Peace Maker   作:柴猫侍

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№43 着想と腕相撲と女子会と

 林間合宿二日目。

 

 普段は閑静で、遠くの木の枝にとまる小鳥の囀りが聞こえるであろう森の中では現在、四十名に及ぶ生徒たちによって、阿鼻叫喚を作り上げていた。

 

 各所より響き渡る痛みを訴える声。

 そして、“個性”の発動によって起こる多種多様な効果音も相まって、場は混沌を極めていた。

 

「Hmmm……」

 

 その中、体操服に身を包む熾念が、自身の周りに無数の岩を念動力で浮かしながら、同時に発火能力で岩に火を灯していた。

 さながら、上から見ればガスコンロのように整列する、青い火の灯った岩石。

 友人らの絶叫と、五月蠅い夏の風物詩であるセミの鳴き声もバックミュージックに、“個性”を併用する彼は、難しい顔のまま与えられたメニューをこなす。

 

「あっ」

 

 だが、それも鼻から垂れる真紅の液体の存在を確認し、やめざるを得なくなった。

 手っ取り早く“個性”の発動を止め、いったん休憩に入る熾念は、事前に用意していたティッシュを鼻に詰めながら、辺りを一瞥する。

 

(俺だけなんだかなっ……)

 

 “個性”発動に伴うインターバルを挟む間、早朝に相澤に言われた言葉を思い出す。

 

 今回の林間合宿は、仮免取得へ向けての“個性”を伸ばすべく、『限界突破』をテーマに各々の訓練をこなすというものだ。

 

 許容上限のある発動型は、上限の底上げ。

 異形型・その他複合型は、“個性”による由来する器官・部位の更なる鍛錬。

 単純な増強型は、筋トレによる筋力の向上。

 

 発動型に部類される熾念は、上限を上げるべく“個性”の発動限界時間を超えて発動を続ける―――のが良いのだが、彼は反動として流血する。

 相澤曰く、元より林間合宿の特訓は『死ぬほどキツい』とのことだが、熾念の場合は使い過ぎれば揶揄ではなく本当に死ぬ。合宿で失血死などシャレにならないため、彼は他の者達よりかは若干手加減されたメニューをこなすこととなった。

 

 それが、『“個性”の同時発動』だ。

 

 同時発動に当たり、俯瞰的な視野、一度に多へ意識を向けることなど、様々な条件を付与されてはいるものの、メインは上記の通りだ。

 ついでに、余剰エネルギーの発生と同時に排熱もして、念動力の限界時間を向上させる試みでもある。提案をしたのは、ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツが一人『ラグドール』という明るい雰囲気の女性。

 『サーチ』という“個性”を持ち、見た者の情報を把握することができるという。

 

 情報収集という意味では、味方にしても敵にしても尋常ではない能力だ。だからこそ、この一週間の林間合宿で生徒の”個性”を伸ばす為、彼女が居るワイルド・ワイルド・プッシーキャッツが抜擢されたのだろう。

 

『君の“個性”、まだまだ馴染んでないよ!! ホントの複合型に昇華させるには、特訓あるのみー!!』

 

 一度“個性”で視られた際、ラグドールに言われた言葉を思い出す熾念。

 

(馴染んでないってどういうことだ、Huh? ……そういえば、時々炎がシアン色の時もあるしな……って言うか、俺の出す炎自体『炎っぽいエネルギー』って言われたし、そのまんま炎って考えるのも見当違いかっ)

 

 遠慮なしにザクザク言い放たれた事実は、割と多かった。

 まず、第一に熾念の“個性”は轟などに比べ、二つの“個性”が完全に馴染んでいないということ。長年、片方だけしか用いていなかった―――言い換えれば、片方を無意識に封じ込めていた弊害が生じている。

 

 第二に、熾念が“個性”で放つ炎は、本当の炎ではなく『熱を持ったエネルギー』であることだ。轟や、彼の父親・エンデヴァーは、実際に体から炎を発するタイプの発火能力であるが、熾念の場合は炎に近いエネルギーを放つタイプの発火能力。

 炎というものを簡単に説明すれば、光と熱を有する可燃性の気体が燃焼している状態をさす。

 だがしかし、熾念の発する炎は光と熱は持っていれど、気体が燃焼している訳ではない。極めて炎に類似はしているが、純粋に炎とも言い切れない、言わば得体のしれない“力”。

