Peace Maker   作:柴猫侍

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№63 海の悪魔

 それはとある日の夜中だった。

 三人の敵が、都内に店を構える宝石店に侵入し、展示されていた商品を根こそぎ奪っていったのだ。

 

 手慣れた様子で色とりどりの宝石を奪っていく敵。数千万円相当に及ぶ商品を掻っ攫うには、五分とかからなかった。

 彼らはここ最近隆盛してきた強盗グループの一つだった。

 “個性”は『蝙蝠』。両腕から脇腹にかけて存在する飛膜や、口から超音波を発することができるという異形型だ。

 

 そんな彼らだからこそ、闇夜に紛れて強盗することなど些細な仕事であった。

 そう、些細な……。

 

「ギギギッ! クソッ、エンデヴァーが待ち伏せてたなんて聞いてねえぞ!」

 

 一人、焦燥を顔に滲ませて路地裏を猛スピードで飛び去って行く蝙蝠敵。

 彼が焦っていた理由はただ一つ。自分たちが宝石強盗した直後に、№1ヒーローに出会ってしまったことだ。

 

 チームメイト二名は、瞬く間にエンデヴァーの放った業火に焼かれてしまい、戦闘不能に陥った。それから“とある薬”を己に投薬し、エンデヴァーの炎を超音波で相殺してから命からがら逃げだしてきたのだが、薬の副作用とトップヒーローの強襲に、パニックになっている真っ最中だ。

 だが、自然と体は闇へ闇へ―――ヒーロー共から逃げ切り易い場へと向かっている。

 

 このまま自分だけでも逃げ切れば。

 

 一筋の光明が見えたような気がして、蝙蝠男の瞳には光が宿る。

 

「―――BINGO♪」

「ギ?」

「COMET SMASH!」

「ギャア!?」

 

 転校生と四つ角でバッタリ。

 そのようなシチュエーションを彷彿とさせる形で自分の前に現れたのは、緑色の光を纏うヒーローだった。

 すると、躊躇いのない炎を纏ったキックが、蝙蝠男を襲うではないか。

 瞬く蒼炎。突き抜ける衝撃。肌を焼くような熱。

 唐突なエンカウントに受け身をとることさえできなかった敵は、熾念の全身全霊を込めた蹴りによって叩き落される。

 

「ぐぇ!」

「悪ィな……つっても、自業自得だがな」

「ほぎゃ!」

 

 そして、続けざまに全身を襲うのは冷気だった。

 一拍遅れてやって来た轟が、地面に叩きつけられて身動きの取れない蝙蝠男を拘束したのだ。

 

「抵抗するな。もし超音波で氷砕こうモンなら、おまえの体諸共砕けるぞ?」

「……っくしょう」

「……ふぅ」

 

 見事、連携で宝石泥棒をお縄に着けた二人は、互いの健闘を称え合うように笑みを交わし、すぐに合流する。

 それからすぐに、彼らの一連の動きを見ていたエンデヴァーが、『よくやった』と軽く労う声を上げながら登場した。

 

 息子とその友達の初敵撃破。表面上は、その強面故に笑みが不敵なものにしかならないが、内心はニッコニコである。

 

「初動が若干遅れているが、まァ、及第点だ」

「Thank you so much!」

「……シミュレーションにもならねェな」

 

 素直に称賛を受けとる熾念に対し、轟はどこかご機嫌斜めだ。

 相手は蝙蝠。てっきり、超音波攻撃を放ってくると踏み、来たるべき対決へのシミュレーションになるのではと考えていたのだが、余りにもあっさりした結末にガッカリしていたのだ。

 無論、それだけではない。

 

「HAHA! まさか、ホントに警戒してた所にやって来るなんて……」

「土地勘もヒーローの武器だ。慣れてくれば、敵がどういった道を好んで逃走するか、ある程度予測はつく」

 

 敵の逃走経路の予想を的中させ、さらには自分達を予め経路上に配備した、その手腕だ。

 依然として轟の胸中で疼く、エンデヴァーという男の“父”としての顔と“ヒーロー”としての顔の差。公私は混同せぬよう心掛けているつもりだが、轟もまだ精神が成長し切っていない子供だ。まだまだ反抗心は燻っており、完全にその火が消えている訳ではない。

