Peace Maker   作:柴猫侍

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№25 くべろ! 熾きろ! 燃え尽きろ!

「つつつ……」

「あ、デクくん! 手術終わったんだね!? よかった~!」

 

 包帯だらけで痛々しい姿でやってくる緑谷。そんな彼の登場に、麗日がホッと安堵の息を吐いて出迎える。

 

「今ステージの補修作業なんよ!」

「補修? 僕と轟くんのじゃないよね? じゃあ、もうかっちゃんと波動くんの試合が終わっちゃったのかぁ」

 

 緑谷は、是非とも観戦してみたかった試合が済んでしまったことに残念そうに俯きながら、麗日に手招かれて彼女の隣の席に座る。

 腰を下ろす緑谷に、絶え間なく労いの言葉がかけられ、三位という好成績を祝福する賞賛といった内容も贈られた。この体育祭は三位決定戦を行わない為、必然的に三位は二名となるのだ。

 つまり、今年の三位は緑谷と爆豪の二人。幼馴染揃って同じ表彰台に上るとは、なんと因果なことだろうか。

 

「……あれ、飯田くんは?」

「あ……あのね、デクくん。飯田くんは、家の事情で早退しちゃったんだ」

「家の事情?」

「うん。詳しい事情は後で話すから……」

「あ、うん! ありがとう、麗日さん!」

「ごめんね。でも、私がホイホイ言ってもいいような内容じゃないから……」

 

 神妙な面持ちで、飯田が早退したことを告げる麗日。

 どうにも穏やかな内容ではなさそうなものであることを察した緑谷は、食い下がることをせず、自分が保健所で手術を受けている間に終わってしまった準決勝について尋ねた。

 

「話変わるけど、かっちゃんと波動くんの試合、どんな感じだった?」

「二人の試合……うん、凄かったんよ! 波動くん、爆豪くんの爆発をめっちゃ青い炎で打ち消して!」

「へ?」

「こう……上手く言えないんだけど、VTRで確認できるから見よ!」

「そう? じゃあ……」

 

 見逃した分の試合の様子は、後々VTRで確認できる親切仕様だ。

 そのお蔭で、数か月後とあるイベントで苦労することになるのだが、そのことをヒーロー科はまだ知らない。

 

(波動くん、炎なんて使えたっけ……?)

 

 麗日とVTRを確かめようとする緑谷は、彼女が発した一言に引っかかりのような覚えながら、激戦を記録した映像に目を向け始めるのであった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

―――君の力じゃないか

 

 

 

「……」

 

 控室に佇む轟は、準決勝で対戦相手に言われた一言を、ずっと脳内でリフレインさせていた。

 考えたこともなかった。自身の半身は、忌むべき父親の“個性”。故にもう半身の母親の“個性”のみを用いて、トップを目指したのだ。十年余り、延々と己の“個性”を両親の力とばかり考えており、自分自身の力と思ったことはなかった。

 頭を強く殴られたような―――実際殴られたが―――衝撃が、今のジンジンと胸の内で渦巻いており、どうすればいいのか分からないような表情で、ジッと目の前の机とにらめっこをする。

 

(俺は……)

 

「Toot♪ ……Huh?」

「……波動?」

 

 陽気な口笛の音色が奏でられながら扉が開かれる。

 その先には、緑谷には及ばぬもののかなりの量の包帯を体に巻きつけている波動が、驚いた様子で立ち尽くしていた。

 

「あれ、こっち1じゃ……ああ、ここ2かッ! Sorry、間違えた!」

 

 控室の番号を間違えてやって来た辺り、彼も相当疲れているのだろう。

 そんな他愛のないことを考えながら、合掌して去って行こうとする熾念の背中を見遣る。

 

(……アイツ、準決勝で確か炎を)

 

