№33 荒ぶる三人衆
とある日の午前。朝とも昼とも言い切れない時間帯に、彼らは各々の自宅の前で相手を待とうと家を出た。
しかし、ちょうど同じタイミングだったおかげで待つ時間も要さず、軽く挨拶を交わして駅に向かい始める。
学生は大抵休日であろう日曜日。
熾念と拳藤は、ぎこちない距離感を保ちながら一緒に駅へ向かっていくのであった。
☮
こうなったのは、つい先日―――職場体験が終了した日の夜であった。慣れない環境での行動に疲労を感じていた熾念は、風呂上りでさっぱりして部屋に戻った後、自身のスマホにとある人物からのメッセージが届いていることに気が付く。
送り主は、ご近所に住む幼馴染だ。
数週間前行われた体育祭の帰りに想いを伝えて以降、かつてないほどぎくしゃくした関係になっていた相手であるが、『少し返事を待っていてほしい』と言われていたのをつい忘れてしまっていた。
ヒーロー殺しの件といい、様々な印象強いイベントが度重なったため、致し方無いと言えばそうかもしれないが、こうやって思い出されるとなると、あの時の高揚が蘇り頬に朱がさしてしまう。
ドキドキしながらスマホの電源をいれ、内容を確かめる熾念。
送られてきた内容の全容はこれだ。
『・高校生として、節度を守った交際をすること。
・学生である以上、文武両道を達成することを優先すること。
・段階を踏んで仲を深めていくこと。
以上が守れるのであれば、付き合うのを認可します』
書類?
やけに堅苦しい文面で送られてきた内容に、熾念は一瞬茫然としてしまったものの、中身自体は交際をしてもいいというものだ。前提条件として、学生としての節度を守るという約束が含まれているものの、彼からしてみれば交際できるだけで万々歳である。
すぐさま了承の返信をし、ウキウキ気分で返事を待つ熾念は、その後も色々とやり取りがあり、今日、二人で出かけることとなった―――のだが、
「……」
「……」
年頃の男女とは思えぬほど、陰鬱な様子のまま無言で歩いている。
熾念は兎も角、拳藤は最近隣の男子を異性として意識し始めたばかり。このようにぎくしゃくしてしまうのは仕方がないが、以前は兄弟のような感覚で会話していたことから、急な関係の変化に対応できていないのだ。
拳藤の条件によれば、二人は晴れて幼馴染から友達以上恋人未満な関係となった訳だが……
「……Hey、なんか話すことある?」
「あ~……なんかあるかな」
「職場体験とかどうだ?」
「職場体験か~」
必死の思考の上で提案した内容は、先日終えたばかりの職場体験だ。
熾念たちがヒーロー殺しと邂逅した件は、学校ですでに噂となって広まっていることから、拳藤が知らない筋はない。
しかし、逆に彼ら以外の職場体験は大々的に知られる訳でもないのだから、直接本人から聞くなどしなければ、当たり前のように知り得ない内容であることはお分かりいただけるであろう。
「私はウワバミさんのトコ行って来たんだよ。指名もらったからさ」
「ウワバミ……スネークヒーローかっ。CMとかでよく見る」
「ん……ああ、それ」
「Huh? どうした、歯切れ悪いじゃないか」
「いや、そのCMについてなんだけどさ……」
気恥ずかしそうに頬を指で掻く拳藤。
「職場体験で一緒に撮らせてもらったんだよな。八百万と一緒に」
「百ちゃんと? Wow、凄いな。体験でか」
「いいや、もう普通に」
「普通に?」
「デモ撮って、一か月後には流れるぞ……的な?」
「……Toot」
自分達高校生四人が、ヒーロー殺しである意味テレビデビューした一方(緑谷はヘドロ事件ですでにデビューしている? が)で、彼女もまた正規のテレビデビューを果たしていたことに、熾念は驚きを隠せない様子で口をあんぐりと開ける。