 

 しかし、敵の逃走経路の予測は見事という他ない。

 早々に自立したい轟は、今日もまた新たな知識を得るのであった―――。

 

 閑話休題。

 

「どれ……ムゥ、やはりか」

「Huh? どうかしたんですかっ?」

「いい機会だ。この敵の舌を見てみろ」

「舌?」

 

 『ぐぇ!』と嘔吐く蝙蝠敵の舌を引っ張り出すエンデヴァー。

 仄かに掌に灯す炎で照らされる蝙蝠敵の舌は、イマイチ視界が優れていない路地裏でも分かるほどに黒ずんでいた。

 

「血流障害による口腔部の変色。個性因子誘発物質(イディオ・トリガー)を含むドラッグの副作用だ」

「トリガー……あぁ、“個性”を活性化させるって言う!」

 

 フィンガースナップを鳴らす熾念に、『そうだ』とエンデヴァーは頷く。

 弱“個性”の救済案として、海外では認知度の高い“個性”を活性化させる薬―――それを総称して『トリガー』と呼ぶ。

 だが、この類の薬は日本では認可されてはいない。

 麻薬や覚せい剤のように違法薬物として指定され、国内では取り締まられているのが現状だ。

 

「神野の一件以来、出回る数が増えているようでな。コレを使えば、“個性”が強化されてしまうだけではなく、服用した者の理性が低下する。そうなれば、周辺の建物や人間への被害が拡大する恐れが高まる」

「裏を返せば、付け入る隙も生まれるってことじゃあねえのか?」

「……ふっ、言うようになったな」

 

 エンデヴァーの解説に続き、ぶっきらぼうに言葉を言い放つ轟。

 

 そう、トリガーはただの夢のお薬などではない。

 “個性”が強化されてしまう一方で、薬を投与された者の理性が低下することは、既に海外でも検証されている事実だ。

 それこそが、日本でトリガーが取り締まられている理由の一つ。

 

 しかし、轟の言うように、理性の低下で本来であれば晒さない隙が生まれる可能性もあることも事実だ。

 ある程度の実力者であれば、その隙に付け入り、あっという間にトリガーを服用した者の足を掬うことができる。……それだけの業を為せるヒーローが、どれだけ多いかはまた別の問題として、だ。

 

「ベストなのは投与するより前に制圧することだ。だが、いざクスリを打ったとなれば、アジア製であれば効果は短くて済むが、米製だと一時間から二時間は続く」

「Toot♪ 怖い怖い」

「本来ならチンピラ止まりになるだろう“個性”も、トリガーを使えば鉄砲玉位には昇華する。後は言わずとも分かるだろう?」

「だから、敵には何もさせるなって訳か」

「そうだ」

 

 敵の迅速な確保・無力化は、偏に被害を大きくしない為。

 改めて薬物の恐ろしさを習う二人は、こうして実戦を経たところで、またヒーローとしての経験を得ることができた。

 

 これがインターン。

 

 “悪”と直に対面し、現場の風を浴びることによって一線級の経験を得ることのできる場だ。

 だが、こうして現場に立つことのできる半人前になるまでも、数多くの出来事があった。思い出せばキリがない程に。入学した時よりは、成長しているだろうか? 自嘲するかのような笑みを浮かべる熾念と轟はふと目が合い、またその口角の角度を鋭くする。

 

 そうしたやり取りをしている間にも、他の場所に待機していたエンデヴァーの相棒たちも集い、連絡を受けてやって来た警察が、捕縛した蝙蝠敵を連れて行く。

 

 こうして、二人のインターン初日は終わりを迎える。

 確かに忍び寄る巨悪を知り、尚も立ち向かおうとする闘志を滾らせたまま……。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 寂れた工場と思しき建物。

 何年も人が立ち入っていないのか、辺りの草木は荒れ放題の伸び放題だ。誰も立ち寄らぬような不気味な雰囲気を漂わせる場所―――しかし、つい先日降った雨によってぬかるんだ地面には、しっかりと靴の痕が刻まれていた。

 

 そして、現に建物の中へ足を運び入れる男が三人。

 

