重苦しい空気が教室に流れている。
それは他でもない、期末の演習試験を突破することのできなかった切島、芦戸、砂藤、上鳴が林間合宿に行くことができないと悟り、意気消沈としているからであった。
特に明るい三人が暗いのだから、雰囲気が普段よりも重苦しくなるのは必然とも言える。
「皆……土産話っひぐ、楽しみに……うう……してるっ……がら!」
「まっ、まだわかんないよ。どんでん返しがあるかもしれないよ……!」
「緑谷。それ口にしたらなくなるパターンだ……」
号泣する芦戸を慰めようとする緑谷であったが、以前のサバイバル訓練よろしくのフラグを建築してしまったことを、瀬呂に指摘される。
さらには上鳴の神経を逆撫でしてしまったようであり、奇声を上げながら緑谷に目つぶしを喰らわせ始めた。
「試験で赤点取ったら林間合宿行けずに補習地獄! そして俺らは実技クリアならず! これでもまだわからんのなら貴様らの偏差値は猿以下だ!!」
「落ち着けよ、長え」
表情にこそ出していないものの、声は泣いている上鳴を窘める瀬呂は、他の実技試験をクリアした者達とは一歩退いた立ち位置で語る。
何故ならば彼は、試験中ミッドナイトの“個性”によってほとんど眠っていたために、クリアの大部分を相方の峰田に任せてしまっており、自分は一切活躍していなかったからだ。採点基準が明かされていない以上、自分も試験を突破したことにはされていないかもしれず、逆に上鳴たちは突破していることにされているかもしれない……。
そう示唆する瀬呂ではあるが、絶望的な状況にそのような一縷の望みを託すものは居ない。
「予鈴が鳴ったら席につけ」
そこへ、勢いよく扉を開けて入ってくる相澤。
余りに勢いに、一瞬扉が歪んでしまったようにも見えたが、傷一つついていないところを見ると、かなり頑丈に作られているようだ。
閑話休題。
「おはよう、今回の期末試験だが……残念ながら赤点が出た」
相澤の登場でただでさえ静まり返っていた教室が、更に静かになる。
静寂。校舎の外に佇む小鳥の囀りさえ聞こえてきそうなほどの無の空間で、相澤は言葉を続けた。
「したがって……林間合宿は全員行きます」
「「「「どんでん返しだあ!」」」」
静寂の殻を突き破る歓喜の声が、教室内に轟く。
喜びに打ち震える者達の叫びが沸き立つ間にも、淡々とした口調で話を続ける相澤。
「筆記の方はゼロ。実技で、切島・上鳴・芦戸・砂藤、あと瀬呂が赤点だ」
「行っていいんスか、俺らあ!」
「確かにクリアしたら合格とは言ってなかったもんな……」
切島が再度相澤に確認する一方で、顔を手で覆う瀬呂。
『クリア出来ずの人よりハズいぞコレ……』と呟く彼の背中からは、形容しがたい哀愁のようなものが漂っているように見えた。
それは兎も角、相澤の口からは今回の実技の採点基準が明らかにされる。
今回は、敵側が生徒に勝ち筋を残しつつ、どう課題と向き合うかを見るように動いたらしい。そうでなければ、地の力の差で課題云々の前に詰む者ばかり……とのこと。
『本気で叩き潰す』と口にしたのは、生徒たちに発破をかける為。
そして何よりも、林間合宿は強化合宿であり、赤点をとった者こそが行わなければならないイベントなのだ。
つまり、あの発言は
「合理的虚偽ってやつさ」
「ゴーリテキキョギィイ―――!!」
「またしてやられた……さすが雄英だ! しかし! 二度も虚偽を重ねられると信頼に揺らぎが生じるかと!!」
合宿に行けるようになった四人が喜ぶ一方で、水を差すように挙手して物を申す飯田。
「Hmmm、合理的虚偽云々は雄英じゃなくて相澤センセーの問題だと思うんだが」
「波動くん、それは言っちゃダメ……!」
入学当初の体力測定のことを思い出しながら呟く熾念に、緑谷は小声で注意を促す。
