Peace Maker   作:柴猫侍

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№36 森のゾンビにご用心

「……」

「ヤオモモ、どうかした? 具合でも悪いの?」

「い、いえ……」

 

 熾念と切島の奇襲を凌ぎ、開始地点からそそくさと去るAチーム。

 その中、八百万は一人浮かない顔で俯いていたため、耳郎が体の不調かと心配し声をかけた。

 だが、暗い顔の訳は調子の訳ではなさそうだ。

 

「最初の、要注意人物への対策の話の時……副委員長である私がしっかりまとめようと思っていましたのに、ほとんど緑谷さんが進めてくれて、なんと言うか……自信を無くしてしまいました」

「あぁ~。でも、緑谷って普段から色々考えるタイプだし、すぐに思いついてもおかしくはないんじゃない?」

「体育祭の時、クラスの者達の“個性”はノートに書き留めている……お前はそう言っていたな?」

「あ、うん。この“個性”だったら、こんな使い方ができるんじゃないかって、反射的に色々考えちゃうタチだから……」

 

 たはは、と笑いながら天然パーマの頭を掻く緑谷。

 どうやら八百万は、自分が意見や発言を促し、出されたそれらをまとめる役目を担う副委員長という立場であるにも拘わらず、物事が自分無しでも滞りなく進んでしまったことに、存在意義を喪失しかけているとのことだ。

 

「ですが、即座に考えが浮かばなかったのは真実ですわ。私が体育祭で手も足も出なかった波動さんに一矢報いる攻撃……驚きでした。いくら知識があっても、それを扱い足り得るだけの柔軟な思考がなければ、私の“個性”も宝の持ち腐れで……」

「そ、そんなことないよ、八百万さん! 悲観なんてしちゃダメだ。考え方とか戦略とかは……その……知識も勿論あるけど経験も大切なんだし、生徒の内になんでもかんでも良い案思い浮かべろっていうのが、土台無理な話だし……」

 

 思っていた以上に陰鬱なオーラを滲みださせる八百万には、思わず過去の自分の姿を重ねてしまう。

 落ち込みムードの副委員長に、あたふたと必死に言葉を探す緑谷。入学当初、推薦入学とあって優等生として、同じ入学方法の轟と共に皆の先を進んでいた彼女だが、ここ最近演習の方ではあまり振るっていなかったように窺える。

 そういったものが積もりに積もり、彼女の自信を喪失させているのでは―――緑谷はそう思いいたった。

 

「……八百万さん。オールマイトが、体育祭の表彰式で轟くんに言った言葉覚えてる?」

「オールマイト先生が、轟さんに……?」

「うん。まとめると、学校は生徒たちが救け合う場ってこと。一人じゃできないことは、皆で頑張って乗り越えよう的な意味で言ったんだと思う。轟くんも八百万さんも、他の人より“個性”を上手く扱えてたり、知識があったりで優秀だから、悩みを解決する時も独りよがりになっちゃうかもしれない」

「それは……」

「だからさ、困った時は僕たちを頼ってくれていいよ! クラスメイトなんだし!」

 

 ニカっと笑みを浮かべて拳を握る緑谷に、何を思ったのか鳩が豆鉄砲を食ったような顔で、茫然と佇む八百万。

 そんな彼女の肩に手を置くのは耳郎だ。

 

「まあ、ヤオモモ頭良いし、皆頼ってくるから期待に応えなきゃって思うのはあると思うけど……言われてみれば、ヤオモモに頼られることってほとんどなかったな。友達だし、相談乗るよ?」

「副委員長という役職……知らぬ間に、聞き手に回るばかりで己の意見を他人に伝えるという潜在的意識が薄れてしまっている可能性も否めない。だが、飯田を見てみろ。奴は、自分の意見をズバズバ言うだろう。自分の意見を述べることで、他人の発言を促すという手もある。三人寄れば文殊の知恵とも言う。意見は一人でも多い方がいい」

「オレも入れたら五人ダナ」

 

