Peace Maker   作:柴猫侍

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№26 掲げろ! ピースサイン

 数度、スタジアム上空で色とりどりの煙が花火のように爆ぜ、祝福の時が迫っていること表彰台の前に集まる者たちや観客に告げていた。

 激闘が幾度となく繰り広げられたコンクリートのステージはなくなり、代わりに最終種目において優秀な成績を収めた上位四名が、円柱型の台の上に立っている。

 の、だが……

 

「ん゛ん゛~~!!」

 

 包帯だらけの緑谷の横で爆豪が、わざわざ用意されたコンクリートの壁にベルトで締め上げられ、手には彼の“個性”を用いられないようにと、これまた頑強そうな手錠がかけられていた。

 口にも叫べないようにと轡が嵌められ、傍から見れば重罪人の処刑前のような光景にも見えなくないが、彼はれっきとした三位という優秀な成績を収めた者だ。

 

 しかし、気を取り戻してから『表彰なんていらねー!』と暴れ叫んだ為、プロヒーローである教師総動員で拘束し、現在に至っていた。

 

「か、かっちゃん……もうすぐ表彰だから……」

「ん゛ん゛! んんんんんんん゛ん゛んんゥ~!」

「わッ、ご、ごめんよ!」

 

 何故か話が通じている様子の緑谷。流石は幼馴染と言ったところか。

 

「さっ! それではこれより表彰式に移ります! メダル授与よ!」

 

 そんな爆豪を華麗にスルーしながら、ミッドナイトは司会として式の進行を務める。

 

「今年メダルを贈呈するのはもちろんこの人!」

「ハーハッハッハ!!」

 

 盛り上げるようにミッドナイトが声色を上げた瞬間、高らかな笑い声を上げながら姿を現す影。

 スタジアムの照明がある高所に仁王立ちとなる男は、手を腰に当て、そのV字に逆立つ髪の毛を風に靡かせつつ、徐に飛び上がった。

 

「私が、メダルを持って来―――」

「我らがヒーロー、オールマイトォ!!」

「た……」

 

 見事なまでに被った。

 かっこよく登場したオールマイトも、常套句とも言える自身の言葉を遮られてしまい、煮え切らない様子でプルプル震えている。

 ミッドナイトは合掌して謝るも、オールマイトの背中から一抹の寂しさが拭えることはない。

 

 だが、時に見せるしっかり決まらないといった部分も、オールマイトという№1ヒーローを造り上げている要素と言うべき部分。所謂、愛嬌というものだ。

 

 そんな愛嬌たっぷりのオールマイトは、気を取り直して携えてきたメダルを渡すべく、表彰台へ歩み寄っていく。

 まずは、ガチガチに緊張している緑谷だ。

 彼の首に銅メダルをかけるオールマイトの笑顔は、快活ながらもどこか穏やかな―――それこそ、息子の成長を喜ぶ父親のような優しさが滲み出ていた。

 

「緑谷少年、おめでとう!」

「うわぁ~……! ありがとうございます、オールマイト!!」

「見違えたよ。“個性”がコントロールできるというだけで、これだけできることが広がるということは身に染みて分かった筈だね! 他にも色々言いたいことはあるが……もう一度! 本当におめでとう!」

「はいィ……!」

 

 ギュっと緑谷を抱きしめるオールマイト。緑谷は感涙を流し、オールマイトの抱擁が終わった後は、自身の顔が反射するほどに磨かれている銅メダルを覗き込んだ。

 たとえ銅メダルであったとしても、彼にとってはオールマイトに手渡されたというだけで、金メダル以上の価値を有す物へ昇華するのだろう。

 

 と、感動を覚えている横では、延々と爆豪が暴れ続けていた。

 

「さて、爆豪少年! ……っと、こりゃあんまりだ」

 

 ガッチャガッチャと鎖を鳴らす爆豪を見かねたオールマイトが、嵌められていた轡を取る。

 

「伏線回収とはいかなかったが、見事な成績だ! 次は―――」

「オールマイトォ……こんな順位、何の価値もねえんだよ!! 一位以外は全部ゴミみたいなもんなんだよォ!!」

 

 異形型と見間違いそうなほどに目を歪ませる爆豪。それだけ、三位という順位に不服なようだ。

 元々、プライドの高い方であり、尚且つ完璧主義的な一面も存在する男。それが普段のストイックさに繋がっているという良い面もあれば、このような悪い面も存在すると言う訳だ。