 

(まあ、超人社会なんだから今更感はあるけど……)

 

 ふと空を見上げれば、雲を衝かんばかりに空へ向かって奔る一条の光線が目に入った。

 

「Wow! Beam!? ああいうの、ヒーローが使いそうな正統派な攻撃でCoolだなあ。真似できないかなっ?」

 

 B組の男子生徒『青山優雅』の“個性”を見て、羨ましそうにしながら真似できないかと思案する熾念。

 ビーム……それは男の子の浪漫だ。

 オールマイトに憧れてはいる熾念だが、フィクションのヒーローにも憧れていた時期は無論存在する。その際、ひと際目を引いたのは、悪役を打ち抜くヒーローが繰り出すビーム攻撃。

 

 戦場を駆け抜ける一条の光は、煌きと共に悪の怪人を野望ごと貫いていく。

 ありきたりなシーンではあるものの、ビームという概念が誕生した時代から存在する子供たちの夢と言ってもいい。

 熾念も例には漏れず、ビームには並々ならぬ憧れを抱いていた。

 

 Simple&Strong(単純且つ強力)

 

「いいなー。俺も、念動力でギュッと炎絞って、あんな感じに撃てないかなあ?」

『コラ、君! 手ェ止まってるよ!』

「おぉっと! 不味い不味い……」

 

 『テレパス』という“個性”を通じ、脳内に響きわたるマンダレイの声。

 悪気がなくともサボっていれば、合理主義者の相澤が鬼のような形相でやってくるのは目に見えていた。

 あの捕縛武器で拘束されないためにも、一旦脳内の『夢』という名の試行案に頭を回すのを止め、再びトレーニングに移る。

 

 しかし、一度脳内に浮かび上がった妄想というものは、中々留まることを知らないものであり、ニヨニヨとした笑みは中々止まることがない。

 

(新しい技、出来そうな感じがするなっ。Beam撃てたらきっとカッコいいぞー!?)

 

 男の浪漫を叶える。それ即ち、子供の夢をかなえることだ。

 一年生の前期を終えた時点で、クラスメイトと比べれば数多くの技を有している熾念。その数は六つ。比較的ライトな技から、プロに対しても一撃必殺と呼べる威力の技も揃っている。

 

 オールマイトへのリスペクトから全ての技には『SMASH』が付いており、尚且つ天体関係の英単語でまとめている彼の技名コンセプトは、『子供が思いっきり叫んでくれそうな技』だ。

 子供の憧れであるヒーローが放つ必殺技ということを鑑みれば、妥当なコンセプトと言えなくもない。

 

(Beam撃てるようになったら、どんな技名にしよーっかなーっと♪)

 

 今から技名を考えることで浮足立つ高校一年生。将来ヒーローとして活動するのだから、童心を忘れないことが大切……ということにしておこう。

 

(Huh? いや、待てよ……出久みたいなパワーアップ技もカッコいいな)

 

 緑谷の『フルカウル』が脳裏を過る。

 あれは、フルパワーを発動してしまえば自身の体を破壊しかねん為、肉体が許容できる範囲で“個性”を発動している訳なのだが、パワーアップしていることには変わりはない。

 

 これまたフィクション作品でよく見かける、自身の身体能力を比較的に向上させる技に部類されるのではないだろうか。ヒーローとしては王道も王道。

 オールマイトのように常時超絶パワーというものにも憧憬はあるが、戦闘時にだけ能力で肉体にバフをかけたり、力のリミッターを外すなりしてのパワーアップも熱い。

 

(だったら現在進行形で“個性”の同時発動トレーニングしてるんだから、『念動力での動作補助+発火能力での炎バフ状態』……っていうの、試してみるのもいいかもしれないなっ)

 

 頭のすぐ横で電球がピカリと閃いたのを幻視しながら、早速新たな技の試行にとりかかる。物は試しだ。やらなければ分からないということは、コスチューム改良の際に助言してくれる発目がよく言う言葉だ。

 

 既成概念を壊すには、まず思い浮かべたことを片っ端から試してみる。

 試し、失敗したなら改善していく。成功したならばそれでよし。一つの行動が、着々に積みあがっていき、次なるステップをいく架け橋となるのだ。

 