 耳郎に続き、常闇、そして何故か黒影さえも反応し、『八百万慰め隊』に加わって来た。

 『皆さん……』と八百万は口元を手で覆いながら呟き、ハッとしたように陰鬱な表情を晴らし、何度も見たことのある凛とした威厳ある面持ちとなる。

 さらに、心なしか肌にハリが出て、潤ってきたようにも―――

 

「そうですわね! 目から鱗ですわ。私も自発的に意見を口に出さなければ、議論は豊かなものになりませんもの。では、これから少しでもチームに貢献できるよう、色々と提案させて頂きます!」

「う、うん! その意気だよ、八百万さん!」

「では、まずは……!」

 

 急にプリプリし始めた八百万に気圧される緑谷たちは、暫く延々と彼女の口から語られ続ける提案に耳を傾けることとなったのだが、それはもう緑谷の呟きに勝るとも劣らない、機関銃の如き語りだったと三人は口にする。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 一方その頃、轟を筆頭とするCチームはというと―――

 

「チッ」

 

 轟は、右足を踏み込んで大氷壁を前方に盾として繰り出している。

 背後には大きな崖があることで、一見して挟み込まれているということは容易に理解できる状況だ。

 そんな彼らに襲い掛かるのは、群れとなって降り注いでくる無数のミサイルである。

 次々と襲い掛かるミサイルを前に、流石の轟たちも防戦一方。左を使うようになってから、氷結はほとんどデメリットなしで放てるようにはなったものの、だからといって形勢逆転できるほどの効果を発揮できるという訳でもない。

 

「勇学園の奴らの誰かが撃ってるんだろうな……最初こそフラッシュ弾だったが、こっちが氷で防御してるの見て、弾頭切り替えたな。砕かれるペースが早くなってきてる」

「っかぁ~~~! まんまと嵌められちまったな。これじゃ逃げようにも逃げれねえぞ」

 

 背後にそびえ立つ切り立った崖を見上げ、冷や汗を流す瀬呂。

 彼一人であったら、“個性”で登ることはできるかもしれないが、その後どうやって逃げるかが問題となってくる。

 

「俺たちが居る所をピンポイントで狙ってるってことは、長距離観測できる“個性”の奴が居るってことだな?」

「かもしれねえ。こんだけでけえ壁張ってんのに、俺たちが居る所をしっかり狙ってやがる。考えられんのは、スナイプ先生みたいに弾頭そのものがホーミングしてるのか、透視なりなんなり普通じゃねえ見方でこっちを捉えてるかだ。となると、下手に散開するのも不味いな」

「じゃあ轟くん! 私が全裸で奇襲をかけてみるっていうのは!?」

「……サーモグラフィー的な“個性”だったら、葉隠でも見えちまう。今は、一塊になって動こう」

 

 尾白の言葉に相手の“個性”の推測を述べ、葉隠の提案に止めるよう制する。

 未だミサイルは降りやまない。絶えず響く爆音が、攻撃の激しさを物語っている。気になるのは、これだけのミサイルを放つ本人にどのようなデメリットが反映されるかであるが、暫く待っているものの状況の変化は見られない。

 無理しているか、はたまたもとよりデメリットが少ない“個性”か。

 

「……我慢比べは終いだ。前出るぞ」

 

 左の炎で温度調節をした轟は、またもや地を這う大蛇のような動きで広がっていく氷結を放つ。それも今度は、体育祭で蛙吹との試合で見せたレベルのものを。

 

「こんだけバカスカ撃ってんだ。他のチームに居所把握されてるはずだ。間違いなく―――……爆豪は動く」

「おお!? とすると……?」

「向こうに行くなら食いつぶしを待って、一網打尽を狙う。こっちに来るなら、四人の連携で仕留めるぞ」

 

 入学当初のような冷たい威圧感ではなく、燃え盛る炎のような情熱を感じられる瞳を浮かべながら、轟は言ってのける。

 すると、言うや否や今まで響いていた爆音とは一味違う、聞き慣れた爆音が真っ青な空を突く。

 