その間にも、飯田の質問に相澤はしっかりと答えていた。赤点は赤点であるのだから、相応のプログラムは用意しているらしく、別途の補修時間を設けるとのこと。
学校で補習オンリーよりもキツイことを告げれば、先程まで浮足立っていた四人+αの表情が一瞬で曇る。
生憎、雄英では『楽』と言って『キツイ』ことはほとんどだが、『キツイ』と言って『楽』だった前例は一度たりともない。今回もその例に漏れないだろうという考え脳裏を過ったのだろう。
ご愁傷様だ。
「それじゃ、合宿のしおり配るから後ろ回せ」
そのまましおりが配られた後は、放課後に突入だ。
テスト期間という地獄の期間を終えた彼らは、その重圧から解放されて爽やかな笑みを浮かべながら、友人たちと語り合う。
その中で出てきた話題が、合宿への準備だ。
「一週間の強化合宿か!」
「けっこうな大荷物になるね」
「暗視ゴーグル」
「水着とか持ってねーから、色々買わねえとなあ」
「オイ誰だ、今暗視ゴーグルって言ったの」
一週間も親元を離れて寝泊まりとなると、相応の荷物が必要となる。
着替えは勿論、『林間』というだけあって山の中で行動をすることになるのだから、アウトドア系の品も人によっては購入しなければ、後で差し支えが生じるはず。
「あ、じゃあさ! 明日休み明けだし、テスト明けだし……ってことで、A組みんなで買い物行こうよ!」
「おお良い! 何気にそういうの初じゃね!?」
葉隠の提案に、上鳴を始めとしノリ気の面々。
「おい爆豪、おまえも来い!」
「行ってたまるか、かったりィ」
「轟くんも行かない?」
「休日は見舞いだ」
「ノリが悪いよ。空気読めや、KY男共ォ! ここに居るノリの権化を見てみろ!」
「WHOOPIE! 皆で買い物ォ♪」
休日へ皆で買い物に行くとあって、一部の者を除いてワッと沸き立つ。
中でもテンションが高いのは、言わずもがな熾念だ。イベント大好き男が、この機会を楽しまない訳もなく、ワクテカとした様子で『楽しんでいこうぜ!』と声を上げている。
「あ、でも焦凍はちゃんとお見舞い行ってあげてな。焦凍ママによろしくって伝えておいてくれ」
「おう」
「急に真面目やっ!」
無理強いはしないと言わんばかりに、急に声を落ち着かせ、轟の肩に手を置いてそう呟いた熾念に、轟も淡々と応答する。
そんな熾念のギャップに対し、麗日が噴き出した声が教室に響き渡りながら、放課後の時間は過ぎていくのであった。
☮
次の日。やって来たのは、県内最多店舗数を誇る、今時で若者にも大人気のトレンドを取り入れていく木椰区ショッピングモールだ。
日曜日とあってか、家族連れやカップルも含め、かなりの数の人の姿を窺うことができる。
「……」
「嘘みてえに静かだけど、波動おめえ大丈夫か?」
「It’s stifling……早く店の中に入って涼みたいなっ」
「お、おう。そうか」
照り付ける日光の熱さに無言であった熾念を心配する切島。
店内に入れば、嫌と言うほど冷房が効いた空間を歩き回ることとなるのだから、とりあえずの行動方針を決めようとする面々は、各々が必要とする物を口に出していく。
「とりあえず、ウチ大きめのキャリーバッグ買わなきゃ」
「あら、では一緒に回りましょうか」
「俺、アウトドア系の靴ねえから買いてえんだけど」
「あー、私も私もー!」
「靴は履き慣れたものとしおりに書いて……あ、いや……しかし、成程。用途に合ったものを選ぶべきなのか……!?」
「ピッキング用品と小型ドリルってどこ売ってんだ?」
「Home Center」
「波動、それは答えなくともいい」
合宿にピッキング用品とドリルを所望する峰田に対し、丁寧にありそうな場所を教える熾念。どうせロクでもないことに使うに決まっていると分かっている常闇は、そんな彼を窘める。
「目的バラけてっし、時間決めて自由行動にすっか!」
