Peace Maker   作:柴猫侍

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№30 Hero Killer

「ヒーロー殺し……たぶん奴の“個性”は切りつけるかなにかして、相手の動きを封じるっていうものだと思う。とにかく、攻撃は全部避けるつもりで! 僕が奴の気を引き付けるから、轟くんは後方支援をお願い!」

「ああ」

「出久、俺はどうする?」

「波動くんは、倒れてる飯田くんとヒーローの人を、表の道路の方に連れて行ってほしい! それから加勢に来て!」

「All right!」

 

 危機に直面した時ほど思考が冴えわたる緑谷の指示を受け、熾念は徐に“個性”を発動させて、地に付す二名を浮遊させて駆け出す。

 

「させるか……ハァッ!」

「こっちの台詞だ……!」

「ちッ!」

 

 粛清対象を連れていかれるのを前に、腰に差していたナイフを取り出し、曲芸師よろしく狂いのない軌道を描いて、鋭利な切っ先が熾念の背中に向かっていった。

 だが、ぬけぬけとそのような真似をさせるはずもなく、轟が右足を踏み込んで氷壁を生み出す。たとえどれほど刃を研いでいたとしても、投擲した刃物の威力などたかが知れている。かえしのついたナイフは氷壁に数センチほど突き刺さり、その疾走を止めることとなった。

 

「Thanks、焦凍! 早めに戻ってくるからな!」

「任せろ」

「二人をよろしくね、波動くん!」

 

 一時的な別れの言葉を告げて離れていく熾念は途中で、パッと見て軽そうな見ず知らずのヒーローの方を背に担ぎ、飯田の方を浮かせることにする。『念動力』の発動限界は一分までに伸びたが、それでも長いとは言い切れない。

 インターバルは健在。一分使用すれば、十二秒休憩を挟まなければならないのだ。

 プロでなくとも、戦いというものは秒の世界。易々と十秒を超える隙を晒すことになるのは愚策なのだ。

 

 『念動力』という“個性”の性質上、意識がチグハグになってしまえば、発揮できる効力も比例して小さくなってしまう。

 故に、少しでも思考のプロセスを減らせるように工夫することが、今の熾念にとっては肝心なことであった。

 

「Hey、ネイティブファッションのヒーローの人。大丈夫ですか?」

「お、俺は大丈夫だ……だが、まだ体が動かねえ」

「体が動かない? 出久の言ってた、ヒーロー殺しの“個性”の所為ですかねぇ?」

「たぶん……そうだ。あの地味目の子の言う通り……刃物で切ることが、発動条件かもしれねえが……詳しいことは俺にも……」

「Hmmm……」

 

 背負われているヒーロー―――『ネイティブ』は、いまだ体が不自由であることを訴え、自身が把握している情報を背負ってくれている熾念に伝える。

 集めた情報をまとめると、『刃物で切ることによって相手の自由を奪う“個性”』だが、如何せん条件が限定的過ぎてしっくりこない。

 

 なにかを媒介して発動する“個性”など、今まで聞いたことがないからだ。

 クラスメイトの砂藤は、糖分を摂取することでパワーアップできる『シュガードープ』という“個性”を有しているが、あれは物質を体内に摂取することによって発動するタイプ。己の身体以外の物体を媒介している訳ではない。

 

 この超常社会、如何なる“個性”が存在していてもおかしくない節はあるものの―――

 

「……Huh? 摂取?」

「ど……どうした?」

「あの、一つ聞いてもいいですか?」

「俺に分かることだったら……」

「ヒーロー殺しがアンタ達を襲った時、なにか口に含んだりとかしてました?」

「口に……? そういえば……しきりに刃物を舐めていたような……」

「I see」

 

 走りながら笑みを浮かべる熾念は、ステインの“個性”について一つだけ見立てを立てる。

 刃物を舐めていることから、刃に毒を塗っている訳ではない。もし、“個性”ではなくそういった化学薬品を塗布していたのであれば、自分が舐めた瞬間に『ペロ……これは毒! ぐふっ!』となりかねない。

 とすれば、刃物に付着した物質かなにかを体内に摂取し、相手の自由を奪うという“個性”の可能性が高まってきた。

 

(相手の体液を摂取する……もしくは、自分の体液を相手の体内に取り込ませることで自由を奪う“個性”! これのどっちかだ!)

