「ハヴビーンシング……ゲンザイカンリョウシンコウケイ……」
「……なにかの呪文?」
朝っぱらから英語のテキストを眺め、カタコトの日本語でぶつぶつと呟いている熾念に、後ろの席の緑谷は何事かと声をかけた。
「いや、英語の勉強をちょっとさ」
「あれ? 波動くん、英語得意なイメージあるんだけど……」
「Hmmm……まあ、得意と言えば得意だけどさっ。いつもフィーリングで大体解けるんだが、文法的にしっかり把握してる方が少ないんだ。だから、ちょっとテスト範囲を復習……的な?」
「ああ、成程」
英語は感覚的に解いていると豪語する熾念。
日本人が国語を解く感覚なのだろうか、などと考える緑谷は、そんなことを思いながら自分も朝の時間を有効活用するべく、英単語帳を眺めながら空気椅子に勤しんでいた。
呪文を唱えるように文法を確認する熾念と、小刻みに震えて時折手に持っている単語帳が机に触れてしまう緑谷。
彼らが奏でる不協和音に、窓側で一番前の席に座っている爆豪は、怒りが爆発寸前だ。
(うるっせえ……! ブッ殺してぇ……!)
いつもなら『静かにしろや、クソが! ぶっ殺すゾ!!』と言い放つが、現在爆豪は無期限の暴言禁止令に服している。
一度口を開けば、ため込んだ鬱憤全て晴らすまで口が閉まることはない―――そう言って自分を規制する爆豪。破ったからと言って、特に罰がある訳でもないのに律儀な男である。否、彼自身のプライドが賭けに敗北した上で与えられた罰を、自ら進んで破ることを許さないのだろう……ここぞという時には流れで破るが。
そんなこんなで、自身の怒りを抑えるべく、爆豪は『せめても』という思いで自然と貧乏ゆすりを行っていた。
不協和音、ここに極めり。
タタタッと貧乏ゆすりが。
ブツブツと英文法を唱える声が。
カタカタと机と単語帳が接する音が。
迷惑音三銃士がここに誕生した!
しかし、その音もチャイムと同時に開いた教室の扉の音により、止まることとなる。
「おはよう」
『おはようございます!』
「今日も全員揃ってるな。よし、じゃあ前々から言っていた通り、勇学園からヒーロー実習を共にする生徒が来てくれている。入って自己紹介してもらうから、静かにして聞くように」
淡々とした口調で話を済ませ、廊下に待機している生徒たちへ目を遣った相澤。
カツカツとリズムを刻みながら近づいてくれば、音の発信源である四人の生徒が姿を現した。
一人は、眼鏡をかけている銀髪の女子。優等生然とした佇まいは、八百万と同じような雰囲気を漂わせている。
次に、グレーの髪色の目つきが凶悪な男子。ポケットに手を突っ込み、猫背で歩んでくる姿は不良っぽい。爆豪の不良っぽさがカラッとしたものだとすれば、こちらの不良っぽさはジメッとしたものだと言い表しておこう。
三人目は、恰幅のよい男子。つぶらな瞳と、慎重に似合わぬ大きい掌が目を引く。
最後に、真っ赤な髪の毛を生やす蛇顔の……女子だ。異形型は性別の判別が困難な場合があるが、生徒ということもあって制服のスカートを身に着けていた。常闇と同じで、首から上だけが異形型なのだろう。
「ケロッ!」
突然、蛙吹の声が静かな教室に響く。
なにやら、蛇顔の女子と見合っているが、なにかしらの因縁があるのだろうか。それとも、自然界的ななにかを感じてしまっているのだろうか。どちらにせよ、本人に聞いてみなければ解らないことではあるが……。
「それじゃ、君から自己紹介を」
「はい。実習に参加させて頂く勇学園ヒーロー科、
「……
