ヒーローという職業は、国から給金をもらっていることから公務員的な立ち位置にある訳なのだが、その成り立ちから公務員とは大部分において異なる部分が存在する。
具体的な職務は『犯罪の取り締まり』。事件発生時には、警察から応援要請が地区ごとに一括で来る。
それから逮捕協力や人命救助等の貢献度を申告し、専門機関の調査を経て給料が個人、または事務所に振り込まれる形となっており、基本は歩合。要するに、自身の頑張りの結果で財布が潤うか否かが決まるのだ。
さらにヒーローは副業が認められており、CMを始めとした様々な仕事と兼職することが可能となっている。
エンデヴァーも例外には当てはまらず、他の人気ヒーローよりは少ないが、ブラックコーヒーの宣伝CMなどに出演しているのだ。幼馴染が良く飲む缶コーヒーが、確かそれだったなぁーなどと他愛のないことを考える熾念は、現在保須市に居た。
『前例通りなら保須に再びヒーロー殺しが現れる。しばし保須に出張し活動する!! 市に連絡しろぉ!!』
エンデヴァーは、ヒーロー殺しが再度保須に現れることを予見し、熾念と轟の職場体験に保須に向かうことを決定した。
相棒を引き連れ、不穏な空気が流れる町にやってくる№2。
それは否応なしに、市民へ安心と期待を溢れさせていく。
彼は、
心なしか、ウキウキと高揚しているかのようなエンデヴァーの背中が印象に残る熾念。
『パパ、息子の前で頑張っちゃうぞ』という考えが見え見えだったことには、苦笑を浮かべることしかできない。
しかし、実力は折り紙付きであり……
「警察に連絡しろ」
「はい!」
「おぉ……」
「……!」
まさか№2が出張して来ているとも思っておらずに暴れていた敵を、エンデヴァーはものの数秒で沈黙させ、逮捕するべく警察へ連絡するように相棒へ指示を出す。
純粋に感動した瞳を向ける熾念の横では、新調したコスチュームを身に纏う轟が、驚いたように瞠目していた。
彼らが驚いていたのは、エンデヴァーの手際の良さだ。
喰らわせた相手に重い傷を負わせないよう、炎の軌道や温度を操り、尚且つ拘束が円滑に進むよう気絶させるという離れ業は、一朝一夕にはいかないものである。
ヒーローの力は、敵を捕らえる為に振るう。
客観的な印象では豪胆で容赦のない攻撃をしていそうなエンデヴァーであるが、現場では冷静かつ繊細な攻撃で、治安を乱す犯罪者を取り締まっていたのだ。
相棒にしばし気を失っている敵の拘束を頼んだエンデヴァーは、不敵な笑みを浮かべて見学していた二人に歩み寄る。
「どうだ? 参考になったか」
「凄すぎて逆に参考にならなかったと言うか、HAHA」
「なるほど。ならば、詳細に話そう」
乾いた笑い声をあげる熾念に、エンデヴァーは『ふむ』と頷いてから、先程の戦闘現場に目を向けた。
「もう十分に理解している筈だが、“個性”というものは非常に強力で人を死に至らしめることのできる身体機能だ。様々な種類に分類される“個性”の中でも、火は人間にとって身近にある危険で尚且つ生活に欠かせない存在……見てみるといい」
「あれは……ガソリンスタンド?」
「ああ。もし撃ち損じてアレに火が向かったとすれば、有無も言わさず我々は敵と変わらぬ所業を為すこととなる。その為に必要なのは『認知』、『判断』、『操作』の三つだ」
「ほうほう?」
なにやら自動車学校で習いそうな言葉を並べてくるエンデヴァーだが、高校生である二人にはあまりピンと来ていない。この辺りは、免許を取っている大人であれば分かるのだろうか? と熾念は首を傾げた。
「まず『認知』だ。我々ヒーローには守るものが多い。人命は勿論のこと、建物など挙げればキリがない。だからこそ、敵との戦闘の中では、守るべき対象を一瞬で『認知』する能力が必要となってくる。要するに、視野を広く持てということだ」
「Wow……I see!」
決して勉強が得意ではない熾念にもわかりやすいよう説明してくれる。成程、教育者としてはオールマイトと同等……否、それ以上なのかもしれない。
だが、轟は面白くなさそうに口を尖らせている。
家庭での振る舞いとは裏腹に、至極尤もな意見を口にしている父親に、印象の齟齬を覚えているのだろう。
