Peace Maker   作:柴猫侍

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№53 Don't Think. Feel!

 A組ベストセンス決定戦は、後半戦へ。

 場所を女子棟の三階へと移し、まずは耳郎ルームへと向かう面々。これから部屋を見られる耳郎本人はと言うと、どこか乗り気でないような様子だ。

 

「まじで全員やるの……? 大丈夫?」

「大丈夫でしょ、多分」

「……ハズいんだけど」

 

 女友達は兎も角として、男子にも部屋を見られてしまうことに気恥ずかしさを感じているのか、頬をほんのりと赤らめながら扉を開く耳郎。

 室内灯を着けられて正体を現す彼女の部屋に、一同は驚きの声を上げる。

 

「思ってた以上にガッキガッキしてんな」

「耳郎ちゃんはロッキンガールなんだねえ!! これ全部弾ける!?」

「まァ、一通りは……」

 

 白黒のチェック柄の天井と床。そして、部屋の中央に堂々と鎮座するアンプをはじめとし、ギターやベース、ドラム、キーボードなどの楽器類が部屋の面積を多く占めていた。一見、ちょっとした音楽スタジオにも見えなくもない。

 音楽好きな両親の血を引いていることが明瞭に分かる部屋とも言えよう。徹底して趣味を突き詰めた部屋だ。

 

 そのような部屋をクラスメイトにまじまじと眺められている一方、耳郎はと言えば、自分の趣味を全面に出した部屋を見られ、照れ隠しにイヤホンジャックの先端をちょんちょんと突っつく。普段のサバサバした様子とは違い、非常にいじらしい姿だ。

 皆が楽器に目を向けている間、熾念は一つのギターに充血した目を向けていた。

 

「楽器弾けるってCoolだなっ! 響香ちゃん、今度俺にギター教えて!」

「んん、まあ良いけど……」

 

 

 

―――この時、彼らは部屋作りと夜中ということもあり、非常に疲れていた

 

 

 

―――加えて耳郎は、名状し難い羞恥心により、若干思考力が低下してしまっていた

 

 

 

「彼女居るのに、他の女んトコでギター教えてもらうって大丈夫か?」

 

 空気が凍てつく。

 夏のじめじめとした夜中なのにも拘わらず、部屋の空気は一変して、冷たい風が吹き荒ぶ。その空気に気が付いた耳郎は自分の失言に気づき、サァっと青ざめた顔を浮かべ、熾念の背後に佇む男子たちに目を遣った。

 するとそこには、阿修羅の如き形相を浮かべる男子が二名……。

 

「おい波動、詳しい話を聞かせてもらおうじゃねえか」

「Hey、電気。Calm down」

「洗いざらい吐いてもらうぞ、ファッキン似非バイリンガル」

「実、そんな勝己がつけたニックネームで呼んでくれるな」

 

 血眼で迫る上鳴と峰田に、さすがの熾念も引きつった笑みで応対している。

 人間とはここまで恐ろしい顔を浮かべることができるのだろうか。そんな考えが脳裏に過るほど、二人の顔面は人に見せられぬほどのものであった。

 修羅場だ。この場は、現在を以てモテない男の僻みが爆発する修羅場となったのである。

 

「波動おおおお!!! てめぇ裏切りやがってえええ!!!」

「誰だ!? 誰なんだ!!? かわいい子だったら許さねえ!!! かわいいのか!!? どうなんだ!!?」

「そりゃあまあ、主観でカワイイと思わなきゃ付き合わないだろっ、HAHA」

「「惚気やがってえええ!!!」」

 

 途端に爆発する負の感情にも、一先ずは冷静に応対する熾念。

 上鳴に至っては『裏切り』などと口にしているものの、特に彼は裏切ってなどいない。ただ単純に、自分よりもクラスメイトが一歩先に行っていることが気にくわないのだろう。

 夜中にあげていい声量でない叫びをあげる二人は、絶対に許さなないと言わんばかりに血涙を流している。そこには勿論、羨ましいという感情が籠っていることは、言うまでもないだろう。

 

