Peace Maker   作:柴猫侍

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№45 Your Nightmare

 

 既に空は夕焼け色に染まっている。

 森に夕食の香しい匂いが残る中、食器洗いも終わった生徒たちは、浮足立って次なるイベントを心待ちにしていた。

 その名も、

 

「Ghost huntの時間だぁ!」

「幽霊狩りじゃあああ!!」

「いや、肝試しだから」

 

 肝試しを英語に言い換えた熾念に続き、再翻訳して黄色い声を上げる上鳴であったが、即座に彼らのテンションについていけていない緑谷に訂正される。

 そう、これから肝試しの時間だ。

 夏のイベントの一つと言ってもいい肝試し。苦手な人はとことん苦手なイベントではあるが、蒸し暑い夏の暑さに強烈な清涼感を与えてくれることは間違いない。

 

「その前に大変心苦しいが、補習連中は……これから俺と補習授業だ」

「ウソだろ」

 

 しかし、現実は非情だ。

 相澤の一言に、幽霊よりも恐ろしい存在を目にしたかのような量の冷や汗を流す芦戸が叫び、そのまま相澤の捕縛武器で拘束される。

 

「すまんな。日中の訓練が思ったより疎かになってたので、こっちを削る」

「うわああ!! 堪忍させてくれえ!! 試させてくれえ!!」

 

 引きずられていく補習組。

 あの細身で必死の抵抗を試みる五人を引きずっていく辺り、相澤もプロヒーローであるだけの筋力は有しているようだ。

 

「はい、というわけで脅かす側先行はB組。A組は二人一組で3分置きに出発。ルートの真ん中に名前が書いてあるお札があるから、それを持って帰ること。脅かす側は直接接触禁止で、“個性”使った脅かしネタを披露してくれるよ」

「創意工夫でより多くの人数を失禁させたクラスが勝者だ!」

「やめて下さい、汚い……」

 

 虎が勝利条件を提示するが、耳郎が嫌悪感を丸出しに声を上げる。

 A組に関しては、既に失禁の被害者が一人、“魔獣の森”にて出ているのだ。ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツは他人を失禁させるのが好きなのだろうか。

 

 それは兎も角、用意されたくじ引きで淡々と決めていく面々。

 

 しかし、問題が一つ起こった。

 

「二人一組……あれ? 20人で5人補習だから……一人余る……!」

「これもまた運命」

 

 ハッとした緑谷と、それっぽいことを言ってみる常闇。皆、平常運転だ。

 余りの一名は、運がなかったということで一人孤独のままに暗がりを進んでもらうとして、決まったペアはこうである。

 

 一組目 常闇・障子

 二組目 爆豪・蛙吹

 三組目 耳郎・葉隠

 四組目 八百万・尾白

 五組目 轟・麗日

 六組目 飯田・口田

 七組目 峰田・緑谷

 

 そして、熾念が悲しくも一人だけになった。

 

「えー……俺一人か」

「これもまたサダメ……」

「Hey、チャコチャ。なに意味深な感じで言ってるのさっ?」

「自分の胸に手ぇ置いて考えてみて、波動くん!」

 

 グッと拳を握って言ってみせる麗日に、合点がいかない様子の熾念はなんのことやらと頬を掻くばかりだ。しかし、女子たちは彼女の言っている意味を理解しているのか、ニヨニヨとしながら熾念に視線を送る。

 不可解な女子の行動に、男子たちは首を傾げるばかり。

 

―――A組における恋の先駆者は、確かに熾念一人

 

 女子たちが示唆していることがそのようなことであるのが分かるはずもないまま、肝試しは開始される。

 

 

 

 しかし、この時まだ彼らは知らなかった。

 悪の気配が、もうすぐそこまで迫っていることに。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 満天の空を一人寂しく見え上げるのは、秘密基地に体育座りで佇む洸汰であった。

 心地よい夜風に頬を撫でられながら、今も空で瞬いている星を眺めていれば、空に比べての自分の小ささを知ると同時に、ちっぽけな自分が悩みと一緒に消え入りそうな感覚を覚える。それが良いか悪いかは別として、洸汰はその感覚が好きであった。

 

 しかし、ふと流れ星が瞬いてしまえば、今は亡き両親の顔が脳裏を過ってしまう。

 

