Peace Maker   作:柴猫侍

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№52 元気の秘訣は睡眠のゴールデンタイム

 大きな扉を開けば、日光を多く取り込めるように大きい窓が連なるように並び、それでいて二十人が入っても有り余るほどの空間が広がっている。

 派手な装飾こそないものの、一般家庭に住んでいた者から見れば違うことなき豪邸のような内装。

 そのような部屋を見れば、若者の彼らは燥がない訳がない。

 

「広キレー!! そふぁああ!!!」

「中庭もあんじゃん!」

「豪邸やないかい」

 

 芦戸、瀬呂をはじめとし、和気あいあいとしている中、一人倒れ込んでしまう麗日。

 

「1棟1クラス。右が女子棟、左が男子棟で分かれてる。ただし一階は共同スペースだ。食堂や風呂・洗濯はここで」

「聞き間違いかな……? 風呂・洗濯が共同スペース? 夢か?」

「男女別だ。おまえ、いい加減にしとけよ?」

「はい」

 

 担任の淡々とした説明に、よからぬ妄想をする葡萄頭が一人居たが、すぐさま窘められる。

 その後、個室の説明を受け、事前に決められた部屋割り通りの私室へ足を踏み入れた生徒たちは、既に部屋の中央に山のように積まれている荷物を紐解き、部屋を作り始めた。

 昼時から始まったこの作業。部屋を作るというものは案外時間がかかるものだ。

 

 ベッドに小物、机、教科書、自身の趣味に関するもの等々……。

 

「Toot♪」

 

 他の者達が、自室を自分色へ模様替えしている間、熾念もまた口笛を吹きながら作業に勤しんでいた。

 作業と言っても、最初に整理したベッドの上に胡坐をかき、その場から一歩も動かずして“個性”で物を動かすという荒業によるものだ。“個性”の訓練がてらに試し始めたのであるが、案外楽しかったのか、カーペットやカーテン、小物に至る全ての私物を念動力で運んでいる。引っ越し業者もびっくりな光景だ。

 

「……Hmmm、ちょっと早く終わっちゃったなっ」

 

 楽しい時間というものは、体感時間が短い。

 普通に運ぶのであれば悪戦苦闘しそうな家具であっても、熾念の“個性”であればちょちょいのちょいである。ただし、動かす勢い余って壁にぶつけたりなどする可能性もあり、空間認識に集中しなければならない。逆に言えば、それもまた練習になるのであるが、大きなミスもなく終わってしまった。やはり、狭い空間での練習では限界があるということだ。

 

 それは兎も角として、部屋作りを終えてしまった熾念は、暇の余り、長らく起動していない据え置き機に手をかける。

 

「おっ、これ懐かしいな。確か中ボス強くてほっぽりだしてた気がするな……All right! 久しぶりにプレイするか」

 

 どこか懐かしい雰囲気漂うRPGゲームのディスクを取り出し、据え置き機へと挿入し、コントローラーを手に持つ。

 彼は、ゲームを買う際は基本的に長く遊べるRPGゲームしか買わない。

 その理由は遡ること、熾念が親を亡くしてほどなくし、波動家に引き取られてからだ。上手く打ち解けない家族相手に、年相応に駄々をこねることができなかった彼は、世間的に見て子供が欲しい物を買ってもらえる誕生日やクリスマスなどの日に、どうしても欲しい物を要求する形で、ゲームや漫画を手に入れてきた。

 

 親側からすれば『普段我儘を言わない子だから、この時くらいは高い物を……』と携帯機よりも高い据え置き機や、漫画全巻などと高い買い物をして、子供を喜ばせようとする。

 一方で熾念は、『年に数回しかないチャンスだから、できるだけ長く楽しめる物を……』と、ゲームであればクリアまでのプレイ時間が長かったりやり込み要素が多いもの、漫画であれば巻数が多いものを選び買ってもらう等々……。

 

 それが量子の『珍しい我儘』という言葉につながる。要するに熾念は、特別な日以外は駄々をこねたりする人間でないということだ。

 そのような彼の性格が生んだ思い出が、今目の前で起動している。

 懐かしいBGMに、すっかり手に収まってしまうコントローラー。気分は少年時代だ。

 

 そのまま、時間を忘れるほどにゲームに没頭してしまう熾念なのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 そして、夜が来た!