「お二方。一応夜なのですから、もう少しお静かにしないと寝ている方が起きてしまいますわ。それに、別に雄英では恋愛は禁止されていないのですから、波動さんが如何なる方と交際していようとも、我々が口を出す権利はありません」

「単なる僻みで騒いでもどうにもなんねえぞ」

「「ごばッ!!!?」」

 

 A組が誇る美男美女の援護射撃に騒いでいた二人は、血反吐を吐いて倒れてしまう。

 八百万の正論に、イケメンである轟の天然な言葉。僻みを原動力に動いていた二人にダメージを与えるのは、そう難しい話ではなかった。

 

 血涙、吐血からの白目を剥いて倒れた二人を救う術は最早ない。

 呆れを越して憐れみを覚える面々は、次なる部屋へ足を運び始めた。

 

「次は私、葉隠だ! どーだ!?」

「お……オォ」

 

 躍動感溢れる動きをする葉隠に続いて部屋へ入っていけば、至って女の子らしい部屋が目に入る。尾白とは違い、いい意味で普通だ。

 花の模様の布団、音符が描かれているカーテン、棚の上に並んで座るぬいぐるみたち。どれも女の子らしい趣向の家具ばかりだ。

 

「女子の部屋って、特に理由ないけどいい匂いするよなっ」

「おめェ結構すげえコト言うよな」

 

 そんな葉隠の部屋に佇む熾念が言い放った言葉に、呆れた様子の瀬呂が言葉を続ける。

 つい先ほどの暴露もあってからのこの発言は、中々肝が据わっていると言えるだろう。既に彼女の部屋に入ったことがあることをほのめかせる発言に、女子たちのキュンキュンゲージは順調に上昇していた。

 

 閑話休題。

 

 『これこそ女子の部屋!』というコーディネイトを眺めた後は、エレベーターに乗って四階の芦戸と麗日の部屋だ。

 

「じゃーん!! カワイーでしょーが!!」

「おォ……」

 

 溌剌とした笑みを浮かべて部屋を披露する芦戸であるが、彼女の同意を求める声に、男子たちの反応はあまりよろしくない。

 その理由は、芦戸の部屋の配色だ。元々、桃色という見慣れぬ体色を持つ芦戸であるが、それを反映していてか、彼女の部屋そのものも桃色や紫色、赤色などが多いカラーリングコーディネイトがされていた。

 さらに、彼女のコスチュームがまだら模様であるように、カーテンや布団の模様も似たような柄になっている。

 

 総じて言えば、目によろしくない部屋だ。

 

 しかし、インテリア自体は常識の範疇を出ないレベル。目が眩むという一点を除けば、芦戸の部屋もまた女子らしいコーディネイトがなされていた。

 

 続いて足を運んだのは、麗日ルームだ。

 

「味気のない部屋でございます……」

「おぉ……!」

 

 麗日の部屋は、生活感に溢れる質素な部屋だ。

 茣蓙の上に鎮座するテーブルと、その上に置かれている煎餅と急須は、古き良き時代を思い出させてくれるようなコーディネイトである。

 その他は、豚の貯金箱があることやサボテンがあること以外は、特に珍しいものもない普通の部屋であった。

 

「やっぱあれだよ。猿夫の部屋は普通じゃない普通なのさっ。普通過ぎて逆に生活感がないんだよ」

「何度も普通って言わないでくれ……」

 

 ここにきて『普通の定義とはなんぞや?』という思考に至った熾念が、尾白の部屋についての言及を始める。

 しかし、尾白はただただ涙を流すばかりだ。彼に対して『普通』を持ち出すことは、案外タブーに近いものがあるらしい。

 

 そして最後は、五階の二部屋だ。

 五階に住まう女子は、蛙吹と八百万の二人であるのだが、ここにきてこの場に居る者達がとあることに気が付く。

 

「次は蛙吹さん……」

「って、そういや梅雨ちゃんいねーな」

「あ、梅雨ちゃんは気分が優れんみたい!」

「優れんのは仕方ないな。優れた時にまた見せてもらおーぜ」

 