「ここで、彼の有名な敵連合のトップの方とご対面を……そういう訳でしょうか?」

「違うぜ! 死柄木もそうだが、皆で厚く迎えてくれるハズだ!」

「ま、俺の紹介だ。そう気負う必要もないだろ」

 

 全身ラバースーツの男・トゥワイスは、ややこしい喋り方で、大きなトランクを携える男を案内し、建物の中へ迎え入れた。その後ろを付いて行く義爛は、すきっ歯を覗かせながら煙草をふかす。

 かび臭い室内。

 一定のリズムで、水滴が落ちる音が響く空間に佇むのは、敵連合の首領・死柄木を始めとした者達だ。彼の両隣には、首領を守らんとばかりに異様な威圧感を滲ませるトガと荼毘が佇んでいる。

 

 そんな彼らに臆することなく、トランクを抱える男はフジツボを模した潜水ヘルメットから覗く瞳を歪ませ、笑みを浮かべてみせた。

 

「ごきげんよう、敵連合の皆さん。俺が、義爛からあなた方へ紹介してくれるよう頼んだキュレーターと申します」

「……」

 

 にこやかなキュレーターに対し、顔面に着ける掌の飾りの奥の瞳を歪ませる死柄木。

 彼が顔に浮かべるのは笑みなどではない。ただただ、虚飾で塗りたくられた相手に対する不快感だ。

 

「……その嘘くせェ笑顔はやめやがれ。反吐が出る。あと、その気持ち悪い喋り方もな」

「……成程。まあ、そっちが言ってくれるなら俺もやりやすい。じゃあ、早速商談といこうじゃあないか」

 

 途端に倦怠感を隠さない様子に変わったキュレーターは、近くに用意されていた椅子に座る。

 一方で、依然警戒し席に着こうとしない死柄木。それもそうだ。彼はつい先日、仲間の一人『マグネ』を、『死穢八斎會』と呼ばれるヤクザの若頭に上半身を破裂させられる形で殺されたのだ。貴重な戦力の一人を奪われ、敵連合の余所からやって来る新参者への警戒心は最高潮に達している。

 キュレーターに対する不信感も、異様に張り詰めたこの空気も、全ては仲間を失ったことに起因していた。

 

 だが、それでは折角の商談もご破算になってしまう。

 更なる利益を求めたい義爛としては、ここで敵連合とキュレーターの関係を繋ぎたいところでもあった。

 故に、『まあまあ』と死柄木を宥め、なんとか彼を席に座らせるに至る。

 

 そして、初めに口火を切ったのは死柄木だった。

 

「で、本名はなんだ?」

「本名? 日本で暮らしている間は、抹香伊佐奈が名前だったな。まあ、海外じゃ適当な偽名を使ってるがな」

「海外だァ?」

「あぁ。『海運会社 モビー・ディック』は知っているか?」

 

 知らない。そう言わんばかりの死柄木の視線が、紫煙を燻らせている義爛を射抜く。

 

「モビー・ディックは、ここ数年で名を上げてきた世界の海を股にかける海運会社……主に、貨物輸送に力を入れている企業だ。表向きはな」

「……ほぅ、掴めてきたぜ。それで“白鯨”なんて、皮肉が利いてるな」

「褒め言葉として受け取っておく。その会社を実質的に支配しているのが俺だという訳だ」

 

 つまり、裏では非合法な取引に手を染めている。武器、違法薬物、果てには海外の敵の輸送など、モビー・ディックが手に着けている犯罪は数知れず。

 白とは真逆の真っ黒な企業。“白鯨(モビー・ディック)”の名を冠す企業としては、なんとも皮肉の利いている名だと言えよう。だが、一方で“海の悪魔”とも呼ばれている白鯨の名を冠すことは、妥当だとも言える。

 

「こっちの界隈じゃあ、結構名の知れた方だと思ってたんだがな……」

「ふんっ。それで、今度あんたが目を付けたのが俺たちって訳か」

「そうだ。結果的に“平和の象徴”を引退させる決定打を打った敵連合は、今日本のみならず海外でも期待値が高まっている。将来を見越して、早めに取引相手として手を組もうというのが、今回の主題だ」

「で、なんだ? そのクソデカいトランクん中を見せてプレゼンでもするのか?」

「ああ、その通りだ」

 

