Peace Maker   作:柴猫侍

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仮免試験が来た!
№51 Ordinary day


 『神野の悪夢』―――そう形容された、オールマイトと敵による死闘は、一夜明けても尚世間を騒然とさせていた。

 明らかになったことは多々ある。

 まず、平和の象徴と呼ばれ、不動の№1ヒーローであったオールマイトが、既に戦える体ではなくなってしまっていたということだ。先日の戦闘で、体力の限界はとうとう訪れてしまい、時間もそれほど開けることもなく、彼はヒーロー活動を引退することを表明した。

 

 次に、神野の作戦に加わっていた№4ヒーロー・ベストジーニストが重傷を負い、一命はとりとめたものの、長期の活動休止を余儀なくされる。

 

 そして、雄英の合宿襲撃において行方不明となっていたワイルド・ワイルド・プッシーキャッツが一人ラグドールもまた、“個性”が使えなくなるという変調に見舞われてしまい、活動を見合わせることとなった。

 

 数多くのヒーロー、市民に甚大な被害が出た一戦。歴史に残るであろう激闘は、一先ず幕を下ろしたが……。

 

「ねえ、知ってた!? 熾念くん。雄英、全寮制に移行するかもしれないんだってね」

「Yeah」

 

 衝撃が大きすぎる数日を過ごし、疲弊を隠せない熾念は、ねじれが手に携えてきたプリントを一瞥する。『雄英高校 全寮制導入検討のお知らせ』と題してあるプリントは、否応なしに時の流れと“変化”を思い知らせてくるものだ。

 

 事実を受け入れる準備も整わぬまま、無情にもその時は来る。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 プリントが郵送されてから数日後、波動家に訪れたのは担任の相澤と、筋骨隆々の姿も見る影がなくなった本当の姿のオールマイトだった。

 あの激戦での負傷か、未だ痛々しい包帯姿だ。だが、それよりも痛々しく思えてしまうのは、ガリガリに痩せこけた姿である。一体、どれほどの時間を誤魔化す為に費やしたのか、熾念には皆目見当もつかなかった。

 

 しかし彼は、最後の最後まで守り切ったのだ。

 

 力を振り絞り、葛藤に満ちた自分達に代わって爆豪を救い、その他多くの市民も守り切った事実は、残念よりも、元々持ち合わせていた憧憬を強く抱かせるものとなった。

 そして、運命の再会。

 

 玄関のチャイムがなると共に、量子と共に迎えに上がる熾念。彼が扉を開ければ、見慣れぬスーツ姿の相澤と、テレビで見た通りガリガリ姿のオールマイトが佇んでしまった。

 

「っ……」

 

 分かっていた。分かっていた筈なのに、一瞬息を飲んでしまった自身の反応を呪いたくなった熾念は、すぐさま飛び切りの笑顔を取り繕い、教師二人を家の中へと招く。

 

「波動少年、済まない」

「Huh? なんのことですか、オールマイト」

「いや……君だけの話じゃあないが、今まで生徒のみならず市民の方々をも騙していたことが申し訳なくなってね」

「……いや、でもその姿もオールマイトなんでしょう?」

「? ああ、勿論さ」

「……じゃあ、()()()()()()()()()()()()

 

 不意に謝ってきたオールマイトに対し、意味深な言葉を呟いた後、用意していた席に座る。

 それからは、担任である相澤が襲撃についての謝罪から入り、事前に送ってきた全寮制導入についての内容を確認し始めた。

 熾念としては、雄英を退学する予定もない為、このまま通うのであれば必然的に寮へと移ることになるのだが、親も子と同じ意見である訳ではない。

 

「……熾念、ホントに雄英じゃなきゃ駄目?」

「ん?」

 