 

「うむ! 相対評価に晒されるこの世界で、不変の絶対評価を持ち続けられる人間はそう多くない! 受け取っとけよ! 傷として! 忘れぬよう!」

「要らねっつってんだろうが!!」

「まァまァ……セイッ」

 

 頑なに銅メダル授与を拒む爆豪であったが、悔恨と激怒に満ちている故に凄まじい咬合力を発揮する口を逆手にとられ、カミツキガメにわざと咬ませる要領で口に掛けられた。

 

 次にオールマイトが向かったのは、一位が立つ台を挟んだ先に居る男子生徒。

 

「波動少年、おめでとう!」

「Thank you so much! オールマイト!」

「ハハッ! いつもどおり元気いっぱいだな! それが君の取り柄さ!」

 

 満面の笑みを浮かべて、首に銀メダルをかけられる熾念。

 だが、笑顔といっても目の下には尋常ではない隈がある。気を抜けば今すぐにでも眠ってしまいそうなほど、彼は疲弊しているのだ。

 それでもなんとか気を保っているのは、表彰式というビッグイベントがあるからである。

 

「……どうやら君は、準決勝で大きな一歩を踏み出せたようだ。正直、驚いたよ」

「HAHA、俺もです。……そうだ、改めてお礼を! あの時は本当にありがとうございました! オールマイトが救けてくれたから、今の俺があります」

「なにを! 人を救けるのがヒーローの使命!」

「って、オールマイトなら言うと思ってました! 俺もそんなオールマイトみたいに、いつも笑顔を絶やさない強いヒーローになりたいって、ずっと思ってここまで来ました。どうでしたか、俺の笑顔?」

 

 二カッと白い歯を見せて、受け取った銀メダルを顔の横に掲げてみせる熾念。

 そんな笑顔を見て、オールマイトの笑みの影はより一層濃くなり、熾念への抱擁を始める。

 

「素晴らしい笑顔だ。百点満点だな! 笑顔を常に絶やさない……それがいつか、君にとっての大きな武器になる筈だよ」

「Yeah!」

「さて……三位二位ときたら、次は君だ! 轟少年!」

 

 黄金に輝くメダルを携えたオールマイトは、薄い笑みを浮かべた轟の首へとそっとメダルをかけた。

 

「おめでとう。決勝で自ら左側を使ったのには、ワケがあるのかな?」

「……緑谷戦でキッカケをもらって、わからくなってしまっていました」

 

 これまで右側しか用いなかった轟の心境の変化をくみ取ったオールマイトは、あえてその理由を問いかける。

 すると轟は、ポツリポツリと呟くように話し始めた。

 

「思えば……今迄はずっと、自分の為だけに力を使っていました。強迫観念みたいに、自分を押し潰すように。でも、誰かの為に使おうと思ったらほんの少し心が軽くなった」

 

 穏やかな風に晒されるメダルを手に取って覗き込む轟。

 

「俺には清算しなきゃならないモノがあります。その一歩の為には、誰かの手を借りて前に進まなきゃダメだった。俺は弱いです。誰かを救けるっていう理由をこじつけて、対価に救けて貰おうとしなきゃ前に進めなかった。それでも……それだけ俺には大事な一歩だったんです」

「……顔が以前とは違う。だが、自分の弱さを認めることは決して悪い事ではないよ。ここは学校。級友と救け、救けられ合う場なのさ! 一人で乗り越えられぬ壁は友人と一緒に……超えた時、君は掛け替えのない物を手に入れられる筈だ。Plus Ultraだよ、轟少年!」

「……はい」

 

 何かを噛み締めるような顔で俯く轟。

 その表情は、笑いを堪えているようにも、涙を堪えているようにも窺えた。

 

 生徒の成長にウンウンと喜びながら頷くオールマイトは、徐に振り返り、丸太のような腕を広げてみせる。

 

「さァ!! 今回は彼等だった!! しかし、皆さん! この場の誰にもここに立つ可能性はあった!! ご覧いただいた通りだ! 競い! 高め合い! さらに先へと登っていくその姿!! 次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!!」

 

 ヒーロー科だけではない。

 普通科の者やサポート科の者が勝ち進んだように、誰もがヒーローとしての資質を備え、今や今やと発芽の時を待っている者達も居る。

 

