Peace Maker   作:柴猫侍

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№58 三位一体

 ギャングオルカ率いる敵たちに相対す熾念、轟、夜嵐の三人。

 雄英生である二人は兎も角、夜嵐は自分を敵対視している部分がある為、協力を望むことは難しそうだと考えた轟は、一旦冷静になった頭で、いかに敵を相手取るかを思案する。

 実質この場に居るヒーロー勢は、二人と一人のようなものだ。ゲームで例えれば、制御が効かず勝手に戦っているNPCが一人居るような形と言ってもいいだろう。

 

 ムムッと暫し思考を巡らせる轟。

 ようやく考えがまとまったのか、今や今やと待ちかねている熾念に目を向け、作戦を説明し始めた。

 

「波動。お前は中距離―――敵の頭上から、念動力で敵の動きを止めてくれ。そこを俺が氷結で拘束する」

「All right!」

「ああ、あと発火能力はあんまし使うな。士傑の奴の“個性”の軌道が逸れるからな。“個性”の射程範囲が広い分、俺らの“個性”の影響も受けちまう」

「I see。他に言うことはあるかっ?」

「……一番の問題はギャングオルカだ。音波攻撃で、俺の氷結も防がれちまう」

「音波かァ。それは流石に俺でも防げないな」

 

 熾念はギャングオルカの音波攻撃と聞き、難しい顔を浮かべ始める。それはサバイバル訓練で、一度耳郎のイヤホンジャックによる攻撃を喰らい、痛い目に合っているからだ。

 音速で放たれる攻撃……回避は勿論、防御することさえ難しい。幸い、辺りに瓦礫は山のように散らばっている。それらを固めて盾のように扱えば、多少はマシになるハズだが、過信することもできない。

 

「―――だが、勝機がねえ訳じゃねえ。超音波に気ィつけながら、まず周りのを確実に止める。無理に頭を攻めて倒す必要もねえ。避難が完了して応援が来るまで戦線維持出来てれば上々だ」

「そうだなっ! じゃ、頼んだぜ焦凍!」

「おう」

 

 作戦会議を終えた二人は、早速敵の侵攻を阻止すべく、色も相まって蟻のように見える黒の軍団へ立ち向かっていった。

 ゾロゾロと波のようにやって来る敵。右腕には、なにかを射出しそうな武器が着けられている。

 

 不気味な統一感を醸し出す敵に、勝手に飛び回って敵と戦っている夜嵐同様、空中から見下ろすように注視する熾念は、彼らの携える武器の銃口が自分の方へ向いていることに気が付いた。

 次の瞬間、銃口からは粘性の白濁とした液体が放たれた。それなりの速度ではあるが、熾念にとっては対応圏内。すぐさま“個性”で受け止め、フィンガースナップと共に地面へお返しする。

 

「お返し、っとォ!」

「おわぁ! セメントが!!」

 

 撃った弾―――セメントが、漏れなく自分たちの下へ戻ってくる光景に、敵たちは慌てふためいて回避に移る。

 彼らはギャングオルカの相棒なのであるが、今回の仮免試験では“個性”を行使することを制限され、代わりに敵と一目で分かるコスチュームと今のセメントガンを配給されているのだ。しかし、実体を持つ弾を撃ったところで、遠距離攻撃持ちの“個性”相手には、些か力不足。

 

 速乾性のセメントは、敵の体の一部に当たるなりして、逆に撃っている側の行動を牽制する結果を生み出してしまった。

 

「今だっ!」

「ああっ……!」

 

 そこへ畳みかけるような氷結攻撃。現在ギャングオルカは、夜嵐と交戦中だ。彼から離れた場所に位置する外側ならば、超音波攻撃も本来の威力を発揮することはできない。

 冷気の波はあっという間に敵を凍結し、彼らの動きを拘束することに成功した。

 

「Toot♪ Good job! この調子で行こうぜっ!」

「おう。ギャングオルカには気をつけろ」

「言われなくてもっ!」

 

 知った仲と戦うことで調子を取り戻してきた轟は、襲い掛かるセメントの弾を氷壁で防ぎつつ、熾念が“個性”で敵の動きを止めたのを見計らい、体育祭の時よりも一層強力になった氷結を繰り出す。

 地上からの轟。上空からの熾念。敵からすれば防ごうにも防げない攻撃の連続に、その統率は乱れていく。

 

 更には、轟が右腕から放つワイヤーを瓦礫に突き立て、敵を囲むよう氷を重ねて円を描くように高速移動しながら、敵が逃げられぬよう着実に壁が構築されていくではないか。

 学校の訓練でも見せたことのないアクロバティックなワイヤーアクション。共闘している熾念も驚きの光景なのだから、敵にしてみれば混乱は必至だ。

 

