても、わざわざ雄英生が来るとはな……鴨が葱を背負って来るとはこのことだ」

 

 悶々と思案していた黒霧の前で、水族館の様子を見ることができる監視カメラのモニターを眺めるキュレーターが、ふと呟いた。

 そのような彼の呟きに、荼毘は表情を崩さぬままに問いかける。

 

「……そりゃあ、どういう意味だ」

「どうもこうも……度重なる雄英の失態という形で、敵連合はヒーロー社会に亀裂を入れた。幾度とない襲撃、加えて生徒を一回攫われた上で依然として学校としての体裁を保てているのは、偏にオールマイトの所為だ」

「……で?」

「現在の混乱した社会情勢。ただでさえ不安定になってしまった基盤を揺るがし、崩壊させるには、“敵連合”と“雄英生”っていうネームが通用する。『雄英生 インターン先で敵連合の襲撃に会い失踪! 作戦に加わっていた№1を始めとした人気ヒーローは死亡』……なんて記事の見出しが一面に載ったら、どれだけデカい話題になると思う?」

 

 ヘルメットで直接窺うことはできないものの、確かにほくそ笑むキュレーター。

 

 そんな彼の説明に、荼毘と黒霧は納得した様子を見せる。

 今回のメインは、№1を殺害、若しくは負傷させて№1としての威厳を削ぐこと。現在、エンデヴァーは敗北していないからこそ、まだ世間に№1として知られている。しかし、どのような形であっても、彼の敗北という事実を世間に知らしめることが出来れば、社会に満ちている混沌はさらに加速してくことになるだろう。

 

 だが、今回は僥倖に巡り合った。

 幾度も敵連合の被害を受けた雄英生が来ているのだ。彼らを利用しない理由はない。

 これまでは、ヒーロー養成機関の杜撰な危機管理体制を世に知らしめることで、社会に不信感を与えることに成功した。

 USJ襲撃に始まり、ヒーロー殺し、ショッピングモールでの遭遇、そして合宿襲撃―――四度、これまでに四度だ。雄英は、生徒に四度の敵連合との遭遇を経験させてしまっている。

 

 これだけの事件があれば、流石に雄英も厳重な危機管理体制を敷くことだろう……―――そんな考えの矢先で、雄英1年生のインターン生が被害に遭ったら?

 また拉致されたら?

 今度は殺害されたら?

 

 何にせよ、今度こそ雄英は廃校を免れることはできなくなってしまう事態になるだろう。

 

「まあ、学生はもう分断したんだ。どうとでも調理できる。それこそ、“調教”して洗脳することもな」

「……で? 次はどうするんだ?」

「……貧乏人と違って、金に糸目をつけないやり口っていうのを見せてやるよ」

「あぁ?」

 

 不遜な物言いに、脱力感と不快感を同時に表現してみせる荼毘が、無線機を取り出して何かしているキュレーターを睨む。

 喋っている訳ではなさそうだ。

 しかし、舌打ちのように短いクリック音が、数度聞こえてくる。

 

 次の瞬間、連なるような激震が彼らの居る空間を大きく揺らした。

 

「っ……これは、一体!?」

「さて……黒霧さんとやら。次の仕事を頼もうか」

 

 驚く黒霧を気にもせず、彼に次なる仕事を持ち込むキュレーター。

 深海のように得体の知れない男の背後には、これまた虚ろな目をした者達がジッと佇んでいる。

 

 それは違うことなき―――行方不明になったヒーロー達の姿であった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 時が少し遡った水族館正面出入り口前。

 

 そこでは、地上包囲班の一つである者達が、建物の中からゾロゾロと出てくる敵と戦闘を繰り広げていた。

 

「あーはっはっは!! こういう時こそ私の出番よ!!」

「……Mt.レディ、気張ってんなぁ」

 

 中でも、『巨大化』の“個性”故にキュレーターとガタイで勝負できると判断されたMt.レディは、女王のような高らかな笑い声を上げつつ、襲い掛かってくる敵を文字通り一蹴していた。

 その様子に、敵へ若干の憐れみの情を覚える拳藤。

 彼女は今回、突入班でもなく海上包囲班でもなく、こうして地上包囲班の一人として敵と相手取っていた。

 

「隙ありだぁ!!」

「むっ!」

 

 そんな中、高校生ほどのヒーローならば倒すことが容易いと考えたのか、一人の敵が拳藤へ襲い掛かって来た。

 体中から珊瑚を生やす、人間サンゴ礁のような敵だ。

 テレビで見たことのあるような桃色の綺麗な珊瑚から、見るからに危なっかしいトゲトゲな珊瑚まで。

 これが敵の生やしているモノでなければじっくり観察していたのに、とため息を吐く拳藤は、突進してくる敵へ掌を構えた。

 

