圧縮訓練五日目。
コスチューム改良と並行して行われる必殺技の考案は、人によって進行具合はそれぞれ違っていた。
ようやくスタイルを定めた者も居れば、既に複数の技を編み出した者も居る。
そして今日もまた、前途あるヒーローの卵たちは、己の武器となる必殺技を練習していた。
己の“個性”を最大限生かせるような、悪を討つ為の切り札を。
―――刹那、一条の光線がコンクリートの壁を貫き、あまつさえ体育館の天井さえも貫く。
「……おぉ!」
歓喜の声を上げるのは、右腕を前方に翳す体勢をとっていた熾念だ。
幽玄に揺らめくシアン色の炎を身に纏いながら、開けてしまった天井の穴から差し込む日光を見る彼は、どことない清々しさを感じ取ることができる。
すると、途端に炎は風化するかの如く、視界からフェードアウトしていく。
それを機に、隣で見守っていたエクトプラズムがストップウォッチらしき物のボタンを押し、時間を計り始める。
「“個性”ガ使エルヨウニナッタナラバ教エテクレ」
「Yes, sir!」
それから待つこと一分。延々と“個性”を使おうと試みていた熾念の瞳に、緑色の光が宿り、彼の前方に転がっていたコンクリートの残骸が浮かび上がる。
“個性”の発動を確認したエクトプラズムは、すかさずストップウォッチを止め、あらかじめ計っていた時間と見比べ、納得するかのようにウンウンと頷きながら口を開く。
「アノ状態ガ続イタノガ一分ナノニ対シ、インターバルモ一分ダ」
「Hmmm、成程。そういう訳かっ」
「通常ノ時トハ、ドウヤラ勝手ガ違ウヨウダナ」
把握した事実に終始納得した様子を見せる二人。
何を納得したのかと問われれば、それは熾念のゾーン状態についてだ。『念動力』と『発火能力』―――二つの“個性”を意のままに操ることができる集中した状態だが、通常の際の『念動力』のインターバルが使用した時間の五分の一であるのに対し、ゾーン状態では使用した時間とほぼ同じ。しかも、後者はインターバルの間、一切“個性”を使うことができないときた。
(完璧にシンクロしてる強い分、代償もそれなりってことかっ)
ここでようやく、合宿の際、爆豪を救けようと試みた際に“個性”が発動できなかったことに合点がいった。
あの時、爆豪が連れ去られる寸前にゾーン状態が解けてしまい、熾念はインターバルの最中だったという訳である。
通常の際は、インターバル中でも“個性”は無理やり行使できるが、ゾーン状態はそういかない。相応の代償が身に降りかかるのだ。
「一長一短。マサニ奥ノ手ト言エル、“個性”ニヨル自身ノ強化ノ境地トイウ訳カ」
「んー……でも、そこは俺が鍛えればなんとか」
「マア、言ッテシマエバソウナノダガナ」
要するに、ゾーンの後は一定時間無個性の人間と同じ状態になってしまう訳だが、そこは自身が体を鍛えればなんとかなると前向きな熾念が、神妙な声色で語っていたエクトプラズムに応える。
結局はマッスルだ。“個性”と同じように、培う己の肉体に勝る武器はない。
「いや、それよりも! ようやくビーム撃てたぜ!! ひょぉおお!!」
「ソノ話ダガ、アノ技ハ控エタ方ガイイダロウ」
「Really!!?」
新事実ともう一つ、夢にまで見たビーム技を繰り出せたことに喜びに打ち震えていた熾念であったが、エクトプラズムにストップをかけられたことで、愕然とした声を上げる。
若干泣きそうになっている少年を前に、どことなく憐れみを覚えるエクトプラズムであったが、控えた方がいい理由はちゃんとある為、一拍呼吸を置いて言葉を紡ぐ。
「今ノ貫通力ヲ見タダロウ? 大抵ノ敵ノ体ハ貫ケテシマエルト思ウガ、言イ換レバ殺傷能力ガ高イ。対人戦ニ用イルニハ、余リニモ危険スギル」
「そ、そんなぁ……あんまりだ」
