Peace Maker   作:柴猫侍

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№31 次なる壁

「ぐッ……」

 

 腕から血を流しながらも、ステインの“個性”による体の不自由から解放された飯田は立ち上がり、路地裏へ向かおうと踵を返す。

 しかし、そんな彼の行動をネイティブが窘めた。

 

「おい、やめとけ……! そんな体で救援向かっても足手まといになるだけだって」

「わかっています」

「だったら……」

「でも、彼らは僕の……友人なんです!」

 

 閑静な街道の真上に浮かぶ空を突かんばかりの声。

 

「救けに行きたいと思うのは……間違っていますかッ……!?」

「それは……」

『お、そろそろだ』

「ッ……この声は!」

 

 俯いて地面を睨みつけていた飯田が、路地裏から響いてくる声にバッと顔を上げれば、疲れた様子で歩いてくる三人と、引きずられる男一人の姿が目に入った。

 

「あ、飯田くん! 動けるようになったんだね! よかったぁ~」

「緑谷くん……轟くん……波動くん……!」

「Huh、割と元気そうじゃん?」

「まだプロは来てないみてえだな……」

 

 一堂に会するクラスメイトの四人。

 飯田は、ヒーロー殺しと会いまみえていた三人の無事が確認できたことにホッと胸を撫で下ろすもつかの間、轟が引きずってきた男に目を見開いた。

 

「この男は……まさか!」

「ああ、ヒーロー殺しだ。三人でかかってなんとか倒せた」

「ッ……」

「つっても、こいつのミスあってだ。“個性”の持続時間が頭から抜けて、緑谷の奇襲受けてたからな。あと、一番のミスはと言やぁ最初から本気で殺しに来なかったことだ。その気になられてたら、波動が帰ってくるまで持たなかったかもしれねえ」

 

 神妙な面持ちで言い放つ轟に、飯田の顔からはサッと血の気が引いていく。

 もし、ステインが自分を贋物だと判断して容赦なく襲い掛かった時のように三人も襲われていたのであれば、死人が出てもおかしくなかった。

 自分の浅はかな行動には反吐が出そうな気分になる。

 

 だが、そんな飯田の心境を汲んでか否か、熾念は『鼻血滴るCool GuyのComebackだー』と軽口を叩き、緑谷に苦笑いを向けられていた。

 

「む!? んなっ……何故おまえがここに!!!」

 

 突然離れた場所から聞こえてくる、しわがれていながらも溌剌とした声。

 全員が振り返れば、白と黄を基調としたコスチュームを身に纏う矮躯の老人が、別の路地裏からひょっこりと体をのぞかせていた。

 すると、知り合いなのか緑谷が『あっ』と口を開く。

 

「グラントリノ!!」

「座ってろっつったろ!!!」

「グラントリノ!!」

「まァ……よぅわからんが、とりあえず無事ならよかった」

「グラントリノ……ごめんなさい」

 

 流れるような顔面への蹴りを一発ぶちかました後は、ご立腹ながらも緑谷の安否の確認がとれたことを一息吐くグラントリノという老人。

 

「Who is he?」

「グラントリノ……僕が職場体験先で世話になってるヒーローだよ」

「外国にある車みたいなヒーローネームだなっ」

「うん? でも、凄く強いよ。僕なんかじゃ全然歯が立たないくらい……」

「……Really?」

 

 この老人が? と言わんばかりの疑いの目を向ける熾念。

 しかし、先程の緑谷の顔面にキックをかました際の身のこなしを見るに、普通の老人でないことは素人目でもなんとなく理解できた。

 グラントリノが居るということは、フォードトリノなどというヒーローでも居るのかと考えていれば、またもや遠くの方から、今度は複数の足音が響いてくる。

 

「細道……ここか!? あれ?」

「エンデヴァーさんから応援要請を承ったんだが……子供……!?」

「ひどい怪我だ、救急車呼べ!!」

「おい、こいつ……ヒーロー殺し!!?」

 

 一気に騒々しくなる表通り。

 どうやら、エンデヴァーによって指示されたヒーローたちが、終わった今になって到着したということなのだろう。

 如何せん遅すぎる感が否めない轟と熾念であったが、ヒーロー殺しと実際に相対していた時間はほんの数分。移動に適した“個性”でも有していなければ、それだけに時間を費やして終わってしまうほどであった。

