№42 ハイテンションって怖い
濃密な前期を閉じ、とうとうやって来た夏休み―――林間合宿当日。
焼き付けるように暑い日差しを降り注ぐ太陽の下、過ぎ去っていく木々の緑色を横目に、ヒーロー科1年A組とB組はバスに乗車し、合宿先へと向かっていた。
目的地に着くまでの時間、持参した菓子の交換やしりとりなどメジャーなやり取りをしながら、楽しいひと時を過ごす。
途中、峰田による官能小説を巡っての熱い語りや、蛙吹のいい思い出かと思いきやの本当にあった怖い話に戦慄などもしたが、それもまた夏の一興。
そして一時間ほど経った頃、バスがとある場所に停車した。
「おしっこおしっこ……」
「HAHA! あんなにジュース飲むからだよっ」
「つか何ここ。パーキングじゃなくね?」
尿意を訴えトイレを探す峰田に、そんな彼を笑い飛ばす熾念。
だが、大部分の者達はそのようなことよりも、自分たちが乗っていたバスが訳も分からない場所に停車したことに疑問を覚えていた。
先に停まっていたと思われる一台の車のほかに存在するのは、澄み渡った青い空、その下に広がる青々とした森。
一切の人気を感じさせぬ辺境―――都心から一時間ほど車で移動すれば、このような場所があるのかという変な感動を覚えつつも、未だ状況を把握できていない面々は視線で担任の相澤に訴える。
「何の目的もなくでは意味が薄いからな」
「よーう、イレイザー!!」
「ご無沙汰してます」
何かを示唆するかのような言い草の相澤が口を開いた直後、どこからともなく近寄って来た快活な声が響いてくる。女性の声だ。
そして徐に声の主が現れた瞬間、相澤はペコリと一礼してやって来た人物に社交辞令のような挨拶を口にする。
現れた人物は二人。
共に、猫の耳を模したヘッドギアを装着し、チアガールのように丈の短いへそ出しトップスと、引き締まった太ももが露わになるほどのスカートを穿く女性。
スカートの臀部に当たる部分からは、どういった原理か空を衝かんばかりにそびえ立つ猫のような尻尾が生えている。
「煌めく眼でロックオン!」
「キュートにキャットにスティンガー!」
「「ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツ!!」」
すると、突然キレの良い動きでポージングを決めて名乗りを上げる二人組。
何故か分からないが、『厳しい』といった感想が全員の脳裏に浮かんだ。なにが厳しいのかは分からないが。
「今回お世話になるプロヒーロー『プッシーキャッツ』の皆さんだ」
「連名事務所を構える4人一チームのヒーロー集団! 山岳救助等を得意とするベテランチームだよ! キャリアは今年でもう12年にもなる……」
「心は十八!」
「へぶ」
「心は?」
「じゅ、十八!!」
勢いについていけていない者の為、さらりと再度目の前の女性二人が誰かを説明する相澤に続く、お得意のヒーロー知識を反射的に披露する緑谷であったが、最後まで説明し終える前に、猫パンチの如き一撃を顔に見舞われてしまった。
必死の形相で、『心は十八』であると訂正を迫る金髪の女性―――『ピクシーボブ』。余裕がない。まるで、婚期を逃した女性のような焦り具合だ。
「Hmmm、高校出てすぐにヒーローになったとして……あ、もう三十には……」
「心は十八ィッ!!」
「ぶふっ」
「心は?」
「Forever eighteen!」
「よしっ! じゃあ、二度と三十なんて言わないでね!」
「Yes, Sir!」
三十路であることが確定した瞬間。
