Peace Maker   作:柴猫侍

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№62 燃ゆる義憤が炎

 まだ夏の暑さが残る季節の変わり目。今日は生憎の雨だ。

 空から降りかかってくる秋雨を傘で躱しながら、昨日と同じ場所へ赴く熾念と轟の二人。イマイチの天候に顔も浮かない……と思いきや、熾念は『雨って趣があるなっ!』と柄にもなく日本の心を説いていた。まだ轟が口にしていた方が似合うであろう言葉。アメリカンな熾念には、凡そ似合わないことは言わずもがなだろう。

 

 そして、昨日の今日でまたやって来たエンデヴァーヒーロー事務所。

 依然として慣れぬ建物の大きさに圧巻されつつも、傘を仕舞い、事前に伝えられていた大会議室へ向かう。

 途中で、相棒と思しきヒーローたちとすれ違い、その度に挨拶を交わすが、もう少し時間を掛けなければ全員の顔を覚えるのは難しい。それだけの相棒を、エンデヴァーは雇っていたのだ。元№1のオールマイトとは偉い違いである。

 

 それは兎も角、若干声が聞こえてくる大会議室まで辿り着く。

 ゴクリと生唾を呑み込みながら扉を開けば、中央に用意された机を囲むように、既に多くのヒーローが席に着いていた。

 

「来たか」

「改めてよろしくお願いします、エンデヴァー!」

「……よろしく頼む」

 

 どこに座ればいいものかと部屋を見渡していた二人へ歩み寄るのは、他でもないエンデヴァーだ。

 現れた彼へ最低限の礼儀として挨拶をした二人に、エンデヴァーは開いている席を見遣り、そこへ座るよう指示してくれる。

 

 中々の数のヒーローが集まっている中、学生である二人にも席を用意してくれている辺り、しっかりと相棒として―――一人のプロとして扱ってくれているということがひしひしと伝わってきた。

 そして、席に着こうと動き始める二人。

 しかし、その途中で熾念は見慣れた人物を見つけた。

 

「Huh、一佳じゃないかっ! こんなとこでどうしたんだ?」

 

 『バトルフィスト』こと拳藤一佳。

 自分たちと同じく雄英の制服に身を包む彼女を見つけ、驚きと喜色を含んだ声を上げる熾念に対し、拳藤は『おっ?』と一瞬目を見開いた。

 

「ん、熾念? ……と、A組の轟じゃん。どーしたもこーしたも、私のインターン先……ギャングオルカがエンデヴァーの事務所からチームアップ要請が届いたらしいから、私も呼ばれて来たんだよ」

「ギャングオルカ……あ、言われてみればっ」

「いや、なんであんな威圧感ある人見つけらんないんだよ」

 

 凄まじく背中が広いヒーローに隠れ、見えていなかった獰猛な海洋生物を思わせる容姿のヒーローをやっと見つけ、驚くように口を開く熾念。

 一方で拳藤は、やれやれと肩を落とす。

 

 それは兎も角ギャングオルカも呼ばれているとなれば、今回の案件はかなりの重要度を誇っているということは、容易に想像がつく。

 徐に辺りを見渡す轟であったが、彼が見る限りでも、ウワバミやMt.レディ、シンリンカムイなどの若手の有名どころが居ることが確認できた。

 

―――……そんなにヤバい奴なのか?

 

 怪訝な表情を浮かべる轟は、事件の黒幕がそれだけ強敵であるのかと推測する。

 だが、今は何の事情も知らない学生の推測の域を出ない。話は会議を聞けば、すぐにでもわかることだ。

 特に語ることもなく、轟は無言のままに席に着く。

 

 そんなやり取りを経て、漸く席に着いた三人。

 同時に、部屋のどこかから席に着くよう促す声が響き渡り、立ち話をしていたヒーローが次々に着席していく。

 

(……Huh?)