 

 轟が聞くところによれば、エンデヴァーはまだ交戦中。

 脳無の兄弟と思しき敵と戦っており、それまで脳無と交戦していた内のヒーローで、有効でない“個性”の者を応援に向かわせたらしい。

 職場体験に来ている息子とその友人に送る戦力にしては多すぎるが、相手がヒーロー殺しであったことを鑑みると、これでも足りなかったくらいだろう。

 いや、それにしても数が多い。エンデヴァーはもしかすると過保護という可能性が出てきた。これだけ戦力を寄越したのも、『自分なら一人で足りるが、それ以外であれば数人は必要だ』という考えの下……

 

 しかし、それは今考えても仕方のないことだと、熾念はウンウン頷いて思考を止めた。

 

「……三人とも」

 

 すると、徐に歩み寄ってきた飯田が、クラスメイト三人に向かって腰を折り曲げ、深々と礼をするではないか。

 何事と目を向ける三人に、飯田はこう続ける。

 

「僕のせいで傷を負わせた。本当に済まなかった。怒りで何も……見えなく……なってしまっていた……!」

 

 震えた声で謝罪を述べる飯田。地面と平行にしている故に三人からは見えない顔からは、ポツリポツリと温かい雫が零れ落ちていた。

 今まで見たことの無い、飯田が己の弱さを見せて本心を吐露する姿に、三人は何とも言い難い表情を浮かべ、それぞれ涙を零す級友に声をかける。

 

「僕もごめんね。君があそこまで思いつめてたのに、全然見えてなかったんだ。友達なのに……」

「しっかりしてくれよ。委員長だろ」

「HAHA、見た目はこうでも傷は大したことないからさっ。そんな泣くなって」

「―――……っ、うん……」

 

 投げかけられる、温かさを有す言葉。

 胸の内に抱いていた憎悪や殺意が解きほぐされていくような感覚に、涙はさらに溢れ、とどまることを知らない。

 広がる穏やかな空気。

 フッと表情が柔らかくなっていく三人は、これにて一見落着と思った―――

 

「伏せろ!!」

 

 バサッと翼を羽ばたかせる音が響いたかと思えば、黒い影が緑谷の身体を掴み上げ、空高くへ上っていく。

 

「え、ちょ……」

「緑谷くん!!」

「Damn! 俺の“個性”で……!」

 

 半裸の異様な肌色で、脳みそがむき出しとなっている者―――脳無が、緑谷を攫うかの如く片足で掴み上げ、あっという間に地表から距離を離していくではないか。

 一変した状況に危機感をあらわにする熾念は、咄嗟に掌を空に翳す。

 グラントリノもすぐにでも飛び立てるように踏み込むが、如何せん脳無の飛行速度が速い。

 

 このままでは連れ攫われてしまう!

 誰もがそう思った時だった。

 

「―――贋物が蔓延るこの社会も」

「……Huh?」

 

 またもや背後から現れる影が、救援に来てくれたプロヒーローの頬に付いた血を舐め取りながら、ガクンと高度を下げる脳無へ向かって疾走する。

 

 ゴトン、と嫌な音が響いた。

 ゆっくりになる景色の中で、熾念は青ざめた顔で自身の目の前に堕ちた物体に目を遣る。

 

「手……」

 

 手首から先。

 無骨な形をしている左手が、歪な肉の断面を見せ、ドロリとした血を流しながら転がっていた。

 

「徒に“力”を振りまく犯罪者も」

 

 まさか、と熾念が全身から血を抜かれる感覚を覚えながら脳無へ向けると、右手に手錠をぶら下げながらも、自由になった右手にどこに隠していたのか新たなナイフを携え、一切の躊躇なく脳無のむき出しとなっている脳に、切っ先を突き立てる。

 

「粛清対象だ……ハァ……」

 

 頭部に刃物を突き立てられた脳無は、命の灯を一気に吹き消され、力なく緑谷ごと墜落する。

 そして、わずかに残っていた灯も、ステインが突き立てたナイフを横に振るったことにより、脳漿をまき散らしながら消えることとなった。

 

「全ては……正しき社会の為に」

 

 脳無にトドメを刺したステインは、手首から先が無くなった左腕から血を流しながら、尋常ならざる精神力で意識を留めていた。

 誰もが戦慄し、足を動かせぬ状況の中、ふと視界の端の方で真っ赤な炎が瞬くのが見える。

 