「クッソー! 速ェー! 弾が全然当たんねえべ!」

「まず波動落とせ!! あっちの方が厄介だ!」

「いんや、それだと轟の方にやられっぺ!」

「それじゃ打つ手なしじゃねえか!!」

 

 片方に集中すれば片方にやられる。

 まさに前門の虎後門の狼だ。軽く数分で、敵側の戦力の五分の一は無力化されてしまう。元々の“個性”の相性がいいこともあるが、二人が親しいことも拍車をかけ、流れるような連携で敵の制圧をするに至っていた。

 

「おっ……イイモン持ってるじゃん! それ借りるぜっ!」

「ちょ、コラぁ!!」

 

 敵の一部分を制圧し、次の場所へ向かおうと二人であったが、熾念が敵の携えるセメントガンに興味を示し、スッと動けない敵の下へ降り立ち、セメントガンを奪い取る。

 

「Hmmm、ここを押せば弾が出ると……へへっ!」

 

 セメントガンを裏返したりし、大体の仕組みを把握した熾念は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、他の動けない敵のセメントガンを“個性”で外し、一気に奪い取って見せた。

 フヨフヨと宙を漂うセメントガン。

 すると銃口はゆっくりと、近い場所に立っている敵へ向いた。

 

 その光景に『まさか』とマスクの下で冷や汗を流す敵に、バイザーの奥の瞳を燦々に輝かせる熾念は、どこぞの戦艦の艦長気分で右腕を前へ振るう。

 

「Take this! Full burst!! なんつって!」

「おわあああ!!?」

 

 BLAM!! と絶え間なく響き渡る発砲音と共に、放たれたセメントが一斉に敵に襲い掛かる。

言うまでもなく、念動力で操って引き金を引いている訳だが、恐ろしいのは宙を上下左右に動き回って多角的に弾丸を放ってくることだ。

 

 先程は、撃たないことで熾念の念動力による反撃をさせずに居たのだが、銃本体が向こうの手に渡ったのであれば話は別。残弾ゼロになるまで好き勝手撃たれるセメントに、敵は当たる当たらない大慌てだ。

 セメントを喰らってしまう者も居れば、避けた先にあった液体に足を滑らせ転ぶ者も居る。そして全て躱した者も―――

 

「やり過ぎだ、波動」

 

 轟の氷結によって動きを止められ、まんまと無力化されてしまう。

 呆れた顔を浮かべる彼に、弾が空となったセメントガンを投げ捨てる熾念は、にししッと笑いながら、『武器の有効活用って言ってもらいたいなっ♪』と言い放つ。

 まさに八面六臂の活躍をして戦線を維持し続ける二人は、そのまま残りの敵も制圧すべく駆け出す。

 

「ふむ……」

 

 流し目で、自身から離れた場所の戦況を確認するギャングオルカは、スリッと頬を掻きながら、依然として宙を駆け巡る夜嵐を見上げた。

 

「とりあえず、邪魔な風だ」

「っ! 避け―――」

 

 隠しきれぬ威圧に気が付いた夜嵐は、ギャングオルカの超音波攻撃を避けるべく、右方向へ翻った。

 だがしかし、そこへ最初から狙っていたかのような軌道でセメントが飛んでくる。思わぬ予測射撃だ。気が付くには気が付いたものの、避けることは結局叶わず、まんまと右半身をセメントで覆われてしまう。

 更に、その攻撃で生じた夜嵐の一瞬の隙を逃がさんと言わんばかりに、体の自由を奪う超音波が彼の体を貫いた。

 

「ガァ!!」

「着弾ンー!! シャチョーと我々の連携プレイよ!!」

「受験者全員ゴチゴチに固めてやる!!」

「ヒャッハー!! 汚物は消毒だぁー!!」

 

 制圧能力に長けた“個性”の受験者を一人倒したことにより、敵の士気はグングン上がっていく。

 その間にも、風の“個性”のコントロールを失ってしまった夜嵐は、きりもみ回転をしながら墜落していく。このままでは体を地面に強く打ち、怪我は必至だ。

 なんとか可能な限りのコントロールを以て、最悪の事態は回避しようとするものの、落下の勢いが衰える様子はない。

 

(不味い!! このままじゃ……)

 