 だが、既にグングン目を伸ばし、既に咲き誇った花にも負けず劣らないほどの成長を見せた者達が居る事も事実。

 将来安泰―――とまでは言わないが、陽の下で育つヒーローの芽は、その存在を全国に知らしめた。

 

「てな感じで最後に一言!! 皆さん、ご唱和下さい!!」

 

 拳を天高く掲げるオールマイト。

 『これはまさか!?』という期待がスタジアムに奔り、誰もがその時を待ちかねてウズウズと体を揺らす。

 

「せーの」

「プルス―――」

「おつかれさまでした!!!」

「ウル……えッ!?」

 

 見事なまでに、オールマイトと観客が叫ぶ言葉の齟齬が生じ、グダグダな唱和となってしまった。

 

「そこはプルスウルトラでしょ、オールマイト!!」

「ああいや……疲れたろうなと思って……」

 

 今度は満場一致のブーイングが、平和の象徴へ遠慮なく向けられる。

 てっきり観客は、彼の母校である雄英の校訓『Plus Ultra』を叫ぶものだとばかり思っており、他でもない生徒もまた、その言葉を叫ぶべく身構えていた。

 

 しかし、とんだ期待外れだ。

 生徒からのブーイングも止むことはない。

 

 そのように、締まらない表彰式も終わり、今年の雄英体育祭は幕を下ろすのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「おつかれっつうことで、明日明後日は休校だ。プロからの指名等をこっちでまとめて休み明けに発表する。ドキドキしながらしっかり休んでおけ」

 

 HRにて、学校行事後特有の休業日を相澤から告げられ、疲弊したA組の面々(一部を除き)も喜色に溢れた様子で放課後へと移る。

 『休業日にどこか皆で遊びに行こう!』や『お疲れ会しようぜ!』などとクラスの皆が談笑する中、一人の男がテンションMAXで声を張り上げた。

 

「出久ー! 勝己ー! 焦凍ー! 折角一位二位三位揃い踏みなんだから、一緒に写メ撮ろうぜ!!」

 

 カメラモードを既に起動したスマホを掲げ、疲労を感じさせない様子で写真を取ろうと謳う熾念。

 

「知るか! 勝手に撮ってろ、似非バイリンガルが! 死―――」

「おや? 賭けはどうなったんだっけか、勝己」

「~~~……!! 俺はもう帰るぞゴラ!!」

「Goodbye♪ 達者でな」

 

 未だ怒りが晴れない爆豪は、熾念の誘いを当然の如く断って大股開きで教室を去っていく。そう、彼は熾念との賭けに負けてしまった所為で、常用していた『死ね!』や『ブッ殺す!』といった暴言を発せなくなってしまったのだ。

 普段から行っていることを制限されると、人間は自然とストレスを感じてしまう。これからヒーローとなる身であることを考えれば、遅かれ早かれ矯正しなければならないものであったが、いつまで続くか分からない賭けの内容の行く末は不安しかない。

 

「っと……勝己帰っちゃったし、俺たちで撮ろうぜ!」

「う、うん!」

「……ああ」

 

 三位の爆豪が去ってしまったが、三位はもう一人居る。

 包帯だらけの緑谷、そして一位の轟をスマホの画面に入り込むよう誘導する熾念。

 

「ほら、メダル持ったか!? ピースして、笑顔でなっ!」

「わわっ……なんか緊張する……!」

「証明写真じゃねえんだから、緊張する必要もねえだろ」

 

 ガチガチに緊張する緑谷を余所に、至極真面目な様子で金メダルをそっと持ち上げる轟。

 左から熾念、轟、緑谷の順に並び、熾念はスポーツ選手がやるように銀メダルを噛んでみせたりと、茶目っ気たっぷりで撮影準備を進める。

 

「波動ちゃん、私が撮ってあげるわ。スマホ貸してちょうだい」

「Wow、梅雨ちゃんThanks!」

 

 しかし、中々収まりが芳しくない三人を見かね、A組のお姉さん的存在の蛙吹が手伝いを申し出る。

 

「三人とも、撮るわよ。三、二、一、ケロッ」

 

 熾念のスマホを手に取った蛙吹は、慣れた手つきで画面をタッチして操作し、各々の笑顔を見せる三人の撮影を遂行してみせた。

 