 そう言葉を紡ぎ、携えてきたトランクのホックを外そうとするキュレーター。

 しかし、死柄木はそれを遮るように掌をキュレーターの方へ翳す。

 

「待て。まず、あんたが俺たちと組んだ後の目標について……そして計画を聞こうじゃないか」

「計画?」

「ああ。計画のない目標とやらは妄想と言うらしい。ここは一つ、あんたが敵連合にどういう形で貢献できるか、どう有益で在れるか。その判断材料として、あんたの計画を聞いておきたい」

 

 どこか苛立ちを含ませるような声色で語る死柄木に、キュレーターは怪訝な表情を浮かべ、暫し思案する。

 

「……いいだろう。手始めに、まずは敵連合の戦力を強化するために武器を供給しよう」

「武器? 強い“個性”を持った奴ら―――人的資源じゃなくてか?」

「そうだ。俺から言わせてみれば、日本はヒーローも敵も律儀過ぎるんだよ。折角の人類の叡智の塊……どうして使わない? 海外じゃ、ヒーローと敵がドンパチしている所で弾丸が飛び交うなんて、日常茶飯事だぞ」

 

 海外―――主に米国に比べ、銃規制が厳しい日本。そこはやはり文化の違いがあるのだろう。

 元々過激な米国では、防衛手段として銃を家に置いている家庭は数多く存在する。

 そのような国だからこそ、敵は己が生来より有す“個性”のみならず、銃やナイフなども武器として、ヒーローとの戦闘に扱うことが多いのだ。

 

 比べて、日本の敵は専ら己の“個性”のみで戦うことがほとんど。

 時折、違法で販売されているコスチュームなどを身に纏う敵も居るが、あくまでそれはヒーローの戦い方と同質―――『自身の“個性”を以てして戦う』スタイルだ。

 

 甘い。甘すぎる。

 ヒーローはパフォーマンス性を求められることで、銃やナイフなど、“個性”に頼ることのない武器で戦うことを控えさせされている。

 ヒーローは己の“個性”で戦うもの。それはある種の固定観念だ。

 もし、ヒーローが“個性”に頼らぬ武器で戦えば、超常黎明期より築き上げられてきたヒーロー像が瓦解し、途端に社会にはヒーローを騙る無法者で溢れかえることとなるだろう。

 

 しかし、敵にとっては知ったことのない話。幾らヒーローが綺麗事を命を以て実戦しようとも、彼らにとっては勝てれば万々歳なのだ。ならば、勝率を少しでも上げる為に、武器を使わぬ手はないだろう。

 

―――一方で、以上の理由から、銃などの凶器を用いる敵が多い国のヒーローは、総じて戦闘・制圧能力が高く、ヒーロー全体の質を高めるに繋がっているという面もあるが、それはまた別の話だ。

 

「それから、トリガーを敵連合に売ってやってもいい。あれさえあれば有象無象のチンピラでも、鉄砲玉くらいにはなれる」

「……弱“個性”の改善薬とかいう奴か」

「ああ。それも、アジアの粗悪品なんかじゃなくて、質の高いのをな。使い方は自由だ。そうだなぁ……過去には、トリガーをバラまいて生み出した突発性敵で、大規模破壊が発生したって言うじゃないか」

「ほう……」

 

―――食いつきは悪くない。

 

 死柄木の信念は、オールマイトのいない世界を作り、正義とやらがどれだけ脆弱かというものを暴くことだ。延いては、敵連合の目的にも繋がるその信念に、キュレーターの武器・違法薬物の供給は役に立つ。

 興味津々な死柄木に対し、最後の一手を討つべく、キュレーターはここで大きく出た。

 

「あとは、そうだな―――……現№1を殺して、“平和の象徴(オールマイト)”が辛うじて繋ぎ止めたヒーローへの信頼を、確実に堕とそうじゃあないか」

「……なに?」

「そのために、敵連合と俺の組織が組んでいるという事実が必要なんだよ」

「……詳しく聞かせろ」

 

 死柄木の眼光が鈍く、しかし鋭く閃いた。

 オールマイトが退いた今、№1の座に就いているのは、繰り上げという不本意な形でランクが一つ上がったエンデヴァーだ。

 まだオールマイトの引退で混乱している日本の情勢。そこで、新たに就いた№1が敵に倒されたとなれば、市民の不安が急激に高まっていき、果てにはヒーロー社会崩壊のきっかけにもなり得る。

