屋台の陰に隠れるスピーカーから流れる祭囃子。
昼と夜の合間である逢魔が時の神社の敷地内に吊るされる提灯は、ほどよい幽玄な光で和気あいあいと屋台を見て回る者達を照らしあげる。
ヒュウっと風が吹けば、風に運ばれる美味しそうな香りが鼻を擽り、否応なしに学校帰りで腹を空かせている学生たちの空腹感に拍車をかけていく。
「……人多いな」
「まあ、お祭りだから」
「うむ! 食欲をそそる香しい匂いに、立ち並ぶ色とりどりの屋台! これこそ、縁日の醍醐味だ!」
「Toot♪ ますます腹減ってきたなっ! なにから食いに行く?」
学校を後にし、縁日に訪れたのは轟、緑谷、飯田、熾念の四人だ。
緑谷は他の者達も誘おうと思ったのだが、既に帰ってしまっていたり、突然の誘いで予算がなかったりと、結局誘いに乗ったのは飯田のみ。
しかし、余り大人数で向かっても邪魔になるだけであり、学校から駅までの途中にある故に、すでにそれなりの雄英生の姿を窺うことができる。
もしかすれば、既に帰った者たちの中には縁日に来ている者も居るかもしれず、会ったら会ったで一緒に回るよう誘えばいい。
兎も角、第一は縁日を楽しむ。知り合いとの合流は二の次だ。
早速何かを食べに行こうと口にする熾念が視線を向けるのは、縁日が初めてだと言う轟だ。彼は暫しキョロキョロと辺りを見渡し、思慮を巡らせた後に、一つの屋台に目を止めた。
「……ありゃあなんだ?」
「あれ? ……あ、わたあめ!」
「轟くんは、わたあめを知らないのかい?」
「そりゃまあ、わたあめって祭り以外食べる機会ないからなぁ。とりあえず、祭りの雰囲気楽しむために一つ買うとしようかっ!」
轟が興味を示したのは、溶融した砂糖をごく細い糸状にしたものを、綿状にした菓子―――わたあめだ。
綿菓子の中の一つであるが、スーパーなどの店頭で売られている綿菓子で、あれほど巨大な一品を目にする機会はほとんどないと言っても過言ではない。
そんなわたあめ初見の轟のために、颯爽とわたあめ(袋はオールマイトの絵柄の物を選択)を一つ購入し、割りばしに巻かれている雲のように白くふわふわな菓子を、瞠目する轟に手渡す。
「Here you are」
「済まねえ。……っ」
「Huh? どうした、焦凍」
「……どっから食えばいいんだ、これ」
「そのまま豪快にかぶりつくか、千切って食べるかだぜっ?」
「そうか。じゃあ、いただく」
人の頭ほどもある綿菓子に一瞬困惑していた轟であったが、食べ方を指南されてすぐさま、ガバッと大口を開けてわたあめにかぶりついた。
砂糖で作られたわたあめは、口に入った途端、儚げな食感と素朴な甘みを口の中に残すよう雪のように融けていく。
初めてであるのに、どこか懐かしい味。
唇に触れた時に覚える柔らかな感触と同じように、轟の表情も普段よりも柔らかくなる。
「どうだ、焦凍?」
「……凄い旨い訳じゃねえが……まあ旨い」
熾念の問いに答えた後は、あの柔らかい感触をもう一度、と言わんばかりに今度は先程よりも多くの量を口に含むように大きくかぶりつく。
「っ、ぶふっ!」
「……?」
「き、気にしないでくれ、轟くん!」
「そうだぜ! そのまま食べ……ふふっ、写メ写メ……」
急に噴き出す三人に、怪訝な表情を浮かべる轟。
すると、徐に携帯を取り出した熾念が、そのまま轟の姿を一枚パシャリと撮ってみせる。
何故彼らがこうも笑っているのか理解できない轟であったが、その理由を暗に示すべく、たった今撮った写真を熾念が見せつけてきた。
「焦凍サンタ……っ、くくっ!」
「……」
「NOOOO! 俺の携帯氷結しようとしないでくれっ!」
写っていたのは、かぶりついた後に引っ張って千切ったわたあめが垂れ下がり、サンタの白い髭を思わせるようなわたあめを靡かせる轟の姿だ。
レアな轟の天然姿に思わず吹き出し、写真に収めた熾念であったが、当人は自分が間抜けのように見えてしまう為、不服そうに眉を顰め、右手から冷気を迸らせながら熾念の携帯を奪おうとする。
普段はすかさず『公共の場で“個性”を使うのは厳禁だ!』と注意するであろう飯田も、今は轟サンタが脳裏を過って絶賛抱腹絶倒中。