「……勇学園の方に行ったみてえだな。この間に、俺たちも動くぞ!」

「うん!」

「っつーか、爆豪動き読まれすぎだろ。流石8:2坊やか?」

「直情と言うかなんというか……それでも通用するのが爆豪の怖いところなんだよなあ」

 

 颯爽と行動を開始する轟の背中を追いながら口を開く、葉隠、瀬呂、尾白の三人は、再び響き始めた爆音をバックミュージックに、足早に駆けていくのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 約一分前。

 轟が降り注ぐミサイルを前に、状況の変化を予想していた頃、爆豪率いるDチームは少し離れた場所からFチームを捕捉していた。

 

「あそこに居やがるのか、陰気野郎……よしっ、麗日! 俺浮かせ!」

「え? う、うん!」

「次! ドーナツ唇! “個性”使って、浮いた俺を全力であの発射地点にぶん投げろ!」

「砂藤って言えよな……ったく」

 

 麗日に肉球で触れられ、無重力となった爆豪は掌にじわじわと溜まっている汗を節約するべく、『シュガードープ』を発動した砂藤に投擲されることを選んだ。

 砂藤は、爆豪が口にする変なあだ名に不満げな顔になりながらも、ポケットから取り出したチョコをひょいっと口に放り投げ、糖分を摂取する。

 

「ふ―――っ! じゃあ、行くぞ!!」

「はっはぁっ!! 秒殺してくらぁ! 麗日、五秒後に“個性”解除しやがれ。いいな?」

「ねえねえ爆豪!? アタシは……」

「知るか! てめェで考えろ!」

「えぇ~……」

 

 自分だけ何も指示されていないことを示唆した芦戸であったが、自分で考えろと切り捨てられ、そのまま爆豪は遠くへ投げられてしまった。

 良くも悪くも単純な行動傾向である芦戸に対しては、的確なアドバイスにも聞こえなくはないが、言い放った爆豪が相手となると、途端に言葉の持つ意味が変わってくる。

 

「……飴舐めるか?」

「舐める~!」

「切り替え早っ!」

 

 しょぼくれる芦戸を見かねた砂藤が、予備の菓子である飴を差し出せば、嘘のように明るい笑顔を浮かべる芦戸。

 そんな彼女を目の当たりにして思わず噴き出す麗日は、徐に爆豪が飛んで行った方向に目を遣った。

 

「おお……もう始まっとる」

 

 捕捉したFチームの居場所で、派手な爆発が起きているのを目の当たりにした麗日は、目を点にしながら、密かにこれからの行動計画を頭の中で練るのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「く、くっそ~……」

「多弾!」

 

 重厚なパワードスーツを思わせるコスチュームを身に纏う多弾に、焦燥の籠った声色で呼びかける赤外。

 そうなった現況を創り出した男―――爆豪は、敵のような凶悪な笑みを浮かべながら、多弾がミサイルを放てないように、彼をうつ伏せにして片手の腕力で抑え付けていた。

 

「はっ……知ってか知らずか、半分野郎たちのチームを集中攻撃しやがって。下剋上でもしたかったつもりだかなんだか知らねえが、注意力が散漫になってやがったな! んでもって、警戒する相手も間違えたな!」

「まさか、一人で……ッ!?」

「とんだ馬鹿だぜ。一人でノコノコやって来やがったんだからな」

 

 周囲に人影が窺えないことから、奇襲をかけたのは爆豪単独であることを知り、万偶数は戦慄するかのように目を見開く。

 一方で藤見は、袋叩きにする絶好の機会だと言わんばかりの笑みを浮かべ、指を鳴らし始める。

 

「あ゛ぁ? 誰が馬鹿だ! だったら、てめぇの言うその馬鹿にノコノコ奇襲喰らいやがったてめェらはなんだ? 脳無しか?」

「口数の減らねぇ野郎だ……」

「どいて、藤見!!」

 

 煽られる藤見が、感情の赴くままに一歩踏み出そうとした時、眼光を鋭く閃かせる万偶数が爆豪を睨んだ。

 次の瞬間、多弾を押さえていた爆豪の身体は脱力し、そのまま地面に倒れ込む。

 

「今の内よ!」

 

 万偶数羽生子:個性『弛緩』

 睨んだ相手を三秒間弛緩させられる“個性”だ! 複数人相手でも、弛緩させることは可能!

