Peace Maker   作:柴猫侍

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№61 Director&Curator

「ギリギリちんちん見えないように努めたけど!! すみませんね女性陣!! とまァー、こんな感じなんだよね!」

「わけもわからず全員腹パンされただけなんですが……」

 

 既に体操服を着た通形の前には、腹を抑えてグロッキー状態になっているA組面子が並んでいる。

 

 一瞥して分かる勝負の結果。A組は通形に反撃を加えることもできず、全員一撃で伸されていってしまったのだ。

 初撃を全て透かされてしまい、あまつさえ謎のワープで遠距離持ちの“個性”が狙われた。それは熾念や轟も例外ではなく、熾念の念動力も発火能力も透かされ、轟の氷結も炎熱も透かされ、キツイ一撃で地に沈んだ。

 

 遠距離持ちがものの数秒で倒されてしまった後は、近距離向けの“個性”の面々であったが、彼らのほとんども為す術なく、拳による一撃で全員伸されてしまった。

 三分も持たずに倒されてしまったA組。仮免を取得して浮足立っていた矢先での敗北に、全員意気消沈とする。

 

 それほどまでに強力であった通形の“個性”は『透過』。文字通り、“個性”を発動すると彼の体があらゆるものをすり抜けるというものだ。

 

 だが、戦闘中に見せたワープはどうやったのだろうか?

 

 その答えは、通形の『透過』に隠された性質の一つにある。“個性”を発動すればあらゆるものを透過するのであるが、それは彼自身が立っている地面も例外ではない。“個性”を全開にすれば地面もすり抜け、地中に落ちていくのだが、落下中に“個性”を解除すると、なんと瞬時に地上にはじき出されるというではないか。

 なんでも、『質量のあるモノが重なり合うことはできずに弾かれる』という性質が作用していると言う。

 

 通形は、その性質を利用することによって、体の向きやポーズで角度を調整し、弾かれる先を狙ってワープしているとのことだ。

 

「……Wow! じゃあ、俺ずっと飛んでれば、センパイは俺に攻撃できなかったってことですか、Huh?」

「うん、そうだね! まあ、あっちこっちに高い場所あるし、頑張ればアタックできるかもだけど!」

 

 今の説明を聞き、自身が延々と“個性”で浮遊し続けていれば、反撃を喰らうこともなかったのではないと気が付く熾念。通形に襲われた際は、咄嗟に反撃を試みたものの、あの時―――否、戦闘開始時に行うべき最善の手は『浮遊』だったようだ。

 つまり、『倒す』ことしか念頭に置かず、反撃に出てしまったことは悪手。

 まんまとしてやられてしまったことに、熾念は『Phew……』とため息を吐いた。

 

「攻撃は全てスカせて、自由に瞬時に動けるのね……やっぱりとても強い“個性”」

「いいや、強い“個性”にしたんだよね。発動中は肺が酸素を取り込めない。吸っても透過しちゃうからね。同様に鼓膜は振動を、網膜は光を透過する。あらゆるものがすり抜ける。それは何も感じることができず、ただただ質量をもったまま、落下の感覚だけがある……ということなんだ」

 

 蛙吹の感嘆する言葉に対し、神妙な面持ちで語る通形。

 

 彼の“個性”は、A組の面々が思っているよりも便利な“個性”ではないらしく、攻撃を全て透かせることができるという反面、聴覚、視覚を始めとした重要な五感が働かなくなることを意味すると言うではないか。

 更に、地上にあるものをすり抜ける為には、体全てに“個性”を発動させる訳にもいかない為、任意の部位に発動・解除を繰り返すという、簡単な動きにもいくつかの工程を強いられることになってしまう。

 

 その複雑な工程故に、雄英に入学した後に通形は他の生徒に一歩も二歩も遅れ、成績も芳しくなかった。

 

「この“個性”で上を行くには、遅れだけはとっちゃダメだった!! 予測!! 周囲よりも早く!! 時に欺く!! 何より『予測』が必要だった! そして、その予測を可能にするには経験! 経験則から予測を立てる!」

 

 次第に通形の言葉に熱が帯びていく。

 

 ただの言葉に、人を動かす熱はない。

 体験を経たという過去―――経験の上で放つ言葉こそ、人の心を無性に動かす熱を帯びる。

 そのことを知っている者でも知らない者でも、熱い通形の言葉を熱心に聞いていた。つまりは、そういうことだ。

 