注意する者が居ない為、熾念と轟の携帯の奪い合いは暫し続くのであった。
☮
「滅茶滅茶手ェベトベトするな」
「轟くん。よければ、俺のウェットティッシュを使ってくれ」
「悪ィ」
携帯の奪い合いを一先ず終えた四人。
轟はその間、夏の気温によって融けてしまったわたあめで手がベトベトになってしまったが、準備のいい飯田によってなんとか手を清潔に保つことが叶った。
そのまま次に向かったのは、タレが焦げた香ばしい匂いが漂う焼き鳥屋だ。
「祭りの焼き鳥屋って、凄い種類あるよね……」
「つぼ貝にカルビ……はてにはエビまであるな!?」
「鳥以外の方が多いじゃねえか」
「That’s right! ま、旨いからそんなに気にならないけどさっ!」
轟の的確なツッコミを受けながら、店頭に並ぶ品々に目を向ける面々。
飯田が口にしたように、並ぶ品のバリエーションは豊富であり、屋台が堂々掲げている『焼き鳥』よりも他の色物に目が向いてしまう。
「う~ん、悩むなぁ……」
「ここで多くの物を買って散財してしまえば、腹が膨れてしまうし、経済的にも苦しいなぁ……ムム、悩みどころだ!」
「他の屋台も色々あるしなっ。Hmmm、焼き鳥ってその気になればスーパーとかでも買えるし、もっと他の祭りっぽい屋台に行くか?」
高校生であるが故に、無計画に散財することはできない。
飯田や轟の家は、八百万家には及ばないものの金持ちだ。しかし、だからと言って小遣いが多い訳ではない。
どうしたものかと悩んでいれば、あっけらかんとした口調で轟がこう言った。
「……別に、一人一本ずつ買って、全員でそれ分け合って食えばいい話なんじゃねえか? その方が色々種類食えるしよ」
「……っ、焦凍!」
「発想が女子……!」
さも当然と言うかのような物言いに、熾念と緑谷は彼の女子力に戦慄した。
実力や学力のみならず、女子力まで高い。しかもイケメンとは……こやつ、隙が無い。
そのようなことを三人が思っている間、轟は品が定まったのか、威勢のいい男性店主に向かって買う物を口に出した。
「すいません。ねぎま、一つください」
「あいよっ!」
(ねぎま……だって?)
(轟くん……それは!)
(焦凍。言い出しっぺがそれってどうなんだ?)
再度戦慄する三人。
その理由は、言わずもがな轟がセレクトしたねぎまであった。特に、三人の内にねぎまが嫌いな者が居る訳でも、ねぎまそのものが常人は頼まない色物という訳でもない。
ただ、ねぎまは鶏肉とねぎを交互に刺して焼いた食べ物。
この店では、どうやら一口大に切った具を四つほど串に刺して焼いているようだ。
お判りいただけただろうか?
ねぎまを頼んでしまえば、他の具の串焼きとは違い、二人が鶏肉、二人がねぎを食べることになってしまうことを……。他の誰か一人もねぎまを頼めばいいのではないかなどと言ってはいけない。
まとめ―――轟は天然だ。
☮
「うん……ねぎだけっていうのも、中々乙だね。鶏の脂とタレが染み込んでて……」
「……悪ィ。全然気が付かなかった」
ねぎまの串にささっていた最後のねぎを頬張り、しゃきしゃきといい音を響かせてから呑み込む緑谷に、轟が何とも言えない表情で謝罪する。
結局、誰がどれを食べるかは公平にじゃんけんで決めることとなり、最終的には轟と熾念が鶏肉、緑谷と飯田がねぎを食べることとなった。
「謝ることはないぞ、轟くん! ねぎはビタミンAやビタミンCのほかに、βカロテン、カルシウムも含まれていて、なによりアリシンという栄養素は疲労回復に役立つと言われている! 縁日だからと栄養が偏っていけない……そんな君の心遣いが垣間見えたよ!」
「飯田……いや、俺はなにも言えねえ」
相澤からは、事ある度に都合のいい解釈をしてくれる存在として認識されている飯田が、今回もまた勝手な解釈を声高々に述べて、轟を擁護している。
擁護された側は、遠い場所を見つめるような瞳を浮かべてはいるが、これもまた一つの夏の思い出として、彼の心の中に残ることであろう。
閑話休題。