 ふと瞳に映る光景がスローモーションであるかのように、ゆっくりとしたものとなる。

 これはイケない。走馬燈的なアレか? などとコマ送りになる視界を見ながら落下する夜嵐。

 しかし、視界の端から滑るようにやって来る人影に気が付いた。白と赤のツートーンの髪。ハッと目を見開いた時には、やって来た人物―――轟は繊細な氷結の操作で緩やかな坂を描く氷壁を、夜嵐の真下へ滑り込ませるように繰り出す。

 その甲斐あってか、ガタイのいい夜嵐は滑り台を下るように地面へ滑っていき、最終的には轟が、生み出した氷壁に突き立てたワイヤーを巻き戻すことによる滑走で、下り終えて転がる夜嵐を回収してみせた。

 

「アン、タっ……!!?」

「っ……波動!!」

 

 夜嵐は怪訝な顔を浮かべ、辛うじて動く眼球で轟を見上げた。

 だが、自分たちがギャングオルカの超音波の標的にされていると認識した轟が、敵たちの頭上を疾走する熾念の名を叫ぶ。

 

「OK! METEO SMASH!!」

「ムッ!」

 

 ふとしてギャングオルカたちにかかる巨大な影。

 無視することはできないと直感が叫び、咄嗟に空を見上げれば、瓦礫を念動力で押し固め、それを今まさに地上目掛けて放つ熾念の姿が目に入った。

 流石にあれだけの質量の直撃を受ければ、異形型の自分とて無傷では済まない。対処すべき優先事項を更新し、超音波の狙いを流星の如き瓦礫の塊へ向ける。

 次の瞬間、耳を劈く音が鳴り響き、あと数メートルという所まで迫っていた瓦礫の塊が、元の瓦礫以上にバラバラとなり、地上に降り注ぐ。

 

 一難去ってまた一難。

 

 今度は、破壊した細かい瓦礫が散弾銃のように襲い掛かるという事態に見舞われるギャングオルカたち。

 威力自体は大したものではないが、それでも視界を潰すには充分過ぎる攻撃だ。

 降り注ぐ破片を片腕で防ぐギャングオルカは、腕の影でほくそ笑む。

 

「フフっ……!」

 

 青空を翻る熾念を見上げるギャングオルカは、早速熾念の迎撃へと入る。彼のサイドキックであるモブ敵も一緒に、掃射でシャチのシャチョーの援護だ。

 

 その光景を前に夜嵐を回収した轟は、適当な場所に彼を置き、気休めに程度に氷で防御壁を作り、それから応援へ向かおうとする。

 だが、彼の歩みを止める声が地面から聞こえてきた。

 

「待ッ……!!」

「……今は口喧嘩してる場合じゃねえ。ダチがピンチなんだ」

 

 声をかけてきたのは他でもない、夜嵐だ。

 依然として体の自由を奪われている彼は、戦線への復帰は絶望的―――つまり、戦力にならないと言っても過言ではない。

 そんな夜嵐の呼び止めに、またエンデヴァー繋がりで突っかかれたのならば堪ったものではないと、轟は振り返ることのないまま、ギャングオルカたちと戦っている熾念へ目を遣る。

 

「何……俺を、救けっ……!!」

 

 しかし、夜嵐もまだ食い下がる。

 あれだけ嫌悪を見せて、私情100%で突っかかったというのに、わざわざ自分を救けた理由が、この時の頭に血が上っていた夜嵐には理解し難かった。

 

 途切れ途切れの言葉での質問。轟が律儀に答える必要性は一切ない。

 だが、弱弱しい風に頬を撫でられた彼は、数度口をモゴモゴ動かし、結局上手い言葉を見つけられぬまま、夜嵐へ顔を向けた。

 

「―――……」

 

 無言。

 だが、真っすぐに自分を見つめる瞳に、夜嵐の沸騰していた思考は一瞬にして冷めていく。

 

 憐れみ、哀れみ、尚且つ同情するような視線だった。地に伏せる夜嵐が目にできたのは、辛うじて轟の右半身だけだったが、彼の右目に以前垣間見たような憎悪は宿っておらず、寧ろ今にも泣き出しそうな悲しさが映っていた。

 靡く白銀の髪の合間から覗く、深い黒色の瞳に映し出されたのは、ただただ怒りしか伝わってこない―――夜嵐の姿。

 

 目は口程に物を言う。この時ほど、それを感じる瞬間は夜嵐の今までの人生にはなかった。

 

「っ……!」

 

 轟の瞳に映っていた自分に彼は愕然とする。

 まさに、瞳の中に映る彼は、人生の中で唯一というほど嫌いなモノであった男とほとんど重なっていたのだから。

 余りのショックに、自身を喪失したかのような脱力感に苛まれ、地に項垂れる。

 