「ソンナニ落チ込ムコトハナイ。人ニ使ウノガ危険トイウダケデ、他ノ用途ハ幾ラデモアルダロウ。コレカラ『モシモ』ガアルカモシレナイ。文字通リ必殺ノ威力……イズレ、役ニ立ツ機会ガクルダロウ」
「That’s right!! よーし、テンション上がってきたー! っと、その前に……」
すぐさま立ち直る熾念が目を向けたのは、コンクリートの壁を爆撃で貫こうとしている爆豪だ。
「勝己! 参考になったぜ、Thanks!」
「今喋りかけんなや!! デクといい、つくづく俺の真似して神経逆撫でしやがって!!」
今日も平常運転激おこぷんぷんモードの爆豪の怒号に、笑顔で手を振って見せる熾念。
そう、先程放った熾念のビーム技は、爆豪の必殺技『
発火能力の炎でビームのように放とうとしても、拡散してしまい、轟が放つような形になってしまう。それではビームとは呼べない。
しかし、発火する地点の面積が小さければ小さい程、発火の勢いは速くなる。そこをなんとか念動力で光線のように押し固められないかと、今日まで熾念は思考と試行を繰り返し、とうとう『“個性”が融合しているゾーンであれば』という発想の元に、ようやく成功させることができたのだ。
文字通り、血と汗の涙の結晶とも言える大技……教師にストップをかけられてしまったが。
「って言うか、もうあの状態にも名前つけようかなっ」
「ム、ソレモソウダナ。名前ガアレバ発動スル時ニ叫ブコトガデキル。ソレニヨリ、ルーティンガデキ、己ノ意思デ発動スルコトガデキルカモシレナイ」
「HAHA、じゃあ何にしよっかなぁ~♪」
熾念は、恍惚とした表情で、ゾーン状態にも名前を付けようと思案を始める。
日本の古典的なフィクションのヒーローは、変身する際によく叫ぶ。仮面ライダーなどがいい例だろう。
そんな昔懐かしいヒーローのように、技名を叫んでモードチェンジできれば、子供が憧れるヒーローになること間違いなしだ。
無論、理由はそれだけではなくルーティンを作るというものもある。スポーツ選手などの多くは、ルーティン―――つまり、望ましい動作をするために行う習慣や行動をすることで、自身の最高のパフォーマンスができるよう試みているのだ。
熾念の場合は、技名を叫ぶというルーティンを経ることで、意図的にゾーンに入れないかと試みようとしている訳である。
(う~ん、モードチェンジなら『SMASH』はおかしいか。だったら最後は『MODE』にして……あ、折角なら『SUPER』とかもつけてみたいな♪)
童心に返る熾念の妄想が止まることはない。
しかし、ふと響いてきたBOOTHON! という爆撃音に続く、瓦礫が落ちる音、そして『危ない!』と叫ぶ声にハッとし、下の方へ目を向ける。
そこには、爆豪が破砕した瓦礫の破片が、いつのまにかやって来ていたオールマイトの頭上へ落下するという光景が広がっていた。
すかさず“個性”で瓦礫を浮かそうと試みるも、オールマイトに近づく緑色の影に気づき、翳した腕をスッと下す。
次の瞬間、瓦礫は脚を振りかざした緑谷の蹴りによる砕かれ、バラバラに砕け散る。
「Toot♪ Awesome!」
たった一撃で巨大な瓦礫を粉砕する威力に、口笛を吹いてClapと拍手を送った。
今回の圧縮訓練においてコスチュームを改良したらしい緑谷の脚には、頑強そうなイメージを与える黒のソールが履かれている。
熾念も世話になっている発目考案のソールとあって、生身で繰り出すよりも威力は高まっているようだ。
級友の成長した姿に奮い立つ熾念は、自分も負けてはいられないと、残る時間も精を出していこうと身構える。
だが、
「そこまでだA組!!! 今日は午後から我々がTDLを使わせてもらう予定だ!」
広いTDLいっぱいに響く声。それはB組担任の熱血教師・ブラドキングのものであった。