「次に『判断』だ。現場では常に優先すべき事項が出てくる。敵の数や逃げ遅れた市民、その他諸々の現場の状況を鑑みた上で、最善の判断をする。時によっては応援も必要となることがある。決して自身の力を過信せず、他のヒーローや警察とも連携を取れるよう、心にゆとりを持ちながら考えること。これも大切だ」
極めて上昇志向の強い人間の言葉とは思えない内容だ。
しかし、逆に凄まじい上昇志向故に積み重ねた経験が、彼の言葉を築き上げているともとれなくはない。
「最後に『操作』……どれだけ『認知』できようとも『判断』できようとも、力を扱えなければ救えるものも救えん。結果がすべてということだな」
「……急にザックリ」
「生憎だが、これは鍛錬や経験だけがモノを言う。日頃の積み重ねが、ここ一番と言う時に力を発揮する事が可能となるんだ」
すると、徐にエンデヴァーは掌に火を浮かべ、熾念の眼前へ近づける。
急な火の接近に熾念は気が動転したように挙動不審となり、目を泳がせて眼前の炎から目を逸らそうとした。
「……人間の火に持ち合わせる恐怖心は原始的なものだ。だが、君に関してはそれ以上のなにかを感じる。なにが原因か深くは聞くまいが、火と恐怖心は似たようなものだ。一度コントロールを失えば、自分のみならず他人さえも巻き込みかねん破壊力を持つ。それでも人が火を使うというのは、火の利便性が高いから……というのは、言わずともわかるな?」
「……はい」
「恐怖心の克服は自己規制より始まる。いずれは自信が生まれるだろう。その自信こそが、己の内に秘める恐怖心を抑える存在となる。一朝一夕で為せる業ではないが、やり遂げてみせろ。それができるかできないかで、人間は
グッと拳を握るエンデヴァー。指の隙間からは、逃げ場を失った炎が勢いよくあふれ出し、熾念の視界を紅く染め上げる。
「俺は余り好まん言葉だが、超えられる分の壁は全て超える。それぐらいの気概がなければ、ヒーローはやっていけんぞ。分かったか?」
「……はいッ!」
「ならばよし」
快活な返事に、悪くない様子で頷くエンデヴァーは、横で黙って聞いていた轟にも目を向けた。話の間一言も発さなかった彼であるが、父親の言葉に思うところがあったのか、思案を巡らせているかのような表情を浮かべている。
そんな息子になにか言いたげなエンデヴァーであったが、ちょうど通報を聞きつけた警察官が数名やって来た。彼らに状況説明の責務を果たすべく、エンデヴァーは一旦二人の前から席を外す。
「……なんて言うか、大分イメージと違ったなっ」
「……ああ」
ようやく一息吐けた二人は、本人が居ない間に雑談を始めることにした。
「もっとこう、オラオラ系の人だと思ってたけどさっ、結構知的な感じなんだな」
「……みてえだな」
「焦凍もびっくりか?」
ケラケラとした笑みを投げかければ、轟は口を堅く結んだまま小さく頷く。
かつての記憶の中では、妻や息子にDVを働くような傍若無人な振る舞いばかりしていた。だが、いざ現場で彼の働きぶりを見ていると、そんなことは露ほども思わせぬ迅速かつ的確な出来る男というイメージが、悔しいが浮かび上がってきてしまう。
「ますます分かんなくなっちまった……アイツが」
「見直したか?」
「……」
「Jokeだよ。でも、ヒーローとしては……さっ?」
「……ムカつくが」
嫌々ながらも肯定。
以前は氷のように凍てつく憎悪を瞳に燃え上がらせていた彼にしては、かなりの精神的な進歩だ。
そんな轟は、ポツリと呟くように語り始める。
「……休みに、お母さんの見舞いに行った」
「Huh, Really? それでどうだった?」
「笑って赦してくれた。俺がなににも捉われずヒーローになることが望みだって」
「……いいお母さんだな」
「ああ。俺はお母さんに赦してもらった。だから俺も、自然とアイツを赦すとかどうとかはどうでもよくなった……いや、違ェな。赦せねえことはある。アイツがお母さんを傷つけたことだ。でもそれは、俺の問題じゃねえ。アイツがお母さんに謝るかだ。それでお母さんがアイツを赦すかだ」
自分が父親を赦免することは、母親が父親を赦免するか否かで決まる。そう口にする轟は、淡々と警察へと敵の引き渡しを終えたエンデヴァーを眺めた。
