Peace Maker   作:柴猫侍

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前話のあとがきに『これまで出てきた技のまとめ②』を載せました。
是非、どうぞ。


№59 Revenger

「ヘイ、焦凍! ちょちょちょ、ちょっといいか?」

「どうした、波動?」

 

 試験終了直後、緊張の糸でも切れたのか、その場に倒れ込んでしまった熾念。どこか怪我でもしてしまったのかと駆け寄った轟であったが、一つだけ心当たりがあったのか、『もしかして』と自分にだけ聞こえる呟きを発しながら、倒れる彼に肩を貸す。

 

「まだ超音波で動けねェのか?」

「ザッツライト!」

 

 そう、熾念が先程まで動けていたのは、何時ぞやのヒーロー殺しと交戦した際に用いた、『念動力』によって体を無理やり動かすというトンデモ戦法を使っていたからだ。

 試験が終了し、『SUPER NOVA MODE』の反動で“個性”を発動できなくなってしまった今、超音波で麻痺している体を動かせるハズもない。

 

 それほどまでに強烈な一撃を喰らってしまった熾念に対し、轟は重々しい口調でこう言い放った。

 

「……その発音だと、ホントみてえだな」

「ねえ、前から思ってたんだけどさっ、俺の英語のイントネーションを何かの指標にするの何なんだっ?」

「……悪ィ」

「いや、なんで謝る?」

 

 英語の発音にキレがない熾念は、ルーのないカレーライス……若しくは、ネタのない寿司、カツのないカツ丼、etc……。クラスメイトの間では、その認識が通って浸透してしまっていること、まだ熾念は知らない。

 裏を返せば、その場合は熾念に何かしらの異変があるということも示している為、便利と言えば便利な指標なのだが、本人にしてみれば不服のようだ。不服もなにも、最早手遅れであることを言ってはいけない。

 

「うーん……まあ、別にいいんだけどさっ」

「……悪ィ」

「ほらほら、謝んないの! 試験頑張って、後は結果発表待つだけだぜ? 全力尽くしたんだから、絶対合格してるだろ! さーって、今からもう寮に帰った後のお祝い考えないとなっ、ハハッ!」

「……あぁ」

 

 轟の肩を借りながら、仮免の合否について明るく語る熾念。

 そんな友人の姿に、思わず轟の顔もフッと解けていく。

 

 以前であれば、このような笑みなど決して浮かべるハズはなかっただろう。ただただエンデヴァーを否定する為、『その過程でしかない』と冷たくあしらっていただろうと、轟は昔の自分を省みるような考えを、この時は胸の内に抱いていた。

 

―――そう考えてみれば、俺も大分前に進んだな。

 

 否定するだけの人生。

 その人生を否定されてこそ、今の自分がある。体育祭の時のことが、鮮明に思い起こされる。

 あの時もまた、こうして彼に肩を貸して歩んだ。

 

「……やっぱ、発音にキレがねえな」

「うぇあ!? まだ引っ張るのか!?」

「冗談だ」

「なんだ、ジョークか。珍しいな、焦凍がジョークだなんて」

「ああ……―――俺もそう思うよ」

 

 ふと空を見上げれば、憎たらしいほどに清々しい青空が広がっていて、頬が綻んでしまった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「どうかなァ……やれることはやったけど、どう見てたかわかんないし……こういう時間いっちばんヤダ」

「人事を尽くしたならきっと大丈夫ですわ!」

「そうさっ、響香ちゃん。“人事を尽くして手前を待つ”ってやつ!」

「“手前”じゃなくて“天命”な。波動、おめェはどこの江戸っ子だよ」

 

 コスチュームから着替えた受験者たちは、元の制服姿でフィールドへと戻って来た。

 歩くがてら、雑談を交わす生徒たち。緊張する耳郎に八百万が声をかけ、そこへ熾念が更なる激励を送るも、若干ことわざを間違えている彼に対して切島がツッコミを入れる。

 切島が熾念へツッコミを入れるのは、最早様式美。

 その後も、互いに緊張を解きほぐし合う時間を過ごし、漸く合否発表の時間までやって来た。

 

『皆さん、長いことおつかれ様でした。これより発表を行いますが……その前に一言。採点方式についてです』

 

 用意された檀上の目良が、スッと二本指を立てる。その瞬間、受験者たちの顔がムッと強張る。

 これで採点方式が明らかになれば、自分がどの程度出来ていたかは予測がつく。あくまで気休め程度にしかならないものの、それでも合否発表を今や今やと待ちかね、緊張が爆発しそうな彼らにとっては重要な事項であった。