 その時だった。観戦していた熾念と爆豪の試合の光景が、脳裏を過ったのは。

 彼は、過去に火事に遭って両親を亡くし、それから火がトラウマだと告げていた。であるにも拘わらず、先程の試合ではクラスメイトも何度か目撃した爆豪の最大火力の爆破を、青い炎で相殺したのである。

 隠し事をするようなタマには見えない。

 寧ろ、元からそのような“個性”があったなら、最初の屋内対人戦闘訓練において、自分の氷結を喰らった時に炎で溶かして脱出した筈だ。見るのも憚れる流血姿を晒してまで、念動力で破砕しようとは思わない。

 

「―――波動、ちょっと待て」

「What’s wrong?」

「……少し、話してえことがある」

「……そ、そうか?」

 

 思わず熾念を引きとめてまで話をしたかったこと。

 それは―――

 

 

 

 ☮

 

 

 

「Hmmm……焦凍も、中々Heavyな過去あるんだなぁ。でも、なんでそんなこと俺に?」

「……そう誰彼構わず話す内容でもないからな。だが、お前には話さなきゃなんねえって……そう思っただけだ」

 

 向かい合うようにして座り、話しあう二人。

 内容は轟の過去―――緑谷にも話した、左半身を使わぬ理由となる過去であった。家庭内暴力にも似た内容から、いつも明るい笑顔を浮かべている熾念も、場を弁えて神妙な面持ちになっている。

 

「お前の両親が亡くなったってのとおんなじだ。他人に話して、良い気分にさせるもんじゃないからな。お涙頂戴してもらいてえ為に話すもんでもねえ」

「……ま、それもそうか」

「で、本題がだ」

「あ、まだ本題じゃなかったのか?」

「……単刀直入に訊く。おまえが準決勝で使った炎、ありゃあなんだ?」

 

 俯かせていた顔を上げ、目を見開く熾念の顔を見つめる。

 純粋な疑問だった。自分と同じ“火”に対する嫌な思い出がある彼が、あの場面で火を使ったことが。

 以前であれば、相手が気圧されてしまう程の眼力で睨んでしまう所だったが、緑谷戦以降、心がどこか落ち着かないながらも穏やかな気分になれた。その為、熾念に問いかける際の声色は、とても優しいモノになる。

 

 一方熾念はと言うと、『Ah……』と唸りながら頭をガシガシと搔き、なんとか考えがまとまったような所で口を開いた。

 

「分からないっ!」

「……分からない?」

「Yeah! なんつーか……『もう駄目だ』って思った所で気張ったら、ぐわっと身体ん中が燃えるように熱くなって、気が付いたら炎撃ってた……そんな感じ?」

「意図的に放ったものじゃねえってことか?」

「That’s right!」

 

 轟の言葉に、両手をピストルの形にして爽やかな笑顔を見せる熾念。

 思ったような回答が得られなかったことが少々残念であったが、本人が知らぬというのだから、これ以上問い詰めても仕方がない。

 

「そうか……わざわざ止めて悪かったな。じゃあ―――」

「でもさ、炎使えた時になぜだか分からないが、嬉しい気持ちになったんだ」

「……嬉しい?」

「『“個性”というものは親から子へと引き継がれていきます』……昔見たテレビ番組で、オールマイトがそんなこと言ってたんだよ。だから、俺の“個性”は俺自身のものでもあるけど、両親ありきだったってことでさ」

 

 掌をジッと見つめる熾念は、ほんのりと浮かび上がる緑色の光の輪の中心に目を遣った。

 

「ずっと、『念動力』だけが俺の“個性”だと思ってた。でも、まだ俺の中には“個性”が眠ってた! これってつまり、母親と父親……どっちの“個性”も引き継いだってことだろ?」

「……片親が複合型の“個性”じゃなければな」

「お、それもあったな! ……まあ、親の顔もロクに思い出せない俺からしていれば、俺の“個性”が俺を生んでくれた人たちが居たって言う証明な訳でさ」

 