 そんな男の様子を見た轟は、早速熾念の援護へ向かう。

 少し時間を取られてしまったのは痛手だ。何せ、熾念の念動力による飛行は、途中で必ずインターバルを入れることによる自由落下が付きまとう。そこが宙に佇む彼の弱点であり、裏を返せば敵にとって最大の好機なのだ。

 ここに来るより前は轟の援護もあり、そのインターバルに敵の攻撃を向かわせぬことが叶っていたが、轟が戦線から外れた数十秒は、彼は一人で戦ってしまっていた。

 

―――もしかすると……

 

 その悪い予感は的中する。

 

「ぐぅっ……!!?」

「速さはまあまあだが、宙に留まり続けるの一辺倒は単調過ぎたな。だから狩られる」

 

 再び脳が締め付けられるような高音が鳴り響いたかと思えば、熾念が緑色の光を散らし、地面へ向かって墜落しているのが轟の目に入った。

 見る限り、危惧したインターバルの最中を狙われ、ギャングオルカの超音波を受けたのだろう。流石は№10。少しの隙も見逃さず、獲物を刈り取った。

 

「波動ッ!」

「他人の心配をしている場合か?」

「っ……!」

 

 墜落する熾念を救けたいのは山々であるが、間に自分を狙うギャングオルカを挟んでいる為、その思いは叶いそうにない。

 歯がゆさやもどかしさを覚えながら、ここでやられてはイケないと大氷壁を繰り出し、寸前で超音波を防ぐ。あの超音波を防ぐ為に、薄っぺらい氷一枚程度では足りない。厚い……それこそ氷河のように巨大な氷を繰り出さねば、あっという間に氷を破砕されるのは目に見えている。

 

 移動系の“個性”に比べ―――否、移動系の“個性”も含め、音速で迫ってくる不可視の攻撃を回避することは至難の業だ。

 

(ここで喰いとめるしかねえっ……!)

 

 キン! と高音が響く度、氷壁に亀裂が入る音と震動が轟の身体を震わせる。

 

(まだだ……まだ耐えろ!)

 

 次第に音は近づいてくる。

 連続での氷結に、右半身には霜が降り始める。左で体温調整を試みたいものの、ギャングオルカの連続攻撃がそれを許してくれないのだ。

 少しでも隙を見せようものならば……狩られる。

 

(もう少し……もう少しだ!)

 

 コスチュームに備え付けのヒーターもフル稼働の中、轟は一縷の望みにかけ、必死に耐え続ける。

 

(ヒーロー殺しン時もそうだったろ……なあ!?)

 

 震える体を奮い立たせるべく吼えた。

 

「―――熾きろ、波動!!!」

 

 

 

 

 

 刹那、シアン色の炎が、空へ溶け込むように立ち上る。

 

 

 

 

 

 ☮

 

 

 

『―――物凄く集中できる方法かい?』

 

 キョトンとした顔で、痩せこけ過ぎて眼孔の陰になる瞳をパチクリとするオールマイトに、熾念はブンブンと高速ヘッドバンキングで頷く。

 熾念は、雄英での圧縮訓練の際に、出来るだけ簡単にゾーンへ入れる方法がないものかと、療養中でありながらも直々に生徒を見て回ってくれていたオールマイトへ教えを請ったのだ。

 

『Yes! やっぱり、№1ヒーローだったら戦う時に、『これをやってれば、今回も最高に頑張れるぞ!』っていう気持ちになれる方法があるんじゃないかってっ!』

『ハハッ、“元”№1だよ。まあそれは兎も角として、う~ん……簡単なようで難しい話だね……』

『そこを何とかっ……こう、絞り出すような感じで! イメージとかでも大丈夫です!』

 

 手を合わせて懇願する熾念に、暫し熟考に浸るオールマイト。

 一分ほど経った頃だろうか。考えがまとまったオールマイトは、拳を握って熾念の胸元をコツンと叩く。

 

『だったら、原点を思い出すんだ』

『原点……ですか?』

『ああ。君が何の為に拳を握って戦っているのか……不変の誓いと言い換えてもいい。それを思い出す。これが人を救ける要所要所で、時に限界を超える力を君にもたらす』

 

 一瞬、林間合宿の場面が脳裏を過る。

 今となっては、うまく言葉で説明することが難しい精神の猛り。雨曝しとなり、弱弱しく灯っていた義憤の炎は、『ヒーローとは何たるか?』を思い出し、風前の灯火ほどであった大きさが、天に蠢く雲の群れを晴らすほどに苛烈になった。

 

―――原点

 