「今どうこう言っても、アイツは俺の言う事に聞く耳持たねえだろ。だから、№1になったら……たくさんの人救ってから、アイツを超えてからケリをつける。それが家族
「焦凍……」
「命助ける片手間に、家族の幸せくらい願ってもいいだろ」
話を終えて歩み寄ってくるエンデヴァーに聞こえない声量で呟いた轟に、熾念はフッと穏やかな笑みを浮かべた。
「よし、引き続きパトロールを行う! 俺の背中をしっかり見ておけ! はぐれるなよ、焦凍!」
「……幾つだと思ってんだ」
エンデヴァーの自分を子供のように見る発言に、額に青筋を立てて苛立ちを隠さない轟であったが、その横で熾念は引きつったような苦笑いを浮かべてこう思う。
(親にしてみれば、子供はいつまでも子供だからなぁ……)
たとえ、どのように歪な愛情であったとしても、実子に愛情を持ち合わせていることには違いない。
長い間すれ違った轟親子も、これから本当の家族の形を見つけていくのだろう。
☮
職場体験三日目。
初日以降、大きな事件は起こることはなく、実に代わり映えの無い職場体験を行うことになっていた。
時折垣間見る小さなイザコザも、エンデヴァーが現場にたどり着いた途端、暴れていたチンピラが平謝りし、駆けつけた警察に補導される有様。
それもそのはず。現在保須市は、ヒーロー殺しが出現して人気ヒーローが一人やられたために、厳戒態勢が敷かれているのだ。さらには初日にエンデヴァーが敵を倒したことにより、№2が保須に出張で来ていることがSNSで拡散。
あっという間に情報が伝わっていき、№2がパトロールしている町で暴れようとする動きも小さくなり、自然といざこざも少なくなるという現象が起こっているのだ。
成程、
しかし、折角良い戦績を収め、将来を見込まれて実績のあるヒーロー事務所へ来たにも拘わらず、逆にトラブルを前にする機会が少なくなるとは、どこか腑に落ちないものだ。
「めげそう」
「……おまえ、こういう代わり映えのないこと苦手そうだもんな」
「That’ right。一日三食カレー出されたら、ちょっとイラッてするタチさっ」
「その例えはどうなんだ」
「焦凍だって、一日三食蕎麦だったら飽きるだろ?」
「そうでもねえ」
「アレ?」
休憩時間に緩い会話を交わす熾念と轟。
これほどまでに気が抜けてしまうほど、保須市では事件が発生しなくなっていた。このまま職場体験は終わってしまうのか……そんな危惧を二人が抱き始めた時であった。
幻想的に空を彩り始める逢魔が時。
次第に黒に塗りつぶされ始めていた空が、突如として紅蓮の炎と黒煙に染められた。
「事件だ、ついてこい! ヒーローというものを見せてやる!」
息子にいいところを見せたくてウズウズしていたエンデヴァーが、『ようやく来た』と言わんばかりの声色で、相棒と共に現場へ駆けつけようと足を踏み出す。
その時であった。プロヒーローの背を追う二人のスマホのバイブレーターが同時に作動し、同じタイミングで熾念と轟はポケットのスマホを取り出した。送って来た相手は緑谷。しかし、文面などは存在せず、ただ位置情報のみという奇怪な内容。
「なんだこれ?」
「……!」
前方でエンデヴァーが『ケータイじゃない。俺を見ろ焦凍ォ!!』と叫んでいるのを余所に、機敏な動きで踵を返した轟が、全力疾走で去っていく。
「どこ行くんだ、焦凍ォ!!!」
「江向通り4-2-10の細道。そっちが済むか、手の空いたプロがいたら応援頼む。おまえならすぐ解決出来んだろ。―――友達がピンチかもしれねえ」
「ッ……!?」
意味深な発言を残し去っていく息子に、茫然とした様子で伸ばしかけていた手を下すエンデヴァー。
「っ~~~! エンデヴァー! ちょっと俺、呼び戻しに……!」
「……いや、構わん」
「Huh?」
慌てふためく熾念が轟を呼び戻しに行こうと思った時、それをエンデヴァーが制止した。
まさか、自分の言う事を聞かない息子など、助けに行く価値もないとでも思っているのかと、嫌な汗が熾念の頬を伝った。
だが、それは大きな間違いだ。
「追ってくれ」
「へ?」
「万が一もないと思うが……焦凍のことは君に任せよう」
「ッ……Toot♪ 殺し文句ゥ!