 徐に拳が握られる。指の隙間から溢れる幽玄な光は、心なしか喜色に満ちていた。

 

「―――俺の中に、母さんと父さんは生きてる。繋がってるってことが、言葉に上手く表せない感じで嬉しいんだよ」

 

 ヒュッと息を飲む音が聞こえたが、それが自身のものであると気付くには、数秒を要した。

 『血に囚われる必要はない』。かつて母に言われた言葉をようやく思い出せた後で、これまた別の衝撃的な内容であった。

 

(そういう考え方もできるんだな……)

 

 “個性”を自分のもとは考えず過ごした十年。

 しかし、“個性”は自分自身のものであると、緑谷に気付かされた。

 そして、未だ心の整理がつかぬ中で告げられた、自分と親の“個性”の繋がりに喜びを覚えるという感覚。

 

 ジレンマだ。どれだけ“個性”を親のものだと割り切ろうとも、自分だけのものと割り切ろうとも、その間に存在する繋がりは決して無視できるものではない。

 暗に、これから自分はその間に生ずる葛藤に悩ませられなければならないと思うと、左目の火傷痕がジクジクと疼き始める。

 

「……俺は」

「あ、焦凍の気持ちは分かるぜ? いや、他人に分かられてもムカつくかっ。う~ん、でもエンデヴァーが世間から見れば大分……その……イケない感じのアレと」

「遠慮すんな。寧ろ、包み隠さず言ってくれた方が清々する」

「……そうか? エンデヴァーが大分クソな方ってのは理解できるさっ。焦凍が、母親を傷付けられたから、反抗したいっていうのもなんとなくだけど分かる。でもさ、焦凍は父親を否定するばっかりで、なんでそうなったかは知ってるのか?」

「? ……そりゃあ、オールマイトがいる所為で№1になれねえからだろが」

 

 この時ばかりは、声色が冷たいものとなってしまった。

 思わず頬を引き攣らせる熾念の表情を見て、『ついやってしまった』というような考えが浮かんでしまう。

 だが、訊かれたことに答えただけなのだから、多少は許してほしいものだと、轟は心の中で呟く。

 

「Yeah。まあ、話は聞いてたから俺でもそれは分かるよ。差し出がましいかもしれないけど、俺が知ってほしいと思うのは、エンデヴァーがどんな思いでそんなことしてきたか、だ」

「……どんな思いで?」

「万年№2って言っても、№2も充分凄いだろ? 努力だってめちゃくちゃしてきた筈さっ。それでも越えられなかったのがオールマイトっていう壁で……根っからクソ親父って訳でもないだろうしな」

「……どうだかな」

「HAHA、そりゃあ納得はできないだろうな! でも、理解ぐらいはしてやろうぜ? よくネットで言うじゃんか。アンチには対抗心見せるより、優しい眼差しで見てやろうってさ。そーいう感じで」

 

 にししっと笑う熾念は、悪戯心を見せる子どものようだ。

 しかし、次の瞬間には真摯な瞳で轟を見つめる。

 

「……理解もしない、納得もしないじゃ、ずっと平行線だぜ?」

「……」

 

 以前であれば、『お前には関係ないだろう』と一蹴していたことだろう。

 だが、今は不思議とそのような言葉を言い放つ気分にはなれなかった。これも緑谷の所為か? それとも、両親が死んだ同級生に言われているからか? いくら考えても、はっきりとした答えは出てこない。

 

 口を一文字に結んで黙り込んでしまう轟。

 そんな彼を見かね、そうなるよう仕向けてしまった熾念はフィンガースナップを鳴らし、空気を一変させる。

 

「Hey! 話変わるけど、焦凍は母親のお見舞いに行ったりするのか?」

「……いや、行かねえ」

「ならさっ、良い機会だし体育祭でいい成績とって見舞いに行ってやったらどうだ? きっと喜んでくれるさっ!」

 