「なんのCMなんだ?」
「ヘアスプレー。あ~、男分かるか? 髪に噴射して、簡単にウェーブかけれるみたいな……」
「Hmmm。なんとなく?」
「私も実際つけて撮ったんだよ」
「I see。つけ心地はいかがだったんだ?」
「う~ん、一応ベタつきはしなかったけどさ、元々そういうの好きじゃないからなー」
自慢のサイドテールの毛先を、指でくるくる巻いてみながら語る拳藤。
接近戦を得意とする……さらには、“個性”そのものが手に関するものであるため、常人よりも鍛えているであろう手。
しかし、女性らしくしっとりとした質感を損なっていない肌と華奢な指に、思わず見とれてしまう。
本人の目の前で好意があることを公言したのだ。凝視くらい許されるだろうと、熾念はじっと拳藤の指、そして指と髪の奥に垣間見えるうなじに目を向けた。
「……んだよ、そんな見んなよ」
すると、拳藤は熾念の熱烈な視線に気づいたのか、ツンとした態度でそっぽを向いてしまった。
頬に朱がさしているのは気の所為ではないだろう。
「Sorry, Sorry! そんな気ィ悪くするなよ、Huh?」
「ガンつけたらチョップかますからな」
「HAHA、そりゃ怖いなっ。それより、今からそのCMとやらが楽しみだ」
「私の親に言うなよ?」
「知られたくないっていうなら、そりゃ無理だなっ。なんたって、うちのねえちゃんが居る」
「……それもそだな」
死んだ魚のような目で撮られたCMを観られたくないと考えていた拳藤であったが、ねじれという好奇心の塊な人間が身近にいる以上、隠し通すことは不可能であると言っても過言ではなく、半ば諦めたような表情で深いため息を吐いた。
すると、なにかに気づいたかの様子で熾念がポンッと手を叩く。
「職場体験で撮ったってことは、あのチャイナコスで撮ったってことかっ」
「ん? そうだよ。それがどした?」
「あのエロイの」
「エロイ言うな」
「Oops!」
コスチュームを『エロイ』呼ばわりされて不満げな拳藤の手刀が、熾念の首に命中する。
一瞬意識を刈り取られかけた彼だが、寸前のところで“個性”で勢いを減衰させていたことから、なんとか気絶することは免れた。
「つつつ……久しぶりの手刀。効いた……」
「人のコスチュームをエロイ呼ばわりした報いだ」
「I see。じゃあSexyだ」
「……なんか釈然としないなぁ」
確かに丈は短いが、しっかり下はスパッツを穿いている。
なのに、なぜこの幼馴染はここまで自分のコスチュームをセクシーな感じと口にするのか、拳藤は理解しかねていた。
「私レベルでセクシーだったら、八百万はどうなんだよ?」
「百ちゃんは……Erotica?」
「官能的な芸術作品ってか」
「慣れもあるけどさっ」
「まあ……それもそか」
A組のエロコスの代表格・八百万について語る二人。
あれだけのきわどい衣装を高校生で着るというのだから、彼女の貞操観念とやらが心配になってくる。
しかし、本人は一切羞恥を感じておらず、堂々としているのだから尚更だ。
あそこまで堂々とされていると、なぜか美術館に展示されているような裸体の彫刻に通ずる感覚を覚えてしまう。モノは慣れとは言ったものだ。A組男子の内、ただ一人を除いては……。
閑話休題。
セクシーなコスチュームについて語っていた二人であったが、通りがかった公園から無邪気な声が聞こえてきたことで、ハッと我に返った。
「……こんな昼間から、私たちは何話してるんだまったく」
「Yeah。じゃあ高校生らしい話しようぜっ!」
「ほう。高校生らしい話とはなんぞや?」