 

 そんな中、一人のヒーローに気が付いた熾念は眉を顰める。

 

「どうした、波動」

「あのウサギみたいなヒーロー……神野で見たような……」

「……あぁ、言われてみれば」

 

 熾念の視線の先を辿る轟は、人参を丸々一本口にくわえ、椅子にふんぞり返っているウサギの異形型と思しきヒーローを目の当たりにし、心当たりがあると言わんばかりの反応をする。

 “神野の悪夢”の際に、爆豪へ襲い掛かる敵連合のメンバーをグラントリノと共に一蹴し、そのまま爆豪を連れて撤退したヒーロー。あの作戦に抜擢されたことを鑑みれば、実力はかなりのものと見受けられるも、知名度はそれほど高くはない。

 所謂、隠れた実力者と言うべきヒーローか。

 

 ……などと、勝手に推測する熾念は、半ば妄想からくる敬意を瞳に宿しながら、耳触りの良い咀嚼音を響かせるウサギヒーローを見遣る。

 

「―――それでは、今日この場にお集まり頂いたヒーローの方々と、ここ最近関東を中心に起こっているヒーローの連続行方不明事件についての協議を行わせて頂きます」

 

 そこへ、予め用意されていたモニターの前に佇む刑事が、資料を片手に口を開く。

 途端に張り詰める空気。それもそのはず、これから始まるのは決して他人事ではない事件についてなのだから。

 

「事の発端は、一か月前に海難ヒーロー『セルキー』が、海上保安庁の連絡を受けてパトロールに赴いたところ、何者かの襲撃を受けて乗組員が搭乗していた沖マリナー号が沈没。同時に、複数名の乗組員が重軽傷を負い、そして相棒の一人『シリウス』が行方不明になった事件です」

「(セルキーの事務所って……焦凍)」

「(あぁ。……蛙吹が職場体験に行ってた事務所だな)」

 

 刑事が説明する傍らで、会議の邪魔にならぬ声量で会話する。

 ふと室内を見渡せば、ダイビングスーツを模したコスチュームを着こみ、人一倍神妙な面持ちで腕を組んで座っているヒーローが目に入った。

 

 セルキー:個性『ゴマフアザラシ』

 ゴマフアザラシにできることなら、大抵できる! ソナーのように音を出し、その反響で相手の位置を特定することだってできる!! 腕っぷしも強いぞ!!

 

 襲撃を受けた当人が、チームアップ要請を受けてこの場に居た。

 数多くの相棒が傷を負い、あまつさえ一人が行方不明となった彼の心境は、如何なるものだろうか。

 しかし、今はそんな相棒たちの仇を討つべく、こうして会議の場を設けているのだ。

 セルキーを始めとし、ヒーローたちは刑事の次の言葉を黙して待つ。

 

「……その後、関東と中部を中心とし、ヒーローが襲撃され、行方不明となる事件が多発した訳ですが、警察は索敵能力に長けているヒーロー―――……ウワバミなどと協力し、犯人の追跡を行っていました」

「で?」

「……はい?」

「で? 犯人は誰じゃ。さっさと結論言わんか」

 

 しかし、セルキーを超す威圧感を放つヒーローが居た。

 人参を咥えながら、鬼のような形相を浮かべるウサギのヒーローだ。

 

 余りの威圧感に、何も知らぬ新参はビクリと肩を跳ね上げさせ、説明に回っていた刑事も冷や汗を流すことになってしまったが、そこへギャングオルカが割って入る。

 

「ディレクター、落ち着け。何事にも順序というものがある」

「ふんっ。犯人が分かりきっとるから、儂も逆俣(さかまた)も呼ばれとるんじゃろうが」

「だとしてもだ」

 

 ギャングオルカ―――本名は『逆俣空悟(くうご)』と言うのだが、彼を苗字で呼ぶ当たり、旧知の間柄であることは熾念たちにも理解できた。

 暫し、睨み合う二人。

 勝負を制したのはギャングオルカだ。話が進まないことには、行動を起こすことさえできない。そうなっては自分に不都合が生じると言わんばかりに、不承不承といった様子でいったん引き下がるディレクター。

 

 そんな彼の様子を見た刑事は、一拍置いて話を続ける。

 