 相澤が説明している間、終始目を泳がせていた量子が、いざ判断を委ねられるや否や、不安そうな瞳で横に座っていた熾念に目を遣った。

 それ以上に何かを聞きたげにもしていたが、結局は聞かず仕舞いで、正面の教師へと顔の向きを戻す。一変し、凛とした顔立ちになった量子は、おどおどした声色から穏やかな怒気を含んだ声で、教師二人と対峙する。

 

「……オールマイトさんなら、この子の両親が敵の所為で亡くなっていることをご存知ですよね?」

「……ええ、それは勿論。だからこそ、数年越しに再会した後に垣間見えた彼の成長には、素直に驚嘆しております」

「家族ぐるみで接しても、熾念と打ち解け合うのには時間がかかりました。でも、今は貴方の影響を受けて、とても明るく育ってくれました。そのことには、義理の親であっても息子に影響を与えてくれたということで、深く感謝しております」

 

 小さくお辞儀する量子。

 

「ですが、義理でも……この子は私の愛息です。よそ様に誇れる自慢の子です。だから、正直に言って……襲撃を再度許して、あまつさえ二十人以上生徒に被害を出した学校へ託すのは、心情的に無理です」

「お母様の仰ることはごもっともです。しかし……」

「口であれこれ言うのは簡単なんです。姉の方は三年生なので、あと一年未満通わせればいい話ですが、熾念はまだ一年生。あと数年もそんな学校に預けなきゃならないと思うと……」

 

 次第に声が震え始める量子に、熾念は黙って彼女の肩に手を置く。

 結果が全て。どこかで誰かが呟いていそうな言葉であるが、量子の心を踏みとどまらせているのは、まさしく“結果”であった。

 USJ襲撃から始まり、敵連合との関係を示唆されているヒーロー殺しとの接触、ショッピングモールでの死柄木との邂逅、そして極めつけの合宿襲撃……特に最後は、火傷に骨折と中々の重傷であり、熾念の意識がない時に見舞いに来た量子は、床に伏せる彼の姿を見て失神してしまったほどだ。

 

 学校に入って四か月。それまでの間にどれだけの危機に見舞ったか。

 いずれも死人さえでなかったが、どれも死人が出てもおかしくない事件だ。これだけのハイペースで死に直結しかけない場面に出くわすなど、親として心臓が縮まりに縮まり、いつか潰れてしまうのではないかと思えるほどだ。

 

 雄英に居る所為でそうなるのであれば、いっそのこと雄英から退学させればいいのではないか―――量子はそう考えた。

 ねじれはヒーローとしての資格も有しており、何よりビッグ3と謳われるだけの実力があることから、有事の際でもなんとかしてくれるという安心感がある。

 だが、熾念はまだ一年生。どれだけ実力があろうとも、世間から見ればペーペーだ。万が一に、自己防衛が正当化されない被保護者とも言える。

 

 そのような愛息を、杜撰な危機管理体制を敷いていた学校に預けていいものか。

 二度あることは三度あるどころか、既に四度も敵連合と会敵しまったのだから、雄英に対してそういった認識を抱くのは、仕方ないどころか当然と言い切れるものであった。

 

「高校だから……義務教育でないのだから、退学するのは自由だ、とは言わせません。許しません。今までの結果を省みて、それでいて熾念を雄英に引き留めるに足り得るメリットを述べて下さい。私は、できるだけ熾念の意思を尊重したいんです……! だから、相応の誠意ってものを見せて下さい……!」

 

 雄英に留まるに足り得るメリット。それは施設が充実していることや、カリキュラムが他校よりも優秀などといった単純な話ではない。

 ここで量子が言うメリットは、親として、『息子を任せたい!』と思えるような―――心を突き動かされるような一押しという意味だ。

 

 親だからこそ、雄英に入る為に息子がどれだけ努力を重ねたかは知っている。

 その上で雄英から退学するということは、それまでの彼の努力が水泡に帰すことと同義だ。無論、全てが無駄とは言わないが、過去の彼が雄英へ向けていた情熱は、明らかに無駄だったと言うより他なくなる。それが親として許せないのだ。