「……期末試験?」
「無難だけど随分華がない話題もってきたなー」
一応『おでかけ』という名目ではあるが、はた目からすれば『デート』。
その最中で出す話題とは思えぬ題材に拳藤は、思わず反射的にツッコミを入れてしまった。
だが、熾念はキレのいいツッコミにも構わず、そのまま期末試験の話題でなんとか駅までの道のりを乗り越えようと試みる。
「確か、普通科目のほかに演習があるんだよな?」
「そう言ってたな。ブラド先生は、一学期でやったことの総合的内容っちゅーてたけど……」
「ウチの相澤先生もさっ。あっ、後でねえちゃんに訊いてみよ」
「お、いいな! 私にも教えてくれよな」
「Of course!」
「まあ、演習試験はそれでいいとして……おまえ、中間試験の出来はどうだったんだよ?」
ふとした一言。
熾念はビクンと肩を揺らし、尋常ではない汗を流し始める。
その様子に『もしや』と案じた拳藤は、グイッと顔を逸らす熾念に迫りよって、こう問いかけた。
「まさか……赤点ギリギリだったとか言わないよな?」
「……英語と理系科目は大丈夫さ」
「やっぱりか」
はぁ、とため息を吐く拳藤。
元々彼は勉強が得意ではないのだ。入試は一年に及ぶ地獄のようなスケジュールをこなしてなんとかしてみせたものの、結局勉強は継続が命なのだ。
見た限り、最低限のことしか行っていなさそうな熾念は、このままでは期末試験が危うい。
折角の林間合宿も、行けなくなることとなってしまう。もっとも、林間合宿に行けないからと、二人の関係が接近したり疎遠になる訳ではないが……。
「……問題その一。期末試験はいつでしょうか?」
「Huh? えー……七月最初の週?」
「正解。問題その二。小さい頃よく一緒に行ってた、地元の祭りはいつでしょうか?」
「祭り? あー、そう言えばよく行ってた。七夕だった気がするなっ」
「そう、七夕だ。じゃあ、これから私が言うことは大体分かるな?」
七月最初の週に行われる期末試験。
七夕に行われる地元の祭り。
二つのイベントより考え出される答えは、例え熾念でも凡そ予想がついた。
「成績に応じて行ったり行かなかったり……とか?」
「その通り。普通科目全教科八十点取ってこい。そしたら、祭りに一緒に行く」
「……Pardon? 何点って言った?」
「八十点。八割だ。七十九点以下は認めん」
「……なんとかそこを七十点にしては―――」
「却下だ。おまえの為でもある。私は退かないからな」
自分の普通科目の出来の悪さを熟知している熾念は、なんとか一緒に祭りへ行ける点数を七割に下げてもらえるよう懇願するが、拳藤は一切譲らない様子で口を堅く結ぶ。
「……All right。頑張る」
「よしっ! じゃあ、今日からテスト勉強で出かけらんないだろうし、祭りデー……ごほんっ、行けるように頑張れよな」
二ッと白い歯を見せてほほ笑む拳藤。
徐にコツンと拳で熾念の額を小突いた彼女は、照れ隠しか、足早に視界の奥に見えてきた駅へとかけていく。
額に残る衝撃と熱に、しばし気を取られる熾念はこの時、今日から本気でテスト勉強をすると決意した。
それはもう、クラスメイトが引くくらいには。
恋に対し、単純で純粋な性格。
数週間後、彼のことをとあるクラスメイトは『小学生みたいでかわいい』と評するのであるが、この時の彼はまだ、自分がそのように見えるとは露ほども思っていなかった。
☮
電車に乗って数分。
割と近くの町へ降りた二人は、適当なショッピングモールへと立ち寄り、洋服を見たり本を見たりなどすることにした。
デートの内容としては無難。