 突拍子もない提案に、轟の眉間には皺が寄ってしまう。

 そもそも轟が母親の入っている病院に赴かないのは、自分の左が父親を彷彿とさせるから。自分の存在が母親を追いつめてしまうからだと思ったからだ。

 それを、今更見舞いになど行ける筈もない。

 子どもの十年とは、余りにも大きいものだ。己の腰ぐらいしか身長がなかった息子が、同じ……否、超えてしまうほどに成長してしまう。

 失った母と息子の時間の溝は、取り返しがつかなくなるほど深くなっている筈。

 

 奈落にも似たその溝が、あと一歩というところで轟の足を踏みとどまらせている。

 

 だが、もう一度誰かが背を押してくれれば進めそうな気がした。

 

「……喜んで……くれると思うか?」

「Of course! だって……」

 

 一拍呼吸を置いて、熾念が告げる。

 

「世の中、血の繋がってない息子の高校合格に、涙流して気絶してくれる母親が居るんだからな」

「……そうか」

 

 誰のことを差しているのかは、なんとなくだが轟にも理解できた。

 会ったこともない人間と自分の母親を比べるのは的外れかもしれないが、それでも胸が軽くなる。

 

『二度目の補修、そろそろ終わるぜー!』

「……っと、そろそろ行くな! 決勝よろしくっ」

「……ああ」

 

 再びステージの補修が済んだことを告げる放送が聞こえ、席を立って自分の控室へ向かって歩み始める熾念。

 そんな彼の背中を見届けた轟は、両手を凝視し始める。

 

(理解……納得……クソ親父は俺にオールマイトを超えさせようとした。お母さんは俺に……なにして欲しいんだ? 昔はああ言ってたが、今どう思ってるかなんてわからねえ)

 

 心なしか、右手が冷えていくような感覚を覚えた。

 形容し難い悲しさや寂しさのようなものだ。一人ぼっちで雨曝しにされる孤独感も覚えられる。

 

(……ずっと逃げてたんだな。理由つけては目ェ逸らして、過去と向き合おうとしなかった)

 

「お母さん……俺」

 

 

 

―――アンタに笑って欲しいよ

 

 

 

 母親が自分に何を求めているかは分からない。

 だが、自分が母親に何を求めているか―――十年余り向き合うことを止めていた、己の願望に気付いた瞬間が、今であった。

 

 

 

 ☮

 

 

 

『さァいよいよラスト!! 雄英一年の頂点がここで決まる!!』

 

 会場の盛り上がりは最高潮。

 ついに始まる決戦を前に、怒号にも似た歓声が各所で沸き起こっている。

 

 そして、彼等の熱気の中央に佇むのは、体育祭を勝ち抜いた二人の猛者だ。

 

「手加減しないぜ、焦凍!」

「……ああ」

『決勝戦、轟対波動!! 今―――』

 

 徐に身構える轟と熾念。

 始まりの鐘を今や今やと待ちかねる両者は、互いの瞳を睨み合う。

 

『START!!』

 

 刹那、ステージを二分化するほどの氷壁が轟の前方に出現した。蛙吹の時には及ばぬものの、一気に気温が数度下がるほどの氷壁の出現に、観客たちはいっせいに鳥肌を立てる。

 

(波動は―――)

 

 キョロキョロと辺りを見渡す轟。

 規模を小さくしたのは相手の反撃に備える為だ。でなければ、あれだけの氷壁は一度繰り出しただけで体に霜が降りてしまう。

 この場面、緑谷であれば超パワーで相殺を、爆豪であれば爆撃で氷を破砕しながらやってくるだろうが、生憎熾念の“個性”にはそれだけの物理的な攻撃力は兼ね備えられてはいない。

 とすれば、氷結から逃れる手段は限られる。

 

WHOOPIE(イヤッホゥ)!」

「やっぱり上か……」

『波動! “個性”使って、場外しないように氷壁の裏側から回り込みやがったァ!』

 