「ふぅ、ありがとう蛙す……ゆちゃん!」

「悪ィな、蛙吹」

「梅雨ちゃんと呼んで」

 

 写真の撮り映えが確認できる向きで、スマホを返してくれる蛙吹。

 まるで三人が旧知の仲であるかのような、仲睦まじい様が映しだされている。中々の出来栄えに、スマホを貸した熾念が再度感謝の言葉を述べると、蛙吹は『友達だから気にしなくて大丈夫よ』とだけ告げて、帰路のつこうとする他の女子たちと共に帰っていった。

 そうしている間にも、ジッと蛙吹が撮った写真を見つめる轟。

 

「……波動。後で、俺の携帯にその写真送ってくれ」

「Huh? HAHA、元からそうするつもりだったぜ! 勿論、出久にもなっ」

「ホ、ホント!?」

「いや、逆に送らない奴の方が少ないと思うぜ?」

 

 わざわざ三人で撮った写真を独り占めしようとする者は、世間を見ても中々居ないことだろう。

 

「でも、焦凍から欲しいって言うのは意外だったなっ」

「……姉さんが、『学校に友達居るのか』って口うるさいからな。これ見せつけてやる」

 

 数秒目を泳がせた轟が、あらぬ方向を見遣りながらそう語る。

 嘘が苦手だ。轟自身も、両隣りに居る熾念と緑谷も、必死に考えた理由を微笑ましく思いながら、再度写真をじっくり眺める。

 

 ぎこちない、温度に差があるなど、感想としては色々浮かび上がってくるが―――全員が笑顔の一枚を。

 

 

 

 ☮

 

 

 

「んぁ」

「うぇ」

 

 昼間は快晴で青一色だった空に、ちょうど朱が差しかかった頃、駅前のコンビニからアイスを齧りながら出てくる熾念と拳藤が偶然居合わせた。

 以前もこんなことがあったなぁ、とデジャヴを覚える二人は、いつもの感覚で横並びになって帰路につく。

 

「おう、二位おめでとさん」

「You’re welcome」

 

 あっけらかんとした様子で話し始める二人。

 

「疲れてるか?」

「それなりに……」

「眠いだろ」

「……That’s right」

「そんだけ目が虚ろだったら分かるわな、ははッ」

 

 疲れている熾念を慮ってか、拳藤は他愛のないことを端的に言い放って会話を繋げていく。

 普段であれば、外国人が務めるテレビショッピング並みにペラペラ喋る熾念が、これだけ物静かなのだから、相当疲れているのだろう。まあ、あれだけの試合を行ったのだから無理はない。そう考える拳藤であったが―――それは間違いであった。

 何かの機会を窺うようにチラチラと横に目をやり熾念は、挙動不審と言うよりほかはない。

 

(ん、どうしたんだコイツ?)

 

 その挙動不審さは拳藤にも伝わるほどのものあった。

 ほんのり彼の頬に朱が差していることは、夕焼けに光に紛れて見えることはなかったが、やけに緊張した様子であることは窺える。

 

「Ah……一佳、ちょっとそこ寄らないか?」

「そこ? おっ、公園じゃん。懐かし!」

 

 熾念が指差すのは、小さい頃よく一緒に遊んだ公園。

 特に目立った遊具はないものの、幼少期は彼を連れてよく遊びにきたものだと、懐古の念が拳藤の胸の内に込み上がってくる。

 

「はぁ~……昔はすっごい広く感じたのに、いざ高校生にもなってみると、案外狭く感じるもんだな」

「Hmmm……」

「? ホントどうした、おまえ。疲れてんなら早く家帰ったらどうだ?」

「いや、そういう訳じゃないんだ! あのさ……賭け、あったろ?」

「賭け……あぁ、あの賭けの体を為してない奴のことか。おまえが勝ったんだよな」

 

 適当に近くにあったブランコに腰掛ける拳藤と、アイスを齧りながら話を続ける熾念。

 火照る身体を冷まそうとアイスに貪りつく熾念は、あっという間にアイスを完食し、余った棒を公園に設置されているゴミ箱に放り投げた。

 

「そのさ……賭けの内容なんだけど」

「おう?」

「好きです、付き合って下さいっ」

「……は?」

 