「インターンにおいて我々は『お客』ではなく、一人のサイドキック! 同列として扱われるんだよね! それはとても恐ろしいよ。時には人の死にも立ち会う……! けれど、恐い思いも辛い思いも全てが、学校じゃ手に入らない一線級の“経験”。俺はインターンで得た経験を力に入れてトップを掴んだ! ので! 怖くてもやるべきだと思うよ1年生!!」

 

 そう言って拳を握り、締めくくる通形。

 気づいた時には誰もが身震いし、鳥肌を立てていた。ビリっけつの成績から、インターンを経てビッグ3とまで呼ばれ、相澤からは『最も№1に近い男』と言われるまで実力を得たという経験は、夢見る少年少女たちに驚嘆や感動の念を与えたのだ。

 

「ありがとうございました!!」

 

 気づいた時には、綺麗に全員腰を折り曲げて感謝を述べていた。

 実戦で活躍している先輩の経験談。少々やり方は乱暴で強引であったが、それに見合うだけのインターンへの参加意欲を燃えさせることはできたようだ。

 

(インターン……All right! 俺も行くっきゃないなっ!)

 

 熾念もまた、インターンへの意欲に燃える。

 

(だったら、俺は―――)

 

 

 

 ☮

 

 

 

「どこの事務所に行こうかしら……セルキーさんの事務所、駄目だったわ」

「あぁ~ん、もう! ガンヘッドさんトコ、受け付けてなかったぁ~!」

「梅雨ちゃんと麗日もか。俺もフォースカインドさんとこに連絡したんだけど、インターン受け付けてないってよー!」

 

 ビッグ3から校外活動の体験談の次の日、ハイツアライアンスのリビングに集う生徒の内、蛙吹、麗日、切島は浮かない顔でため息を吐いた。

 

 今日、爆豪も謹慎を終えて揃った朝のHRで、相澤から校外活動は『インターン受け入れの実績が多い事務所に限り、1年生の実施を許可する』という連絡が伝えられたのだ。敵連合の襲撃を鑑み、教師陣の協議では一時『やめとけ』との意見が多数を占めるも、それでは強いヒーローが育たないというデメリットがあった為の妥協案である。

 何はともあれ、漸くインターンのGOサインが出て、息まく生徒たち。だが、職場体験で世話になった事務所に連絡した三人は、全員撃沈してしまったようだ。

 

 あれだけモチベーションを上げられた先でのコレだ。

 上げて落とされた三人のテンションは、がっくり下がってしまっている。

 

「Toot♪ 三人ともどうしたんだ? そんな浮かない顔してたら、幸せ逃げちゃうぞー」

「……インターン、もしかしてダメだったか?」

 

 そこへやって来たのは熾念と轟。

 場の雰囲気を盛り上げようと溌剌と声をかける熾念に対し、轟は神妙な声色で、三人が落ち込んでいる理由を当ててみせた。

 

「波動に轟ィ……そうなんだよ。っアー、どうすっかなぁ!? インターン行きてえけど、職場体験先以外だと、なんつーか……誰かの紹介でもねえと行き辛いんだよなぁ」

「三人ともダメだったのか? 俺らは、週末にインターンの面接行くこと決まったんだけど……」

「えっ!? どこだよ!?」

「エンデヴァーヒーロー事務所さっ! 職場体験でお世話になったし!」

「……そういやおめェらはそうだったな。現№1の事務所にインターンなんて、羨ましい限りだぜ」

「まだ採用されるかは決まってないけどな。まあ、それでもダメだったら、体育祭の指名一覧表とっといてあるし、片っ端から電話かけてみることにするだけさっ」

 

 HAHA! と気楽に笑う熾念であるが、指名の数が四ケタに達している者達とそうでない者達の間には、コネという点で埋めようのない溝がある。

 だが、逆にそこへ目をつけた蛙吹が、ケロッとした様子で熾念を見上げた。

 

「波動ちゃん。確か、お姉さんが昨日来てくれた人よね?」

「Huh? Yeah、そうさっ!」

「じゃあ、よかったらでいいんだけれど、お姉さんにインターン先を紹介してくれないか伝えてくれないかしら?」

「あっ、波動くん! 私も!!」

「ねえちゃんのか? Well……確か、リューキュウヒーロー事務所だったっけ。いいのか? 二人とも、水難とか災害とかに携わるヒーローにって言ってなかったか?」

 

