『今日は俺のライヴにようこそー!!! エヴィバディセイヘイ!!!』
「ようこそぉ―――ッ!!!」
『サンキュー、受験番号3154のリスナー!!! 彼の熱い返答に応えて、受験生のリスナーに実技試験の概要をサクッとプレゼンするぜ!!! アーユーレディ!?』
「Yeahhhh!!!」
「イ……イヤー」
「イェーイ……?」
ボイスヒーロー『プレゼント・マイク』の場違いな言葉のノリに、たった一人だけ反応する男子受験生。
彼のノリが辛うじて周囲に伝播したのか、所々からも声が上がる。
受験に来て、もうすぐ実技試験だというにも拘わらず、この気が抜けてしまうかのような雰囲気。
それを作る起因となった男子は、満足そうな笑みを浮かべつつ、入試要項を広げていた。
「熾念……おまえマジか」
「Huh? なにがだ?」
「いや、おまえ……ないわ」
「HAHA、何を言ってるのか分からないな」
隣に座る愕然とした様子の一佳に対し、ホクホクと上気した顔で笑う熾念。
筆記試験を終えた彼等は現在、これから始まる実技試験の概要を再度理解するため、広大な講堂へ受験生が一堂に集まり、雄英の教師であるプレゼント・マイク(本名・山田ひざし)によるラジオ調の説明を受けていた。
概要はこうだ。
受験生は、振り分けられた番号に従い、各会場へ赴いて十分間の『模擬市街地演習』を行う。道具の持ち込みは可。
演習場には三種の“仮想敵”が多数配置されており、各個の『攻略難易度』に応じてポイントが割り振られるとのこと。これら仮想敵を行動不能にすることで、各個人がポイントを稼ぐ。
無論、他人への妨害行為などのアンチヒーローな行為は厳禁。
「んで、四種目の仮想敵は0Pと……ま、避けるのが無難か」
途中、慇懃な態度の少年が手を上げ、延々とブツブツ呟いていた他の受験生を窘めつつ質問した内容を思い返す一佳。
入試要項に書かれている仮想敵の種類は四つ。しかし、プレゼント・マイクが説明したのは三体だけであった。
だが、彼曰く四種目の仮想敵は、マリオブラザーズでいう所のドッスン的なお邪魔虫的『ギミック』。貰えるポイントもない為、基本的にはスルーするべき存在なのだが、
「作品によっちゃ、スターとって無敵状態になったら倒せるけどなっ」
「屁理屈言うな」
「Ouch!」
横で何やら呟く熾念に手刀での突きを繰り出す。
そうこうしている間にも、プレゼント・マイクによる説明は終わりを迎えようとする。
雄英合格の合否を決めると言っても過言ではない実技試験―――緊張や不安で押し潰されそうになる者達へ、彼は雄英高校の校訓をプレゼンした。
『更に向こうへ―――“
***
(一佳とは別会場……同校での協力を避ける為ってらしいけど、ま、気にすることでもないか)
実技試験を行う会場へ訪れた熾念は、動きやすい服装に着替え、軽く準備運動していた。
肌寒そうな黒いタンクトップに、白い布地に金色の線が入ったバスパン。見るだけで鳥肌が立ちそうな格好であるが、“熱”に発動時間を左右される可能性がある熾念の“個性”を鑑みれば、妥当な格好と言えよう。
しかし、だからといって準備運動をしなくてもよい理由にはならない。万が一の場合も備え、しっかりと筋肉はほぐしておく。
周囲には、熾念と同様、これから始まる実技へ向けて体をほぐす者。精神統一を図る者。近くの者とべらべらと駄弁っている者など、十人十色な反応を見せている。
「るっせえぞ、クソ共!! 場違いだから退けやッ!!」
そんな駄弁っている者達にガンを飛ばし、無理やり道を開ける人物が一人。
明らかにヒーローを志す者とは思えぬ言動ではあるが、試験開始前に駄弁っている者達への注意としては筋が通っている。……言葉遣いが爆発的に荒いが。
髪型も芸術的な爆発を彷彿とさせる髪型の少年は、我先にと言わんばかりに、スタートラインの一番前へと出ていく。