 ストレッチをして気合いを入れる熾念は、ニヤリと口角を吊り上げ、もう一度二つの”個性”の同時発動を始める。

 目指すは、フルカウルのようなパワーアップだ。

 

「All right! いっちょやってみますかっ!」

 

 

 

 ☮

 

 

 

 一方その頃、勝手に技の参考にされていた緑谷はと言うと、

 

「1、2! 1、2! おい貴様、動きが鈍っておるぞ!」

「ヒー!」

「返事はっ!?」

「イエッサ!」

「よぉっし! そのまま続けろ!」

「イエッサァ!!」

 

 ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツが一人―――筋骨隆々な男性(元女性)―――『虎』による、『我ーズブートキャンプ』と呼ばれるトレーニングの真っただ中であった。

 一世代前のダイエットトレーニングを模したような筋トレではあるが、効果は覿面。まだ午前中であるというにも拘わらず、体中の筋繊維は悲鳴をあげている。

 骨も軋み、夏の暑さもあってか流れる汗も留まることを知らない。

 まさに地獄だ。

 

 緑谷のみならず、B組の増強型の“個性”を持つ面子も揃ってのトレーニング。

 一人でないだけ、まだ心の支えはあるものの、それでもキツイものはキツイ。歯を食いしばりながら、なんとかリズムに乗り続ける緑谷であったが、突然、虎が彼の前に立ちはだかる。

 

「さァ、今だ。撃って来い」

「はっ。5%WYOMING(ワイオミング) SMASH(スマッシュ)!!」

 

 途端に無我夢中状態から我に返った緑谷は、体全体に“個性”による熱を漲らせ、真横に脚を一閃する。

 風を切る鋭い音が鳴り響くほどのキレ。

 しかし、その一撃を上体反らしで容易く回避した虎は、元の態勢に戻る反動を利用しながら、グーパンチを頬に決め込んだ。

 

「まだまだァ!! 筋繊維が千切れてないよ!!」

「イエッサ!!」

 

 鉄で殴られたような衝撃を覚えながらよたつく緑谷であったが、寸前で持ちこたえ、なんとか二本足で大地を踏みしめるように立ってみせる。

 

(キッツイ……でも、“器”を鍛えるにはこれが一番手っ取り早いんだ! 手を抜いて見せるな、緑谷出久!!)

 

 己を奮い立たせるかのごとく、太ももを掌で叩く緑谷の瞳には、猛々しく燃え上がる情熱が宿っていた。

 

(波動くんのお姉さんから得た発想……そして、かっちゃんとグラントリノの動きを参考にして叩き上げた『フルカウル』! そこから、飯田くんの戦闘スタイルをみて着想を得た、脚を中心として戦う『シュートスタイル』! まだまだ付け焼刃もいいとこだけど、普通の人でも脚の筋力は腕の三倍程度! つまり、単純計算で5%状態でも足技を放ったら、拳の三倍の威力を出せるはず! ……最後のは楽観的過ぎる考えだけど)

 

 先程、虎に繰り出した横蹴りを思い出す緑谷。

 彼は、勇学園との合同授業にて、『脚で戦う』という選択肢を生み出すことができた。それから、地道にではあるが脚を中心に鍛えることも始め、この林間合宿に至る。

 人体において脚という部位は、自重を支えるために腕などと比べて筋力は、勝るとも劣らない。

 

 リーチ、筋力という面で拳よりもメリットが目立つ足技―――それをメインとするのが『シュートスタイル』だ。

 しかし、練度という面では知識も鍛錬も足りない。

 故に、今はまだ拳を主軸に据えていき、ある程度型が整ってきた頃に足技へ方向転換していこうという方針をとっている。

 

 まだまだ先は長いものの、下半身という選択肢を得た事実は非常に大きい。

 これからは打撃のみならず、柔道のような投げ技や空手のような徒手空拳、果てには極め技なども技の候補に挙がってくる。戦術の幅が広がれば、それだけ対応できる局面が増えていく訳であり、緑谷としては願ったりかなったり。

 

 時間は待ってくれない。故に、早くNEWスタイルをものにすべく、緑谷は奮い立っていた訳だ。

 

「ようしっ……まだま―――」

『あ゛あああ!!』

「だ……へぁ?」

「なんだ? 何か爆発したぞ」

 