「……え? あ、あぁ……同じく勇学園ヒーロー科、
「
最後に自己紹介をした万偶数という女子は、紹介を終えるや否や、蛙吹と熱い視線を交わし、ぱぁっと明るいオーラを滲みだしながら『梅雨ちゃん!』と手を振る。
対して蛙吹も『羽生子ちゃん!』と、普段は変化に乏しい顔で笑みを浮かべ、手を振り返す。
「二人とも、知り合いなのかな?」
「中学の同級生とかなっ。出久と勝己みたいな感じでさ」
「あ゛ぁ? なんか言ったか、この……ん゛んっ!」
仲睦まじげな二人を見て呟く緑谷に、過去の友人であったことを示唆する熾念は、彼女たちを緑谷と爆豪の関係で例えてみた。
しかし、それは爆豪のお気に召さなかったようであり、あとちょっとで暴言というところまで神経を逆撫でたが、寸前でわざとらしい咳払いをすることで堪えたようだ。
その間、A組のチャラ男代表・上鳴が、ナンパでもするかのように赤外へ迫るが、耳郎の制裁を受けてダウンする。お決まりの光景だ。
騒ぎ立てること十秒ほど、ようやく合理性をモットーにする相澤が痺れを切らし、目をカッと閃かせれば、一瞬にして生徒が静まり返る。これもまたA組恒例の光景だと言えよう。
兎にも角にも、自己紹介を終えたのであれば話は早い。
やれやれとため息を吐く相澤が、教室を見渡して口を開く。
「それじゃあ、訓練場Ωにコスチューム着て集合。勇学園の生徒たちをしっかり案内するようにな」
☮
男子更衣室にて。
偉大なる先輩が開けたと思われる禁断の花園への覗き穴は綺麗さっぱり塞がれており、悲しみに明け暮れる峰田は、他校が着替えの最中であるというにも拘わらず、夢にまで見る女体について熱く語っていた。
「カァ~! あの赤外って子、中々の巨乳と見たぜ! オイラは!」
「Hey、また響香ちゃんにイヤホンジャックで聞かれてるんじゃないか?」
「関係ねえよ! むしろ聞け! オイラの魂の叫びを!!」
「そろそろ全面に押し出して憚らなくなったな、お前」
鼻息を荒くする峰田に、苦笑を浮かべる熾念と切島。
健全な男子高校生の性欲を一回りも二回りも上回る彼の性欲は、他人が制してどうにかなるものではない。おそらく、犬や猫と同じで、然るべき専門機関で去勢でもしなければ、収まることはないだろう。
そんな性欲魔神が初見である勇学園は、茫然と表すのが正しい様子で、ピンク色のオーラを迸らせる峰田に目を向けていた。
「済まない……彼はいつもああなんだ。君たちの連れにはくれぐれも手を出さないように、俺たちで言っておく。その上で凶行に走った場合は、全力を以て阻止するから安心してくれ」
「は、はぁ……」
「ケッ! 天下の雄英もふたを開けて見てみれば、なんだ大したことなさそうじゃねえかぁ? だって、こんな不良上がりみてえな野郎もいるんだからよぉ」
「あ゛ぁ!? 今何つった!」
飯田の言葉に多弾が頷く間、なにやら因縁をつけるような物言いで爆豪を見やる藤見。
まんまとそれに引っかかった爆豪は、朝から溜まっている鬱憤の所為で、怒りが噴火寸前という状況で藤見へ迫っていく。
対して、これはまずいと見かねて窘めるのは熾念と上鳴と切島だ。
「Calm down! ほら、仲良く仲良く。なッ?」
「そうだぜ? 折角の交流の機会に喧嘩したら、変な因縁が学校同士についちまいしよぉー」
「おめェがピリピリしてんのも分かるけど、それは訓練で発散しろって! 暴言自制は将来の身のためになるぞ?」
「っるせえぞ、頭髪信号機!!」
『ブフォッ!』