周囲からは『感じ悪……』や『ヤンキー?』、そして『あ、ヘドロヴィランの』などの声が聞こえてくるが、彼は最後の一言だけに反応して怒声を上げた後、精神統一を図るべく深呼吸をし始めた。
(……苦手なタイプだ、HAHA)
心の中で、テレビショッピングの外国人男性の如きノリで、彼とはウマが合わなさそうと悟る。
その時であった。
『ハイ、スタートー!』
拡声器でも使っているのか、先程聞いたプレゼント・マイクの声が、市街地に響き渡る。
突然のスタートの合図に誰もが挙動不審に辺りを見渡すが、一人だけはすぐさま両腕を後方へ伸ばした。
「爆速ターボっ!!」
「へ? あぁっ!?」
刹那、少年の掌から閃光が瞬き、爆音を轟かせながら前方で飛んで行った。
周囲の受験者に被害が及ばぬよう、角度に気を付けて爆破しながらスタートダッシュを決める少年。しかし、近くに佇んでいた少女が爆風に煽られ、尻もちを付きそうになった。
だが、寸前で熾念が“個性”を発動し、臀部を強打せぬように華奢な体を浮かす。
三重の意味で、キョトンと辺りを見渡す少女に、熾念ははにかんだ。
「Hey girl。平気?」
「あ……ども」
「You`re welcome」
三白眼で、耳たぶがイヤホン状になっている少女が、念動力で体勢を立て直されながら、おずおずと一礼して礼を述べた。
『どうしたあ!? 実戦じゃカウントなんざねえんだよ!! 走れ走れぇ!! 賽は投げられてんぞ!!?』
「だってさ? おっ先ィ!」
続くプレゼント・マイクの言葉に、熾念は先を走っていった少年を見習い、念動力で自身を浮かせて飛翔した。
下方からは、他の受験生たちがハッとして駆け出す足音が聞こえるが、熾念は文字通り高みの見物だ。
イメージトレーニングの成果を発揮するように、一秒の飛行と0.2秒のインターバルを挟みながら、市街地を曇天の日のツバメのように飛行する。
すると、けたたましい駆動音を鳴らしながらやって来る仮想敵が四機。
『標的捕捉!!』
『ブッ殺ス!!』
『親方!! 空カラ受験生ガ!!』
『撃チ殺セ!!』
(Wow……物騒だな。―――四機か)
仮想敵は、四方向から熾念を囲むようにやって来ている。地上であれば袋叩きにされかねない状況だが、今は好都合。
「そっちから来てくれるなら手っ取り早いな!」
左右の二機に念動力をかける熾念。
緑色の光に包まれるのは、移動が速くて装甲が脆い1PのA型敵。近くに居る人間を襲うようプログラミングされているのだろう。真っ直ぐ熾念の下に突っ込んでこようとする。
だが、念動力を掛けられている今、自由に動くことが可能である筈がなく、止まる事さえも許されぬまま、ちょうど熾念の真下で二機が激突し、大破した。
―――1秒
残るは2PのB型敵と、3PのC型敵が一機ずつ。
大破したロボットに気を向けることなく、C型敵が熾念へ向けてミサイルを放つ。
喰らったどうなるかと気になる所だが、試験である今は一発たりとも喰らえる状況ではないことは承知済みだ。
今度はミサイルに念動力を掛けて軌道をずらし、背後から尻尾型のアームを振りかぶろうとしていたB型敵へ
―――2秒
味方の誤爆を受けて怯んだB型敵を“個性”で引き摺り、真下で激突して大破したままA型敵二機を巻き込むよう動かす。
緑色の念動力に包まれた三機は、二tトラックほどありそうなC型敵に匹敵する大きさの鉄塊となり、真っ直ぐ放り投げられた。
―――3秒
鉄が拉げる音。
同時に、今まさに放とうとしていた次弾のミサイルの発射口が遮られたようで、C型敵は外側からの衝撃と、内部からの爆発で完全に機能を停止させた。
その目の前では、インターバルを挟むべく地上に降り立った熾念が、フゥッと息を吐いている。
刹那、示し合わせたかのように、合計四機の仮想敵が誘爆し、紅蓮の炎を巻き上げて爆散した。
―――4秒
「Huh!
