Peace Maker   作:柴猫侍

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№44 Unlimited possibility

 男子禁断の花園、女子部屋。

 現在そこには、男子が一人正座させられた上で両手に手錠をかけられていた。手錠は勿論、八百万の『創造』で創ったものであるが、問題はそこではない。

 

「えっと、これは一体なんなんだ……?」

 

 困惑した表情を浮かべる熾念は、依然として不敵な笑みを浮かべている女子たちを一瞥し、不安げな声を上げる。

 ロクなことにはならないだろうという雰囲気はビンビン伝わってくるが、どうしてこうなってしまったかのかを、彼は自分なりに考えた。

 

 周囲と拳藤の様子の違い。

 それがキーだ。

 

 とすれば、心当たりは一つだけ浮上してくる。

 

 そこまで考えが至り、タラリと一筋の冷や汗を流した時であった。

 不敵にほほ笑む(顔は見えないが)葉隠が、じわりじわりと熾念の背後に回りこみ、ガシッと彼の肩を掴んだ。

 

「波動さんよぉ……もうネタは上がっちまってんだ。早々にゲロっちまいな」

「Hey、透ちゃん。その喋り方はなにさっ?」

 

 学校で一度たりとも用いないような口調で、熾念の耳元で囁きながら、掴んだ肩ごと体を揺らして見せる葉隠。刑事ドラマの取り調べ室でのやり取りを彷彿とさせる。

 現実逃避気味にそのような考えを脳裏に過らせていれば、今度は抑えきれないニヤつきを顔に浮かべる耳郎が、熾念の前へやって来た。

 

「まあまあ、葉隠。そんな威圧的に迫っちゃ、話してくれるものも話してくれないっしょ。悪いな、波動。腹減っただろ? かつ丼だ、食いな」

「いや、これポッキー。かつ丼要素一つもnothing」

 

 やはり刑事ドラマだ。

 アメとムチとでも言わんばかりに、ポッキーを差し出してくる耳郎。差し出された手前、拒否する訳にもいかないが、両手は手錠で封じ込められているために受け取ろうにも受け取れない熾念。

 それを見かねた耳郎は、そのまま手に持ったポッキーを彼の口へ、突き刺すように咥えさせる。なにやら危ない雰囲気が漂っているが、まだまだこれは序の口だ。

 

 ポリポリポッキーを食べ進める熾念は、予想が確信へ変わっていくのを感じながら、やけに芝居じみた二人の動きを眺めることとなった……のだが、自分のすぐ近くに置かれている携帯に目を向ける。

 先程から、延々と哀愁漂うBGMが流れてきているのだ。気にならないはずがないだろう。

 

「なんで『太陽にほえろ!』のテーマソング流してるんだ?」

「雰囲気雰囲気! ……それは兎も角、話は十分ほど前に戻っちゃうよ。私たちA組女子は、B組女子のお風呂を覗こうとした峰田くんを退治したお礼に、今そこに居る拳藤さんたちにお菓子を貰って、流れで女子会を始めた訳さ」

「……また覗こうとしたのか、実はっ」

「峰田くんはいいの! で、女子会を始めた時にどんな話題で盛り上がろうかとした時、私は恋バナを提案したのさ。私はまず、付き合っている人が居ないかを皆に聞いた……その時、一人だけ反応した人が居たんだよ」

「……まさか」

「B組の拳藤さん……あなただっ!!」

 

 ビシッと見えない指で拳藤を指さす葉隠。

 その際、慣れた手つきで携帯を弄って流す曲を、見た目は子供、頭脳は大人な名探偵のテーマソングを流す耳郎。用意周到だ。かなりノリノリである。

 

 このような状況、少し恥ずかしそうに隅の方に居るイメージである耳郎だが、やはり彼女も女子。恋に関することには興味津々なお年頃なのだろう。

 

 耳郎は兎も角、指さされて頬を紅く染める拳藤は、愕然とした様子で視線を向けてくる熾念と目を合わせぬよう、自分の太ももをジッとにらみ続ける。白く、程よく引き締まった太ももに流れ落ちる汗は、風呂上りで体が温まっているからか、はたまた……。

 

「世間が恋という青春を謳歌する中、ヒーロー科の私たちは時間に追われ、それを満足に謳歌することは叶わず、ただ幻想に浸るだけ……そう思っていた矢先に、身近に付き合っている人が居ると分かった私たちの心境、お分かりか波動くん!?」