 蛙吹と麗日の二人に迫られる熾念。

 彼女たちの要望通り、姉にインターン先を紹介するように伝えるのは簡単だが、ねじれは№9のドラグーンヒーロー『リューキュウ』がトップの事務所に居る。リューキュウは、二十代でありながらヒーロービルボードチャートJPの上位ランカーの一人。だが、彼女は主に都市部での対・凶悪犯罪に携わることが多い。

 将来的に水難に係わるヒーローになりたいと思っている蛙吹や、13号のような災害救助で活躍することを望んでいる麗日に、果たして姉のインターン先は希望に沿うのだろうか? 熾念はそこを懸念していた。

 

 しかし、彼の言葉を聞いても尚、彼女たちの瞳に宿る熱は収まることを知らない。

 

「ええ、大丈夫だわ。何事もチャレンジよ」

「そうだよ! 百聞は一見に如かず! っちゅうか、そんな人気なヒーローの下でインターン出来るっていうなら、寧ろバッチこい! みたいな感じ!?」

「お、おぉ……そか? じゃあ、今電話してみるかっ」

 

 やや気圧された熾念だが、彼女たちの意気を十分感じ取り、早速ポケットに入れていた携帯に手を出し、ねじれの電話にかけた。

 

 現在夕刻。入浴でもしていなければ、出てくれそうな時間帯だ。

 そんな熾念の期待に応えるかのように、2コール目には『もしもしー?』と天真爛漫なねじれの声が、携帯から響いてくる。

 

「Hello、ねえちゃん♪ 今、大丈夫か?」

『うん、大丈夫だよー。あ、ねえ聞いて! ねえねえ、今部屋でアニマルテレビ見てるんだけど、ワンコが凄く可愛くてねー!』

「OK、犬の話は置いといて……っと」

 

 ねじれとの会話を進めるには、ある程度のスルーが必要だ。

 早速道が外れそうになった瞬間、熾念はスピーカー通話に切り替え、他の者達にもねじれの声が聞こえるようにし、そのまま携帯をテーブルの上に置く。

 

「クラスの友達が、ねえちゃんのインターン先を紹介してほしいってさっ」

『私のインターン先? リューキュウの? いいよー! 誰ー? あ、待ってね! 当ててみせるから。んー、あの角の子! どう、当たってる?』

「Incorrect。正解は次の二名でーす」

「……え? あ、うっ、麗日お茶子です! 前にも、食堂で会ったことのある女です!!」

「蛙吹梅雨よ。先輩がアマガエルかヒキガエルか気にしてくれたんだけれど、覚えているかしら?」

 

 熾念からのパスを受けた麗日と蛙吹の二人は、携帯へ向かって自己紹介する。携帯越しに喋り、相手の姿を確認できないのは些か不便ではあるが、後々当人たちが直接顔を合わせてくれれば問題はない。

 とりあえず名前を憶えてもらえば最低限の任は果たした……と思いきや、まず二人が自己紹介するよりも早くねじれがOKサインを出したので、既に話は終わったようなもの。

 

 後は、端的な連絡事項を伝えあい、延々とねじれのターンである。言葉という名の弾丸で二人が蜂の巣になるまで、ねじれの機関銃のような喋りは終わらないハズ。

 放っておけば携帯の充電がなくなるまで話し続けるであろうが、ここは三人の交友を深めるという意味で、任せたままにするべきだろうか。そのようなことを考える熾念は、半ば放任する形で、一旦その場から離れて轟と切島との話に戻った。

 

「んで、鋭児郎もインターンに行くつもりなのか?」

「おう! でもなぁ、フォースカインドさんがダメなら……あ、そうだ! 俺もビッグ3の誰かに頼み込むとすっかなぁ」

「いいねっ♪ 当てがないよりは、誰かのインターン先紹介してもらうのが無難そうだしな!」

 

 職場体験先がダメだった切島は、ビッグ3である通形や天喰などに頼み込もうかと思案する。

 通形は元オールマイトの相棒『サー・ナイトアイ』の事務所に。天喰は、関西で活躍している武闘派ヒーロー『ファットガム』の事務所でインターンを行っている。切島が選ぶとすれば、後者のファットガムだろう。