 天を衝かんばかりに伸びる氷壁の頂点に当たる場所。

 そこに姿を現した熾念は、チャックを全開にしたジャージを靡かせながら、傾いている氷の表面を滑り落ちていく。ボード無しのスノーボードとでも言おうか。スリルは段違いであるものの、本人は至って楽しそうに喜色に満ちた笑い声を上げている。

 

「Toot♪ やっぱ楽しいな、その“個性”!」

 

 そう叫ぶ熾念は、背後に掌を翳し、氷壁の尖った部分を幾つか折ってみせ、そのまま念動力で轟目がけて投擲する。

 

「お前ほどじゃねえよ」

 

 しかし、投げつけられる氷塊に対し轟は、右手を振り上げるようにして生みだした氷壁で防いだ。高所より勢いづいて衝突する氷塊を前に一撃で破砕されてしまうが、即席の盾とみなせば、まずまずだ。

 

『ステージは狭くなっちまったが、波動は飛べるぜ! こりゃあ轟不利か!?』

『一概にゃそう言えないだろうな。轟の氷結は、相手によっちゃ一撃必殺みたいな部分もあるから、飛べるからって気ィ抜けないだろ』

『解説サンクス! じゃあ、ますます見逃せないってコトだな!?』

 

 相澤の言う通り、熾念の“個性”は氷結に有利な訳ではない。あくまで、準決勝に用いた炎を使わなければの話だが―――

 

「Take this!」

「っ……!」

 

 熾念は使い慣れた念動力で、砕けた氷塊を絶え間なく投げ飛ばし続けている。

 浮かしてから投げるまでさほど時間を用いない為、インターバルも比例して短くなり、ほとんど反動を気にすることなく攻撃を続けられていた。さらには、氷結の発生源を断とうと、轟自体を浮かそうとも試みている。

 

 投擲される氷塊と、己の体を浮かせられるという連続攻撃に、やや防戦になる轟。

 観戦している者達からすれば、単純に熾念が圧倒しているようにしか見えないが、一部の者達は轟のキレのなさに目を付けていた。

 躊躇するかのような一瞬の逡巡が度々垣間見える。

 ついには、念動力で放り投げられ、場外のライン間際まで迫ってしまう場面もあった。その時は即座に冷気を放ち、囲うような形の氷壁でなんとか免れる。

 

『どこか調子崩れてるなァ……』

 

 ふと相澤が呟いた一言が、絶え間なく破砕音が響くスタジアムの虚を突くように響いていく。

 

「Hey, Hey, Hey! なんてしけた顔してるんだ、焦凍!?」

 

 氷塊の弾幕の隙間を縫って、煽るような声色の熾念の声が響く。

 

「体育祭の決勝戦だぜ!? 最っ高に楽しまなきゃ損じゃないか!」

 

 氷塊と共に肉迫する熾念が、地に右腕を着けて氷壁を繰り出す轟の左足を払い、転ばせてみせる。

 体勢を崩した轟は、わざと横に転がりながら、そのままの勢いで立ち上がることで二撃目に備えた。

 

―――おまえは最高傑作なんだぞ!

 

「焦凍が目指す№1ヒーローは、そんな仏頂面なのか!? Non, Non! 笑ってるだろ!?」

 

―――なりたい自分に、なっていんだよ

 

「誰かに笑って欲しいなら、まず自分が笑顔になんなきゃ!」

 

―――だって……君の力じゃないか

 

「ほら! だって、世の中笑ってる奴が一番強いんだからなッ!」

 

 交互に脳裏を過る言葉と、目の前で叫ぶ熾念の言葉が心を揺り動かしていく。

 右へ左へと揺れる心境は、緑谷が壊してくれた決意を目茶苦茶にかき混ぜていき、走馬灯のように様々な場面を思い起こさせる。

 

(……『些細』っては言い切れねえ過去だ。割り切るにはデカ過ぎて、飲みこむにもそれなりの覚悟が必要でよ)

 

 霜が降り始めた右半身を一瞥した後、絶えず氷結と破砕を繰り返すことによって増えていった氷塊を、無数に浮かばせる熾念の姿を瞳に捉える。

 

(でも、ちゃんと過去に向き合う為には、もう一度越えなきゃなんねえんだ。お前も俺と同じで、さっきの試合で超えかけたんだろ?)