その後も、お好み焼き、たこ焼きなどと祭りの定番を四人で分け合いながら食していった四人は、大分腹も膨れてきた為、『食』ではなく『遊』の屋台へと興味が向いていった。
「Wow、射的あるなっ!」
「……あんなちゃっちい銃で、据え置き機なんて撃ち倒せるのか?」
「Impossible」
「……じゃあ、なんで商品棚に並べてんだ?」
「焦凍、それはな……―――夢を売ってるのさっ」
「……そうなのか」
「そうなのさっ」
コルクの弾を放つ射的銃を眺める熾念と轟は、一生懸命腕を伸ばして一台数万円もする据え置きのゲーム機を狙う少年たちを眺める。
“個性”でズルすればゲットすることは可能かもしれないが、ほとんどの店舗はそのような真似を許していない。となれば、真正面から立ち向かうしかないのだが、物理的に射的銃の威力で巨大なゲーム機を倒すことは不可能。
しかし、『もしかしたら』という期待を少年たちに抱かせることはできている。詐欺などと言ってはいけない。
それは兎も角、遊ぶなら遊ぶで現実的な屋台で戯れたいところだ。
そこで四人が訪れたのは……
「あ、型抜きだ! 懐かしいなぁ~」
「型抜きってなんだ?」
「型抜きとは、デンプン、砂糖、寒梅粉、香料を原料として作った小さな板状の菓子に描かれているイラスト通り切り抜いて、成功すれば型の難易度に合わせて配当金がもらえる出店のことだ!」
「大抵、途中でバッキリ割れて失敗するんだよなー、HAHA!」
数ある祭りの屋台において、最もギャンブルに雰囲気が近い遊び―――型抜き。
成功した際に渡される金額はピンキリだが、物によっては三万円にも及ぶとのことらしい。
「失敗しても、菓子だから食べることはできるのも特徴だな!」
「……味は?」
「Ah、期待しない方がいいぜ?」
「そうか」
緩い会話を終えた四人は、子供たちがあくせく型抜きに没頭している場所へ、各々型を一枚購入してから赴く。
すると、そこには見慣れた顔がちらほらと見えた。
「む? あれは麗日くんたちじゃないか?」
「あ、ホントだ」
飯田の視線の先には、八百万、葉隠、芦戸の三人に囲まれながら型抜きに没頭している麗日の姿があった。
只ならぬ気合いを感じる彼女に、一瞬気圧されてしまう四人であったが、とりあえず会ったからには挨拶ぐらいは……と緑谷が一歩踏み出す。
「どうしたの? 麗日さ―――」
「っ! しっ、緑谷くん!!」
「むぐっ!?」
声を上げようとした瞬間、目にもとまらぬ速さで肉迫してきた葉隠によって、口を塞がれてしまう緑谷。
(目には見えないが)女子の柔肌を直接唇に感じる緑谷は、カァッと頬を紅潮させながらも、唐突な行動に打って出た葉隠に対し困惑した瞳を向ける。すると、『あ、ごめん!』と一言告げてから、葉隠は小声で四人に対し話し始めた。
「今ね、麗日が五千円の型抜きに挑戦してるの! ここまでいい感じでさ、その顛末を私達は見届けようとしてるんだよ!」
「そ、そうなんだ……」
チラッと再度麗日を一瞥すれば、『コォォオオオ』と気焔を吐きながら、尋常ではない集中力で型抜きに臨む彼女の姿を望むことができた。
実家が貧乏で、お金に敏感な麗日。もし成功すれば、型抜き一枚辺り三百円であることを鑑みれば、四千七百円の利益が発生することとなる。高校生にはそれなりの金額。彼女があれだけ真剣になっていることにも納得がいく。
「……まあ、俺たちも邪魔にならない程度に型抜きに勤しむとしよーぜっ」
「そうだね。轟くんも行こ!」
「おう」
「型抜きは繊細さと大胆さ、そして切り抜く者の計画性を試される高度な遊び……これを乗り越えれば、俺たちは成長できるはずだ! 真剣に取り組んでいこう!」
型抜きに何かを見出したらしい飯田の後押しも受けながら席に座り、テーブル代わりのベニヤ板の上で、包装紙に包まれていた菓子を取り出す。
「All right! ここで一儲けしてやるぜっ!」
☮
(全然だめだった)
一人、淋しい笑顔を浮かべて佇む熾念。
開始一分で菓子を破砕してしまった彼は、他の者達が着々と型を切り取っている姿を傍観している最中だ。
「Hmmm……なあ、出久。俺、ちょっと飲み物買いに行ってくるなっ」