確かに、そろそろ結婚はしておきたい年齢だということは解ったところで、赤を基調とするコスチュームを身に纏う女性―――『マンダレイ』が、眼下に広がる森を見渡しながら、ふと手に嵌めているグローブの爪を立てて、遠くの山の下辺りを指さした。
現在熾念たちが居る場所から見ても、木々の群れしか見えない。
もしかすると、指さされた場所になにかあるのかもしれない。だが、特別視力がいい面子が揃っている訳でもないため、その全容を把握することは叶わない。
だが、答えはすぐさまマンダレイの口から言い放たれた。
気が遠くなりそうな、旅の始まりを匂わせるような解答。
「ここら一帯は私らの所有地なんだけどね、あんたらの宿泊施設はあの山のふもとね」
「遠っ!!」
「え……? じゃあなんでこんな半端なとこに……」
「いやいや……」
「バス……戻ろうか。な? 早く……」
ざわっ……ざわっ……。
どよめきが生徒の間を奔る中、不敵な笑みを浮かべるマンダレイが、トドメの一押しとなるような言葉を口にしてみせる。
「今はAM9:30。早ければぁ……12時前後かしらん」
「ダメだ……おい……」
「戻ろう!」
「バスに戻れ!! 早く!!」
「12時半までにたどり着けなかったキティはお昼抜きね」
悲鳴のような声を上げる切島を筆頭に、多くの者達がバスへ戻ろうとした瞬間、地鳴りのような重く腹の底に響きわたるような音が聞こえてくる。
「悪いね、諸君。合宿はもう始まっている」
「Huh?」
次の瞬間、足元の地面が蠢いていることを確認した熾念は、反射的に“個性”で自分を浮かして空へ飛びあがった。
「わぁ……」
自分だけ逃げた後、下で広がる光景に唖然とした声を上げる熾念。
津波のような土砂が、バスへ戻ろうとするしないに拘わらず、生徒たちを呑み込んで崖下の森へと放り込んでいくではないか。
一般人であれば―――否、ヒーロー科の生徒でも場合によっては命にかかわりそうな所業だ。理不尽を乗り越えるのがヒーローと口にする担任が居るが、一度理不尽の意味について語り合いとも思った熾念は、一旦落ち着いた地面へゆっくり着地する。
「私有地につき“個性”の仕様は自由だよ! 今から三時間! 自分の足で施設までおいでませ! この……“魔獣の森”を抜けて!!」
「“魔獣の森”……なにソレ!? ドラクエみたいで面白そうっ!」
「あれ? まだ一人残ってたんだ」
隣に降り立った熾念を前に、避けられていた人物が一人居たことに驚いたと言わんばかりに目を見開くマンダレイ。
すると、何か言いたげな相澤がワクワクしている熾念の近くまで歩み寄り、肩を数度叩いてから崖下を指さす。
「おら、お前も行け」
「Huh? バスから水とか持って行っちゃダメなんですか?」
「他の奴らと同じ条件じゃなきゃやる意味ないだろ」
「そんな、ひどい……」
「パーティが二十人なだけマシだと思え」
「Yes, Sir」
軽く相澤と話し合っていた熾念であったが、結局ノーアイテムで“魔獣の森”とやらに挑戦せざるを得なくなり、不承不承といった様子で“個性”を用いて崖下へ降りていくのであった。
☮
ちょうどその頃、熾念以外のA組面子は土で出来上がった魔獣を一体倒し終え、気休めの休息をとっていた。
「確か、ワイプシのピクシーボブの“個性”は『土流』だったから、それの応用で今の土魔獣を作って僕たちを襲わせてたんだと思う……」
「それで“魔獣の森”なのか……言い得て妙だな」
魔獣を倒した四人―――緑谷、爆豪、轟、飯田の内、緑谷がその豊富なヒーローの知識で推測を立てて、たった今襲撃して来た土魔獣の正体を暴いてみせる。
土を固めた人形であれば、攻撃に手加減を加える必要もない。