 ハッキリとはもう思い出せない。アルバムに仕舞われている写真を眺め、『確か、こんな顔だったな』と朧げな思い出に浸るだけだ。

 一日一日を新しく感じる子供にとって、数年前の出来事など、明瞭に思い出すことは困難だ。代わりに、嫌な記憶だけはこれでもかというほど、脳内で幾度となく再生される。

 

 両親を殺した敵―――『血狂いマスキュラー』。

 今も逃走中と言われている。

 

 人殺しをむざむざ逃がすヒーローの無能さが、より一層彼の心の傷を深くするのだ。無論、それは同時に両親も否定することになるのだが、両親ごと否定しまえば、同時に自分の辛さも否定できてしまえそうだった。

 だから、意固地になってヒーローを嫌う。

 

 ヒーローなんて存在しなければいい。

 

 ヒーローなんて職業がなければ、両親が死ぬことはなかった。

 

 ただ自分は―――パパとママと一緒に過ごして居たかった、それだけだ。

 

「っ……」

 

 嗚呼、八方塞がりだ。

 自分の辛さを否定してしまえば、自分の本音が雫と共にポロリと零れてしまう。

 

 零れ落ちる涙を隠すように顔を俯かせると、眼下に広がるのは青々と生い茂る森だ。しかし、ふと鼻腔を擽る焦げ臭さにハッとして顔を見上げれば、先程までの星空が一変し、赤く染め始められていた。

 

「は……?」

『敵二名襲来!! 他にも複数居る可能性アリ! 動ける者は直ちに施設へ!! 会敵しても決して交戦せず撤退を!!』

 

 洸汰が呆気にとられていれば、切迫したマンダレイの声が“個性”によって脳内に響きわたる。

 どうやら、この森に敵が襲撃したようだ。

 それがどれだけ不味い状況なのか、わからない洸汰ではない。徐に立ち上がり、早々と避難先の施設へ向かおうとした。

 

 その時であった。

 

「オヤオヤ?」

「ひっ!?」

 

 小石が転がる音と共に聞こえてくるのは、若い女の頓狂な声。

 咄嗟に振り返った先には、おどろおどろしい器具を背負う、サイドで団子ヘアーを作る高校生らしい風貌をした女だった。

 顔立ちは可愛らしい方であるが、如何せん恰好が恐ろしい。初見で、関わっていけない人物であることは、子供の洸汰でも理解できた程だ。

 

 距離をとるべく後ずさる洸汰。

 対して、目を歪ませて歩み寄る女。

 

「ボク、こんばんはァ! 資料になかった顔だけど、カァイイね! ここの子かな?」

「うっ……」

「そんな怖がらなくてもいーよ? おねーさん、怪しい者じゃないですから」

 

 じりじりと歩み寄る女は、ポケットから取り回しのよさそうな小さなナイフを取り出す。

 刃物を携えられながら『怖がらなくてもいい』など、どこで通じる冗談なのかと聞きたい気分だ。

 

『洸汰……! 洸汰、聞いてた!? すぐ施設に戻って! 私ごめんね、知らないの。あなたがいつもどこへ行ってるか……ごめん洸汰!! 救けに行けない! すぐ戻って!!』

 

 再び脳内に響くマンダレイの声。今度は、洸汰だけに伝えられた内容なのだろう。

 彼女は親を失い傷心の洸汰との距離を掴めず、時間が解決してくれるのを待ちながら、必要以上に接することをしなかった。

 今回はそれが仇になってしまったようだ。

 

 洸汰の秘密基地。

 知っている者は―――

 

「ねえ、ボク。一つ聞いてもいいかな? 私、バクゴーくんという男の子を探してるんですけど、どこに居るか知りません? あ、私トガって言います! よろしくね、ボク!」

「うぁ……!」

 

 ナイフ片手に歩み寄る『トガ』と名乗る女を前に、耐え切れなくなった洸汰が背を向けて走り出す。

 瞬間、トガの眼光が鈍く、そして鋭く光り、軽快な身のこなしで逃げる洸汰を組み伏せた。

 

「あぁっ……!」

「知らないんだね、ボク! じゃあ、おねーさんと遊ぼっか! お医者さんごっこ。ボクが患者さん役で―――」

 