波動熾念、試験開始三十秒。持ちP、合計7P。
☮
その後、倒した仮想敵を武器に転用し、次々と襲いかかる仮想敵らを蹴散らす熾念。飛んで火に入る夏の虫とはこのことだと、中々好調なペースで実技試験を進めていた。
実技試験は熾烈を極めている。
所々に、足を挫くなどの怪我をして動けない受験生も居るが、仮想敵は怪我などお構いなしに襲いかかってくるものだから、時折気を利かせて念動力で引き離してあげて、尚且つそのまま攻撃に転用していた。
(それにしても、あの爆発BOY凄いな……)
流し目で、一つ奥の交差点で仮想敵を蹴散らしている少年を見遣る。
掌から爆炎を奔らせて仮想敵を破壊していく姿は豪快で、ある種爽快感を感じてしまう程の壊しっぷりだ。
残り時間半分を切った今でも、蜘蛛の子のようにわらわらと湧き出てくる仮想敵を、次々と爆砕していく。
「ハハァッ!! 死ねやッ、カス共ぉ!!」
暴言にも苛烈さが増しているように思える。
「危ないなっ、と……」
時折、爆破の勢い余って飛来してくる仮想敵の残骸を、念動力で止める熾念。
別に無視をしても構わないのだろうが、もしこれを無視した場合、誰かが落下地点に居たとすれば、なにかしらの怪我を負ってしまうことは必至だ。
故に、『なんとなく』という感覚の下、後半戦ではほぼ反射的に散らばる残骸を浮かせて集めてポイッと捨てていた。
「それにしても暑いな……ん?」
冬場にありがちな、運動直後に体から湯気が上っている状態の熾念は、周囲の受験生たちがあたふたとし始めているのを目にし、訝しげに首を傾げながら地に降り立った。
すると、地面を伝わってくる震動が全身に奔ってくることに気が付く。
腹の底から唸るように湧き上がってくる揺れが、轟音を伴いながら近づいて来れば、突然市街地の一部に影が掛かった。
「Wow。デカッ」
見上げるほどに巨大な機体。
一瞬、巨大過ぎて分からなかったが、このビル並みの大きさのロボットが0PのD型敵なんだということを、熾念は理解した。
―――それにしても大き過ぎる
登場してきたD型敵は、近くの建造物を薙ぎ倒しながら、周囲へ瓦礫を撒き散らしていく。運が悪ければ、死ぬ人間が出るのではないかと思えてしまう。
現に、その可能性を恐れてD型敵を目にした途端、一目散に逃げていく受験生たちがほとんどだ。
チラリと爆発BOYがいた場所を一瞥するも、既に彼の姿は無くなっていた。
恐れを為して逃げたか、はたまた相手をするのは不合理だと別の相手を探しにいったのか―――十中八九、後者だろう。
確かに、あれだけの強大な相手をするには相応の実力が必要となり、尚且つ労力も必要となる。
他者とのポイントの差が命運を分ける実技試験で、わざわざポイントにならない敵を相手するのは愚の骨頂。
しかし、
「
口笛を鳴らし、戦いの場とは思えない満面の笑みでD型敵に面と向かう。
だがその時、緑色の髪を靡かせる少女が、熾念の横を通り過ぎる。
更には、D型敵がその巨大なアームで近くの建物や電信柱を砕き飛ばし、瓦礫を雨のように降り注がせようとしているところであった。
「Hey! 危ないぞ!」
コンクリートの破片が重力に従い地面を穿つ前に、掌を翳し、念動力で持ち上げる熾念。そのままアンダースローのように腕を振れば、無数の破片は砕いた張本人であるD型敵へ雨あられのように降り注ぐ。
ガコガコと鉄が凹む音は聞こえるものの、今迄の仮想敵のように機能停止する様子は見せない。
「効かないか……っとぉ、大丈夫か? そこの~……緑の髪のgirl!」
一連の攻防を傍目に、近くの瓦礫に足を挟まれている男子受験生の下に駆け寄っていた女子に声を掛ける。
声に反応して振り返れば、どんぐり眼で清楚な顔立ちの少女が熾念に気付く。
「私のことでしょうか? であれば、心配は御無用です。あの程度の破片でしたら、私の“個性”で防げていたので……」
「OK! じゃ、お節介だったな」
「いえ、今の貴方の行いは一重に瓦礫から私たちを守ろうと咄嗟に致した行為……邪険に扱われる道理など微塵も在りはしません。ありがとうございます」