「そして昨日、エンデヴァーの相棒の一人が確保した敵の証言と、実際に襲撃を受けたセルキーらの証言によって、犯人を絞り込むことができました。『抹香伊佐奈』―――敵名『キュレーター』です。年齢は27。性別は男」

 

 ふと、刑事が一人の鳥人に視線で合図を送る。

 

「それでは、ここからはディレクター事務所の相棒『イーグルアイ』と……」

「同じく自分、ディレクター事務所所属の相棒『ゴリラコング』が、僭越ながら説明に回らせてもらうっス。自分、不器用っスが……」

 

(Wow……Gorilla)

(……ゴリラ)

(惑うこと無きゴリラだ……ゴリラ・ゴリラ・ゴリラだ)

 

 刑事とバトンタッチする形でモニターの前に出てくる二名のヒーロー……特に、ゴリラの異形型―――というより、まんまゴリラな見た目のヒーローに釘付けとなる雄英の三人。

 

 イーグルアイ:個性『オジロワシ』

 オジロワシっぽいことなら、大抵できるぞ! 人を何人も抱えて飛び立てるほどの飛行能力を持っている!!

 

 ゴリラコング:個性『ゴリラ』

 ゴリラっぽいことなら、大抵できるぞ! 腕っぷしは勿論、何よりも強力なのはその握力!! リンゴくらいなら、ちょちょいのちょいで握り潰せちゃう!! 因みに、本人は不器用と謳っているが、その大きい手で繊細な作業もなんなく迅速に行える!! ゴリラの皮を被った人間レベルに繊細な作業を!!

 

 ディレクター事務所所属と自分から口にしていたことから、彼らもあのウサギヒーローの部下であることは分かる。

 かなり異形型が多いように見えるが、そういった路線の事務所なのだろうか?

 

 三人の疑問が尽きることはないが、自称不器用のゴリラコングは、手慣れた様子でパソコンを扱い、モニターに資料を映し出して見せる。あの極太の指にも拘わらず、恐ろしいほどのタイピングの速さだ。

 全然不器用ではないじゃないか。と言うか寧ろ得意だろ、とツッコミたくなるレベルの速さである。

 

 それは兎も角とし、映し出された資料には、フジツボを思わせる装飾が付いた潜水ヘルメットを被る男の姿が映し出された。顔は右半分しか露わになっていないものの、暗く暗く底の見えない穴の奥を覗いているような不気味さが、その右目に宿っている。

 皮のコートを羽織り、中には黒いスーツを着ている男―――あれこそがキュレーターという名の敵なのだろう。

 

「(……似てるけど、違ェな)」

「(Huh?)」

 

 ふとした轟の呟きに、怪訝な視線を向ける熾念。

 そして轟はこう紡いだ。

 

「(自分が優位に立ってなきゃ気が済まねえ……その当たりは親父に似てなくもねェが、あの眼は他人が自分より下じゃねえと―――他人を見下さなきゃ気が済まねェって眼だ)」

「(……Toot♪ 成程)」

 

 上昇志向に溢れる父と、モニターの敵を比較した轟の言葉に、熾念は合点がいった。

 エンデヴァーは、確かに上昇志向が強い男だ。それこそ、前時代的発想の“個性婚”で、オールマイトを超えるヒーローを作ろうとした程に。

 

 だが、彼はあくまでも超えさせようとしていた。

 

 しかし、あのキュレーターと言う敵は違う。

 他人を自分より格下に追いやるには、手段を選ばないと言わんばかりの眼。写真で見ただけで伝わると言うのだから、余程だ。

 

「我々、ディレクター事務所とギャングオルカ事務所は、数年前にチームアップし、このキュレーターの確保に当たった経験があります。しかし、当時は寸前のところで逃亡を図られ、そのまま取り逃がしてしまいました」

「彼の“個性”は『鯨』。文字通り、鯨の姿になることができる“個性”っス。大きさもさることながら、ギャングオルカのような超音波攻撃も使えるっス」

「攻撃力という観点で見れば、完全に俺の上位互換だ」

 