 

『我々ヒーロー公安委員会とHUCの皆さんによる二重の減点方式であなた方を見させてもらいました。つまり……危機的状況でどれだけ間違いのない行動をとれたかを審査しています』

 

 採点内容は、概ね受験者が予想していた通りだ。ただ、二重の減点方式という部分が、訓練量や判断力で劣る1年生にとっては厳しい部分である。

 細かい部分で減点され、落ちてしまっているかもしれない……そんな不安が、A組の生徒を襲う。

 

『とりあえず、合格点の方は五十音順で名前が載っています。今の言葉を踏まえた上でご確認下さい……』

 

 不安で心が圧し潰れそうになる中、とうとうその時が来る。

 モニターに堂々と映し出される合格者の名前の数々。すぐさま受験者はモニターに目を走らせ、一心不乱に自分の名前を探し出す。

 

「み。み……み……み……あっ!」

「峰田実! あったぜ!」

「あったァ……」

「あるぞ!!」

「よし……」

「コエー」

「麗日ァ!!」

「フッ」

「よかった……」

「あったぜ!」

「!」

「わー!!」

「点滴穿石ですわ」

「ケロッ」

「やったー!」

「っしぇェーい!!」

 

 次々と自身の名を見つけ、歓喜に踊るA組の者達。

 

「お」

「Huh? 焦凍、あったのか?」

「波動、お前のあったぞ」

「え。俺の探して言っちゃっうの? 本人が見つける前に?」

「俺は受かってたぞ」

「Hey、そういう問題じゃなくてっ! このこのー!」

 

 轟もまた、この時ばかりは本人なりに燥いでいるのだろう。

 熾念の名前を見つけ、本人が名前を見つけるよりも先に合否を伝えるという茶目っ気を見せる。

 そのことに熾念は一瞬苦笑いを浮かべた後、『HAHAHA!』と大笑いし、共に合格した喜びを分かち合うように、轟と肩を組んで左右に揺れ始めた。

 

 だが、受かっている者も居れば落ちている者も……。

 

「あった……けど」

「ねえ!!」

 

 ただ一人、爆豪だけが落ちていたようだ。

 血走った瞳で何往復もモニターを見回すも、『爆豪勝己』の名前はどこにも見当たらない。

 

「クソがぁ!! なんでだ!!?」

 

 落ちていることに納得がいかず、頭を抱える爆豪。

 

(((((いや……うん、落ちた理由大体分かっちゃうよね)))))

 

 しかし、A組の者達は須らく彼の落ちた理由に予想がついていた。

 試験中、直接彼と行動を共にしていた切島や上鳴でなくともわかる理由―――それ即ち、『暴言』だ。全てはこれに帰結する。

 

 たぶん暴言だろう。

 恐らく暴言だ。

 絶対暴言だ。

 またボゲっちゃったかぁ~。

 

 そんな考えがA組の脳裏をF1カーの如く過ぎ去っていくのは、普段の彼を見ているならば、仕方のないことだったであろう。

 折角、体育祭で熾念との賭けで敷かれた『死ね』や『殺す』などの暴言禁止令も、本人に矯正する意思がなかった為か、効果を発揮しなかったようだ。

 

 残念ながら当然―――残当だ。

 

 しかし、それを理解せずに唸る爆豪を、A組全員分の憐れむ視線が貫いていく。

 

 そんな中、やけに仰々しい足音が彼らの下に近づいてきた。何事かと振り返れば、そこには険しい顔つきの男―――夜嵐が佇み、轟を見下ろしていた。

 何か言いたげな顔つき。

 只ならぬ空気に、誰もが固唾を飲んだその瞬間、夜嵐はSLAM! と腰を折り曲げて立ち土下座を行った。

 

「轟!! ごめん!! 試験中だっていうのに、変に突っかかってあんたへ嫌な思いをさせた!! 俺のせいだ!! 俺の心の狭さの!! ごめん!!」

 

 自分の非を認めての謝罪。状況を弁えない言動をした所為で、味方であるハズの人間を不快にさせたのみにとどまらず、最悪採点基準の減点項目にひっかかり、落とされかねない状況へさえ持ち込みかけてしまったのだ。

 当然と言えば当然の謝罪であるが、思うところのあった轟は頭を下げる夜嵐に、穏やかな声をかける。

 

「元々俺がまいた種だし……よせよ。おまえが直球でぶつけてきて、気付けたこともあるから」

 