というより、まだお互いの距離感が掴めていないため、余り攻めた場所へ踏み込めないというのが本心だが……。
「さささっ……」
なにやら、足音を実際に口に出し、忍び足で二人の後を追う女性が一人。
ゆったりとしたワンピースに不似合いなサングラスをかける女性は、熱心な眼差しで二人の背中を見る。
そんな彼女の背後からは、私服の男子高校生が二人、歩み寄っていた。
「ミリオ……まだラーメンの食べ歩きをするのかい?」
「ハハハ! まだ一軒しか立ち寄ってないよ、環! ……あれ、波動さん? こんなところで何をして―――」
「っ! しー! ねえねえ、通形と天喰くん静かに! ね!」
「むぐっ」
素朴な顔立ちで筋骨隆々の男子―――通形ミリオと、暗そうな雰囲気を漂わせる男子―――天喰環の口元を手で覆い、静かにするよう指示するのは他でもない、熾念の姉ことねじれであった。
なにやら訳ありと察した通形は、コクコクと黙ってうなずいているが、『そんなに騒いでないのに……』と若干不満げな天喰は、親友のラーメン屋巡りですでに胃袋が限界なのも相まって、目元に凄まじい影を浮かばせている。
「……そろそろ行ったね。ね」
「むぅ……ぷはぁ。一体全体どうしたのかな、波動さん? もしかして、尾行中とか?」
「大正解! ねえねえ、聞いて! 私の弟の熾念くんがね、幼馴染の子とデート中なの! ね! だから気になって付いてきてるの!」
顔を上気させ、興奮した様子のねじれに、口元を解放された二人は各々の反応を見せる。
「……人の恋路に首を突っ込むのはよくないよ。馬に蹴られる……」
「都々逸かー! ってね! まあ、いくら弟さんが気になるからって、デートを尾行するのはあまり褒められるものじゃないよね」
「でもでもでもね! 二人とも雄英生で、どっちもヒーロー科なの! ね! ビッグなカップルだと思わない!?」
通称・ビッグ3と呼ばれる三人が集う中、紅一点のねじれが『ビッグ』と豪語する組み合わせに、先程まで褒められたものではないと言っていた通形が食いつく。
「おお、それは珍しいね! 雄英のヒーロー科同士で付き合ってる子は中々聞かないし……」
「ミリオ……こういうのは余り関わらないほうが身のためだ」
「でしょ!? お姉ちゃんとして、健全なお付き合いをしてるか気になるの! だからね、ね! 二人にも健全かどうかの判定をもらいたいなー、って今思ったの。手伝って!」
「波動さん、だから」
「うん! 最初はああ言ってたけど、ご家族の申出があるなら話は別だ! 個人的にも気になるし、環はお腹いっぱいだし、俺も正直さっきの家系ラーメンでお腹溜まっちゃってるし、運動がてら付き合うよ!」
「いや、二人とも……俺の話を」
「じゃあ、早速レッツゴーだね。ね!」
「うん、出発進行だ!」
天喰の制止の甲斐なく、暴走列車のようにねじれと通形は先へ行ってしまった。
取り残された彼は、一人帰るのも忍びないと、嫌々ながら二人の尾行に付き合うこととなったのだが……
「帰りたい……ッ!!」
切実な声で嘆く天喰の声は、この時ばかりは親友に届くことはなかった。
☮
「まずは洋服を見る感じだね。無難なところだ!」
「あ、ねえねえ聞いて。私も夏物の洋服欲しかったところなの。見てきていいかな? ね!」
「波動さん、こっそり尾行をしたいなら前へ出ていくのは控えるべきだ……」
熾念と拳藤が、若者が好きそうな洋服が揃っている店へ入ったのを見計らい、追いかけていた三人もまた陳列している服の列の影へ隠れる。
そのまま団子さん兄弟よろしく、上からねじれ・通形・天喰の順で頭を重ねる三人。
「なんだかんだ言って、環もノリノリなんだね!」