 

 珍しく冴えわたったような気分の熾念は、有頂天な気分であっという間に駆け抜け、閑散とした表の通りに出てきた。

 

「よしっ! この辺りなら大丈夫だっ」

「す……すまねえ。プロの俺が……てんで役に立たねえなんて……」

「Never mind。それじゃ、二人の加勢に―――」

「待ってくれ……波動くん!!」

「Huh?」

 

 早々にステインと戦闘しているであろう二人の下に戻ろうと踵を返したが、すぐ近くに下した飯田が張り裂けんばかりの声で、熾念を呼び止めた。

 怪訝な顔で振り返れば、今にも泣き出しそうな飯田の顔が視界に映る。

 

「君たちには関係ないんだ……! 俺が、俺が奴を討たねば!! 奴は兄さんの仇なんだ!」

「って言われてもねぇ」

「無関係な君たちにまで……傷を負わせるわけには……!」

 

 震えた声で制止されるものの、この時点ですでに熾念は関係がないとは言えない立場に立ってしまっている。というよりも、関わっているのがクラスメイトである時点で、元より関係はあったと言えよう。

 しかし、肉親の仇は自身で討たなければならないという強迫観念に迫られている飯田は、血まみれになりながら……こうして級友に救けられても尚、己の手で仇を討とうとしている。

 

(分からなくはないけど……)

 

 若干、そんな飯田に同情の念を向ける熾念であるが、ソレについては既に彼の中では些細なことであった。

 今は時間が惜しい。すぐにでも二人の加勢に向かわねばと、震える飯田を置いて駆け出す。

 

「は、波動くん!」

「CoolにFastに、皆へPeace&Smileをお届け! それがこの俺、ピースメーカーのモットーさっ!」

「……は?」

「卵の俺たちでも、クラスメイト守るこの時くらいはヒーローやらせてくれよなっ! んでもってヒーローは……笑ってみんな助けるんだぜ!」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……!」

「そんな怖い顔じゃ、救けた子供泣いちゃうぞ~!? HAHA!」

 

 去り際に、飯田へ揶揄うような言葉を投げかけ、何度も真っ赤な光な瞬く路地裏へ戻っていく熾念。

 咄嗟に腕を伸ばそうとした飯田であったが、ステインの“個性”の所為でそれもかなわず、悲しげな瞳を走り去る背中に向けることしかできなかった。

 

「どうして……君たちはそんなにっ……!」

 

 戒めるように自身の額をコンクリートの地面に打ち付ける。

 同時に、眼尻に溜まっていた涙も零れ落ち、地面にいくつか染みを作った。

 

―――この時ほど、己の力の無さを呪ったことはない

 

―――本当に止めたい時、守りたい時に動けぬ、己の臆病さを

 

 

 

 ☮

 

 

 

「くっ……ゴメン、轟くん!」

「気にするな! って言いてえとこだが……まだ動けそうにねえか!?」

「うん……奴の“個性”は切りつけるのが発動条件じゃない!」

 

 絶え間ない戦闘音が奏でられる路地裏では、現在緑谷がビルにもたれかかるように倒れ、轟がステインと一対一をするような形で戦闘が繰り広げられていた。

 

「ハァ……!」

「血を舐められたらダメだ!」

「わかってる!」

 

 歪な笑みを浮かべて襲い掛かってくるステインに炎熱を放つ轟であるが、ステインはあろうことか炎を縦に一刀両断するように斬り裂き、そのまま轟の懐へ入り込もうとした。

 

「言われたことはないか?」

「くっ……!」

「“個性”にかまけ、挙動が大雑把だと」

 

 尋常ならざる身のこなしに、轟はまんまと懐に入られる。

 彼を袈裟斬りするような軌道で振るわれる刀。幾度となく、視界を封じる為や防御にために繰り出した氷壁は、ステインの手にした刀によって豆腐のように斬り裂かれている。

 このままでは轟も、そんな氷のような運命を辿ってしまうやもしれない。

 

「化けモンが……」

 

 忌々しそうに吐き捨てる轟。

 ヒーロー殺しを舐めていた。並みのプロ以上の実力だ。学生がどうこうできるレベルの敵ではなかった。

 

 油断していた訳ではないが、己の見通しが甘過ぎたことに悔恨の念を抱く轟の思考は、すでに腕を斬り裂かれたものだとして、次にどのような一手を繰り出すかである。

 しかし、幸いにもそのような事態に陥ることはなかった。

 

「ッ、これは……」

 

 紙一重。

 あと数センチ踏み込めば、その衣を裂いて内に在る肉を抉り、真っ赤な血潮を噴出させるであろうというところで、ステインが握っていた刀は微動だにしなくなる。

 刃を受け止めるように幽玄に纏わりつく緑色の光。

 