 

 時間は有限。限られた時間の中で繕った時間をドブに捨てられるのは、余りにも残酷である。

 ロクな思い出も残せぬまま、両親を失った義理の息子を持つ親だからこそ、尚のこと―――。

 

「母さん、メリットなんて幾らでもあるじゃないかっ」

「っ、熾念?」

「『オールマイトが居る』。これだけは、他の学校じゃどうしようもできない理由だろ?」

「そ、それは熾念個人の……」

「ファンだからとかじゃないんだ」

 

 重々しい大人の空間を破るように立ち上がり、量子へ熱く語り始める熾念は、呆気に取られているオールマイトにウインクするという茶目っ気たっぷりの行動をとりながら、次の瞬間には真摯な眼差しを浮かべ始める。

 

「ずっと№1だった人だから……誰よりも前を行っていた英雄だから、ヒーローになりたい人間として、オールマイトに教えを請いたい。これだけは譲れない」

「熾念……」

「今は吃驚するくらい結果にコミットした姿になっちゃったけど、ここに居るのは間違いなくオールマイトなんだ。戦えなくなったヒーローじゃない。たくさんの人を救けた過去の積み重なりがあっての、今のオールマイトさっ」

 

 全寮制についての話をしている時、相澤は『今の』ではなく『これからの』雄英に任せてほしいと口にしていた。

 だが、熾念が重要視していたのは過去だ。歴史とも言い換えられる既に起きた出来事は、ヒーローにとって実績や経験とも言える。未来に何が起こるかなど、未来予知でもない限り分からない。

 しかし、過去に起こった出来事は真として存在しているのだ。揺るぎない結果。熾念にとっては、『雄英の失態』よりも『オールマイトの偉業』の方が、心の天秤にかけた際に重かった。玄関先で口にした『心は決まっている』という発言は、ここにつながってくる。

 

「オールマイトが言わなきゃ、意味を持たない言葉なんてたくさんあると思う。例え意味を持って発せられたとしても、考えない言葉なんてたくさんあるんだ。でも、オールマイトが言ってさえすれば、何か意味があるって常々考えられる……俺、そう思うんだよ母さん」

「あ、で、でも……」

「俺さ、救けたらそれっきりのヒーローにはなりたくない。あの時、病室に来て笑顔を教えてくれて、それからの俺を救けてくれた……一つの笑顔にもたくさんの意味をくれるような、そんな立派なヒーローになりたい」

 

 事件や事故現場で人を救けることがヒーローの仕事であるが、全ての人間にとって、命を救われたことが本当の意味で救われたとは限らない。

 中には、凄惨な現場を目の当たりにし、心に深い傷を負う者も少なくないのだ。

 だが、そのような深い心の傷を負い、生きる意味さえ失うような者にでも、生きる活力を与えられるような意味を持った言葉を言えるようなヒーローになりたい―――熾念はそう考えていた。

 

 他でもない、オールマイトのように。

 

「だから俺は、オールマイトとそんなヒーローを輩出した雄英で学んでいきたい。それじゃ駄目かな?」

 

 撫でるような優しい声に、量子は愕然としたまま顔を俯かせ、数秒程思案した後に顔を上げた。

 今にも泣き出しそうな表情を浮かべる彼女のまつ毛には、薄っすらと涙が纏わりついている。

 

「……ホントに、雄英じゃなきゃ駄目なのね?」

「Of course! 今更、折角できた友達とも離れたくないしさっ!」

「……ふふっ、今の理由の方が熾念らしいわね」

 

 仰々しく身振り手振りを加える熾念に、思わず吹き出してしまう量子は、静かに座っていた教師二人に目を遣る。どうにも親子で問題が解決してしまった雰囲気に、中々口を挟もうにも挟めなかった相澤とオールマイトは一瞬見合い、目の前の机に額が付くほどに、深々と頭を下げた。

 