 蛙吹は体調不良で居ないことを告げる麗日に、ようやくこの世に戻って来た上鳴が応える。未だ頬に赤い筋を残す顔を見れば、彼の方がよっぽど体調不良に見えなくもないが、誰もそこには触れなかった。

 そして最後に部屋を披露するのは、A組副委員長こと八百万だ。

 セレブな生まれの彼女の部屋が、自分たち一般人とどのように違うコーディネイトをしているかは気になるところだ。

 

 ワクワクテカテカとした皆の視線を受け、八百万ははにかみながら扉を開く。

 

「私、見当違いをしてしまいまして……皆さんの創意溢れるお部屋と比べて、少々手狭になってしまいましたの」

「でけえ―――!! 狭!! どうした八百万!」

 

 何がデカいのか。それは勿論、部屋の広さなどではない。

 部屋の面積の大部分を占めるのが、人の三大欲求の一つである睡眠欲を満たすためのベッドだったのだ。

 所謂『お姫様ベッド』と呼ばれる類の寝具。二人で寝ても十分幅をとれるレベルで大きいベッドは、一人暮らしを想定した寮の私室の面積に見合っておらず、豪奢であるのかどうなのか、一瞬分からなくなってしまう。

 

「私の使っていた家具なのですが……まさかお部屋の広さがこれだけとは思っておらず……」

「Ladyだなっ」

 

 ナチュラルボーンセレブの一言に、生まれの違いを再認識させられた一同は、ほんわかした表情のまま、一階の談話スペースへ向かうのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「えー、皆さん投票お済でしょうか!? 自分の部屋への投票はなしですよ!?」

 

 どこから用意したか謎の投票箱を携えながら取り仕切る芦戸。

 今回のベストセンス決定戦は、四月に行った委員長を決めた時と同じように、投票形式で行ったのだ。

 

「それでは! 爆豪と梅雨ちゃんを除いた……第一回部屋王暫定1位の発表です!! 得票数5票!! 圧倒的独走、単独首位を叩きだしたその部屋は……砂藤―――力道―――!!」

「はああ!!?」

 

 力強い芦戸の結果発表の声に、驚愕する砂藤。部屋のコーディネイトはお世辞にもいいとは言えず、自分よりもよっぽど良いコーディネイトの部屋が多数見受けられたのだから、彼のリアクションは正しいと言ってもいい。

 そんな彼の疑問に答えるべく、芦戸が言葉を紡いだ。

 

「ちなみに全て女子票! 理由は『ケーキ美味しかった』だそうです」

「部屋は!!」

「てめー、ヒーローが贈賄してんじゃねー!!」

「知らねーよ、何だよすげえ嬉しい」

 

 本末転倒な投票理由に憤る峰田&上鳴は、猛獣のような唸り声を上げながら砂藤に飛びかかる。一方砂藤はと言えば、理由はアレだが結果的に1位となれたことが余程嬉しかったようであり、襲われながらも笑っている。

 

「終わったか? 寝ていいか?」

「割ともう限界さっ、HAHA」

「うむ! ケーキを食べたので歯磨きを忘れずにな!」

「終わるまで待ってたんだ」

 

 当初より眠さを訴えていた轟と、普段の就寝時間より一時間オーバーしても尚起きていた熾念は、早く眠りたいと言わんばかりの言葉を口にする。

 既に足先は男子棟へ向いているが……。

 

「あっ、轟くん、波動くん。ちょ待って!」

「Huh?」

 

 だが、途端に神妙な顔になった麗日が、自分の部屋へ向かおうとする二人を呼び止める。

 何事かと、眠気で朦朧としていた意識がパッと覚醒し、訝しげな表情を浮かべながら麗日を見遣れば、そのまま彼女は緑谷や飯田にも目を向けてきた。

 

「デクくんも飯田くんも……それに切島くん、八百万さん。ちょっといいかな」

 

 

 

 ☮

 

 

 

「あのね、梅雨ちゃんが皆にお話ししたいんだって」

 

 麗日に連れ出されてやって来たのは寮の中庭だ。

 生徒の多くは既に眠りにつき、聞こえてくる音も虫の鳴き声程度。そんな中、普段通りの無表情でありながらも、どことなく物悲しさを匂わせる蛙吹が、呼び集めた面々を見渡した。