 組み伏せる洸汰の上で、ナイフを振りかざそうと構えるトガは、そのネックウォーマーのようなマスクの下の口を、鋭い弧に歪めさせていた。

 

「私がお医者さん役ねっ♪」

「た、救け……っ!」

 

 刺される。

 例え、刃渡りが短いナイフであっても、子供にしてみればそれなりの長さだ。刺されてしまえばただではすまない。

 

 誰も救けてくれないこの状況―――絶望しかない。恐怖しかない。後悔しかない。

 脳裏を過るのは、両親の姿。

 

「パパッ……ママッ……!」

「アハァッ♪ メス入れまーす」

「―――洸汰くんから」

 

 その時だった。

 聞き慣れぬ、しかしムカついてよく覚えている声が、トガの笑い声を切り裂く形で響いてくる。

 反射的に目を向ければそこには、

 

「離れろ!!」

「うわっと、危ないアブナイ」

「ッ……動き、凄!?」

 

 風を切る勢いで拳を振るうのは他でもない。昨日、カレーを秘密基地まで運んでくれた緑谷であった。

 フルカウル状態での一撃を回避されたことに驚愕の声を上げる彼であったが、一先ず洸汰に傷をつけられる前にたどり着けたことに、一息ついて身構える。

 

「もう大丈夫だよ、洸汰くん!」

「おまえッ……!?」

「僕が来た!!」

 

 自らに憧憬を重ね、高らかに宣言する緑谷。

 そう、彼があの言葉を口にするのは、敵に―――理不尽におびえる市民に安心を与えるためだ。ならば、今言わずして何時言うのだ?

 そのような考えに至った時には、既に口は動いていた。

 

 一方、ヒーローの卵の一撃を、忍者よろしく身軽な動きで避けてみせたトガは、緑谷の顔に心当たりがあるのか、興奮した様子で戦意を見せる緑谷を凝視する。

 

「君は……弔くんの殺せリストにあった緑谷、えーと……出久くん!」

「ッ……僕を知ってるのか! それも、死柄木の!?」

「カックいいねぇ、出久くん! ヒーロー志望ってだけあるね。友達になろ! あ、私トガって言います!」

「なんだ、この人……!?」

 

 狂気染みた喋りを続けるトガに緑谷は、得も言えぬ悪寒を覚えながら臨戦態勢を崩さない。敵であるというのに、ヒーロー志望の男子と友達になろうなどと口走るとは、どういう思考回路を持っているのか、甚だ疑問だ。

 だが、敵に常識を求めるなど逆にクレイジー。

 常識が通用しない者達に常識を当てはめようとすれば、あっという間にこちらの足を掬われてしまう。

 

(どうする、このまま戦うか? いや、マンダレイには戦うなって言われてるんだ。相手の“個性”は分からないけど、逃げ切れそうだったらさっさと洸汰くん抱きかかえて逃げなきゃ! それに―――)

 

「ほいっと」

「っ!」

 

 闇からにじみ出るような滑らかさで迫って来たトガが、ナイフを突き出して緑谷を切ろうとする。

 初撃は単調な直線であった故、さほど回避することに労は要さず、最小限の動きで避けることが叶ったが、トガは次から次へとナイフによる斬撃を繰り返す。

 

 懐に入ってくると思えば急に退き、それから緑谷の視界の端から襲い掛かってくる―――そんな相手に対し、攻防を繰り広げる緑谷はとある敵を思い出した。

 

(コイツ……動き、ヒーロー殺しに似てる!?)

 

 意識の合間を突くような攻撃……まるで、ヒーロー殺しこと『ステイン』のようだ。

 ヒーロー殺しは増強系でないにも拘わらず、フルカウルの緑谷相手に優位に立ち回っていた。

対して、このトガという女は、膂力は兎も角として素早さ・隙を突くことに関しては只の女子高生の動きではない。フルカウル状態の緑谷と互角の立ち回りを見せる姿は、まさしくヒーロー殺しを彷彿とさせる。

 

 だが、ただ防戦一方の緑谷ではない。

 

「だあ!」

「おおっ、アクロバティック」

 