「必ずや、息子さんの期待に添えるような教育をし、彼を立派なヒーローに育て上げると誓います。ですので、今一度、彼を我々雄英高校に任せては頂けないでしょうか」

「……まだ……納得はできません。でも、愛息の珍しい我儘ですから。今、私にできる最大限の譲歩が、熾念の意思を尊重してあげること。なら、もう一度だけ信じて預けようと思います」

「ありがとうございます」

 

 量子が口にした『珍しい我儘』に引っかかりながらも、全寮制導入について同意する旨を言ってくれた彼女へ、感謝の言葉を述べるオールマイト。

 

(ああ、なんだか……私が波動少年に救けられた気分だよ)

 

 雄英に熾念を引き留めることについてメリットを述べろと言われた際、正直オールマイトは何を言えばいいものかと、窮地に立たされた気分であった。

 自分の母校が他校より優れている所など、探せばいくらでもあるだろう。しかし、量子の真意を理解できたからこそ、施設が充実していることなどを言えるハズがない。

 

 そんな時に、まさか自分をメリットに引き出されるとは思いもしなかった。

 “個性”の残り火も消え、戦えなくなった体になった今……戦えなくなったヒーローになってしまった今、自分が発する言葉にどれだけの意味があるだろうか。

 あの姿でなければ、意味を持たせることはできない―――そう思っていた矢先の熾念の言葉にオールマイトは、素直に救われた気分になった。

 

(グラントリノにも言われたが、私が雄英に残ってすべきことは多そうだ)

 

 一度崩れ落ちるようにして消え去った背中の重みが、じわじわと増えていくのを感じる。

 しかし、そこに辛さはない。時に、教師としての自分の背中を押し、共に並び立ってくれるような荷物が他にあろうか?

 後進の育成。それが残された全うすべきことなのならば、自然と生きる活力が生まれてくると言うものだ。

 

(ありがとう、波動少年)

 

 この時は、彼の笑顔に救われた。

 かつて、自分が救けた少年の笑みによって。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 それから数日後の八月中旬、寮への引っ越しに際しての荷造りと発送も終えた熾念は、新たな学校生活が始まる雄英へ向けて登校することとなった。

 目指すは雄英敷地内、校舎から徒歩五分の築三日という脅威の建築速度で建てられた『ハイツアライアンス』という建物だ。

 

 寮に入れば、否応なしに家族と顔を合わせる機会は少なくなる。

 生徒の身の安全を守る為とは言え、親たちには淋しい思いをさせてしまうだろうと、心苦しくもなってしまう。

 だが熾念は、だからといって自分も淋しい顔をして、暫しの別れの言葉を言う柄ではない。

 

「じゃ、行ってきます! 土産話、楽しみにしといてくれよなっ!」

「うん、気を付けてね……」

 

 ハンカチで眼尻の涙を拭う量子に対し、満面の笑みを浮かべながら手を振って去る熾念。

 そのまま先を進んでいけば、見慣れた人影が制服に身を包んで、手首に着けた腕時計をジッと眺めていた。

 

「Good morning、一佳」

「おう、おはよ。怪我もう大丈夫なのか?」

「すっかり元通りさっ。今はもう元気が有り余り過ぎて、逆に疲れちまいそうだ。早くクラスの皆と会いたいな」

「……今日のおまえのクラスメイトの気苦労、推し量るのが憚られるよ」

「Huh?」

 

 目に見えて活気に満ち溢れている男子を前に、呆れたような笑みを浮かべる拳藤。

 ねじれとの血縁をしっかりと感じさせる熾念の口の多さは、まるで呼吸の数と同等。泳ぎ続けなければ死んでしまうマグロのように、彼もまた、常に喋ったり動いていなければ死んでしまうような人間だ。

 そんな人間の元気が有り余っている……付き合う方からすれば、疲弊する未来が見えるというものである。

 