「何故一カタマリで立っている!!? そっちに一人逃げたハズだが!!?」

「エンデヴァーさん!! あちらはもう!?」

()()()()になってしまったがな! して……あの男はまさか―――ヒーロー殺し!!」

 

 どうやら、交戦を終えてやって来たエンデヴァー。無傷であるところを見る辺り、さほど苦戦もしなかったのだろう。

 そんな彼は、ヒーローたちの視線の先に居る襤褸雑巾のような男に気づき、不敵な笑みを浮かべて全身の炎の勢いを強める。

 

「っ、待て轟!!」

 

 しかし、交戦を開始しようとする彼を、なにかを感じ取ったグラントリノが制止した。

 同じタイミングで、エンデヴァーの到着に気が付いたステインが、顔を覆っていた包帯を落としながら振り返る。

 隠されていた素顔は、頭蓋骨のように鼻をそぎ落とされたような平坦なもの。

 涎を垂らしながら、露わになった目の周りにはビキビキと皺が刻まれ、『悍ましい』という言葉が似あうオーラを身に纏うステイン。

 

「贋物……」

 

 腹の底に響く重低音が、この場に居る全員の鼓膜を揺らす。

 

「正さねば……誰かが……血に染まらねば……!」

 

 学生のみならず、百戦錬磨のプロヒーローでさえも気圧される威圧感のままに、ステインは一歩踏み出す。

 

「“英雄(ヒーロー)”を取り戻さなければ!!」

 

 圧し掛かる途轍もない重力。

 錯覚でしかないが、体を抑える威圧感はそう例えるしかなかった。

 

「来い。来てみろ、贋物ども。俺を殺していいのは―――本物の英雄(オールマイト)だけだ!!」

「―――っ!!!」

 

 刹那、眩いばかりのシアン色の炎が熾念の体から噴き出す。意識的にではない。本能が危機を感じた故の、反射的な行動。

 そんな目が眩むほどの光量を前にして、咄嗟に我に返ったのは他でもないエンデヴァーであった。

 わざと大きい音が出るようにして踏み込み、すぐにでも迎撃できるようにと炎を滾らせる。しかし、その必要はすでになかった。

 

「……気を失ってる」

「ハッ……」

 

 誰かがそうつぶやいた時、重圧から解放された轟がペタリと腰を下ろす。

 よく見れば、依然として二本足で立っているものの、血走ったステインの瞳は白目を剥いていた。

 

 ようやく訪れた終わり。

 しかし、それは決して喜ばしいものではなく、各々の心に漠然とした染みを残す、印象強い時間であった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

 一夜明け、保須総合病院。

 飯田以外さほど大きな怪我は追っていなかったものの、念のためにと四人まとめて同じ病室に収容された彼らは、病衣を身に纏いベッドに腰を掛けている。

 病院特有の消毒臭さに顔を顰める熾念は、いかにもつまらなそうな顔で天気のいい外を眺めていた。

 

 想像を絶するほどの暇さ。

 昨日の通りから、そのまま救急車で搬送されたため、ロクな荷物を有さずに来てしまった。暇をつぶす頼み綱であるスマホも、雰囲気的に使いづらい。

 となれば、残る暇つぶしは日和見くらいだということはお分かりいただけるであろうか。

 いくら明るい彼であっても、四六時中ぺちゃくちゃと喋り通せる訳ではない。と言うか、四六時中話しかけられる相手の気分を鑑みて、わざと控えている。

 

 そんな悶々とした時間を過ごしていると、突如病室の扉が開き、グラントリノと飯田の職場体験先のヒーロー『マニュアル』、そして犬面の保須警察署長の面構犬嗣という人物が訪れて来た。

 わざわざ警察署長が病院まで赴いた理由。

 それは、四人がステインと交戦し、“個性”で危害を加えるという規則違反についてであった。

 

 聞くところによれば、ステインは火傷に骨折、さらには左手損失―――最後の怪我については、ステインが自身で行ったものではあるが―――と、かなりの重傷を負っているらしい。

 “個性”で危害を加えることの制限。それは、千差万別である“個性”の中には容易く相手の命を奪えるものがあるからこそ、半ば仕方なしという形で法によって抑え付けているのだ。

 

 たとえ相手が犯罪者であろうとも、規則違反には相応の処罰を。

 生徒四人および、保護管理者であるエンデヴァー、マニュアル、グラントリノの七名には、厳正な処分が下されるとのことだ。

 しかし、それについて轟が抗議する。

 

「規則守って見殺しにするべきだったって!?」

「結果オーライであれば、規則などウヤムヤで良いと?」

「人をっ……救けるのがヒーローの仕事だろ」

 

 法を順守し、むざむざ殺されろと言いたいのか?