 

「私、思ったことは何でも言っちゃうの。でも、何て言ったらいいかわからない時もあるの。病院で私が言った言葉を憶えてるかしら?」

「Huh?」

「……蛙吹さんが、『ルールを破るというなら、その行為は敵のそれと同じ』って……」

 

 現場に居なかった熾念が首を傾げれば、何とも言えない顔で俯く緑谷が、蛙吹が口にした言葉を復唱する。

 敵とは、そもそも個性犯罪を繰り返した後に正式な『敵認定』を受けるのだが、蛙吹が言いたいことはそういった意味ではないことは、この場に居る誰もが理解した。『意図的に罪を犯そうとするならば、それは既に犯罪者と同列な存在』―――つまりは、そういう意味だ。

 

「心を鬼にして辛い言い方をしたわ。それでも皆行きかけたと今朝聞いて、とてもショックだったの。酷い言い方しただけで止めたつもりになってた不甲斐なさや、結局行動に移せなかった情けなさ……本当にお友達を救けたいと思ってたなら、私も動かなきゃいけなかったのに。それで色んな嫌な気持ちが溢れて……」

 

 少し俯いていた蛙吹の面が上げられれば、そこには涙に濡れる瞳が佇んでいた。

 

「何て言ったらいいのか分からなくなって、皆と楽しくお喋りできそうになかったのよ。でも、それはとても悲しいの」

 

 やりようのない感情が、涙という形であふれ出す。

 

 自分が緑谷たちを止めたことが間違っていたとは言わない。

 緑谷たちが、爆豪を救けたいと思ってしまうことは否定しない。

 飯田や熾念が、学校側に手助けを求め、半ば強引に救出に赴こうと思っていた者達を止めたことも間違っているとは思えない。

 

 行動の正否は兎も角、すべての行動に伴う理由や感情を理解できてしまっているからこそ、一方的に咎めることもできないのだ。

 本当に正否だけでモノを言うのであれば、縁を切る覚悟で正論を並び立てて責めればいい。

 

 だが、蛙吹は皆と友達のままで在りたかった。

 ここに皆を集めた理由は、それに帰結する。

 

「だから……まとまらなくなってもちゃんとお話をして、また皆と楽しくお喋りできるようにしたいと思ったの」

「―――……」

「梅雨ちゃんだけじゃないよ」

 

 本心の吐露に、何も言い出せなくなる雰囲気の中、意を決して麗日が蛙吹の背中を撫でながら口を開く。

 

「皆すんごい不安で、拭い去りたくって、だから……部屋王とかやったのもきっと、デクくんたちの気持ちはわかってたからこそのアレで……だから、責めるんじゃなくまたアレ……なんていうか……ムズいけど……とにかく」

 

 上手く思った言葉を口に出せない麗日は、ニカッと笑みを浮かべながら右腕を掲げる。

 

「また皆で笑って……頑張ってこうってヤツさ!!」

「―――そうだなっ! 梅雨ちゃん、Thanks♪」

 

 麗日の繕った笑み。その温かさが伝播し、A組の笑顔の伝道師である熾念も笑って、大粒の涙を零す蛙吹に駆け寄る。

 

「梅雨ちゃん……すまねえ!! 話してくれてありがとう!!」

「蛙吹さん!」

「蛙吹、すまねえ」

「梅雨ちゃん君!」

「あす……ゆちゃん!」

「ケロッ」

 

 そのまま居てもたっても居られなくなった切島たちもまた、蛙吹に駆け寄り、自分たちの為に涙を流してくれた彼女に感謝と謝罪の言葉を口にしていく。

 

(皆、戻そうと頑張ってくれていたんだ)

 

 ふと、麗日の言葉が脳裏を過った緑谷は、今朝の出来事から現在に至るまでを思い返す。

 

(波動くんの誕生日プレゼントも、部屋王も……。そうだ、いつものヒーローを目指して、切磋琢磨する日常に戻したいから……)

 