各々の求める物が分かれていると知るや否や、切島が自由行動を提案する。
少し自由に行動した後は、皆で近くのファミレスに昼食にでも行こうなどと集合時間と場所も決め、早速移動を開始するA組であった。
☮
暫くして……。
「こーいう店って、特に買う物ないんだけど見ちゃうんだよなっ、HAHA!」
「わかるわぁ」
熾念と切島が緩い雰囲気で居るのは、ミリタリーショップだ。
ミリタリーといっても品ぞろえは豊富であり、キャンプ用品から災害時の備品、そしてサバゲー用のエアガンから多機能ナイフまで、男心を惹く品も存在する。
「Wow、レーションもあるぜ」
「レーション……糧食か。昔は不味かったらしいけど、今はそれなりに旨いらしいな」
「滅茶苦茶旨いってこともないけど、なんか特別な感じがして、『一度は……!』って思っちゃうんだが……」
「あー、わかる! 物珍しさだな!」
波長の合う二人の会話は弾み、次第に雰囲気が明るくなっていく。
ここに上鳴がやって来れば、信号機トリオが揃うこととなり、一層パッパラパーな空気になるのだが、今は青信号と赤信号だけで滞りなく会話は進んでいる。横断歩道だ。
それは兎も角、会話が弾んでいく中で話題は昨日の実技の話へを変わっていった。
切島は砂藤と共にセメントスと戦ったのだが、三十分間延々とコンクリートの壁を生み出され続け、消耗戦の後になす術なく敗北したと言う。
「もーちょい上手い立ち回りが出来てたら、クリアできてたんじゃねえかって……昨日の夜からそればっかり考えちまってな。でも、いっぱい考えても浮かばねえんだ。それで、俺の“個性”の底が見えた気がしちまって……元々『硬化』って地味な“個性”だしよ」
「Hmmm、そうか?」
「特に波動。おめェと戦っても勝てるヴィジョンが浮かばねえ」
「いや、割とシンプルな勝ち方あると思うぜっ」
「ほ、ホントか!? 教えてくれ!」
「食いつきが凄いなっ……まあ、言うとすれば」
食い気味に顔を迫らせる切島に圧倒されながらも、ピンと人差し指を立てる熾念はこう口にした。
「俺のフルパワーをPerfectに防ぎきる防御力あったら、俺がストレートに勝てる方法失くすことはできる!」
「……キツくねえか?」
「Huh? でも、俺のフルパワー防げれば、自然と勝己の最大火力も防げることになるから、割と良い判断基準になると思ったんだけどなっ」
「っつーか、おめェの全力ってあのバカでかい青い炎だろ? 幾ら硬くても、焼かれたら一溜まりもねえと思うんだが……」
「Non。まだ調整が苦手でさ、じっくり炙るみたいなコトはできないんだっ。だから、焦凍が出す炎よりかは、勝己の爆破に似た感じになってさっ、HAHA!」
「ほ~」
「だから今は、念動力で浮かしたマシュマロを、如何に絶妙な焼き具合に焼けるかっていう練習で、持続的に炎出せるよう特訓してるのさっ」
「なんだ、その旨そうな特訓は」
『発火能力』の調整練習に、焼きマシュマロを作るという特訓を行っている熾念。
これが意外にも繊細な火加減が重要であり、火が強すぎればマシュマロが真っ黒こげになり、弱すぎたらいい焦げ目がつく前にドロドロに融けてしまう。
だが、コントロールが完璧であったなら、それはもうトロトロふわふわな極上の焼きマシュマロが完成するのだ。
念動力で浮かしていることもあり、発火能力との併用の練習にもなり、炎の調整練習にもなり、上手くいけば美味しい焼きマシュマロが出来上がるなど、一石三鳥の特訓となっている。
その代わり、糖尿病になりかねないという危険性を孕んでいるが……。
「まあ、自分の限界がどれぐらいかっていうのは一応分かったつもりだから、今は細かい調整が課題さっ。威力だけあっても、ヒーローとして市民守れないもんなっ!」