寧ろ、林間合宿に備えて鍛えた成果を見せることのできるいい機会だ。そう自分に言い聞かせる緑谷は、他の者達の安全を確認するべく辺りを見回した。
「あれ? 波動くんは……」
「っ、緑谷! 後ろだ!」
「え!?」
叫ぶ切島の声を受けて、咄嗟に振り返る緑谷が目にしたのは、先程相まみえた敵よりも一回り大きい土魔獣であった。
すぐさまフルカウルを発動し、脚に力を込める。
熱が伝播し、血潮が滾る感覚を覚えるがままに、真横へ足を振りかざそうとした。
「
しかし緑谷の動きは、土魔獣が緑色の光に包み込まれ、微動だにしなくなるのを目の当たりにして止まる。
「魔獣よ、森へ帰りなさい」
「あれは……森の精霊だ」
「いや、波動だろ」
無駄に神々しく降り立ってくる熾念を見て一言呟く上鳴に、轟が冷静なツッコミを入れる。あと、なぜか杖っぽい長い木の枝も手にしていた。
尚も演技がかった様子で降り立つ熾念であるが、一向に土魔獣は森へ帰る様子がない。
「……
「物理的に還らせた!?」
途中で“個性”の限界時間を悟った熾念が、杖っぽい枝を振りかざしてから念動力の圧力を以て、土魔獣を粉々に粉砕してみせる。
ジブリのような雰囲気を漂わせていたにも拘わらず、最終的には武力を以て敵を粉砕した姿に、思わず耳郎が声を上げた。それほどまでにショッキングな顛末。何とも言えない空気が場に流れる。
しかし、そんな微妙な空気を晴らす溌剌とした笑い声を上げながら、熾念は枝を肩に担ぐ。
「さーてっ! 雄英のヒーローの卵ご一行! 合宿先まで元気に行くとしようかっ!」
「杖持って元気だなぁ。魔法使いっぽい風体してよー」
「Hey, Listen! 宿は山のふもとだ! もし、行く先が分からなくなったら俺に聞いてくれよなっ! 上にひとっ飛びして場所を確認するぜ?」
「いや、リンクに出てくるナビィみてェだな」
道先案内人のような口調で先頭を歩もうとする彼の姿に、切島は昔プレイしたゲームのことを思い出す。
「オイ、似非バイリンガル! 俺の前を行くんじゃねえ!」
「なんだ、勝己が前行くのかっ。それじゃあ作戦はどうする?」
「出てきたモン全部ぶっ倒す!!」
「All right。『ガンガンいこうぜ』だなっ!」
「いや、待って! かっちゃんのペースに合わせたらみんな付いていけないから!」
緑谷は、レトロRPG風の作戦を立てて進もうとする二人を窘める。
平常運転で殺気立っている爆豪と、合宿とあってどこかハイになってる熾念。彼ら二人を制止するのは、いかに緑谷と言えど至難の技だ。
初日から元気が有り余る者達に、他の者達はため息をせざるを得ない。
それから彼らは必死に歩いた。迫りくる土魔獣を打ち倒しながら。
『歩くの大好き』と言わんばかりにドンドン前を行く爆豪を先頭に、戦闘に長けた面々が集団の前後に並び、どっちから来ても大丈夫なような布陣を整えた。
それから長い時間歩けども、到底12時などに宿へ到着することなど出来るはずもない。しかし、歩みを止めてはならないと足だけは動かし続ける。
道なき道を切り開き、『誰か脱水症状になったらどうすんだよ……』という呟きが聞こえれば、『副委員長に創造で水創ってもらえば?』と他の者が応え、遥か彼方へ精神を旅立たせていた葡萄頭が生き返り、下心丸出しで水の創造を頼むという一場面もあった。
その後、八百万を除く女子総動員で葡萄頭が叩きのめされたのは、言うまでもないだろう。
☮
そんなこんなで、八時間後。
「や―――っと来たにゃん。とりあえず、お昼は抜くまでもなかったねぇ」
特に悪びれた様子もないピクシーボブが、ヘロヘロになりながら森の中から出てきた生徒たちに、そう言い放った。
「なにが『三時間』ですか……」