B組の生徒たちも、ゾロゾロと後に続いてやって来る。
前期は合同授業の機会がなかった為、こうして他クラスのヒーローコスチュームを目にするのは初めてかもしれない。
好奇心に駆られ少しだけ身を乗り出せば、上鳴と高笑いする物間について話していた拳藤と目があった為、ヒラヒラと軽く手を振る。
すると拳藤もまた、二、三度手を振り返してくれた。
人前だが、さすがに無視するのが忍びないと考えたゆえの行動だろう。
だが、熾念がB組へ向け、良い笑顔で手を振ったのを上鳴が見逃すことはなかった。
「おおい、波動!! 良い仲に発展した後、男女がコッソリ交わす挨拶のヤツをやってんじゃねーよ!! B組なのか!!? B組なんだな!!?」
「No comment!」
「野郎おおお!!!」
モテたい男の悲痛な叫びが轟く中、交際関係について既知の女子組は、恍惚とした顔を浮かべている。
訓練で疲れた体にも、キュンキュンは疲労回復に役立つ。最早、万能薬といっても過言ではない。
閑話休題。
話は仮免試験について変わる。
相澤とブラドキング曰く、ヒーロー資格試験は毎年6月・9月に全国三か所で一律に行われ、尚且つ同校生徒でのつぶし合いを避ける為、時期や場所をわけて受験させることがセオリーとなっているらしい。
更に、1年生の段階で仮免を取るのは全国でも少数派らしく、自ずと自分たちよりも訓練期間が長く、未知の“個性”を有し洗練してきた者が集う。苦戦は必至という訳だ。
「試験内容は不明だが、明確な逆境であることは間違いない。意識しすぎるのも良くないが、忘れないようにな」
相澤の言葉に、自然と生徒たちの気が引き締まる。
例え、どれだけ強力な“個性”であっても、相手の技量次第で突破されてしまうことは身に染みて分かっている面々だ。
油断も慢心も手加減も許されない。偏に、人命を救けるヒーローになるため……。
☮
訓練の日々は流れ、ヒーロー仮免許取得試験当日。
A組がやって来た場所は、国立多古場競技場だ。どのような試験を行うかは不明だが、試験会場となる建物の巨大さに、皆緊張の面持ちを隠せていない。
「この試験に合格し仮免許を取得出来れば、おまえら志望者は晴れてヒヨッ子……セミプロへと孵化できる。頑張ってこい」
珍しい相澤の分かりやすい激励だ。
倦怠感丸出しでも、教え子に合格してほしい気持ちは本物なのだろう。
担任のそのような激励も受け、緊張し強張っていた顔で笑顔を取り繕う面々は、切島の提案で士気を高めるべく円陣を組むこととなった。
「せーのっ、“Plus……」
「Ultra!!」
「……どなた?」
A組の掛け声に勝るとも劣らない張り裂けんばかりの声を上げ、ぬるりと円陣に加わって来た坊主頭が一人。
思わず熾念も、目が点になって誰かと問いかける。
すると、坊主頭の男と似た学帽と制服を身に着ける者達が歩み寄り、糸目の男が口を開く。
「勝手に他所様の円陣へ加わるのは良くないよ、イナサ」
「ああ、しまった!! どうも大変失礼致しましたァ!!!」
ダイナミックな動きで腰に手を当て、そのまま額が地面に激突する程に頭を下げるイナサと呼ばれた男。あまりに過激な謝罪に、雄英1年A組一同ドン引きだ。
一人を除いて。
「HAHAHA!! この人面白いなっ!!」
「面白いのか!!? いや、っつーかなんだこのテンションだけで乗り切る感じの人は!?」
「飯田と切島を足して二乗したような……」
一人大笑いする熾念に愕然とする級友たち。
そんなどよめきの中、他の学校の生徒たちと思しき者達が、別の意味でのどよめきを奔らせる。
「待って、あの制服……!」
「あ! マジでか」
「アレじゃん!! 西の!!! 有名な!!」
「東の雄英。西の士傑」