 案外、コミュニケーション能力が高いこととウザイことは、紙一重なのかもしれない。

 熾念自体には善性がある為、本人もある程度は節制していることから、辛うじて前者だけに踏みとどまっているが―――。

 

(まあ、今更か)

 

 一人納得し、クスリと笑う拳藤を前に、不思議そうに首を傾げる熾念は、一体何を笑われたのかと分からないご様子。

 自分が分からない所でヒトに笑われるというのは、余り気分がよろしくなることはない。

 

 そこで、無理やり話を変え始める熾念は、今日から始まる寮生活についての話題を振ってきた。

 

「寮生活って、要するにクラスメイトと毎日お泊りみたいなもんだろ? 今からもう楽しみでさ」

「シェアハウスって言った方がしっくりくると思うけどな。雄英の敷地内だから電車賃が浮くのは助かるけど、メシをどうしたものか……あっ」

「What’s up?」

「いや、大したことじゃないんだよ。前はこうやって一緒に登下校してたけど、寮になったら……さ?」

「っ……!」

「……そんな世界の終わりみたいな顔されてもなあ」

 

 拳藤が気づいた事実に熾念は、愕然と汗を垂らしながら体を震わせる。

 

 以前は、家が近いこともあり、比較的登下校という二人の時間を作ることが容易だったが、寮生活となればそのあたりは変わってくるハズ。

 徒歩五分という校舎への道のりの短さ。600を超える生徒が済む人口密集地で、二人だけの時間を過ごすというものは難しい。さらに、寮であるのだから、自室へ招き入れて時間を過ごすということも、傍から見れば如何わしい真似をしていると見られかねないのだ。

 

(F○ck、敵連合)

 

 ある意味、敵連合との因縁が付いた瞬間であった。

 奴らが何度も襲撃しなければ、自分は好きな人と時間を過ごすことができたのに……そのような怒りが、熾念の中で沸々と沸き立つ。

 

「まあ、そこは放課後ちょっと話すなりなんなりにしとこうか。暇があったら、休日出掛ければいいしなっ」

「それもそうだな。じゃあ……」

「……?」

 

 徐に左手を差し出してきた拳藤。

 

「暫くそういうことできないなら、今日やっとこうか。エスコートよろしく頼むよ、ピースメーカーさん」

「っ……姉御!」

「誰が姉御だ。今から手刀にアクションを切り替えてやってもいいんだぞ」

「Sorry, Sorry! It’s a joke!」

 

 『手ェつなごうか』。

 ハッキリ言わずとも、色々やってみたい盛りの熾念はすぐさま理解することができた。

 

 変に奥手な熾念に代わり、仲が進展したからこそのアクションを求めると同時に、あくまでアクションを起こさせる順は相手に譲る。

 その心遣いに思わず『姉御』と呼んでしまったが、ギラリと閃く眼光に委縮するや否や、嬉々とした笑みを浮かべて差し出された手をとった。

 

「じゃ、行こうか」

「OK!」

 

 お互いの手の温もりを覚えながら、新たなる家へ向かう二人。

 一方で、そんな彼らを陰で見送っていた者達が、二人の姿が見えなくなるのを機に姿を現す。

 

「あらあら……一佳と熾念くん、ああいう関係だったのねぇ」

「若いっていいですね、拳藤さん」

「熾念くんとは知ってる仲だし、一佳のこと貰ってやってくださいよ、もぉ~!」

「まだ早いですよぉ。でも、一佳ちゃんはしっかり者だし、結婚してくれたらいい奥さんになってくれるでしょうねぇ……」

 

 にやけながら井戸端会議を始める拳藤母と量子。

 将来安泰と言わんばかりの笑みを浮かべながら、その後軽く一時間は話し合うことになるのを、熾念たちは知る由もなかった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「とりあえず1年A組、無事に集まれてなによりだ」

 