 

「……波動、おめェどうした?」

 

 共同スペースのソファに腰かける、ねじり鉢巻きを頭にしめる切島が、目元を手で覆い、若干泣いている熾念に声をかける。

 あの元気の塊のような男が泣いているとは一体何事か。

 他に集まっていた者達の視線も、一斉に彼へ集まる。

 

「魔王許さねェっ……!!」

「プレイしてたゲームのレギュラーメンバーの一人が、魔王に殺されてパーティメンバーから退場したんだとよっ」

 

 ゲームのシナリオ的な意味での涙だったらしい。

 

 悲劇的な展開に涙を流す熾念に対し、呆れた様子で上鳴は説明した。

 他の者達も『なんじゃそりゃ』といったリアクションをとっているが、彼にとってはかなりショックだったのだろう。

 そのような他愛のない話をする男子たちは、部屋作りで疲弊してこそいるものの、これから始まる共同生活にワクワクしている様子だ。

 

「いやぁ、経緯はアレだが……共同生活ってワクワクすんな」

「共同生活……これも協調性や規律を育む為の訓練……!」

「キバるなあ委員長」

 

 いつものように、雄英が執り行う事柄に対し意味を見出す飯田。案外彼は、物事に対するメリットを見つけることが得意な人間なのかもしれない。即座に、目的や意味を見出す彼の性質は、常に目標を見据えて行動してきたゆえのものなのだろう。

 

「男子部屋出来たー?」

「うん、今くつろぎ中」

 

 するとそこへ、一足遅く部屋作りを終えた女子たち五人がわらわらと練り歩いて来る。

 女子高生との共同生活……よからぬ男子がよからぬ考えをするかもしれない、一部の者からすれば夢のようなシチュエーションだ。

 それは兎も角、やって来た女子の方が、何やら面白そうな顔をして、ソファでくつろぐ男子を見据える。

 

 口火を切ったのは芦戸だった。

 

「あのね! 今話しててね! 提案なんだけど! お部屋披露大会、しませんか!」

 

 戦慄が奔る。

 

「わああダメダメ、ちょっと待―――!!!」

 

 最初のターゲットは、二階へ移動するエレベーターに近い緑谷だった。

 必死の形相で進軍する女子たちを止めようと駆ける緑谷であったが、その甲斐虚しく、勢いよく彼の部屋への扉が開かれる。

 バッと目に入るのは、カラフルな赤・青・黄色。目がチカチカと眩んでしまいそうなカラーリングである理由は、部屋中に飾られていたり貼られていたりする、オールマイトグッズが原因だ。

 

「オールマイトだらけだ、オタク部屋だ!!」

「憧れなんで……恥ずかしい……」

 

 予想通りと言えば予想通りの内装。緑谷と言えばオールマイトだ。

 麗日は一瞥し『オタク』と口にしているが、ここまで部屋をオールマイト色に染め上げているのならば、オタクではなくマニアに分類されそうである。

 

「まあ、出久っぽいちゃあ出久っぽいなっ。Huh? お、これ限定版のオールマイトパーカー!?」

「わかる!? 毎年限定版が発売されてて、オールマイトのコスチュームを模したデザインなんだけど、カラーリングは毎年毎年で違くてね……!」

「……意気投合してるなあ」

 

 ふとした瞬間に熾念が見つけた物は、毎年発売されているオールマイトのコスチュームを模したパーカーだ。マニア向けのグッズではあるが、熱烈なオールマイトファンである緑谷であれば集めていてもなんら不思議なことはない。

 ファンからすれば喉から手が出るグッズに興奮する男子二人に、置いてけぼりをくらったかのように、真顔となる麗日。男の子にしかわからない世界があるといっても、間にすら入れないのは少々淋しい気分だ。

 例えるならば、好きな男の子と話したいのに、他の者が邪魔をして中々会話の輪に入れないような―――

 

(って、私はなに考えとるんや!!)

 

 ハッとした麗日は、茹蛸のように真っ赤となった顔を冷ますべく、恐ろしい速度でブンブンと首を振るという奇行に出る。

 

「つつつ、次の部屋行こ!! ええと……常闇くんの部屋!! キニナルナー!!」

「どうした麗日? まあ、でもちょっと楽しいぞコレ……」

 

 ご乱心な麗日の催促を受け、ニヨニヨと笑みを浮かべながらつばを飲み込む男子たち。

 彼女の言葉の通り、角部屋にあたる場所にある常闇の部屋へ向かう面々であったが、扉の前には腕を組んで常闇が佇んでいた。

 

「フン、下らん……」

 