「O-Oh……そっか」
これまた慇懃な態度の女子は、ゆらゆらと風に揺らめく緑色の髪―――否、ツルを無数に伸ばし、器用に瓦礫を退かす。他者より多くのポイントをとることが目的の試験で人助けとは、随分と善人だという印象を受ける熾念。
だが、こうして喋っている間にも、仮想敵は熾念たちを狙って動いている。
今も、鉄色の鉄腕を振りかぶろうと―――
「
寸前の所で、最大出力で念動力をD型敵に掛ける熾念。
すると、鉄色の巨体がじわじわと後方へ仰け反りかえっていき、ギギギと関節部が軋む音が辺りに響き始めていく。
「~~~だぁッ!!!」
『ッ!!?』
歯を食い縛り、十秒経った時点で仰向けに倒れたD型敵。砂埃を巻き上げながら轟音を轟かせる光景は、圧巻の一言だ。
「フゥ……!! さ、逃げるならさっさと逃げな!!」
「え……? あれは0P敵で、倒しても貴方の利益には―――」
「知ってるぜ! でも……」
怪我をした男子受験生に肩を貸して去ろうとするツル髪の少女に熾念は、出力限界を超えてしまったために流れ出る鼻血と血涙を拭いながら、背中を向けながら答える―――笑いながら。
「―――ヒーローが敵を見逃していいわけないだろ!?」
「ッ……! 分かりました。私は貴方のことを存じませんが、せめても神様の祝福が貴方を助けんことを祈りましょう。御武運を」
「Thank you!」
背を向けながらピースサインを掲げて応える熾念。しかし、状況は著しくない。
あの巨体を押し倒す為、念動力の出力の限界を超えて行使してしまった為、早々に脳がオーバーヒートを起こしてしまった。
反動で現在は鼻血と血涙がドバドバだ。
拭っても拭っても血が零れ落ちる。
しかし、そのような状態の中でもやけに冷静に思慮を巡らせる熾念は、如何にして相手を倒すかを念頭に置いた。
(さてと……ここで0P敵を倒せたら最高にカッコいいんだが、どうするか?)
―――念動力で浮かせて、そのまま落とす
却下。不確実、且つ自分の体力が持たない。何より、町への被害が甚大になる。
―――瓦礫を浮かして、弾丸のように放つ
却下。コンクリートの破片程度では倒せないことは、先程実証できた。
―――ならば……
「……HAHA! アレやってみるか……!!」
血に塗れる口角を吊り上げ、再び念動力を行使し始める。
こうしている間にも、仰向けに倒れていた仮想敵は起き上がろうとしている。それまでに可能な限り集めなければならない。
出来る限り、出来る限り―――。
ガラガラと瓦礫が崩れる音が聞こえてくると同時に、再び街に巨大な影の暈がかかる。
仮想敵が体勢を整え始めた兆候だろう。
しかし、尚も熾念はその場に佇んだまま、動くことを一切しない。留まることを知らない流血は、彼の足元に血だまりを作っているも、それでも“個性”を止めることをせずに、一心に準備を進める。
出来るだけ鮮明なイメージを抱き……。
☮
『ねえねえ、しねんくん! なに描いてるの?』
『んー……ひっさつわざ!』
『へー! なにコレ、お年玉? ね?』
『ちーがーうー! こうやって、たくさんあつめてから……オールマイトみたいに、『スマッシュ!!』ってやるんだ!!』
『ふーん、なんて言う技なの?』
『ハハッ! これはね~……―――』
☮
「―――
瞼を開いた時、熾念には深く濃い影が掛かっていた。
それは目の前に佇んでいる巨大仮想敵だけが原因ではない。もう一つは、熾念の頭上に浮かぶ巨大な塊だ。
パラパラと小さな破片を零しながら浮遊する塊は、ボロボロになって大破した仮想敵や、見るも無残に破壊された建造物のコンクリートの塊や鉄筋が垣間見える。
「お、おい……逃げた方がいいんじゃねえか?」
「あれはヤバいって!!」
熾念の後方ではザワザワと受験生のどよめきが聞こえる。
何故ならば、熾念が念動力で無理くり固めた塊が規格外の大きさであったからだ。
ゆうにD型敵と同等の大きさの塊が、地上十数メートルの辺りを浮いている。これを見てざわつかない方がおかしいのだ。
しかし、熾念は落ち着いた様子で―――だけれども、胸中は心打ち震わせながら、目の前の敵を見据えた。