まるで答え合わせするかのように、ぶっきらぼうながらも、今自分たちの前に佇む生徒たちが何者であるかを口にする爆豪。
『S』と書かれた学帽がトレードマーク。その正体は、数あるヒーロー科の中でも、雄英に匹敵するレベルの難関校である『士傑高校』だ。
まさに今回の仮免試験は、竜虎相搏つ激闘となりそうな予感がでている。
そのようなことを思う者が居る中、長々と地に頭を着けていた坊主頭が元の態勢に戻った。
「一度言ってみたかったっス!! プルスウルトラ!! 自分雄英高校大好きっス!!! 雄英の皆さんと競えるなんて光栄の極みっス!! よろしくお願いします!!」
「―――
「先生知ってる人ですか?」
高校野球であったら選手宣誓を任されてもいい勢いの男を前に、ふと彼の名前らしき言葉を口にする相澤。
「ありゃあ……強いぞ。夜嵐。昨年度……つまり、おまえらの年の推薦入試トップの成績で合格したにも拘わらず、なぜか入学を辞退した男だ」
「え!? じゃあ……1年!? ていうか推薦トップの成績って……」
「焦凍や百ちゃんより実力上ってことかっ。Wow」
「雄英大好きとか言ってたわりに、入学は蹴るってよくわかんねえな」
「ねー、変なの」
「変だが本物だ。マークしとけ」
各々の印象は違えど、相澤の忠告と邂逅のインパクトで忘れられない人物だった。
体育祭で一位の轟よりも上の実力となると、単純に考えればA組の誰よりも実力があるということになる。無論、相性もあるだろうが、相手にするのであればこの上なく危険な人物の登場となった。
“個性”が不明な部分もまた恐ろしい部分。
自然と、一同の顔が神妙なものとなる。
すると、またもや知らない―――今度は溌剌とした女性の声が響いてきた。
「イレイザー!? イレイザーじゃないか!!」
「!」
「テレビや体育祭で見てたけど、こうして会うのは久し振りだな!! 結婚しようぜ」
「しない」
出会って話せば二秒で求婚。
そのようなイメージを抱いてしまう女性が一人、笑顔を浮かべながらやって来た。頭に巻くオレンジ色のバンダナに青竹色の長髪、そしてピエロを彷彿とさせる、膨らんだ形でストライプが入っているボトムズを穿く女性の情報は、ヒーローオタクこと緑谷が口にしてくれる。
「スマイルヒーロー『Ms.ジョーク』! “個性”は『爆笑』! 近くの人を強制的に笑わせて、思考・行動共に鈍らせるんだ! 彼女の敵退治は狂気に満ちているよ!」
昔、相澤と事務所が近かった為、彼と知り合いであるヒーロー『Ms.ジョーク』。
本当に相澤に好意があるかは兎も角、彼女の受け持ちである傑物学園高校2年2組を紹介される一同。
イケメンな男子に、ギザギザした歯がチャーミングポイントの女子、淡白な顔の根暗な雰囲気を漂わせる男子、異形型と思しき頭が丸い男子など、個性あふれる者達がMs.ジョークに手招かれてやって来た。
すると突然、『真堂』なるイケメン男子が自己紹介と共に、A組の者達と握手を交わし始める。
「今日は君たちの胸を借りるつもりで頑張らせてもらうよ」
「フかしてんじゃねえよ。台詞と面が合ってねえんだよ。波動の方が、まだマシに笑いやがるわ」
「Huh?」
伸ばされた真堂の手を振り払う爆豪。その際口にした言葉に、熾念が首を傾げる。
そして何か思い至ったのか、ハッと顔を上げた。
「……似非バイリンガル呼びじゃない!」
「そこじゃねえだろうがよ、似非バイリンガルがあ!!」
☮
などなど、会場の外でのやり取りを経て、漸く会場内へ。
一堂に会する受験者の数は並みではなく、軽く千人は超え、試験について説明する目良曰く1540人はいるとのこと。
疲労感を一切隠さない目良の説明と数多くの受験者に不安を覚えている間にも、説明は淡々と進んでいく。
形式は勝ち抜き。