「透ちゃん、顔近い」

 

 しつこいようだが、葉隠は透明人間である為に衣類以外視認することができない。

 そんな彼女が眼前に迫っていることを把握できるのは、偏に興奮した彼女の鼻息が、彼の頬を撫でてているからだ。

 普段の三割増しにハイテンションな葉隠に、流石の熾念も今は押され気味。

 ここに芦戸が居れば、更にすさまじい勢いになっていたことだろうが、幸か不幸か彼女は補習で現在この場には居ない。

 

「私達は、必死の取り調べの果てに、拳藤さんの彼氏が波動くんであることを突き止めた!!」

「無理やり問いただしたとかじゃなくて?」

「だまらっしゃい! と・に・か・く! 恋によって心に湧き出すキュンキュンは、女の子の栄養分! 出会いの少ないヒーロー科でこういう機会って滅多にないし、他人のふんどしじゃなくて、他人の恋心でキュンキュンしたいの! だから波動くんには、私たちの生に……オアシスになってもらいたく、重要参考人としてこの場に来てもらいましたァ―――!! ヒョォオオ!!」

「Hey、今生贄って言いかけたよなっ!?」

 

 テンションが天元突破しそうな葉隠に、訴えかけるような叫びをあげる熾念であったが、その声は彼女の雄叫びに掻き消され、聞き入れられそうにない。

 そこで、知っている女子の中で耳郎以外の者達へ助けを求めるべく、必死の形相で近くに座っている女子たちに目を向けた。

 

「チャコチャ!」

「……ごめんっ! 私、気になる!」

「百ちゃん!」

「すみません……私、恋というものの知識がなくて。後学のために、できれば話を聞かせてもらえればと思っていますわっ!」

「梅雨ちゃん!」

「こういう流れだもの、私も聞けるとこまでは聞きたいと思ってるわ」

 

 全滅。

 麗日は勿論、八百万までもが頬に期待による照りを浮かばせながら、ワクテカと熾念へ視線を向けているではないか。

 頼みの綱であった蛙吹も、表情は変わらないものの話を聞く態勢のままだ。

 

「……一佳」

「こうなるとは思ってなかったんだ、スマン」

「俺ら、付き合ってる認識で良かったのかー……」

「あれ、喜んでる?」

 

 ホンワカと嬉恥ずかしそうにはにかむ熾念に、先程まで申し訳なさそうだった拳藤が吃驚したように瞠目した。確かに、段階を踏むとは拳藤側から提示した条件であるが、つい先日の一件で、彼女的には既に世で言うところの彼氏と彼女の関係になれたものだとばかり思っていたのだ。

 しかし、そこは価値観の相違。間接キスができる時点で交際していると思える者も居れば、そうでない者も居る。その他諸々の要素はあるとして、“個性”と一緒、人それぞれだ。

 

 だが、熾念のほんわかとした様子を許さない物の怪が、この場には居る。

 

「うふふふ、波動くん。それでさ、いつから付き合い始めた訳?」

「Huh? ……ろ、六月くらい?」

「ほーほー。どういう経緯で付き合い始めたの?」

 

 ぐいぐいと迫ってくる葉隠に、熾念は終始気おされ気味だ。

 周りの者達は救いの手を差し伸べる様子もない。B組の者達も、小大と柳はそれなりに聞く態勢で、塩崎は子供たちを眺める母親のように穏やかな表情で佇んでいる。塩崎は恐らく、恋バナ自体にはさほど興味はないのだろう。

 だが、大多数は聞く気満々。

 熾念の言葉を、今や今やと待ちかねている。

 

「Ah……どういう経緯って、体育祭の帰りに……」

「体育祭の帰り?」

「入賞もしたし、ある程度恰好は決まったと思ってさっ。その……小学校から好きだった的なことを……告げて……」

「ヒョァアアアア!! しょ、ショーガッコー!!?」

 

 小学校からの想いを告げたというニュアンスの内容を口にすれば、葉隠が紅潮しているであろう頬を手で押さえ、唖然と口を開く耳郎に抱き着く。

 

「ピュアだよぉ、響香ちゅわぁあん!! 思ってたより波動くん、ピュアピュアだよぉ!!」

「ブフッ! 小学校!? 波動、かわいいよ波動!」

「ひゃああ……一途なんやねぇ……」

「成就したんですね、波動さん。よかったですわ」

「少しイメージと違ったわ。でも、そういうの素敵だと思うわ、波動ちゃん」

 

