「ほぼ防ぐ上に、一人通過かァ―――」
「ちょっと実力を見誤ってたかな」
傑物学園高校の生徒の一人である間壁漆喰が、早々に通過者が出た事実を前に、冷や汗を頬に流す。それは真堂も同じであり、強がった笑みを浮かべてはいるものの、テレビ画面を通して知っていた“過去”の1年A組との実力のはく離に、内心驚愕していた。
「特に2位の子。やっぱり厄介な“個性”だね」
「けどまァ……見えてきた」
全方位から投げつけられたボールを全て受け止めた熾念へ、警戒の目を向ける。
だが、対抗策はあると言わんばかりに、手持ちのボール四つをこねくり回す間壁。すると、綺麗な球体であったボールが次第に角張り、見るからに固く変質した。
『硬質化』―――両手で擦ったりこねた物体を、コンクリ以上の硬度へ固めることができる。
「任せた」
「任された。これうっかり僕から一抜けすることになるかもだけど、そこは敵が減るってことで、大目に見てもらえるとありがたいかな」
徐に間壁がボールを手渡したのは、同じ傑物の生徒の一人。
黒いマフラーを靡かせる男子は、携えたボールをそのまま勢いよく地面に投げつける。
ボールは地面に弾かれることなく、硬い地中を抉るように潜っていった。絶え間なく響く地鳴りと伝わる震動が、緑谷たちに自分らの下へボールが迫っていると理解させることに、そう時間はかからなかった。
「ボールが地中に!!」
「皆下がって! ウチやる!」
熾念の“個性”の弱点を知ってか否かの攻撃であったが、ここで前に出てくるのは耳郎だ。
コスチュームに備えられたマイク型の手甲に“個性”でジャックし、屈んで手甲を地に付ける。
マイクから放たれる大音量の鼓動が、大地を大きく砕き抉る。
他の受験者の足場さえも崩すほどの威力。元々備わっていたブーツの装備とは、『対象と接する』というプロセスを踏まなければならないものの、一撃の威力は格段に上がっているようだ。
「オイラに来てるう!!」
抉れた地面から飛び出てくるボールは、峰田へ一直線だ。狙われていることに気が付いた彼は焦燥の声を上げ、左手に携えるもぎもぎ付きのムチで何とかしようと身構える。
だが、それよりも早く芦戸が峰田の前へ繰り出した。
「粘度、溶解度MAX!」
アシッドベール!!
峰田を守る盾のように腕から溢れ出る酸が、四つのボールを、原型を留めないほどに溶かす。
「助かった! イイ技だな!」
「ドロッドロにして壁張る防御ワザだよ――」
「隙が生じた、
耳郎と芦戸のお陰で、攻勢に転じかけていた相手が隙を見せたのを見逃さず、常闇が“個性”を身に纏う。
黒影を纏うことで、弱点であったフィジカル・近接をカバーする必殺技『深淵闇躯』。
常闇は、黒影持ち前の俊敏さに後押しされた動きで、ボールを持った掌を前方へ突き出す。
すると、纏っていた黒影が常闇の動きに合わせ、ボールを掌で押し出す形で受験者のターゲットに当てるべく、漆黒の腕が滲み出すように飛び出ていった。
「喰らってたま……ウォ!?」
迫る爪を前に回避しようとする受験者であったが、不意に体が動かなくなるという不可思議な現象に見舞われ、『う、動かねェ!!』とその場で喚くことだけしか出来なくなる。
さらには、手に携えていたボールがひとりでに動き出し、そのまま吸い込まれるようにターゲット二つに命中し、発光し始めた。
「
「助太刀感謝する、波動!」
「ぐぉ!!?」
援護も入り、見事に受験者の残り一つのターゲットをボールで穿ち、一人脱落させる常闇は、サムズアップする熾念へフッと笑いかける。