 

 共に炎に忌々しい思い出を持つ者同士、不思議なシンパシーを感じる轟。

 たとえそれが異質なものであっても、こじつけて歩み寄りたいという願望が、心のどこかで生まれ始めていた。

 

(俺はまだ……一人で越えられそうにねえ。だからよ―――)

 

 あれだけの氷塊を防ぎきるだけの氷壁を生み出せる状態に轟はなかった。

 最早、左を使うしかない。戦闘において、絶対に使わないと誓っていた左を。

 

「METEOR STREAM SMASH!!」

 

 空高く浮かばせられた無数の氷塊が、轟目がけて降り注いでいく。

 万事休すか? 一部の者がそう思った時であった。轟の左半身から、紅蓮の炎が発せられたのは。

 

(緑谷に貰った熱……冷めねえ内に、俺がお前にくべる!)

 

 真っ赤な炎が轟に襲いかかる氷の一部を溶かすには、そう時間は要さなかった。

 固体が一瞬にして液体に変わっていく。そうして融かされた液体が、今度は気体へと蒸発するにも、轟々と燃え盛る炎は青い空へ立ち上る。

 

「熾きろ、波動!」

「ッ……Toot♪ 焦凍、その笑顔―――」

「全力で……かかってこい!!」

「最高に決まってるぜ!!」

 

 互いにぎこちないながらも笑顔を浮かべる両雄。

 次の瞬間、轟は左手を熾念へと翳し、空気を焦がさんばかりの熱をもった炎を放ってみせる。狙いは他でもない―――熾念だ。

 眼前へと迫りくる炎を前に、これまた掌を翳して“個性”を発動させ、炎を四方八方へと逸らしてみせる。だが、次第に放たれる炎の勢いもどんどん強まっていく。

 

(まさか……発動限界まで炎出し続けるつもりかっ!?)

 

 肌を焼くように熱せされていく空気。

 ひりひりと痛んでいく感覚を覚えながら汗を流す熾念は、紅蓮に染まる視界に不敵な笑みを浮かべ、更に念動力の力も強める。

 

「Huh……望むところさっ!」

 

 コンクリートのステージが黒い焦げ跡が付いてしまうほどの炎。

 その炎の中心に居るのだから、熾念は軽いサウナの中に佇んでいるようなものだ。周囲に氷もあることから、それらが溶けて出来た蒸気も、纏わりつくようにして熾念の体温を上げていく。

 

(10……20……30……!?)

 

 限界まで……と凌ぎ続ける熾念であったが、“個性”の発動限界が以前の12秒を遥かに超え、自分自身でも驚くように瞠目する。

 

(40……50……60―――これが限界)

 

「だぁッ!!!」

「っ!」

 

 一分を超えたところで鼻血と血涙が流れ始めた。

 刹那、それまで緑色の光を宿していた部位が青く輝き、轟の炎を裂くように青い炎が宙を疾走する。

 意趣返しとばかりに放たれた蒼炎が眼前に迫ったのに対し、霜が解けた右半身を用いて再び氷壁を生み出し、防御してみせる。

 

「……成程な」

「Huh? なにがだ?」

「波動、お前の“個性”は―――」

 

 

 

 ☮

 

 

 

「―――『念動力(サイコキネシス)』の余剰エネルギーを『発火能力(パイロキネシス)』で放出する“個性”ェ?」

「うん……たぶん」

 