「腹減った……死ぬ」
「悪いね。私たちならって意味、アレ」
不服そうな瀬呂と、今にも空腹で倒れそうな切島。
森の陰を歩んできたとはいえ、夏空の下八時間も歩きどおしであった彼らの体力は、最早限界寸前だ。
しかし、
「まあ、それなりに楽しかったですよ、HAHA!」
「……もう、ツッコむ気力もウェイよ……」
お気に入りの杖(二代目)を肩に担いで笑い飛ばす熾念の発言を、上鳴が画風の崩れた顔のままサッと流す。因みに一代目は、途中ふざけて土魔獣を直接殴った際、ぽっきりと逝ってしまった。
その時は三秒程度悲しみに明け暮れたものの、“魔獣の森”を一番楽しんでいた熾念は、まだまだ元気が有り余っている。
RPGのダンジョンを進んでいる気分で、立て続けに襲い掛かる土魔獣を魔法(念動力と発火能力)で打ち倒していた彼は、今やハイテンションもいいところだ。
「ねこねこねこ……随分タフなキティちゃんね」
「……『ねこねこねこ』?」
「ん、どうしたの?」
「『ねこねこねこ』ってなんですかっ?」
刹那、ピクシーボブの笑顔が凍る。
さらには隣に佇んでいた緑谷も一瞬硬直し、大慌てで熾念に耳打ちをした。
「は、波動くん! あれはピクシーボブにとっての笑い声みたいなものなんだ。特に彼女はチームの中でも随一の猫好きで……」
「Wow、そうだったのかっ! 俺だったら、『Cat』もじって『キャッキャッキャッ』みたいな笑い声の方がよくないか? そっちの方が無理ないし」
「―――ッ!」
凍っていた笑顔が、今度は砕け散って絶望した顔となるピクシーボブ。
「そっちがあったかッ……!」
「……今更よ、ピクシーボブ。変えたところで、男が寄り付くわけじゃないわ」
「……くぅッ! そッ、それは兎も角……君たちの三年後が楽しみ! ツバつけとこ―――!!」
ほとんど他人である熾念のアイデアに妙に納得するピクシーボブであったが、マンダレイの慰めを受けて立ち上がり、躍起になって気分を盛り上げる。
その際、プップッと実際にツバを吐いて、A組が将来有望であることを暗に示す。やられている側からすれば、三十路の女性にツバを吐かれて不衛生極まりないと思うしかない。
しかし、そのような彼女の姿に、知り合いと思しき相澤も疑問を抱いてマンダレイに問いかけたところ、どうやら適齢期的なアレで焦っているらしい。
だが、どうだろう? 世の一般男性から見て、『ねこねこねこ』と笑っているいい年の女性を、妻にしたいと思うだろうか。
答えは、この場に居る今をときめく男子高校生の微妙な顔を見れば、一目瞭然だろう。
閑話休題。
それから、マンダレイの従甥である目つきの悪い少年『出水洸汰』の紹介を受け、軽い挨拶代わりに緑谷が彼の一撃を陰嚢に貰った後は、全員バスに積んだ荷物を部屋に持ち込み、食堂で夕食をとることとなった。
疲れた体を癒す源をとるべく、空の胃袋へどんどん食べ物をかきいれれば、汚れた体を洗い流すべく……。
「ふぅ~~~、いい湯だぜー!」
普段は逆立っている赤髪が下りている切島が、熱めの湯に浸かりながら『極楽だー』と蕩けた表情を浮かべている。
現在、A組男子が居るのは男風呂。しかも、なんと露天である。
広大な空間に立ち込める湯気の中、一糸纏わぬ姿で語り合う漢たち。
「うぇ~い!」
「ははッ、風呂の中で泳ぐなよ……」
「そうだ。行儀が悪いぞ」
まだ脳内中学生の上鳴が、広い浴槽にはしゃいで泳いでいる姿に、真面目な尾白と常闇が呆れたように窘める発言をする。
だが、その上鳴を上回る所業をしでかす猛者が存在した。
「お、おい……あれを見ろ!」
「風呂の神が降臨なされた……」
「いや、波動だろ」