 

 ねじれからフワッと話を聞いている熾念は、そのような事を考えて『たまちゃん先輩に頼んでみれば?』と勧める。

 これでインターン先がダメだった三人も、ある程度目途が立った。

 後は、全員面接なりなんなり受けて、採用されれば御の字だ

 学業との並行で、より時間に追われることになってしまうが、将来への必要なことだと思えば時間も惜しくはない。

 

「……焦凍? さっきから何見てるんだ」

「ニュースの速報見てた」

「速報?」

 

 ひょこっと轟が見つめる携帯の画面を眺める熾念と切島。

 画面に映し出されていたのは、『ヒーロー、またもや行方不明!』と題されている速報記事だ。

 

「どれどれ。『先月より、ヒーローが何者かの襲撃により行方不明になる事件が多発。警察はこれを敵による連続拉致事件とし、事件が起こった周辺をヒーローと共に調査を進める方針をとるとのことだ』……拉致事件?」

「穏やかじゃねェな……これも敵連合関係あんのか?」

「今はオールマイトが引退して、どいつもこいつもタガ外れてる時期だ。どんな事件起こったって不思議じゃねえ節はあるな」

 

 拉致という物騒な事件が続いていることに、自然と面持ちが固くなる三人。

 ヒーローを拉致して、敵にどのような利益があるのかはわからないが、最悪殺害されていてもおかしくはない事件だ。

 すぐさま解決しなければ、何度も敵に攫われるという事実がヒーローの弱さを示し、折角オールマイトが繋ぎとめてくれた社会への信頼が揺らぎかねない事態になるのは、想像に難くないだろう。

 

 画面をスクロールし、ここ一か月の間行方不明となったヒーローの名前一覧を眺める三人。

 

 三人はこの時、蛙吹が『拉致』という言葉に反応したことに気が付かなかった。

 複数の行方不明者の内、サ行の一覧には『シリウス』という名が載っている。蛙吹が職場体験で世話になった、セルキーのヒーロー事務所……そこに所属する相棒の名だ。

 

 

 

 三人は知らなかった。この行方不明事件の裏に隠された陰謀を。

 そして、熾念と轟は知る由もなかった。後々に、この事件に係ることになろうとは―――。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「ギャングオルカっ!?」

『お、おう。そんな吃驚することか……?』

 

 一人、部屋で叫ぶ熾念。

 携帯で通話している相手は拳藤であり、話している内容は校外活動についてだったのだが、拳藤のインターン先が予想外過ぎたことで、柄にもなく頓狂な声を上げてしまったのだ。

 

「Oh, sorry。いや、でも職場体験先ってスネークヒーローんトコだったんだろ? それがどうしてギャングオルカに……」

『ウワバミさんの紹介でさ。ほら、私は別にメディアをメインにしたい訳じゃなかったし、『武闘派の事務所を紹介してください』って頼んだら……』

「ギャングオルカの、って訳か。Hmmm……意外だなっ。ウワバミとギャングオルカに接点があったなんて」

『なんでも、相棒時代にチームアップした時の繋がりだとさ』

 

 『割と凄いコネがあったみたいなんだよな』と、ケラケラ笑う拳藤の声が携帯を通し、熾念の鼓膜を揺らす。久しく彼女の声を聞いていない訳ではないのだが、寮生活に変わってから、直接声を聞ける機会は自然と減ってしまった。堂々と相手の寮の中へ向かう訳もに行かず、基本は放課後に談笑するか、今のように電話で話をするのだが、話す内容は恋人同士が語らうような華々しいものではない。

 

 だが、ヒーローを志す少年少女たちにしてみれば、自然と盛り上がるような内容であることには間違いない。№10ヒーロー『ギャングオルカ』は、先日行われた仮免試験にも現れ、拘束用プロテクターを身に着けながらも受験生を軽くあしらうほどの超実力者だ。

 熾念も大概ではあるが、拳藤も中々良いインターン先が第一候補に挙がったようである。

 

「そっか。Hmmm……」

『ん? どした』

「いや……インターンも行くとなったら、いよいよ……忙しくなるなっ、ってな」

『……ほほー。そういう訳か』

 