 どうやら、お部屋披露大会には意欲的ではない様子。

 自室を見せぬ為に立ちはだかる常闇であるが、隠されれば隠されるほど見たくなってしまうのが人の性というもの。

 芦戸と葉隠が力づくで常闇を押しのけて扉を開ければ、今の時間帯の外に負けぬほどに真っ黒に染め上げられている部屋が広がっていた。

 

「黒!! 怖!!」

 

 魔導士が着ていそうなローブが壁にかかっていたり、どこで買ったのか問いたくなる剣や盾も置いてある。

 髑髏を模した電球や、淡い光を灯すろうそくなども置いてあったりと、色々と拗らせているようだ。

 

「このキーホルダー、俺中学ん時買ってたわあ」

「男子ってこういうの好きなんね」

「カッコイイ……」

「引き出しに『封』って書いてあるお札貼ってあるけど、それじゃ取れなくないかっ?」

「出ていけ!!」

 

 本人も気にしていたのか、じっくり見る暇もなく、部屋に足を踏み入れた者達は常闇に追い出されてしまった。

 

「じゃあ、次は波動んトコー!」

「俺かっ?」

 

 既に個性が出ていて面白い披露大会に火が付いたのか、音頭を取る芦戸は、緑谷と常闇の部屋の間にある熾念の部屋へ行こうとする。

 

「なんとなくだけど、ウチ、波動の部屋って緑谷と似てる雰囲気だと思うわ」

「あー、わかる! 米々してそうだよね!」

「なにそのNew word。初めて聞いたぜ、『米々してそう』って」

 

 熾念の普段の雰囲気から、部屋の内装が米々―――アメリカンなものであると推測する耳郎に、葉隠が賛同する。

 どこか納得のいっていない熾念であるが、周りに屯するクラスメイトたちはウンウンと頷くばかり。どうやら、1対17で熾念の負けのようだ。

 

「Hmmm……ま、いいんだけどさっ。Welcome to my room♪」

「おっじゃっまっしまーす!! ……おぉ! これは……」

 

 いち早く部屋に足を踏み入れる葉隠。

 続くように部屋に招き入れられる者達が目にしたものは……

 

「アメリカはアメリカでも、ハワイだ!!」

「落ち着くだろ?」

 

 『結構凝ってみたんだぜ?』と堂々と胸を張る熾念。

 彼の部屋は、葉隠が口にしたように、ハワイを思わせるようなコーディネイトでまとめられている。澄んだ海を彷彿とさせる青と、悠々と空を流れる雲のような白。カーペットやカーテン、布団などの布を用いた家具や物は、基本的にそれら二色にまとめられている。

 だが、必要以上に二色を強調しないよう、机や椅子などは元々の木の色を生かし、一味アクセントを加えていた。

 

 他に目を引く物と言えば、観葉植物であるモンステラがプランターに植えられ、部屋の角に飾られていることや、星の砂が詰められた金魚鉢とガラス小物である浮き球が飾られていることだろうか。

 

 そして最後に、一番目を引く物がある。

 部屋の中央に置かれている、巨大な丸くて白い物体。一見、柔らかそうに見えるその家具の正体は、幾千もの人間たちを地に陥れた恐ろしい家具だ。

 

「これって噂の……人を駄目にしちゃうソファ!?」

「Yeah。座ってみるか、チャコチャ?」

「うんうん! よいしょっと……」

 

 羨望の眼差しを浮かべる麗日に座るよう促す熾念。

 お言葉に甘え、そそくさとソファに腰かけた麗日は、ものの数秒で蕩けたような恍惚とした表情になり、沈むような感覚のままに身をソファに委ねる。

 

「アカン……快適や……」

「えー、いいなーお茶子ちゃん! 波動くん、後で私にも座らせて!」

「OK。でも、あんまり長く座り過ぎると腰痛めたりするから、気をつけてなっ」

 

 目がチカチカしそうなアメリカンではなく、心安らぎそうなハワイアンに仕立て上げられた部屋。確かに、熾念っぽいといえば熾念っぽい部屋に納得した皆は、そのまま廊下に出てニ階男子棟最後の部屋に向かおうとする。

 

「あと二階の人は……」

 

 振り返る麗日の視線の先に、血走った目を浮かべる葡萄頭の小人が、扉から顔を覗かせていた。

 息を荒くし、どこか卑猥な雰囲気を漂わせる指使いで、皆を招き入れようとする峰田。

 

「入れよ……すげえの……見せてやんよ」

「三階行こ」

「入れよ……なァ……」

 