 突如として、緑谷からは直視できない位置で爆発が起こり、同時にとある人物の悲鳴声が聞こえてきた。

 怪訝そうな表情でなにが起きたのかを把握しに向かう虎。

 彼女が向かった先で見たのは―――

 

「……無事か?」

「きゅ~……」

「……ダメなようだな。おい、誰か! 担架を持ってきてくれ!」

 

 少し爆発で抉られてへこんだ地面に、少々煤けて横たわる熾念の姿であった。

 気絶しているらしく、ピクリとも動きはしない。

 

 何をしでかしたのかは理解不能だが、このまま放っておくのも忍びない為、すぐさま担架を持ってくるよう伝え、気絶している熾念を建物の中へ運んでいく虎とマンダレイ。

 その様子を少し窺うことができた緑谷は、『大丈夫かなあ』と不安げな顔で、トレーニングを続ける。

 

(っていうか、何したらあんなことになるんだろ?)

 

 

 

 ☮

 

 

 

 外とは一変して、閑静とした建物の中。

 この時間はほとんど誰も居らぬ為、冷房は消されてはいるものの、窓から吹き渡ってくる風が穏やかな清涼感を与えてくれる。

 

「……」

 

 そんな建物の廊下に用意されているソファには、一人の小さな少年・洸汰が腰かけていた。

 ジュースを片手に、廊下を睨みつけるように。

 外に居れば、否応なしに合宿にきた生徒たちの雄叫びや叫び声、“個性”によって繰り広げられる光景が目に入ってしまう為、ウカウカ秘密基地でゆっくり過ごすこともままならない。

 

「……ふんっ」

「ふぁ~……今何時くらいだ?」

「っ!?」

「Huh?」

 

 突然、ソファの近くの扉が開いたかと思えば、淡藤色の髪を靡かす熾念が、大きな欠伸をしながら廊下に歩み出てきた。

 思わぬ場所からの登場に驚く洸汰であったが、それは熾念も同じらしく、彼は一瞬瞠目した後に居心地の悪さを覚え、『Hello♪』と陽気に声を、目の前の少年にかける。

 

 だが、洸汰はそんな熾念の挨拶に対し、プイッとそっぽを向いて無視を決め込んだ。

 

「HAHA、冷たいなっ。大丈夫さ、取って食ったりなんかしないって」

「……俺はヒーローになりたい奴らなんかと、つるむ気はねえよ」

「Why?」

「……は? ……気味が悪いからだよ、バーカ。おまえら、“個性”を伸ばすとかなんとか張り切っちゃって」

 

 陽気に語り掛ける熾念に対し、終始突き放すようにドライな対応をとる洸汰。

 あんな三十路が居る一方で、こんなにもませた五歳児が居るというのも驚きだと言わんばかりに、熾念は眉を顰めながら困ったように笑う。

 

 どうやら、ヒーローにかなり否定的な子供。ヒーロー大好きっ子として育ってきた自分とは、余りにも相性が悪い。

 そう考えた熾念は、ギラギラと鋭い目つきを向けてくる洸汰に対し、『それじゃ、熱中症に気をつけろよな』と軽く別れの挨拶を告げて、皆がトレーニングしているであろう外へ向かっていく。

 

「……だから嫌いなんだよ。意味もなくヘラヘラしやがって……ずけずけと他人にお節介かけようとしやがって……」

 

 吐き捨てるように呟かれた少年の言葉。

 

 『両親を敵によって失った』。その境遇は似ているものの、本質的な部分で違う二人の少年は、この時はまだすれ違ったままであった。

 

 

 

 『ウォーターホース』―――水の“個性”を持ち、多くの人々を救った立派なヒーローであり、一人の心無い敵によって殺害された―――洸汰の両親だ。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「男とは、常に(いくさ)を求める生き物……生き続ける限り、男は多くの戦へ身を投げ出していくのである」

「一人で何言ってんの、波動くん?」

 

 夕食のカレーを食べ終え、現在A組の男子のみならずB組の男子まで、A組男子の大部屋に集まっていた。

 そこで両腕を組み、うんうんと頷きながら一人語り口調で言葉を紡ぐ熾念に、唖然とした様子で緑谷がツッコむ。

 

 しかし、そんな彼のツッコミを軽く流すかのように溌剌とした笑みを浮かべる熾念は、右腕を大きく掲げ、声高々にこう宣言する。

 