 意味深な熾念の言葉に、すぐに得心が行った声色の拳藤。

 どうせ、寮に入る前に懸念していた、一緒に過ごす時間が減ることについてだ。お盛んな時期の男子高校生。初めて出来た彼女ともなれば、出来るだけいちゃいちゃしていたいハズだろう。

 だが、悲しくも二人は雄英ヒーロー科。付き合ってこそいれど、恋に現を抜かせる時間はほとんどない。

 

『ま、でもそんな気にすんなよ』

「Huh?」

『そーいうの分かってでも付き合いたかったんだろ? 今更あれこれ言うつもりもないし……』

「……うん?」

『寧ろ、夢に向かって一生懸命頑張る姿をさ―――』

「Wait、一佳」

『へ?』

 

 突如、会話を遮られ、そのまま待つことになる拳藤。

 一方で熾念はというと、怪訝な表情を浮かべ、音を立てないように細心の注意を払いながら、“個性”で浮遊し自室の扉へと向かう。

 

 そろり、そろりと息を殺す。

 固唾を飲むのも我慢する。

 決して音を立てぬよう、そろりそろりと……。

 

 そして、裏に“ネズミ”が隠れているであろう扉のドアノブに手をかけた。

 

「Hey!!!」

「わあああああ!!!」

「耳がああああ!!!」

 

 勢いよく扉を開ければ、陰に隠れていた葉隠と耳郎がゴロゴロと転がり、向かい側の壁に激突した。幸い、向かい側は空き部屋だ。まだ皆起きている時間でもある為、この程度の騒ぎで壁ドンされることはないだろう。

 

 つまり―――全力で怒ることができる。

 

 急に怒鳴りつけたことで怯え竦む葉隠と、キンキンと痛む耳を抑えて悶絶する耳郎に歩み寄る熾念は、ゆらりと光の尾を引く瞳を輝かせて、下手人を宙に浮かして拘束する。

 

「さて……お二方。なにしてたか教えてもらおうかっ?」

「え、えへへ……旦那ぁ。ちょ、ちょいと通りかかっただけですよォ~」

「Wow、そうだったのか! 二人は、男子棟の二階に用事があってきたのかっ! 実か? 出久か? それとも踏陰か? いやいや、それよりも二人は用事があって通りかかる時に、彼女と話してる男の子の部屋に聞き耳立てる趣味があったとは吃驚だっ! 今度、俺にも付き合わせてくれないか?」

「……ごめんちゃい」

「よろしい」

 

 謝罪の言葉を聞いたところで、熾念はスッと二人を床に下す。

 上ずった声で謝罪した葉隠は、横で依然転がっている耳郎を背負い、颯爽と男子棟から去っていった。

 イヤホンジャックを使ってでもキュンキュンを求めてくるとは、乙女は油断も隙もない生き物だ。しかも、よりにもよってスニーキングに長けている二名。その飽くなき執念には、呆れを通り越して感嘆を覚えてしまいそうでもある。

 

「Phew……油断も隙もありゃしない」

 

―――後日、今度は一階からの盗み聞きが敢行されたのだが、それはまた別の話。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 週末。今週は始業式に始まり、校外活動についての説明など、色々と慌ただしい一週間であった。

 今日はそんな疲れをとるべく、穏やかに一日を過ごす……かと思いきや、一部の者達は慌ただしく制服を身に纏い、ハイツアライアンスを発ったのだ。

 

「エンデヴァーヒーロー事務所~、っと♪」

「波動、迷うなよ?」

「分かってるって! 焦凍に付いて行くから、迷わないさっ」

「他力本願だな」

「『信頼してる』って言ってもらおうかっ!」

「……まあいい」

 

 ふぅ、と微笑を浮かべながらため息を吐く轟。

 その横でケタケタ笑う熾念は、インターン先候補筆頭のエンデヴァーヒーロー事務所へ向けて、足を進めていた。

 轟も同じく、エンデヴァーの下で世話になるらしい。

 だが、父親への嫌悪感を全て拭いされていない轟が何故インターン先に其処を選んだのか?