三人の頭の色、そして並びを信号機に例えて叫ぶ爆豪に、なにやら隣の女子更衣室から誰かが噴出したような声が聞こえた。
『ヒー! ヒー! と、頭髪信号機……バフォッ!』
『大丈夫ですか、耳郎さん?』
『ツボった……ンフフッ!』
一斉に静かになった男子更衣室には、隣でツボに入って笑いを堪えられない耳郎と、彼女の身を案じる八百万の声が聞こえてくる。
「……俺の代わり、出久でも大丈夫かもよ? 色的に緑でもOKだろうし」
「え、僕?」
『ブフォッ!』
熾念のふとした一声に、盗み聞きをしていた耳郎の腹は捩れることとなった。
☮
腹を抱えて笑いすぎたことにより汗を掻いて頬を紅潮させる耳郎が、イケないことをした後の如き妙な色気を発しているのを一瞥したA組+αがやって来たのは、広大な森を模した訓練場Ωだ。
まさに森。林間合宿が、別にここでも行っていいのではと思ってしまうほどに、木々が立ち並んでいる。
勇学園の生徒もコスチュームも纏い、入り口である門の目に前にやって来ているが……
「あれ? 轟くん、コスチュームまた変わった?」
「おう」
他校のコスチュームを見て、ふと気づいた緑谷が、轟のコスチュームの変化に気づいた。
以前は、初代の白ジャケットから変えた、左右対称の紺色のジャケットだったのだが、今日は右手の甲にガントレットが嵌められている。
単品で見れば、西洋の騎士が付けそうな物であるが、実体は勿論ただのガントレットではない。
「指先から細ぇワイヤーが出る。氷結を左に指向性持たせられねえかってな、試しに着けられた」
「着けられた……?」
「サポート科の奴にな。『物は試しだ』って言われて。ちなみに、氷結した後もまた使えるようにって、左の熱ですぐに張り付いた氷を融かせるよう、熱が伝わり易い金属使ってるらしい」
「へぇ~! 凄いね……!」
「ぶっ飛んだ発想してる奴が作ってくれてるんだが、案外俺らじゃできねえ考えバンバン言ってくれる。一回、直接コスチューム新調に行ってみたらどうだ? お前だったら、同じぶっ飛んだ発想浮かぶかもしれねえ」
「そうだね。今度行ってみるよ!」
珍しい轟の勧めに、彼が直にコスチューム新調を頼んでいるというサポート科の者に興味がわく緑谷。
現在の緑谷が来ている『コスチュームβ』は、USJ襲撃やらオールマイトドッキリで傷んだ初期の物を、軽い気持ちで修理に出したらほとんど新調という形で、素材やらなにやらを変更されて完成していた物だ。確かに着心地は悪くないが、一度はクライアントとデザイナーが一同に会す場を用意し、意見を交換してコスチューム改良に勤しむというのも大切に思えてきた。
そんなことを思っている緑谷に、更に歩み寄る人影が一つ。
「HAHA! じゃあ、出久。俺のコス、どこ変わったか分かるか?」
「波動くんのコスチューム? ええと、前は緑色だったラインがシアン色に変わってる?」
「Correct! でーも、もう一つあるんだよなぁー♪」
「え、どこ?」
「この腕輪……念動力の余剰エネルギーが貯まってきたら、青く光るようになってる!」
「ええ!? そんな正体不明なエネルギーの有無をどうやって……」
「なんか、脳波がウンタラカンタラって言ってたけど、俺には一切理解できなかったぜ、Huh!」
「そ、そうなんだ……」
何故か胸を張り、誇らしげに語る熾念。『君の力じゃないか!』と理解を深めるよう勧めるツッコミをしたかったが、一旦この場では呑み込んでおくことにした緑谷は、説明をしたがっている相澤へ目を向ける。