 キュレーターの詳細について語っていた二人に続き、黙して聞いていたギャングオルカが声を上げる。

 心なしか、その声色は仮免試験の時よりも重々しさを含んでいた。

 

「そんな、つい最近まで海外に身を潜めていた奴が戻って来た理由……十中八九、オールマイトの引退だろうが、奴の強さは有象無象の敵とは一味も二味も違う。よって、勝手だがエンデヴァーと俺で行った協議の結果、現在この場に居るヒーローが集められたという訳だ」

 

 ジトリ、と試すかのような威圧感たっぷりの視線で、室内を見渡すギャングオルカ。

 その視線にある者は冷や汗を流し、ある者は武者震いする。後者にしてみれば経緯はどうあれ、現№1と№10が協同して当たる案件に必要とされたのだ。

 

 緊張が半分、興奮が半分。

 

 ついこの間も、似たような感覚を覚えたことのあるMt.レディとシンリンカムイは、“平和の象徴”最後の戦いの現場に居たこともあってか、人一倍意気込んでいるような様子だ。

 しかし、なにも燃えている者は彼らだけではない。

 夏の日照りを受け、漸く芽吹くことの許された新芽も、その活力が滾るがままに瞳を輝かせている。

 

(インターン最初の案件、とんだBigなネームドとのやりあいかっ!)

(ギャングオルカの上位互換の“個性”……一筋縄じゃいかなそうだな)

 

 並ぶ雄英の両雄は、静かながらもその瞳に猛々しく燃ゆる闘志を宿していた。

 仮免試験で直接ギャングオルカと戦った経験から、彼の実力も、その“個性”の凶悪さも身に沁みて理解している。

 

 それをさらに上回る強さ。緊張や恐怖で震えぬ訳がない。

 

 しかし、だからこそギャングオルカとの戦闘経験が生きるというものだ。

 直接キュレーターと戦うのは、仮免取得者―――とどのつまり、半人前ヒーローに任せられるハズもないが、万が一には役に立つ。否、立たせてみせる。今の二人には、そのような気概に満ち溢れていた。

 

 次第に高まっていくヒーローの士気。

 部屋の気温も、彼らの熱気に当てられて上昇していっているようだ。

 そのような集まったヒーローの意気を感じ取ったところで、イーグルアイとゴリラコングの話を遮って話していたギャングオルカは『済まない』と一言発し、二人へ更なる説明を促す。

 

「えー……では、話の続きを。現在は、警察と協力し、キュレーターの根城を捜索している段階です。そして大まかな戦力の把握。これら二点が済み次第、我等は即刻確保に動く手筈です!」

「それでは個別の詳細を―――」

 

 

 

 ☮

 

 

 それからは、配られた資料を受け取り、キュレーターの前歴や“個性”の詳細を確かめ、一先ず会議は終わることとなった。

 現状で得ている情報は少ない。

 故に、長々と会議する理由もない為、大会議自体は小一時間で済んだ。

 

「さっさと帰るぞ、鷹広! ゴリコン! シシド! 会議なんて儂の性に合わんっ!!」

「了解」

「うっス。自分、園長について行くっス!」

「るっせ! 俺に指図すんなっ!」

 

 すると会議が終わるや否や、脱兎のごとく大会議室から飛び出していくディレクターと、彼の相棒二人、そしてインターン生が一人。

 

「Hmmm、人って一見するだけじゃ分からないって言うかなんて言うか」

「……まったくだな」

 

 そんな三人の背中を見届けた熾念と轟の呟きは、解散するヒーローたちの物音に吸い込まれるようにして消え入る。

 代わりに、人混みの合間を縫ってやって来る人影が一つ。

 その時、各々が世話になっているヒーローの下へ向かおうとしていた雄英生三人が、蛇に睨まれた蛙のように動きが止まる。

 

「久し振りね、バトルフィスト」

「あっ、ウワバミさん。ご無沙汰してます。まさか、一緒になるなんて……」

 