「さて、踏陰! 黒影! Are you ready!?」
「いつでもいいぞ!」
「ドンと来イ!!」
「OK!! いくぜっ、協力必殺技!!」
『協力必殺技』と声高々に叫ぶ熾念は、依然として執拗に雄英を狙う受験者の一人を念動力で持ち上げ、常闇の頭上へ運ぶ。
その間、常闇は自前のボールの他にも、地に転がるボールを黒影の腕で搔き集め、準備が終わると同時にジタバタと暴れる獲物を睨んだ。
狙いを定めれば、標的一人に対して十分すぎるほどのボールを携えた影の腕を向かわせ、両側から体を圧し潰すかのように、ガッチリと手を組みかわす。
念動力により逃れられない相手を、『
その名も―――
「「
逃れられぬ闇の一撃を終えると同時に、常闇のターゲット三つが、通過を知らせるべく鮮やかに光り始める。
一方、脱落した受験者はと言うと、一応手加減した一撃ではあるものの、色々とショックであったのか、涙を流しながら気絶していた。念動力による金縛り状態、尚且つ得体のしれない黒い物体に襲われ、訳も分からぬまま脱落したとなれば、確かにショックを受けても仕方がないが、これも試験だ。
強い者が勝ち抜き、弱い物は脱落するか、勝ち抜けぬまま不合格となるか……仮免試験はそういうものである。
「闇に抱かれて眠れ……」
同情せぬまま去る常闇は、またもやフッと鼻で笑い、友人たちが奮闘する戦場を後にしていく。
「Toot♪ Great!! この調子でどんどん行こうぜ!」
『お、またもや通過者が現れました。現在二名です。この調子でバンバン出て終わって!』
本心を隠さない目良のアナウンスは兎も角、蛙吹に続き二人目の通過者を出した雄英の士気は、上がりに上がっている。通過者が出る度に戦力は減っているが、それを余りある連携で補う。まさに彼らは“群”のヒーローとして、敵と相まみえているのだ。
「波動くんの“個性”……やっぱり、条件がマッチしてればトコトン強い!!」
「そう褒めてくれるなよっ、照れるじゃんか!」
「事実を言ってるまでだよっ。体育祭の時もそうだったけど、心強い……!」
「HAHA、だったら期待に添えるようバリバリ頑張るさっ!!」
乱戦の最中、友人であり戦友である緑谷と熾念は、笑みを浮かべながら言葉を交わしていた。
脳内でリフレインするのは、様々なドラマが繰り広げられた体育祭。共に戦った騎馬戦然り、友人として声援を送ったトーナメント然り、熾念の“個性”は条件さえ合えば無類の強さを誇る。
今回の仮免試験であるボール当ては、動き回る相手のターゲットにボールを当てるという至って単純なルールであるが、ルールほど現実は簡単なものではない。
“的当て”のように考えてしまえば、どういった性質の“個性”か分からぬ相手へ、特に守られている的を狙わなければならないという、極めて困難な試験内容となってしまう。
しかし、相手の身動きをとれなくすれば話は早い。
動けぬ相手のターゲットにボールを当てることなど、赤子の手をひねるほど容易いというものだ。
すると今度は、どうやって身動きをとれなくするかという問題が浮上する。
だが、幸運にも―――敵対する者にとっては不幸にも、A組には試験開始直後からその業を為せる“個性”を有す男が居た。
「さあっ、次は誰が来るんだっ!?」
多数に囲まれる状況を存分に楽しんで見せている熾念の言動に、周囲の者達はジリジリと後退の気を見せ始める。
(バイザーの機能は異常なし、っと。こりゃ、思った以上に使えるな!)