「俺は、彼らの恋路に必要以上関わりたくないのと、面倒ごとを避けるために言ってるんだよ、ミリオ」
「ねえ、見て! 二人がボトムス見てるよ!」
男子二人を余所に、一人嬉々とした様子で指をさすねじれ。
その先には、なにやら女物のボトムスについてやりとりしている熾念たちの姿があった。
熾念は、ストレッチジーンズと思しき物を勧めているが、拳藤はその勧めに眉を顰め、近くに陳列していたショートパンツを取り上げる。
なにやら、裾の短さについて意見が食い違っているようだ。
「ふむふむ、成程。波動さんの弟さんは、彼女さんにあまり生足を露出してほしくない感じなんだね」
「何回『さん』を言うんだ、ミリオ……」
「へー、熾念くんって結構奥手なんだー。ねえねえ、二人も自分の彼女にはそうしてもらいたい? ねえ?」
「んー、俺はどうかな。考えたこともないっていうのが正直なところだけどさ!」
「……俺は……えっと」
「ねえねえ、二人とも! 聞いて! パンツを止めて、二人ともスカート見に行ったよ!」
さっぱりとした顔で言い切る通形に対し、自分の彼女の服装について言いあぐねている天喰であったが、その間にも肝心の熾念たちは別の洋服を見に行ってしまっていた。
「険悪な雰囲気になる前に、お互いに譲って別のモノを見に行く……ウンウン! 謙虚で初々しくていいんじゃないかな!?」
「……交際経験ゼロの俺たちが言えたことじゃないと思うんだ」
すさまじい勢いで首を縦に振る通形に、天喰は冷静なツッコミを入れる。
その間に熾念たちは、一通り洋服を見て回り、特に何も買うことなく店を出ていった。
「高校生だから、お小遣いが限られてるのが厳しいところだね!」
「インターンで働けばお給料もらえるよ? ね」
「……インターンはそんな不純な動機で向かうものじゃないよ、波動さん」
唯一のツッコミ役に回っている天喰。
そんな彼を余所に、ノリノリで尾行するねじれと通形は、ショッピングモール内にあるカフェに入っていく熾念たちを追う。
大きなガラス窓を隔てながら、仲睦まじげに会話する少年少女を眺める三人の姿は、完全に不審者だ。
「サンドイッチにコーヒー。カフェっぽくていいね~!」
「ねえ、カフェってあれないかな? ね。ストローが重なってハートになるやつ。ね、通形?」
「ないと思うね! うん!」
あの傍から見れば晒し者になるストローは、普通のカフェではお取り扱いにならない品物であろう。
通形は、淡い期待を抱くねじれの為にも、きっぱりとないことを言葉で告げる。
そんな通形の言葉に、『なんだ、残念ー』と頬を餅のように膨らませるねじれ。彼女に、カフェで食事をとる二人を見て疑問を抱いた天喰が口を開いた。
「……波動さん。二人は本当に付き合っているのかい? カップルってあんなに余所余所しいものだったかどうか……」
「んー? ねえねえ聞いて、男の子と女の子が仲良くしてたら、お付き合いしてるようなものだよー! ね!」
「……アバウト……ッ!!」
今に始まったことではないねじれの適当さに、天喰は面を伏せて改めて嘆く。
「でも、あのくらいの距離感もたまらないよね! 小学校の頃の初恋を思い出すというか……」
「セリフがオッサン臭い……!!」
近くで興奮する親友にも嘆く。嘆いてばかりだ。
しかし、ここまで来たのだから、もういっそのこと振り切ってしまえば楽になるだろうと、天喰も考え始めていた。
ストッパーが居なくなった三人衆を止める者は、誰一人として存在しない。
その後も、小物、靴、CDなどを見て回る熾念たちを尾行する三人は、時間を忘れてしまうほどに熱心になってしまっていた。
気が付けば、数時間経っている。
そろそろ帰る頃合いか?
