「お、焦凍! どこ行くんだ?」
「……少しサポート科に用事がある」
「Wow! 奇遇だな、俺もだ!」
朝一番の授業にヒーローネーム考案という、生徒にとってはビックイベントな授業も終え、興奮冷めやらぬまま放課後まで時間は過ぎた。
熾念は、ドッサリと渡された指名票一覧の中からとある事務所を選び、それを相澤に渡してきたのだが、轟同様ある用事があってサポート科を訪れていたのだ。
「コスチュームの改良頼みたくて、パワーローダー先生にさっ!」
「……俺もだ。ヒーターだけじゃなくて、職場体験に向けて
「Huh? ということは、あの左半身アイスアーマーのコスチューム止めるのか?」
「そういうことになるな」
まだぶっきらぼうながらも、熾念の問いに逐一答えてくれる轟。幾分か、入学当初よりも表情は柔らかくなっているものの、数年の間に染み付いた喋り方というものはそう易々とは直らないものだ。
しかし、戦闘服に冷却装置をつけるということは即ち、『左を使う』と公言しているのも同義。これまで頑なに左は使わないと言っていた彼にしてみれば、かなりの進歩というべき大胆な行動だろう。
「……俺は、職場体験はエンデヴァーヒーロー事務所に行くつもりだ。いくらクズ親父でも、№2であることに変わりはねえ。親父としてじゃなくて、ヒーローとしてのアイツを見てみなきゃ、俺は進めねえからな」
「エンデヴァーの事務所行くのか!? 俺もだぜ!」
「お前も?」
「指名もらってたからな。他にも、ねえちゃんのインターン先のリューキュウ事務所からも来てたんだけど……常時火を纏ってる人の近く居れば、炎に慣れるかなって思ってさ!」
「……そうか。よろしく頼む」
「Yeah!」
どうやら、奇遇にも同じ事務所に行くことを決めた二人。
体育祭にて一位、二位の彼らは、多くのヒーロー事務所の目に留まった。それは№2ヒーロー、エンデヴァーも例外ではなく―――轟はそもそも息子というのもあるが―――将来有望、かつ自身と同じ強力な炎の“個性”を有す彼らに指名を入れるのは、ほぼ当然と言えば当然であったのだ。
轟は、そんなエンデヴァーの指名に対し、過去へのしがらみを一度取っ払った上で職場体験先に決めた。熾念はと言えば、つい先日発現したばかりの『発火能力』をものにするべく、まずは火に慣れようという思惑の上で、四六時中火達磨なエンデヴァーの事務所へ赴くことを決めたという経緯がある。
目的はそれぞれあれど、実りある職場体験となることには間違いない。
そして、少しでも多くの経験を積むには、最高のコンディションでヒーローという職を体験するのが一番であり、その一環としてコスチュームの改良に、サポート科が放課後屯すると言われている開発工房に、二人は訪れた。
「なんかドキドキするな、探検してるみたいで!」
「そうか? まあ、初めて来る場所だから緊張はするかもしれねえが……」
「とりあえず、中に―――」
ノックしようと徐に堅牢な鉄の扉へ手を伸ばした熾念。
次の瞬間、扉の隙間から眩い閃光が溢れ出し、爆音が轟いて扉が熾念に襲い掛かるように吹き飛んできた。
無防備に手を伸ばした熾念は、突然の事態に対応することもできず、勢いよく飛来する扉に顔やら腕やらをぶつける。
そのまま扉は熾念に乗りかかり、部屋の奥から濛々と流れ出て来る煙に、廊下は白一色に染まっていく。
「~~~……っ!」
「……大丈夫か?」
「おや、誰かに乗ってしまったようですね? すみません、すぐにどけます! よいしょ」
なにやら聞き慣れぬ声。
その声の主は、熾念に乗りかかる扉の上で体を起こし、そのまま軽快な動きで廊下へ降り立った。
「いやぁ~、すみません! 体育祭で受けたインスピレーションのままに、グレイトフルなどっ可愛いベイビーを作ろうと思っていたのですが、中々どうしてかうまくいかず爆発を起こしてしまいました!」
「……そうか」
「腕痛ぁっ……!」
扉が衝突して来た際に腕を負傷した様子の熾念。
そんな彼の前に佇むのは、汚れてもいい服装なのか、スチームパンク的な雰囲気を感じられるタンクトップに身を包む桃色髪の少女だ。工作途中であったのか、右手にはスパナを握っている。