「うん、わかった。あ……それと、みんな時間掛かっちゃいそうだし、あれだったら色々回って来ていいから! 終わったら携帯に連絡入れるよ?」
「OK! じゃ、ごゆっくり……」
「うん。なんかゴメンね……」
「Never mind」
早すぎる終焉を迎えてしまった熾念に同情する緑谷の視線を背中に受けながら、飲み物が販売されているであろう屋台を探しに出る熾念。
その気になれば、飲み物など自動販売機で売っているだろうが、祭りに来たのであれば氷水に沈められてキンキンに冷えている物が飲みたい。すっかり日も暮れ、昼程の暑さはないものの、人が集まることによって生み出される熱気に当てられてしまい、既に沸騰寸前の熾念はそう考えていた。
「ラムネラムネ~っと」
ラムネ―――要するにサイダーを求める彼は、陽気に口笛を吹きながら散策する。
かつてはラムネとサイダーには香料の違いがあったが、今売られているソーダ水のほとんどはレモン香料が使われるようになったため、味に明確な違いがなくなった経緯があるが、今はどうでもいい話だ。
「おっ、あそこ……Huh?」
飲み物を販売しているように見えた屋台。
型抜きで傷ついた心を癒すオアシスを見つけたと喜ぶ熾念であったが、その屋台から漂ってくる穏やかではない雰囲気を感じ取り、怪訝に眉を顰めたまま、足早に人混みをかき分けていく。
すると、視界が開けた瞬間目にしたのは、チャラけた服装を身に纏うヤンキー然とした男たち数名と睨み合う拳藤の姿であった。
不機嫌であることを隠さない表情を浮かべている拳藤であるが、ヤンキーたちはそんな彼女を寧ろ『かわいい』と煽り立て、どこかに遊びに行かないかとしつこく勧誘している。
「む」
刹那、熾念の口の形がV字からへの字へ変わった。
意中の女子をあのようなヤンキーの遊びへ連れていかれてなるものか。そんな苛立ちを纏った熾念は、すぐさま仏頂面から笑顔へ表情を変え、颯爽と両者の間に割って入る。
「あっ? ちょ、ガキ。邪魔だからどけ―――」
「Sorry, sorry! ちょっとこの子、俺の連れなんで。あ、お兄さん。ラムネ買うから、これお代」
「あ、おい!」
「Goodbye! 楽しいお祭りを~、っと!」
声を荒げて熾念の手をとろうとするヤンキーであったが、それよりも早く熾念が驚くように目を見開いている拳藤の手を取り、近くの雑木林の中へ駈け込んでいく。
「え、ちょ……おまえ、なんでここに居んの!?」
「Why? クラスの友達と一緒に来てただけだけど?」
「……その割に一人で歩いてたな」
「Shut up。型抜き一抜けして暇だったから、ラムネ買いに来ただけさ。そこでヤンキーと揉めてる一佳見つけたんだよっ」
「ほ~ん……」
「で? そーいう一佳はなんで一人だったんだ?」
「大体同じ理由だよ。クラスの女友達と境内で買ってきた物食べよーってなった時に、飲み物ないって気づいたから、私が買い出しに出てただけ。んで、さっきのに目ェつけられて絡まれてた」
「Toot♪ さっすが委員長。率先して動くなっ」
「おまえと違ってな」
暫し、一目のつかない雑木林を手をつないで歩いていた二人は、そろそろヤンキーたちを振り払えただろうと、辺りを見渡してホッと一息吐く。
「ふぅ……メンドイ目にあったけど、助かったよ。ありがとな」
「You’re welcome」
「じゃ、私はこれくらいで……」
「Hey、待てよっ」
「ん? どした?」
「飲み物買いに一人で歩いてたんだろ? 今、何も持ってないじゃないかっ」
「あ」
「HAHA! 意外とおっちょこちょいだな。折角だし、俺も手伝うよ」
「はぁ!?」
突拍子もない熾念の提案に、思わず拳藤は頓狂な声を上げてしまった。
『俺も手伝う』ということはつまり、友人の数分の飲み物を購入してから、彼にも運ばせて境内に向かうということ……となれば、境内に待機している友人たちに、熾念と一緒に歩いている姿を見られるということだ。
まだ正式にも付き合っていないというのに、友人伝手に噂が広まるのは好ましくない。