 ナイフごと腕を突き出してきた相手に対し、両手をついてのバク転するように攻撃を回避し、そのまま振り上げた足でナイフを宙へ蹴り飛ばした。

 虚空を舞うナイフは、そのまま崖下の森の中へと落ちていく。

 『イタタ』と呟きながらも、さほど痛がっていない様子のトガは、緑谷の身のこなしに感心する笑みを浮かべながら、左手に握っていた注射器のような器具を投擲する。

 

 それは寸分の狂いもなく緑谷の肩へ突き刺さり、徐に吸引音を響かせた。

 

「なんだコレ……血を!? つっ!」

「やった、血♪ 血♪ ゲット!」

 

 病院での採血とは比較にならない速度で血を採られていることを察した緑谷は、即座に拳で注射器の破壊を試みるも、それよりも早くトガが器具を引き抜いた為、拳はなにもない空間を殴ることになる。

 血を手に入れたトガは大層ご機嫌で、イマドキの女子高生らしいテンションのまま、その場でぴょんぴょん膝を曲げて跳ねた。

 

 それがまた、トガの狂気を際立たせる。

 文字通り血の気が引く緑谷であったが、彼の耳に聞き慣れた声が……

 

「出久速いなッ……! 大丈夫か……って、敵! ここにも居たのか!」

「あ、君は二位の」

「波動くん!」

 

 ヌッと崖下から、幽玄な緑色の光を帯びて舞い上がってくるのは熾念だ。

 彼にも心当たりがあるのか、トガは緑谷の時とは一変し、興ざめしたかのようなクールダウンした声で呟いた後、そそくさと崖から逃げていこうとする。

 そんなトガへ、熾念は掌を翳す。

 

「Wait!」

「待ちません。君の“個性”とは相性悪いと予習済みですので、バイバイ」

「波動くん、深追いは禁物だ!」

「っと……そうだな!」

 

 逃げようとするトガを“個性”で引き留めようとする熾念であったが、緑谷の制止の声に反応し、自身の浅はかな行動に顔を歪めながら、緑谷と洸汰の居る下へ着地する。

 周囲への警戒は怠らないまま、延々と恐怖で涙を流している洸汰へ向けて、二ッと満面の笑みを見せ、先程翳した掌を頭に軽く置く。

 

「怪我ないか?」

「あ……うん。ありが……」

 

 『ありがとう』。

 ここ数日の態度からは想像できない素直な感謝を述べようとする洸汰であったが、直前でピースを作った熾念に口角を押さえ付けられ、言葉を遮られてしまう。

 

「おっと。お礼なら、こっちのお兄ちゃんに言ってあげな! 先に来たのは出久だからさっ、HAHA!」

「そそ、そんな! 敵は波動くんを警戒して撤退したみたいだし、僕だけじゃ……ってそれは後にして!」

「Huh、All right! 無事保護できたコトだし、一回施設に行って相澤センセーの指示聞くか!」

「うん! 洸汰くん、僕の背中におぶさって!」

「う、うん……」

 

 緊迫した状況を一度解してから、己らの使命を思い出したかのよな決意を固めた顔を浮かべ、施設へ体を向ける二人。

 洸汰を背負った緑谷はフルカウルで、熾念は“個性”で体を浮かし、全速力で施設へと向かうのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 事態は、数分前に戻る。

 肝試しの順番を待ち、広場で待機していた六~八組の面々であったが、そこへ焦げ臭い異臭と共に二人の敵が現れたのだ。

 

 二人の内、武器と思しき長物を携える長髪の男がピクシーボブに不意打ちをかまし、彼女を戦闘不能にした。

 もう一人、異形型と思しき爬虫類面をした者が、自分たちは『敵連合開闢行動隊』と宣言し、プロヒーローたちへ宣戦布告したのだ。

 

 万全を期したハズの林間合宿へ敵の襲撃を許したことに、生徒たちは一時混乱に陥ったが、マンダレイの指示に従い、施設への避難を開始。

 だが、マンダレイの襲撃とは別の焦燥に気づいた緑谷が、自身が洸汰の保護へ向かうと申し出て、熾念もそれに付き従う形で二人して崖に来たと言う訳だ。

 

「出久、血ィ出てるけど大丈夫か?」

「うん。思ったより深くない。それよりも早く、皆の救助に……!」

 