 

 その理由は―――

 

『……早めに独立してェからな。親父から学べることは、今の内に学んでおきてえ』

 

 要するに、嫌いな食べ物は早めに処理しようという理論と同じだ。

 職場体験だけでは学びきれない、ヒーローとしてのエンデヴァーの良い点。それらを全てを学ばなければ、前に進んでいくことはできない。故に、校外活動で学べるだけ学ぶ。単純な理由だ。

 

 ……因みに、息子が頑張って理屈をこねてインターン先を父親の事務所にしようと考えている一方で、エンデヴァーはいつでもウェルカム状態であったことは、言うまでもないだろう。

 

 閑話休題。

 

 不本意ではあるが、№1になった男。

 しかし、その指揮官能力や采配などはオールマイトに勝るとも劣らない。

 一線級の経験を得る上で、彼以上に優秀な指揮官の下でヒーローとして活躍できる場は、他にはないだろう。

 

 意気込む二人。轟はほぼ理由なしで採用されるとして、熾念は以前の職場体験とは違い面接を挟む為、やや緊張気味だ。

 

(落とされたら……そうだなぁっ。まずはリューキュウの―――)

 

 熾念は、並々ならぬ重圧から逃れるように、既に落ちたことを想定して呑気な考えを頭に浮かべる。

 だが、その考えは杞憂だったようだ。

 

「いいだろう。ウチでのインターンを認めよう」

「……Really?」

「二度言わすな。採用だ。君の“個性”……引き込む理由はあっても、追い返す理由はない」

 

 以前も訪れたエンデヴァーの仕事部屋で、学校より携えた書類にハンコを押される光景を目の当たりにし、ぽかんと呆気にとられる熾念。

 エンデヴァーは、やや喜色を滲ませる声色で採用の旨を伝えている。喜びは、言わずもがな息子がインターンに来てくれたことだろう。

 

 それは兎も角として、熾念はエンデヴァーの口振りにやや不満げな様子だ。

 唇を尖らせ、ため息のような声を上げる。

 

「Hmmm……」

「なんだ? 不満があるか?」

「……いやっ、エンデヴァーさんも必要としてくれるような人材になれるよう頑張りますっ、HAHA!」

「……分かればいい」

 

 そう、エンデヴァーはあくまで“個性”だけを有用とみている。一人のヒーローとして―――『Peace Maker』としてはまだ、信用に当たらないといったところだろう。

 ならば、現№1にも必要とされるような英雄に為って見せようではないか。

 そう意気ごみ熾念は、快活な笑い声を部屋中に響かせる。

 

 そんな熾念の笑顔に対し、思わず仏頂面になったエンデヴァー。おそらくは、引退した“彼”の笑顔に雰囲気がそっくりなのがお気に召さないらしい。

 しかし、そこは大人の対応だ。

 すぐさま切り替えて、奥のソファでジッと座って待っていた轟を呼び寄せ、口火を切る。

 

「さて、ショート。ピースメーカー。早速だが、我々エンデヴァーヒーロー事務所は、あるヤマを抱えている」

「ヤマ……ですか?」

「最近巷をにぎわせている事件が一つあるだろう」

「……ヒーローの行方不明事件」

「ああ。その通りだ」

 

 息子が自分の事務所が抱えている事件を見事に当てたことで、思わず笑みを零すエンデヴァー。

 

「ヒーローが返り討ちになるならまだしも、立て続けに行方が知れなくなるのは前代未聞だ。これは組織ぐるみの犯行とみて間違いないとみてもいい」

「組織ぐるみ……まさか、敵連合!?」

「さぁな。無神経に憶測で敵連合が関与しているとは言えん。だがつい先日、ようやく手掛かりを手に入れた」

「手がかり……?」

 

 エンデヴァーの言葉に、二人は怪訝な表情を浮かべる。

 

「ああ、昨日捕まえた敵の証言だ。詳細は後で話すとして、我々はその手掛かりを元に、HN内の活動報告を閲覧し、情報を集めた」

 

 HN―――『ヒーローネットワーク』とは、プロ免許を持った者だけが閲覧することのできるネットサービスのことだ。

 全国のヒーローの活動報告を始めとし、便利な“個性”のヒーローに協力を申請できたりと、用途は多岐にわたる。

 

 それにしても、昨日の今日で情報を調べ上げるとは、流石№1の事務所といったところ。仕事が早い。

 熾念が素直に感嘆した表情を浮かべるも、さも当然といった表情のエンデヴァーは、一拍置いて言葉を紡ぐ。

 