 三人の内、ギャングオルカと共に帰ろうとする拳藤に声をかけてきたのは、職場体験で世話になったウワバミだった。

 ニョロ、と艶めかしい四肢を惜しげもなく露わにするようなコスチュームを身に纏う彼女は、これまた妖艶な笑みを浮かべてみせる。

 

「うふふっ、私は嬉しいわよ。雄英は色々あって大変だったでしょうし……元気な顔見れて嬉しいわ……」

 

 一見、夏の一件でゴタゴタがあった雄英生を労うような言葉。

 しかし、どこか憂いを感じさせる表情と尻すぼみになってしまった声に、頭の上にクエスチョンマークを浮かべる熾念が、初対面であるにも拘わらず、良い意味ではフレンドリーに、悪い意味では馴れ馴れしく問いかける。

 

「どうかしたんですか?」

「あら、キミも雄英生? もしかして、バトルフィストの彼氏だったり?」

「えっ」

「えっ」

 

 年上のよくある揶揄いを受け、真面目に反応してしまった熾念。

 彼の真に受けた様子には、ウワバミのみならず拳藤、果てには轟まで呆気にとられてしまう。

 全てを察したウワバミは、蛇にも拘わらず猫のように悪戯な笑みを浮かべ、目を泳がせる拳藤にウインクを送る。

 

「……あらあらっ、隅に置けないわね♪」

「そ、それよりも……彼の問いに答えてあげてくれるとっ……!」

「……うん、そうね。実は、今回の行方不明になったヒーローの中に、私が職場体験でお世話してあげた子も居るの」

「え……」

 

 打って変わって神妙な面持ちとなって伝えられた内容は、色々な理由で騒がしくなっていた三人の心境を、水を打ったように静まり返らせる。

 

 聞くところによれば、行方不明となった少女―――『蒼井華』という少女は、今年の職場体験でウワバミの事務所に世話になったという。

 更には、かつて相棒時代だった時の事務所に、校外活動という名目で世話になっているではないか。

 ヒーローになる為の志は兎も角、動物園の飼育員になるという夢を叶えるべく、ひたむきに頑張る彼女の姿はウワバミの琴線に触れたらしく、カワイイ後輩として面倒を看てあげていたのだ。

 

「……ドジなところはあるけれど、駄目な自分を変えたいって頑張ってた子なの」

「……あの」

「ん?」

 

 少々センチな語りをしていたウワバミであったが、堪らず拳藤が声を上げた。

 

「夢が飼育員って……ヒーローじゃないんですか?」

「あぁ、そのこと? なんでも、動物に関する学科を色々受験したんだけど、悉く遅刻とか名前とか受験番号の記入ミスで落ちちゃって、藁にも縋る思いで定員割れしたヒーロー科受けたみたいなの」

 

(((ドジだ……)))

 

 学力云々ではなく、別の部分で夢から遠ざかる少女の姿を想像し、不憫に思ってしまった三人はなんとも微妙な表情を浮かべる。

 しかし、『でも』とウワバミは嬉しそうに言葉を紡ぐ。

 

「そのおかげで、園長の事務所に来てくれたのよね」

「園長?」

「あぁ、ゴメンなさい。さっき、猛スピードで部屋出ていったウサギっぽいヒーロー居たでしょ? あの人の事務所に所属していた相棒は、癖で彼の事『園長』って呼んじゃうの」

「一体どうして……」

 

 怪訝な表情を浮かべた拳藤が言及すれば、何故かウワバミはポッと頬を赤らめ、両手を頬に当て始める。まるで初恋を思い出す乙女のような仕草。

 そして、蛇の如くしなやかな体をクネクネ動かし始めるウワバミ。

 その煽情的な動きに意味があるのかは甚だ疑問な三人であったが、一応空気を読むことのできる彼らは、そのままウワバミの過去に耳を傾ける。

 

「ヒーローには副業が許されてるでしょ? でも彼ね、動物園を経営しててね。あの人にしてみれば、動物園の園長の方が本業で、ヒーローの方が副業なのよ」

「はぁ。それはまた何でヒーローの資格なんかを……?」

「『儂の園で暴れる輩をすぐにぶっ飛ばす為じゃ!』だって。ガキ大将っぽくてカワイイと思わない?」

 