ヒーロー飽和社会と呼ばれる現代において、多くのヒーローが切磋琢磨した結果、事件発生から解決に至るまでの時間が極端に速くなっている。
仮免許をとったならば、そのような激流に身を投じることになるのであるが、そのスピードに付いていけない者がヒーローとして厳しい立場に否応なく追いやられてしまう。
「よって試されるのはスピード! 条件達成者先着100名を通過とします」
1540人中の100人。軽く一割は切っている定員に、会場にどよめきが奔るものの、社会情勢にともなう結果だ。
「で、その条件というのがコレです」
目良が取り出したのは、円型の物体とボール。
前者はターゲットであり、受験者はそれを体の好きな場所に取り付ける。これは後者のボールが当たると発光する仕組みであり、体につけた三つ全てが発光することで脱落という判定が下されるのだ。
因みにボールは各自六つ配られるとのことで、数としてはちょうど二人脱落させられる分である。
しかし、実際は三つ目のターゲットにボールを当てた者が“倒した”こととなり、加えて二人倒した者から勝ち抜けるというルールだ。
「あー……因みに、拾ったり他人から盗ったボールでターゲットに当てても大丈夫ですので、そこはあしからず」
追加の説明も受け、試験が着実に開始へ向かっていることを肌身に感じる。
すると、途端に天井や壁が開いていき、開かれた空間が露わになった。かなり大がかりなフィールドであり、ビル群、町、工場、岩場、森、水場など、各々の得意とする地形で戦えるよう準備されているようだ。
「All right! 面白くなってきたなっ!」
「うん、それは兎も角として、先着で合格なら……同校での潰し合いはない。むしろ手の内を知った仲でチームアップが勝ち筋! 皆! あまり離れず一塊になって動こう!」
フィンガースナップを鳴らす熾念の横で、緑谷は皆にまとまるよう声を上げる。一度は委員長に任命されるだけあって、人をまとめることには長けていると言えよう。
A組の参謀とも呼べる緑谷の提案にほとんどの者は乗り、離れぬよう集合し始めるが、一方では単独で動こうとする者も居る。
「フザけろ、遠足じゃねえんだよ」
「バッカ、待て待て!!」
「俺も大所帯じゃ却って力が発揮出来ねえ」
策云々の話ではなく、己の思うがままに単独行動に打って出る爆豪と、彼に続く切島。ついでに上鳴も付いて行った。
そして範囲攻撃が売りの轟は、密集するクラスメイトを巻き込まぬ為、タッタカターと軽快な足取りで去っていく。理由がある分爆豪よりはマシだが、やはり単独行動をよろしく思っていないのか、緑谷の顔はどこか浮かない。
「う~ん、折角
「Don’t worry!! 16人も居りゃ十分さっ!」
釈然としない顔で呟く緑谷を激励すべく、普段通りの明るい声をあげる熾念。
そうしている間にも、カウントダウンは着実と進んでいく。蜘蛛の子が散るようにバラけていった受験者たちが、次第にとある法則性をもって足を動かし始める。
今回の試験の勝ち筋は、同校でのチームアップ。
すると、必然的に次はどこを狙うかという話になるのだ。
―――全国の高校が競い合う中で、唯一『“個性”不明というアドバンテージ』を失っている高校
―――体育祭というイベントで、“個性”はおろか弱点・スタイルまで割れたトップ校
絞れば絞るほど、狙われる標的は明瞭なものとなってくる。
ましてや、一度その標的となった身内が居るならば尚の事だ。
次第に受験者たちの足並みは揃い、獲物を狙う猛獣のように鋭い眼光が一斉に緑谷たち―――雄英の者達へ向かう。
刹那、開始の鐘が鳴った。
『雄英潰し』
試験恒例ともいえる、雄英に与えられた関門の一つが、今まさに緑谷たちの前に立ちふさがる。