 A組のほとんどの者達が発した頓狂な声。

 それに対し、そうなるような発言を述べた緑谷は、現在ステージに佇む二種類の炎を放っている者達に目を向けながら、顎に手をつけながら、話の続きをする。

 

「本人も知らなかったんじゃないかな? そんな“個性”があること。あること知ってたら、僕と組んだ対人戦闘訓練で使ってただろうし……かっちゃんとの試合のVTRを見た限り、限界まで溜まったエネルギーが暴発した感じだと思う」

「暴……発」

 

 何やら峰田が反応しているが、気にせず緑谷は続ける。

 

「それも、定期的に放出してつり合いを図らなきゃいけない複合型……だから、連続使用すると『念動力』の発動限界時間がどんどん少なくなっていく。普段の限界時間は十秒前後っていうのは、本来排熱する為の能力がしっかり機能していなかった故の弊害……だから、今の轟くんの炎を防いだ時に一分近く念動力を使えた……という僕の予測なんだけど、どうかな?」

「おぉ……ようするに、波動くんも知らなかった“個性”がこの大舞台で目覚めたっていう感じなんだね!?」

「……覚醒し蒼炎の波動」

「グスン……俺アイツ嫌い」

 

 麗日が目を輝かせて緑谷の推測に感心している間、後ろの席に座っていた常闇は厨二な臭い科白を吐き捨て、相棒(個性)黒影(ダークシャドウ)がいよいよ天敵になった熾念に嫌悪感を抱き始めていた。

 だが、緑谷が一番気にしていたのは、熾念の『発火能力』が目覚めた要因だ。

 

(他でもないかっちゃんが、波動くんの“個性”のタガを外した! かっちゃん……やっぱり君は凄い人だ!)

 

 意図せずして対戦相手の潜在能力を引き出した幼馴染に、半ば筋違いな感嘆を覚える緑谷。しかし、それが緑谷の轟に行ったことと同じように、『全力で立ち向かう』という方法で接触したことは違わないものであった。

 

「最大威力はかっちゃんの最大火力を打ち消せるくらいだっては分かったけど、実際はどのくらいの出力から放てるんだろう? それこそ蝋燭くらいの火からかな? いや、でも念動力の余剰エネルギーだって仮定するなら、どれだけ念動力の方を使ったかに比例するのか? それとも、そもそも最大限までエネルギーが溜まったときにしか使えない“個性”―――」

「デ、デクくん! 呟いとらんで、あれ見て!?」

「え? どうしたの麗日さ……ぁん!?」

 

 なにやら平静ではない麗日の声に、徐に彼女が指差す空を見上げた緑谷。

 瞬間、ステージ上空を埋め尽くさんと浮かぶ巨大な氷塊を目にし、思わず絶句してしまった。

 

「わぁ―――!!」

「バルスゥ―――!!」

「三奈ちゃん。透ちゃん。それなんの呪文かしら?」

「見て……ステージのあいつらがゴミみたいに小さいよ」

 

 天空の城を幻視した芦戸と葉隠が手を重ねて崩壊の呪文を叫び、蛙吹がそれをツッコみ、耳郎が変な揶揄を口にする。

 十中八九、熾念が『念動力』でこれまで砕いた氷塊を押し固めたものであるが、今迄見た中で最大級の大きさに、クラスメイトは勿論観客も瞠目して、唸りを上げながら浮遊する大氷塊を見上げた。

 

「おいおい落ち着けよ……確かにデカいけど、それだけ―――」

「あ、燃え始めた」

「え、嘘?」

 

 上鳴が騒ぎ立てる女子たちを宥めようと声を掛けたが、その横で切島が燃え始める氷塊に、ポッと呟いた。

 