 

 その所業を為そうと豪語する男に、死柄木が食いつかないハズがない。

 身を乗り出して耳を傾ける死柄木に対し、不敵な笑みを浮かべるキュレーターは、続きを静かに語り始める。

 

「ここ最近、巷でヒーローが行方不明になるっていう事件が多いだろ。あれを手引きしているのは俺だ」

「なんでまた、そんな回りくどいことを……」

「まあ待て、話は最後まで聞くもんだ。度重なるヒーローの失踪。それを止められぬヒーローと警察。これだけでも、一般人共の不安を煽るには充分だ。そこで、だ。俺の昔の名が生きる」

 

 徐に潜水ヘルメットを脱ぐ伊佐奈。

 すると、露わになる彼の顔面の左半分に、痛々しい傷跡が刻まれているではないか。何か肉食獣にでも噛まれたかのような傷跡。過去の、熾烈な死闘を思い出させるかのような傷跡を見せつけるキュレーターの左目には、憎悪の炎が宿っている。

 

「俺には、№10の鯱(ギャングオルカ)と浅からぬ因縁があってな。俺との戦い方を知ってる奴なら、主犯が俺だと気付けば、エンデヴァーに協力を求める。現に、気付くよう証拠を残して、エンデヴァーにも金で釣った使い捨ての刺客を送った。今頃警察に捕まって、最低限の情報を伝えてくれてるだろうよ」

「……用意周到なこった」

「計画は綿密に練らなきゃいけない。違うか?」

「……フンッ」

 

 試すかのような問いに、死柄木は鼻を鳴らす。

 実に面白くないとでも言わんばかりの様子だ。彼の計画云々の問いは、先日やって来たヤクザの問いを真似したものだが、結果としては自分の神経を逆撫でることになってしまった。

 

「……で、それからはどうするんだ? 確実に殺せる手でもあるのか?」

「世の中は金だ。金に糸目をつけなければ、人の一人や二人は容易く殺せる」

 

 苛立ちを誤魔化す形での問いに、ほくそ笑みながら語るキュレーターは、ヘルメットを被りなおす。

 

「攻めるのは論外。殺るなら、自分の領域に引き込む―――……迎え撃つんだ。奴らの死は英雄的なモノであっちゃあならない。誰の目にもつくことのない場所で、誰も救うことが出来ず、そして無様に死んでもらうのが一番だ」

「……おびき寄せるって訳か」

「ああ、そうさ。垂らした釣り針。奴らはまんまと食いついてくれるだろうよ。餌に毒を仕込むもアリ。引き揚げてから(しめ)るもアリ。やりようはいくらでもある。その為に、まずは友好を結ぶって意味で、敵連合の戦力を少し貸してもらおうか」

 

 泳ぐキュレーターの視線。

 彼の目は、不遜な眼差しを向けてくる一人の青年に留まった。

 

 英雄を騙る贋物も、徒に力を振りまく愚者も屠る業火を放つ青年に―――。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 週明け、USJ水難ゾーンにて。

 蛙吹や麗日、切島が公欠の今日、ヒーロー実習で行われたのは水難を想定しての訓練だ。ヒーローには得手不得手があるものの、必要最低限の救助能力は有していなければならない。

 その為、今回は相澤と13号の指導の下、水難事件を想定してコスチュームを着たまま流れの速い水場を“個性”で移動するに至っていた。

 

 いたのだが……。

 

「I can fly! WHOOPIE♪」

「ちくしょぉぉおおおお!! 飛べる奴ズル過ぎるだろ!!」

「言ってる暇あるなら手と足動かせ」

「クソぉぉぉおお、轟ぃいいい!! おめェも涼しい顔しやがってぇぇええガボゴボボッ!!」

 

 必死にクロール泳ぎで水面に沿うように進む上鳴であったが、その両隣を熾念と轟が涼しげな表情で通り過ぎていく。

 熾念は、念動力での飛行。

 轟は、水面を氷結させての滑走。

 移動に“個性”を応用できない上鳴にしてみれば、無情な“個性”格差を見せつけられ、悔しさや不公平さからくる怒り、そして愛しさと切なさと心(ry。

 兎に角、色々な感情が複雑に絡み合い、半ば水をがぶ飲みしながら雄叫びを上げていたのだ。

 