「“自らをも破壊する超パワー”。まァ……杭が出てればそりゃ打つさ!!!」
岩場のフィールドで固まっていた緑谷たちへ襲い掛かる無数のボール。
真堂を始めとした傑物のみならず、他の高校の受験者たちもまた便乗してボールを放り投げる。
一人につき三つしかないターゲットに比べ、余りにも多すぎる凶弾の数だ。相手側からすれば『下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる』と雄英生を脱落させ、あわよくば勝ち抜こうとしているのだろうが、狙われる側からすれば堪ったものではない。
「ま、予想できてれば対処なんて―――」
「!?」
「Piece of cake!!」
緑色の閃光が奔る。
次の瞬間、宙を奔っていたボールは一斉にその場に停止し、フヨフヨととある男の目の前に固まるようにして集まった。
心の奥底から笑うヒーローの前に。
一方、全て防がれると思ってもいなかった受験者の一部は、戦慄しているかのように顔を引きつらせる。随所からは『マジかよ……』という信じられないかのような声も聞こえるが、身内からすれば寧ろ『当然』といった余裕の笑みが浮かんでいた。
「チャコチャ。Hey、パス」
「合点承知!」
徐に、綺麗に一列に並べたボールを麗日の前方に移動させる熾念。
すると麗日は軽やかな動きで指の肉球でボールに触れていき、“個性”を発動させ―――
「梅雨ちゃん!」
「
「任せて!」
宙を翻る蛙吹が、『無重力』で並び浮かぶボールの群れを、長い舌による一撃によって弾き飛ばす。
降り注ぐ群れ、流星の如く。
メテオファフロツキーズ!!
「おおおっ!!?」
「くっ、手痛い反撃だ!!」
「いでで!!」
「やばっ、ターゲット……!!?」
直後、無数のボールは散弾銃の如く散らばり、ボールを放り投げた直後で硬くなっている受験者たちへ襲い掛かる。
開始直後の奇襲からの、ほぼ真上からの流星のように降り注ぐボールの群れ。回避は困難を極め、尚且つ味方による補正も入るではないか。
「ほいっと♪」
「あ゛!!?」
「しまっ……!」
硬直していた二人を狙い、真っ逆さまに落下していたボールの内四つが、生きているかのように途端に軌道を変え、二人の受験者の二つのターゲットに直撃した。言うまでもなく、熾念の『念動力』による軌道補正だ。
そして、最後の一撃が蛙吹の放ったボールに当たるよう、最後は受験者を―――的の方を動かし、蛙吹の舌の射程範囲に入るよう引き寄せる熾念。彼の思惑通り、引き寄せられた受験者は念動力で拘束されていて抵抗できないことから、それぞれ残った一つのターゲットに、蛙吹が舌にボールを絡ませて振り回した一撃がヒットする。
ボールが当たった直後から発光するターゲット。同時に、蛙吹が身に着けていたターゲットも燦々とした光を放ち始める。それは通過を知らせる合図。つまり、蛙吹はこの一次試験を見事通過したことになる。
『あ、早速一人目の通過です。このくらいのハイペースで、どんどん通過して終わってほしいものです』
「Good job、梅雨ちゃん!」
「ケロッ! アリガトね、お茶子ちゃん、波動ちゃん」
即座に入るアナウンスに喜色に満ちた笑みを浮かべる蛙吹。颯爽と戦線から離れる彼女を見送りながら、緑谷たちは改めて対峙する受験者たちを見遣る。
予想外の反撃を受け、あまつさえ脱落者を生み出した彼らの表情は、お世辞にも余裕があるとは言えない。
「よし……皆!!」
相手の士気が下がる中、緑谷は一人声を上げる。
背後に続くクラスメイトたちの顔には、緊張の抱きながらも、これから立ち向かう壁を乗り越えてやろうとする闘志に満ち溢れていた。
そのような彼らをさらに鼓舞すべく、彼は吼える。
「締まって行こう!!!」
ヒーロー仮免許一次試験、開始。