 頭を下げる夜嵐に対し、やめるよう窘める轟。

 元の原因を辿れば、見ず知らずの他人だとしても冷徹に振舞ってしまった自分にある。待機している間、ずっと心に引っかかっていた記憶が蘇り、夜嵐のことを思い出した、轟はそのような確信を抱いていた。

 だからこそ、謝るのは寧ろ自分の方にある……そう言わんばかりの口振りだ。

 

 過去も血も忘れたままではいられない。父に暴力という名の修行を受けた過去も、母と幼少期を過ごせなかった過去も、憎悪に駆られて周りに見向きもしなかった過去も全部だ。

 

 全てを受け止めて前に進んでいかねばならぬと気付けた。それだけで、夜嵐との口論には意味があったと言えよう。

 

「焦凍……」

「轟くん……」

 

 思うところのある熾念と緑谷は、夜嵐に頭を上げるよう口にする轟を、にこやかな笑みを以て見つめる。

 

『えー、全員ご確認いただけたでしょうか?』

 

 そこへ、再び目良のアナウンスが入った。

 再び何か伝えられるのかと前を向けば、今度は黒服らしき者達が、分厚い紙束を携えて佇んでいるではないか。

 

『続きましてプリントをお配ります。採点内容が詳しく記載されておりますので、しっかり目を通しておいて下さい』

 

 どうやら、これから採点内容の記載されたプリントが配られる模様だ。

 ボーダーラインは50点。どの行動で何点引かれたか等、詳しく記載されている。要は、『ここがダメだったから、次までに直しとけよ』ということだ。

 ここでは、合格した者同士であっても明暗はしっかり分かれてくる。ほぼ満点に近い九割の者も居れば、ギリギリの六割台の者も居たり、内容は様々。

 

「飯田くん、どうだった」

「80点だ。全体的に応用が利かないという感じだな。緑谷くんは?」

「僕71点。行動自体ってより、行動する前の挙動とか足止まったりするところで減点されてる」

「こうして至らなかった部分を補足してくれるのはありがたいな!」

「うん……! あ、波動くんとかはどう?」

「俺か? 70点! トリアージとか、傷病者の判断の部分で大分引かれてるなー、HAHA!」

 

 軽く笑い飛ばしているが、決して小さな問題ではない。そう言わんばかりに苦笑いを浮かべる緑谷だが、こうしてまた新たな課題を与えられたことで、これからも頑張っていこうという意欲に駆られる。

 二学期からのヒーロー実習に精が出るというものだ。

 

「そっか……じゃあ、次のヒーロー実習の時に備えて……ううん! もう仮免合格して、いつ現場に遭遇してもおかしくないんだから、帰りのバスの中で復習しなきゃ!」

「Toot♪ 気合い入ってるなー」

 

 気合十分の緑谷。相澤が陰で『クラスを底上げする存在』と評価しているだけあって、こういった時に周りの士気を上げることに一役買ってくれる。

 

 その後は、ヒーロー公安委員会を代表する目良が、合格した者達へ仮免を持つことの意義や、これからのヒーロー社会について語っていく。

 オールマイトという“柱”を失った今、心のブレーキを消え去り、犯罪に走る者は多く現れるだろう。均衡が崩れ去ったことによる社会の変化に、これから仮免合格者は身を投じていく訳だ。

 今までのようにはいかない。

 次のオールマイト―――犯罪の抑止力となれるような存在になれるよう、精進せよというのが目良の語った内容だ。

 

 次に、不合格者向けに語られた内容は、三か月の特別講習を受講の後、個別テストで結果を出せば仮免許を発行するというもの。

 曰く、一次試験が“落とす試験”であったのに対し、二次試験はある程度見込みがある者達だけに受けさせているだけあって、なるべく才能のある種は咲かせていきたいというのが、公安委員会の考えであるらしい。

 

「良かったな、勝己! 三か月だったら、12月には仮免とれるなっ、HAHA!」

「黙れ、似非バイリンガルが!!」

「……受けないのか?」

「受けるわ!! オ゛ォイ、てめぇら!! 先に仮免取ったからっていい気になってんじゃねえぞ!! 俺が取った暁にゃ、てめェらブッ殺―――」

「そゆとこ、か・つ・き♪」

「しにゃあ゛あ゛あん!!! ア゛アア、クソがぁ!!!」

 

 最早訳の分からない怒号を上げる爆豪に、A組の者達は呆れ顔を浮かべている者がほとんどだ。

 そんな中、麗日は爆豪の上げた怒号に抱腹絶倒している。

 