 

 隙を作って見せた万偶数が声を上げれば、不敵な笑みを浮かべる藤見が駆け出す。

 が、

 

「―――たった三秒っぽっちか」

「なにっ!?」

 

 藤見がたどり着く間に体の自由が戻った爆豪が、地面に向けて爆破を繰り出し、バックステップで距離をとると同時に、砂煙と黒煙を巻き起こすことによって、相手の視界を封じてみせた。

 そのまま爆豪は、攻めかかって来た藤見が佇んでいるであろう場所へ、爆速ターボで飛び込んでいく。

 

「しょっぺえ“個性”だな! すぐにぶっ潰してやるよ!!」

「舐めんなァ!!」

 

 爆破を喰らわせるべく掌を振りかざす爆豪に対し藤見は、コスチュームの管の内部を“何か”で満たし、ガスを噴出するような形で拳を交わした。

 霧状に噴出された桃色のガスのような物体は、爆破によって周囲に拡散し、あっという間に辺りに蔓延していく。緑豊かであった視界が一気に桃色に満ちていく様は、藤見の“個性”の全容を知っている勇学園の生徒のみならず、爆豪にも危機感を抱かせる。

 

「なんじゃこりゃっ……?」

「藤見の馬鹿ァ~~!」

 

 煙の正体が掴めず、怪訝な面持ちの爆豪。

 次第に思考が鈍くなっていく感覚を覚えながら、最後に目にしたのは、悲嘆に明け暮れた声を上げた勇学園の生徒らが、生気を失った顔を浮かべて呻き声を上げる姿だった。

 

(んだ? ……ゾンビ、みてぇだ……な)

 

 感染、開始。

 

 

 

 ☮

 

 

 

烈怒惹句無斧(レッドジャックナイフ)!!」

「うわぁ!!?」

 

 切島の硬化した腕で繰り出されるチョップが、即座に回避した緑谷の後方にあった木の幹を深くえぐり取る。

 バラバラに飛び散る木片に、もしアレが自分に当たっていたならば……と考える緑谷は、冷や汗をタラリと流した。

 

「くぅ~……手錠さえなければなぁ……!」

「ッソ! 流石に反応早ェな……! 入学ん時とは機動力ダンチじゃねえか!」

 

 自分の両腕にはめられている手錠に対して苦心に満ちた表情を浮かべる緑谷に、再び切島が襲い掛かる。

 しかし、二人の間に割り込むような形で、カラスのような鳥頭の影が切島へ爪を振りかざした。漆黒の一閃は硬化した切島の身体に傷をつけるには至らなかったが、それでも後退させるには充分なほどの衝撃を与える。奇襲を喰らった切島は『うぉぁ!?』と頓狂な声を上げて、数歩下がってから尻もちをついた。

 

「ありがとう、常闇くん!」

「気にするな! それよりもこの状況……!」

「うん! ……乱戦だ」

 

 手錠の所為で自由の効かない腕を睨みつけながら、緑谷は周囲を一瞥した。

 目に見えるいたるところで戦闘音が鳴り響き、視界を遮る土煙や落ちた木の葉が吹き荒れる。

 

(ええっと確か、あの後またEチームの奇襲を受けて……その時僕の腕に波動くん自前の手錠嵌められて……逃げようにも逃げられなかったから戦闘に入ったら、飯田くんたちBチームとも鉢合わせたんだっけか。それで今に―――)

 

「緑谷くん! 君に考えさせる時間は与えないぞ!」

「っ、飯田くん!」

 

 常闇が再び飛びかかって来た切島を相手している内に、駆動音を響かせる飯田が、緑谷へ向かって飛び蹴りをかましてきた。

 辛うじて寸前で気づいた緑谷は、文字通り枷になっている手錠の鎖部分で飯田の脚を受け止め、その場に踏ん張ってみせる。ギリギリと軋む鎖。だが、依然として壊れる気配はない。