 その正体を、轟と緑谷は知っていた。

 

「来たか……遅ぇよ!」

「Sorry! 待たせたな!」

「チィ……」

 

 増援が戻ってきたことにいら立ちを隠さないステインは、咄嗟に刀を受け止めている力の発生源である熾念へ向けて、ナイフを投げる。

 

It’s no use(無駄だ)! 近距離のアンタにそうやられ……」

「気ィ抜くな、波動!!」

 

 “個性”で飛来するナイフを受け止めた熾念であったが、轟の叫びを受けて視界からステインの姿が消え失せていることに気が付いた。

 刀は捨て置かれているが、本体は一体いずこへ?

 

「上だ、波動くん!」

「シャアッ!!」

「っ!」

 

 緑谷の声を受けて頭上へ目を遣れば、新たなナイフを握って振り下してくるステインの姿が目に入った。

 

(避けた方が早い!!)

 

 念動力で受け止めるよりも、自前の反射神経で回避に徹した方が好手と判断した熾念が、振り下ろされるナイフを頬にかすめながらも、なんとかステインの一撃を躱すことに成功した。

 だが、

 

「ダメだ! 血を舐め取られたら―――」

「もう遅い」

「Huh? ……ぐっ!」

 

 掠ったナイフの刀身に異常に長い舌を這わせ、わずかに付着した血を舐め取るステイン。

 瞬間、熾念の身体が金縛りにあったかのように硬直し、そのまま膝から崩れ落ちようとする。

 

「体が……!」

「貫く信念がある……それは結構。だが、如何なる立派な信念があろうとも、実力が伴っていなければ、おまえも英雄を歪ませる社会のガンにしかならない、ハァ……!」

「ッ……!」

「贋物は……俺が粛清するまでだ!」

 

 “個性”によって体の自由を奪われた熾念に凶刃が迫る。

 

(ッ……波動との距離が近すぎる! これじゃあ巻き込んじまう!)

 

 緑谷も動けぬ中、唯一自由な轟がステインを熾念から離そうと“個性”を発動しようとする。だが、如何せん両者の距離が近すぎる為、彼の“個性”では味方も巻き込んでしまう事が必至だ。

 

(クソッ、イチかバチかに……!)

 

「―――Fake(贋物)ねぇ」

「ッ!」

 

 刹那、ステインの握っていたナイフが、火花を散らして宙を舞った。

 その光景にはステインのみならず、離れた場所から見ていた轟と緑谷も驚いたように瞠目する。

 それもそのはず。“個性”で体の自由を奪われている筈の熾念が、躍動的な動きで後ろ回し蹴りを繰り出し、ナイフを蹴って弾いたのだから。

 続けざまに足を入れ替え、もう一方のアイアンソールを履いている脚で蹴撃を繰り出した熾念は、ステインの顔面に鈍い音を響かせながら一撃加える。

 

 鉄で顔を蹴られたと同義の衝撃を喰らったステインは、一瞬ふら付いた後、自分ともあろう者が学生に隙を突かれたことを危険視し、一旦距離を置く。

 

「グッ……おまえ、なぜ……」

Why(なぜ)? HAHA、手前で考えなっ!」

 

 何故動ける?

 そう言わんばかりに殺気の籠った視線を送ってくる殺人鬼を前に、フィンガースナップを鳴らして余裕綽々といった様子を見せる熾念。

 そんな彼の体全体には、念動力を働かせている時の目安である緑色の光が淡く輝いている。

 

(波動くん、まさか……念動力で動けない体を無理やり動かしているのか!?)

 

 誰もが驚く最中、緑谷が一番早く答えにたどり着いた。

 そう、今の熾念は動けぬ体を『念動力』で無理やり操り人形のようにして動かしているのだ。

 故に、『己の“個性”で体が動かない』と決めつけていたステインの虚を突くことが成功し、微々なダメージではあるが一撃加えることに成功した。

 

(でも、いくら限界時間が伸びたからって、そう長くは続かない……あの挑発だってブラフだ! それに体の自由は効いてない。普通に打撃を加えるにしたって、威力の低下は免れないし……!)