相手が破壊した―――若しくは、自分が破壊した。
戦いの残骸を集め、今目の前に立ちはだかる敵を圧し倒す。
集め、固め、流星の如く飛来して相手を圧倒する。
技の名は……
「―――METEO SMASH!!!」
激震。
会場全体が震えるほどの激震に、誰もが足を震わせてよろめく。
D型敵と同スケールの大きさの塊が落下したのだ。衝撃は勿論、市街地の合間を縫うように奔る砂埃も途轍もない量となっている。
津波のように押し寄せる砂埃の津波に、野次馬のように様子を窺っていた者達は、砂嵐の中に巻き込まれたような感覚で身構えた。
「Huh! Hey, virtual villain!」
砂塵が晴れたのは数秒後、熾念を中心に波紋が広がるように念動力で砂煙を払った時であった。
同時に、奥に佇むD型敵の姿も垣間見えるが、山のような鉄屑やコンクリートの破片に押し潰され、動けない状態が露わとなる。辛うじて押し潰されなかった部分は機器が生きていて動いているが、最早行動不能と言っても過言ではない状態。
そんな相手に向かい、熾念はピースを作った右手の指先を向ける。
「Continueはお断りだッ……」
『終了~~~!!!!』
☮
「ハイお疲れ様~。ハイハイ、ハリボーだよお食べ。怪我してる子はいないかい?」
試験が終了してから数十分後、一人の妙齢の女性が白衣を靡かせながら、受験生が集まっている場所に赴いてきた。
「あの……ここ怪我しちゃって」
「おやまあ。任せなさいな。チユ~~~!」
切り傷ができている受験生が腕を差し出せば、白衣の女性は唇を伸ばして突出し、腕にキスをし始めた。
すると切り傷は、傷跡も残らないほどに一瞬で回復するではないか。
「ハイハイ、他に怪我した子は~?」
彼女は妙齢ヒロイン『リカバリーガール』。何十年も看護教諭として雄英高校に勤める、いわば屋台骨的な存在だ。
リカバリーガール:個性『治癒力の超活性化』
文字通り、キスした相手の治癒力を大幅に上昇させ、どんなケガでもあっという間に治す“個性”だ! ただし治癒力は相手の体力に依存するため、あまり大きなケガを続けて負えば、体力消耗でケガを負った当人は最悪死ぬ!
「あの……じゃあ、アイツのとこ行ってあげてください。鼻血ヤバいらしいんで」
「ん?」
一人の三白眼の少女が指差す先には、ツル髪の少女を始めとして屯する人々からポケットティッシュを譲り受け、延々と鼻血を止めるべく奮闘している熾念が居た。
彼の足元には、既に真っ赤に染まったティッシュの残骸は虚しく転がっている。
「おやまあ……ほれ、ちょっとこっち向いてみなさいな」
「……Thank you very much」
小鼻を押さえている為、鼻声だ。
その原因である鼻血であるが、他にも目尻から頬を伝うように紅い線も奔っていることから、血涙も流れていた事は容易に想像できた。
しかし、そんな怪我でもリカバリーガールにかかればお茶の子さいさい。
すぐに切れた血管も元通りとなり、ティッシュが手放せなくなる時間から熾念は解放された。
が、
「あらあら、随分無理したねぇ。今日はちゃーんとご飯たくさん食べて、早く寝るんだよ? 私の“個性”じゃ失った血までは元に戻らないからね? ハリボー食べるかい?」
「ハリボーはジュースに付けると美味しいですよね……」
「そうだねぇ。帰り、貧血で倒れないようにしなさいよ?」
「Yes, ma'am」
ティッシュを浸透して滲み出た血で赤く染まる手でハリボーを受け取る熾念は、そのまま数個のハリボーグミを受け取り、ササッと口に放り投げる。
「Excuse me。一番近いトイレはどこっすか?」
「そこを真っ直ぐ行って右だよ。早く顔と手を洗いなさいな」
「Thanks anyway」
教えれば、颯爽と熾念は走り去っていく。
その後ろ姿を見遣りながら、リカバリーガールはホッと息を吐いた。つい先程治したばかりの、モジャモジャ頭の少年を思い浮かべながら―――。
「今年は豊作だねぇ」
こうして、入試は終了するのであった。