 多種多様な女子の反応に、熾念は顔を茹蛸のように真っ赤に染め上げている。

 いつもの笑みも、どこかぎこちない。称賛を受けているものの、それ以上に羞恥心が勝っているからだ。

 

 お茶らけた普段の様子とは違った、一途な恋心を貫こうとする彼の姿は、女子たちにキュンキュンを大いに与える。

 MoreキュンキュンPlease。

 さらなるトキめきを求め、筆頭の葉隠は熾念の次なる言葉を催促する。

 

「で、波動くん! どこまで行った!? 手ぇつないだ感じ? それともキス? それともまさか……ここまでイっちゃった感じスかああああ!!?」

「透ちゃん、見えないから。それとテンションおかしいから」

 

 熾念は、イケないハンドサインを出していることを匂わせる葉隠に苦笑しながら、異常なテンションに思わず上体を反らしてしまう。

 

「まあ、手は……繋いだっけ?」

「あの時は……一応繋いだか」

「アノトキ!? アノトキとは何時ぞや!?」

 

 縁日でのやり取りを思い出しながら、その時手を取ったことが手を繋いだことにカウントされるか、拳藤に判断を仰ぐ。

 すると数秒思案してから首を縦に振った拳藤に、これまた葉隠が黄色い声を上げた。

 そろそろ声帯が心配になってくる。そう思ってしまうほどの声だったのだ。

 

「じゃあ、キスはまだなんだ!?」

「Hmmm、まだと言えばまだ……」

「ご予定は!?」

「予定ッ!?」

 

 まさかキスの予定を聞かれると思っていなかった熾念は、顔から火が出る想いで、反射的に拳藤を見てしまった。

 交際しているのであれば、いつかはそういった行為をするのかもしれないが、拳藤は兎も角、熾念は初心も初心。

 

 思わず拳藤の柔らかそうな唇を凝視してしまったが、そのことに感づいた拳藤が咄嗟に手で唇を覆い、キスの行為を連想させないように努めてみせる。手遅れだが。

 

「いや……それは……」

「近日のイベントは……ハロウィン? それともクリスマス? いやいや、もしかすれば林間合宿の最中に、満天の星の下で……たぁまんねえなぁ!!」

 

 口調の崩壊が著しい葉隠。まるで酒を飲んで酔っ払ったオッサンのようだ。

 

「波動く~ん……キスしたら教えてね?」

「Wait。ちょっと何言ってるか分からないなっ」

「私、更なる高次のキュンキュンを所望すぞ」

「もう自分で付き合った方が早いんじゃないか、それ?」

「キース! キース!」

「いや、そんなコールされてもなあっ……」

 

 キュンキュンを欲しがる余り、他人の恋の進展具合を把握したがっている。

 彼女は末期なのかもしれない。だが、わざわざ自分が拳藤とキスしたということを教えたくない熾念は、頑なに教えない態度をとる。

 

 すると、今まで傍観していた蛙吹がようやく動く。

 

「透ちゃん、無理強いはイケないわ。波動ちゃんと拳藤ちゃんの仲には、二人なりの歩む速度があるのよ。私たちにできるのは、お節介をかけることじゃなくて、二人が行くよう静かに見守ることなのよ」

「えー……でもー」

「透ちゃんが同じ立場でもそう言える? 恋人同士のキスは特別なものなんだから、周りに急かされたら、ムードが台無しよ。それじゃあ、透ちゃんの求めるキュンキュンとは違ってくるんじゃないかしら?」

「むむっ、それもそっかぁ。ゴメンね、波動くん、拳藤さん」

 

 蛙吹に窘められた葉隠は、少し残念そうながらも納得し、ペコリと二人に頭を下げる。

 異常な興奮からようやく我に返った葉隠にホッと息を吐く熾念。しかし、すぐさま背後で勢いよく音を立てて開く扉に、肩を跳ね上げて驚く。

 

 何事かと全員が扉の方へ視線を向ければ、そこには何故か不機嫌そうな相澤が立っていた。

 

「そろそろ就寝時間だぞ。寝る準備しろ……って、波動。なんでお前女子部屋に居んだ?」

「HAHA、色々ありました」

「その色々の説明を求めてるんだが……あれか、お前も女子部屋に侵入して、捕まったタチか?」

「まさか。それより相澤先生、なんか機嫌悪そうですね……?」

「ああ? それはな―――」

 