 華麗にスルーされた峰田。尚も入るよう勧めるが、他の者達は一斉に三階へ向けて歩みだす。女子から見ても男子から見ても気持ち悪かったのだから、致し方ない結果だ。

 次に入ったのは尾白ルーム。『THE・普通』と題されてもおかしくない普通な部屋である。逆に言えば、目に付くような小物が一切ない。

 

「猿夫、趣味とかないのか?」

「武術は嗜んでるけど……」

「嗜んでるのに部屋に武術色を感じられないって、逆に凄いよね」

 

 尾白の趣味を聞き、尚も部屋に武術に関する物を発見できなかった葉隠の言葉に、思わず彼が涙を流してしまうが、関係なしに女子は飯田ルームへ向かった。

 

「難しそうな本がズラッと……さすが委員長!」

「おかしなものなどないぞ」

 

 右を見れば本、左を見ても本。ここまでくると、人が寝起きする場所というよりは、仕事に用いられる書斎のように見えてしまう。それだけ飯田の部屋は本が多い。あまりに多すぎて、本棚に収まりきらない分は床に高々と積み上げられている。

 一方で、ごみ箱にはしっかりと『可燃』や『プラスチック』と書かれた張り紙を張っていたりと、雑なのか几帳面なのか分からない。

 

 しかし、本の多さに圧倒されるのもつかの間、おかしなものを見つけた麗日が噴き出す。

 

「メガネクソある!」

「何が可笑しい!! 激しい訓練での破損を想定して……」

 

 本棚とは別途に設けられた棚に、綺麗に並べられている同じデザインのメガネ。

 どうやら、ここは書斎ではなく眼鏡屋だったようだ―――という感想を抱きそうな流れである。

 噴き出す麗日に抗議する飯田。述べる理由は至極全うであるものの、綺麗に陳列していることが可笑しいことを理解するのは、まだまだ先になりそうだ。

 

 そして、次の部屋へ。

 

「次、上鳴の部屋ァ―――!!」

「チャラい!!」

「手あたり次第って感じだナー」

「えー!? よくね!?」

 

 上鳴本人は自信があったようなのか、遠慮のない女子の舌剣に異議を申し立てる。

 尾白ルームが『THE・普通』ならば、上鳴ルームは『THE・若者』な内装だ。靴に、帽子、スケボーや鈍器、大手に売っていそうな小物の数々。上鳴の場合、悪い意味でテーマが決まっていないとでも言おうか。

 

「Wow、バスケットボールあるじゃん! 皆でバスケしようぜ!!」

「波動くんがバスケしたら、全部“個性”で3P入りそうだけど……」

「まずゴールないしな」

「切島先生……!! バスケがしたいです……」

「なんで俺に話を振る?」

 

 女子が部屋を審査している間、バスケットボールを見つけた熾念の提案を皮切りに、緩い会話が繰り広げられる。

 暫くし、女子の辛口評価に意気消沈してしまう上鳴を後にして、三階最後の男子である口田ルームへ生徒たちは進む。

 

 ガチャリと扉を開ければ、白いモフモフが一つ、部屋の中央で跳ねていた。

 

「ウサギいるー!! 可愛いいい!!」

「ペットはズリィよ、口田。あざといわあ」

 

 一斉にウサギへ群がる女子たちを尻目に、口田を『あざとい』呼ばわりする上鳴。おそらくは、先程女子たちにズバズバと辛口評価を受けての八つ当たりだろう。

 部屋はウサギ以外特に変わった様子もなく、いくつかベッドの上にあるヌイグルミ以外、目を引くものはない。

 

「釈然としねえ」

 

 女子たちが存分にモフモフを楽しんだところで、上鳴が神妙な表情を浮かべ、そう呟いた。よく見ると、常闇や尾白も不満そうな顔を浮かべ、ただならぬ威圧を発しているではないか。

 

「ああ……奇遇だね。俺もしないんだ、釈然」

「そうだな」

 

 倒置法を用いて釈然としないことに同意する尾白、そして常闇。

 するとそこへ、のらりくらりと人の間を潜ってきた様子の峰田が、両手の人差し指を女子たちへ向ける。

 

「男子だけが言われっぱなしってのはぁ変だよなァ? 『大会』っつったよな? なら当然! 女子の部屋も見て決めるべきじゃねえのか? 誰がクラス一のインテリアセンスか、全員で決めるべきじゃねえのかなあ!!?」

 