「―――そして集めた情報を元に、既にチームアップ要請を申請した」

「わぁ……チームアップ」

 

 かなり事は進んでいるようだ。

 そのようなことを二人が思うや否や、エンデヴァーは資料を二枚取り出し、それぞれに手渡し、内容を確認するよう目で促す。

 有名なヒーローから、二人が知らぬようなマイナーヒーローまでずらりと名前が刻まれている資料。

 その中には、こんな名前もあった。

 

 

 

 

 

―――ラビットヒーロー『Director(ディレクター)

 

 

 

 

 

―――『園長』の意味を持つ、ヒーローの名が。

 

 

 

 

 

 ☮

 

 

 

「どうじゃ、まだ見つからんのか?」

「ね! そんな急かさないでってば! 捜索に集中できないでしょ!!」

 

 逢魔が時に町を歩む二人のヒーロー。

 片や、ウサギ面の男性。

 片や、トイプードルを模した被りものとコスチュームを纏う女性。

 

 ウサギヒーローが、クンクンと鼻頭を上下させて歩道に残る匂いを辿っている女性ヒーローの尻をゲシゲシと蹴り続けている。そのことに対し、女性―――プードルヒーロー『トイトイ』は怒りを露わにした。

 

「折角ウワバミ姉さんの頼みでチームアップしたげてるのに!! 私、何を隠そう鼻が利くから!! 偉いね! ね! ねえねえ―――」

「うっさい。そのくせ全然見つけられとんじゃろうが。たるんどるぞ」

「お~し~り~蹴~ら~な~い~で~! 暴力だ! パワハラだ! 女性には優しくって、私の鈴木が言ってたよー!」

「知らん、そんな奴のことは。さっさと蒼井華を見つけんか」

 

 蒼井華―――仮免試験直後、家に帰る途中で行方不明になった女子高生の名だ。

 この二人は、行方不明となった彼女を探すべく、自称鼻が利くトイトイを先頭に街中を捜索していた。

 

 トイトイ:個性『ドッグノーズ』

 嗅覚が犬のように発達している!! ただそれだけ!!

 

 しかし、捜索の状況は芳しくなく、犬並みの嗅覚を有しているトイトイでさえも、依然として行方を辿ることが出来ずにいた。

 その現状に対し、蒼井を―――自分の事務所で世話になっていたインターン生が行方不明になったウサギヒーローは、苛立ちを隠そうともしない。

 

 だが、そんな彼の目の前に、一人の鳥人が降り立った。

 雄々しい翼を羽ばたかせ、鷲のような顔をした男性が。

 

「園長、ここに居ましたか!」

「あ、イーグルアイ! お久しぶりだね! ね!」

鷹広(たかひろ)か。どうした、儂は今至極機嫌が―――」

「華ちゃんの居所、分かったかもしれません」

「……何?」

 

 鳥人―――ウイングヒーロー『イーグルアイ』の報告を受け、ピクリと耳を動かすウサギヒーロー。

 無言のまま、次なる言葉を待つ。

 そんな彼の様子に、否応なしに威圧感を覚えたイーグルアイは、重要な報告を伝えるべく、一旦呼吸を整えてから嘴を開いた。

 

「エンデヴァーが逮捕した敵による証言から、今回の行方不明事件に関与しているのは、抹香(まっこう)伊佐奈(いさな)―――(ヴィラン)名『キュレーター』による犯行の可能性が高いと。エンデヴァー事務所から、他の事務所へ……無論、ウチの事務所にもチームアップ要請が届いています」

「……ほぉう」

 

 イーグルアイの報告に、次第に凄みを滲み出しながら指を鳴らし始める。

 

「奴が帰って来たか……今度こそ、心身共に凹ましたらぁ!!!!」

「きゃん!?」

「園長!?」

 

 その場で地団駄を踏んだウサギヒーロー―――もとい、『ディレクター』によって、コンクリートの地面に蜘蛛の巣が張られるかの如く、亀裂が奔っていく。

 普通に器物損壊だ。

 傍から見れば只の敵だ。

 しかし、他人の目など気にも留めないディレクターは、鼻から荒々しい息を吐く。

 

「ウチの仲間攫った罰、確と思い知らせたらぁ!!!」

 

 その刻は、着々と迫ってきている。

 


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