 洸汰の保護を遂行すべく、施設へ全力疾走の二人。

 肩から血を流す緑谷を案じる熾念であるが、本人は大したことはないと言い張っている。確かに、今まで彼が負ってきた傷に比べれば軽い方だが、それでも中々の出血だ。

 しかし、そんな状態でも、クラスメイトや同じ科の者達を救わんと、緑谷は奮い立っている。

 

 これでは止めようにも止められない。

 それを理解している熾念は、これ以上傷が増えないのを願いながら、彼のサポートをするべく傍に居るのだ。

 

 無意識に他人へ目を向けられる熾念は、味方に対しての視野が広い。

 誰をどう補助すればいいか、誰と誰の間を取り持てばいいか、等々……人と人の橋渡しといった役割に長けていることが、彼の長所だ。

 それが全体へ向けられれば、また一歩ヒーローとして成長する―――という話は置いておくとして、緑谷におぶさっている洸汰が大分収まってきた涙を飲みこみ、ある情報を口に出す。

 

「さっきのアイツ……確か、バクゴーってやつ探して……!」

「バクゴー? 勝己か? なんで敵が勝己を……」

「それってつまり、かっちゃんが狙われてるってことだよね? っ、急がなきゃ!」

 

 洸汰の証言から、襲撃してきた敵連合の狙いが爆豪であると判明し、怪訝な顔を浮かべる二人。

 一体何が目的なのだろうか。

 以前、連合が襲撃してきた目的は『オールマイトの殺害』であったが、今回の合宿ではそのような目的での襲来を憂慮し、オールマイトは学校で待機となったことを、今朝緑谷は相澤の口から聞いた。

 

 そんな状況の中、連合の狙いが爆豪へと変わった目的は如何に?

 

 殺害とは考えにくい。

 となれば、わざわざ生徒を狙う理由は『誘拐』という線が濃くなってくる。一抹の不安を覚えながら、熾念は難しい顔を浮かべる緑谷へ問いかけた。

 

「センセーに電話して指示仰ぐか?」

「いや、出れるとは限らないし、前みたいに電波障害かけられてる可能性もある。それに此処から施設まで大した距離じゃないから、直接会った方が早いよ!」

「……そうか」

 

 至って冷静に答える緑谷であるが、幼馴染を標的にされている心境は、熾念にとって推し量れるものではない。いや、彼の場合は同じく林間合宿に望んでいる拳藤が狙われていると置き換えればいいだろう。

 想像しただけで、尋常ではない心の燻りが体の内側から湧き出て、動かずには居られないという衝動に駆られるような感覚を覚える。

 

 差異はあれど、今の緑谷もそのような心境であることには違いない。

 

「出久」

「うん?」

「守るぞ」

「……うん!」

 

 長く短い戦いの夜が始まる。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「ちっ、くっせえなオイ……!」

「文句言っても仕方ないわ、爆豪ちゃん。中間地点はラグドールに任せて、私たちは早く施設へ向かいましょう」

「俺に指図すんな、蛙女。言われんでもわぁっとるわ」

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

 その頃、中間地点をちょうど過ぎたあたりで襲撃に見舞われた爆豪・蛙吹ペアは、森の中に巻かれる有毒ガスを吸わぬよう、気休め程度に服で口元を覆いながら、鬱蒼と葉が生い茂る道なき道を進んでいた。

 事前に伝えられていた整備されている道では、敵が隠れているかもしれないと考慮したためだ。

 それならば、多少道が複雑であっても、襲撃される恐れの少ない林道を突っ切り、施設へ向かう方が安全……そう考えていた。

 

「……っ! 待て、蛙女。誰か居る」

「梅雨ちゃんと呼んで。……敵かしら?」

「いや、ちげえな」

「あ、ちょっと」

 

 何者かの気配を感じた爆豪が、控えめの蛙吹の制止を振り切り、茂みをガサガサと掻き分けながら、木の根元に腰かける男に近づいた。

 

「てめェ……タコ男か?」

「その声、爆豪……か、ゴホっ! ガハっ!」

「障子ちゃん! 酷い出血だわ、それに……」

 

 そこに居たのは、血まみれの障子であった。

 着ていたタンクトップは夜でもわかるほど真っ赤に染まっており、彼の左腕の皮膚からは、白い突起が肉を突き破るようにそびえ立っていた。複雑骨折だ。それも重度の。

 思わず目を背けてしまいたくなる光景。

 むせかえってしまう血の匂いに顔を顰めながら、それでも蛙吹は障子を看るべく歩み寄る。

 