「……ん~、とすりゃあ、俺はやっぱりもっと硬くなれるよう筋トレを……でもなあ」
「HAHA! どうしたんだ、鋭児郎? Easyに行こうぜっ! もっと硬くなれるなら、トコトン突き詰めてきゃな。どんな攻撃にも屈せぬ盾……Coolじゃないかっ!」
「……そか! 言われてみりゃあ、ヒーローは市民救けるモンだしな。爆豪みてえに敵倒す力ばっか見てたけど、敵から市民から守れる防御力も必要だし……よーし! 思い立ったが吉日って言うし、今日から筋トレの量増やすか!」
「その調子だ、鋭児郎!」
単純明快で猪突猛進と思われがちの切島であるが、実際は自身が抱える悩みに嵌まってしまうタイプの人間だ。
しかし、そんな彼の背中を押すのは、いい意味で楽観的な熾念だ。
先生になれば褒めて伸ばすタイプの教師になりそうな彼は、落ち込んでいる者に対して、出来る限りの良い点をペラペラ口にすることができる。
褒めて悪い気分になる人間はそれほど多くはない。故に、少々卑屈になった人間に対しても、熾念の手にかかればあっという間に立ち上がれる。
そのような感じで、林間合宿へ向けてのモチベーションも高まった二人であったが、やけに騒めく店の外に気づき、訝し気な表情を浮かべた。
「Huh? どうしたんだ……?」
「とりあえず外行ってみようぜ! なにかあったのかもしんねえ!」
「OK!」
ヒーロー志望とあって、良からぬことが起きたのだとすれば動かずには居られない二人は、颯爽と店の外に出て騒動の中心になっている場所へ向かった。
一度、雄英を襲撃した敵と偶然再会してしまった友人の下へ。
☮
A組の面々がショッピングモールで自由行動している時、一人になってしまった緑谷は、敵連合の頭である死柄木と出会ったらしく、先日の騒動は、それに気づいた麗日が警察とヒーローに通報したことにより起こったものであった。
ショッピングモールは一時騒然とし、ヒーローらが来るより前に雲隠れした死柄木のほかに敵が居るかもしれないという理由で、一時的に閉鎖となる。
幸い、緑谷に怪我はなかったものの、生徒が敵と遭遇してしまったことは学校の警戒態勢を強めるものとなり……。
「例年使わせて頂いている合宿先をキャンセル。行き先は当日まで明かさない運びとなった」
「え―――!!」
「もう親に言っちゃってるよ」
「故にですわね……話が誰にどう伝わっているのか、学校側が把握できませんもの」
「合宿自体をキャンセルしねえの英断過ぎんだろ!」
合宿先は変更。
情報漏洩を防ぐ為、行き先さえも明かさない流れとなったことを相澤が口にしたことで、生徒たちには動揺の色を顔に浮かばせる。
しかし、尚も合宿は行うとあって、卒業アルバムに残る思い出の数が減らないことにホッと安堵する様子も窺えた。
そのような出来事もありながら、夏休みまで残る日常を過ごす生徒たち。
そして、ある日の放課後。
「縁日と言えば~!?」
「焼きそば!」
「たこ焼き!」
「今川焼き!」
「お好み焼き!」
「おやき!」
「オムそば!」
「たい焼き!」
「あか~~~ん! 頭の中で想像しただけで涎が溢れてくるぅ!」
麗日と葉隠が交互に、縁日の屋台に並んでいそうな食べ物の数々を口にしていた。
「……ありゃあ何だ?」
「あ、えっと確か……雄英から駅までの道に途中に、小さな神社があったでしょ? そこで縁日やるみたいだから、帰りに行くつもりなんじゃないかなあ?」
異常なテンションの女子二人を不審に思った轟が緑谷へ問いかければ、帰りの道の途中にある神社で縁日が開かれることを説明する緑谷。
縁日と言えば、美味しい食べ物の宝庫。決して高級な訳でも絶品な訳でもないものの、縁日という雰囲気と友人と一緒に食べる喜びで、一味も二味も違う食べ物を味わえるのだ。
「……そうか。それともう一つ」
「うん?」
「なんで波動のテンションは、あんなに低いんだ?」