 女子の容赦ない舌剣が、男子の競争心に火をつけたようだ。

 男とは戦う生き物、それ即ち、競う生き物と言っても過言ではない。太古において生存競争を繰り返したのだから、当然と言えば当然だ。

 

 話はそれほど広大にこそなりはしないが、あれこれ悪く言われれば面白くない感情になるのは、寛容な人間でなければムッとしてしまうだろう。

 だからこその競争。そう……今この場において、第一回A組ベストセンス決定戦が始まったのだ。

 

 無論、峰田はただ口車に乗せて女子部屋を物色したいだけである。

 

「いいじゃん。えっとじゃあ、部屋王を決めるってことで!!」

「部屋王」

「別に決めなくてもいいけどさ……」

「……」

「オイ、やべェぞ。波動のおねむスイッチが入った。決めるなら急ごうぜ」

 

 部屋王を決めるとのことで盛り上がる芦戸を余所に、目が虚ろになってくる熾念。心なしか画風が崩れ、二頭身にディフォルメされたように見え、先程まで睡魔が襲っていた切島も思わず声を上げてしまう。

 既に眠そうにしている者は他にも大勢いる。

 夜中の九時過ぎに盛り上がるのは、部屋作りで疲弊したこともあり、中々難しい話なのだろう。

 しかし、たった今決まったことを取り下げられるような雰囲気でもない為、まずは残る男子部屋を見て回ろうという方針をとり、そそくさと移動を開始する。

 

「じゃあ切島部屋!! ガンガン行こうぜ!!」

「どーでもいいけど、多分女子にはわかんねえぞ。この男らしさは!!」

「……うん」

 

 開かれた扉の先には、名状し難い男臭さ漂う部屋が広がっていた。

 『必勝』とデカデカ書かれたタオル。炎が描かれているカーテン。部屋の中央に堂々と置かれているサンドバッグや、重そうなダンベル。壁には『気合い』、『漢気』、『寝るな!!』などと自分を叱咤激励するかのような文字が書かれた習字の紙が貼られている。

 そして何より、依然として片付けられていない段ボールの残骸が、妙な男らしさを匂わせていた。

 

「彼氏にやってほしくない部屋ランキング二位くらいにありそう」

「アツイね、アツクルシイ!」

「ホラな」

 

 涙零す者、また一人。

 

 『硬化』の男でさえ、女子の舌剣には敵わなかった。

 

「次! 障子!!」

「何も面白いものはないぞ」

 

 切島の次は、どのような部屋か予測がつかない障子だ。

 寡黙な男の部屋。口(触手腕の先に複製された)でこそああ言っているものの、ここで一つ、意外な一面を見せてくれるようなものが一つや二つはあるハズ。

 

「そんなふうに考えていた時期が俺にもありました」

「面白いものどころか!!」

 

 夢見心地で呟いた熾念に続き、芦戸が驚愕の声を上げる。

 障子の部屋は、一言で言えば『何もない』だ。布団、座布団、机などの必要最低限―――否、最低限あるのかどうかすら疑うレベルで、これといった家具がない。

 

「ミニマリストだったのか」

「まァ、幼い頃からあまり物欲がなかったからな」

「こういうのに限ってドスケベなんだぜ」

 

 轟の『ミニマリスト』発言に同意する障子であるが、横で性欲の権化があれこれ言っている。

 そんなナチュラルボーンドスケベの野次は置いておき、残る男子部屋がある五階へ足を運ぶ生徒たち。

 

「おお!!!」

「エイジアン!!」

「ステキー」

「瀬呂、こういうのこだわる奴だったんだ」

「へっへっへ。ギャップの男瀬呂くんだよ!」

 

 五階。最初に赴いたのは瀬呂の部屋であったが、いい意味で予想を裏切るアジアンテイストにコーディネイトされた部屋に、女子たちからの評価は良好だ。

 単に雰囲気が似ているからという曖昧なものではなく、徹底的に突き詰めて選び抜かれた家具は、見事な統一感を放っている。

 

 部屋王決定戦において、首位に繰り出してもおかしくないインテリアセンスだ。

 

「次、次ー!」

「轟さんですわね」

「さっさと済ませてくれ。ねみい」

 

 眠気を訴える轟を先頭に、クラス屈指の実力者でありイケメンボーイの部屋へ足を踏み入れる。

 すると、どこか懐かしいような畳の香りが漂ってきた。

 

「和室だ!!」

「造りが違くね!?」

「実家が日本家屋だからよ。フローリングは落ち着かねえ」

「理由はいいわ! 当日即リフォームって、どうやったんだおまえ!」

「……頑張った」

「何だよ、こいつ!!」

 