「さて、今日のヒーロー実習を担当するのは俺ともう一人……」
「私が~~~! スペシャルゲスト的な感じで、来たッ!!」
事前に打ち合わせたようなタイミングで、文字通り空から降って来たオールマイト。
今日は落ち着いたシックな色合いのスーツだ。コスチュームを着ている訳ではないが、その余りある筋肉の威圧感―――№1ヒーローの登場に、勇学園の生徒たちは興奮していた。
陰険な感じのした藤見でさえ、今は目を輝かせて目の前のオールマイトに見入っている。
普段から顔を合わせることが比較的多い雄英の生徒とは違い、彼らにとってはテレビの向こうの有名人のような感覚なのだから、それも仕方ないことだと言えよう。
……緑谷は、毎度新鮮なリアクションをとるが。
そんな緑谷は置いておき、授業を担当する相澤とオールマイトは、早速実習内容の説明に入る。
「今回行うのはサバイバル訓練だ。お前らには四人一組に分かれてもらい、三十分の間、森ん中で相手チームから逃げたり、逆に迎え撃ったりして生き延びてもらう。んでもって、最後まで生き残っていたチームが勝利だ」
「そして、相手を戦闘不能と判断するのは~~~……コレ!! 雄英おなじみ、確保テープ! これを相手の体のどこかに巻き付ければ、その巻き付けられた者は戦闘不能に見なされるぞ!!」
「身を潜め、自分たち以外が勝手に食いつぶしていくのを眺めるもよし。逆に、ガンガン攻めて戦闘不能を狙っていくのもよし。ついでに言えば、共闘するのもよしだ。どんな戦略で訓練を進めるかはお前らに任せる」
「それではまず、事前に決めておいたチームの組み合わせを発表しよう!」
ビシッとごつい指を立ててから、懐からカンペを取り出して読み上げ始めるオールマイト。
読み上げられた組み合わせは、次のこれだ。
A:『耳郎響香』『常闇踏影』『緑谷出久』『八百万百』
B:『蛙吹梅雨』『飯田天哉』『上鳴電気』『障子目蔵』
C:『尾白猿夫』『瀬呂範太』『轟焦凍』『葉隠透』
D:『芦戸三奈』『麗日お茶子』『砂藤力道』『爆豪勝己』
E:『切島鋭児郎』『口田甲司』『波動熾念』『峰田実』
そして、これらのチームに加え勇学園の四人がFチームとして加わる。
“個性”を把握している者達の中に加わる、完全に情報がない相手。一方、相手方からすれば体育祭の生中継等で情報は仕入れられている筈。
情報戦においてのハンデ……それはいずれ知らされる時が来るが、今回は“触り”といった具合だろうか。
(索敵能力に長けた耳郎さん。タイマンだったら、ほとんど間合いに入らせない強みを持つ常闇くん。そして、状況に合わせて道具を創り出せる八百万さん……攻めは僕と常闇くんが担う感じかな。長距離は少し心もとないけど、森の中っていう視界が悪い場所なら、範囲攻撃に長けている轟くんとかにも勝機はある! うん、イケるぞ!)
持ち前の思考力で短時間に色々と情報を整理し、戦略を構築していく緑谷。
彼こそA組の智将というべき存在なのだが、熟考に入ると人の話が聞けなくなるのが玉に瑕だ。
「緑谷、全員移動し始めたぞ。俺たちも所定の位置に赴こう」
「え? ……あ、うん!」
漆黒のマントを羽織るようなコスチュームの常闇に声を掛けられ、緑谷は我に返る。
どうやら訓練は、全チームが所定の開始地点に着いてから始まるようだ。自分の所為で、わざわざ他校から赴いて来てくれている勇学園の者達に迷惑をかける訳にもいかないので、緑谷はチームメイトの背中をそそくさと追っていく。
(よし……僕は僕にできることを!)