 肝を冷やすような思いで機嫌が悪い理由を尋ねれば、どうやら熾念が男子部屋を離れている間に、腕相撲が枕投げに発展し、その枕投げも“個性”を用いてのものへと変わって大騒ぎしていたため、相澤ともう一人、B組の担任ブラドキングが説教していたという。

 

「明日は肉じゃがだが、あいつらは肉抜きになる運びとなった。ついでに、元気もありあまっているようだからトレーニングの量は三倍だ」

「Wow……」

 

 その場に居れば、確実に自分も枕投げに参加していたということを思えば、ある意味助かったのかもしれない。ただでさえきつそうなトレーニング量を三倍。明日は、今日以上の阿鼻叫喚となるに違いない。

 遠い場所を見る瞳を熾念が浮かべている間にも、疲れた様子でため息を吐く相澤は、親指を立てて廊下の方へ出るサインを出す。

 

「おら、波動もB組のお前らも部屋戻って寝ろ。明日も早いんだからな」

「Yes, Sir」

 

 部屋へ戻るよう促された途端、『念動力』で手錠を自力で解いて立ち上がる熾念が廊下へ出るのを皮切りに、B組の女子もゾロゾロと部屋へ戻り始める。

 その後、意気消沈とした男子たちが佇む部屋へ戻った熾念であったが、彼の服に残る色香に気づいた上鳴を始めとした者達に質問攻めとなり、少々いざこざが起こったことは言うまでもないだろう。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 三日目。

 ハードスケジュールで体力も回復し切らない中で臨むトレーニングに、誰もが顔ににじみ出る疲弊を隠さない。

 特に補習組は、前日……ではなく今日の午前二時に就寝したこともあり、満足に睡眠もできず、かなり厳しそうな表情を浮かべている。

 

 だが、そんな生徒たちに喝を入れる相澤。

 

「何をするにも原点を常に意識しとけ。向上ってのはそういうもんだ。何の為に汗かいて、何の為にこうしてグチグチ言われるか、常に頭に置いとけ」

 

 目的が手段とならぬよう―――何故自分がヒーローを志すようになったのか、どういったヒーローになりたいのかを常に考えるよう伝えてきた。

 轟はなにか思うところがあったかのように、ドラム缶風呂に入りながら、難しそうな顔で俯いていたが、自分のトレーニングで一杯一杯の他の者達は、そんな彼の表情には気づかない。

 

 今日は夕食の後、肝試しがあるが、それまでの辛抱とばかりに生徒たちはトレーニングを続ける。

 

 その途中、

 

「Hey、相澤先生! ちょっといいですか?」

「どうした、波動?」

 

 熾念に呼ばれ、怪訝そうな表情で彼の方へ向かう相澤。

 彼は昨日、訓練途中謎の爆発事故で気絶していたこともあり、今日は万が一に備え、相澤が長い時間監視していた。

 変なことをしでかそうとすれば、相澤が直々に注意する予定であったが、今の所その兆候はない。そんな矢先での呼出。何事かと思うのは必然だ。

 

「ちょっと、見て欲しいものがあって……」

「なに見せるつもりなんだ?」

「昨日、失敗した技を改良したので」

「……」

「HAHA、そんな爆発物を見るような目で見ないでくださいよっ!」

「前科があるやつをそういう目で見て何が悪い?」

「とにかく、もし駄目そうだったらセンセーに抹消してもらう為に呼んだんで、とりあえず!」

「……まあいい。そこまで言うならやれ」

 

 承諾を得た熾念は、意気揚々と笑みを浮かべながら、精神統一を図るべく深呼吸を始める。

 そして、息が整ったのを見計らい、自身に念動力をかけながら、同時に発火能力を身に纏うような形で発動した。

 

 柔らかな光を纏う熾念。

 ここまではなんの異変も感じられない。

 

 しかし、十秒ほど経った時であった。

 

「……?」

 

 次第に、熾念が纏っていた二つの光が混ざり合い、シアン色へ変化していく。ゆっくり、ゆっくり……はてには燐光も放ち始める。

 これまでとは一線を隔す明確な変化に、眺める相澤も、瞬きを忘れて見入った。

 目が眩んでしまうような煌びやかさはない。ただ、夜空に浮かぶ星のような仄かな輝きが、そこには佇んでいる。

 

(こいつ……)

 

 ラグドールに提示された課題を、既に達成しようとしているのか?