 新居であるハイツアライアンス前に集合したA組に対し、普段通りの倦怠感漂う口調で言い放つ相澤は、サッと自分の教え子を見渡す。

 こうして全員集まれたことは、あれだけの事件が起きた上では奇跡と言ってもいい。特に、ガスによる直接的な被害を受けた耳郎や葉隠、そして一度は連れ去られてしまった爆豪も、両親の許可を得て来ることができたようだが、難儀だったらしい。

 

「無事集まれたのは先生もよ。会見を見た時はいなくなってしまうのかと思って悲しかったの」

「うん」

「……俺もびっくりさ。まァ……色々あんだろうよ」

 

 しかし、何も集まれたことに驚きなのは生徒のみではない。

 数多くの被害を出してしまった責任者の一人である相澤。責任をとる形で退職してもおかしくない事態であったが、何やら裏で画策があるらしいため、そのまま教師業は続行のようだ。

 

「さて……! これから寮について軽く説明するが、その前に一つ。当面は合宿で取る予定だった“仮免”取得に向けて動いていく」

「そういやあったな、そんな話!」

「色々起きすぎて頭から抜けてたわ……」

「大事な話だ、いいか」

 

 ヒーロー活動認可資格、その仮免。

 度重なる襲撃にみまい、取得に対する重要度が高まった今、残りの休みの間は『休み』という言葉の意味を為さない。

 仮免取得についての話題を振られ、わいわいと騒ぎ始める生徒たち。そんな彼らを鶴の一声で黙らせた相澤は、神妙な面持ちで言葉を紡ぐ。

 

「轟、切島、緑谷。この三人は、あの晩あの場所へ爆豪救出に赴こうとした」

「え……」

 

 相澤の言葉に、鉛のように重い空気が場に流れ始める。

 

「その様子だと行く素振りは皆も把握していたワケだ。色々棚上げした上で言わせて貰うよ。仮に、赴いたとしたら俺は爆豪・耳郎・葉隠以外の全員除籍処分にしてる。まあ、結果的には飯田と波動が相談したから、婆さんに向かってもらって止めた訳だが……波動、お前も言い出しっぺの一人っつー部分はある。三人にだけ責任がある訳じゃない」

 

 ギロリ、と鋭い眼光で射抜かれたことに対し、熾念はビクリと肩を跳ね上げさせる。

 確かに熾念も爆豪救出の計画を考案した三人の内の一人だ。だからこそ、そのことを負い目に感じ、責任を果たすべく友人や大人の協力を得てまで止めた訳だが、仮に止めきれなかった場合は、赴いた者達を誑かした罪を背負うこととなる。

 じっとりと脂汗が滲み出るのを覚えながら、それでも熾念は相澤から目を離さない。

 

 その様子を確かめ、一拍置いて話を続ける相澤。

 

「それを踏まえた上でも、実行しかけた分の処分を下すべきかとも考えたが、オールマイトが引退して社会は大混乱だ。敵連合の動きも読めない中、不用意に雄英から人を追い出す訳にもいかない。だから以降は、そんな処分をされるような不用意な真似は慎んでほしい。人の生死や人生を左右してしまうような行為だ。結果よければすべてよしで済むとは努々思うな」

 

 暗に退学処分を検討した旨も口にしながら、相澤が淡々とした口調で語っていくのにつれて、生徒たちの顔は次第に地面へ向けて俯いてく。

 晴れ晴れとした空を見ることが億劫になってしまうような重苦しい雰囲気。されど、自分達の担任は釘を刺す意味で、ズバズバと心を抉るような内容を口にする。

 

「今回の行為は、理由はどうあれ俺たちの信頼を裏切ろうとした事には変わりない。正規の手続きを踏み、正規の活躍をして信頼を取り戻してくれるとありがたい。以上! さっ! 中に入るぞ、元気に行こう」

 

―――行ける訳なかろう

 

 生徒たちの心は、この時シンクロしていた。

 足早に寮へ向けて歩いていく相澤であるが、生徒たちは地面と靴の裏が癒着でもしているのかと疑うほどに、その場からピクリとも動かない。

 