 種火がなければ炎が灯らぬように、原点がなければ“道”を逸れて進んでしまうことだろう。

 

『時折振り返ってみるといいよ。今の君は、過去の君があってこそ。要するに、初心忘るべからず、だ!!』

『……I see! All right、そうと決まったら―――』

 

 原点。波動熾念として……そして、ヒーロー『Peace Maker』としての始まりだ。

 考えれば、答えは案外簡単に出てくるものである。

 

『俺の原点……!』

 

 去り行くオールマイトの背中を眺め、拳を握る熾念。

 昔より大分小さくなってしまった背中ではあるが、それでも彼から分けられた熱は―――火は、胸の内で燃え盛っている。

 

―――誰かの願いを背負えるヒーローに

 

 ならば輝いてみせよう。

 

 有象無象ながらも、誰かの願いを承る流れ星のように。

 

 ならば、負けたとて立ち上がってみせよう。

 

 絶望を照らしあげる、超新星の如き輝きを纏って。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 迫る地面。体が痺れて動かぬ中、スローモーションのように錯覚した視界の中、熾念の心は波紋一つ立たぬ水面のように落ち着いていた。

 

 ここで呼吸を一拍。

 スゥッと息を吸えば、体の内で燻っていた炎が、体内に含まれた空気を取り込んで燃え盛るような感覚が、熾念の身体を迸る。

 

 

 

 

 

「―――SUPER NOVA MODE(スーパーノヴァモード)

 

 

 

 

 

 刹那、熾念の身体の各所からシアン色の炎が噴き上がり、彼の身を包み込み始める。

 すると、投げ出されていた四肢が外部からの“力”によって動き出し、生命の滾りを見せつけるかのように、熾念は宙で数度前転して態勢を整え、ダイナミックな着地をしてみせた。

 地に足が着くと同時に、炎の波紋が地面の凸凹に沿って爬行する。

 その異変に気が付いたギャングオルカたちは、すかさず振り返り、しっかりと二本足で大地を踏みしめている男の姿を目に捉えた。

 

 まさか、超音波を喰らっても尚、あそこまで堂々とした佇まいをされるとは思っていなかった―――そう言わんばかりのギャングオルカの瞳には、驚愕と同時に歓喜が宿っている。

 

「どういう絡繰りから分からんが―――」

Hahhaa(ハッハァ)!」

「!?」

「最っ高にアガってる俺の攻撃、喰らってみなっ!!」

 

 再び敵の集中砲火に合う。そんな時、念動力の性質も併せ持った炎が、宙をのたうち回るようにギャングオルカたちへ襲い掛かっていった。

 見た目は、色を除けば轟が繰り出す炎とほとんど同じ。

 この程度であれば超音波でどうとでもなる。油断はしない。軽視もしない。ただ、万全の警戒を以て迫りくる炎に対し、ガラスが割れるかのような音を放ち、炎をバラバラにして無力化させる。

 

「ムッ!」

 

 しかし、炎を打ち砕いたのはよかったものの、拡散した炎は生き物のように宙で蠢き、再び収束し、あろうことかギャングオルカの背後にそびえ立っていた氷壁へ向かっていた。

 次の瞬間、水が熱せられて蒸発するような音と爆発音、更には氷の破砕音に加え、熱さを持った熱風がギャングオルカたちの居る場所を駆け巡る。

 

(まさか……これを狙っての炎か?)

 

 本日二度目の熱膨張による爆発に、後方で砕け散る氷壁へ目を向ければ、既に準備万端と言いたげに笑みを浮かべる轟が左腕を構えていた。

 遠くで笑って立つ熾念を見つめる瞳からは、『やはり』といった感情が窺える。

 

 同時に、熾念もまた炎を放つ準備が完了している轟に、歓喜の混じった声を上げた。

 

「焦凍!! Are you ready!?」

「ああ!!」

「よーし……Take this!! 俺と焦凍の、激熱なMortal(必殺技)!! 火傷注意さっ!!!」

 

 熾念が余った手で、キレのいいフィンガースナップを響かせる。

 すると、ギャングオルカたちを挟み込む位置取りの二人は、肌を焦がさんばかりの熱を持った炎を撃ち放った。

 

 

 

 PROMINENCE SMASH!!!