友の危機と思しきに駆けていく息子を任せるという発言。それは熾念の心情を焚き起こすのに十分すぎるものであった。
気を良くした熾念は、快活な笑みを浮かべながら、エンデヴァーとは逆方向へ走っていく轟を追いかけていく。
「いいんですか、エンデヴァー!? 生徒を保護管理下から離して……」
「ああ」
横に連れ添う相棒が諫言してくるが、気にも介さない様子で再び現場へと足を向ける。
「アレは俺の自慢の息子だ。有象無象の敵に敗北するよう育てた覚えはない」
刹那、エンデヴァーが纏う炎が、一層苛烈さを増して立ち上る。
思わず、雇って長いこと仕事を共にする相棒でさえも、冷や汗を流すほどの業火。打って変わって背筋が凍り付きそうな威圧感を放つ彼は、こう言い放つのであった。
「子供の迎えに行くためにも、さっさと仕事を終わらせねばな……!」
にやりと口角を吊り上げる№2。
―――ああ、今日暴れた敵は運が悪い。
相棒たちは、乾いた笑みを浮かべるしかなかったという。
☮
「つまりだ。さっきの出久からのアドレスオンリーのは、救援要請ってことかっ」
「ああ。意味もなくそういうことする奴じゃねえからな、アイツは。助け呼ぶ時間も惜しいやり手と相手してるってことだろうよ」
「I see……ってなると、早めに行かなきゃな!」
「……急ぐぞ!」
「俺は上から行くぜ!」
「頼んだ!」
推察した緑谷の救援要請に応えるべく、二人は送られてきた位置情報の従い、一刻も早く現場に到着できるよう疾走する。
その中で熾念は、“個性”で自分を浮かせて上空からの探索を開始した。轟の氷結を断続的に行う移動法は市街地に被害を出すため、そうホイホイと繰り出せるものではない。対して念動力での飛行は、被害を出すことはほぼゼロ。加えて、普通に走るよりも移動速度は格段に上である為、急迫な事態の際に使わぬ手はないといっても過言ではない。
跳ねるように宙へ舞い上がった熾念は、火災と思しき炎で紅蓮に染まる空をバックに、一筋の流星を描いてアドレスの場所へと向かう。
すると、ビルより数メートル上空に上った辺りで、緑色のスパークが爆ぜているのが目に入った。
「そっちか!」
ギュンと空気の壁を押しのけるようにして疾走する熾念。
線になる視界の中、視線の先に存在する四人の存在を確認した。一人はアドレスを送って来た張本人である緑谷。次に、地に伏せるようにして倒れている飯田。さらに、緑谷に相対す黒と赤のマフラーを靡かせ、刀を携える長身な壮年の男。最後に、ビルの壁にもたれかかるようにして倒れる、ヒーロー然とした格好の男。
緑谷は、マフラーの男を前にフルカウルを駆使し立ち回るも、増強系の如き俊敏な動きを見せる相手に苦戦しているようだ。戦い―――否、殺し慣れているような立ち回り。
「Hmmm……とりあえずっ!」
インターバルを挟みつつ急降下する熾念は、緑谷とマフラーの男の間を別つように降り立つ。
「えっ……は、波動くん!?」
「Yeah、出久! 二日ぶ―――」
「しっ!」
「っとォ!」
驚く緑谷を余所に、マフラーの男は現れた乱入者に刀を横一文字に振るう。
だが、即座に右足を上げ、新調したコスチュームの鋼鉄製のグリーブで、斬撃を防いで見せた。
さらには念動力で男の体を浮かせ、数メートル先の前方へ放り投げる。