「では、私は新たなるベイビーの作製に取り掛かりますので、これで失礼!」
「待て。俺たちはパワーローダー先生にコスチュームの改良の件で……」
機敏な動きで部屋に戻っていく少女であったが、轟が口にした『コスチュームの改良』にピタリと動きを止め、振り向くと同時に凄まじい勢いで轟に迫った。
「コスチューム改良……興味あります!」
「いや、おまえに頼むつもりは……」
「発目ぇ……お前はまたやらかしたのかぁ……!」
「これはこれは! パワーローダー先生、ご無沙汰です!」
ぐいぐい来る少女―――発目に、あからさまに苦手なオーラを感じていた轟であったが、途中廊下から鉄がこすれ合う音を響かせて歩み寄って来たパワーローダーに、ホッと息を吐く。
高校生の平均身長よりも低く、一見子供に見間違いそうなほど小さな体躯のプロヒーロー『パワーローダー』。彼は主にサポート科の授業を受け持っており、ヒーローのサポートアイテムを作る許可証も有していることから、時にはヒーロー科のコスチュームの改良も行う極めて優秀なメカニックでもある。
彼こそ、熾念と轟が求めていた人物であるが、当の本人はというと発目の引き起こした惨事に頭を抱えていた。
「体育祭の所為か分からんが、お前の発明は過激過ぎるんだよぉ……! なにが『爆発こそ芸術です!』だ」
「フフフフフ、先生。
「いい話っぽく言っても無駄なんだよぉ。お前は最初から色々クレイジーだろう。……で、すまんな、そっちの二人。さっきイレイザーから話は聞いたぞ」
まったく悪びれる様子のない生徒は置いておき、パワーローダーは茫然として待っていた二人に目を向ける。
「コスチュームの改良だったな? 小さい改良・修繕だったらすぐ終わるが、轟くんみたいにコスチューム丸々とっかえっこってことになると、申請やら諸々含めて三日は掛かるな。まあ、職場体験には間に合うから安心するんだよ」
「ありがとうございます」
「んで、そっちの君はどうするんだい? 細かいところか?」
新たなコスチュームのデザインを描くようにと、書類を轟に手渡したパワーローダーは、横で待機していた熾念に尋ねる。
「Hmmm……なんて言うか、“個性”の余剰エネルギーで炎出せるっていうのが分かったので、どのくらいエネルギーが溜まってるか視覚化できないかなぁって……」
「……ああ、そういえばそうだったね。君たちは、一位と二位で随分派手な試合してたからよく覚えてるよ」
熾念のコスチューム改良は、『発火能力』に用いるエネルギーがどれだけ溜まっているか、直接目なりなんなりで確認できるようにしてはもらえないかということだ。
未だ自由自在に操れない“個性”。解っているのは、上限を超えた時に暴発させるように放てることと、感情が高ぶった時には比較的溜まっていなくても発動できること。調整すらできないのに時期尚早かもしれないが、改良は早めにしておくに越したことはない。
しかし、“個性”によって発生するエネルギーを確認するのは非常に難しいものだ。
“個性”は『個性因子』によって発現する。だが、その個性因子とはなにかが具体的に解明されていない。
解明されていないものについて、明白な形で視覚化するとはかなりの難題だ。
これには流石のパワーローダーも唸る。
「う~ん……“個性”の余剰エネルギーの視覚化ねぇ」
「難しいですか?」
「もうちょい具体的なエネルギーだったら、やりようはあったかもしれないけど……念動力はなぁ」
「その……こう、エネルギー溜まったら頭がぐわッと熱くなるんですけど」
「体温で分析するにしても、人の体温の上り幅なんてたかが知れてるからね」
「それならこれを用いましょう! 脳波測定器ィ~!」
青い猫型ロボットがポケットから道具を出したかのような擬音が響いてきそうな雰囲気で、機材を取り出してきた発目。彼女は燦燦とした瞳を浮かべながら、呆気にとられてる熾念の手を取る。
「ヒーローの円滑な活動を補助するのが、将来サポートアイテムを作る我々デザイナーの役目! そのためであれば、たとえどのような無茶無知無謀の無理難題であってもなんとかしてみせましょう!」
「Wow、心強いな」
「そしてそちらの驚きさん!」