 努力で即リフォームしたらしい轟の部屋は、和が溢れる日本テイストの部屋だった。

 窓も障子になっている辺り、気合いの入れようが違う。

 

 イケメンの為す・考えることが凡人と一味違うと垣間見たところで、男子最後の部屋である砂藤ルームへ向かう。砂藤本人は、これまでの個性豊かな部屋を見た上で、自身の部屋を披露することに引け目を感じているのか、どこか浮かない様子だ。

 それでも、これまで男子たち(二人を除き)が披露した手前、彼だけやらないという訳にもいかず、重い足取りで自室の扉を開けた。

 

「まー、つまんねー部屋だよ」

「轟の後は誰でも同じだぜ」

「ていうか良い香りするの、コレ何?」

「ああイケね!! 忘れてた!! 大分早く片付いたんでよ、シフォンケーキ焼いてたんだ!! 皆食うかと思ってよォ……」

 

 鼻を擽る甘い香り。夕食をとってから三時間ほど経った後の胃袋を欲しがりにさせるような、食欲をそそる匂いが部屋中に広がっている。

 慌てて砂藤が電子レンジを開ければ、ふっくらと出来上がっているシフォンケーキが姿を現す。夜中の九時過ぎという禁断の時間に、反則的なまでに衝動を駆る出来上がり。思わず見ていた女子たちは、タラリと涎を垂らしてしまう。

 

「ホイップがあるともっと美味いんだが……食う?」

「くうー!!」

「模範的意外な一面かよ!!」

 

 シフォンケーキに群がる女子を見て、鬼のような形相を浮かべる峰田と上鳴。

 そうこうしている間にも、ふわふわのシフォンケーキは切り分けられ、この場に居る全員へ配られた。

 程よい弾力を持った柔らかさに、滲むように口に広がる優しい甘さ。そして絶妙なしっとりさ。店に出ていてもおかしくないクオリティのシフォンケーキに、女子たちには笑顔の華が咲き誇る。

 

「あんまぁい! フワッフワ!」

「瀬呂のギャップを軽く凌駕した」

「素敵なご趣味をお持ちですのね、砂藤さん! 今度、私のお紅茶と合わせてみません!?」

「オォ、こんな反応されるとは……まァ“個性”の訓練がてら作ったりすんだよ」

 

 A組の中でも屈指の筋肉を誇る男が、乙女のような趣味を持ち合わせているというギャップ。それに比べれば、部屋のコーディネイトが素敵であることなど、些細なものだ。

 ここまで菓子作りが上手いのは“個性”の訓練がてらだと言う砂藤だが、確かに毎度毎度ただの砂糖を舐めてのスタートよりかは、美味しく出来上がった菓子を食べた方が、モチベーションがあがるというものだろう。

 意外な才能を発掘したところで、男子部屋の披露は終わる。

 

「ちっきしょー、さすがシュガーマンを名乗るだけうまっ!」

「ここぞとばかりに出してくるな……うまっ」

「ほら、波動。お前の分もあるぞ。食え」

「んん~……」

 

 悔しがる瀬呂や切島を横目に、いつのまにやら障子に背負われていた熾念は、意識も覚束ないまま、口元へ運ばれた美味しそうな匂いの発する物体へ噛みつく。

 はむはむと小さい咀嚼を数度繰り返せば、線になっていた目がカッと開いた。

 

「うまっ!」

「怖! 目ェ急に開いた!」

「起きたか? だったら、後は女子部屋を見て回るだけだ。自分で歩けるな?」

「OK! 今ので、エネルギーはChargeできたぜっ!」

 

 電池が入ったロボットのように急に動き始める熾念。

 その豹変ぶりに慄く瀬呂を余所に、手を焼く必要がなくなった障子は、やれやれと背負っていた熾念を下ろす。

 

「ようし、このままチャッチャと行こうぜ!!」

 

(波動くん、目がすっごい充血してるなぁ……)

 

 おねむスイッチが入っているのを推して、尚も張り切る熾念を見て、緑谷は遠い場所を見るような瞳で彼を見遣るのであった。

 残るは女子部屋。

 そう、禁断の園だ。夜中の女子寮、そして女子部屋。その言葉の響きは、健全な男子高校生に淡い期待を抱かせる。

 

 勿論、間違いなど起こるはずもないが、部屋王決定戦後半戦が始まるのであった。

 


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