 陰鬱とした空気の中、聞こえてくるのは空気を読まない蝉の鳴き声だけ。

 

「Hey、皆。俺さ、ちょっと……」

 

 だが、そんな重苦しい空気を切り裂いて声を上げる者が一人。

 バッと全員の視線が一斉に向くのも気にせず、声を上げた熾念は自身のバッグをごそごそをかき分け始める。

 何を探しているのかと怪訝に眉を顰め、近くに居る者達はバッグの中身を覗こうと、首を伸ばしてみたりもした。

 

 すると、バッグの中からカラフルな包装紙に包まれた箱が三つ。

 

「範太、三奈ちゃん、響香ちゃん。これ……合宿の時に渡す予定だった誕生日プレゼント。Happy Birthday to you♪」

「「「今っ!!!?」」」

 

 のほほんとした顔で、しれっと誕生日プレゼントなる箱を渡してくる熾念に、三人は愕然として声を上げる。

 瀬呂範太、誕生日7月28日。

 芦戸三奈、誕生日7月30日。

 耳郎響香、誕生日8月1日。

 そう、あれだけの騒動があっても尚、熾念は三人の誕生日を忘れることはなかった。本来であれば、合宿と重なる……若しくは、襲撃後の事態の収拾等で祝うに祝うことができなかった日にちに、彼ら三人は16歳を迎えたのだ。

 

「波動くん、いつも思うけどホントそのあたりマメだよね……」

「他人の誕生日だったら公然と騒げるしなっ、HAHA!!」

 

 呆れたような、尚且つどこか称賛するような声をかける緑谷に、熾念は軽く笑い飛ばす。

 そう、皆とワイワイガヤガヤしたい熾念にとって、自分や他人の誕生日とは、公然として騒ぎ立てる理由のある日に他ならない。

 

 その為、持ち前のコミュニケーション能力を生かし、クラスメイトの誕生日は4月の時点で全員分把握し、誕生日が来る度に軽いプレゼントを渡し、クラスメイトとの親交を図っていたのだ。

 

「そういや、爆豪の時もだったよな……あんな近寄りがたいクソを下水で煮込んだような性格で、その上4月っつーあんまり打ち解けられてねえような時期に、よく祝えるもんだな」

「今なんつった、このアホ面ァ!!」

「Hey、勝己! 俺が渡した辛子煎餅食べた!?」

「食ったわ!! それよりも何でてめェが、俺が辛いモン好きって知ってんだコラ!!」

「出久に聞いた」

「てめェの所為か、デクゥ!!」

「うわっ、なんで僕が怒られなきゃいけないの!!?」

 

 上鳴がふと口にした言葉を皮切りに、爆豪の導火線に火がついたようであり、A組では日常とも言えるカラッとした怒声が響き渡る。

 次第にその熱は伝播してき、曇っていた皆の表情に明るさが戻っていく。

 そこへ、ここぞとばかりに笑顔の熾念が大声を上げる。

 

「次、誕生日俺!! 10日だから!! 次は22日の天哉で、その次は9月の百ちゃん!! 折角の寮生活だっ! 誕生日は勿論、これからハロウィンにクリスマスも一緒に過ごすかもしれないから、楽しんでいこうぜっ、HAHA!!」

 

 一気に明るくなる場。

 怒鳴る爆豪に、オドオドとした様子でたじろぐ緑谷。それを見て爽快に笑う熾念や、笑うクラスメイトたち。

 これが日常。変わることのないA組の日常なのだ。

 

(茶番……も時には必要か……)

 

 変わらぬ風景に、どこか安堵したかのように胸を撫で下ろす相澤。

 問題ばかり起こし、面倒がかかる教え子たちではあるが、だからこそ教え甲斐がある。そう言わんばかりに、マフラー代わりに首へ巻かれている捕縛武器の下で、相澤はフッと軽く笑うのであった。

 


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