 

 そして、その行動のデメリットをすぐに思い立ったのも緑谷だった。

 筋肉に力を込めることもできないただの肉塊で相手を打ち付ける。それでは衝撃を加えることしかできず、決定打になるはずもない。さらには自身の筋肉に入れられないということは、防御力の低下も招いているのだ。

 

 なにより、長く続いても一分。インターバルを挟まなければ血が流れ出る。

 インターバルを挟もうとしたら、相手の意識の隙を突く達人であるステインに付け狙われる。

 そしてその攻撃を防ごうと再び念動力を発動しようとすれば、インターバルの最中に“個性”を使用したこととなり、これまた血が流れ出るのだ。

 

 とどのつまり、今の熾念にとってステインは最悪の相手。

 サシであれば、失血で意識を失うまで息もつかせぬ猛攻を喰らうところだっただろう。

 

 しかし、幸いにもこの場に居るのは一人ではない。

 

「波動から離れやがれ!」

「ハァ……!」

 

 二人を隔てるように轟が氷壁を繰り出す。

 

(くそッ……僕も加勢出来れば……!)

 

 未だ動けぬ緑谷は、まんまとステインの“個性”で動けなくなってしまった自身の不甲斐なさを呪うばかりだ。

 

 一方ステインは、虚勢を張る熾念の前で切れた口の端から垂れる血を舌で舐め取り、狂ったような笑みを浮かべる。

 

「おまえも良い……」

「Huh? 殺人鬼のお世辞なんてお断りだっ」

「だが、パワーが足りない。無理に動かした所為か、腰が入っていないな。上っ面だけの蹴りでは俺を倒せんぞ」

「口が減らない奴だな。アレか? 友達いないから、久々に会話が通じて嬉しいのか?」

「おまえもな。少しでも時間を稼いでプロの救援を待とうとする意図が見え透いているぞ」

「それに乗るアンタも大概だがなっ」

「……ハァ!」

 

 さらに口元に浮かばせる弧の角度を深くするステイン。

 敵との実力差が大きすぎる場合、逃げて応援を呼んだ方が賢明。現在三人は、応援は呼んだが逃げる隙が無いため、時間を稼いでいるという状況だ。

 ヒーローとして―――資格なしというところを抜けば―――正しい行動はちゃんと踏まえている。

 

 だが、資格の有無はステインにとっては些細なこと。

 彼にとっては、自身のヒーロー観に相手が即しているか否かが問題なのだ。無論、戦略として定石を踏まえているかも軽く見ているが……

 

―――目の前の三人は、いずれも即している

 

「おまえたちは、さっきの奴らと違って見込みがある。生かす価値がある。口先だけの拝金主義者……英雄気取りの贋物共よりな……ハァ」

「Hmmm……贋物贋物言ってるが、アンタにとって英雄ってなんなんだ? そこらへん、ハッキリさせようじゃないかっ」

「……いいだろう。ヒーローとは見返りを求めてはならない。自己犠牲の果てに得うる称号じゃなければならんのだ……ハァ! 現代には多すぎるんだよ、英雄を騙る贋物共がな……! だから俺は粛清を繰り返す! それを社会に気づかせるためにな……」

 

 『一矢報いた代わりに』と言わんばかりの表情で、己のヒーロー観を語るステイン。

 一見まともに聞こえる主張であっても、それが間違いであることは彼自身が起こしている行動で明瞭となっていると言ってもいいだろう。

 

「時代錯誤の原理主義か。タチが悪ィな」

「聞いてる時間が無駄だったなっ。いや、救援来る時間稼げたってことで有用ってことにしておくか? いやいや、そもそもアンタが殺人なんて犯してなきゃ、こんな時間はなかったんだ。お互い無駄な時間過ごしたな、ヒーロー殺し」

「ハァ……やはり子供には理解できんか」

 

 真向からステインの言葉に否定的な態度をとる二人に、やれやれと首を振るステインは、徐にナイフを引き抜く。

 その間、熾念は背後に氷壁に寄りかかり……

 

「まず、だ。どれだけアンタがリッパな主張したところでな、俺にはまったくの無価値なのさっ」

「……なに?」

「アンタは殺人鬼……手前の主張を知らしめるために人殺しなんざ、バカでも悪いことだって分かるぜ」

「フンッ、社会のためには少数の犠牲は厭わん。いつの時代でもそうだ……そう、社会という樹に蔓延る贋物という芽は、早々に摘まねば―――」

「Non, Non。だからさ、どれだけ立派なこと言おうとも、俺はアンタの言葉に対して馬耳東風状態だ」

 

 ギロリ、と今度は熾念が鋭い眼光をステインに向ける。

 

「俺は、オールマイトの言葉だったから信じる価値があると疑わなかったんだよ。比べてアンタは殺人鬼。為した偉業が言葉に価値を……心を動かす力を与える。命を救ったか断ったかでなっ」