☮
Aチーム
「よし……緑谷の案、信じてやってみるよ」
「いいだろう、俺を使ってみろ。託したぞ」
「よろしく、皆!」
「……」
Bチーム
「ケロッ、羽生子ちゃんも見てるし、いつも以上に頑張らなくちゃ」
「みんな! 全力で生き延びよう! 必ず生きて俺たちの学び舎へ……」
「いや、飯田。それフラグ」
「……索敵なら任せろ」
Cチーム
「みんな、よろしく頼むな」
「へへッ、轟居るなら楽勝だろ」
「……油断はできねえぞ。尾白は近接、瀬呂は拘束や罠、葉隠は奇襲を。頼りにしてる」
「うおお~! 轟くんに頼りにされてる! なんか燃えてきたー!」
Dチーム
「じゃあ、アタシが酸ドババー! ってやるから!」
「アバウト……!」
「っつーか、俺は爆豪が一人で突っ走って行かねえか不安なんだが……」
「あ゛ぁ!? 俺は元から勇の陰気野郎をぶっ飛ばすつもりだ!! 止めてくれるな、ドーナツ唇!!」
Eチーム
「おっしゃあ!! やる気出していくぞ!!」
「ッ……!」
「All right♪」
「……んで男ばっかなんだよぉ」
Fチーム
「では、私が“個性”で雄英の方々の出方を見ますので、後は打ち合わせ通り」
「き、緊張してきたぁ……」
「はッ! ここでコテンパンにぶっ倒して、雄英の奴らにほえ面かかせるのが楽しみだぜ……!」
「この問題児! でも、私も梅雨ちゃんに負けられないわ!」
全員、意気ごみは十分。
開始地点に全員がたどり着いたのを、オールマイトと共に高所から相澤が確認し、用意したストップウォッチのスイッチを押す。
具体的にどのタイミングで始めるかは知らせていないため、まだ始まっていないと思てっいる者も居れば、すでに始まったものだと身構えている者達も居るだろう。
「さて……ヒーロー実習、サバイバル訓練の開始だ」
☮
「―――まだ、戦闘の音は聞こえてこない」
「そっか。じゃあ、そのまま索敵お願い」
「オッケー」
耳たぶのイヤホンを地面に刺し、集音に徹している耳郎の周りで、緑谷、常闇、八百万の三人は目視で周囲の警戒に当たっていた。
「どこも膠着状態という訳か」
「うん。下手に攻めに出るより、周りの出方を窺ってから動いた方が色々都合がいいから……」
常闇の問いに頷く緑谷。
よく聞くフレーズである『先に動いた方が負け』という状況が今だ。もし、他チームと遭遇すれば戦闘は免れず、結果的に閑静な森の中で戦闘音が響き渡ってしまう。
そうなれば、他チームにこちらの居場所を把握されることは必至となり、すぐさま他チームがやって来て三つ巴となる可能性や、戦いが終わった後で奇襲を受ける可能性も拭えなくなる。
(一番怖い奇襲は葉隠さんだけど、彼女は耳郎さんのイヤホンジャックで足音を確かめることができる。空からの奇襲でも、かっちゃんなら爆音が響いてくるだろうし、波動くんでもこれだけ森の中ならこっちを探れないだろうし……)
二重の警戒を敷いている中でも、常に思考を続ける緑谷。
そんな時、ふと視線を感じたような気がして、徐に背後へ振り返った
「……鳥か」
急に機敏な動きで振り返って来た緑谷に驚いたのか、一羽の鳥は羽を広げて大空へ飛び立っていった。
これだけ広い森だ。野生の鳥が住み着いていてもおかしくはない。
「……ん? 鳥?」
「どうかしたんでしょうか、緑谷さ―――」
「しっ。ちょっと耳を澄ませて」
もしや、と耳を澄ませる緑谷に、怪訝な表情を浮かべる八百万。
すると、先程鳥が飛び立っていった方から、何やらそれなりの重さの物体が墜落するような音が―――
「っ、もうバレてる!!」
「なに!?」
「そんな……足音は全然!」
「一体どこから!?」
「上だ!!」
緑谷が指さす先。
そこには、硬化させた腕をクロスさせ、凄まじい速度で飛び込んでくる切島の姿があった。彼の後方には、念動力で悠々と浮いている熾念の姿も見える。
迫りくる切島……彼の“個性”の硬さは周知の事実だ。人間砲弾のように突っ込んでくる切島を前に、緑谷はただ『避けて!』と回避行動をとる指示を出すだけ。
そんな四人に対し、熾念は得意げに笑みを浮かべる。
「名付けて―――」
「
「どわああ!!?」
刹那、巨大な土煙を巻き上げながら、切島という質量弾は着弾する。
幸い、直撃する者は一人も居なかったが、緑谷が恐れていた最初に戦闘行動を行うという状況に入ってしまった。
(くっ……さっきの鳥は口田くんが操ってた生き物か! A組で索敵できる人が、耳郎さんや障子くんだけだと思ってたのが間違いか!)