「し、『しにゃあ゛あ゛あん!!!』て! ア、アカン、ツボ入った……!」

「目覚ましに使ったら起きれそう。寝覚めは最悪だろうけど」

 

 奇怪な怒号を笑う麗日と、用途を考えた上で評価を下す耳郎。

 爆豪の怒号目覚まし。起床間違いなしで寝坊防止には持ってこいだが、寝覚めは最悪そうだ。

 

「勝己のボイス付き目覚まし時計、定価8950(バクゴー)円での販売になりまぁす♪ 今なら『しにゃあ゛あ゛あん』のボイスも♪」

「ブッホッ!! は、波動くんアカンて! ヒーッ、ヒーッ!」

「って言うか高!! ほぼ9000円の目覚ましとか、ゼッテー買わねえよ!」

「おぉい!! 好き勝手俺をネタにすんじゃねえええ!!」

 

 そろそろ笑いが収まってきた麗日へ、更なる燃料を投下した熾念。彼の思惑通り、麗日は再び大笑いし始め、色々と不味い顔になってきた。息も絶え絶えとなり、頬を上気させる麗日の顔は、R18にギリギリ達していないレベルのヤバさである。

 涙やら涎やらで、顔面イグアスの滝状態だ。

 

 一方で、爆豪の苗字の語呂に合わせた値段に上鳴が慄けば、散々弄られた爆豪の怒りがさらに爆発し、熾念へ襲い掛かっていく。

 その光景に笑う者も居れば、また呆れた表情を浮かべる者も居る。

 だが、これもA組の日常。仮免試験を終え、ヒーローへと着実に近づいていく日常の内の一日が、また幕を下ろすのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 雄英高校1年A組が帰路を辿り、寮にてゆっくりと過ごしている頃―――日も暮れ、黄金色に輝く日が空を薄暗く照らす逢魔が時だ。一人の少女は、ヘトヘトと疲弊しながらも、充実したような笑顔を浮かべて、人通りの少ない路地を歩んでいた。

 

「たっはー! 仮免とったどー!!」

 

 『ZOO KEEPER』と堂々に書かれた資格証を掲げ、恍惚とした表情を浮かべるのは蒼井だ。嬉しすぎるのか、ドプンと涎を流している。

 傍から見ればドン引きモノの光景。しかし、彼女にとってはそれだけ感動すべき出来事だということだ。

 

「始めはヒーローになるなんて思いもよらなかったけど、紆余曲折あって仮免……感慨深いなあ……! 写メ写メ……って、どこをどー操作すれば……」

 

 記念に写メを撮ろうとするものの、電子機器の操作の類に弱いのか、数分間操作しても尚カメラアプリさえ起動できず、結局は撮らぬまま携帯をしまうこととなる。

 イマドキの女子高生ならざる電子機器の扱いの弱さだ。

 『職場体験でお世話になったウワバミさんは、今度でいいか……』と、自分の扱いの不慣れさ故に連絡が遅れることについてため息を吐く。

 

「はぁ……でも、これで園長もちょっとは……」

「お前が、あのウサギの事務所のインターン生か」

「はえ? あ゛―――」

 

 不気味なほどに暗い声に振り返れば、今日どこかで聞いたような高音が聞こえ、同時に全身に名状し難い振動が奔る。

 

(声、出な……ッ)

 

 次第にフェードアウトしていく景色。視界の端に、辛うじてヘルメットを被ったような男が居るのは見えたものの、それ以上襲撃した男の―――否、“敵”の姿を確かめることはできない。

 薄れていく意識。

 命の危機を感じた時には、既に遅かった。

 

「ゴミは再利用しなくちゃあな……死にたくなきゃ、命を削れ」

 

 深海のように深く、底の見えない憎悪が感じ取れた。

 冷たく、ただただ冷たく。男の発する負のオーラが、なんとか保っていた蒼井の意識を刈り取る。

 

(園ちょ……救け―――)

 

 意識が闇に呑まれる。

 暗く暗く、冷たい深淵の底へ。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 次の日、路地に散乱する荷物、そして発行したてで新品のヒーローの仮免許証が転がっているのが発見される。

 その遺留品の数々から、前日より帰宅していない市内の私立高校に通う蒼井華(16)の行方不明の届け出が警察へ提出されるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

―――これは宣戦布告

 

 

 

―――柱を失い、仮初のトップが台頭した脆弱なヒーロー社会への

 

 

 

―――逆襲の始まりだった


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