「それじゃあ始めようかっ! 第一回、チキチキ組対抗腕相撲対決ゥ―――!! FOOOOO!!!」

「いぇーい!」

「ヒュー!」

「豚肉は俺のモンじゃあああ!!」

「いいや、肉じゃがの肉は牛肉だね!!」

「ぶっちゃけ、肉だったらなんでもいいぜ!!」

 

 ヒーロー科の男子が一堂に会する大部屋は、既にお祭り騒ぎ。

 そうなった理由は、夕食まで遡る。

 

 ちょうど夕食を取り終えた後、マンダレイから明日の夕食は肉じゃがであることを告げられた生徒たちは、昔変わらぬお袋の味と言うべき肉じゃがに、それは大層テンションを上げた。

 

 因みに、この林間合宿は、初日以外基本的に生徒たちが作ることとなっている。

 二日目はベタにカレーを作り、これといったハプニングもなかったのだが、三日目の夕食である肉じゃがにおいては、そういかなかった。

 

 肉じゃがに入れる肉は、豚肉か牛肉か。

 

 マンダレイはどちらかに決めておくよう伝えたのだが、それが争いの火種となった。

 当初は、それほど険悪なムードもなく、各組の委員長が代表しジャンケンで決めるという方法になりかけたのだが、B組が誇る全自動煽りマシーンである物間が、A組のキレるダイナマイトこと爆豪を言葉巧みに煽り立て、A組とB組が勝負するよう仕向けたのだ。

 

 結果、勝負の方法は腕相撲となり、入浴も終えて自由時間に入った彼らは、こうして一堂に会しているという訳である。

 

 最早、どちらの肉がいいのかなどは眼中にない(アウト・オブ・眼中)

 どちらが勝利するか―――その一点においてのみの為に、彼らはこうして戦うのだ。

 

「ルールはSimple!! 両組、代表五名選出でのガチンコ腕相撲!! “個性”の使用は禁止!! んでもって審判は、A組の真面目委員長こと天哉がするぜっ!!」

「公正なジャッジができるよう、真摯に取り組みたいと思う。みんな、よろしく頼む!」

 

 熾念が拍手を送る先に居るのは、直立不動で意気込む飯田だ。

 誰もが認める真面目人間が審判を担うのは、A組を無意味に敵視する一人を除いて誰も反対する声を上げない。

 

「っていうか波動おめェ、そんなに審判風吹かしてたのに審判やらねえのかよ」

「盛り上げ担当だから、俺は」

 

 切島のやんわりとしたツッコミも受けながら、熾念はそそくさと観客側に回る。

 

「あ、それと鋭児郎、電気、範太、力道。そろそろ補習時間じゃないのかっ?」

「やべっ! クソ、これからいいとこだってのに!」

「あ~……補習行きたくねー」

「ダリィ……」

「しょうがねえって。ほら、行こうぜ」

 

 うおおお! と喚く切島と、うだる上鳴と瀬呂の肩を叩き、補習を実施する部屋へ共に向かうよう誘う砂藤。

 しおりに記載されている通りであれば、もう少し後の時間から実施する予定だったのだが、昨日とある葡萄頭が女風呂を覗こうとしたために、男女の入浴時間をずらされた。それに伴い時間が繰り上がった分を早めに実施して、睡眠時間を確保できるようにとの魂胆らしい。

 

 直接かかわった訳ではない四人にしてみれば、これ以上迷惑な話はない。

 

 意気消沈し、補習へ向かう四人。

 一応、腕相撲の代表に選出されている切島は、トイレ休憩の際に立ち寄ってくれて勝負をする手筈となっている。

 

 ……因みに現在、峰田の姿は部屋にはない。誰も、そのことには気づいていないが。

 

「さて……じゃあまずは猿夫とB組の二連撃の試合……Huh?」

「どうしたの?」

「ちょっと電話だ。どれどれ……透ちゃんからだ。珍しいなっ」

「葉隠さんから?」

 

 突然鳴り響くコール音に、全員の視線が熾念へ向かう。

 電話をかけてきた人物が葉隠ということもあり、『一体何事?』と言わんばかりの雰囲気が漂う中、ボタンを押して早速電話に出る熾念。

 