弱腰になっている相手を、新調したバイザー越しに眺める熾念は、バイザーの裏側に映っているスクリーンにも目を遣る。
そこには、普通であれば死角である自身の背後の光景が、リアルタイムで映しだされていた。
これこそ、熾念が仮免試験へ向けて改良したコスチュームの新装備であり、彼の“個性”を十二分に発揮するべく開発された、雄英サポート科・発目明自信の作品だ。
因みに、実際に発目にバイザーを勧められた際の会話が、以下である。
『あなたの“個性”は、自身の目に見えていないと効果が半減とおっしゃいましたね!? 逆に言えば、見えていれば“個性”は十分に発揮できる! そこで、普通であれば見えない背後も見えちゃう私のベイビーの出番です!』
『Wow、後ろか! そこは盲点だったな……』
『このバイザーの端っこのミニスクリーン! ここには、あなたのコスチュームの首、腰に備えられたカメラから、リアルタイムで映像が流れるような機能が組み込まれてます! これで死角は大分減るハズ! どうです、私のベイビーは!?』
『最高にCuteだなっ♪』
『そうでしょうそうでしょう! もっと私のベイビーがイイ物であることを宣伝しちゃってください!!』
……という感じだ。
普通の人間には前を見ながら真後ろを確認する術を持っていない。それこそ、片手に手鏡でも持って戦わなければ、前後同時確認など不可能だ。
しかし、小さいながらも背後の状況をスクリーンで確認できるこのバイザーであれば、前を見ていても、逐一背後を窺うことが可能である。これだけで熾念の念動力の射程は広がったと言えよう。
早い話、全方位から襲い掛かられても、今なら同時に全て“個性”で受け止められるということだ。
それが、現在進行形で臨んでいる仮免試験にはドンピシャの機能であったという訳である。
「体育祭で見てたA組じゃないや。成長の幅が大きいんだね。よォし……」
各個の力もさることながら、一丸となって連携を取り合う緑谷たちを警戒視する真堂が、地面に手を付ける。
「離れろ! 彼らは防御が固そうだ。割る!! 最大威力―――」
味方へ下がるよう伝えつつ、着々と狙いを定める真堂は、射線上から味方が居なくなったことを確認し、即座に“個性”を発動する。
耳郎の『ハートビートファズ』よりも強烈な震動が奔ったかと思えば、大地が裂け、隆起や陥没を繰り返す地面が固まっていた緑谷たちを無理やり引きはがす。
下手すれば死人が出てもおかしくない規模の大地震だ。
「Damn! 危ないな、ったく!」
「むちゃくちゃするなァ―――!!」
「ぐっ!!」
「デクくん!」
強引な分断になす術なく味方と離されてしまう緑谷たち。
熾念も、視界からクラスメイトたちが居なくなっていくことを確かめながら、倒れかかってくる岩を“個性”で押さえ、一気に宙へ飛翔する。
見下ろせば、元々乱戦であった場が、フィールドを砕かれたことで混沌としているのが目に入った。
元々標的に定められている雄英生が、この分断によって孤立無援になってしまうのは望ましくない状況だ。
キョロキョロと眼下を眺めていれば、見たことのある白アーマーと黄色いマッチョマンが、足場の悪い中でボールを何とか避けていたのを発見した。
恐らくは飯田と障子だ。
あの足場と敵の数では、飯田の機動力を発揮することができず、障子も接近することができない。
(見つけたんなら話は早いな、っと)
ギュンと彗星のように光の尾を引き、飯田たちと他の受験者の間に降り立ち、今まさに二人を襲い掛かろうとしていたボールを“個性”で受け止めた。
「Huh! I’m here!」
「ム、波動くん!」
「オイ、雄英生が増えたぞ!!?」
「ちッ、今来たのが一番厄介だ! やれ!!」
熾念は飯田の声に『Hi!』と応えつつ、受験者の十人十色な“個性”で攻撃を、浮かべていた岩石を目に前に落とすことで即席の防御壁を作って凌いでみせた。
次第に罅が入ってしまうものの、代わりの岩ならそこら中にゴロゴロと転がっている。すぐさま別の岩も持ち上げ、次々と前方へ放り投げ、簡単な城壁を作ったところで三人はフゥッと息を吐く。
「Toot♪ 人気者って辛いなっ。流石雄英ってか?」