 

 

 

 標的は他でもない、ギャングオルカだ。雑兵程度は、余波の火の粉や熱風で十分牽制できる。それだけの熱量を持った炎が、ギャングオルカを閉じ込めるように両サイドから、捩じれるように混ざり合っていき、鮮やかな赤と青のコントラストをなす炎の竜巻が生まれた。

 

 ただの炎では、ここまで段取りよく渦など出来ようハズがない。しかし、炎そのものを意のままに動かせれば―――念によって動く炎でのアシストがあれば、イメージさえ出来ていればファイアトルネードを起こすことなど、熾念には造作もないことであった。

 そう、ゾーンに―――『SUPER NOVA MODE』になった熾念であればこその業だ。

 

「おい! 見ろ!」

「シャチョーが炎の渦で閉じ込められた!!」

「シャチっぽいシャチョーは、乾燥に滅法弱い!!」

 

 チームの首領の危機に、動揺と焦燥が奔った。

 “個性”が『シャチ』であるギャングオルカは、陸上でもシャチのようなことが出来る一方で、海洋生物らしく乾燥には人より弱いという弱点がある。

 その弱点を的確に突く、熾烈な業火による熱風牢獄。喰らった者が並みの敵であれば、すぐに諦め、泣いて許しを乞う―――それほどまでに洗練された猛攻は、例え相手が№10であっても容易な脱出を叶えさせなかった。

 

「どっちでもいい! 炎を止め―――」

「SMAAASSSH!」

「『ライオンハート』ォ!!」

「ぐおェ!!」

 

 ギャングオルカの加勢に向かおうとする敵たちであったが、彼らを一蹴する受験者が二人。

 

「轟くん、波動くん! 加勢に来たよ!!」

「オォラァ!! ぶっ飛ばされてェ奴からかかってこい!!」

 

 身軽な足技で敵を蹴り飛ばす緑谷と、豪快な掌打で敵を吹き飛ばすシシドが、この上ないタイミングで二人の加勢に赴いて来てくれた。

 

「おまえらっ……!」

「怪我人の避難は大体済んだから、他の皆もすぐに来る!! だから、二人はオルカをっ!!」

「っ……あぁ!」

 

 仮免試験もいよいよ大詰めを迎えようとしている。そこで敵の首領を食い止めるという大役を任され、轟は柄にもなく不敵な笑みを浮かべた。

 チラリと緑谷たちが来た方を一瞥すれば、尾白や常闇、芦戸を始めとしたクラスメイトに加え、他の受験者たちの姿も窺える。

 

 確実に流れは自分たちの方へ向いて来ている!

 

 そんな希望的観測が見えた、その時であった。

 

「炎による炎熱地獄。良いアイデアだ……ただ、それでも突破された場合は? 撃った時には既に……次の手を講じておくべきだ」

「なにっ……!?」

 

 意味深な発言ととれるギャングオルカの言葉。

 『まさか』と轟が目を見開いた瞬間、聞き慣れた嫌悪感を催す高音が鳴り響き、赤青の炎の渦が弾け飛ぶ。

 炎を破られれば、それに伴い中の様子も窺えるようになる。

 

「で? 次は?」

 

 居たのは、まさに異形。白いアイパッチ部分が開き、肉々しい色の奥に埋もれている小さく鋭い眼球が、順々に受験者を見渡す。自然界であれば獲物を仕留め、肉を貪るためにある牙も剥き出しにされており、人によっては恐怖で硬直してしまいそうな様相だ。

 

「ちィッ……!!」

「まずは轟。お前からだ」

 

 超音波を受けても尚動ける熾念から狙いを変え、今度は轟を重点的に狙う動きを見せるギャングオルカは、スッと身構えて轟へ肉迫していく。

 二メートルを超える巨体とは思えぬ俊敏な身のこなしだ。

 

「雄英の1年っ! 次撃つ準備してろ!!」

「ナニ?」

 

 しかし、彼の行く手を阻むかの如く、途端に大地が大きく抉れ、只でさえ凸凹であった地面に亀裂が奔っていく。

 不意を突く攻撃を繰り出したのは、最初にギャングオルカの攻撃を受けてダウンしていた真堂であった。

 

(まだ動けるような時間ではないハズだが……“個性”の関係か?)

 

 真堂は夜嵐や熾念と違い、至近距離での超音波を受けた。

 それにも拘わらず、ギャングオルカが予想していた時間よりも早めに復帰し戦線に戻ったのには何か理由がある。

 

 そう推測したギャングオルカであったが、実際その通りであり、震動に対して耐性がある『揺らす』という“個性”柄、末端は痺れつつも行動が可能になる程度には回復していたのだ。

 

 他校の先輩が作った一瞬の隙―――すかさず二人は二撃目の発射態勢に入る。

 

(ちくしょう……)

 

 受験者たちが全力を尽くして敵と戦っている間、地に伏せている夜嵐は、歯が砕けんばかりに歯を食い縛っていた。

 

(嫌だったモノに、自分がなっていたよ!!)