「波動……おまえ」

「アンタの言葉は、アンタ自身が流させた血のStain(染み)で文字が隠れて見えないなっ。薄汚れた行いした癖に英雄語るなよ、Hero killer(ヒーロー殺し)

「……その通りだな」

 

 わずかににじみ出る義憤を纏った声色で発された言葉に、轟は賛同するように頷く。

 

「それに、誰だって英雄な訳ないのさ。何故って? 皆……本物の英雄になれるよう、一生かけて道を歩んでる最中なんだからなっ!!」

 

 次の瞬間、ステインによって斬り砕かれた氷壁の破片が一斉に浮かび上がる。

 心なしか、破片を浮かばせる念動力の光も、熾念の感情に呼応して荒々しく揺らめいているように、轟の目には見えた。

 

Get ready(覚悟しろ)!! 焦凍、行くぞ!!」

「ああ!」

 

 十分インターバルを挟んだ熾念は、轟が放った炎熱の周囲へめがけて氷塊を投げ飛ばす。

 

「それで手数を稼いだつもりか。甘いなっ!」

「それは……どうかな!?」

「むっ!?」

 

 軽快な動きで炎熱を躱し、迫りくる氷塊をナイフで弾いたステイン。

 しかし、そんな彼の背中から、通り過ぎたはずの紅蓮の炎が緑色の光を纏いながら、追尾するように襲い掛かってくるではないか。

 チッ、と舌打ちするステインは、背中からにじり寄る炎熱から逃げるように、凄まじい俊足で熾念と轟の下へと疾走してくる。

 

 追尾してくる攻撃に対しては、相手に接近するのが定石。

 すれば、相手は自爆を免れるためにも追尾攻撃を止めなければと考えるからだ。

 

(そこをつけ狙う!)

 

「壁頼む!」

「任せろ!」

「ッ!」

 

 そんなステインの眼前に高くそびえ立つ氷壁。

 逃げ場を失うステインと炎。

 

「この程度で……俺をやれると思ったか、ハァ……!」

 

 氷壁の前でじっとしていれば、背後より迫る炎に焦がされるだけだ。

 だからこそステインは上へと逃げた。両手にナイフを携え、ザクザクと雪山の断崖絶壁を登るような要領で、ナイフと足のスパイクを駆使して氷壁をよじ登った。

 下では氷壁とぶつかり合った紅蓮の炎が、四方八方へと拡散している。

 逃げていなければ、今頃自分も……。

 

 そんなことを考えた時であった。

 

 氷壁の頂点から顔をのぞかせた瞬間、今まさに拳を振りかぶろうとしている緑谷の姿があるではないか。

 さらには、拳は青い光を纏っており、グンと拳がステインの顔面へ振り下すように突き出された途端に、空気の摩擦によって発火したかの如く、青い炎が―――

 

ARIZONA(アリゾナ)―――」

「なッ……」

SMASH(スマッシュ)!!!」

 

 炸裂した。

 カッと眩い蒼炎の輝きが瞬き、路地裏は昼間の海中のような深い青に照らしあげられる。

 

 今確かに閃いた蒼炎は、違うこと無き熾念の“個性”によるもの。念動波が届いている場所であれば、即座に発火させることができる力だ。

 過去二度発動した時は、土壇場か、または感情が高ぶった時。

 そして今は、己の内に秘める恐怖心を抑え付けての発動だった。

 

(発動するとき、一瞬目の前で炎が燃え上がるのを幻視する……それで自主練じゃ躊躇って発動できなかった……けどな! 今一番怖いのは、自分の恐怖心で友達が傷つくことなんだよ!!)

 

 秤をかけた。

 結果、天秤は友が傷つく恐怖心が勝り、発動に至った。たとえ土壇場であったとしても、意図的かつ任意的な発動はこれが初めてだ。

 そして、復帰した緑谷の拳に炎を纏わせるというバフにも成功した。

 『DETROIT SMASH』よりも一段階強力になった拳が、ステインの顔面を穿ち、高所より彼の体を地表へと叩きつける。

 

「ガハッ……」

「やったか!?」

「ううん、まだの筈だよ!」

「たたみかけろ!!」

 

 決着は依然ついていないと轟が叫ぶ。

 その通り、ステインは肺から空気を押し出されるような激痛にも拘わらず立ち上がり、鋭く吊り上がった瞳から殺気の籠った眼光を走らせる。

 余裕がなくなってきた証だ。

 長々と話した上で、虚を突かれての重い一撃。

 なにより、持っていたナイフを手放したことで、とうとう残りの武器も少なくなってきてしまっていた。

 