 ぺこりと丁寧に腰を折り曲げながら、右手をスッと差し出す幼馴染の姿に、ブランコを漕いでいた拳藤は怪訝な表情を浮かべる。

 

 一拍、二拍、三拍。

 

 数秒言われた言葉の意味を考えた拳藤は、ポンッと手を叩いて声を上げる。

 

「成程、そういうことか」

「……Huh?」

「そーいう体のドッキリってことだな! いやぁ~、ビックリした。でも、そうだよな。じゃないと、賭け釣り合わないしおかしいなぁ~とは思ってたんだよ。うん、結構ビビった。何事だ!? ってさ」

 

 ケタケタと笑う拳藤は、得心したような口ぶりで依然手を差し伸べたままだが、顔を上げて茫然としている熾念を見遣る。

 

 彼にとっては一世一代の告白。しかし、相手はドッキリであると勘違いして気に留める様子は一切ない。

 だが、わざわざ体育祭前に自分の長い片思いに終止符をつけるべく決めた賭け。冗談で済ませようとは毛頭思わない。すぐさま、あっけらかんとした様子でブランコを漕ぐ拳藤を念動力で引き寄せ、鎖を掴む彼女の手をギュッと握り締める。

 

「Hey……ドッキリじゃなくて」

「は? いやいや、だって……」

「俺は小学校の時から……その……好きでして」

「え?」

「こう……折角体育祭あるんだから、いい成績とってカッコいいとこみせてから告白したいなぁ~、なんて……」

「寝ぼけてんのか?」

 

 始めは冗談と捉えていた拳藤も、だんだん様子がおかしい熾念に気付き、頬に汗を伝わせる。

 それもその筈。彼女は熾念のことを、自分が僻んで目の仇にしたせいで、仲睦まじいとは言い難い仲であると思っているのだから。

 

 そんな熾念が自分のことを好きだと告白すれば、混乱も当然な訳で―――

 

「できれば一位が良かったけど……」

「いやいや」

「でも、一位がとれなかったからって、一度約束した手前自分に嘘つけないし……」

「いやいやいや」

「いつまでも、うやむやにしたくないっていう気持ちもあって……」

「いやいやいやいや」

「初恋くらい、自分でちゃんと想い伝えたいって―――」

「いやぁ~~~!!!」

 

 動悸が激しくなった時、拳藤は反射的に『大拳』を発動させ、熾念が握っていることによって拘束されている手を振りほどき、目の焦点が定まらぬまま駆け出した。

 

「ええ!?」

 

 そんな拳藤に熾念は驚くしかなく、『いや』と叫んで走り去っていく女子高生の背を追えず、一人公園に立ち尽くす。

 

「嫌って……」

 

 残念、同音異義語だ。

 しかし、顛末からそうとしか捉えられなかった熾念は、暫し茫然と拳藤の叫びを脳内でセルフリフレインさせて、ショックを受けて茫然とするのであった。

 

 一方、拳藤はと言うと、

 

(あいつが私のこと好き!? 小学校から!? は!? え!? じゃあ……)

 

 ドタドタと走るには適してはいないローファーで、コンクリートの地面を踏みしめる。

 一心不乱に家へ向かう彼女の顔は、夕焼けの中でもはっきり分かるほどに、赤く染まっていた。

 

(ずっとアイツ、私のこと好きな異性として見てたのか!?)

 

 溢れ出る羞恥は留まることを知らない。

 今迄腐れ縁に対する態度と思っていたものは全部、好きな女子に対する態度へ変換されたのだ。これまで過ごしていた数年間の九割方が、それに変換される。

 登校時の他愛のない駄弁りも、受験へ向けての勉強会も、ほとんどが……。

 

 気が付けば家に着いていた。

 息も整えずの全力疾走。酸欠で朦朧とする意識の中、制服のままベッドの上に転がる。

 

(……なんか、ドッと疲れた)

 

 体育祭の比ではないほどに。

 心の中でそう呟く拳藤は、綺麗に敷かれていた毛布をギュッと抱きしめ、瞼を閉じる。

 

(って言うか、変なこと言って逃げて来ちゃったな。後で……謝らないと)

 

 火照る体は柔らかな布団に沈み込む。

 心地よい感覚に埋もれる拳藤は、意図せずして眠りについてしまうのだが、その間に携帯に届いた幼馴染のメッセージに気付くことはなかった。

 


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