 タイミング違いのプレゼントも、皆の意外な一面を見ることができたベストセンス決定戦も、全ては亀裂が入りかけた関係を修復しようと、皆が皆を気遣い合ってくれたからこそ。

 立て続けに襲い掛かって来た理不尽によって奪われた日常を、元に戻したいが為に。

 

 今のように思える心遣いもヒーローに必要な要素なのだ。

 この時ほど、人が抱く思いの温かさを感じる時間はない。緑谷はそう思うのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「昨日話した通り、まずは“仮免”取得が当面の目標だ」

「はい!」

 

 一夜明け、久しい教室に集まるA組の生徒たち。

 教壇の上には、倦怠感に合わせて神妙な雰囲気を漂わせ、ヒーロー活動認可資格証について話す相澤が立っている。

 

「ヒーロー免許ってのは人命に係わる責任重大な資格だ。当然取得の為の試験はとても厳しい。仮免といえどその合格率は例年五割を切る」

「仮免でそんなキツイのかよ」

 

 合格率の低さに慄く峰田であるが、他にも緊張や不安の色が窺えるものは多数いる。

 表情に出しこそしないものの、そんな教え子たちを合格させたいと願う相澤は、『そんなこともあろうかと』と指を折り曲げ、誰かを呼ぶような仕草を見せた。

 

「そこで今日から君らには一人でも最低でも二つ……」

「必殺技を作ってもらう!!」

「学校っぽくてそれでいて、ヒーローっぽいのキタァア!!!」

 

 相澤の合図で入って来たプロヒーロー三人が口を合わせて言い放った言葉に、生徒たちのテンションは一気に最高潮に達する。

 必殺技―――それ即ちロマン。子供の時であれば、憧れのヒーローが繰り出す必殺技を真似したものだろう。だが、自分たちがヒーローがなれば、悪を討つべく合法的に“個性”を用いた必殺技を繰り出すことができるのだ。

 それで心躍らないジュブナイルが居ようか? いや、居ない。

 

「必殺! コレスナワチ必勝ノ型・技ノコトナリ!」

「その身に染みつかせた技・型は他の追随を許さない。戦闘とはいかに自分の得意を押しつけるか!」

「技は己を象徴する! 今日日、必殺技を持たないプロヒーローなど絶滅危惧種よ!」

「詳しい話は実演を交え合理的に行いたい。コスチュームに着替え、体育館γへ集合だ」

 

 それから一同は、床がコンクリートで出来ている体育館γへ移動した。

 

「通称トレーニングの(T)台所(D)ランド(L)。略してTDL!!!」

 

 色々と不味そうな略し方がされるTDLであるが、この場はセメントスの“個性”で生徒一人一人に合わせた地形や物を用意できるよう考案された施設とのこと。

 

 ここで行う必殺技の考案であるが、その理由はヒーローに必要とされる数多くの適正がある中で、戦闘力はこれからのヒーローにとって極めて重要な項目となる為だ。

 あらゆるトラブルを前にし、そのような状況に左右されることなく安定行動をとれれば、それは高い戦闘力を有していると言っても過言ではない。

 

 要するに、『これさえやれば有利・勝てる』という型を作ろうというのが、今回の訓練だ。

 

「中断されてしまった合宿での『“個性”伸ばし』は……この必殺技を作り上げる為のプロセスだった。つまりこれから後期始業まで……残り十日余りの夏休みは、“個性”を伸ばしつつ必殺技を編み出す―――……圧縮訓練となる!」

 

 瞬く間にコンクリートの山の群れが出来上がり、その頂上には“個性”で生み出されたエクトプラズムの分身が一人ずつ佇んでいる。

 個別指導をするのであれば、エクトプラズムほど適任な人材はいない。敵に繰り出すであろう必殺技だが、威力の調整ができないまま繰り出せば、最悪相手が死亡してしまうかもしれない。それはヒーローとしてあるまじき行為とされ、資格証をはく奪されてしまうだろう。

 そうならない為にも、極めて対人に近い形で相手となってくれる『分身』は、非常に有用だ。

 