ノリノリの瀬呂と上鳴がそれっぽく慄いて見上げる先に居たのは、人ひとり分を容易く覆いつくせるような水量の湯を球体状にして浮かべ、その中心で座禅を組みながら浮かぶ熾念の姿だった。
湯が緑色の光を纏っていることもあり、無駄に神々しい。
だが、その光景を見ても尚、轟は冷静な声色でツッコんだ後、『湯が少なくなる』という至極最もな理由で熾念を下ろしてみせた。
「HAHAHA! どうだった!?」
「くっだらねえ! でも、めっちゃおもしれェ!」
「ひゃはは!」
馬鹿笑いするA組のガヤ面子。疲れと合宿という状況が合わさり、変なテンションになてしまっているようだ。
「っるせえ! 風呂ぐらい黙って浸からせろや!」
「Sorry! でも、折角の林間合宿だぜ? トコトン楽しみたいだろッ!」
しかし、そんなバカ騒ぎを鬱陶しく思う爆豪が業を煮やし、鬼のような形相で湯に浸かっている熾念の下へ歩み寄る。
ザバザバと音と波を立てて迫ってくる爆豪に対し、依然として大笑いしながら距離をとる熾念。そのやり取りに、これまた腹を抱えて笑う面々。
「まァまァ……求められてるのはそこじゃないんスよ。その辺、わかってるんスよ、オイラぁ……求められてるのはこの壁の向こうなんスよ……」
「一人で何言ってんの、峰田くん……」
その間、一人高くそびえ立っている檜の板で作られた壁に耳を当て、妙にねっとりとした口調で呟いていた峰田。
異様な様子に、思わず緑谷は声をかける。
「ホラ……いるんスよ。今日日、男女の入浴時間ズラさないなんて。事故……そう。もうこれは事故なんスよ……」
彼が耳を当てているのは、男風呂と女風呂を分け隔てる壁。
そっと耳を当てれば、疲れ切った体を癒す現世の極楽ともいうべき湯に、身も心も委ねている女子たちの穏やかな会話が聞こえてくるのだ。
「峰田くん、やめたまえ! 君のしている事は、己も女性陣も貶める恥ずべき行為だ!」
「やかましいんスよ……」
クラスメイトの行為を制止しようとする飯田。
しかし、異常に穏やかな笑みを浮かべていた峰田は、一変して欲望を表情に滲みだしながら、“個性”のもぎもぎを使って壁を登り始めた。
「壁とは超える為にある!! “Plus Ultra”!!!」
「速っ!! 校訓を穢すんじゃないよ!!」
彼が行おうとしていること、それ即ち『覗き』だ。
女体という生命の神秘、男にとっての故郷……それを瞳に焼き付けるべく、目の前にそびえ立つ巨大な壁をこれでもかという勢いで登る峰田。
しかし、あと一歩というところで彼の野望は潰えることとなる。
「!」
「ヒーロー以前に、ヒトのあれこれから学び直せ」
「クソガキィイイィイ!!?」
壁を登った先に、ニュッと姿を現したのは洸汰であった。
どうやら、男風呂と女風呂を隔てる壁は一枚だけではなかった様子だ。詳細は兎も角として、峰田の凶行を阻止すべく現れた洸汰は、その任を全うすべく一切の躊躇なしに峰田を突き落とす。
残念ながら、自業自得だ。
『やっぱり峰田ちゃん、サイテーね』
『ありがと、洸汰くーん!』
壁の向こうから聞こえてくるのは蛙吹と芦戸の声。
その声に対し、徐に振り返った洸汰であったのだが……
「わっ……! あ……」
男子高校生に望むことはできない女体は、性知識に乏しい少年にとって刺激が強すぎたらしく、思わず態勢を崩してしまい、そのまま洸汰は男風呂側へと落下してしまう。
「っぶない!」
しかし、硬い石畳に激突する寸前で、フルカウル状態で飛び込んで洸汰を救出する。
一方、先に洸汰に突き落とされていた峰田は、下に佇んでいた飯田にぶつかっていた。傍から見たところ、ちょうど臀部が飯田の顔に当たっており、同情してしまいそうな光景だったことを、此処に追記しておこう。