 尤も、蛙吹を除き彼らのように水辺でも楽に移動できる“個性”の方が、A組においては少ないのだが、余り言及してはいけない。

 

 世の中は平等ではない。齢16にして、上鳴電気は改めて知るのであった。因みに彼の誕生日は6月29日である。

 

 閑話休題。

 

「一着、波動。二着、轟。三着、葉隠。んでビリが上鳴だ」

「やっぱり飛べる子は、移動という面でコンスタンスに結果を出せますね」

 

 四人一組で行った競争の結果を、いつもの低テンションのままに発表する相澤に続き、13号が簡単な講評を始める。

 

「Toot♪ 焦凍、今回は俺の勝ちだなっ!」

「おう、そうだな」

「うぅ~、寒いよォ~!」

「葉隠、おめェ全裸で泳いでるようなモンだもんな……」

 

 その横で各々の反応を見せていた四人であったが、中でも宙に浮かぶ水滴という異様な光景を作り出す葉隠は、コスチュームの面積の問題もあってか、寒さに震えていた。

 震える葉隠。その都度滴り落ちる雫。染みができる地面。

 

 不思議なエロティシズムを感じさせる光景である。

 

「透ちゃん。ほら、マント貸すぜっ!」

「葉隠、(コレ)でちっとは暖取れるだろ」

「おぉ~、両サイドからの温もり……! はぁ~、染みるゥ~!」

 

 そこへ、すかさず男子二人の優しさだ。

 熾念が防火マントを葉隠に被せ、轟が左手に灯す炎で、水に濡れた少女の体を徐々に温めていく。

 

 しかし、そんな彼女たちを只々己の性欲に身を任せ、血眼を向ける男子生徒が一人居た。

 

「おぉ……ッ! 体を包むマントが、濡れた葉隠の体にぴったりと吸い付いてェ……!! こりゃ、たまんね―――」

「キャッ、峰田くん見ないで! 必殺、『集光屈折ハイチーズ』!!!」

「ぎゃあああああ、目がああああっ!!!」

 

 だが、すぐに凝視していた峰田は、彼女が繰り出した眩い光を受け、目の奥に焼けるような幻痛を覚えてその場で悶絶するのであった。

 自業自得。同級生の体を欲情がままに、貪るような眼光を向けた報いだ。

 そんな彼に手を差し伸べるクラスメイトは居らず、寧ろ生ごみを見るかのような視線だけが、彼の体を射抜くのであった。

 

「まったく、峰田さんにも飽き飽きですわ。そう思いませんか、緑谷さん?」

「んあうん」

「ホント懲りないったらありゃしない! ね、緑谷」

「んあうん」

「……緑谷くん。具合でも悪いのか?」

「んあうん。……うん? えっと、あっ、どうかした!?」

 

 呆れる八百万、怒る芦戸に続き、心ここに在らずで曖昧な返事をする緑谷を心配する飯田。

 今日一日、緑谷の様子はどこかおかしい。

 彼は昨日インターンに赴いたようだが、疲れているという訳でもなさそうだ。

 一体どうしたのだろう? 慌てふためく友人の姿に眉を顰める飯田は、緑谷に笑みを投げかけるという結論に至った。

 

「……なにやら悩み事を抱えているようだが、俺で構わないなら何でも相談してくれ。友達だろう?」

「っ……うん。ありがとう、飯田くん」

 

 何時ぞや、緑谷が告げてくれた言葉を返す飯田。

 その言葉にハッとした様子の緑谷は、ほんの少々ではあるが表情が晴れたものとなり、これから挑む荒れ狂う水場へ向けて、強い意思の籠った視線を向けた。

 

(そうだ。悩んでても仕方がない。今はやるべきことを―――)

 

 同じ“校外活動”という名目。

 だが、熾念と轟たちが経験した初日と、緑谷が経験した初日は、彼らの心情に与える影響が大きく違ったものであったということは言うまでもないだろう。

 

 時は等しく過ぎていく。

 しかし、得る過去は同じではない。

 抱く想いも―――。

 


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