「轟だ」
「私も微力ながら、コスチュームにデザインを描くのに手を貸します! いえ、是非とも手伝わせてください!」
邂逅当初よりも、ぐいぐい迫ってくる発目に若干気おされ気味の体育祭トップ2。
しかし、二人としてまだまだ卵の女子生徒よりも、プロのパワーローダーの方に手伝ってもらいたいのが本心。
『どうにかしてくれ』と言わんばかりの視線を、パワーローダーに送ったが……
「……まあ、これでもデザイナーの卵だ。知識は豊富だから手伝わせてやってくれ。ここは学び舎。教え子にはできるだけ経験を積ませてやりたいっていう、教師の親心を分かってほしい」
「はぁ……」
「Yes, sir」
「それに、在学中は被服控除でコスチュームの費用は学校持ちだからな。プロに出てから改良するとなると費用がかさむ。今の内に、自分の“個性”に合ったものを作ってもらえるよう、意見は色々と出しておくといい。くけけ……そういう訳だ、発目」
「やった!」
喜ぶ発目に、未だ納得しかねている二人。しかし、話がまとまってしまった以上、彼女の助言は無下にする訳にもいかなくなってしまった。
教師の了承も得たところで、水を得た魚の如くノリノリでウン十万円はする脳波測定器を携え、『さあさあ!』と熾念に迫る発目。
そんな彼女に、パワーローダーが一言。
「で、本音はどうなんだ? 発目」
「体育祭のトップ2のコスチュームを手掛けたとなれば、私というデザイナーの名が広まって、将来的に私作のどっ可愛いベイビーが大企業の目に留まりやすくなります!」
「だと思ったよ……」
はぁ、と呆れたようなため息を吐くパワーローダー。
あけすけだ、と二人は思うより他なかった。
☮
時は過ぎ職場体験当日。
雄英の最寄り駅に集まるA組の面々は、各々のコスチュームが収められているケースを携え、これから世話になるヒーロー事務所へ向かうのだ。
期間は一週間。人によっては九州にまで行く者もおり、ヒーロー科にとっては体育祭に続く中々のイベントとなっている。
「コスチューム持ったな。本来なら、公共の場じゃ着用厳禁の身だ。落としたりするなよ」
「はーい!」
「伸ばすな。『はい』だ、芦戸」
「はい……」
「くれぐれも失礼のないように! じゃあ行け」
相澤に注意されてシュンとする芦戸にほのぼのとした雰囲気になりながら、生徒たちは早速移動を開始する。
「焦凍、案内頼む。俺広い駅苦手なんだ」
「……そうか。じゃあ、付いてこい」
「Thanks!」
この一週間、コスチュームや職場体験先などで関係を深めた熾念と轟は、エンデヴァーヒーロー事務所の最寄り駅へ向かうべく、共に行動を始める。
だが、ふと轟の足がピタリと止まり、彼の目線が緑谷と麗日が見送る飯田の背中へと向けられた。
普段通りのガタイのいい背中。しかし、心なしか重苦しさを感じるオーラは、かつての轟を彷彿とさせるものであった。
「インゲニウム……ヒーロー殺しに襲われたんだっけな」
「あぁ」
飯田の兄・ターボヒーロー『インゲニウム』は、体育祭当日に『ヒーロー殺し』と呼ばれる敵に襲撃され、重傷を負ったとニュースで大々的に報道されていた。
過去十七名ものヒーローを殺し、二十三名ものヒーローを再起不能に陥れた所業は、“オールマイト”以降の単独犯罪者としては二番目に位置する殺人数を誇る。犯罪史上に名を残すであろう敵―――その名も『ステイン』。
「保須市だったか?」
「……そうだな。飯田の職場体験先も保須だそうだ」
「Hey, Hey……それって」
「俺がしゃしゃり出れる問題でもねえ。それに、緑谷がもうなんか言ってたっぽいしな。今は、変な気ィ起こさないこと信じるしかねえだろ」
踵を返して改札口へ向かう轟。
そんな彼の背を一瞥し、熾念は朗らかに笑みを浮かべた。
「HAHA! 焦凍もだいぶ変わったなっ」
「? なにがだ」
「Never mind! ほら、早く事務所に行こうぜ!」
「……おう」
はぐらかされたことに、表情にはそれほどでないもののムスッとする轟は、電子マネーを改札に翳して電車へ向かっていく。
熾念もまた、そんな彼の背中を追って№2が佇む事務所へ向かうのであった。
☮
「Wow……wide」