 まずは血を止めるべく、上着を脱ごうとする蛙吹。ここに都合よく包帯などある訳がない為、苦肉の策として、自身が身に纏っていた上着を包帯代わりに使おうとしたのだ。

 しかし、それを制止するように爆豪が一足早く、黒い上着を蛙吹へ脱ぎ渡す。

 

「……ありがとう、爆豪ちゃん」

「喋っとる暇あんなら、さっさと血ィ止めてやれや」

「ええ。障子ちゃん、痛いけどちょっと我慢してね」

「あぁ……」

 

 適当な添え木を探し、それを腕に当てた後、きつく添え木ごと腕に上着を巻き付ける蛙吹。

 苦痛に顔が歪む障子であるが、失血死を止める手段だ。文句を言える状況でないことは、彼も理解できていたため、荒い息をなんとか整え、二人の顔を見遣る。

 

「はぁ……はぁ……常闇が……」

「常闇ちゃん? そういえば、見当たらないわね。一体どこに……?」

 

 肝試しのペアであった常闇の名を口に出す障子。

 キョロキョロと辺りを見渡す爆豪と蛙吹であったが、誰も彼の姿を見つけることはできない。

 代わりに、遠方より聞いたことのない轟音のようなものが聞こえてくる。

 

 木が軋み、地面が唸るような悍ましい音。

 次第に地鳴りは近づいてくる。

 

「なんだぁ、こりゃ?」

「俺を襲った敵……常闇は今、そいつと戦っている……!」

「敵とだ?」

「ああ……奴は危険だ……! そして常闇も……げほっ!!」

「無理に喋らないで。身体に障るわ」

 

 痛みよりも焦燥が勝っている障子は、常闇が現在危機に陥っていることを二人に告げる。

 吐血しながらも伝えなければならぬ危機とはよっぽどだ。思わず二人も顔を見合わせてしまう。

 

「俺の事はいい。……爆豪、お前ならば……常闇の暴走を止められる!」

「は? 暴走? 訳わかんねえことゴチャゴチャ言いやがって、何の話かはっきり言えや」

「アイツの下へ応援に行ってくれ。肝試しの道を道なりに進んだ先……おそらくはそのあたりで……」

「……爆豪ちゃん。私は障子ちゃんを看てるわ。あなたは常闇ちゃんのところへ行ってあげて」

「俺に指図すんじゃねえっつって……~~っ、わぁったわ! 憂さ晴らしに行ってやりゃあ! 敵全員爆殺じゃあ!!」

「頼んだ……」

 

 訴えかける障子と蛙吹の瞳に耐え切れなくなった爆豪は、拳を握って小さな爆発を起こして見せる。

 

 そして、そのまま地鳴りが響いている方めがけて全力で走り出す。

 

(鳥頭と戦ってるヤツはつまり、タコ男の腕ぶっ潰した野郎だ。ってなると、増強系かなんかか? 聞こえてくる地鳴りを鑑みるに、それもかなりの……ちっ! 鳥頭の暴走だかなんだか知らねえが、俺がブッ飛ばしゃあ話は早え!)

 

 かなり地鳴りに近い場所まで来ることができた。

 既に、痛々しい戦闘の痕が、地面やら木々に残されている。何かに打ち付けられてできたような凹みや、鋭利且つ巨大な爪に抉られたような痕。

 間違いない。この痕跡を残した者達は、目の前の茂みを超えた一歩先に存在している。

 

 絶え間なく木々の群れの合間から吹いてくる強風をかき分け、ようやくたどり着いた爆豪。

 彼の視線の先には―――

 

「……おいおい。なんだ、こりゃあ……!?」

 

 荒ぶる強大な影と、蠢く暴の塊。

 二つの怪物が、太い木を容易くなぎ倒しながら、激突していた。

 

「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!! 地の染みとナレェ!!!」

「はっははは!!! お前……最高だなあ!!! もっと遊ぼうぜえッ!!?」

「戯レ? 笑止!!! これは、一方的な蹂躙だア゛ア゛!!!」

「そうこなくっちゃなあ!!!」

 

 悪夢だ。

 狂気に満ちた悪夢が、ただただ暴れまわっていた。

 


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