「Hello?」

『あ、もしもし! 波動くん!?』

「Yeah。どうしたっ?」

『ちょっと大至急、A組の女子部屋に来て!! 一人で! 波動くんが! だ・い・し・きゅ・うっ!!』

「お、OK……!」

『ようしっ……じゃなかった。急ぎだからね!? それじゃ! ―――ツー……ツー……』

「あっ……電話切れた」

 

 何やら、かなり切迫した様子の葉隠。

 その様子は隣に居た緑谷にも聞こえていたようであり、怪訝な視線を困惑した熾念に向けてくる。

 

「どうしたんだろうね、大至急って……」

「俺指定らしいけど、なんだろうな?」

「言い換えれば、波動くんにしかできない用事があるってことだよね? なんだろう……」

「……虫が出たから追い出してほしいとか? あ、ゴキブリかっ!?」

「うわっ……それは確かに女子の皆にはキツイね」

 

 勝手に用事を推測する二人。

 虫……とりわけ、あの黒くてカサカサ動く流星が参上したものだと推測した二人は、あれだけの切迫した声に説得力があると納得する。

 熾念であれば、触れずしてモノを動かせる為、あの触れるのも憚れる存在を撃退するにはもってこいだろう。

 

「いや、でもそれだったら甲司でも大丈夫なんじゃないか?」

「っ!? ~~~ッ!!」

「……ダメみたいだなっ」

 

 『生き物ボイス』という“個性”を有す口田であれば、虫を操ることなど造作もない。

 そう考えた熾念であったが、口田はそんな熾念の期待の籠った視線に対し、尋常ではない速度で首を横に振り始める。

 何を隠そう、彼は虫が大の苦手。

 小さな蟻もダメなのだ。それにも拘わらず、人間に対しトップクラスの不快感を与える王者を相手にすることなど、できようハズもない。

 

 口田がダメなのであれば、やはり熾念が行くしかない。

 

 仕方ないと首を掻く熾念は、腕相撲の勝敗の行方見たさに、早々と用事を済ませるべく立ち上がり、駆け足で女子部屋に向かう。

 

「早めに戻るー!」

「うん、気を付けてね!」

 

 緑谷の声を背に受けながら、別の階に存在する女子部屋に駆ける熾念。

 相澤からは、男子は女子部屋に入らないよう伝えられてはいるが、女子からの要請であるならば行かない訳にもいかない。

 

「Hmmm、一体なんなんだ?」

 

 一分程度で部屋に到着した熾念は、軽快なリズムで扉をノックする。

 

『入ってー!』

「All right。入りまーす、っと」

 

 異常なレスポンスの速さで聞こえてくる葉隠の声。

 入室許可を得たならばやることは決まっている。そのまま扉を開けて見れば、神妙な面持ちで正座する女子たちの姿が目に入った。

 

 異様だ。

 

 全員、ジッと畳を見つめている。

 そしてよく見てみれば、B組の拳藤、柳、塩崎、小大も居るではないか。どういった集まりなのかと不信感を抱いた熾念は、部屋に足を一歩踏み入れたところで立ち止まったが、次の瞬間、首を何かで締め付けられたような感覚に苛まれる。

 

「へ?」

「波動熾念、午後八時五十七分、確保ォ―――!!!」

 

 程よい弾力に、漂ってくる柔らかい花のような薫り。

 聞き慣れた明るい声に、扉のすぐ脇に隠れていた葉隠にヘッドロックされた熾念は、頓狂な声を上げる。

 

「……な、なにを」

「へっへっへ……ッ! もう逃げられんぞー?」

 

 葉隠の笑い声に、背筋が凍るような感覚を覚える。肉食獣に狙いを定められたが如き草食獣のような気分だ。ここに居てはいけないと心が叫ぶものの、自分を射抜く視線がそれを許さない。

 あれ、そんな”個性”を持っている人は居ただろうか。いや、いない。

 不味い。これは不味い。このままでは貪られてしまうのが目に見えている。何がとは言わないが、よろしくないことが起こりそうなことは熾念と言えども察すことができた。

 

 しかし、時すでに遅し。

 

 再び奥の部屋を見たれば、野獣のようにギラギラとした瞳を浮かべる女子の姿が見えた。

 一人、拳藤だけは申し訳なさそうな顔で、熾念に生暖かい視線を向けている。

 

(あ、これは……)

 

 

 

 合宿のトレーニングとはまた別の地獄の時間が、これから始まるのだった。

 


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