「はっ!!!」

「おお!?」

 

 気合いの入った一喝。同時に巨大化する掌に一瞬立ち止まる敵。

 しかし、戦場ではそれが命取りだ。

 

 視覚と聴覚に働きかけて相手の動きを一瞬止めた拳藤は、そのまま流れるような動きで敵の足元に滑り込み、地面に円を描くかのような形で足払いを繰り出す。

 すると、足払いを喰らった敵は、アクション映画よろしく流麗なモーションで倒れていくではないか。

 しかし、映画とは違ってスタントマンではない。

 ロクに受け身もとれなかった敵は、そのまま固い地面に後頭部を打ち、『イデデ!』と悶絶する。

 

 だが、そこへ畳みかけるように巨大な影がかかった。

 

 

 

 ビッグハンドプレス!!

 

 

 

 “個性”で巨大化させた両手をがっしり組み、鎚のように振るわれた拳が、地面に倒れる敵にトドメを刺した。

 鎧であり、同時に刃でもあった珊瑚を砕く一撃。

 敵は、その強烈な一撃に耐えかねたのか、体から拳が離れた時には泡を食って気絶していた。

 

「ちょっちやり過ぎたか……?」

 

 たはは、と苦笑する拳藤。

 それほどまでに、彼女の持ち場の状況は好ましいものであった。

 

 既に迎え撃ってきた敵のほとんどの制圧が完了し、警官の手によって拘束されている状態だ。

 後は、建物内で突入班がメインターゲットを仕留めてくれれば万々歳なのだが……。

 

 

 

 そのように、呑気な考えを頭に浮かべた時だった。

 

 

 

 刹那、建物内から閃光があふれ出し、鼓膜を破らんばかりに咆哮を上げる爆音と、肌を焦がすかのような熱風が周囲に吹き渡っていく。

 

「っ……な、にィ!?」

「ば、爆発ゥ!?」

 

 吹き荒れる爆風に耐えかねた拳藤は尻もちをついてしまう。

 それをカバーするように、その巨体を生かしてMt.レディは表のヒーローや警官らを、身を挺して爆風から守る。

 断続的に響く爆音に、建物が崩れていく轟音。

 既に寂れ、今にも崩れそうであった水族館が、今まさに―――それも人為的に破壊されていく光景を前に、拳藤のみならずこの場に居る者達全員が言葉を失った。

 

「う……そ、だろ……?」

 

 辛うじて出た言葉は、目の前の光景を信じられぬ心情を、勝手に体が反応して呟いたものだ。

 爆発がようやく収まり、黒煙が立ち上る水族館は、最早原型を留めていなかった。

 ただただ悲惨に焼け焦げた廃墟が、外に居た者達の目には映っていたのだ。

 

―――何が起こったのだ?

 

―――敵の仕業か?

 

―――突入した者達は?

 

―――全員無事なのか?

 

 現実離れした光景を前に、ふと脳裏を過った親しい男子の顔。

 困惑する中、なんとか落ち着こうと深呼吸を試みる拳藤であったが、相手はその猶予さえも与えてはくれなかった。

 

「おい、あれは……!」

「ヴィ、敵だ!! まさか……波状攻撃か!?」

「くそッ、一筋縄じゃいかないってことか!」

 

 焦燥に満ちた声を上げるヒーローと警官。

 彼らの前には、黒いワープゲートを潜ってゾロゾロと姿を現す、新たな敵がやって来ていた。

 

 滲み出すように。這い出て来るように。

 

 底が見えぬ敵勢を前に、ヒーロー達が畏怖を覚えるのは仕方のない事であった。

 




オマケ(ポッキーの日に投稿したかったネタ)

熾『一発芸やるー!』
電『ほほう。そんなにポッキーの袋開けて、何するっつーんだ?』
熾『卍解―――千本桜景厳(せんぼんざくらかげよし)
切『うおっ!? 念動力でそれっぽくポッキーが並んで浮かんでる!?』
電『殲景じゃん』
熾『奥義、一咬千刃花(いっかせんじんか)!!』
電『え、ちょ、なに? ヤダ……もごごっ!?』
切『うおっ!? 今度は上鳴の口に、ポッキーが一斉に向かってった!?』
蛙『食べ物で遊ぶのはいけないわ』

<シュ、パクツ!!

熾・電・切『あ』



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