これで距離はとれた。投擲された男はと言うと、宙で軽やかに体勢を立て直し、大した傷もなく無事に着地する。体操選手でもあれだけの身のこなしはできるものではないだろう。
「Toot♪ オッサン、銃刀法違反だぜ!」
「波動くん! 救けに来てくれたんだね!」
「That’ right! 俺が来た! んでもって―――」
倒れる飯田とプロヒーローを背にして言葉を交わす二人の背後から、路地裏を真っ赤に照らす業火が奔り、今まさに飛びかからんとしていた男を焼き尽くさんとする。
「ハァ……!」
「……避けたか」
「この炎、轟くん!」
「ああ……俺も来た」
左手を翳した状態の轟が、数秒遅れて救援にやって来た。
体育祭トップ2がそろい踏み。救援を要請した緑谷にしてみれば、心強い味方が来てくれたと安堵の息を吐きたい気分だろう。
「二人とも……!」
「安心するのはまだ早ぇぞ、緑谷。んでもってそのナリ、情報通りだな―――ヒーロー殺し」
「こりゃあ、いきなり凶悪なネームドとエンカウントしたなっ、HAHA!」
神妙な面持ちで目の前の男がヒーロー殺しであると判断する轟と、快活な笑い声を飛ばして余裕な笑みを浮かべる熾念。実際は体育祭の比ではないほど緊張や不安が胸の内にあふれ出しているが、だからこその笑みだ。
一方、『ヒーロー殺し』ことステインは、新たに現れた学生二人に殺気の籠った瞳を向ける。
「ハァ……次から次へとゾロゾロと。俺にはこいつらを殺す義務がある。そこを退け……!」
「そんな義務があってたまるか」
「そーだそーだ! そんな後ろ向きな義務があってたまるかー!」
「は、波動くん……」
ステインの主張に反論する轟に対し、それに便乗する熾念であったが、如何せん賛同の声が小学生レベルだ。そのことについて、緑谷は目を丸くしている。
熾念が居るとどこか締まらない。なんとなしに轟と緑谷がそのようなことを思っていると、地面の方より怒りに震えるような声が響き渡って来た。
「みんな……手を出すな。君たちは関係ないだろ!!」
「Huh?」
「なに……言ってんだよ、飯田くん!?」
「飯田、おまえ……」
普段、生真面目でA組の面々を率先するような委員長の姿はそこになかった。
在ったのは、肉親を傷つけられ、怨恨と義憤に正義の心を蝕まれている一人の少年の姿。いつしかの轟のような姿だった。
そんな彼に一瞬言葉を失う一同であったが、一番初めに口を開いたのは緑谷だ。
「い……色々言いたい事はあるけど……後にする……! 関係ないから救けないとか、僕には論外みたいなものだから! それにオールマイトが言ってたんだ! 余計なお世話は、ヒーローの本質なんだって!」
「って訳だぜ、委員長! 天哉が納得できる模範解答は後で用意してやるよっ。だから今は、がむしゃらに救ける! 異論ないな、焦凍!?」
「ああ、無え。三人で―――守るぞ」
滾る血潮と爆ぜるスパーク。
幽玄に揺らめく光。
苛烈な様相を見せる業火。
命を守るための矛と―――そして、盾となるべき敵に立ちはだかる三人には、一片の迷いもなかった。
対して……
「ハァ……!」
湧き上がる狂気的な歓喜を、歪な笑みで表すステイン。
ヒーローの卵と、ヒーロー殺しの戦いが、今始まる。