「まったく、君という奴は気楽だな……まあいい。ありがとう、波動くん」
「フゥ、さっきのは肝冷やしたな」
開始直後の攻撃から今の今で、ロクに呼吸を整えることもままならなかった二人は深呼吸する。
やはり、ボール当てである以上、近接攻撃を主体とする“個性”の者達は不利なのかもしれない。そのような呑気な考えを頭に過らせる熾念は、『さて』と口火を切って、今も攻撃音が響く岩の向こうを見遣った。
「次はどうする? 皆と離されちゃったけどさ」
「そのことなんだが、俺はできる限りA組の補助をしたいと考えている」
「補助?」
ふとした飯田の言葉に、声を上げた熾念のみならず、障子さえも怪訝な顔を浮かべて飯田を見る。
ヘルメット越しで直接目は見えないが、確かに彼の瞳には強い意志を感じさせる熱が宿っていた。
「ああ。俺はA組の委員長。クラスを導く“立場”だ。時間と脚の許す限りはクラスに貢献したい。兄さんならそうする。俺の行動は俺の夢の形でもあるからな」
夢の形。それを実現させる為、クラスの補助に回るという飯田に、一瞬難しい顔をした熾念であったが、次の瞬間には溌剌な笑顔を浮かべる。
「I see。だったら、俺も手伝うよ」
「本当か!?」
「ああ! 折角なら、皆で仮免取りたいしな!」
「っ……ありがとう。俺の我儘に付き合ってくれて」
「お互い様さっ。俺たち、どうやらお節介焼きみたいだな」
手を貸してくれる友人を前に、ジーンと喜びに打ち震える飯田。
しかし、状況は刻一刻と変わっていっている。
「飯田、波動。音がだんだん近づいてきている。もうすぐこの壁も壊されそうだ」
「なに? なら、早くこの場を……」
「いや、その前にやることが一つあるぜ」
「ム、やること?」
「Yeah! 二人とも、耳貸してくれ」
首を傾げる二人を手招き、ゴニョゴニョと耳打ちを始める熾念。彼が浮かべる笑顔は、悪戯っ子がこれから悪事を働こうとする時のソレだ。
そして、話を終えた三人は、同時に今にも崩れようとする壁を見上げた。
すると熾念は満面の笑みで、徐に人差し指を突き立てた右手を空に掲げる。
「さあ、今こそ壁を乗り越えろ! Plus Ultra! ってな!」
☮
「よしっ! 俺が右から行く! お前は左から回り込んでくれ! 壁が崩れると同時に包囲して一気に叩くぞ!!」
「おっしゃ!!」
先程やって来た熾念を含め、壁の向こうに居る雄英生三人を仕留めるべく結束する受験者が数人。
いくら相手が天下の雄英様だからと言って、一年以上訓練を積み重ねている自分たちが一斉にかかれば、なんとかなるハズ。
連携前提の戦略は立てた。故に、むざむざ負ける可能性は少ない。
そのようなことを考えている時だった。
「まあ、乗り越える訳じゃないんだけどさっ」
「ん? わあああ!!?」
「ひ、引き寄せられ、ごばぁ!!」
壁へ迫っていた受験者二人が、徐に浮かび上がった岩の間を、まるで熾念たちの元へ引き寄せられるようにすっ飛んでいく。
『あっ』と味方が声を上げた頃には、既に時遅し。
再び凹みに嵌まる岩の奥から短い叫び声が響くと、『通過者が出ましたー』とやる気のないアナウンスが入る。
「な、なにが……」
理解し難い事態が起こっている間にも、試験は進んでいく。
しかし、味方が吸い込まれていってしまった彼らは、茫然とせざるを得なかった。
☮
「目蔵、通過おめでとなっ!」
「ああ、ほとんどお前たちのお陰だが……」
良い笑顔を浮かべる熾念と反面、彼と飯田のお陰で通過した障子はどこか複雑そうな顔だ。
飯田の他のクラスメイトを補助したいという考えを手伝うべく、熾念が思いついたのは、二人で辺りを駆け巡り、随時自分達が手伝って通過させていくというもの。
慢心している訳ではないが、熾念にはこの試験を通過できるという自信があった。
同時に、他人を補助し、確実に通過させるという自信も兼ね備えている。
それは偏に“個性”の汎用性。相手を拘束することなど、お茶の子さいさいだったからだ。
その手始めに、さっきは自分達を狙う受験者二名を“個性”で引き寄せたところを、顎へ強烈な蹴りを入れることで気絶させ、動きを止めることに成功させた。
気絶した受験者は障子が通過するために渡し、早々に彼には通過してもらい、今に至る。