 不純な動機だ。

 自身が経営する動物園で暴れる輩―――要するに、敵を制圧するために自ら“個性”の使用を認められるヒーローになるとは、殊勝と言えば殊勝な積極性を感じられる。

 しかし、世間一般が求めているようなヒーロー像とは程遠いヒーローになる理由。

 こうして、意味の分からないトキメキの琴線に触れて黄色い声を上げるウワバミの傍らで、三人がげんなりとした表情を浮かべるのは無理もない話だろう。

 

「―――まぁ、本当にイイところは他にあるんだけどね」

「え?」

「そこは一緒に現場に立って、肌で感じてもらえればと思ってるわ」

 

 最後の最後ではぐらかすウワバミに、思わず目が点になる拳藤。

 そのまま拳藤を始めとした三人は、『じゃあね♪』と手をヒラヒラ振って去っていく麗しい女性の背を見届け、暫し呆けてしまう。

 

―――本業・動物園長、副業・ヒーロー

 

―――不純な動機でヒーローになったガキ大将

 

―――しかし、“神野の悪夢”に参加した実力者

 

 謎は深まるばかり。

 だが、会議中に感じたあの威圧感は、偏に“仲間”に手をかけられた故の怒りからのものであるように、今なら納得できた。

 

 “仲間”に手を掛けられる―――奪われることへの怒りならば知っている。

 

 沸々と沸き立つ義憤が、熾念と轟の体中を血潮となって巡り巡っていく。

 共感、そして同調。重なる想いが、救けるべき者達を救けんと心の中で猛々しく雄叫びを上げる。

 

「ショート、ピースメーカー」

 

 その時、不敵な笑みを浮かべるエンデヴァーが背後から声をかけてきた。

 インターン生である二人の顔を見るや否や、口角を更に吊り上げ、『杞憂だったか』と言わんばかりに鼻で笑って見せる。

 

戦闘服(コスチューム)に着替えてこい。これから俺と共に市中のパトロールに向かう。大きいヤマを抱えていると言っても、ヒーローに立ち止まる暇などないぞ」

「っ、Yeah!!」

「ああっ……!」

 

―――来たるべき時に向け、経験を積ませてやる

 

 そう言わんばかりの物言いに、二人は力強く頷く。

 今は、この義憤の炎の勢いが衰えぬように努めよう。

 二人はそう思うのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 一方その頃、電灯もロクについていない室内で、一件の着信が届いた。

 やかましく鳴り響く携帯。フードを深く被った男は、一度深いため息を吐いて呼吸を整えてから電話に出る。

 一拍置いて聞こえてくるのは、何度か聞いたことのあるブローカーの声だ。

 

『―――よう、死柄木。調子はどうだい?』

「……義爛(ぎらん)か。何の用だ?」

 

 苛立ちを隠さない声を発するのは、敵連合の首領・死柄木。

 彼が気を荒立てている理由は、つい先日訪れた極道により、大事な戦力を一つ潰されたことによるものであるが、それを義爛という男が知るすべはないのは、言うまでもないだろう。

 

『おー、おー。随分ご機嫌斜めな声だ。なんかあったのかァ?』

「……ッ」

『……オーケー。聞かない方がいいみたいだねェ。じゃあ、早々に用件を済ませることにするよ』

 

 知らぬが仏。無暗矢鱈な詮索は敵を作るというものだ。

 なにより、重要な取引先の一つ―――それも、“神野の悪夢”を経て敵共の間ではカリスマ的存在にまで昇華している敵連合であるのならば尚更。

 

『―――敵連合と手を組みたいって言うネームドから連絡が来たんだが……話を聞いてみるかい?』

「……名前は?」

『お、その気になってくれたかい。じゃあ喜んで教えるよ。そいつの名前は―――』

 

 

 

―――『キュレーター』だよ

 

 

 

 “悪”の胎動は、もう既に始まっていた。

 




お知らせ
・活動報告『進捗等々…』を書きました。
 今後の『Peace Maker』についても触れています。

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