「尚、“個性”の伸びや技の性質に合わせてコスチュームの改良も並行して考えていくように。プルスウルトラの精神で乗り越えろ。準備はいいか?」

「―――……ワクワクしてきたあ!!」

 

 

 

 ☮

 

 

 

「Hmmm……」

「必殺技ノヴィジョンガ浮カバズ悩ンデイルノカ? 君ハ、体育祭デモ多クノ技ヲ繰リ出シテイタヨウニ見エルガ」

 

 顎に手を当てて思案を続けていた熾念に、エクトプラズムが声をかける。

 声をかけた彼が言うように、熾念は現時点で既に二つ以上の必殺技を有しているのだ。

 

 押し固めた瓦礫を高所より落下させ、相手を押しつぶす『METEO SMASH』。

 逆に押し固めず、そのまま広範囲に落下させる『METEOR STREAM』。

 念動力で飛び立ち、相手に強烈な蹴りを加える『ORBIT SMASH』。

 相手の周囲を念動力で浮かせた物体で包囲し、そのまま一気に多方向からの攻撃を加える『SATELLITE SMASH』。

 発火能力でバフを加えた飛び蹴りである『COMET SMASH』。

 そして、発火能力のエネルギーを完全解放する『BIG BANG SMASH』などなど……。

 

「我ながら、結構多いんですよね、HAHA!」

「ウム……シカシ、君ノ“個性”ハ立チ上ガリガ遅イカラナ。現場ニイツデモ念動力デ動カセルモノガ―――動カシテ、尚且ツ壊シテシマッテモ大丈夫ナモノガアルトハ限ラナイ」

「やっぱりそうなっちゃうかぁ」

「ダガ、君ノ“個性”ハ汎用性ヤ応用力ニ長ケテイル。相手ソノモノニ念動力ヲカケルトイウ焦点ニ絞ッテミテハドウダロウカ?」

「Yeah! それだったら『相手をMETEO SMASH』っていう必殺技が……」

「ソレハ止メタ方ガイイナ」

 

 トンデモ必殺技を口にした熾念をすかさず制止するエクトプラズム。

 流石に、相手を高所から叩きつけて戦闘不能にするヒーローなど見たくもないし、なにより危険すぎる。

 止められることを予想していた熾念は『It’s a joke!』と笑い飛ばしながら、真剣な顔になって必殺技考案の続きを始めた。

 

「……『ねじれる波動(グリングウェイヴ) with Peace Maker』はどうですかね?」

「……君ノ姉ノ必殺技カ。ンン……マア……許可ヲ取レバ、一向ニ構ワナイト思ウガ」

「Got it」

 

 仲のいい義姉の必殺技―――『ねじれる波動』を念動力バージョンで行おうとする熾念に、エクトプラズムは長い思案を経た後に承諾する。

 一応、一個人が考案した技名にも著作権は発生するものの、大部分の者はそのような細かいことを気にしない。あまつさえ身内が考案したようなものであるならば、本人の承諾を得る程度で構わないハズ。

 

 そのような真剣且つ緩い雰囲気で、次々と必殺技を考えては試すという作業を繰り返す。

 ねじれをリスペクトした技の他に、もう一つ発火能力に関する必殺技も考えたが、熾念がやりたい必殺技は明確に他に合った。

 

(合宿の時のあの感覚……あれを自由自在に扱えれば!!)

 

 ゾーンに入った時にだけ発動する、シアン色の炎が噴き出る状態。

 一旦状態を解除した途端、“個性”が使えなくなるという変調に見舞われるものの、それは単純に試行回数が少ないがためにデメリットが把握できていないだけだ。

 何度も繰り返せば、光明は見えてくる。そう信じる熾念が頭に浮かべる必殺技のヴィジョンは、男の子の憧れ『ビーム』だ。

 

(『念動力』と『発火能力』両方を思いのままに操れたら、きっとビームだって撃てる! ……ハズ!!)

 

 ある意味、自分の夢の一つである必殺技を思い描き、モチベーションをグングン高める熾念は、その後も終了時間が来るまで特訓に明け暮れていた。

 

 まだまだ必殺技への道のりは長そうだ。

 




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