そう三人が思った時だった。
熾念が突如として挙動不審となり、自分の左手を拳藤の右手に重ねようと試みているではないか。
「おお、あれは……!」
「ねえねえ、もしかして恋人つなぎしようとしてるのかな!? ね!」
「まあ、付き合ってるならそのくらいは……」
天喰も案外乗り気で、一歩進もうと―――Plus Ultraしようとしている少年の行動に、ドキドキしながらその瞬間を待つ。
だが、
「バルルゥ!! 家族連れなんてクソ喰らえだ!!」
なにやら馬面のオッサン―――否、敵が赤ん坊を人質にして声を張り上げている。
「「「……」」」
急激に心の中でなにかが冷めていくのを感じる三人。ふと視線を熾念たちの下へ戻せば、あとちょっとで繋げていただろう手は、脱力して離れてしまっている。
ああ、やりやがったなコイツ。三人はそう思った。
「ちきしょう!! 会社にリストラされて、嫁から離婚届突き付けられて、あまつさえ娘の親権もとられた!! 俺にはなんも残ってねよぉ~……!!」
馬面の敵が嗚咽を挙げながら語る話は、聞くに堪えない無情な内容であるが、赤ん坊を人質にとっているのは頂けない。
「環、波動さん」
「ねえねえ、通形さー。私、行っていい?」
「まあ……ヒーロー科だし、見過ごせないよ。いろんな意味で……」
「じゃあ行こう! トゥ!!」
馬面の敵が居る広場に向けて、二階に当たる場所から華麗に飛び降りる通形。
そのまま綺麗な着地を決めれば、呆気に取られている敵へ向けてドヤ顔で言い放つ。
「一つ! 人の恋路を邪魔する敵は!」
次の瞬間、遅れてふよふよと沈むように飛んできたねじれが、びしっと指先を敵へ向けた。
「二~つ! 不憫な事情があったとしてもね!」
最後に、普通に階段を急いで降りてきた天喰が、決めポーズを決めて佇んでいる二人の横に並んで、なんとか流れを続けようと思慮を巡らす。
「み、三つ……見なかったことにはできないんで、戦います……」
実にぼそぼそとした喋り方であるが、首を縦に振る二人がタイミングを合わせて高らかに宣言する。
「「雄英高校ビッグ3! 見参!!」」
「……帰りたい……ッ!!」
荒ぶる鷹のポーズを決める通形。
月に代わってお仕置きよのポーズをするねじれ。
棒立ちで、顔を両手で覆う天喰。
彼ら雄英ビッグ3の登場に、先程まで敵が現れていたことに騒然としていたショッピングモールが静寂に包まれる。
「な、なんだ!? んなふざけたセリフ言って―――」
「トゥ!」
「お? 消え……げほぉ!?」
次の瞬間、地面に溶け込むようにして消える通形は、一瞬のうちに馬面の敵の懐へ入り、鳩尾に一撃加えて戦闘不能にすることと同時に、人質にとられていた赤ん坊を救出する。
「お゛ぇっほ!! げほッ……」
「俺はなにがあったか、深いところは分かるわけないんだよね! でも、そんなに娘さんを大事に思っていたなら、余所の家の赤ちゃんを人質にとるってことがどれだけひどいことか、分かるはずだと俺は思う!」
「う……うぅ……!」
通形の言葉に思わず落涙する馬面の敵。
ヒーローの説得に改心する敵という光景に、誰もが心を温かくする……筈だった。
―――通形が全裸であることを除けば。
「ねえ聞いて、通形さー。今通形マッパだよー。服パース!」
「おっと、失礼!! そんな注目すると見えちゃう感じなんだよね……!」
「……ミリオ」
色々と台無しだ。
あたりからは黄色い悲鳴が上がったりもしたが、比較的大事になることはなく、一件落着となった。
そして、これだけ騒いでねじれが尾行していたことがバレないはずがなく―――
「次追っかけてきてたら、本当に怒るからなっ! Understand!?」
「ふぇーん!」
家に帰った後、めちゃくちゃ怒られた。
こうして、記念すべき第一回目のデートは、いまいちな締めを迎えるのであった。