 そう抗議する轟の言葉は正しいものの、面構の主張も蔑ろにできるものではない。警察が公務員であるから、法を守ることを重視したい気持ちも分かる。

 だが、友が必死になって抗議する姿に感化された熾念が、続いて口を開いた。

 

「ヒーロー殺しは『凶器』と『個性』を使って殺しに来てましたっ! でも、俺たちは『個性』だけです! 過剰防衛の判断基準に照らせば、俺たちとヒーロー殺しの武器は対等じゃない! 正当防衛は成立する……筈です!」

「武器対等の原則か……だが、“個性”は千差万別。ヒーロー殺しの“個性”は直接的な攻撃力はない。だが、君たちの“個性”は容易に人を殺められるものだと思わないかワン?」

「だったら、生まれつきの異形型はどうなるんですか!? 普通に殴ったからって、“個性”の無資格使用になるんですかっ!?」

「それとこれとは話が違う。論点をすり替えるのはナシだワン」

「っ~~~、Fuckin……!」

 

 ぐぬぬ、と言わんばかりの顔を浮かべる熾念と轟であったが、途中で割り込んできた緑谷がなんとか二人を窘める。

 それでも憤りが収まらない二人。例え、規則違反であったとしても、彼らには人の命を救うという正義の下で行動した。そこには、あの場面で戦ったことに間違いはなかったという確信や、あの場ではそうするしなかったという確信……二つの確信がある。

 ここで自分たちの行動を否定されるということは、自分たちが救った命までもが否定されることと同義だ。見ず知らずのヒーロー含め、これからも共にヒーローを目指す級友も。彼らの命を否定されてなるものかという意地が、たとえ相手が署長であったとしても物怖じせぬ勇気を彼らに与えていた。

 

 このままでは、二人は一歩も退かぬだろう。

 そこで一歩踏み出したのがグラントリノだ。

 

「まァ、話は最後まで聞け」

「以上が―――……警察としての意見。で、処分云々はあくまで公表すればの話だワン」

 

 風向きが変わる。

 公表すれば、彼の大悪人ヒーロー殺しを直接倒した三人は称賛されるものの、危害を加えようとした飯田も含め、処罰は免れない事態となる。

 しかし、公表しなければどうだ? ヒーロー殺しが負った火傷後から、熾念と轟の保護管理者であり、尚且つ現場に居たエンデヴァーを功労者として擁立させることが可能。目撃者も限られていることから、四人の規則違反を握り潰すこともできる。

 

 英断と功績を抹消する代わりに、与えられる処分も自ずと消える訳だ。

 

「どっちがいい!? 一人の人間としては……前途ある若者の“偉大な過ち”にケチをつけさせたくないんだワン!?」

 

 サムズアップする面構。

 四人は、その選択に首を縦に振り、ヒーロー殺しとの戦いの記憶を胸の内に秘めることとなった。

 

「せめて……共に平和を守る人間として、ありがとう!」

 

 面構は深々と頭を下げ、四人へ礼を述べる。

 こうして、一先ず四人の規則違反は秘密裏に処理されることが決定し、今回の件は不問となった。

 

 その後、面構および他プロヒーローが帰った後、各々の時間を過ごす四人。

 途中、飯田の左腕に軽い後遺症が残ること。それは移植で治る可能性が高いこと。続けざまに、自分と関わった者が腕に怪我を負うことから、自身に『ハンドクラッシャー』的な呪いがあるのではと、極々真面目な顔で言い放つ轟に爆笑したりなど、肉体だけではなく精神的にも傷を癒そうと、時間を費やした。

 

 だが、表面では笑みを浮かべる飯田も、どことなく表情は暗い。

 自身の浅はかさによって、友人に傷を負わせたことか、はたまたステインに言われた言葉を思い出してか……それは本人にしか分からぬことであった。

 


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