自分の詰めがあと一歩及ばなかったところに、苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる緑谷。
しかし、策を考えていたのは他チームだけではない。
「耳郎さん! 八百万さん! 対波動くん作戦、行くよ!」
「了解ですわ!」
「よし来た!」
「Huh?」
なにやら、自分対策の作戦を決行するとのことで、思わず空中で瞠目する熾念。
すると徐に八百万が、懐に入っていた煙玉を地面に投げつけ、ただでさえ砂煙で悪い視界を悪化させる。
(波動くんの“個性”には、正直僕や常闇くん、八百万さんじゃ相性が悪すぎる……でも、チーム戦なら話は別だ!)
「体育祭のお返しだ、波動!」
耳たぶを伸ばし、ブーツにジャックする耳郎。
ほどよい緊張で早鐘を打つ彼女の鼓動は、そのまま攻撃の出の速さに直結し―――
(何回か、遮蔽物があったりすると“個性”の効きが弱まるってことは聞いてる。ならまずは、煙幕で視界を潰す! それから通用する攻撃を出すんだけど、実体があったり目に見えてたりすれば、直前で防がれる可能性が高い! だけど、耳郎さんは例外だ!)
ドクン! と大ボリュームで、耳郎の心臓の音が音速で熾念の下へ届いた。
「に゛ょん!?」
聞いたこともない悲鳴を上げながら、思わず思考が停止し、そのまま墜落を始める熾念。
「やった、効きましたわ!」
「やっぱりそうだ! “音”だったら、目に見えないし念動力でも防ぎようがない! 凄いよ、耳郎さん!」
「褒めんのは後でお願い! ……ぶっちゃけ嬉しいけどさ!」
「ふっ……念動力、破れたり」
「見タカ、バーカバーカ!」
奇襲をかけたつもりの相手を打ち負かし、士気が上がるAチーム。
一方、墜落しかけていた熾念は途中でなんとか体勢を立て直し、そのまま先に着地していた切島の下まで近づく。
「っつ~~~! 今のは効いた……」
「おい、大丈夫か?」
「頭ガンガンする……イヤホンジャックってこんだけ強力なんだな、HAHA……」
「くっ、一旦下がるか! 口田! 頼む!」
音撃を喰らい、本調子とは程遠い状態になった熾念を見かね、一旦退却という手段をとる切島。
チームメイトの名を呼べば、たちまち木々の合い間を縫い、無数の鳥が熾念たちと緑谷たちを阻む。
「くっ……! なんて数なんだ……あっ!」
数十秒経ち、鳥たちが去った視界に目を向ければ、すでに熾念たちの姿はそこにはなかった。
「……雲隠れか」
「油断はできませんわ……また奇襲をかけられるかもしれません」
「ウチもそう思う。一旦この場所から離れよ」
「うん。そうしてから一旦態勢を立て直そう」
この場から離れる、という意見でまとまるAチーム。
かなり派手な音を上げて戦闘していた為、もはや見つかるのも時間の問題だ。ならば、少しでも滞りなく迎撃ができるように、態勢を立て直すのが好手。
駆け足で現在地から離れていく四人。
この時彼らは気づいていなかった。
静かに木々を飛び移る、リスの姿を。
サバイバル訓練は、まだ始まったばかりだ。