「出久! 大丈夫か!?」
「うん。でもこの子、鼻血出して気ィ失ってるみたい。僕、ちょっと先上がってるよ!」
「OK。気をつけてなっ」
気絶している洸汰を連れ、颯爽と風呂から去っていく緑谷。
そんな彼の背中に視線は集まっていたが、数秒後に全員の視線は峰田へ向かう。
そもそも峰田が覗きを行おうとしなければ、あのようなことにはならなかった。
非難の視線が、峰田を射抜く。
「な、なんだよゥ……オイラはただ、女体を見たかっただけだ! 男ならみんなそうだろ!? オメーらだけ善人ぶってんじゃねえぞ!」
「……波動。いや、風呂の神よ。休息の場の風紀を淫靡な考えで乱した下手人を、やっちゃってください」
「OK」
「は? おい、ちょ、なにするつもり……ぎゃあああ!!」
開き直る峰田に呆れてものも言えない面々の内、上鳴が波動になにかを催促する。
次の瞬間、膨大な量の湯を念動力で操る熾念が、激流といっても過言ではない苛烈な勢いの水流をし向け、葡萄頭に制裁を加えたのであった。
☮
入浴後は、自由時間。
ホカホカと上気した顔のまま部屋にやって来た男子の面々はと言うと、
「俺ここォ~~~!!」
「イェーイ!」
熾念を先頭とし、ガヤガヤとどこに寝るかを決め始める。
一日中ハイテンションな熾念は、部屋の角であり、窓の隙間からひんやりとした空気が漏れてくる場所へ、一目散に飛び込んでいった。
余りの勢いのよさに、敷かれていた布団も所定の位置からずれてしまうほどだ。
「波動、おめェ元気だなー」
「ちょっと今、鹿が乗り移った」
「鹿が!? 大丈夫かい、波動くん!?」
底なしの元気に呆れる切島の声に対し、鹿の霊が憑依した旨を熾念が訴え、飯田が驚愕したように声を荒げる。無論、冗談なのだが飯田にはいまいち伝わっていなかったようだ。
それから適当に自分の就寝位置決めを行えば、男子の大部屋を眺めに女子なども来たりし、大層賑やかなひと時を過ごしたりもした。
時は過ぎ、PM9:30。
「さて、女子も帰って今は男だけの部屋だ……」
上鳴が、神妙な声色で呟く。
大抵の者は布団の上で寝転がっているか、胡坐をかいて座っている。
「男だけ……夜……なら、話すことは一つしかねえよな」
「おぉ!」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる上鳴に、瀬呂や峰田などの一部の者達は期待の籠った声を上げる。
先程まで女子が居た空間。
風呂上りだった為か、彼女たちが使ったと思しきシャンプーの香りや、元々の理由のない甘い香りが仄かに残っている。
「―――タイプの女子の話、するっきゃねえだろ! 男子会だ!」
「ヒュ―――っ!」
「よっ! 来ました!」
盛り上がる男共。
「けっ、下らねえ。俺ァ寝る」
「眠ィ」
一方で、既に眠る態勢に入っている爆豪と轟。
彼らのタイプを聞けないことは少し残念な気もするが、これも予想の範疇である為、男子会にこれといった支障が出ることはない。
しかし、どことない引っかかりを覚えた男子の面々は、こういった場面でいの一番に騒ぎ出しそうな男子の姿を探し始める。
「あれ、波動は?」
「おっかしいな。さっきまでちゃんと居た……って、うぉ!? もう寝てる!?」
「……Huh?」
信号機トリオの内、一番勢いのある熾念が、既に就寝態勢に入っているのを目の当たりにし、男子会を提案した上鳴が驚きの声を上げた。
すると、そんな驚きの声に目が覚めたのか、非常にゆっくりとした速度で瞼を開け、顔だけを皆の方へ向けて口を開く。