「ハァ……!」

「ゴキブリみてェにしぶとい奴だ……緑谷!」

 

 打撲は免れない体ながらも、予備のナイフを取り出して轟の言う通りゴキブリのような俊敏さで駆け寄ってくるステイン。

 驚くべきことに、動きが先程よりも早い。

 

 まさか、手を抜いていたのかと恐ろしい予感が三人の脳に警鐘を鳴らす。

 

「くッ!」

「焦凍! 俺も前出るぜ!」

「なッ……ちっ、援護する!」

 

 長物であればまだしも、ナイフのように取り回しのいい武器であれば、たとえフルカウル状態の緑谷でも回避し切れない可能性が高い。

 それを危惧した熾念は、すでに限界時間を超えて流血の量が夥しい体に鞭打ち、念動力を用いて前方へ飛び出していく。脚を前に突き出し、飛び蹴りのようなフォームで平行に飛行する熾念。

 

「出久!」

「波動くん!」

 

 一瞬並んだ二人は、目を合わせて小さく頷く。

 同時に、ナイフを携えるステインも二人の前にたどり着いた。

 

「ハァ……ッ!?」

 

 振るった刃は肉を切り裂くことはなく、熾念の念動力によってステイン自体の動きが止まった。

 一瞬の隙があれば、今の彼らには充分。

 緑谷の右腕に緑色のスパークが奔り、熾念の脚には青い炎が燃え上がる。

 

DETROIT(デトロイト)―――」

COMET(コメット)―――」

「「SMASH!!!!!」」

 

 轟く爆音。胴体に炸裂する拳撃と蹴撃に、ステインの体はくの字に曲がって後ろへ吹き飛んでいき、骨が折れるような鈍い音を響かせてビルの壁にぶち当たった。

 

「カッ……」

 

 次の瞬間、だらりと脱力するステインの体を、機を見計らった轟の炎熱が覆いかぶさり、最後の余力を焼き尽くしていく。

 

「ハッ……ァ」

 

 数秒の炎上の後、煤けた体のステインがそのまま地に伏せる。

 

「……流石に気絶してる……っぽい?」

「してくれなきゃ困るな……HAHA」

「一番斬られてねえ奴が血ィ流してるな。それは兎も角、今の内に奴を拘束して通りに出よう」

 

 切迫した状況から解放された三人は、少しばかり安堵の息を漏らす。

 

「なにか縛れるもんは……」

「あ、焦凍。俺のマントの裏に手錠五つくらいある。それ使ってくれ」

「……何であんだ」

「手錠を浮かせて遠方から拘束できたらカッコいいと思っていた時期が、俺にもありました」

「……とりあえず借りるぞ」

「Yeah」

 

 呆れた様子の轟が、小鼻をつまんでいるが故に鼻声でしゃべる熾念のマントを翻し、すべての手錠を拝借し、ステインの拘束へと移った。

 

 再び静寂が訪れる路地裏。

 鳴り響く、手錠の鎖がこすれ合う金属音だけがいやに響き渡り、終わりが訪れたことを告げるのであった。

 




オマケ(ここまで出てきた技まとめ)

波動熾念
・METEO SMASH
 瓦礫を念動力で一塊に集めて、相手を押しつぶすように落とす技。
 『METEO』は『流星』の意。

・ORBIT SMASH
 念動力で勢いがついている状態での蹴り。直線の軌道でしか放てない。
 『ORBIT』は『軌道』の意。

・METEOR STREAM SMASH
 瓦礫などをかためるのではなく、バラバラの状態で降らせる技。
 『METEOR STREAM』は『流星群』の意。

・SATELLITE SMASH
 相手の周りを浮かせた瓦礫で囲って、中心に居る相手へ向かって一斉に収束させるようぶつける技。
 『SATELLITE』は『衛星』の意。

・COMET SMASH
 念動力で勢いがついている状態で、なおかつ発火能力の炎を足に纏わせた状態で蹴りを放つ技。早い話、ライダーキックに近い。フォームなどはそのまま。
 『COMET』は『彗星』の意。

緑谷出久
・ARIZONA SMASH
 高い打点から拳を振り下し、相手を地表にたたきつける形で殴る技。今話では、熾念の発火能力で炎付きのコンビネーション技。技の型は、プロレスで言うところの、ハンマー・ブローに近い。
 『ARIZONA』はアリゾナ州から。

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