「さァて、ちゃっちゃか行こうか天哉!」
「ああ! では障子くん、また会おう!」
「二人とも。俺が言える義理ではないかもしれないが、応援しているぞ」
複製腕を振り、二人に別れを告げる障子は、ターゲットから発せられる音声に従い、控室に向かう。
その間、熾念と飯田は次なる味方の元へと移動し始めていた。
混戦の中、時折襲い掛かる受験者を念動力で軽くあしらいつつ探すこと数分。
見つけだしたのは、必死の抗戦に徹している砂藤と口田の二人であった。瓦礫を盾にしたり、もしくは瓦礫を放り投げることで、なんとか遠距離攻撃を仕掛けてくる者達を相手する砂藤。一方で口田は、空を飛び交う無数の鳩を操っているが、ボールをターゲットに当てなければならないというルール下では、特訓の成果を上手く出せずに居たようだ。
「やはり、入試のように“個性”の得手不得手が顕著に出るか」
「だなっ! という訳で助っ人参上ォ―――!!」
「あっ、ちょ、前に出過ぎだぞ波動くん! まったく……」
即座に応援へ向かう熾念に『やれやれ』と首を振る飯田は、自慢の俊足を生かし、颯爽と砂藤と口田が築き上げていた戦線に加入する。
「我が世の春が来たぁ―――、ってな!! HAHAHAHAHA!!」
「わぁ、なんだこいつ!?」
飯田が戦線加入している間にも、投げつけられるボールは全て熾念が“個性”で受け止めている。かなりのハイテンション。お前、本当に試験に合格するつもりなのかと問いたい気分になる三人であったが、彼の興奮に水を差すのも申し訳なくなった為、特に言及することもなく身構える。
「砂藤くん、口田くん! ターゲットは大丈夫か!?」
「いや、俺も口田も一か所ずつやられちまった。こんだけマークが厳しいだなんてな……」
「そうか。ならば、他の所へ……」
「合流するとしようかっ! Take this!
流石に相手の数が多い中で、砂藤と口田の二人だけを通過させることは悪手と考え、一先ず他の者達と合流に向かうべく、念動力で放り投げた瓦礫を『BIG BANG SMASH』で破砕し、目くらましによる牽制を行う。
目が焼けるような光を直視し、『ぐぅ!』と呻き声を上げ、怯む受験者たち。
彼らの目が潰れている間、四人が周囲に警戒しながら早々にその場から離れていく。真堂の必殺技で分断されて現在に至るのだが、身を隠すにはうってつけの地形に変化していることが幸いしたようだ。数十秒も走れば、既に追手の気配はなかった。
一息吐き、辺りを見渡す。どこもかしこも、激しい戦闘による轟音が巻き起こっている。
キンキンと耳の奥が唸っているような錯覚を覚え、さすがの熾念も不快感を顔に露わにした。
「Phew、まだゲームセンターの方が耳にやさしいなっ」
「うむ。障子くんを先に通過させたことは正解だったようだな。これでは彼の索敵も十分に発揮できない」
「でも、甲司ならこんな馬鹿うるさい場所でも索敵できるだろ?」
急に話を振られ、慌てふためく口田であったが、熾念の言葉の意味を理解し、コクリと顔を縦に振る。
そう、先程の攻防の際、“個性”で鳩を操ることができることは判明した。
ならば、何時ぞやのサバイバル訓練の時に行った索敵ができるということだ。そしてそれは、当時チームメイトであった熾念だからこそ気づけた事。
熾念は、級友の緊張を解きほぐすべく、普段と変わりのない笑みを浮かべ、口田の肩をポンッと叩く。
「鳩操って皆の場所探ってくれるか、甲司?」
「っ!」
「OK! じゃ、行ってみよーやってみよーってヤツさ!!」
力強く熾念の作戦に頷いた口田は、即座に声を上げ、先程散り散りになってしまった鳩を再び呼び寄せる。
そして、離れてしまったクラスメイトが居るであろう岩場ゾーンの四方八方へ、鳩を飛び立たせていく。
「よーし、飛んでけー!」
そう言い、仲間を探しに行ってくれる鳩へ激励を送る熾念。
そんな彼を背後から見つめる三人であったが、胸にピースマークを刻む彼と、平和の象徴とも呼ばれている鳩が共に並ぶ光景は、不思議と絵になっていると感じざるを得なかった。
平和の使者はまだ戦火の中。
彼が居なくなるのは、戦いが終わってから―――平和を創ってからだ。