「それは……僕にも……」
ちょうど緑谷の前の席。
そこで机に突っ伏す熾念は、縁日ではしゃぐ女子とは裏腹に、この世の終わりであるかのような絶望感を滲みだすテンションで佇んでいた。
「ぐすんっ……」
「……おい、波動。どうした?」
「……ちょっと……色々ありまして……地元の祭りに行けなくなって……それで……」
「こんな天気良いのにか?」
「友人との……その……約束的な問題でして……」
「そうだったか」
若干涙目の熾念に問いかける轟。
彼曰く、友人と祭りに行く約束をしていたのだが、約束の問題で行けなくなったとのこと。一人で行けばいいのではないかと思った轟であったのだが、様子を見る限り、一緒に行く人物が特別だったであろうことはそれなりに推測できたため、口を結んで言葉を呑み込んだ。
(古文と漢文……79点だった……)
他の教科は九割に届いていたが、古文と漢文のみ八割を切ってしまった。
それ故、『まあ……約束だしな』と断るのも非常に辛そうな表情で、拳藤には地元の祭りへ行かない旨を告げられてしまったのだ。
現在、熾念はファッキン古語状態。いと腹立たし&いとつらし状態だ。
そのような訳で、意中の女子と夏の思い出を作ることが叶わなくなった熾念は、年甲斐もなく目尻に涙を浮かべている訳である。
さらには脇で女子たちが、放課後訪れる予定の縁日への予定を声高々に口に出しているのだから、同じ空間に居る熾念としては溜まったものではない。ただでさえボロボロの心にナイフを突き立てられているかのような気分だ。
「……緑谷」
「うん、轟くん……ねえ波動くん。ちょっといい?」
「ん?」
落ち込んでいる波動を見かねたのか、アイコンタクトで意思疎通した二人の内、緑谷が熾念へ声をかける。
「僕たちで良かったら、帰りに神社の縁日行かない? 他の人も呼んでさ」
「……行く」
「そ、そっか! じゃあ、今から行ける人探してくるから、少し待ってて!」
「……オーケー」
(英語にキレがねえな)
緑谷とのやり取りを眺めていた轟は、熾念が口にする英語にキレがないことに対し、感想を抱いていた。
英語にキレがない熾念は、ルーのないカレーライスのようなものだ。
アイデンティティの喪失と言っても過言ではない。それほどまでに、彼の発音はネイティブに近く、何気に英語のアクセントを覚えるのに役立っている。英語担当教師であるプレゼント・マイクよりも発音がいいのだから、尚更だ。
「……そう言や、縁日に行くの初めてだ」
「そうなのか?」
「ああ。いい機会だし、お前や緑谷たちと一緒に行こうと思う。夕飯兼ねてな」
「……そっか。じゃ、初めて焦凍の縁日を暗い雰囲気にしちゃだめだな! 全力で楽しもうぜ! HAHA!」
(切り替え早ェ)
轟が、縁日に行くのが初めてだという旨を口にすれば、一気に明るいオーラを振りまいて笑顔になる熾念。
先程の絶望のオーラはどこへやら。
その切り替えの早さは、単純に感嘆に値するレベルだ。
「あと、波動」
「Huh?」
「縁日に蕎麦はあるか?」
「焼きそばなら」
「……冷たい蕎麦は?」
「……たぶん……ない!」
「……そうか」
「Ah、他にも美味しいモンいっぱいあるからさっ! それ食べようぜ!」
「……おう」
迷った時は、とりあえず冷たい蕎麦を頼む轟であったが、縁日に冷たい蕎麦がないことを知るや否や、少し曇った表情になる。
轟の、蕎麦への飽くなき執念を感じる一幕であったのは、また別の話だ。
☮
その頃、B組の教室にて。
「拳藤ー」
「ん? レイ子、どうした?」
「帰りに、小大とか塩崎とかと一緒に縁日行くんだけど、一緒に行かない?」
「おー、いいね! オッケー、行く行く!」
ここでもまた、今を時めく女子高生たちが、帰りに縁日へ行く約束を交わしていたのであった。