否、自分の友人を鑑みるに、それほど口は軽くなく言いふらすことなどはしないと思われるが、『あぁ、付き合ってるんだなぁ』と先走って想像されるのが気恥ずかしいだけなのだ。
「ん~……」
「嫌か?」
「んっ……嫌……っていう訳じゃないんだけどなあ。分かった。途中まで一緒に運んでくれな」
「お任せっ!」
拳藤に物を頼まれたとあって、浮足立って拳藤の手をとりながら屋台が立ち並ぶ方へ歩いていく熾念。
自然と自分の手を取る熾念に、形容しがたい羞恥を覚える。
小学校低学年の時であればなんとも思わなかったであろう行為。高校になってから行えば、どれだけ恥ずかしいものであったのかを、身に染みて覚えている真っ最中だ。
昔であれば、何とも―――。
「……なあ、熾念」
「Huh、なんだ?」
「おまえって、私のこと……好きなんだよな?」
「何をいまさら」
「その……英語で言うところの、『Like』じゃなくて『Love』の方ってことだろ? 私さ、まだそこんところの実感が湧いてなくて……」
もじもじと、空いている方の手を忙しなく動かす拳藤。
「なんちゅーか、愛! って思っても、恋愛っていうより家族愛みたいなだな……う~ん……そうだ! 兄弟愛みたいな? そんな感じの愛しか……」
「愛愛愛って……重」
「おい、引くな」
『愛』を連呼していた拳藤に、あろうことかドン引きする熾念。
そんな幼馴染の姿に、額に思わず青筋を立ててしまう拳藤であったが、手が出る寸前のところで何とか怒りを呑み込み、ゴホンと一つ咳払いしてから言葉を紡ぐ。
「要するに何を言いたかったって言うとだな……おまえの恋愛観をいっぺん述べてみて欲しい訳だ。おまえにとっての彼女とはなんぞや!?」
「なんぞや……ファッキン古語……じゃなくて。俺の恋愛観における彼女像って話かっ?」
「そう」
「Hmmm……今、『Like』とか『Love』とか言ってたけど、俺的には『Live』なのが好きってことだからなぁ」
「単語が合体しただとっ!?」
まさか、『Like』と『Love』が合体し、『Live』になると思っていなかった拳藤は、瞠目して熾念に対し驚きの声を上げる。
一体どういう意味なのか。
そう言わんばかりの視線を向ける彼女に対して、熾念はケラケラと笑いながら説明を始める。
「HAHA、そんな『生きる』とか重たい意味じゃなくてさっ、できるだけ長く一緒に居たいって思える人が、俺にとって好きな人だってこと」
「……へー」
「だから、今こうして一佳と駄弁ってる時間もケッコー楽しいモンなのさっ」
熾念は、面と向かって言うのが恥ずかしいのか、照れ隠しに先程購入したラムネの蓋を開け、爽やかな風味漂う刺激的な液体を口に含む。
口から喉へと駆け抜ける清涼感。
自然と乾いていた喉を潤した後は、きょとんと佇む一佳へ笑みを投げかける。
「出来ればそれなりの頻度で一緒に居たいっても思ってるけど、それじゃあ一佳が困るもんな。だって皆の一佳さんだから、独り占めはできないし」
「おまえ、そういうトコ結構考えてるのな」
「適切な距離感測ってるだけさ。がっついて嫌われるのもヤダし」
「ふーん……じゃあ、一口頂戴」
「Huh?」
脈絡のない言葉に、一瞬何のことかと目を見開いた熾念であったが、突如して空虚感に苛まれる手の中と、瓶に口をつけて豪快にラムネを飲む拳藤の姿に、思わず硬直してしまう。
(間接……―――)
「―――ぷはっ。くぅ~、夏はこれに限るな!」
「あの……あっ、全部飲まれ……」
「ははっ、なーにしけた顔してんだよ」
快活な声を上げる拳藤は、悪戯っ子のような笑みを浮かべたまま、茫然と佇む熾念の額にデコピンを一発お見舞いした後、空になったラムネの瓶を押し付ける。
陰になってよく見えないが、拳藤の頬は夏の暑さが原因ではない熱に当てられ、ほんのりと紅潮しているのが窺えた。
「……お味はいかが?」
すると今度は、熾念がニヤッと口角を吊り上げ、一つ質問を投げかけた。
数拍置いて、返ってきた答えは
「―――……甘い」
直後、示し合わせたかのように夜空で花火が瞬いた。
たった数分。
だけれども、二人の記憶に鮮烈として残るひと夏の思い出となった。