 

 そう思うや否や、光が膨張する。

 纏っていた光は、空を衝かんばかりに真上と立ち上っていき、同時に周囲を焼き焦がさんばかりの熱も放出し始めた。

 

「っ……波動、そこまでだ!」

「―――」

「聞こえてないのか? ちっ……!」

「―――Huh?」

 

 危機感を覚えた相澤が熾念の“個性”を抹消すると、先程まで無心で“個性”を発動していた熾念が我に返り、辺りをキョロキョロと見渡す。

 

「あれ? どうでした、今の?」

「……おい、まさか自分でなにやってたのかわかってねえのか?」

「いやぁ、昨日は色々と考えている内に暴発しちゃったんで、だったら『Don’t think, Feel(考えるな、感じろ)』的なスタイルで行こうと思って!」

「そもそも、なにしようと思ったんだ?」

「あ、そのことまだ説明してなかったですか? HAHA、すいません!」

 

 あっけらかんとした様子で言い放つ熾念に、相澤は若干イラっとするものの、相手は真面目に考えているようなので、グッと堪えて聞く態勢に入る。

 

「昔、ニュースで“個性”をブーストさせる薬が話題になった時があるじゃないですか」

「……ああ。日本じゃ、違法薬物に指定されてるヤツだ。それがどうした?」

 

 『個性因子誘発物質(イディオ・トリガー)』。

 海外では、弱“個性”の改善薬として一部認可されている薬物であるが、日本では基本的に違法薬物として取り締まられているモノだ。

 数年前、その薬物を用いての突発性敵が多数出現する事件もあったりなどして、お茶の間を騒がせた時期もある。相澤自身、その事件に関わった時もある為、記憶には新しかった。

 

「あれって要するに、個性因子を活性化させてる的なっ? だったら、自分の“個性”で個性因子をブーストさせて、パワーアップできないものかと」

「その足掛かりってか。っていうか、自分でやろうとしてできるモンじゃないだろ、ソレ」

「いや、『念動力』なんでやればできるんじゃないかと……」

 

 『念』の『力』で『動かす』。それが『念動力』。

 思う力が強ければ強いほど、そのまま念動力は比例して力を増す。ならば、個性因子を意図的に活性化させ、“個性”を限界まで引き出すことはできないだろうか。熾念はそう考えたのだ。

 

 例として一番近いのは、飯田の『レシプロバースト』であろうか。

 彼は、意図的に“個性”を暴走させて、あの凄まじい速度を可能としている。言い換えれば、あの速度は個性因子を最も活性化している状態だからこそできる芸当だ。反動として、使用後は暫くエンストするものの、限界を引き出せていることには変わりはない。

 

 人体は、平常時は30%程度の力しか発揮できないという。

 これが、危機に直面した時などは火事場の馬鹿力で、残りの70%までも引き出せるようになったりもする。

 ここで言う火事場の馬鹿力を、自分が引き出したい時に引き出せるかで、実際戦闘を行う上では大いに状況が変わってくるのだ。

 

「―――掴めそうか?」

「はい」

「やれそうか?」

「やれます!」

「……そうか。あんまり、感覚で覚えろみてえな教えはしたくないんだが、そこまで言うんなら試してみろ。その為の合宿だからな」

 

 やれやれと頭を掻く相澤は、やる気が十分の熾念を見遣ってから、ニヤリと不敵に笑う。

 “個性”を伸ばす為の林間合宿。あらかじめ行うトレーニングは決まっているが、生徒の自主性を窘めるような真似をするつもりはさらさらない。

 

「だが、昨日のこともあるからな。試したい時は俺が視てる時にしろ。いいな?」

「Yes, Sir!」

「じゃあ、次は一時間後だ。それまで、トレーニングやってろ」

 

 しかし、だからといって“個性”を伸ばすのに効率を重視したトレーニングを怠らせる訳にもいかない。一時間に一度という制約を設け、熾念の案は飲まれることとなった。

 

 その後も一時間毎に行い、少しずつ感覚を掴めさえすれど、中々うまくはいかない熾念。

 そうしていつの間にか、日も暮れていき、夕食を用意する時間となってしまう。

 

 

 

 陽が沈み、闇が忍び寄る時間帯―――敵もまた、平和を崩すべく忍び寄っていることに、この時はまだ彼らは気づかなかった。

 平和の象徴が崩れ始める、序章を。

 


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