「無駄にな」
高級ホテルのエントランスのようにシックで広大な部屋に、感嘆の言葉を漏らす熾念とばっさり切り捨てる轟。
ここは他でもないエンデヴァーヒーロー事務所のトップであるエンデヴァーの仕事部屋だ。と言っても、ヒーローの仕事のほとんどは市中でのパトロールにあるのだから、あくまでも書類仕事の時だけに用いる部屋なのだろう。それにしても広大だ。
逆に不安を覚えてしまいそうな部屋の奥に佇むのは、コスチュームとゆらゆらと陽炎のように炎を揺らすエンデヴァーだ。
「よく来た。歓迎するぞ」
「一週間よろしくお願いします!」
「ああ」
「……」
「……」
(え、なにこの沈黙。ヤダ)
熾念が軽くエンデヴァーと挨拶を交わした後、黙って見つめ合う轟親子。
除け者にされた気分で、熾念は気が気ではない。
だが、そんな隣の友人に気を遣ったのか、ようやく轟が口を開いた。
「……一週間世話になる」
「待っていたぞ焦凍。ようやく覇道を進む気になったか」
「あんたが作った道を進む気はねえ。俺は俺の道を進む」
「フッ、まあいい」
とても親子の会話とは思えない内容だ。
『覇道』とエンデヴァーが口にした時、一瞬熾念が反応したのは秘密である。
「あの……ちょっといいですか?」
「む? なんだ」
「よかったら、俺を指名してくれた理由をお教えいただけたらと……」
再び先程の沈黙へ戻りそうなのを感じ取った熾念は、すかさず適当な話題をエンデヴァーに投げかけた。
彼の問いに腕を組むエンデヴァーは、数秒思案した後にへの字口を開いて語り始める。
「波動くんだったな。体育祭は見せてもらった。ウチの焦凍と互角の戦い……それに準決勝でのガッツは中々のものだった。加えて、君の“個性”の汎用性は目を見張るものがある。べた踏みの炎の“個性”の方は兎も角、ポテンシャルの高い“個性”とそれを扱うに足りる身体能力。総合的に見て、君を指名するに至った」
「……ありがとうございます!」
予想以上に褒められたことに、思わず頬が緩んでしまう熾念。隣の轟はどこか不満げであるが、友人の気を悪くするまいとグッと我を抑えている。
するとエンデヴァーは、畳みかけるようにその強面に笑みを浮かべた。
「それに、ウチの焦凍は最近になって
「Huh?」
「発展なくして存続はなし。この超常社会もヒーローも、発展がなく停滞が続けばいつかは崩れ去る。ならば、大人が後進のために手を尽くすのは当然と言うもの」
そこまで言うと、徐に掌から業火を滾らせた。
思わず肩を跳ねさせる熾念の横では、轟が不快そうに眉を潜める。
「同じ炎の“個性”を持ち、実力も炎の練度も同等……であれば、二人には俺が炎の扱いというものを見せる他ないだろう」
にやりと浮かべる不敵な笑み。
並々ならぬ上昇志向より行った鍛錬より身に着けた、地上最強の炎の“個性”と呼ばれるエンデヴァーの『ヘルフレイム』。
眼前にすれば、息をするのもままならぬほどの熱気が喉を焦がし、血肉が沸騰しそうな気分になる。熱による汗か、はたまた冷や汗か。どちらか区別できぬほどに汗を垂らす熾念は、メラメラと燃え上がるエンデヴァーの炎を前に硬直する。
(これが№2……!)
固唾を飲もうとする。しかし、飲み込めるほどの唾さえ口内には残っていなかった。熱さに当てられ乾いてしまったのだ。
「さあ、出かけるぞ二人とも。俺がヒーローというものを見せてやる」
燃焼系ヒーロー・エンデヴァー。
№2の名は伊達ではない。自分たちと隔絶した地位に居ることを、熾念がはっきりと認識した瞬間であった。
一方その頃、緑谷はと言うと……
☮
「オ゛ロロロッ!!」
「どうした、受精卵小僧! この程度でゲロ吐いてたら、救えるもんも救えんぜ!?」
「う゛ッ……もう一回お願いしま゛す!」
「よし来た! ワン・フォー・オールの調整がある程度できてる今、やることは発動したまま一定時間動くのを何セットも行うこと! それが許容上限を上げるのに手っ取り早い方法だ! 短時間で自分を追い込め!」
「はい!!」
「行くぞッ!」
オールマイトの恩師『グラントリノ』の下で、師匠の学生時代を彷彿とさせる嘔吐を見せながら、鍛錬に早速明け暮れていたのだった。