「ふぁ~……Sorry。普段、もう寝てる時間だか、ら……」
「いや、十時前だぞ!? お前普段何時に寝てんだ!」
「……九時に寝て……二時とか三時に起きてる」
「おぉ……随分特殊な生活スタイル送ってんなぁ~……」
「……という訳で、もう眠いから……寝る。Good night」
「おーいおいおい! 待て! 寝る前に一言!」
うつ伏せになり、枕に顔を押し付けて眠りに入ろうとする熾念を制止する上鳴。
既におねむスイッチが入ってしまっている熾念は、非常に眠たそうにしているが、友人の頼みを無下に断ることもできず、なんとか意識を留める。
「何を……言い残せば……いいんだ?」
「えーっとな、好きな女子のタイプ! 具体的に、有名人とかでもいいぞ!」
「……Hmmm、それだったら」
熾念の好きな女子のタイプ。それ即ち、拳藤のことを指すのだが、直接『B組の拳藤って子が好き』と言うのも中々憚れるものだ。
故に、自分が彼女のどこを好いているのかを想像し、一つずつ挙げていくことにした。
「……普段はしっかりして」
「うんうん」
「……でも、ちゃんと乙女なトコもあって」
「うんうん」
「……笑顔が可愛い子」
「おー、成程な!」
「……これで……いいか? もう、限界だ……話はまた明日」
「お、おう! 止めて悪かったな! おやすみ!」
「Good night……スー……」
そこで糸が途切れたように、死んだように深い眠りに入る熾念。
彼の昼間の有り余る元気は、夜の深い睡眠にあるのだと分かった瞬間でもあった。
だが、一人分の趣向が分かっただけでも会話は弾むというものだ。
一人の趣向が分かったとなれば、あとは流れで他の者達の趣向を聞き出すなり、クラスの女子だったら誰であるかだったりと、様々な方向に話を転換することができる。
その後も、通常就寝時間の10時まで起きて熱く語り合う漢たちであったが、最終的には見回りにきた相澤により、強制的に幕を下ろされることとなった。
これにて、地獄の林間合宿初日は終了。
本番は―――明日から。
オマケ(バスでの会話&魔獣の森でのやり取り)
バスでの会話(内容的に、本編では没)
熾『……勝己って、ポケモンで言ったら炎・悪タイプだよな』
電『確かに。ヘルガーだな。もしくはガオガエンだ』
爆『あ゛ぁ!? 誰が悪タイプだ!』
耳『上鳴は絶対電気タイプだな。アホチュウだ』
蛙『私は蛙だから水タイプかしら』
切『俺は俺は!?』
熾『Hmmm……格闘と……鋼?』
切『うぉ! ルカリオか、俺! 割とうれしい』
耳『この流れで行くと波動、炎・エスパーじゃん。ビクティニ……ww。ちょうどピースしてるし』
電『他に分かりやすい奴は……轟だな! 氷・炎だ!」
切『氷・炎っていたか……?』
熾『居ないな。じゃあ、エルゼリオンで』
電『急なモンハン! しかもフロンティアじゃん!」
轟『……?』←一切分かっていない
緑『辛うじてホワイトキュレムが轟くんじゃないかな……?』
魔獣の森でのやり取り(上記と同様の理由で没)
熾『ヤバい。木の枝の先から火の玉をそれっぽく放つの凄い楽しい!』
電『メラじゃん。色違うけどメラじゃん』
熾『マックスまで溜まればメラガイアーも行ける気がする!』
緑『やめて、波動くん! 森燃えちゃうから!』
切『こんなかで一番ドラクエっぽい攻撃できるの……轟か! 氷と炎……メドローアいけんじゃねえか!?』
轟『……いや、たぶん無理だ』
熾『電気! ライデインいける?』
電『いや、俺雷は操れねえから!』
百『もう! 真面目にやってくださいな!』
葉『尾白くん! 武闘家っぽい風貌だし、会心の一撃出してきて!』
尾『急な無茶ぶり……!』