 

 漸く気が付けた己の過ち。悔やんでも悔やみきれぬ後悔が、何もできていない夜嵐に襲い掛かる。

 人の振り見て我が振り直せとは言ったものだ。あの時、どこか哀れんだような目を轟が向けていた理由は、夜嵐がかつての自分に重なったからである。

 

 直接的な言葉はなかった。だが、やっと相手が瞳を向けてくれたことで、そのことに気が付けたのだ。

 

 そう、轟は向けてくれた……それにも拘わらず自分は―――。

 

(俺にも何か……何かっ!! 何か出来るコトを!! ヒーローになりたいならっ!! 熱い男になりたいならっっ!!! ほんのちょっとでも救けなきゃ―――!!!!)

 

 辛うじて少しだけ制御できる風を、ギャングオルカの足元へ向けて吹かせる。

 償いができないものかと夜嵐が行動を起こした横で、時を同じくして轟と熾念もまた、再び炎を放ち、ギャングオルカを閉じ込めようと試みた。

 

 片や、地獄の炎の名を冠す“個性”から受け継がれた炎。

 片や、澄み渡る青空のように神秘的な、念によって自由自在に動く炎。

 

 混じり合う二つの炎は、後者の働きによって渦巻き始めていくが、今度は少し違った。下から突き抜けるような暴風が、捩じれながら雲を焦がさんと立ち上る炎に竜巻に一層勢いを加えたではないか。

 

 するとどうだろうか。

 

 螺旋を描いて二色の炎は完全に融け合い、見事なまでに透き通る青色となった炎が、円錐状になってギャングオルカの漆黒の体を渦の中心に閉じ込めた。

 最初の一撃よりも苛烈はないように見えるが、それは大きな間違い。

 炎の色温度では、赤よりも青の方が高温であるのだ。それに加え、炎の青さは周囲から取り込む酸素を完全燃焼させている証。

 

 つまり、今ギャングオルカを閉じ込める熱風牢獄―――青き火災旋風は、轟と熾念だけで繰り出した一撃よりも一層熱く、一層苛烈に、一層熾烈に、一層美しく天へ向けて立ち上っている。

 

 

 

 BLUE WHIRL!!!

 

 

 

「ム、ォォオッ―――……!!」

 

 余りの熱さに、流石のギャングオルカも苦しそうな声を上げ、普段から持ち歩いているペットボトルの蓋を開け、もったいぶることなく自身へ振りかけた。

 しかし、折角水で潤った皮膚も、依然として空高く伸びている炎の渦により乾いていく。

 

「オオオッ!!!」

 

 耐えかね、すぐさま超音波で炎を弾き飛ばす。

 体裁など気にしている場合ではない、本能的に危機を感じる攻撃だった。熱さにあてられ、少しばかりフラつく体からは、白い水蒸気がモクモクと立ち上っている。それだけで、ギャングオルカが閉じ込められていた炎の渦中の熱さが分かるというものだ。

 

「おっしゃああああ!!!」

 

 弱った獲物を見つけ、雄叫びを上げながら爪を振りかざすのは、百獣の王の“個性”をその身に宿すシシドだ。

 

「必殺!! 『ライオンハー―――」

「正面からの突撃―――……。甘い!」

「ト』ォッ……!? ぐぁ!?」

 

 シシドの必殺技である両手の掌打。それを真向から受け止めたギャングオルカは、シシドが逃げられぬよう、首根っこを片手でしっかりと掴んでから、頭を突き出して超音波を放った。

 シシドは直撃をもらい、ガクリと四肢が脱力してしまう。

 だがしかし、その瞳に宿る闘志は消えない。

 

「バーカ……! 甘ェのは―――……テメぇだァ!!」

 

 理由は、シシドの背後から飛び出てきた一つの人影。

 

「獲物仕留める本命()は、そっちだァ!!!!!」

「ッ!」

 

 現れたのは緑谷だ。

 先程まで、他の敵たちと相手取っていた緑谷であるが、ズーキーパーという名のヒーローに託された情報を生かすべく、ギャングオルカが弱った絶好の機会に、ここまで迫ってきたのだ。

 

―――シャチは音波の調整の為に、頭にメロンっていう柔らかい脂肪の塊があるの。ギャングオルカはシャチの異形型……なら、弱点は恐らくそこ! 頭だよッ!

 

 超実力派のヒーロー・ギャングオルカ。鍛え上げられた肉体は、鍛えて一年ちょっとの高校生程度では決定的な一撃を与えることはできない。

 しかし、いくら鍛えたとしても柔らかいままのメロンであれば。

 

 

 

―――脳天一撃!