 蒼天にも負けぬほどの青い炎に包まれる氷塊。しかし、炎は氷塊を浮かばせていた緑色の光とまじりあい、シアン色の煌めきを放ち始めるではないか。

 氷と炎のフュージョン。轟とは一風変わった攻撃方法に、二度目の絶句がスタジアム全体に衝撃として奔っていく。

 

「行くぜ、焦凍ォ!!」

「ああ……来い!!」

 

 ステージ上では、お祭り騒ぎの観客席とは違い、大真面目な二人がにらみ合う、己が出せる最大級の攻撃を放とうと身構える。

 感情の昂ぶりか、はたまた元々こういう色なのか―――自身の発する炎がシアンに染まったのを一瞥した熾念は、天高く掲げた腕を轟目がけて振り下ろす。

 

 

 

「METEO SMASH!!!」

 

 

 

 刹那、カッと閃光が閃いて宙に浮かんでいた氷塊が墜落を始める。

 その様はまさしく流星。眩い閃光を放って落ちる氷塊に、誰もが瞼を閉じるか顔を逸らしてしまう。

 だがただ一人、降り注ぐ流星を前に立ちふさがる男が居た。

 

(お母さん。俺、アンタの為に頑張るよ)

 

 緑谷戦で放った大爆風を放つ為、左手を流星へ―――空へ掲げる。

 

(笑って『一番になった』って伝えに行きたい。だから……勝つ!!)

 

 

 

「おおおおおおおおおおおおッ!!!」

 

 

 

 咆哮と共に爆ぜる二度目の閃光。

 耳を劈き、大気を震わせるような爆音が轟いた。続いて響く破砕音などと、観ている側からすれば何が起こっているのやらさっぱりだ。

 

 しかし数十秒後、轟音も止んで静寂を取り戻したステージの目を向ければ、一人は地に腰を下ろし、一人は依然として二本の脚で立ち続けていた。

 

「はぁ……はぁ……!」

「ッ……ッ……どうだ、波動?」

「……You got me(まいった)! たはぁ、もう……一歩も動けないな、HAHA!」

 

 未だステージの上に居た熾念。しかし、余力の全てを使い果たした彼は、コンクリートの地面に大の字になって寝転び、自身の敗北を宣言する。

 降参を口にする彼に『いいのか?』とでも言わんばかりの眼差しをミッドナイトが向けるが、構わず熾念は満面の笑みで首を縦に振った。

 そんな様子の熾念を見て、フッと微笑を浮かべるミッドナイトは、清々しい笑みで鞭を轟きへと掲げる。

 

「―――波動くん、降参! よって……轟くんの勝ち!!」

『以上で全ての競技が終了!! 今年度雄英体育祭1年優勝は―――……A組、轟焦凍ォ―――!!!』

 

 ドッと沸き上がるスタジアム。

 彼等の歓声に背を押される形で自然と一歩踏み出した轟は、ゆっくりと大の字で寝転ぶ熾念の下へ歩み寄り、手を差し伸べた。

 

「立てるか? 手ェ貸すぞ」

「Thanks」

 

 遠慮なく手を取った熾念は歩く余力も残ってなかったのか、立ち上がった後は轟の肩を借りた。

 そんな彼も表情は、悔恨に満ちたものでもなく、憤慨に満ちたでもなく、晴れ渡る晴天のように清々しい笑顔。

 

「……気ィ遣わせたか?」

「Huh? なんのことだ?」

「……いや、そうじゃねえならいいんだ。ありがとな」

「You’re welcome♪」

 

 二人揃って入場口から去っていく轟と熾念。

 

 背中に隠されて見えなかったが、この時彼等は、かつてないほどに晴々とした笑みを浮かべていた。

 

 好敵手と書いて『とも』と呼ぶ。

 

 彼等は今日、自他ともに認める『とも』となり得たのだ。

 




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・『8+10=?』というヒロアカ二次小説を書きました。
 死柄木弔に手を差し伸べたのがオールマイトだったらという単発ネタです。是非どうぞ。

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