 

「クソッ……! やっぱり金属はそう簡単に壊れないかっ!」

「君が万全でない状態であることは不本意だが、それでも勝負は勝負! 全力を以て君を打ち負かし、体育祭のリベンジとさせてもらうぞ!」

「うわっ!?」

 

 次々と放たれる重い蹴り。

 それらを器用に手錠の鎖で受け止める緑谷であるが、一向に状況が好転する様子はない。

 

 常闇の加勢も期待したが、向こうは向こうで武闘派の切島相手に苦戦しているようだ。その要因となっているのは、各所で猛威を振るっている熾念と上鳴が“個性”発動の際に放つ光であろう。彼らの所為で、常闇の黒影は『森の中』という比較的陰の多い場所にあっても、それほどの攻撃性を発揮することができなかった。

 

(どうすればいいんだ……!? 腕がこんな状態じゃ、『DETROIT SMASH』も『ARIZONA SMASH』も打てない! 『DELAWARE SMASH』じゃ、ガタイのいい飯田くんの態勢は崩せなさそうだし……)

 

 必死に猛攻を耐え凌いで思案を巡らせるも、中々いい案は出てこない。

 

(オールマイトだったら鎖ごと引きちぎるだろうけど、フルカウルの僕じゃそんなことできっこない! だからって100%は使えないし、フルカウルで戦ってる意味が希薄に……くそッ! 思い出せ、職場体験を! 吐きながら必死に頑張った一週間を! 僕はグラントリノから一体なにを学んだんだ!?)

 

 思い出すだけで吐き気を催す地獄の一週間。

 体育祭の時点で付け焼刃だったフルカウルを、実戦で通用するレベルまで叩き上げる訓練は、熾烈を極めた。

 目にもとまらぬ速さで動き回るグラントリノを必死に捕まえ、攻撃を加えるべく、フルカウル状態を維持すること数分を何セットも……。

 

 何度も腹や背中に蹴りを喰らい、途中、胃袋を泳いでいるたい焼きの残骸が、食道を滝登りの如くせりあがってくるのを、何度錯覚したことか。

 

 

 

―――オールマイトへの憧れや責任感が、足枷になっとる

 

 

 

 訓練の中で、中々結果が出ずにくじけそうになった時、徐にグラントリノが言い放ったことを、この時は思い出した。

 

(……足枷?)

 

 ふと、自分の腕に嵌められている手錠と、目の前で飯田が振るう脚がリンクしたような感覚を覚える。

 

(オールマイト……憧れ……グラントリノ……足枷……手錠……腕……脚……脚? そうかっ!)

 

「もらった!!」

 

 パッと何かを閃いた緑谷の眼前に、飯田の脚が迫って来た。

 しかし、イナバウアーの如く上体を反らして攻撃を避けた緑谷は、そのまま手錠を嵌められた両腕を地に着け、バク転のような形で翻り、次なる一撃の為に突き出していた飯田の脚を、逆に蹴り上げて見せる。

 

「なッ!?」

「そうだ……なんだ、当たり前のことじゃないか!」

「む?」

「拳が使えないなら……脚を使えばいい!!」

 

 付け焼き刃のフルカウルは、グラントリノという古豪の動きを真似し、実践で通用するレベルに叩き上げた。

 本当にグラントリノを倣っているのであれば、攻撃に手段に脚を用いる―――それは必然的ともいえるものであったが、オールマイトという拳を主体とするヒーローへの憧憬が、下半身を用いることについての考えを自然と排除してしまっていたのだ。

 

(そういえば体育祭で轟くんと戦った時も、ドロップキック使ってたじゃないか! なんで気づかなかったんだ、僕!)