 

 

 

「『MANCHESTER SMASH(マンチェスタースマッシュ)』!!!」

「む゛ぅッ!!!」

 

 落雷の如き鋭さで繰り出されるは、踵落としだ。

 シシドを片手で押さえていた為、余っていた方の腕だけで緑谷の蹴撃を受け止めることになったギャングオルカであったが、10%まで出力を引き上げている緑谷の一撃を止めきることはできず、受け止めた手を突き抜けた衝撃が頭部のメロンへ奔る。

 シシドを放し、そのまま後方へ数メートルほど後退るギャングオルカ。

 ヨタヨタと足取りをフラつかせた後は、暫し微動だにせず、時が止まったかのような固まり具合で頭部を手で覆った。

 

「―――今のは……」

 

 ヌラり、とギャングオルカは、空を見上げていた顔を元に戻す。

 『今のは』なんだ? そう言わんばかりの視線が、ギャングオルカを貫く。今や今やと次の言葉を待ちかねる受験者。

 そして―――、

 

『えー、只今を持ちまして配置された全てのHUCが危険区域より救助されました』

「へあ?」

 

 口を開きかけたギャングオルカを遮るようなアナウンスに、拍子抜けした顔で緑谷は辺りを見渡す。

 

『まことに勝手ではございますが、これにて仮免試験全行程終了となります!!!』

「終わった!?」

 

 実感の湧かない終了は緑谷以外も同じなのか、まだ状況を呑み込めない者たちが、間の抜けた顔で辺りを見渡している。

 しかし、アナウンス通り仮免試験は終了だ。

 泣いても笑っても、たった今終わった二次試験の結果で合否が決まる。そのことも併せ、どこか現実味を帯びない現状に、なんとも言えない気分になってしまう。

 

―――()()効いたな

 

「ん?」

 

 ふとした呟きが緑谷の耳に入る。

 

「……気のせいかな?」

 

 キョロキョロと辺りを見渡すも、かすかに聞こえただけの声であったため、言葉を発した当人を探すには至らない。

 その為、ただ激戦の後の幻聴だと自分に言い聞かせ、頬をパンパンと叩き、近くでヘナヘナしているクラスメイトの下へ向かっていく。

 

 結局、№10が向けてくれた称賛だったということには気が付かず……。

 




オマケ(これまでに出てきた技のまとめ②)

波動熾念
BIG BANG SMASH(ビッグバンスマッシュ)
発火能力を一点に最大解放することで起こす大爆発。ある程度堪った時点でも使えるが、その時の威力はさほどない。ただし、最大まで溜まった場合の威力はまさに『必殺』というに相応しい威力。
『BIG BANG』は『ビッグバン』の意。

SUPER NOVA MODE(スーパーノヴァモード)
熾念がゾーンに入ったら起こる『念動力』と『発火能力』が完全にシンクロした状態。この時、極限に高まった集中によって念動力を発動する際のタイムラグがほぼゼロになり、恐ろしいほどの反応の速さを見せつけることができるようになる。
炎がシアン色なのは、念動力の緑色と発火能力の青色が混ざり合ったから。
因みに、命名には八百万も協力してくれた。
『SUPER NOVA』は『超新星』の意。

PROMINENCE SMASH(プロミネンススマッシュ)
手の平から発火能力による炎を放出するという、至ってシンプルな技。轟の炎熱による攻撃を参考にした技。念動力によって多少操作できる為、普通ならばあり得ない軌道で攻撃することも可。
『PROMINENCE』は『紅炎』の意。

緑谷出久
ARIZONA FLAGSTAFF SMASH(アリゾナフラッグスタッフスマッシュ)
『ARIZONA SMASH』よりも高い場所から、『BIG BANG SMASH』レベルの発火能力によるバフを受けた拳を突き出す技。軽く殺人級の威力はある。
技名の由来は『アリゾナ州のフラッグスタッフ』。何故、フラッグスタッフを選んだかと言えば、その土地には隕石が落ちて出来たと言われる『バリンジャー・クレーター』と呼ばれる巨大クレーターがあり、アメリカの州や都市を技名にする緑谷と、天体関係の単語を技名にする熾念との合体技にマッチングしていたから。

熾念×轟×夜嵐
BLUE WHIRL(ブルーワール)
熾念の念と炎、轟の炎、夜嵐の風によって完成する最大威力の炎の竜巻。『BLUE WHIRL』は『青い渦』の意。因みに、ブルーワールは火災旋風の一種こと。

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