 

 光明が差してきたかのような緑谷の表情に、先程まで優勢をほこっていた飯田も、これまでになく神妙な面持ちとなる。

 

「脚……成程。俺と足技で張り合うと言うのか」

「張り合えるかは別として……物は試しだ! やってみなきゃ、分からない!」

 

 徐に背後の木に飛びかかった緑谷は、そのまま木の幹を蹴って勢いをつけ、身構える飯田へと飛び蹴りを放った。

 

「SMASH!!」

「レシプロバースト!!」

 

 そんな相手に対し、飯田もまた己の全力を以て蹴りを放つ。

 激突する両者の脚。周囲に旋風が巻き起こるほどの衝撃を生み出す、両者の激突を制したのは―――

 

「あ、れぇ!? んぎゃ!」

「俺の……勝ちだ!」

 

 飯田の一蹴りに吹き飛ばされた緑谷が、無様な恰好で転がって目を回している内に、そうさせた張本人が即座に確保テープで、彼を拘束する。

 

「ハハハッ! 緑谷くん、腰が入っていないな!」

「そ、そっか……足技メインにしてる飯田くんと張り合っても練度で負けるんだから、フルカウルだからって過信しちゃダメだった……」

 

 テープで巻かれながら、何故押し負けたのかを冷静に分析する。

 幾人もの力が積み重なってきた『ワン・フォー・オール』は、例え5%と言えども、並みの増強系を超えるほどの能力は発揮できるのだ。

 しかし、だからといって同じく時間をかけて磨き上げられた技と無策にぶつかり、勝てるほどの威力は発揮できない。現状がまさにそれを物語っているだろう。

 

 リベンジを果たした飯田は、久しく見ていなかった嬉々とした様子で、高らかに笑い声を上げていた。

 だが、持ち前の切り替えの早さで真剣な表情となれば、他の者達と相まみえているチームメイトの加勢へと向かっていく。

 

(ゴメン、みんな……)

 

 緑谷は、心の奥より湧き出てくる罪悪感を覚えながら、戦いの行方を見届けようと地面に座り込む。確保されてしまっている以上、何をする訳にもいかない。

 できるとすれば、皆の邪魔にならないよう横にはけることだが―――

 

「……ん?」

 

 ふと遠方に窺えた桃色の煙。

 異様な色彩の煙は、モクモクと青空へ吸い込まれるように立ち上っている。航空ショーでしか見なさそうな色合いは、緑谷のみならず他の者達の意識を引かせるに至った。

 八百万が創った訳でもない故、発生源は勇学園の生徒と思われるが、一体どのような“個性”で放ったのであろうか?

 

(色だけで見れば、ミッドナイトの『眠り香』に似てるけど……)

 

 などと、頭にため込んだヒーローについての知識を引っ張り出し、凡その見当を立ててみる。

 

―――しかし、あの煙の実体は、その色合いのファンシーさとは程遠いものであった

 

 暫くすると、森の奥から駆け足でやって来る人影が一つ見えた。

 

「麗日さん!?」

「デ、デクくん……こっち来たらアカン……」

 

 緑谷へ向かって駆けてきた麗日は、苦しそうに表情を歪めた後、彼にたどり着く前に地面へ前のめりに倒れた。

 その様子に、何事かと座り込んでいた緑谷は立ち上がる。

 

「な、なにが起こったの麗日さん!?」

「あ……」

「『あ』……?」

 

 空気が重くなるのを感じた。

 心なしか、麗日の声もいつもより低く感じられる。

 

 訝し気に眉を顰める緑谷は、地に伏せる麗日へ一歩……また一歩と歩み寄り、表情を確かめんと覗き込んだ。

 その瞬間―――ゾンビのように生気を失った蒼白とした顔を上げ、虚ろな瞳が眼前の緑谷を捉えた。

 

 嫌に冷たい彼女の指の肉球も、近づいた緑谷の頬をペタリと触れる。

 そのまま逃がさないとでも言わんばかりに強まる指の力と、喉の奥から溢れ出る亡者の呻きが、緑谷の心の像を一瞬限界まで縮こまらせた。

 

「あぁぁあ゛あぁあ~……!」

「ぎ、ぎゃああああああああああ!!!!?」

 

 その日一番の悲鳴が、訓練場に木霊する。

 

 そう……本当のサバイバルは、これからだ。

 


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